古本虫がさまよう 活字離れはしていないが、本を定価で買う人は減ったのは間違いない? ピケティの本を図書館で読むのは、年内はもはや絶望的?
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活字離れはしていないが、本を定価で買う人は減ったのは間違いない?
ピケティの本を図書館で読むのは、年内はもはや絶望的?

(2015・1・7・水曜日)




『ず・ぼん8』 (ポット出版)を読んだ。これは「図書館とメディアの本」。といっても、雑誌というのかムック形式の本。2002年に発行されているから10年以上前の「本」

「本が売れない原因を図書館のせいにするな」「図書館バッシングに反論」なる座談会記事が掲載されている。神奈川トーハンの会長が「図書館の新刊貸し出し増に懸念」を表明したことへの図書館関係者の反論。

会長は、図書館が、新刊本を多数購入し、一般書店に入荷しないうちに何回転も貸し出しし、しばらくして貸し出しが減ってくると、新古書店に売っているとして、図書館批判をしている。

それへの反論。
会長の認識はちょっと間違っているようだ。

図書館関係者の反論にもあるが、新刊本を図書館が購入し貸し出しするのは、どう考えても新刊書店よりは遅れる。
普通、新刊書の広告などが新聞に出ると、その時点で書店には配本されている。しかし、そういう本が図書館に並ぶのは、おおむね、数週間後になるであろう。新刊書店で買うより、図書館で早く貸し出しできるというのは当時も今もまずはありえない。そのありえない「虚構」に則って図書館批判をしても、論理的ではなかろう。


また、複数購入した本が、その後、貸し出しが減ると新古書店に流れるというのも「?」というしかない。図書館には不要本コーナーがあって、そこに数年後配列されるということはあるかもしれないが‥‥。また、大学図書館のラベルなどがついた裸本などが「除籍」のスタンプと共に古本市や昔ながらの古本屋などに並ぶことはある。

しかし、ブックオフなど新古書店が、そうした汚れた、図書館のラベルがついた本を扱っているのを見たことはない。

そういう粗雑な(?)図書館批判をしては、関係者から反論されるのも仕方がないだろう。
だが、もう少し緻密にやれば論理的根拠はあるはず。例えば、以前、こういうことを紹介した(まずは再録)。

樋口毅宏氏が自著「雑司ヶ谷R.I.P. 」 (新潮社)の奥付手前に、図書館さまへということで本書の貸し出しは8月25日まで見合わせてほしいと明記していることが話題になっている(昨日、その本をたまたま古本屋で見た。皮肉なことに近所の図書館でチェックしてみたら十数人の借り手が待機中)。2月に刊行された本だから要は半年間は本屋(乃至古本屋)でしか購入購読出来ないシステムにしたいとのことだ。図書館が新刊をすぐに購入して貸し出す現状が続けば印税収入が減り、著者はやせ細り、死んでしまうと訴えているとのこと(5月11日読売夕刊)。すると高崎市立図書館がこの樋口氏の要望を受け入れるとの見解を出したという。樋口氏のような新刊貸し出し制限は林望氏や逢坂剛氏も主張している。

昔は図書館が充実しておらず貸本屋が結構あって一冊数十円でレンタルしていた時代があった。僕も高校時代の頃まで週刊誌など借りて読んでいたものだ。今のレンタルビデオ屋みたいなものだ。
図書館にはビデオやCDやDVDもあるが図書が中心。映画はまず劇場で上映され、しばらくしてからDVDが発売され、レンタル屋や図書館で借りて見ることができる。本の場合は書店に並んだその段階ではまだ図書館にはないようだが一カ月もすれば順次貸し出し可能のようだ。村上春樹のあのベストセラーなどはブックオフにも今なら半額ちょっとでいくらでもあるようだが、図書館では何十冊も購入し、一冊あたり百人ぐらいが待機中だったりする。そんな特殊な本はともかく、大概の本なら図書館にあるしパソコンの検索で簡単に予約も出来る。本を読んでも定価で買わないどころかタダで読まれては…ということになる。
言論の自由とか図書館の自由とかいろいろと出てくるだろうが、横断検索や図書館の「充実」ということを考えると、新刊の貸し出し制限という議論は今後電子書籍時代となっていく過程でますます問題になっていくことだろう。本なら一冊単位で村上春樹氏の本など何百冊も購入しているが電子書籍だと?

常識的には一カ月か半年かはともかく新刊の場合は一定期間、図書館は館内閲読のみ認めて、一定期間以降はいままでどおり貸し出すというシステムになっていくべきなのかもしれない。図書館予算も減額されているというもののの、旅行ガイドブックやダイエット本なども大量に購入されている。マンガも。音楽同様、本も人の好みはさまざま。すべてのリクエストを完備するのは不可能だし、優先すべきリストが絶対的に存在するわけでもない。とはいえ、逆に刊行部数の少ない学術書専門書の類は図書館での購入部数を期待している場合もあるかもしれない。
旧刊本だけでも本は多々ある。勉強、読むのに少なくて困るということはあるまい。東北の地方では図書館や新刊書店も被害にあい、読みたい本もあまりないのでは。本を読む気になれない時期もあったかと思うが、正常化していけば読書欲も復活するのではないか。その時……。
まぁ図書館では新聞も週刊誌も月刊誌もある。さすがに新聞の貸し出し延期などはないようだが、月刊誌などは最新号は館内閲読のみ。次号が来てから館外貸し出ししているようだ。だったら本も一定期間は館内閲読のみにするというのは対応可能ではないか



最近ならば、去年後半に出た、牛尾理恵氏の『スーパーダイエットフード』 (主婦の友社)という本がある。古女房に読ませたい本であるが、こういう本も図書館に大体置いてあるようだ。
調べると、普通の各区立図書館は一冊購入。予約が10人前後あって、人気本のようであるが、まぁ、一つの区立図書館なら一冊購入所持程度で十分の本ではないか。ところが、江東区立図書館はなんと5冊も購入している。
こういう本を5冊も購入する必要があるのか?という批判は成り立つかもしれない。

 著者出版社サイドとしても、有難迷惑かもしれないし、限られた図書館購入費を考えれば、こういう本は一冊だけにして、4冊分の代金で、橋本マナミ写真集などを一冊購入してもらえれば、多様な利用者の利益にも合致するのではないか?(彼女などグラビアアイドルの写真集を購入している図書館はまずはないようだ。当然か? 某エロス専門文庫本も、原則皆無のようだ。こういう本の購入リクエストをしても、いろいろと理由をつけられて拒絶されるだろう。それは仕方ない‥‥。「公共」図書館だから?)。

ともあれ、この「ず・ぼん」も図書館で借りて読んだ。買うと2000円以上もする。また、この座談会でも、ある出席者が、「僕も矛盾しててさ、『ず・ぼん』が出て、図書館の人に売ろうとするじゃない。すると、『いいよ、図書館で読むから』って言われてさ。ムッとするよね(笑)」と述懐しているのはご愛嬌というべきか。

ともあれ、本を定価で購入する人が減っていることが、著者などにとっては「苦痛」でもある。これは事実であろう。

僕とて、古本屋で本を買うことが多い。新刊書店での購入金額は昔に比べると減っている。図書館も昔は利用することは皆無だったが、最近はよく利用もしている。不要になった本も処分もしている。自宅に於ける「蔵書量」を減らすように心がけなくてはいけない年齢にもなってきたし‥‥。少し昔の本でも図書館で借りて読める本は、手元に置かないようにもするようになってきた。

以前、夕刊新聞で、ある会社の若手経営者が新刊本を次から次に読んでは、読み終えると、社員にあげたりしているエッセイを見たことがあった。そういう人もいるであろう。社員や知人にあげるのではなく、古本屋、新古本屋に処分している人もいるだろう。そのおかげで、そういう店に沢山の本が流れ、そこで購入する人もいるのだろう。

元旦前後の数日間は図書館も普通の古本屋も新刊店の多くも閉まっていたようだが、そのあたりの日々にも、各地のブックオフではマンガを立ち読みする人もいたが、活字本を買い求める、「非せどり」の人も相変わらず多々いた。本は読まれてはいるのだ。

まぁ、財産の保持の仕方として、安定安心の銀行定期貯金、ちょっと冒険的な株式、投資信託、貨幣以外の金(貴金属)や土地資産など、それぞれ三分の一ずつに分散して所有するといいとよく言われる。

読書する本も、新刊本やら図書館本やら古本やらと三分割して読むようにするといい?

人気作家の小説本や図書館が買ってくれないエロス本はさっと新刊を購入し、古本屋に売ってしまう(古本屋で買って、読了後、古本屋に売るというのがベスト?)。
さほど図書館では読まれないエッセイやノンフィクションやちょっと入手困難で古書価格が暴騰している本で図書館にある本は図書館で借りて読む。
図書館にはまずなくて、手に入りにくい趣味的分野の古い本は、古本屋で入手する‥‥。

まぁ、人それぞれ。偏ることもある。なるようになる。それでいいのかも?

蛇足になるが、みすず書房から出た本で、ピケティの『21世紀の資本』という本がある。5940円もするが、図書館で調べると、この本をすでに購入している図書館はいくつかある。恐らく、都内の図書館は今月末までには全て所蔵することになるのだろう。
数日前の朝調べると、例えば品川区などは2冊所蔵しているが予約客は137人。文京区は三冊所蔵しているが、予約客は254人。恐らく、今年中に読めない人が圧倒的多数だ。

村上春樹氏の小説なみの「倍率」ではないか。村上氏の本の場合は、一つの図書館で何十冊も買うから、同じ倍率でも予約客はピーク時は1000人単位だったのでは? 今や『1Q84』 (新潮社)はブックオフでも、単行本などは108円~200円前後のコーナーにも並んでいるようだが、ピケティの本も十年後にはそうなっているだろうか?

一方、同じみすず書房から、ピケティの本と同じころ出た分厚い本に、ハンス・ファラダの『ベルリンに一人死す』という本がある。5000円弱(4860円)の本。

1940年、ベルリンの街はナチスの恐怖政治に凍りついていた。政治のごたごたに関わらないよう静かに暮らしていた職工長オットー。しかし一人息子の戦死の報せを受け取ったのち、彼と妻アンナは思いもかけぬ抵抗運動を開始する。ヒトラーを攻撃する匿名の葉書を公共の建物に置いて立ち去るのだ。この行為はたちまちゲシュタポの注意をひき、命懸けの追跡劇が始まる…。



この本も一部図書館が購入している。ピケティ本と同様に、一冊や二冊のところがあるが、こちらの予約客は1~3人程度のようだ。すぐに借りて読むことも可能だし、次の予約客がいなければ延長もできそう。丸々一カ月あれば読了可能だろう。

要するに、ピケティの本を読もうとする人は多々いる。買ってまで読もうとする人も少なくないが、図書館で読もうとする人も多々いるという現実をどう評価すべきなのか? とはいえ、地味な扱いの本(『ベルリンに一人死す』)はやはり多くには読まれていない。

こういった分厚い読みごたえのありそうな本一冊に、5000円前後支払う人がどれだけいるのかということにもなる。ピケティは例外中の例外で「倍率」が高いけど、そうでない本は借りてすぐに読むことも可能なのであろう。そこを「無料貸本屋」ではないかと邪推する向きも出てくるのであろう。

脱デフレで、文庫も新書も一冊1000円を超えるものも出てきている。節約社会、電子化社会、図書館充実社会で、新刊書がいつまで「定価」で買うことが可能なのか?

なにしろ、買う方は書店が入っているデパートなどのポイントを使って本を買うこともある(これは定価で買ってはいることにはなるか?)。Tポイントでコンビニで本を買う人もいるだろう。新刊書店でも「ポイント」制度を導入しているところが増えている。本屋で注文して届くまで数週間という時代も過去になり、アマゾンなら1~2日で届く(送料原則無料で)。30数年前には想像もできなかった。これから先、どうなるのか?

ともあれ、ネバーセイネバー。
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トマ・ピケティ/[著]「21世紀の資本」みすず書房 2014.12
利用図書館(仙台市図書館)では、全館で所蔵数1 予約数80です。宮城県図書館には所蔵無し。「ベルリンに一人死す」は仙台、宮城の両図書館とも所蔵無しでした。ところで、最近、「ベルリンに一人死す」を話題にしていたのは、古本虫様のほかに、もう1人いらっしゃいました。この方の趣味も古書探求です。ブログ「誰も来ない廃園より」ttp://ameblo.jp/arbrcr/ブログ管理人/菱沼秀夫(ひでを)このブログでは、古本虫様ブログのリンク登録先・古本屋ツアー・イン・ジャパンさんが、「井伏鱒二が三好達治にあてた献呈本、署名ありを入手」したとの話題に触れています。
青木彬  01/07/2015 Wed URL [ Edit ]
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古本探求は、単なる趣味に非ず。家人に非難されても、今日も行く、古本探求の世界へ。シュリーマン「古代への情熱」は、「古本への情熱」として、現代にも受け継がれている。古本探究者は、決して群れることは無く、いつも一匹狼として、大都会を徘徊している。古本という獲物を求めて。まとまりない連続コメントで失礼しました。
青木彬  01/07/2015 Wed URL [ Edit ]
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