古本虫がさまよう 人は必ず死ぬ――ネバーセイネバーの例外?
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人は必ず死ぬ――ネバーセイネバーの例外?
(2015・1・3・土曜日)






昨日(1・2)は、土浦の知人のお見舞いに、「安売り切符」を家人と共に使用。「青春18切符」は四回目で、「北海道&東日本パス」は4日目。どちらも、これにて、12000円~は突破したようで十分乗ったかと。
つちうら古書倶楽部はお休みのようなので「ついでに」覗くこともままならず。バスに乗ったが、途中ブックオフを見かけたものの途中下車するわけにもいかず。
去年はお見舞いにあちこち出掛けることが多かった。今年もそうなるだろうか‥‥。

車中、尾崎俊介氏の『S先生のこと』 (新宿書房)を読んだ。尾崎氏の本は、以前、 『ホールデンの肖像  ペーパーバックからみるアメリカの読書文化』 (新宿書房)、 『紙表紙の誘惑 アメリカン・ペーパーバック・ラビリンス』 (研究社)を紹介した。

著者にとっての「S先生」こと、須山静夫氏と、大橋吉之輔氏のことを論じたエッセイ集。恩師須山氏が亡くなって一週間が経過した時の心境から本文が始まっている。 「早いものです。時間はどんどん過ぎ去っていく」と。

そうそう、時間はどんどん過ぎ去っていく。「去る者日々に疎し」ともいうが‥‥。

須山氏の授業をなぜ聴くことになったのか等々、恩師との出会い、恩師が妻を早く亡くし再婚し、最初の妻との子を事故で失った時のエピソード等々、「須山静夫」という一人のアメリカ文学者の生と死を描いた佳作だった。こういう恩師、師弟の結びつきは公私とともに深いものがあったようだ。これはいい形として本書では描かれている。ただ、社会科学的な分野だと、一歩間違えると、従属関係に陥ることもあるのではないかとふと思ったりもした。恩師の学説に逆らうと、後継者になれないとか? その点、尾崎氏と須山氏は翻訳をめぐっても議論しあったこともあったそうな。

須山氏の「誤訳」の指摘なども、二人の識者からの批判の「格差」などについても面白く読んだ。「太陽と北風」の違いとして?

須山氏の「小説」なども紹介されており、機会があれば読んでみたくも思ったのだが、辛うじて僕と須山氏の接点といえば、大学一年の時の英語の授業である英語教師がオコナーの作品を使ったということだ。

というのも、記憶違いがあるのかもしれないし、僕はその時、ある事情から、その英語の授業を前期しか受講せず、後期はまったく出席しなかったのであるが、フラナリー・オコナーということで、当時新潮文庫に入っていた彼女の翻訳本を購読したことがあった。その本の翻訳者が須山氏であったようだ(『オコナー短編集』)。

それ以来、オコナーを翻訳で読むこともなく40年近くが経過してしまった。今にして勿体ないこともしたようにも感じる。あのころ、原書講読にしても、アレントだったし、英語の授業にしても、ラッセルやオコナーなどが使われていた。すぐに訳書を見つけてノンビリとする堕落した学生時代だった(アレントは、当時翻訳がないテキストだったので少し四苦八苦したっけ?)。

ともあれ、オコナーか‥‥。40歳になる前に死んだそうな。人間、何歳まで生きれば「十分」なのか? 85歳? 78歳? 57歳? 47歳? 39歳?
認知症になっても、車椅子になっても、お箸を使って食事ができればよしとすべきか。点滴チューブで「食事」をするようになったら終りなのか? 健康で長生きするにしくはないが‥‥。

今日(1・3)から、古本市も始まるところもあり、古本屋も仕事を始めるところも多々あるようだ。みんなみんな生きているか‥‥。

ともあれ、ネバーセイネバー。

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