古本虫がさまよう 前から後ろから、右から左からの「NHK批判本」にはエロスさえ感じられて楽しい?
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前から後ろから、右から左からの「NHK批判本」にはエロスさえ感じられて楽しい? (2014・11・5・水曜日)








西村幸祐氏の『NHK亡国論 公共放送の「罪と罰」、そして「再生」への道』 (KKベストセラーズ)を読んだ。「JAPANデビュー問題」などを俎上に乗せての保守派からのNHK批判。なるほど、もっともと感じつつ読了。

一方、そういった左翼色濃厚な番組を是とするような元NHK職員(池田恵理子氏&戸崎賢二氏&永田浩三氏)による『NHKが危ない! 「政府のNHK」ではなく「国民のためのNHK」へ』 (あけび書房)も読んだ。
『女性国際戦犯法廷』への思い入れを激しく語り、新会長や保守系の経営委員を批判している。

『女性国際戦犯法廷』番組の制作に深く関与していた永田浩三氏の本(『NHK、鉄の沈黙はだれのために 番組改変事件10年目の告白』 柏書房)は、以前本欄で論評したことがある(末尾に再録)。最近『NHKと政治権力 番組改変事件当事者の証言』 (岩波現代文庫)も出した模様(これが柏書房の本の文庫化かどうかは知らない)。

まぁ、朝日新聞のあれほどの国辱的誤報、虚報、開き直りに関しても「擁護」する人々もいる。NHKに対しても、さまざまな角度から批判する向きも、このようにある。

「紙」の朝日なら、あとで検証するのも「証拠」が活字として残っているのでやりやすいが、テレビは画像故にやりにくい。近年ネットなどで映像が繰り返し見られるということもあるようだが、女性国際戦犯法廷も、4日続けてであったか、テレビで見たが記憶は薄れている。あれは是正するのが当然というほど酷い偏向内容だったと思う。それを擁護する人の論は、あまり論理的とは感じなかった。

「偽書」(『東日本流外三群誌』)を真実と思って番組で紹介した過ちを永田さんは本書で告白もしている。斉藤光政氏の『偽書「東日流外三群誌」事件』 (新人物往来社・新人物文庫)でも、そのあたりの真偽をめぐる経緯が詳述されていたかと。

ともあれ、「慰安婦問題」でも吉田清治の本で同じことが起こったのだが、池田恵理子氏は、それは特に触れずに(この本は4月刊行故無理もない?)慰安婦問題についての私的見解を吐露している。


あぁ、こういう人がNHKの慰安婦番組などを作っていたのか‥と。北朝鮮の拉致問題の特集番組も作ればよかったのに?

 ともあれ、両書(西村氏の本と三氏の本)を比較読破することによって、得られる結論は? やはりNHKは危ない?

2014・11・4付け産経朝刊に、 「NHK退職者 会長批判」「辞任・罷免求め」「一般人にハガキ配布」という記事が出ていた。

記事によると、池田恵理子氏が、同年8・21に記者会見を行ない、「私は慰安婦の番組を8本作ったが、平成8年以降、一本も通らなくなってしまった」「放送が与党側に偏っている」と主張したこともあったという。こうした池田氏ら退職者有志が、会長罷免を求めるハガキを作成し、一般人に配布してNHKヘの送付を求める運動をしているとのこと。

NHK事務局側は「届いたはがきの内容を精査すると、同じ名前で何枚も出されているケースや、名前は違うが同じ筆跡のものが目立っている」という。逆に擁護する反対意見もそこそこ寄せられているというが、こちらも似た筆跡のものが多く、「どちらも組織運動的。はがきなどの数字に意味はないと考えている」とのこと。

ううむ‥‥。まぁ、言論と適切な抗議ハガキ程度なら問題なし? 
どっかの慰安婦「虚報」疑惑元記者への抗議も、脅迫めいた文書の送付などとなると犯罪的行為であるが‥‥。言論での批判合戦は原則自由。それすらも「危険」視する向きは奇怪しい、可笑しい?


2011/06/03(金) 05:46:49
 永田浩三氏の『NHK、鉄の沈黙はだれのために 番組改変事件10年目の告白』 (柏書房)を読んだ。

二〇〇一年にNHK教育番組で四日連続で放映された「戦争をどう裁くか」(「問われる戦時性暴力」など)が一部自民党議員の容喙で改変(改善?)されたか否かをめぐって、放送当時から、またしばらくしてからの朝日の「スクープ」(捏造?)でいろいろと話題になったことがある。番組の提供元ともいうべき左派団体(バウネット・ジャパン)や下請け制作会社(ドキュメンタリー・ジャパン)とNHKとの訴訟合戦もあった。
 著者はNHK側の当事者(プロデューサー)であった人だが、自分を「悲劇のヒーロー」扱いにして綴っているのには唖然呆然とするしかなかった。勿論、逞しきヒーローとしてではなく、悩み挫折しつつ、しかし言論の自由のために……といった風であるが。
 
僕はこの番組をたまたまリアルタイムで見た。そしてとりわけ二回目だったか、本書でも取り上げているが、アメリカの大学の女性教授(米山リサ氏)のコメントが支離滅裂で何を言っているのかわからず、不審に思い、また番組が早く終わり、風景だったか、急遽穴埋めめいたショート番組が放映されて、これまた「?」と感じたものだった。
 その理由は、あまりの左翼偏向ぶりに放映直前にあわてて「改善」命令を上が出したために、辻褄があわなくなってしまったわけだ。その経緯は本書でも詳述されている。
 
ベルリンの壁が崩壊した後、NHKが「社会主義の20世紀」という番組を放映した(著作としても刊行されている)。当時、著者はこの一部のディレクターをしていたという。監修が和田春樹氏たちだったが、そのミスマッチ(?)にも唖然としたが、内容的にはまずまずだったと記憶している。しかし、著者はこの番組のプロデューサーに「スターリン主義が崩壊したのであって、社会主義が崩壊したのではない」と青臭い論争を挑んでいたという。ここでいう「社会主義」は「民主社会主義」ではなく「共産主義」という意味だろう。ここで著者のお里が知れることとなる。

前に紹介したレーニンから否定したソ連の物理学者ランダウを「歪曲」してみせた日本の理系学者のノーンテキぶりと五十歩百歩ではないか。
こういう人が後に「クローズアップ現代」などを担当するから、ああいった傾向の番組となったのであろうか?
 それはともかく、反スタ的人民史観の持ち主だからこそ、未だに過去終了形の戦前の日本軍の戦争犯罪などには関心をもちつづけ、戦後、それと同様、いやそれ以上の人権弾圧を展開してきたソ連や中共や北朝鮮などには無関心でいられるのだろう。北朝鮮などはレーニン・スターリン主義の最たるものではないのか?

 番組制作前の段階で、左派団体の法廷などのシーンを紹介する中で、スタジオで誰を招いて解説してもらうかの人選の段階で、実際に登場した高橋哲哉氏は無論のこと、この人が提示するのは左派系面々ばかりで、NHKの「公平」を考える視点がまったくゼロだったということが分かる。法廷関係者であったために外れた内海愛子氏は、まだ左派の中ではまともな人という印象があるが。
結局、下請け会社から米山リサ氏の名前が出てきて、それに決めたというが、常識的に考えて、こうした番組の「解説者」を選ぶなら、高橋氏に対して、秦郁彦氏を選出するぐらいの常識・センスが求められるのではないか。秦氏は慰安婦問題で、一方的な慰安婦擁護の論調を批判的に、かつ専門的に、学術的に論評している学者として存在感があった。
 ここですでに左派団体と下請け制作会社の「言いなり」になっているというか、同じ穴のムジナとして公共電波が乗っ取られる状況が出現したといえよう。
 
やがて試写会(二〇〇一年一月十九日)で「お前ら何回見たんだ」「法廷との距離が近すぎる。このままではアウトだ。おまえらにはめられた」と教養番組部長が怒ったというのも当然ではないか。
 著者は先輩の吉岡氏には新人の時からいろいろとお世話になっていたという。その試写会での討議の結果、いろいろと改善することにして一月二十四日再度試写会を開いたところ、新たに「天皇訴追」の場面が延々とつなぎこんであったという。
「わたしははじめて感情的になった。ドキュメンタリー・ジャパンのスタッフたちは、疲労困憊のなかで、おもわずそうなってしまったと言って謝った。最後の試写の前に、なぜこの段階になって、担当プロデューサーのわたしや長井暁デスクも見たことのないような素材をつなぐのか。ドキュメンタリー・ジャパンの意図がわからなかった」
 
何のことはない。永田さんも「はめられた」のだ? 疲労困憊故に新たなより一方的な映像が入る? そんなバカな話はあるまい。意図的計画的というしかない。
 ドキュメンタリー・ジャパンに申し訳ない気持ちでそれまでいたのに、「そのいっぽうで、まるで反対の怒りにも似た気持ちが頭をもたげてしまう」状況に陥ったと正直に記してはいる。
「すでに合意できている段階のものに戻してもらい、試写にのぞんだ」とのこと。
 しかし、吉岡氏は爆発!
「法廷との距離が近すぎる。このまま出せば、みなさん(註・ドキュメンタリー・ジャパン)とはお別れだ。二度と仕事はしない」と。「お前らともだ(註・永田さんたち)」と。
 菅直人首相が東電首脳相手にバカヤローとか潰れるぞ云々と怒鳴ったのと同じ心境か?

 永田氏はこの試写会の段階で「誤解ないように言っておくが、この時点ではまだ、政治家の影はなかったとわたしは信じている」とのこと。では、なんのことはない。NHKの最低限度の「良心」「自浄的機能」が働いたということではないか。働きかけていた時に、外部からの右派系団体や政治家からの批判があって、さらにそれが加速化されたという程度の話なのではないのか。
 
昭和天皇憎しという左翼的信条の持ち主たちは、性奴隷云々を言うなら、「戦後」のドイツや満洲での敗戦国家の女性強姦事件などを看過したという点でスターリンの罪も問いただすべきなのに、加害者がコミュニストだと急に同じ犯罪的行為であっても大目に見逃すという不思議な習性を持っている。永田氏もせめて反スタならそのあたりにもう少し知的関心を今後向けるべきだろう。

 その後、一月二十六日に、吉岡氏より上の幹部が番組制作に口を出すようになったという。右翼からの攻撃が激しくなったからだろうと受け止めたとのこと。しかし、右翼云々以前に、当然のことではないのか。放っておいたら、永田氏でさえ、唖然というか「怒りにも似た気持ちが頭をもたげてしまう」ほど酷い内容になってしまうという以上は……。
 そして女性法廷に批判的な人のインタビューを入れてほしいという指示を受けて、一月二十八日、やっと秦氏に話を自宅に聞きに行くことになる。永田氏が直接インタビューをしたそうな。
 ところが、「放送されるのはせいぜい一分半なので、その枠のなかで話してほしいと伝えた」「インタビューが終わったあと、秦さんは、カメラの前で話したおよそ三分のコメントをそのまま丸ごと使うよう言いはじめた。わたしは、紹介できるのはせいぜい一分あまりで、まるまる使うのは難しいと即座に答えた」「秦先生は影響が大きいのですから、右翼が間違って動くような発言はやめてください」とかなり失礼な対応をしている(自ら「失礼なことを申し上げたものだと思う」と書いているあたりは「正直」でよろしい?)。
 そうした追加取材を盛り込んで修正し、一月二十九日(放送前日)に最後の試写をやろうとしたら、上の人間がなかなかやってこない(政治家にあっていた?)。そして試写をやったら「全然だめだ」と言われる。そしてさらなる修正指示が。米山リサ氏のコメントが「どんどん短くなり、順番まで変わっていった。順序が変われば、当然その前の発言との関係もおかしくなる。脈絡がつかないということになると、さらに削られる」ことになっていった。

 もっともそのおかげで短くなった分、何かを増やすということで「結果として、法廷に否定的な秦さんのインタビューが長々と二分、そのあと、肯定的な内海愛子さんのインタビューが一分四七秒。さらにもう一度、否定的な秦さんのインタビューが一分二〇秒続くことになった」と。「長々と」というあたりに忸怩たる痛惜が感じられます。
 そんなに嫌なのか? 「正論」を放送するのが?
 番組を見た時に「この女性教授(米山氏)、支離滅裂、何言っているんだ?」と感じたのは、本人の責任ではないことは分かったが、そもそも、左派イデオロギー丸出しのコメントを無批判にそのまま延々と紹介しようとしていた制作段階のミス・手抜きを先ず問題にすべきだろう。

時間の制約で、あの台湾番組(二〇〇九年四月五日「JAPANデビュー・アジアの“一等国”」 この番組はチェック機能が働かなかったのか? 働いてもこの程度の水準だったのか?)のように「丸い卵も斬りようで四角にしてみせる」というNHKお得意の「修正」ができなかったのであろうか?
 永田氏は、米山さんに「紹介できるのはせいぜい一分あまりで、まるまる使うのは難しいと即座に答えた」「米山先生は影響が大きいのですから、左翼が間違って動くような発言はやめてください」とは言えない「半スタ」「半コミュニスト」「容共リベラル」止まりの思考様式の持ち主なのだろう。結果として、スタジオに秦氏と内海氏双方を招いて議論させる形を取るのがベターだっただろう。法廷の論理にあまりに無批判な高橋氏と米山氏のみを活用したのがそもそもの偏向の原因だという自覚が著者には乏しすぎる。

 挙げ句の果てに、バウネット・ジャパンの関係者が、ドキュメンタリー・ジャパンに入り込んで、番組制作に影響を与えていたという事実も発覚。「わたしは放送終了後までそんなことも知らずにいた」という。これまた左派系団体の癒着というしかあるまい。永田氏も「なぜバウネットの法廷記録に専念しなければならないその時期に、ドキュメンタリー・ジャパンに入ってNHKの番組制作にたずさわる必要があったのか。つき詰めて考えると、おかしな点もある」「しかし、彼女を制作スタッフに加えたこと自体は、ドキュメンタリー・ジャパンの広瀬さんたちが女性法廷をスムーズに取材するためにあみ出した手法にすぎなかった」と甘く見ている。
 
著者は「左遷」された先でも、裁判に関して反NHK側の立場を堅持していたようだが、その上司相手に「こんな嘘でかためた裁判を、受信料を使ってまだ続ける気ですか」とせまったら、「当たり前でしょう。ぼくは産経と読売しか信用してないから」とコメントが返ってきたという。NHKにもわりとまともな人がいる? いや、でもどちらも「左遷」されているのか?
 それにしても、「こんな嘘でかためた番組を、受信料を使って放映した」責任を永田さんは感じないのか。上から容喙がなければ、あの番組には秦氏のコメントも紹介されなかったわけだ。米山さんの整然とはしていても、唖然とするような一方的見解のみが垂れ流されていたことだろう。

 著者は、加藤周一氏を「日本最高の知識人」だと称賛する人でもある。「わたしとともに『戦争をどう裁くか』の制作にあたった桜井均さんらがプロデュースし、鎌倉英也ディレクターが監督をした」ドキュメンタリー映画があったそうだが、そういうレベルの人たちがああいう番組を作っているのだ。集団訴訟の対象となってしまったあの台湾番組を同工異曲の人たちが作成するから偏向番組になるのだろう。情けない限りだ。

 一昔前の左派系出版社だった晩聲社風のカバーデザイン、本文レイアウト、モノクロ写真の使い方が何となく著者や出版社のクラシックな「時代感覚」を忍ばせもするが、晩聲社からは現在進行形の北朝鮮の人権弾圧を問いただす意欲的な出版物が最近は出ている。まともな方向に変わる出版社もあるのだ。





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古本虫さんの、ブログ記事タイトルに惹かれて、今朝も、じっくり拝読いたしました。確かに、左右と来れば前後ですよね。四文字熟語の魅惑は、なかなかどうして侮れません。単に「前後左右」では、何の変哲もないのですが、本日の古本虫さんの、少しひねった言葉の誘惑には抗いがたいものがあります。勿論、本日の記事は、直球勝負で、襟を正して熟読しました。ちなみに、畑中某女の関連作品は「後ろから前から」でした。私の勘違い、前後不覚でした。
HN:青木慧 (68歳)  11/05/2014 Wed URL [ Edit ]
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