古本虫がさまよう 朝日新聞によって大目に見逃された「嘘(性奴隷)」が、歴史書や国連報告書やオックスフォードの専門書にまで採用されていくことの恐ろしさ
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朝日新聞によって大目に見逃された「嘘(性奴隷)」が、歴史書や国連報告書やオックスフォードの専門書にまで採用されていくことの恐ろしさ
(2014・9・8・月曜日)










朝日新聞は、慰安婦虚報報道(吉田清治「証言」ヨイショ報道)に関して、読者や国民に正式に謝罪もしていないのに、池上彰氏の連載を一時掲載拒否したことに関しては、「池上彰さんの連載掲載見合せ」「読者の皆様におわびし、説明します」と題して、大きな記事を掲載している(2014・9・6)。

そして、それに合わせるように、同日付け「声」欄で、この件に関する読者の意見(3通)を掲載している。もちろん、朝日は掲載拒否を貫くべきであったといった「暴論」は載っていない。
いずれも拒否したのはおかしいという指摘。しかし、その中で、トンチンカンな人がいた。

でも、池上さん、お願いがあります。どうかこれからも朝日の連載は続けて下さい。もし、今回の件で連載が中止になれば、慰安婦の問題さえなかったことにしようとする人たちに利用されるのではないかと懸念するからです。池上さんも書かれているように「『慰安婦』と呼ばれた女性たちがいたことは事実」です。しかも、その事実さえも、確かな資料も残っていないことから、うやむやのまま闇に葬られてしまうのではないかと、強い懸念を覚えます。

この投書って、ちょっとヘンではないのかしら?
 
慰安婦がいたのは事実で、そんなのは確かな資料もあるし(後述)、慰安婦がいないなんて主張している人がいるのだろうか? ありえない「空論」が、あるとして、「強い懸念を覚えます」というのは、誇大妄想的というしかない。

「慰安婦の問題さえなかったことにしようとする人たち」という筆致もヘン。さすがに「慰安婦さえいなかったことにしようとする人たち」と書くと、詭弁がすぐに見破られる。そこで、「の問題」を挿入し、「い」を削除しつつも、「慰安婦さえいなかったことにしようとする人たち」が、朝日を批判していると思わせるようにしていると邪推することも可能。まぁ、一種の言葉のトリックだ。

あくまでも、否定されていたのは、「日本政府や軍が自ら女性を強制連行して無理やり慰安婦、売春婦にし、ロクな代価(支払い)も与えず性奴隷として扱った」という「従軍慰安婦」の存在である。

少なくとも、日本人や「韓国・朝鮮」人の慰安婦で、そういう人はいなかった。外地で、軍規に違反して捕虜の外国人女性などを「慰安婦」にした例は皆無ではなかったかもしれないが、少なくとも、吉田「証言」で見られるような、国家機関の関係者が女性を勝手に強制連行して慰安婦にしたという意味での「慰安婦」がいたかどうかが問題になっただけである。それどころか、それなりの対価を払っていたし、兵隊より高給だった云々の「史料」も残っていることも判明している(後述)。

にもかかわらず、この投書をした人は、勘違いなのか無知なのかわざとなのかどうか知らないが、慰安婦がいた「事実さえも、確かな資料も残っていないことから、うやむやのまま闇に葬られてしまうのではないか」と、心配するのは「杞憂」すぎる暴論というしかない。

 論理のすり替えの典型論というしかない。朝日の日頃の報道「論理」に適合するから採用されたのか?

それよりも、2014・9・6付け読売新聞(「世界の誤解払拭困難」「慰安婦問題」「性奴隷国家」「吉田証言から」「朝日紙面影響触れず」「国連報告日本批判の根拠」「報告見直す理由ない」「クマラスワミ氏、本紙に」)が触れているように、朝日新聞の釈明記事(8・5)が、吉田「証言」がクマラスワミ報告につながっていった経緯に、まったく触れずに無視していることに関して、「うやむやのまま闇に葬られてしまうのではないか」と心配するべきだろう。
そういうことを鋭く指摘する投書が声欄に寄せられても「没」になるだろうが。

読売のその記事中で、朝日の元ソウル特派員の前川恵司氏が「朝日は当然、一連の記事が(クマラスワミ報告などに)与えた影響を認識しているはずであり、あえて目をつむるのは、この問題の全体像が明らかになるのが怖いからではないか」と指摘しているが、その通りではないか。

それにしても、「週刊新潮」(2014・9・11号)の櫻井よしこ氏の連載記事で教えられたが、なんと、英国のオックスフォード大学出版会の『オックスフォード・ハンドブック 国際法の歴史』最新版の「奴隷売買者」の項目で、近現代の代表例として日本軍の「慰安婦」が例示されているというのだ。この本は、国際法を学ぶ世界の研究者が参照する権威ある本とのことだが、この指摘を読んですぐに思い出した本がある。

『オーウェル著作集Ⅳ』 (平凡社)だ。ジョージ・オーウェルはその本の中にある「ペンの自己規制」というエッセイで、こう書いている。

偽りのない現代史が果たして書かれるかどうか危ぶまれるほど、事実と分かっているものが隠蔽され、ゆがめられている。例は何百でも列挙できるけれども、ひとつだけあげておこう。ドイツが崩壊した時、非常に大きな数に上るソ連人が――大半は間違いなく非政治的な動機から――寝返り、ドイツ側にくみして戦っていたことが判明した。またほんの一部ではあるけれども無視できない数のロシア人捕虜や強制難民が、ソ連へ帰ることも拒み、とにかくその一部は意志に反して帰国させられたのだった。こうした事実はその際大勢のジャーナリストに知られたのだが、イギリスの新聞ではほとんど取り上げられず、同時にその一方ではイギリスの親ソ的な宣伝家たちが、ソ連には『裏切者はいなかった』と主張して、1936年から38年にかけての粛清や追放を正当化し続けていたのである」
「重要なのは、偽造が行なわれるということではなくて、その事実を知っても左翼の知識人は一般になんらの反応も示さないという点である。真相を教えるのは『まずい』とか『利敵』行為だという議論には口をつぐまざるを得ないと考えられており、大目に見のがした嘘が新聞から歴史書のなかへ流れ込むという予想に心を痛める人間はほとんどいない」

朝日新聞が率先して報じた吉田「証言」→「性奴隷=強制連行された従軍慰安婦」などの「大目に見のがした嘘」が、「朝日新聞」から日本の「歴史書」のみならず、国連の権威あると思われる報告者や、国際法の概説書にまで、「流れ込む」にいたったのである。

親北朝鮮の宣伝家にとっては、愛する「祖国」の現在進行形の人権弾圧や拉致問題を目立たなくする上で、過去の日本の針小棒大化された「従軍慰安婦」問題は、恰好の宣伝材料にもなったことだろう。

朝日は一刻も早く、8・5の紙面をダイジェストではなく完全に英語にし、さらにこの一カ月批判されたことを肝に命じ、さらなる拡充した訂正謝罪紙面を世界に向けて国連公用語全てにて発信する義務があろう。
そうすることによって、日本国家、日本国民の名誉を回復すべきである。もう一つの東京電力原発事故に関する「吉田証言」の歪曲も同様である。

にもかかわらず、池上氏の記事を没にしたのも、実は、8・5以降、「本社には言論による批判や評価が寄せられる一方で、関係者への人権侵害や脅迫的な行為、営業妨害的な行為などが続いていました」ので、「こうした激化を懸念するあまり、池上さんの原稿にも過剰に反応してしまいました」とのこと。

たしかに、朝日はかつて赤報隊と名乗る輩にテロの被害を受けたことがある。殺された記者(小尻知博さん)までいた。

ともあれ、相手の言論が気に食わないからといって、言論ではなく、すぐさま裁判やら広告検閲やらをするのは邪道であるが、それ以上に、暴力によって、相手を黙らせたり脅迫するのは言語道断であることは言うまでもない。8・5以降、問題の元記者を含めて朝日新聞に対して、そんな危害を与える動きがあったら、当然警察に届け出、防護し取り締まるべきだ。

かつて、拉致問題などで北朝鮮批判が高まると、朝鮮人学校の女生徒のスカートが切られる事件がしばしば発生した。これも許されないことだ。
ただ、自作自演ではないかという声も一部にあった。この点は、金武義氏の『「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の疑惑』(宝島30・1994年12月号)を参照のこと。 
 
確かに、世の中には、襲われた云々と警察に訴えたものの、実は自作自演だったと判明したと報じられる例がしばしばあるのも事実である。朝鮮学校の女生徒の場合、単に襲われたと記者会見で訴えてはいるものの、なぜか警察に被害届けを出さないこともあったりすることもあったようだが……。

今回の慰安婦虚報騒動で、よもや、そんな「自作自演」(?)めいたことは起こらないと思うし、誤報虚報云々に関しては、あくまでも「言論」で朝日を批判すべきなのはいうまでもない。言論の批判に関しては、言論でまた反論すべきであろう。
「新しい歴史教科書をつくる会」の事務局などが襲撃された事件もかつてあった。関係者には警護もついたという。右であれ、左であれ、気に食わない言論や論者を暴力で脅すのは卑怯というしかない。

朝日がそういう被害にあうのは許されないこと。ただ、本当の勇気、知的勇気を、テロには屈しないとかいう以前に、一刻も早く、もっと素直に己の過ちを全面謝罪すべきではないのか。なぜ、それができないのだろう。

以下一年前のブログ再録(一部略)。


「慰安婦」論争も決着?
ソウル大学名誉教授・安秉直氏曰く、「『狭義の強制』と言われる、拉致のようなものはなかった」(毎日新聞8・7)

毎日新聞(2013・8・7朝刊)に、慰安婦に関する興味深い記事が出ていた。ビルマ、シンガポールの慰安所で働いていた朝鮮人男性の当時の日記が韓国で見つかったというもの。ホンモノとすれば、現場にいた第三者による記録ということで貴重な資料である。

安秉直(アンビョンジク)ソウル大名誉教授が古書店で見つけたという。確かに古本市などで、個人の日記はよく見かける。この前も東大生らしき日記を購入して中身を少し本欄で紹介したことがあるが…。

日本では木村幹神戸大学教授が、これを翻訳しようとしているとのこと。

記事によると、安秉直氏は、そうした日記などを精査し、慰安婦募集は戦時動員という点では「広義の強制」だと言えるとしつつも、「『狭義の強制』と言われる、拉致のようなものはなかっただろう」「1990年代初め、慰安婦支援団体が実施する調査活動などを手伝った。だが、『強制連行』と最初から決めつけて証言集めをするような形だったので、運動からは手を引いた」と語っている。

韓国人にしては珍しく(?)中庸な常識ある冷静な学者のようだ。

北朝鮮やソ連がやった、横田めぐみさんたちのような、またシベリア抑留のような、その意志に反しての無理やり暴力的な「強制連行」「拉致」を、日本が国家としてやって、女性を性奴隷にしたかのような「従軍慰安婦」報道ももう終りにしてほしいものだ。

安氏も「業者による乱暴な行為はあったはずだし、軍服のような服を着た業者が『軍人』と誤解された可能性はある」とも指摘しているが、「業者をサポートする行政組織がしっかりしている朝鮮では強制連行の必要はないし、強制連行は(社会的な騒ぎを起こして)コストが高くなる」だけだと語っている。


以下、その問題の日記の一節…。
(昭和18年)1月9日 今日の検査の結果、病気だった○千代と○子の2人が不合格で、その他16人はみんな合格だった。
 1月12日 連隊本部へ行き、慰安婦の収入報告書を提出した。
 1月13日 連隊本部医務室から衛生サック(コンドーム)1000個を持ってきた。
 1月16日 午後6時ごろ連隊本部事務室で、数日前に頼んだラングーン(現ヤンゴン)への出張証明書をもらった。
 7月20日 村山氏経営の慰安所、一富士楼が兵站管理となり、村山氏と新井氏は兵站司令部に行ってきた。
 7月26日 インセインの慰安所2カ所が兵站管理になった後、慰安婦の検査も兵站の軍医がすることになった。

こうした日記の記述の多くは、以前紹介した日本軍関係者の証言本、山田清吉氏の『武漢兵站 支那派遣軍慰安係長の手記』 (図書出版社)と比較しても矛盾はない。

また元漢口兵站司令部・軍医大尉の長沢健一氏の『漢口慰安所』 (図書出版社)でも、慰安婦に対して定期的に検査が行われていた事実が指摘されているし、「慰安婦ひとりひとりについて、借金高を調査した」という。

「内地から来た慰安婦は、法規通りの借用証文を持ち」「上海、南京などの稼ぎを差し引き、楼主が支払った雑費を加えた額を借金として帳簿に記載した。朝鮮人業者の中には、ひどい例もあった。証文も何も、書類らしきものは一切なく、貧農の娘たちを人買い同然に買い集めて働かせ、奴隷同様に使い捨てにする」例もあったという。
あくまでも、朝鮮人業者がそうしていたのであって、日本側は「業者が女に支払った金に、雑費を加えて借用証を作らせ、女たちが働きさえすれば借金を皆済し、自由な身の上になれるようにした」という。

「『日本女性哀史』(金一勉著)には、つぎつぎに襲いかかる兵隊の精液にまみれて、失神状態になった慰安婦の描写があるが、これはおそらく誇張した著者の想像であると思われる。少なくとも漢口兵站では、慰安係と診療所担当軍医による慰安所の管理が行きとどいていたから、そのようなことは起こり得なかった」「忘れてならないのは、慰安婦は業者にとって多額の投資をし、それに見合った収入をもたらす財産であることだ。業者らは慰安婦に対し人間的感情を抱かなかったかもしれないが、財産の保全には十分留意したはずである」

こういう日本軍関係者の証言が、朝日新聞がもてはやした吉田某のものよりは信頼が置けるのではないか。慰安所で働いていた朝鮮人日記からもそれがうかがえる。

すでに2013年8月1日の読売社説(「憂うべき米国での『反日』拡大 強制連行巡る誤解を正したい」も、「朝日新聞が『日本軍が慰安所の設置や、従軍慰安婦の募集を監督、統制していた』と報じたのが発端だった。記事には、戦時勤労動員の『女子挺身隊』があたかも慰安婦の強制連行であったかのような表現もあり、韓国で反発が強まった」云々と名指しで批判もしている。

もはや「従軍慰安婦→強制連行→性奴隷」云々論は、朝日が前言ないし誤った過去の報道を撤回し、謝罪すれば、解決する問題であろう。あの麻生大臣にも出来たことが何故出来ないのか? 情けない?

戦時勤労動員といえば、広島市長として原爆によって死亡した粟屋仙吉の娘だった粟屋康子の生涯を描いた作品に『康子十九歳 戦渦の日記』 (文春文庫・門田隆将氏)がある。彼女は1926年生まれ。太平洋戦争(大東亜戦争)が始まった時は、まだ十代半ばすぎ。
動員されて北区(当時王子区)にある東京第一陸軍造兵廠で、弾薬製造に励んでいた。この跡地はいまも少し残っていて、一部図書館にもなっている。立ち寄ったことがある。立派な図書館だが、北区住民以外には、いささかサービス低下(パソコンネットでの予約を拒絶)となっており、昭和40年以前の本は一切貸さないという中央区図書館に次いで、残念な図書館?

それはさておき、たまたま日経新聞(朝刊・2013年8月5日)の「私の履歴書」に出ている1930年生まれの野村萬氏(狂言師)の文を読んでいたら、この人も、戦時中学徒動員で、東京第一陸軍造兵廠で、鉄を焼いてハンマーで叩く力仕事をやらされていたという。

ということは、粟屋さんと野村さんは、当時、十代の少年少女として同じ「戦場」「工場」で働いていたのであろうか。

粟屋さんは、戦後まもなく、広島で原爆投下により前後はあったものの共に死んだ両親のあとを追うかのようにすぐに死亡したが、野村氏は長生きして今日に至っている。

人生のさまざまな岐路…。自分の意志の力で、その岐路を選択するのではなく、不可抗力によって押しつぶされたり無理やり変えさせられた多くの人々の無念さを思うと何とも言えない。

だが、以前、家人がマレーシアの知人と一緒にポーランドのアウシュビッツに行った時、一知半解の説明員が、ここでナチスがやったことと同じことを、日本もアジア、マレーシアでやったんですと真顔でアナウンスするガイドがいたそうな。「五十歩百歩」と「五十歩一万歩」の違いを認識できる程度の教養と歴史認識力は持ちたいもの。


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