古本虫がさまよう 図書館は本を読むところか、××するところか、戦争ごっこをするところか?
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図書館は本を読むところか、××するところか、戦争ごっこをするところか?
(2014・7・8・火曜日)









斎藤晃司氏の『図書館司書・麻里』 (二見文庫)を読んだ。
三笠書房とフランス書院文庫ではないが、二見書房とマドンナメイト文庫も親会社と子会社の関係がある。
三笠書房も昔はエロス系小説を刊行していた。そのあたりのエピソードは、以前紹介した宮田昇氏の『図書館に通う当世「公立無料貸本屋」事情』 (みすず書房)にも少し出てくるが、三笠書房や三笠文庫‥、いや、「知的生きかた文庫」は今や人生論、啓発文庫の出版元といった感じだ。エロ系書物はフランス書院が担っている。

親会社がジキルで、子会社がハイドというわけでもないが、エロス本に関しては、二見書房は、二見文庫版でも、マドンナメイト文庫に負けないぐらいイロイロ出している。

ただ、二見文庫は、マドンナメイト文庫に比べると、少し格調の高いエロス本を出していくというポリシーがあるようだ。
例えば、ワードスミスの『彼』『彼女』などが収録されている。これは昔、単行本で読んだが、読みごたえのある作品だった。

斎藤氏の本も、わりと重層なストーリー展開とミステリタッチがある内容で、面白く読んだ。
カバーがシンプルな造りであり(目元くっきりの美女の上半身。服は身につけており煽情的ではないが)、美人司書が図書館にやってくる高校生や大学生(主人公)を愛玩するといったお話である。

カバー袖 ──ああ、ここがクリトリス。 ぽつりと突起している愉悦のボタンを、真一は親指で無造作に押した。次の瞬間、キュッと麻理の内股は閉じて彼の左手首を締めつけて きた。その如実な反応にあおられて、彼は乳房をもんでいる右手に力を込めた。 「あうっ」 いきなり麻理が唇を離し、真一の左の肩口へ前歯を当てた。 「い、痛いわ」 「えっ?」 「痛いわよ。そんなに強くもまれたら」 耳元で麻理はささやき、真一の右手をやんわりとつかんで乳房から離した。さらに彼女は背後へしりぞき、股間にはさんでいた彼の左手 も引き離した。 「まだ、女の扱いに慣れてないみたい」 「慣れてないってわけじゃ……」 真一は言いよどんだ。以前に別れた彼女以外の相手と、彼はセックスをしたことがない。 「もしかして、あなたって童貞なの?」
内容(「BOOK」データベースより)
図書館に司書として勤務する川口麻里は、読み聞かせのボランティアや書道教室の師範とともに、読書サークルを作って活動している。しかしこのサークル、実は、それぞれが立場を利用して、図書館を訪れる若い男性を誘惑しては性を享楽する隠れ蓑として機能していた。ウブな男子高校生が、イケメン大学生が、彼女たちの毒牙にかかって…。俊英による書下し誘惑ノベル。



いかにも、ありふれたポルノ小説の趣ではあるが、そうした秘密会員めいた組織に入るためには、ある小説の読書感想文を提出しなくてはならないし、図書館内で××するといった緊張感漂うストーリー展開のあたりが類書と若干異なる。そのあたりは、まずまずのタッチで描かれているといえようか。

一方、この本に刺激されて、積んどくしていた石持浅海氏の『ブック・ジャングル』 (文春文庫)を読み始めたら、面白くて一気に読了。これも図書館(閉館)が舞台の小説。

図書館に閉じ込められた男女五人の恐怖の一夜

閉鎖された市立図書館に忍び込んだ青年二人と少女三人。突然、青色のラジコンヘリに襲われる。姿を見せない殺人者との一夜の暗闘。
沖野国明は昆虫学のフィールドワークからの帰国後、思い出の場所、市立図書館が閉鎖されたことを知る。見納めのため友人と深夜の図書館に忍び込み、高校を卒業したての女子三人組に出会う。彼ら不法侵入者達にとって予期せぬ苛酷な一夜が幕を開けた―。恐怖の閉鎖空間で石持ワールドが炸裂する強力長編。



深夜の図書館内でラジコンヘリに襲われるという、いささか荒唐無稽に思える小説だが、ところどころ、「本」も出てきて、面白く読める。リモコンヘリなど、図書館内にある「本」をぶつければいいのではないかと思うが、投げても本が開いたりして空気抵抗でヘリに届く前に床に落下してしまうそうな。ううむ‥‥。
ともあれ、ハチやハエや蚊でも、一匹いても、煩く感じるもの。いわんや、武装したというか毒針付きの「リモコンヘリ」が相手となると命懸け。

同じ図書館であっても、生きるか死ぬかの瀬戸際に追い詰められる時もあれば、年上の美人図書司書と悶えることもある‥‥。もちろん試験勉強やら、書斎代わりに利用する人も。図書館も人生の縮図であろうか。

図書館をテーマや舞台にしたノンフィクションや小説は多々ある。以下再録。


門井慶喜氏の『おさがしの本は』 (光文社文庫)を紹介したことがある。これは小説・ミステリ。
 といっても舞台は人口30万都市の図書館(カバーに使われている図書館風の館内の雰囲気は、この前立ち寄った江東区清澄白河にある図書館の雰囲気に似ている感じがある?)。死者が出るわけではない。
 予算の制約で、子供相手のお話会は中止、いずれ廃館になるかもしれない危機的状況(アメリカではよく図書館が閉館になったとの報道がある)。レファレンスコーナー担当の青年(公務員)の下には、いろいろと「本の謎」がふってくる。死んだジイサンがオタクの図書館の本を無断で借りていたみたいだと…。ハヤカワの本だったとか。ハヤカワ? ハヤカワ文庫? 早川図書?
 子供時代に図書館に寄付した懐かしい絵本を返せと要求する老人やら……。「おさがしの本はなんですか?」といっても、簡単には答えられない難問が寄せられる。「女教師や看護婦に関する本はどんなのがありますか?」「フランス書院文庫が貴館に一冊もないのは言論弾圧ですか?」なんて質問する中年男性もいるかも?

 冗談はともかくとして、やがて市議会で図書館の存廃をめぐって廃館派の館長と対立する形で証言することに……。単なる無料貸本屋でしかない図書館などなくても、新刊書店や古本屋が町にもあるのだから予算カットすべきという「正論」に対して、青年館員は……。その反論の内容はご一読くださいとなるが、こちらもなかなかの「正論」。僕が市会議員なら、軍配を青年館員の方に挙げるだろう。作品の中では、その他の事情も絡んで閉館は免れることになったが……。

 しかし、現実の図書館では、中央区の図書館のように昭和40年以前の本は、一律貸出しないなんていう、本書に出てくる図書館もびっくりするような超官僚的対応をするところもある(戦前の本を貸出しないというのは分かるし、ケースバイケースで戦後の本も館内閲覧のみというのも理解するが、一律昭和40年以前の本は貸出しない、しかも本館でのみ閲覧可能、分館には配送しない、昭和40年以前の本を読みたければ本館まで来い――というのはあまりにも官僚的すぎる。共産主義国家もビックリする呆れた図書館というしかない。 

 ともあれ、本書の青年館員が主張したように、図書館というのは単なる無料貸本屋ではなく、さまざまな機能を持っているところ。
 また、近年は民間委託によって、休日も月一度程度になっている先進的図書館もあれば、毎週未だに月曜日は完全に休み、それ以外にも「整理休暇」を構え、なおかつ土日は必ず早めに午後5時に閉館する、遅れている(?)よく休む図書館(江東区など)もある。
 休みも少なめで、かつ日曜日はともかく土曜日の閉館時間は遅めにしている点で品川区中央区墨田区などはまだ立派? どっちが利用者にとっていいかは自明ではあろうが……。開館時間はまぁまぁ長めで休館日も少なめの千代田区図書館は、いかんせん蔵書数が少なすぎて使いにくい中途半端な図書館であるが……。

 関連書として、本書の文庫解説者(小池啓介氏)も紹介している中で、僕が読んだことがあるのはイアン・サンソムの『蔵書まるごと消失事件』 (創元推理文庫)。移動図書館から15000冊の本がなくなってしまうミステリ。この前読んだばかりなのに、もう細かい粗筋は忘れてしまっているが……。

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