古本虫がさまよう 春眠アカツキを覚えず、初夏エロエロを満たす?
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春眠アカツキを覚えず、初夏エロエロを満たす?
(2014・5・17・土曜日)











花粉症もおさまり、さほど暑くも寒くもなく、ほどほどの季節のこのごろ。電車に乗っていつものように本を読んでいると、坐っている時は、すぐに眠くなってくる。春眠暁を覚えずか? いや、もう春というよりは初夏か?
電車の中ではちょっと手にしにくい、1960年生まれの有野陽一氏の『エロの「デザインの現場」』 (アスペクト)を読んだ。

「URECCO」や「デラべっぴん」など、その手の雑誌などのレイアウトなど斬新な試みをした異色デザイナーを訪ねてのルポ本。
紹介されているエロ雑誌の多くというかすべては休刊・廃刊? エロ雑誌全盛時代の内幕物語としても面白く読むことができた(でも、このエロ雑誌全盛時代には、結婚していたこともあって、あまり、手にしたことはない?)。

著者自身の青春回顧雑誌として『GORO』なども出てくる。
小田実のノンフィクションがものすごく深かった云々には「?」を感じたが(北朝鮮礼賛ルポ・ノンフィクションは『GORO』には掲載されなかったとしても?)、「あの頃、中学高校ともっとも多感な時期に『GORO』と出合えたことは本当に幸運だったと今でも思う」というあたりは同世代として「理解」は可能。
もっとも、その頃に『GORO』よりも早く『大人のチャンネル』なんかに出合っていた中学生は、果たして幸運だったであろうか? でも、そのおかげで、「女性美」の真贋を極めることができるようになった?

ともあれ、関連書として、みうらじゅん氏の『人生エロエロ』 (文藝春秋)を途中まで読んだ。週刊誌に連載されている時にも取り上げたことがあるが、「人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた」とのこと。
みうら氏は1958年生まれ。これまた僕と同世代。55歳前後。12歳の頃から目覚めたとすれば、人生の五分の四はいやらしいことを考えてきたことになるだろうか。

もっとも、80歳を越えている渡部昇一さんは、どっかの媒体で、最近はいやらしいことをあまり考えなくなったと書いていたかと。

ううむ。女性は50歳前後になると「生理」はなくなる。男性は55歳になっても、まだ勃起し、精液は生産しているようだ。女性の「生理」同様、男の、12歳前後から始まる「精通」がなくなるのはいつのことやら?

このあたりの男女格差は「性欲」として、どのように違うのか? 学問的解明を望みたいと思っていたら、坂爪真吾氏の『男子の貞操  僕らの性は、僕らが語る』  (ちくま新書)という本が出た。
著者は、1981年生まれ、一般社団法人ホワイトハンズ代表理事で、重度身体障害者に対する射精介助サービスなどをやっている人。
前著『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』 (小学館)は紹介したこともある(まずは以下再録)。


2012/08/20(月) 04:38:45
坂爪慎吾氏の『セックス・ヘルパーの尋常ならぬ情熱』 (小学館101新書)を読んだ。
脳性マヒ、四肢障害などのために自力で射精をするのが困難な人に対して、訪問介護的に対処する(お湯で絞ったタオルで陰部清拭、包皮剥き、恥垢清掃、勃起介助、陰部マッサージなど)「職業」があるそうな。そういう介助(有料)を専門とする「ホワイトハンズ」(NPO)を立ち上げた著者による奮闘記といったところか。東大上野ゼミのご出身。
 
障害者向けの性風俗もないこともないようではあるが、「自力での射精行為が困難な、身体障害者・要介護者への射精介助」を中心に活動していったとのこと。お役所などの「理解」を得るのに四苦八苦したりもしたそうな。

 以前、河合香織氏の『セックスボランティア』 (新潮社)や大森みゆき氏の『私は障害者向けのデリヘリ嬢』 (ブックマン社)を読んだことがある。それらと同じように「障害者の性」を扱ったノンフィクションとしてユニークな一冊とはいえる。

ただ、何となくおっしゃることは「正論」ではあるが、所詮「性欲」も人間の意志の力である程度まではコントロールできる、すべきモノではあるので、それを絶対視したり誇大にとらえることのないようにはしたいものではあるが。「読書欲」に比べれば、そんなもの…? とはいえ、やはり「食欲」「読書欲」同様、生きていく上で必要な「欲」ではあるから、重視するのは必然ではあるが。

「読書欲」にしても、目が見えない人、老化、白内障などで視力が低下した人に対して、朗読などの「介護・介助」も重要である。古本屋古本市に行きたいが、脚力が衰えた人にも「介護・介助」が必要になってくるだろうか。
神保町の古書会館もバリアフリーを考え、エレベーターも荷物運び専用にするのではなくお客のために開放するべきときがくるのかもしれない。今でも、かなりの高齢者がこの夏、ゼイゼイ言いながら階段を昇り降りするのを見たことがある。僕の何十年後の姿であろうか? ううむ。



今回の新著は、ご自身の性観念などの遍歴を含めての自慰論なども展開されている。
「処理のための射精」から「ケアのための射精」云々論など。
「初体験システム」の変遷論なども。
しかし、介助の仕事に関して、男性の射精を手伝うことに対比して、女性障害者に対する介助をしたいという男性の応募なども寄せられるとのことだが、そういうサービスはしていないとのこと。

なぜ? 女性障害者からのリクエストがないからとのこと。
ううむ。
両手が自由に動かせない若未亡人などからの要請は本当にないのか‥‥。

ともあれ、童貞問題などにも真面目に言及している。これまた、ううむ。

そのほか、避妊のすすめや、単なる挿入云々ではなく、肌と肌、皮膚と皮膚の触れ合いによるふれあいが大切だとか‥。それだと老年セックスもいつまでも可能になる?

著者はあとがきで、男性のセックスを語る上で必ず使われてきた二つの言葉(エロ・愛)を使わずに本書を書いたとしている。なるほど。
このように、実に「真面目な本」でもある。中高校生の保健体育の副読本にも利用可能だろう。

一方、宋美玄氏(女医)の『少女はセックスをどこで学ぶのか』  (徳間書店)を読んだ。

この人の前著も何冊か紹介ずみ(まずは以下再録)。

宋美玄氏の『幸せな恋愛のためのSEXノート』 (ポプラ社)を読んだ。前著『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』 (ブックマン社)は、刺激的なカラーイラスト(巻頭)入り本だったが、今回はなし? どちらも若い男女読者向けの男女決戦ならぬ平和的な男女結合的性交のためのハウツー本。刺激的な内容は特になし(といっても、かつては広辞苑のような大型辞書の「ブラジャー」の説明と図解にもコーフンしていたのだから、小学生高学年なら十分刺激的かも)。
著者は1976年生まれの女医・産婦人科医。週刊ポストだったか週刊現代だかに、セクシーポーズを「公開」して、もうこんなことまでさせるなんて……とコメントしていたが、まぁ……こちらはそれほど刺激的ではなかった(小学生はともかく?)。特に感想はない。
どっちかの週刊誌にそういえば、美人女医云々の紹介コーナーがあった。「看板に偽りなし」に疑問を抱くこともまれにあるが、確かに美人女医が世の中にはいるという事実は教えてくれる。



新著は、マンガや座談会(若い女性を囲んで)も収録しながらの性教育談義。基本的にマジメな内容。男も女も、若い世代はヘンなビデオの影響を受けることなく、まずはこういう本を読み、マジメに生きていくべきか。

十代では、「青い体験」「おもいでの夏」「フレンズ」などの映画を見て、あとは「エマニエル夫人」ぐらいにしておくべき? 
中年になってから、昨今のハードなアダルトビデオを見て、萎えていく体力を補い、かすれていく想像力を喚起すればいいのかも。
それにしても、まだストーリーのあった日活ロマン映画の女優が、昨今のアダルトビデオの女優のレベルであれば、よかったのに(東てる美など例外はあるにせよ)。
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