古本虫がさまよう 宇能鴻一郎の30年ぶりの「純文学」作品は「右傾エンタメ」なのか?
2017 10 / 09 last month≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫11 next month









宇能鴻一郎の30年ぶりの「純文学」作品は「右傾エンタメ」なのか?
(2014・4・23・水曜日)









宇能鴻一郎氏の『夢十夜 双面神ヤヌスの谷崎・三島変化』  (廣済堂出版)を読んだ。
30年ぶりの純文学小説とのこと。
30年前といえば、1984年? 

年譜を調べてみると『花魁小桜の足』 (双葉社)という作品があるが、このことだろうか? この本だけ、タイトルがちょっとシブイではないか。読んだ記憶はない。
『姉妹理容室』 (東都書房)も、ちょっと抽象的な書名だけど、これは…。弓月誠氏の『温泉三姉妹 癒しの宿』 (フランス書院文庫)のような本ではないだろうか。

この1984年に彼が出した作品の中で読んだのを覚えているのは『濡れて打つ』 (グリーンアロー出版社)ぐらいか?

今回の本、42字×18行で370頁近い大著。あの改行だらけのポルノ小説とは違う?

森鷗外の『ヰタ・セクスアリス』 (岩波文庫他)ではないが、そんな性の目覚めの話から始まる。
満洲での敗戦時の混乱の中でのロシア司令官夫人の生身の女の姿や、帰国して自宅にあったマネキンに欲情したり、性欲より食欲が満たされずに飢餓感に悩まされたり、ホモ色の司祭にアナを掘られたり、浪人時代の海外旅行でも、外国人男に×××を弄ばれたり、時には大川隆法的に三島由紀夫や谷崎潤一郎の「霊」(?)を呼び出し対話させたり……と。
そして慰安婦問題や植民地問題で自虐的になったり、日米安保改定に反対したりした向きを揶揄し、平和憲法バンザイ作家を罵倒もするし、赤化を免れたスペインのフランコを評価もする。

彼(山口瞳)は「平和憲法を守って滅びた国が一つくらいあってもいい」と言った。「全国民が死んでも日本精神は残る」といった軍部を連想する。



空想的平和主義者と空想的軍国主義者とがいかに酷似した危険思想か、分かる本でもある。日本は島国だから9条があるから侵略されない、日本は神国だから大和魂があるから負けない‥同根?

そうした、ところどころの描写やエピソードなども面白いが、やはり、沼正三の『家畜人ヤプー』 (角川文庫)や、スティーヴン・ヴィジンツェイの『年上の女 アンドラーシュの愛の回想』  (富士見ロマン文庫)を読んだ時のような、心地よい(?)爽快感を味わった次第。

年上のピアノ教師と出来てしまうエピソードも出てくるが、それは、彼の『快楽の果実』 (学習研究社)というエッセイ集にも出てきた実話。学生時代に読んだ時には羨ましいと思ったが、今回の小説では、あっさりと軽く記している。老境故の余裕か? ううむ。

それはともあれ、宇能鴻一郎氏の大作、楽しく読めた。

この心地よさは、 「右傾エンタメ」だからか? 百田尚樹氏の『永遠の0』 (講談社文庫)は、十分、反戦・反軍部的小説であり、好戦的でもなんでもなかった。その意味で、宇能氏の今回の新作も、「右傾エンタメ」ではなく「エンタメ」として楽しめばいいのだろう。屁理屈は不要? 

スポンサーサイト
 | エロス  | TB(0)  | CM(0) | Page Top↑
Secret




TrackBack URL
→http://kesutora.blog103.fc2.com/tb.php/1547-d450f999

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

カテゴリ