古本虫がさまよう 昔も今も、タバコプカプカ、騒音ガンガン?
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昔も今も、タバコプカプカ、騒音ガンガン?
(2014・3・2・日曜日)






結局、今日(日曜日)は寒い小雨の一日。
遠くの古本市に出かけるのはやめて、古女房や家人は出かけていないので、一人、家の中をルンバと共に掃除をしたり買い物に少し出かけたり(消費増税に備えて、ペヤングソース焼きそばや洗剤やコーヒーなどを買い占め?したり)。あとは読書。

まずは、中野翠氏の『東京プカプカ』 (毎日新聞社)を読んだ。サンデー毎日に連載しているエッセイ一年分を毎年一冊刊行しているが、その最新版。面白く一読。

映画と落語ネタが多いが、人生観察録など的確。

赤ちゃんがバスや電車で泣き叫ぶのと、3~4歳ぐらいの子供がわめいたりすることの違いについての考察など‥。

この前もある雑誌編集長が新聞のコラムで、電車でうるさく騒ぐ餓鬼としつけをしない親を叱ったら、周辺の大人が、子供は仕方ないだろうに‥と反問するので、赤ちゃんならともかく、あれぐらいの年齢だと躾けするのが当たり前でしょうと指摘していたが同感。

子供を育てた人なら分かるが、赤ちゃんが泣くのはある程度は仕方がない。どうしようもないのである。電車や飛行機などに乗ると、気圧の関係もあるのかもしれない。

しかし、電車の中でゲーム機を操作する程度のオツムがある、会話ができる餓鬼なら躾けは可能のはず。そのゲーム機を、ピコピコといった音を出したまま、やる馬鹿が結構いる。

そして、隣にいるバカ親はスマホなんか見て注意しない(さすがにスマホなどは音声をたてていない? いや、そういうバカ親だと、映像や音楽など、イヤホーンをしても漏れていることは多いが)。

以前、レストラン入り口脇の待合席で順番を待っている間、本を読んでいたら、隣のガキがピコピコ音を立ててゲームをしているので、注意をしたことがある。
すると、少し離れていた赤の他人が、 「細かいこという人がいるね」とつぶやいていた。

こういうバカな餓鬼とバカな大人がいるから、世の中住みにくくなるのだろう。周辺に不特定多数の人がいるところで余計な騒音など立てない、悪臭(タバコ)をまきちらかさないなんて文明社会に生きる人間の最低限度のルールだろう。
道徳教育は、こういうバカをこれ以上増やさないためにもやるべきかもしれない。公共の精神というのは、別にボランティアするとかそういう高尚なレベルでなくてもいい。一歩外に出れば、家の中で許される行為でも、許されないことがあるという簡単な事実を教えるべきなのだ。

そういうことを教えないから、羽田空港の運営者のように、待合席にも煩い音声垂れ流しのテレビを設置して(それで広告の金が入るのか? だとしたら「お客様」に迷惑をかけて金儲けに励む「守銭奴」というしかないだろう)、出発前の数十分の時間、静かに読書などをして過ごしたい人間の「自由」を剥奪するのである(偶数、奇数の出発口があるのだから、せめてどちらかにはテレビを設置しないで「禁音」にするぐらいの配慮をすればいいのに、しない。だから飛行機には乗りたくないのだ)。

新幹線の自由席に比べても狭く窮屈な飛行機の座席(エコノミー)。出発までの手続きは、多少は機械化簡素化されたものの、電車に比べるとまだ手間がかかる。時間をつぶすのに静かに読書できる環境を整備しようともしない飛行機会社には、本当に呆れる。

こういう騒音垂れ流し社会が、バカ餓鬼を増やし、ブックオフなどをはじめとするビルテナント内の「パチンコ屋」化を促進しているのだ(もっともパチンコ屋にはここ何十年か入っていない。軍艦マーチなどの煩い音楽のイメージは古いのかもしれない。タバコの煙もうもうのイメージも古いのかどうかは知らないけど)。

静穏に過ごす権利がこれほどないがしろにされているとは……。東京五輪やるなら、せめて、公共空間での禁煙・禁音の促進徹底化ぐらいはやってほしいものだ。そうしないと世界の笑い物になる。舛添知事は禁煙派かどうか知らないが‥‥。

それにしても、こういう道徳力問題は、昔も今もさほどの変化がないという事実を教えてくれるのが、大倉幸宏氏の『「昔はよかった」と言うけれど  戦前のマナー・モラルから考える』 (新評論)だ。

変態教師が教え子に淫らなことをしたり、列車の中でのマナーの悪さ、子供の躾けのなさなど、戦前や明治時代にまでさかのぼって、それを嘆く記事や論説などと、今とを対比しつつ論じている。
ご指摘の通り。

もちろん「スマホ」がなかった時代に「スマ歩」のようなマナ―違反はなかっただろうが、五十歩百歩のことはいくらでもあっただろう。車内化粧も昔からあったという。

同じことは「異常気象」にもいえる。少なくとも、30年、40年前、地球寒冷化が言われていた時代でも、鉄砲水だの局地的豪雨など、いくらでも「異常気象」があった。新聞縮刷版をぱらぱらめくるとそういう「異常気象」はいくらでも出てくる。

ところが、最近は、そういうことがあると、なんでも「地球温暖化」の影響かと枕詞がつけられるが、アホの骨頂というしかあるまい。

最近の中国人のマナーの悪さや中国での公害のひどさがいろいろと言われるが、日本とて、高度成長のー時期の「公害」は同様にひどいものがあった。

後進国が否応なく体験していく普遍的現象を、ことさら貶めて見るのも健全とはいえないだろう(但し、中共当局が、膨大な軍事費を割愛して、その分を民生向上、公害防止のための措置に金を回せばいいのだが、そういうことをちゃんとするかどうかは微妙だが)。

韓国台湾タイなどが民主化したのと同様の歩みを共産主義国家中共が歩めるかどうかも微妙な問題があるが、文革時代からみれば、多少は改善もされていると見ることも可能ではあろう。少なくとも、今の北朝鮮ほどひどくはないが、ロシアほどの「民主主義」もまだない。

ともあれ、中国人や山登りする人に悪い人はいないとか、日本人はおもてなしの心があるとか、単純に決めつけるのは間違いであるのは言うまでもない。全体的な民度のレベルというものはあるかもしれないが、日進月歩。とはいえ、昨今の中国・韓国の対日批判の「民度」「政府レベル」の反応は、ひどすぎるものがある。退歩しているというしかない。

大倉幸宏氏の『「昔はよかった」と言うけれど  戦前のマナー・モラルから考える』によれば、図書館の本に悪さをする人も昔からいたことが分かる。『アンネの日記』などのアンネ関連書を切り抜いたりするのと同様に、雑誌などの実用記事を切り抜いたりするのも昔からあったことだろう。必要からであろうが、嫌がらせからであろうが、本を切り裂いたり、盗んだりするのは、いつの世にも、日本でも外国でも起こりうる現象なのである。ことさら卑下する必要もあるまい。

キセル乗車もしかり。この前も、駅の改札手前で、駅員の死角になっているところで、ガードを乗り越えて無賃乗車(キセルかも)する浮浪者風の男がいたものだった。割り込み乗車も昔も今もありうる。

禁煙の表示を無視するのも。

道端へのタバコの吸殻のポイ捨てが減った、マナーは改善されたとうそぶいていた喫煙作家がかつていたけど、なんのことはない、溝の穴の中にピンポイント捨てをする人が増えただけなのだ。

道端に捨てるのより、道端の溝の穴の中に捨てるのが、マナー向上になるとはいえないだろう。かえって、溝の中にたまっているホコリや落ち葉などに火がついて火災を発生させる恐れが出てくる。都営三田線なんか、そんなピイポイント捨てのために駅構内に煙が発生しストップしたこともあった。やはり、マナーは低下しているともいえようか? いや、まぁ、横ばいか?

地上のポイ捨て、地下鉄止める=ホームに煙、90人避難―東京 2012年12月29日(土)21時25分配信  29日午後6時55分ごろ、東京都港区芝の都営三田線三田駅から「ホームに煙が充満している」と119番があった。警視庁三田署員が駆け付けたところ、地上の通気口で落ち葉などが燃え、くすぶっていた。間もなく火は消し止められたが、三田線は一時運行を停止。ホームや改札にいた客ら約90人が駅員の誘導で避難した。けが人はいなかった。同署はポイ捨てされたたばこが火元とみて調べている。
 同署によると、煙は日比谷通り沿いの通気口で発生。たまっていた落ち葉に着火し、生じた煙が三田線の3番線と4番線のホームまで流れ込み、充満したとみられる。 (時事通信)



そのほか、地下鉄職員が、タバコを構内に捨てて火災が発生したこともあったとか。昔のように自由に吸えずに隠れて吸わなくてはいけなくなったので火の始末が不完全になったのが原因だという世迷い言をいうひとはいないと思うが、昔も今も喫煙者のマナー違反は多々ある。結局、人はあまり変わっていないのだろう。
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