古本虫がさまよう 「本屋」と「本屋大賞」の舞台裏
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「本屋」と「本屋大賞」の舞台裏(2014・1・27・月曜日)









木村俊介氏の『善き書店員』 (ミシマ社)を読んだ。六人の書店勤務の人への「オーラルヒストリー」的な本。本との出逢いや職業として書店員を選んだ理由や仕事の内容などなど…。

正社員ではなく定時社員、立ち仕事故の大変さ、ブックセールなど、「本屋大賞」に関与した人、青山ブックセンター(六本木)に勤務していた人など…。

本屋で新刊本などを見て、買って帰るだけの「利用者」にはうかがいしれない本屋の舞台裏を観察できる本でもあった。
大手チェーン店でも、ポイント制度を導入していない店でレジをしていると、会計の途中で購入をキャンセルする「利用者」もいたりするそうな。ううむ。
聞き手は木村氏だが、まとめ的には、各自の語り下ろし風になっている。
書店につきものの「万引き」の話が特に(あまり?)出てこなかったように思うが、それがちょっと?

それにしても、僕はアマゾンや通信販売で本を買うことはめったにないのだが、それでもアマゾンから時々メールがきて、「古本虫さまへおすすめの本」なんてやってくる。「管理社会」的? まぁ、書評みたいなものと思えば、有り難き? アマゾンやネットで、カード決済で本を購入する人も増え、書店不要論なども出てきそうだが…。
八重洲ブックセンターもめったに行かなくなり、ジュンク堂などイスがあるのがどうも苦手で寄らない。寄るのは古本屋行脚の「ついでに」神保町界隈の新刊書店ぐらい。

でも、東京堂は改造後、新刊コーナーがレジ前でスペースが狭くなり、カフェが設置され、店内もちょっと照明が暗くなった。雰囲気重視? 邪道では?

三省堂も一階に「文房具屋」さん(?)が入ってきた…。東京堂も三省堂もレジは一階のみ?
本売場のスペースが減るのが個人的には嫌ではあるが…。売上のためには、本にばかり頼るわけにもいかないという事情もあるのだろう。邪道だとは思うけど…。岩波ブックセンターは、左寄りの本を探す上で、模索舎同様便利ではある。そういえば、「みすず」(2014・1&2月号)はもう出たであろうか?  毎年、岩波ブックセンターで買っているけど、先週はまだ12月号が鎮座していた。

以下書店、書店員関連の本で以前書いたものの再録。

今泉正光氏の『「今泉棚」とリブロの時代』 (論創社)を読んだ。小田光雄氏が聞き手となった「聞き語り」方式の本。今泉氏は一九四六年生まれ、キディランド、西友、西武池袋、リブロ、煥乎堂、平安堂など書店員として長年仕事をしてきた人とのこと。とりわけリブロで人文科学系統のブックフェアを何度もやって沢山の本を売ったことで知られるという(僕は全く知らなかった。西武池袋は古本市をやっていた時は寄っていたが、それ以外はあまり立ち寄ることはなかった。新刊書店は学生時代から専ら神保町界隈を利用していたので)。
 世代的には全共闘世代の人で、高校時代から浪人、学生時代も専ら本を読むことに専念していたという。そういう蓄積が書店員としてのブックフェア開催にも貢献したようだ。巻末にリブロ時代に作ったブックフェアの書名一覧のパンフが「復刻」されているが、ほとんど読んでいない? 大室幹雄氏が挙げている書名の中に辛うじて積ん読ではなく読破している本が何冊かある程度(『凍土の共和国』『中国人』『ロシアン・ドクター』 等)だ。まぁ、それだけ本というのは世界が広く、関心のある分野、ない分野は人によりけりだ。
 
著者がリブロで書店員として活躍していた八〇年代から九〇年代にかけてはバブル前後の時代で、堤オーナーのツルの一声もあったりして売り上げも順調に延びていたものの、それでも四苦八苦していたという。万引きもあった。また、よく売れたといっても、見栄で買う人も多々いたことだろう。『構造と力』『チベットのモーツァルト』 など……。著者も「本当に読まれたのかという思い」を持っているようだし、後著の著者に関してはオウムとの関連で複雑な思いもしているようだ。
 池袋西武は当時も今も時々古本市をやるので、その時だけ立ち寄り、見た後、古本屋に移動する際にリブロ書店を少し覗く程度でしかない。個性ある新刊屋のイメージはあるのだが……。
 リブロと関連する書として(以前このブログですでに紹介ずみだが)永江朗氏の『セゾン文化は何を夢みた』 (朝日新聞出版)がある。堤氏が安部公房の『燃えつきた地図』 を自分のデパートの書籍売場で買おうとしたら見つからない。店員に聞いたらすぐさま地図売場に案内された。これではいかんと思ったらしく、先の本でも登場する小川道明(理論社)をスカウトして書籍売場の充実を図ることになった(その延長で今泉氏も事実上スカウトされて入社することになった)。そんな話が出てくる。

この前ユニークなカリスマ書店員の今泉正光氏の本を紹介したが、同じくカリスマ書店員の伊藤清彦氏の『盛岡さわや書店奮戦記』 (論創社)を読んだ。聞き手は小田光雄氏。一関生まれで雑貨屋ぐらいしかなくそこで雑誌を手にする程度の読書環境で育ったとのこと。高校生になって通学時間を読書に当てるようになり読書の楽しみを知る。やがて上京し池袋の芳林堂などに感激する(ここは古本屋も同居していたし周辺にも古本屋があったので僕もしばしば通った。左翼文献も充実していたかと?)。大学は中退し本好きが嵩じて書店でバイト。新宿マイシティ内の本屋や町田や盛岡のさわや書店などで本好き故に立地に適した本の選択・蒐集・販売を行ない、売り上げを増加させていったとのこと。ポップを活用したり地元のラジオ番組で本の紹介をしたりして「読書世論」を喚起することも心がけたという。そのためにもせっせと本を読んだりもしていたようだ。

町田では女性客が多いのにフランス書院文庫が目立つところにあったりしたのを改善。ところが盛岡の書店では女性店員が多いせいかその手の本は最初から返品対象。ワニブックスの写真集は「汚いから」一冊も置かない状況。そうした「偏在」を改善するだけでも売り上げは伸びていったという。コロンブスの卵みたいな話だ。やはり読書は「ジキルとハイド」のバランスを保つことが大事だということが分かる?

マイルドな恋愛物の作家の本だけを並べていては、男性の本好きな人はそういう書店は敬遠するようになるとの伊藤氏の指摘はもっともである。

しかし、ケータイ小説や血液型本などには蔑視感を持っているようで郊外型大型書店が平台の一番いいところにそういう本を置きがちなのには苦言を呈している。また本の売り上げに貢献するのはブログや書評やテレビやツイッターではなくラジオであるとも指摘。確かに相対的にも本好き、本購入派はパソコンの類は苦手でテレビは読書時間を奪うメディアというイメージを持っている人が少なくあるまい。
僕なども寝る時や起床時には布団の中で某ラジオ(深夜便)を聴いているが、今朝も起床前に語っていた盲導犬利用者の本をチェックしたところ(それにしても盲導犬を連れてレストランに入るのを拒む店があるとのこと。そういうことはしてはいけないと法的にも決められているという。そのくせ盲導犬より迷惑をかける臭い喫煙者は歓迎するのは本末転倒だろう。こちらは健康増進法で区分けしなくてはいけないのにしないのだから。それにしても犬畜生にも劣るという言葉は差別語として改良する必要があるかも。猫畜生にも劣るとすべきか。猫は盲動猫になれないし、食用にもあまりならないし、糞ばかり垂らすケシカラン存在ではないか)。
伊藤氏のこの本は大変面白かった。ただ万引きなどに関する問題は特に触れていないが、この問題は書店にとっては重要。
 伊達雅彦氏の『傷だらけの店長 それでもやらねばならない』 (パルコエッタテインメント事業部。その後、サブタイトル改題の上、新潮文庫に入ったようだ)はその点でも参考になる。伊達氏も学生時代から書店でバイト。そのまま書店勤務。店長にもなる。が、近くに大手チェーン店ができ、客足が鈍る。やがて閉店、退職。その本とまつわる歩みが綴られているエッセイ集。出久根達郎氏の実録「古本屋」小説にも似た雰囲気があり、ノンフィクション・ノベル的色彩も感じられる。なかなか味わい深いというのか悲哀さも漂う書店論でもある。万引きを絶対許さないというシーン、山のように届く書物にため息をつく……。書店ふぜいと罵られたり、届く本を並べるだけの楽な商売と見られたり……。ご苦労さまというしかない。 
  



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