古本虫がさまよう 君は 『永続誤報論 戦後朝日の核心』を読んだか?――コミンテルンに操られたルーズヴェルトの陰謀で、日本の永続敗戦、朝日の永続誤報が始まった(わけではない)?
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君は 『永続誤報論 戦後朝日の核心』を読んだか?――コミンテルンに操られたルーズヴェルトの陰謀で、日本の永続敗戦、朝日の永続誤報が始まった(わけではない)? (2014・1・24・金曜日)








『新潮45』 (2014年2月号)に掲載された有馬哲夫氏の『機密文書が裏付ける「ルーズヴェルトの陰謀」』を読んだ。

米大統領直属の諜報機関OSS(戦略情報局)の文書は、長年機密指定を受けて非公開のものがあったが、最近公開された駐米ドイツ大使館参事のハンス・トムゼン、ドノヴァン(米情報調整局長官)、ルーズヴェルトなどの間で交わされた文書を分析した論文だった。

題名がいささか抽象的ではあるが、ここで指摘されている「ルーズヴェルトの陰謀」は、ルーズヴェルトは真珠湾攻撃を事前に知っていたという意味ではない。あくまでも、「ハルノート」といった、日本が呑むことができない要求を突きつけて、否応なく日本が開戦に踏み込むことを半ば期待していたという意味での「陰謀」である。

歴史のイフは、いろいろとあるので、まぁ、なんとも…。

チャールズ・ビアードの『ルーズベルトの責任 日米戦争はなぜ始まったか 上下』 (藤原書店)、ロバート・スティネットの『真珠湾の真実 ルーズベルト欺瞞の日々』  (文藝春秋)や須藤真志氏の『ハル・ノートを書いた男 日米開戦外交と「雪」作戦』』  (文春新書)、 江崎道朗氏の『コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾 迫り来る反日包囲網の正体を暴く』  (展転社)や『ヴェノナ  解読されたソ連の暗号とスパイ活動』  (ハーヴェイ・クレア等・PHP研究所) や田中英道氏の『戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」 二段階革命理論と憲法』 (展転社)など、いろんな視点もあるし。「敵の敵は味方」というあたりに、謎を解く鍵があるとすれば、やはりコミンテルンの陰謀かな? いやいや…。

それはさておき、1977年生まれの白井聡氏の『永続敗戦論 戦後日本の核心』 (大田出版)を読んだ。「第四回いける本大賞」を授与された作品とのこと。「いける本」として推している人の顔ぶれを見ると、北朝鮮の人権問題には無関心な「容共リベラル」系の人もいるようだ。確かに、リベラル系の人が好きそうな本という読後感が残った。しかし、著者は「容共リベラル」というわけではあるまい。リベラル左派系知識人という印象は残るけど。

冒頭の原発事故がらみの分析には特に異論もない。事故の実態の情報隠しやマイナスを最小限化したりする政府や東京電力などの姿勢はおかしい。ただ、僕なんかは、そういうのを見て、「日本の北朝鮮化」というか、「地上の楽園」論をすぐに連想・想起するのだが…。

「現地」(北朝鮮)を見ても、モデルコースしか見ないで、模範的答弁をする限られた人と接触し、その家の中を見て、用意された冷蔵庫の中を見て、自由に歩いたと錯覚させられて、不意にインタビューしたつもりで、これまた用意されていたサクラたち…のおべんちゃらを書き綴っただけの北朝鮮ヨイショ文化人は、寺尾五郎や小田実や新聞記者や自民党、社会党、共産党関係者など多々いた。

それと同じことを小規模でやってのけたのが東京電力や原発関係者たちだったとはいえるかもしれない。

原発見学会にかつて誘われたこともあったけど、なんとなく原発は胡散臭く感じたし、「絶対安全」なんて「ネバーセイネバー」の原則からしてあり得ないことは自明であったから、出かけたことはなかった。もし出かけていたら、洗脳されたことであろうか?

ともあれ、著者は本書の中で「北朝鮮に見る永続敗戦」という項目の中では、そんな比較考察は特になく、拉致をめぐる交渉を振り返りつつ、安倍首相が、憲法9条のために拉致が発生した云々という趣旨の発言(「こういう憲法でなければ、横田めぐみさんを守れたかもしれない」)「非論理性・無根拠性は、悲惨の一語に尽きる。なぜ憲法第九条がなければ拉致被害を防ぐことができたと言えるのか、そこには一片の根拠もない」と批判している。「平和憲法」のない韓国や中国にだって、拉致被害者がいるではないかとも。

なるほど。

しかし、国際紛争を解決する手段としての軍事力の行使をしないと憲法が言い切っていれば、相手からすれば御しやすいと思うことであろう。

また憲法前文のように、日本以外はみんないい国といった間違った声明が載っていると、それで教育を受けた人が、また一部マスコミのように北朝鮮は「地上の楽園」、韓国は「危険な独裁国家」と報じているを読んでいたためにかどうかはともかくとして、英国やスペインなどにいて、「ちょっと北朝鮮に行かない?」と誘われたら、ついつい行ってしまったとなると、やはり、もう少し、非自虐的で、危機管理意識を表明する憲法のほうがよかったのにと思わないでもない。

そもそも、初歩的な話になるが、人を無理やり拉致するのも、韓国や中国は北朝鮮と陸続きだからまだ容易である。韓国との間には言葉もある程度共通だから潜入もやりやすい。なにしろ、北朝鮮は南侵用、いや南進用の地下トンネルを掘ってもいたのだから(この事実すら否定する北朝鮮賛美派がかつていたかと?)。

ドイツでも、よく西独(西ベルリン)などにいる人が、東独側に拉致されたこともあったようだ。これも陸続きだからこそである。西独がいかに、「戦う民主主義国家(戦闘的民主主義国家)」であり、非常時に対応することが可能な立派な憲法を持っていても、こればっかりは徒党を組んでやられては防ぎようがない…。

しかし、日本と北朝鮮との間には海があるのに、それにもかかわらず潜入され拉致された。

その背景には、日本の海上警備が杜撰であり、北朝鮮工作員にいわしめれば、海があっても潜入するのは簡単ということになり、また、日本国内に、そうした拉致工作員を受け入れ、協力する反日スパイ組織もあったわけで、そうしたゆるやかな壁しかなかった日本の防衛体制、国内体制はやはり「平和憲法」の呪縛によって形成されたものと見ることが可能であろう。何処の国にでもあるはずのスパイ防止法もなかったのだから…。

単細胞的に、 日本は「いけない」戦争国家、日本以外は平和を愛する「いける」「いい」国だと、憲法がうたっているようでは歪な精神構造、国家体制になってしまう。

それに白井氏が引用している安倍首相の発言(「こういう憲法でなければ、横田めぐみさんを守れたかもしれない」)にしても、「仮定形」でしかない。にもかかわらず、先のような言葉での批判は、少し居丈高すぎのようで、この点は賛同できない。

また、白井氏は、新宿のションベン横丁で、還暦ぐらいの日本人のオッサンが、そこにやってきたアメリカ白人に対して、「俺はなあ、アメリカが好きなんだよ」と握手を迫るのを見て、「ムズムズするような不快感が腹の底から湧き上がってくるのをはっきりと感じていた」ともいう。

旅行者を歓待するのはいいけど、この横丁はアメリカ人に対してそんなことをするのに相応しい場所でないというのだ。
というのも、「この街がそこに生きる人々もろともかつて焼かれたという歴史、その焼かれた証拠のど真ん中で、焼いた張本人たちの末裔に愛想を振りまくというこの姿は…」となるからだ。ううむ?

まぁ、原爆ドームの隣に居酒屋があるとして、そこで、そんな光景があったら、ちょっと鼻白むかもしれないけど…。

同じように、京都舞鶴の港のそばの居酒屋でロシア人相手に、「俺はなあ、ソ同盟が好きだったんだよ」と握手を求めてインターナショナルなんか歌う日教組や自治労などの退職労働者がいたら、僕もちょっとムズムズするかもしれない?

また、著者は、デンマークでムスリム系の運転手のタクシーに乗った時に、「日本人は本当に偉大だ、俺は深く尊敬している、アメリカとあれだけの大戦争をやったんだ、なんて見上げた根性なんだ」「あいつらは原爆を落しやがったんだからな。今度アメリカとやるときは、絶対一緒にやろうぜ!」と言われ、返事に詰まったそうな。

日本人の多くはもはや親米的で、「もう一度やる」なんてことは無理…と思いつつも、アルカイダのテロが日本で起きていないのは、こういうふうに「イスラム圏が日本について大変な幻想ないし誤解を抱いている」からではないかという。その「幻想によって、東京は爆弾テロの脅威から救われているのだ」と感得しているようだ。
とはいえ、アルジェリアの武装テロで日本人の現地社員が犠牲になった例を挙げ、「幻想が永遠に維持されるはずもない」と指摘している。

まぁ、こういうタクシー運転手との会話を「普遍的」に拡大するのはいささか問題ではあろうが、昔も、「今度はイタ公抜きでやろうな」と訪独した日本人がドイツ人に言われたなんて話はよくあった。

そうした中東諸国の日本幻想(日本贔屓?)は、宮田律氏の『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』 (新潮新書)でも指摘されていた。

しかし、その幻想を、善きにつけ悪しきにつけ、ある意味で維持発展しようとしているのは、白井氏が冷やかに見ている日本の保守派の一部なのかもあれない。

例えば靖国参拝。アメリカが「失望」したと言ったことをあれこれ言う新聞もあるけど、これは、立派な「反米的行為」になるのだろうか(もっとも、誰かが共和党系政権なら、こんな「失望」声明をださなかっただろうと指摘している人もいた。確かに?)。しかし、所詮、アジア近隣諸国の反発といっても、「中国・韓国・北朝鮮」と、他の「東南アジア諸国」とは反応が異なることも判明した。

戦地となったフィリッピン、インドネシア、ビルマ(ミャンマー)や、「同盟」関係だったタイや、「進駐」先のベトナムや、インド等々でも、安倍首相の靖国参拝に対して、政府レベルで大きな反発があったということもないようだ。

著者は靖国神社については「まずは、A級戦犯の合祀を取りやめることから始めなければならない」とも指摘している。
しかし、イスラム世界の中には、そうした太平洋戦争(大東亜戦争・日米戦争)に於いて、果敢に闘った兵士・戦士が祭られている、宣戦布告をした首相なども祭られている靖国神社に、日本の首相がアメリカの反発があっても参拝したとは、「グレイト!」と評価する向きもあるかもしれない。それなのに分祀をしたら…。

アラブ諸国の間には、安倍首相の靖国参拝を見て、再び「日本人は本当に偉大だ」「アメリカが反対しても靖国神社に参拝しているじゃないか」「なんて見上げた根性なんだ」と思っている政治家や民衆が増えているかもしれない。

にもかかわらず、参拝を止め、A級戦犯を分祀したなんて報じられたら、情けない日本人め、東京にテロだ、まずは赤坂のアメリカ大使館に自爆テロをやってやるなんてことになる?

冗談はともかく、国際社会、「敵の敵は味方」「今日の味方は明日の敵」…そんな社会であり、永遠の永続する同盟関係も、敵対関係もない。

今後、アメリカが、日米安保への信頼を低下させるなんてこともあるかもしれない。それは、より愚かな駐日大使が、尖閣は日米安保の対象ではないとかつて言い放ったときも、こちらからも? と思ったりもしたものだった。

そういうときにちゃんとクレームを付けるような政治家がまともな政治家であろうに。空域などの占有地域が広すぎる横田基地にも沖縄の軍事基地にもそれなりの日本の「権益」を主張することは、たしかに反米でもあるまい。だが、北朝鮮の核実験などにはさほどの抗議もしないで、パトリオットやオスプレイ配備には徒党を組んで猛反対する人がいたとしたら、やはり、奇妙な態度だというしかあるまい。

ともあれ、2014年1月16日づけ産経で、阿比留記者が指摘していたように、中共などのいう分祀論はA級のみならずB-C級戦犯も含んでいるのであって、安易な宥和は新たな傲慢な要求を増加させるだけに終わる可能性が高い。彼の記事は以下の通り。

 どうしてこんな単純明快なことが彼らには分からないのか、本当に不思議でならない。民主党の前原誠司元外相は5日のTBS番組で、安倍晋三首相の靖国神社参拝に関連してこんな自説を展開していた。「何らかの形でA級戦犯を分祀(ぶんし)し、外交問題化すべきではない」
 何度も蒸し返されては、そのたびに立ち消えてきたいわゆるA級戦犯分祀論である。この筋の良くない話が、官邸内や外務省の一部でもささやかれているのだから手におえない。 前原氏はA級戦犯を分祀すれば、靖国が外交問題化しなくなると言いたいようだが、あまりに粗雑で甘すぎる議論ではないか。
中江要介元駐中国大使は平成12年4月の国会で、中曽根康弘首相(当時)の昭和60年8月15日の靖国公式参拝に対する中国側の認識を証言している。同年12月8日に中国の胡耀邦総書記に昼食に招かれた際、胡氏はこう指摘したという。
 「靖国には戦犯が2千人もいるじゃないか。戦犯というのはAもBもCもみんな変わりはないんだ」
 その後、胡氏は「A級戦犯だけでも靖国から外せば、世界のこの問題に対する考え方は大きく変わるだろう」と発言を軌道修正したというが、本音がどちらにあるかは論をまたない。
 国学院大の大原康男名誉教授によると、中国のメディアもこれまで次のように書いており、A級とBC級を特に区別していない。
 「靖国神社は、これまでの侵略戦争における東条英機(元首相)を含む千人以上の犯罪人を祭っている」(60年8月15日付の中国共産党機関紙「人民日報」)
 「そこには260万人の日本軍兵士にまざって、悪名高き東条英機を含む千人以上のA級およびB級戦犯が祭られているからだ」(平成11年11月12日付中国官営英字紙「チャイナ・デーリー」)
  安倍首相の靖国参拝当日に、非難声明を発表した劉(ユ)震(ジン)竜(リョン)・文化体育観光相(政府報道官)は「戦犯を合祀している靖国神社」と戦犯全体を問題視しており、A級だけを分祀したところで効果は望むべくもない。



僕は基本的に宗教一般を深く信じたりはしないので、靖国神社側が分祀は絶対できないというのも、「ネバーセイネバー」の原則から、「本当かな?」とは思うが、少なくとも中共に迎合して分祀するのは全くの愚かさを示すだけで終わることになるだろうと信じている。ともあれ、リベラル左派のこういう本も、時に読むのも知的(?)刺激を受けるもの。


お口直しに山際澄夫氏の『すべては朝日新聞から始まった「慰安婦報道」』 (ワック株式会社)を読んだ。こちらはリベラル右派?
韓国ロビ-が米国で暗躍し、その努力もあってか、一部の州などでは反日のための「慰安婦」慰霊碑の建設などが進展している。
捕虜虐待といった南京事件を、アウシュビッツのような計画的大量殺人と同一視する暴挙同様に、売春システムとしての「慰安婦」問題を、「性奴隷」としての大量拉致(20万?)として告発することに躍起となっている韓国などの市民団体などの奇妙な二重基準(北朝鮮の人権問題には沈黙し、半世紀以上の過去の慰安婦問題ばかりを追及する。韓国軍のベトナム戦争などでのベトナム女性の強姦例は無視)などを俎上にのせている。

そして、そうした背景には、朝日新聞や昔ながらの進歩的文化人の類が、日本の行為の数々を捏造したり、誇張などを繰り返して報道したり裁判を起こしたりしたことが遠因ともなっていると指摘もしている。

いずれもほぼ同感というか、ほぼ正論であろう。この本、タイトルをいささか変更するとしたら、『永続誤報論 戦後朝日の核心』といったところではないか。

ともあれ、先に紹介した伊藤和子氏の『人権は国境を越えて』 (岩波ジュニア新書)との併読もお勧めしたい。こちらは共産圏の人権抑圧にはほとんど何も語らない点で「容共」リベラル?

リベラルであっても、右派リベラル、左派リベラル、中間派リベラル、容共リベラル、反共リベラル…などなど、意見の異なる主張の本を自由に出版し、読むことができるリベラルな社会は本当にいい社会だと思う。リベラルバンザイ!?

都知事選も始まったが、このバトルも「言論」である限り全くノープロブレムだろう。細川護煕氏が「脱原発・即ゼロ」を唱えるのを、冷やかに見ているのが、読売産経。東京都知事選でなぜ「脱原発」がテーマなのかと…。しかし、福島第一原発の事故によって、首都圏も少なからぬ被害を受けた。放射能騒動に関して、大げさに騒ぎすぎたという人もいるかもしれないが、必ずしもそうとはいえまい。
勿論、瓦礫処理に関して、さほどの問題もない瓦礫にも難癖つけて拒否するのはおかしかったと思うが…。未だに原発施設に自衛隊を配置もしていない状況で、原発稼働はおかしいし、地震災害大国日本で、原発を推進するのはいかがなものか。その分、燃料費などが高騰する?  もちろん得るものがあれば失うものがある。とはいえ、現時点で原発を稼働すれば電気料金は上げなくてすむ…なんて話を電力会社が流しているけど、真に受けるのも危険だろう。

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