古本虫がさまよう 『永続迷惑行為論 戦後日本の核心』を突く
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『永続迷惑行為論 戦後日本の核心』を突く
(2014・1・23・木曜日)











北折充隆氏の『迷惑行為はなぜなくならないのか? 「迷惑学」から見た日本社会』 (光文社新書)を読んだ。
電車内の女性の化粧、携帯電話の通話、メール送信、スマホ歩きなどなどの「迷惑行為」の是非をめぐって、学者ならではの厳密な視点から、あれやこれやと論じているエッセイ集といった感じの本。

車内化粧ひとつとっても、空いた電車でやっているのと、満員電車で立っているのに、パタパタやっているのとでは、同じ行為であっても、「迷惑度」はかなり異なる云々との趣旨の指摘などもあり。たしかに「車内化粧をどう思うか」と聞いても、聞かれるほうは、いろいろとイメージがさまざま。

ちゃんと「カクカクシカジカの状況下での車内化粧をどう思うか」…と細かく聞くべきなのかもしれない。

そのあたり、やりかたによっては、一部新聞などにみられるようなごまかしというか誤解が発生するかもしれない。

例えば、「憲法9条改正に賛成ですか、反対ですか」と聞くのと、「憲法9条は戦争を放棄している条文ですが、これを変えて日本が戦争をできる国にする改正に賛成ですか、反対ですか」と聞くのと、「憲法9条は軍隊を持つことを本来禁止していますが、今自衛隊があります。自衛隊程度の軍事力を持つことを認める改正に賛成ですか反対ですか」と聞くのとでは、同じ人相手の世論調査であっても、賛否の割合は変動することだろう。このあたりは、各種世論調査に於ける「トリック」発生の源にもなりうるのだろうが…。

その他、個人的には、車内化粧する女性は99パーセントがブスなので、無駄な努力をしているのを見るのが辛くて可哀相にもなり、そんな無駄なことに時間を費やすより、本でも読むか、ゲームでもやったほうがまだいいよといいたくもなるから、車内化粧は見苦しいと思うことが多いけど?

ともあれ、トイレ(大便)のペーパーの処理については、日本なら流すのが当然だが、アジアの隣国では水圧の問題もあって、流すのは厳禁のところが結構あるという。

家人がこの前、韓国や台湾に行ったが、ホテルはともかく、そういうトイレが多くて不衛生だと思ったそうな。逆にそういう国から日本にやってきた観光客が、ついつい、自国の習慣で、流してはだめと思いつつ、捨てるためのボックスがないので困ってしまい、トイレ内に放置するなんてこともあるそうな。

まぁ、迷惑に思う行為なども人それぞれということもあるが、スマ歩、人がいるところでの喫煙などはやはり迷惑行為。スマ歩も喫煙も半径百メートルぐらいに人のいないところでなら、やるのも吸うのは自由だと思うが…。
都会ではそういうところはまずほとんどない。人の意思の力で簡単にコントローできることをしないと、やはり迷惑度が高まるだろう。
メール送信にしても、めったにいないけど、マナーモードにしていないので、ピホピポ音をたてて平然としている人がいる。ゲーム機もピポピポ音をたててやっている餓鬼は結構いる。そばにいる親が注意しないから呆れる。騒音に鈍感すぎるのは困る。

著者は個々人の迷惑行為を蒐集分析しているが、やはり個々人の迷惑行為以上に集団的な迷惑行為にもっと視野を広げてほしい。

例えば、商店街の電柱から流れる、どうでもいいアナウンスや音楽、電車内の官僚主義的な節電の行き過ぎなど、より多くの人に迷惑をかける行為が看過されすぎているのが日本社会の問題点の一つだと思うから。

この前も指摘したけど、羽田空港の出発カウンターの待合席などに音声をだすテレビを設置しているのは許せない「迷惑行為」だろう。出発までの時間、そこで本を読んで過ごす人の「人権」を剥奪しているも同然だからだ。

最近、最新型の電車に乗ると、出入口の上に「テレビ」が設置されている。企業の宣伝広告が流れている。さすがにこれは音声を流していない。映像だけである(以前、東京メトロの新宿だったか新宿3丁目だったかの駅ホームで、音声を流すテレビ広告をやっていたかと。あれは改善されただろうか?)。

映像だけなら目をつぶればいいし、本を読める。しかし、音声は耳の穴に指をつっこんでも入ってくる。
バスなどに乗ると、「次の停車駅は〇〇です。××歯科に行くのにはここが便利です~」といった音声が流れることがある。広告を兼ねているのだろうが、ギリギリセーフ?

とにかく四六時中というか、余計な騒音を垂れ流すのは社会迷惑。飛行機会社が出発カウンターでテレビ音声を流しっぱなしにするのは(時々、広告が止まってBGM風になる時もあるようだが)、暴走族が我が物顔で道路を走り、騒音をまき散らすのと何ら変わらない迷惑行為というしかあるまい。奇数カウンターにはテレビを設置しても、偶数カウンターには設置しないとか、そういう配慮の心もない。

空港はたまにしか利用しないけど、そのたびに職員にクレームをつけているけど改善されないようだ。JRなども大きな駅だと、待合席にテレビを設置しているのを見かけたことがある。困ったものだ。

昔から時間潰しは文庫本一冊あれば充分だった。今は電子書籍であれ、ゲーム機であれ、もう時間潰しは個々人が個々人の責任で処理できるのだから、テレビの設置など全く不要なサービス(広告収入が入る? 音声を流さずにやればいい。電車はそうしているのだから)。少なくとも音声は流さないという文明社会の常識を持ってほしいものだ。


引き続き、堀井憲一郎氏の『やさしさをまとった殲滅の時代』 (講談社現代新書)を読んだ。前著『若者殺しの時代』 (同)の続編とのことだが、そちらはまだ読んでいない。
著者は1958年生まれとのことだから、小生とほぼ同世代。ワープロの時代から、パソコンの時代への変化にのまれたり、ライトノベル台頭を垣間見たり、タバコ吸わせ放題だったディズニーランドが、喫煙排除阻害に動いたり…と、ここ20年~30年の時代の変化を自己体験をもとに評したエッセイ集。
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