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2014'01.09 (Thu)

「軍部」「マッカーサ-」の次は「チャイナ」に屈伏する新聞?












「軍部」「マッカーサ-」の次は「チャイナ」に屈伏する新聞?
(2014・1・9・木曜日)








犯罪者や容疑者を庇いたがるのはリベラル特有の性格なのかもしれないが、強姦容疑者の顔写真を朝日と違って朝刊(1・8)からちゃんと掲載していた東京新聞だが、1・8夕刊の呉智英氏のエッセイを読んでいて「?」と思った。

「名著の衝撃」というコラムで月曜日から連載しているのか、この日は3回目。
毎回一冊本を紹介しているようで、この日は遠藤誉氏の『卡子 中国建国の残火』 (読売新聞社)が紹介されている。

呉氏は冒頭、「中国」という華夷思想に基づく「中国」という呼称は使わないと断っている。華夷秩序圏になった国にのみ「中国」を強制し、その圏外の欧米には「チャイナ」「シナ」「シーナ」を許しているとも指摘。

呉氏は日頃から「支那は差別語に非ず」と主張していたと記憶しているが( 「支那を『支那』と呼んで何が差別なのか」 --サピオ98年4・28号)、この東京新聞のコラムでは、恐らく新聞社の「圧力」「検閲」(懇願?)があったようで、「チャイナ」とカタカタ表記している。

「日本とチャイナとの緊張」「チャイナの挑発」「チャイナ研究」「チャイナの長春」「チャイナ史研究家」「チャイナ民衆」はまぁ、ともかくとして、 「真の日チャイ友好を確立」といった表記もある。このあたり、茶目っ気旺盛な呉氏がわざと(?)書いたのかもしれないが…。

逆に見れば、新聞が、「朝鮮民主主義人民共和国」と書くのをやめて「北朝鮮」と表記するようになったのと同様、「中華人民共和国」と書くのではなく、「中国」に次いで「チャイナ」までは容認するようになったということかも?
なし崩しに「シナ」もよしとなり、「中共」も「中国共産党」の略称を兼ねて(「中国共産党一党支配体制国家」の略称もかねて)復活し、やがては町中のラーメン屋でまだ見られるように、「支那」も復活することになるのかもしれない(五反田古書会館のそばに「ラーメンより美味い支那そば」なんて幟をかかげているラーメン屋があったかのように記憶しているが)。内藤湖南氏の『支那論』という本はすでに、最近文庫(文春学藝ライブラリー)として復刊もされているようだし。

それにしても、漢字の「支那」はいけないが、「シナ」ならいいではないかと見る向きもあるようだ。

実際、岩波書店刊行の雑誌「世界」(2014年1月号)に掲載されている楊海英氏の『ウイグル人のレジスタンスは何を発信したのか』という論文には、シナという言葉が沢山出てくる。

もっとも、これは筆者がいまは国籍が日本であるが、南モンゴル出身の人であり、その立場から「私たちモンゴル人やトルコ系のウイグル人など、北・中央ユーラシアの人たちは歴史的にずっと中国をシナ、漢族をシナ人と読んできた。そう呼ぶ相手は長い文明を有し、さまざまな形で交易を続けてきたので、われわれも彼らに敬意を抱いている。相手を差別する伝統も私たちの脳裏になかったので、当然、シナという表現にも差別的なニュアンスは含まれていない」と断りながら、巧みに執筆しているので、例外扱いなのかもしれない。日本人学者だとこうはいかない?

いやいや、かつて呉氏も「世界」(一九九六年三月号)で、「日本語をダメにしたヤツら」 というテーマで高島俊男氏と対談した時、「支那」という言葉を誌面で連発していたかと記憶している(「支那」使用に関して、編集部の註釈か何かが同時掲載されていたかと—この点、当時の論文が手元にないので、いささかあやふやな記憶に基づいているけど、多分そうだったと)。
少なくとも「世界」のほうが東京新聞より、この問題では許容範囲が広かったかと。

それにしても「真の日チャイ友好」というと、日本とタイのことかと思ったりした。
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