古本虫がさまよう 「ハンガリー進駐」と表記する経済人の自叙伝に、さほどの読後感を感じることはない… 取り戻すべきは「平和憲法の精神」か「日本の正気か」
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「ハンガリー進駐」と表記する経済人の自叙伝に、さほどの読後感を感じることはない… 取り戻すべきは「平和憲法の精神」か「日本の正気か」(2013・12・26・木曜日)









品川正治氏の『戦後歴程 平和憲法を持つ国の経済人として』 (岩波書店)を読んだ。リベラルというのか、いい意味での「リベラル」の範疇を越えて、「容共リベラル系」というしかない、左派経済人による自叙伝。

ウィキペディアによると、こういう履歴の人。

品川 正治(しながわ まさじ、1924年7月26日 - 2013年8月29日)は、元・日本火災海上保険(現日本興亜損害保険)会長で、経済同友会終身幹事、財団法人国際開発センター会長。新自由主義的な経済政策への批判、平和主義・護憲の立場から発言や運動を行っていた。「平和・民主・革新の日本をめざす全国の会」(全国革新懇)の代表世話人。



この略歴を見ても、単なるリベラルではなく、「容共リベラル」といっても差し支えないだろう。経済同友会終身幹事という肩書もあるけど、寺尾五郎の北朝鮮ヨイショ・トンデモ本(『三十八度線の北』)を刊行したことでも知られる新日本出版社からも本をだしているそうだし。

自分自身の戦争体験を絶対視して、「9条」を死守すべきという堅い信念を持って戦後を生きてきたようだ。それはそれで立派である。それはまだ尊重すべき一つの考えだと思う。

三校時代に同級生が軍部を揶揄する発言をして、退学になるのを見て、自らも退学して陸軍の一兵卒に志願するという正義感の持ち主でもあったようだ。それはそれで、これまた立派な態度だと思う。

中国戦線の前線で戦い、生き残り、戦後、帰国船の中で、9条を報じる新聞を読み、感動したという。その気持ちもまだ分かる。当時として、そういう考えを持つことはありうる。

日本に戻り、運良く東京大学に復学というか進学し、下宿するのだが、その下宿先の奥さんは彼より9歳年上で3人の子供がいた…というあたりを読んで、ふうむ、もしかして…と思ったら、何と、品川さん、ご主人からその奥さんを奪い取るのだ! 奥さんは、夫と3人の子供を捨てて、年下の学生と結ばれてしまう(1948年5月1日に結婚)。
戦後は姦通罪もないのだから、人妻を奪うのも「合法」だ。遠慮することはない!?

フランス書院文庫には、よくあるパターンだが、現実の世界で、昭和20年代にもこういう世界があったとは…。
中里恒子の小説『綾の鼓』 (文春文庫)にも匹敵する人妻ドキュメントともいえる? いや、思わずオーエンの『人妻だけに恋した男』 (戸山書房)を思いだした(もっともオーエンの作品は共産圏を風刺した小説であるが)。

急に品川氏に対する評価が上がってしまった?

といっても、奥さんも超リベラルな方だったそうだ。官僚の亭主の保守性に物足りなさを感じていた時に、リベラルな学生の情熱に目覚めたのかもしれない。なにしろ、結婚してから、夫婦一緒に左派系の労働学校に通ったりもしたそうな。

また著者の当時の友人に小森良夫という共産党の中央委員にまでなる人がいるのだが、その息子さんが、なんと、あの小森陽一さん。なるほどね…。そういう知的というか左翼リベラルサークルがあったのだ。

奇跡的な試験の受け方(?)で、大学をギリギリながらも無事卒業し、日本火災に就職。資本主義の典型な組織に属することになるのだが、まぁ、そのあたりは軽く触れて葛藤というほどの悩みを持つことはなかったようだ(結局社長にまでなってしまうし…この背景に何か戦略的なものがあるのやら?)。

会社員として仕事をしつつ、労働運動にも従事。組合専従にまで一時なってしまう。その時、1956年11月。当時、ハンガリー動乱が発生しているが、本の中ではなんと 「ソ連軍のハンガリー進駐」(51頁)と表現している。ふうむ…。「進駐」とは…。 「侵攻」とは表記したくなかったのだろう。このあたりは、やはり「容共リベラル」の限界見たり!というしかあるまい。

スターリン批判もあったというのに、それへの感想は特にない。内心動揺したであろうに…。

56年のハンガリーの悲劇も見て見ぬフリなのかどうかは知らないが、反米の信念はますます強くなり、組合専従時代に日米安保改定反対闘争に奔走したとのこと。

「私はこの六〇安保闘争に、ただ参加したというのではなく、その闘いの先頭に立った一人であると自負している」とまで書いているから、ただ者ではない?

しかし、安保が改定されてしまい「この敗北がもたらした、対米従属から抜け出せないこの国の姿、日米安保から日米軍事同盟に深化していった歴史、全土の基地化、さらには沖縄の人たちをアメリカ軍の奴隷のような状態に置きつづけたこの国の非情を考える時、あの六〇年安保闘争での敗北の重さを否定しえない」と綴る。このあたりはいささかステレオタイプではないだろうか。

ここまで、単純な反米観を提示されると、唖然とするしかない。

この人、今年の夏に亡くなっているけど、ソ連や中共の「植民地支配」の実態(バルト三国、中央アジア、チベット、ウイグル、南モンゴル…)をどう評価していたのか?
チベット侵略も「チベット進駐」と見る人なのであろう。「ハンガリー進駐」というぐらいだから。
普通、「進駐」というのは、戦争が終わって(敗北して)、占領軍がやって来るのを「進駐」というのであって、戦争するために侵攻するのを普通の言語感覚を持っている人なら「進駐」とはいわない。戦争でなくても「話し合い」で双方納得同意してなら「平和進駐」という言葉もありうる。日本も「仏印進駐」をしている。あれはたしかに「進駐」の範疇に入るだろう。

しかし、ソ連に愛を感じる人でないと「ハンガリー進駐」といった、そんな特別な言葉の使い分けはしないだろう。知的に不正直でないと使えない用語だ。
日本が、中国に「進出」したか「侵攻」「侵略」したかで問題になるのに、ソ連だと「進出」や「進駐」でいいことになるのだろうか。

日本の教科書でも、以前、独ソ協定でポーランドを相互に侵攻し分割した時、ナチスドイツがポーランドに攻めていくと「侵攻」で、スターリンソ連がポーランドに攻めていくことを「領土を得た」とか使い分けしたものがたしかあったが、その教科書執筆者と同じ精神構造の持ち主であるというしかないだろう。こういう人を、知的に尊敬することは僕にはできない。

ちなみに『岩波国語辞典第三版』では「進駐」とは「他国の領土に進軍し、そこにとどまること」となっている。

「進軍」とは「軍を進めること。軍隊が進むこと」となっている。
「侵攻」とは「他国、他の領土を攻めおかすこと」となっている。
「進攻」とは「(遠くまで)進んで行って攻めること。攻めこむこと」となっている。
品川氏の筆致だと、日本軍も中国に「進駐」したことにもなるのだろうか?


品川氏は、仕事の関係で、 「東欧経済研究所」を作り、東欧諸国の人々との交流もあったそうな。ワレサとも面識があったというが、民主化闘争が起こっていた時の回想時にも、ワレサが「ポーランドの民主化、ソ連邦からの完全独立を唱えた時、ソ連軍がワルシャワに進駐するには、その土地を通らなければならない…」といった風に表記しているところがあった。本当に共産圏相手には「進駐」という言葉を使うのがお好きなのだ。裏切られたとはいえ、かつての愛する「祖国」への思いからなのか?

「東欧人民社会主義の政治、経済は『人間の目』から見れば、結局、失敗であった」と思ってはいるのだが、 「アメリカに従属する日本にとって、チトーに率いられたユーゴスラビアがソ連邦とどう対決したかは、今でも顧みられるべきことであり、ハンガリー事件、ポーランド事件、プラハ事件では、国家の主権を人民が取り戻すことの難しさをも知った」(82頁)と書いている。

東欧諸国を「ソ連邦、その衛星国」と書いている(82頁)が、 「衛星国」というのはこれまた「進駐」同様に、まだ表面を繕う筆致。日本がアメリカに従属しているというのなら、東欧諸国など、 超従属国家のはずなのに?

ハンガリーなどの民衆の抵抗に関しては「蜂起」や「反革命」のみならず「動乱」という言葉さえあまり使いたくないようだ(51頁には「ハンガリー動乱」という言葉が辛うじて出てくるが…)。「事件」? ふうむ?

それにチトー、ユーゴには「憲法9条」だの「非武装中立」だのといった暢気なものはなかった。武装国家として、ソ連に対峙し、その分、国内の言論の自由とて、基本的にはない国家だった(とはいえ、学生たちが自由世界に留学したりするのは、ソ連東欧諸国よりはまだ自由だったかと)。ただ、民族的にソ連に楯突いただけではないのか? 楯突くために、何が必要だったのかを冷静に見ていないのはおかしい。

中国の文革にしても、 「私には、簡単にあれは独裁政権特有の現象であり権力争いだとは思えなかった」そうな。「革命を起こした以上、それは永久に革命を続けなくてはならない」とのこと。こういった信念は、普通のリベラル派の感覚を超えている。お里が知れる?

品川氏と同じように中国文革に憧れた元岩波社員の長島陽子氏の『中国に夢を紡いだ日々 さらば「日中友好」』 (論創社)は読んだことがないのだろうか? 長島氏のほうが、少なくともこの点では、品川氏より、はるかに知的であり、冷静であり、素直であり、正直である。月とスッポンというしかない。

品川氏は、西ドイツのシュミット首相との交友を強調もしているが、反核運動に冷淡で、そうした抗議を無視してパーシングⅡの配備を行なった彼の行為に関しては、回り廻った表現(アメリカを批判しつつ?)で、中距離核全廃を実現したとして評価しているのにも苦笑を禁じ得なかった(155頁あたりの筆致)。ご苦労さまというしかない。

ジョナサン・カー『超大国のはざまで 西独の名首相ヘルムート・シュミット』(メディアハウス出版)を見てもわかるように、彼は政治家になってから国防軍に志願して予備役の「兵士」になった体験もある。「9条死守」を唱える品川氏とは、軍事観や共産主義観に関して根本的な思想の違いがあることを見落とすわけにはいかない。
二重決定を品川さんは当時肯定していたのだろうか? シュミットが反核運動に迎合していたら、あの軍縮は実現しなかっただろう。その意味でも、僕は、シュミットは尊敬する(ヘビースモーカーである点は評価しないけど、それと政治的見識とは別次元)。

西独社民党が、東独の共産党などに対してどのような嫌悪感を歴史的に持っているのか、品川氏はご存じなのだろうか。
だからこそ、これから先は分からないが、少なくとも、ドイツ統一後も、地方政府は別にして、国政レベルでは、ドイツ社民党は、東独系の共産党、旧共産党とは連立政権を組んだことが一度もないのである。「緑の党」や「保守党」と連立を組んでいるのにである。なぜか? 共産主義と社会主義(社会民主主義・民主社会主義)とは全く異なる政治思想だからである。

そのあたりの西独社民党の東独共産主義者に対する嫌悪感や、東独の歴史、東独に於ける社会民主主義(民主社会主義)弾圧の歴史は、仲井斌氏の『もうひとつの ドイツ ある社会主義体制の分析』 (朝日新聞社)、 『西ドイツの社会民主主義』(岩波新書)、 『激動の東西ドイツ』 (毎日新聞社)、 『現代ドイツの試練 政治・社会の深層を読む』 (岩波書店)や佐瀬昌盛氏の『戦後ドイツ社会民主党史 政権への歩み』 (富士社会教育センター)に詳しい。

品川氏は岩波書店刊行の雑誌「世界」を創刊から愛読しているとのことだが、仲井氏の論文や著作などは目にとまらなかったのだろうか?

容共リベラルだった筑紫哲也氏などもワレサを賞賛したりしたことがあったが、品川氏の自叙伝を一読し、「容共リベラル」派たちの知的限界を見る思いだ。

数年前に公開されたソ連のハンガリー「進駐」を描いた映画「君の涙ドナウに流れ」でも紹介されていたハンガリーのマライ・シャンドールの詩が、下村徹氏の『ドナウの叫び ワグナー・ナンドール物語』(幻冬舎)本書の冒頭に引用紹介されている。

「自由の国に生まれた者には、理解出来るまい。私たちが、繰り返し噛みしめる自由は、全てに勝る贈り物であることを」

品川氏には、日本程度の自由すらも、ソ連東欧中国などでは存在しないことを知らなかったのだろうか。政府批判や米国に従属するとか、あれこれ煽動的な言葉を書き殴るのも言論の自由であるからいいのだが、もう少し井の中の蛙になることなく、広い視野をもって「平和」を追求すべきだったと思う。

平和を保つためには、単純な非武装ではなく、もっと戦略的に行動することも必要だ。そして、そんなに「平和憲法」を愛するなら、なぜ、中国や北朝鮮にまっさきに「輸出」し定着させる努力を、あなたがたのようなリベラルな人はしないのだろうか。それが不思議でならない。

ところで、品川氏の本にはそういう欠陥があるものの、企業人としての体験談など、いろいろと「へぇ?」と面白く読めるところもある。糸川英夫氏を個人的な顧問にしたことがあったそうだが、なんと一分間の話を聞くのに一万円払う契約をしたとか。十分話したら十万円! いやはや?

ともあれ、品川氏の考えにも「三分の理」はあるだろう。

だが、こういう本を読んだ後には、対局にある宮崎正弘氏の『取り戻せ! 日本の正気』 (並木書房)を読むといい。三島由紀夫や村松剛や岡潔などとの交友を綴りつつ、日本の正史を辿りつつ、「日本の正気(せいき)」を取り戻すべきだと主張している。品川氏も「取り戻せ、平和憲法の精神を」ということを主張しているわけだが、宮崎氏も、「取り戻せ、日本の正気を」というわけだ。読者によっては、どちらかに共鳴を覚えることもあれば、いや、どちらもイマイチだ、第三の道を求める…ということもあるだろう。

言論の自由がある日本で、こういう本を読み比べられるのも、また有り難いことではある。
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