古本虫がさまよう 『物語 岩波書店百年史 「戦後」から離れて』の読み方
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『物語 岩波書店百年史 「戦後」から離れて』 の読み方

(2013・12・19・木曜日)








苅部直氏の『物語 岩波書店百年史 「戦後」から離れて』 (岩波書店)を読んだ。

『物語 岩波書店百年史』 は全三冊。苅部氏の本は三冊目。
一冊目は紅野謙介氏の『物語岩波書店百年史 「教養」の時代』、二冊目は佐藤卓巳氏の『物語岩波書店百年史 「教育」の時代』。

最初の二冊はまだ積んどく。苅部氏の本を先に読んだ次第。

書名からすると「社史」のような本といえば、社史ではあるが、外部筆者(苅部氏は1965年生まれの東大教授)による「世界」などの論調を中心に、岩波の「戦後」を検証したノンフィクション論壇物語ともいえる。

その筆致は、岩波書店に迎合するわけでもなく、淡々と「事実」を紹介しつつ、綴られており、いわゆる「岩波文化人」「進歩的論調」に懐疑的な読者層にも、それなりの読後感を与えるのではないかと感じた。

曲球(癖球)というのか、ギリギリ、ストライクゾーンに入る球というのか、いやボールじゃないかとクレームがつくような球種、コースというのか、人それぞれの受け取り方があるかもしれない。

苅部氏は「東京人」などでも書評をよく書いており、参考にしているが、本書も数多くの「世界」「思想」などの論文を読みこなし、左派系論壇内に於ける「対立」(岩波労組が日本共産党系ということもあり、左派内にあっても、反日共系などへの批判もしばしば見られたそうな。例えば、全共闘への批判など)なども論じている(とはいえ、「世界」の目次を見ると、非日共系識者なども登場しているとのこと)。

ただ、さまざまな岩波元社員の回顧録(小野民樹氏の『60年代が僕たちをつくった』洋泉社)などや左派系知識人の回想録なども渉猟しているのだが、元岩波社員の塙作楽氏の『岩波物語 私の戦後史』 (審美社)や、これまた元岩波社員の長島陽子氏の『中国に夢を紡いだ日々 さらば「日中友好」』 (論創社)などは活用されていない。この二人は「タブー」なのか? とりわけ長島氏は典型的な進歩的女史として、中国迎合派というか中国感激派だったのが、在社中の友好訪問の果てに「夢」から覚め、「さらば『日中友好』」となっていくのだから…。

それに、岩波文庫にトロツキーの本が入るのが、ソ連崩壊後だったことを考えると、やはり日共色濃厚というしかないだろう。最近でも、「世界」以上に「図書」などの「こぼればなし」を読むと、伝統衰えずということに「?」を感じることが多い。

ともあれ、大内兵衛が「世界」の大御所であったようで、彼の論文などを掲載すると、「久々に大内兵衛先生の経済論文をいただいた」「広く読まれることを期待している」などと編集後記で紹介されたりもしたそうな。

しかし、今や大内兵衛といえば、春風亭柳昇ではないが、今や…?ハンガリー動乱で、ソ連側に立った情けない進歩的文化人という定評しかもはやないだろう(小島亮氏『ハンガリー事件と日本』中公新書、稲垣武氏『「悪魔祓い」の戦後史』文春文庫参照)。

安江良介の岩波での歩みも詳述されている。一時退社して美濃部都知事の特別秘書になり、また復社して「世界」編集長,、社長になるが、金大中拉致事件などに関しては関心を持ってあれこれ論じるものの、北朝鮮の蛮行に関しては無関心、北に行って金日成独裁者とヨイショ対談などもやる。TK生というペンネーム(池明観)の筆者を使っての韓国内情を批判的に論じても、北朝鮮に対してのそうした試みはしない…。
苅部氏はそうした歩みをギリギリの曲球(癖球)でく分析しており参考になるが、やはりこのあたり、安江サンのあまりの北朝鮮好き故に……佐良直美「世界は二人のために」の歌ではないが、♪二人(安江&金日成)のため「世界」はあるの? と囃し立てられた過去はもっと直視すべきであっただろう。

北朝鮮のビルマラングーンでの韓国要人暗殺テロに関しても、北がやったのだろうかということで、その「根拠は薄く、疑いも多い。おそらくは『現代史』が一区切りをもつまでは、不明のままに推移するものと思われる」(「世界」83年12月号「編集後記」)と庇っていたのだから。
同じ号で、T・K生などは、北朝鮮がやったこととしても、「それに対する責任の少なくとも一端は全政権にあるといわねばならない」として、韓国側がしきりに北朝鮮を挑発していたことを縷々説明している。「逆転の発想」にもホドがある。

こうしたT・K生のあまりの偏向ぶりに関しては、西岡力氏が『北朝鮮に取り込まれる韓国』 (PHP研究所)の中の「第五章 覆面をとった「T・K生」--恥知らずの良心」で詳述している。この論文も苅部氏の本の中で紹介されていないのは残念ではある。

安江が金日成に関して、「イデオロギー統制の問題についてもふれている」ことがあったし、未來社が『金日成著作集』を出していたのに比べて、岩波書店はそんなことはしていなかったとして「免責」しているが…。

ほかにも、大内なども加わった『日本経済図説』 (岩波新書)がかつて刊行されていたが、「日本人は貧しい」という先入観からの書であったと記憶している。

苅部氏はこの本を取り上げ、改訂されるたびに、徐々に日本の経済成長を後追いで「容認」する記述が増えていたそうな(といっても、「こんなすごい成長をした例はなかった。わずかにソ連の、ある時代がこれを追い越しているだけである」ということで、ソ連贔屓は相変わらず?)。

「日本人は貧しい」が「日本人はまだ貧しい」に変わったり…。また、成長すれども「公害」が大変だということで、そのマイナスは徹底的に批判する。宮本憲一氏などの『恐るべき公害』 (岩波新書)も紹介されている。苅部氏はこの本が出来上がる舞台裏などを詳述している。田村義也編集部員の企画により刊行。著者の原稿を削ったりあれこれと努力したそうな。新幹線もまだない時で、関西の筆者相手に7時間前後の片道乗車…とか。執念の一冊であったのであろう。

しかし、苅部氏も、この『日本経済図説』に関しては、曽野綾子氏が『暮しの手帖』の連載エッセイでシャープな批判をしていた事実(そのエッセイはその後、曽野氏の本にも収録されたかと)なども指摘すれば、もっと面白かったし、また『日本の公害』は、「公害は、資本主義の生産関係に付随して発生する社会的災害だといえる。それは、資本主義的企業・個人経営の無計画な国土・資源の利用と社会資本の不足、都市計画の失敗を原因として発生し、農民・市民の生産や生活を妨害する災害である。したがって、公害は階級対立のあらわれである。加害者は、主として資本家階級であり、被害者は、主として、農民・労働者階級である」「原題の公害のおもなものは、体制的災害である。したがって、現在の政治経済体制の下では、絶滅することはできない」と居丈高に綴っていたのである。

あまりの時代がかった左翼イデオロギーの発露というしかあるまい。

もちろん「日本の公害」に関しては、子供心にも思い出があるし、古本屋に行けば、アサヒグラフや毎日グラフなどが公害特集をやっていたバックナンバーもよく見かける。イタイイタイ病だって、最近のニュースでも出てきている。

だから、中国共産主義国家の「公害」とて、一時的な経済拡張故の現象であり、時間が解決するのではないかと期待もしているが、『日本の公害』の論理を中共に当てはめると……。

「公害は、共産主義の生産関係に付随して発生する社会的災害だといえる。それは、共産主義的企業・個人経営の無計画な国土・資源の利用と社会資本の不足、都市計画の失敗を原因として発生し、農民・市民の生産や生活を妨害する災害である。したがって、公害は階級対立のあらわれである。加害者は、主として共産党幹部階級であり、被害者は、主として、農民・労働者階級である」「原題の公害のおもなものは、体制的災害である。したがって、現在の政治経済体制の下では、絶滅することはできない」…ということになる? まぁ、そこまでは?

今日の中共の「公害」も、時間が解決するのではないかと楽観視することも可能ではあろうが…。日本だって、ほんの40年前ぐらいは大変だったのも事実なのだから…。公害発生に資本主義も共産主義もない。


こういう本を出していたからこそ、岩波新書の中には「レフトブッククラブ」というしかない煽動書があったと批判されるのである。

苅部氏の本の中では、『日本の公害』を論じながらも、こうした時代錯誤というか、信じられないイデオロギー的記述は糾弾どころか、紹介もされていない。


坂本義和に関しても、比較的バランスを取った国際政治認識を提示していたと一定の評価を与えている。たしかに、彼の本(『人間と国家 ある政治学徒の回想 上下』 岩波新書)を以前紹介した時に、僕もこの人が北朝鮮問題に関して、心の疼きを覚えているかのような筆致について触れたことがあった。

しかし彼の『軍縮の政治学』や『相対化の時代』 (岩波新書)でも、ソ連で民主化(ゴルバチョフ時代)が起こったために、その過程で東西冷戦が終わり、東西の軍縮も起動を始めたとしている。実質的にソ連に操られた感の強い反核運動も高く評価もしていた。
『軍縮の政治学』 (岩波新書)もまた、自由世界の一方的軍縮こそが世界平和のためになるといった、単純な見方を提示していたにもかかわらず、レーガン流軍拡が、結局ソ連を追いつめて崩壊させた現実を見れば、所詮は進歩的文化人の甘い国際認識は敗れたと批判するしかなかったであろう。

坂本氏は、ソ連に対する軍事的な封じ込めは、むしろ逆効果であって、国内の強権体制を強化しタカ派の立場を強める危険がある。ソ連という国は、内部から権力や政策の正当性に対する問いなおしのメカニズムができ上がらないかぎり、外から軍事的に圧力をかけても、かえって体制の軍事化を強めるだけだと指摘していたが、レーガン流の軍拡やSDI推進のおかげで、ベススメルトヌイフ外相もソ連の経済力ではアメリカの軍事力拡大にもはや対抗できないとギブアップしたのが軍縮起動の最大の要因だった。

ともあれ、苅部氏の本や本欄で取り上げた他の本などを読むことによって、戦後の出版報道史がよく理解できるようになるのでは。
苅部氏の本と同様に客観的に岩波を論じた書としては、毎日新聞社編の『岩波書店と文藝春秋 「世界」・「文藝春秋」に見る戦後思潮』 (毎日新聞社)という本もある。
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