古本虫がさまよう そして「新コミンテルン」は再び日本を戦争に導くのか?
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そして「新コミンテルン」は再び日本を戦争に導くのか?
(2013・11・29・金曜日)









まもなくパールハーバー「奇襲」から、72年…。1941年(昭和16年)12月8日生まれの人は、72歳になられる。

ともあれ、半藤一利氏&保阪正康氏の対談本『そしてメディアは日本を戦争に導いた』 (東洋経済新報社)を読んだ。

半藤氏は「はじめに」で、自民党の憲法改正草案による9条改悪に反対であるとして、また「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障」する21条に「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、ならびにそれを目的として結社をすることは、認められない」という第二項があることはけしからんと批判している。
そして自著『昭和史』 (平凡社)で展開した昭和史の教訓を引用紹介(①国民的熱狂をつくってはいけない。そのためにも言論の自由・出版の自由こそが生命である、②抽象的な観念論を好む日本人を警戒せよ、リアリズムに徹せよ、③日本型タコツボにおけるエリート小集団主義(例・参謀本部作戦課)の弊害を常に心せよ、④国際的常識の欠如に絶えず気を配るべし、すぐに成果を求める短兵急な発想をやめよ、⑤ロングレンジのものの見方を心がけよ)。

なるほど。五項目の教訓を見ると、僕などはすぐに戦後の文革礼讃モードや日中復交ブームのあの「暗い時代」を想起させられる。たしかに、あのころは酷かった。曽野綾子氏もしばしば指摘しているように、文革礼讃を煽った当時の日本の大新聞の論調は、戦前の大本営に屈伏した戦前の日本の新聞のようであった。
中国共産党の言いなりにならないと、特派員も置けない、追放されても新聞各社が一致して抗議しようともしない、我が社だけ残れればいい、残ってしまうと、ますます中共権力に迎合し、失脚した要人も失脚していないと嘘八百の記事を書いたりする…。


本当に「戦後民主国家」になったはずの日本で、そんなバカなペンの規制があったのだ。抽象的な観念論で文革を礼讃し、国際的な常識(林彪は失脚した!)を無視し、文革礼讃や日中復交やパンダ外交万歳…など、「国民的熱狂」を大新聞などが、時の権力(田中角栄内閣)になびいて率先して作ろうとしていたものだ。
当時も台湾と断交してまでの日中復交には反対する「世論」が多数派であったが無視された。

そのあたりの悲惨な言論弾圧状況や熱狂ブームは、稲垣武氏の『朝日新聞血風録』『「悪魔祓い」の戦後史』 (文春文庫)や三好修&衛藤瀋吉両氏の名著『中国報道の偏向を衝く 調査報告 自由な新聞の危機』 (日新報道)や辻村明氏の『新聞よ驕るなかれ』 (高木書房)にも詳しく述べられている。

半藤氏の指摘も、そういうことを想起しながら読むと、なるほどと納得させられる(この対談本の中では特に文革礼讃報道については検証されてはいないのだが)。

権力機関というのは、今日では、政府や議会や裁判所のみならず、新聞なども「第四権力」と称せられていたこともある以上、同様の視点で、注視する必要があるだろう。

日露戦争や満洲事変、シナ事変のころまでは外地での戦争だったということもあり、戦意高揚的な報道をすればするほど、新聞は売れたということで、反戦、反軍報道をしていた新聞も徐々に経営の面からも現実に妥協していったという事実を半藤氏は指摘しながら、タイトル(『そしてメディアは日本を戦争に導いた』)のような歴史の歩みを二人で慨嘆回顧している。
五・一五、二・二六テロの加害者が甘い処分を受けたり…。

保阪氏は、むのたけじ(武野武治)や金沢嘉市といった、戦後、民主主義者にいち早く転向して戦前の己の言動を反省してみせた良心的知識人に対して懐疑的なコメントをしている。

おまえは、いい加減だ。本当に悩んだ人は、ころっと一日で変われるはずがない」「そう言いたいですよ。でも、戦後の主流となったのは、戦争が終わったとたんに『俺は何ということをしたんだ、これからは民主主義だ』と言った人ばかりです」と。

同感! 保阪氏は『「きけわだつみのこえ」の戦後史』 (文春文庫)という本を書いている。これは戦没者の残した遺書を恣意的に編集したり、内容を割愛したりして、自分たちの思想心情に都合のいい『きけわだつみのこえ』を編纂していた勢力に対する批判の書であり、戦前の軍国主義者同様の視点価値観で、「戦後民主主義」なるものが運営されている実態を垣間見ることができる名著であった。

この本を読めば、戦前の空想的軍国主義者と、戦後の空想的平和主義者は「同根」であり、コロっと転向してみせたような「空想的平和主義者」が、しばしば、かつての日本の軍国主義体制も真っ青になるはずの中国文革時代や北朝鮮の金王朝支配国家を「礼讃」するのも、なるほどと思えるだろう。

お二人は最近の若い記者や編集者がモノを知らないことを嘆き、勉強不足であるとも指摘している。取材をするにあたって、相手の著者の一冊や二冊(三冊)ぐらいは読んでからくるものだ…とか。ううむ。まぁ、正論!

東洋経済新報社を受ける学生が「石橋湛山が好きなので」というので、どんな本を読んでいると聞くと、何も読んでいないとか…。ネット情報で創業者的な人のことを知って、ただ口にするだけなのが流行っているそうな。ううむ。

ナショナル、いやパナソニックを受けるのに松下幸之助が好きだからといって、何も読んでないようなものか。そりゃダメ?

ともあれ、保阪氏の本は、この前も『風来記 わが昭和史(1)青春の巻』 (平凡社)を紹介した。これは、自叙伝として面白く読める本。

ともあれ、世の中、いろいろな「論」「オピニオン」が展開されている。この対談本を読んだあとは、また違った角度の戦争論・平和論を展開している本を読むのもいいだろう。

西尾幹二氏&現代史研究会(福地惇氏・柏原竜一氏・福井雄三氏)らのグループによる座談会本である『自ら歴史を貶める日本人』(徳間書店)に於ける、半藤氏の『昭和史』批判なども言論の中での舌戦。テロとはまったく無関係故に、こうした議論は民主主義社会にとって重要。この本は以前も紹介したが、4人の座談会形式で、近現代史に関するテーマを論じ合っている。

主対象は、「日中歴史共同研究」に参画した日本人学者などの著作。
章見出しには「加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』は青少年有害図書」「半藤一利『昭和史』は紙芝居だ」「北岡伸一『日中歴史共同研究』は国辱ハレンチの報告書」…と。ただ、それぞれの著作の中でも、評価すべき点はそれなりの評価を与えつつも、瑕疵ありと判断するやいなや鋭く追及もしている。

章題ほど全面的否定論でもない。「日中歴史共同研究」に関しても、分野によっては一定の評価も与えてもいる。

半藤・保阪両氏とは一味違った戦史を追求しているのが、1963年生まれの井上和彦氏。『日本が戦ってくれて感謝しています アジアが賞賛する日本とあの戦争』 (産経新聞出版)は、航空自衛隊連合幹部会誌『翼』に連載されたものが元になっているそうな。

「自虐史観」から「居直り史観」なる言葉があるそうな(先の半藤・保阪両氏の対談本での指摘)。
「居直り史観」の一冊であると批判を受けるかもしれないタイトルではあるが、単純に考えても「敵の敵は味方」ということもある。インドやインドネシアの民族独立運動家から見れば、太平洋戦争(大東亜戦争)中の日本軍は「味方」であっただろう。無謀と言われるインパール作戦とて、独立派からすれば、ないよりマシ、有り難いことだったかもしれない。

それはともかくとして、そのインドやインドネシアや、日本人として戦った台湾などさまざまなアジアの国々の「証言」が紹介されている。

あの「バターン死の行進」にしても、実は「サンフェルナンドからカパスまで」「捕虜を汽車で護送して」いたという。「バガクとマリベスの2カ所から徒歩行進した捕虜達は、マニラ湾に面するピラルで合流し、サンフェルナンドまで歩き、そこから汽車でカパスまで護送されていた」とのこと。「その後、収容所のあるオドネルまでの6キロを再び歩いた」という。「戦後、バターン半島南端からサンフェルナンドまでの徒歩行軍だけが日本軍の蛮行として伝えられ、サンフェルナンドからカパスまでの汽車による護送の事実は抹消されてしまった」という。

マレーシア、パラオ、ペリリュー島の死闘など、さまざまな戦史の跡を辿りつつ、あまり紹介されることのない「親日」の一端をルポしている(ペリリュー島に於ける日米死闘については、以前、児島襄氏の 『天皇の島』 (角川文庫)を読んだことがある。硫黄島より激しい死闘であり、米軍に与えた被害は大きかった…)。

ジキルとハイドではないが、太平洋戦争(大東亜戦争)のさまざまな側面を知る上でも貴重な一冊である。

少なくとも、井上氏が戦後生まれだからといって、戦争の悲惨さを知らないから、こんな内容の本を書くのだとは決めつけないほうがいいだろう。
戦争の悲惨さを知っているというのは、空襲の体験があるとか、ひもじい思いをしたことがあるか云々だけではなかろう。

戦争から学ぶということは、あの時の同盟関係やインテリジェンス管理の失敗やら、多方面的であるべき。悲惨な体験だけを胸に戦争反対、9条改悪反対を叫んでも空しい。

情報管理、適切な同盟関係、文明諸国との価値観共有など、さまざまな視点が必要。そうでないと、今の若い者は戦争体験がないから、有事法制でも憲法改正でも秘密保護法でも間違った方向に進むと決めつけられがちだが、それは論理的ではあるまい。典型的な居丈高感情論でしかない。そんな屁理屈は見苦しいだけ。

そういう発想は、戦前の空想的軍国主義者が、アメリカ人なんか背骨がないから、大和魂の日本軍に勝てるわけがないなどとうそぶくのにも似ている。相手が若いからとか、戦争を知らないからと老人が決めつけて、議論を停止するのはおかしい。

その意味で、1974年生まれの丸谷元人氏の『日本の南洋戦略 南太平洋で始まった新たなる[戦争]の行方』 (ハート出版)も貴重な一冊だろう。まだ読み始めたところだが…。ニューギニアなどの戦地で、かつての日本軍兵士のことを褒める現地人との出逢いにある種の衝撃を受けつつ、この地の資源をめぐっての中国の暗躍など、さまざまな視点から、新たなる「戦争」の実態を詳述している。
防空識別圏や尖閣ばかりが問題ではないのだ。

それはともかくとして、2005年4月5日夜に放映された「NHKスペシャル/シリーズ・JAPANデビュー」の第一回「アジアの“一等国”」に関しての集団訴訟に関する高裁の判決が出て、その中の一人だけが名誉毀損として勝訴する判決が昨日出たようだ。
この番組、当時、たまたま冒頭見ていたら、変な作りで、台湾人を使って「反日」メッセージを一方的にしゃべらせているので、すぐにチャンネルを替えたものだった。
 放送後、この台湾人などのコメント(日本批判と日本肯定が半々)を著しく偏った引用の仕方をしていたことが、その発言者の証言から明らかになって、訴訟沙汰にもなっていった。ジキルとハイドではないが、いいことも悪いこともするのが人の常。どちらか一方のみを強調しすぎるのはおかしい。是々非々というか、バランスをもって見ていくべき。そのためには、戦史や戦争論でもさまざまな立場の人の本を読み比べることが肝要かと。

同じような視点からの歴史座談会本としては、これまた紹介ずみだが、櫻井よしこ氏編の『日本よ、「歴史力」を磨け 「現代史」の呪縛を解く』 (文春文庫)がある。こちらもコミンテルンを無視する歴史観などへの疑問を提示している論者も見かける。

いずれにせよ、進歩的文化人のあまりにもイデオロギー的偏見に基づく歴史認識はともかくとして、保守・中道系の中での歴史論争にはそれなりの意義もあり、いずれも一読にあたいするだろう。両論を読んだ上で、いろいろと議論・反駁するのもいいのではないか。


(以下関連書紹介文を再論再収録)江崎道朗氏の『コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾 迫り来る反日包囲網の正体を暴く』 (展転社)や『ヴェノナ 解読されたソ連の暗号とスパイ活動』 (ハーヴェイ・クレア等・PHP研究所)なども一読にあたいする。

粕谷一希氏の『歴史をどう見るか  名編集者が語る日本近現代史』 (藤原書店)を見ると、彼は「日本は満州を侵略したわけではありません。南満州鉄道という権益は、ロシアが清国との交渉で合法的に認めさせていた。日露戦争に勝って、南満州鉄道の権益をロシアから譲り受けた。しかも、当時は中国の国家主権は満州に及んでいなかった」「いまはもちろん中国の一部ですが」「在留邦人が馬賊や匪賊に惨殺されたり、泥棒に入られたりするなど生命・財産を脅かされた。そうなると日本も満鉄を自衛しなければならない」と指摘していた。

また、「いまでも日本と中国、韓国の三つの国の学者、歴史家が、歴史認識について色々と話し合っています。日本人はそう簡単に『全部日本が悪うございました』とは言えない。そこは相手の言い分を認めながら、日本人は日本人としてどこまで譲れるかということについて冷静に対処していかなければいけません。簡単に『日本がやったことはすべて間違いでした』、これで事はすまない」として、「対支二十一カ条要求」にしても、「日本は中国に対して非常に勝手なことを要求したということしか書いていない」とも指摘している。
ここだけを見ると、粕谷氏は北岡氏などより西尾氏に近いと見ることも可能であろう。一昔前の林健太郎氏もシナ事変はむろんのこと、満洲事変もいかがなものかと批判していたかと(ちょっとそのあたり記憶がおぼろげ)。そのあたりの歴史認識は、諸説あり、日清日露戦争ほどシンプルに解釈はできないのかもしれない(人によっては日清日露戦争も侵略戦争として否定することもありうるだろうが…)。




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