古本虫がさまよう 新聞週間に考える…『小泉純一郎日記』と『蒋介石日記』が読みたい
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新聞週間に考える…『小泉純一郎日記』と『蒋介石日記』が読みたい
(2013・10・22)








今年も、また「新聞だけがなんでもいえる自由な国ニッポン」という「標語」の下、「新聞週間」が始まっているようだ? 

とはいえ、猪俣敬太郎氏の名著『三大新聞は自由社会のユダか』 (輿論社)が上梓されたころを思えば、読売新聞の転換もあったし、ネットなどよかれ悪しかれ言論の多様性はあるようだし、まぁまぁであろうか。言論は多様性が大事。勿論、事実に基づく報道、評論であった上での話だが。

ということで、しばらく「新聞」がらみの話や本の紹介を…。

その前に…。

日記本は、時代の証言ということで貴重だから,いろいろと有名無名問わず古本市古本屋などで物色している。庶民のホンモノの「日記帳」も売られていて、本欄で紹介したこともある。

矢部貞治氏の読売新聞社から出ている4冊の分厚い日記もいつになったら読むことか。
佐藤栄作の日記(朝日)は読んだ。週末は鎌倉の別荘に行ってゴルフ三昧、天気予報は当たらない云々と書いているだけの日記のようでもあったが、、これはオモテの日記かなと?

政治家といえば、芦田均の日記(岩波書店)もある。

編者たちがいろいろと註釈をつけてなんとか形にしていたのが、細川護熙氏の『内訟録 細川護熙総理大臣日記』 (日本経済新聞出版社)だったか。その点、『小泉純一郎日記』なんかがもしあったら面白そう。例えば以下のような感じかも。

某年8月13日 K・Yのバカに言われて、仕方なく15日参拝を止めて前倒しに本日参拝した。しかし、これはまずかったか。やはり15日に参拝すべきだった。これでは産経あたりに叩かれそうだ。15日に参拝しておけば、朝日から叩かれても産経や正論には褒められていたかも。ようし、郵政民営化では妥協しないぞ。見ておれ…



なんて書いているかも? 書いてないか?

さすがに政治家の公的表向き日記と違って、徳富蘇峰(講談社)や山田風太郎氏の日記(講談社・小学館)などはまだ読んでいて面白い。でも中身は、すぐに忘れる。大佛次郎の敗戦日記(文春文庫)やら福永武彦の日記(新潮社)も面白かった。

最近出たのでは学者系ではあるが、穂積重遠氏の『終戦戦後日記 大正一法学者の晩年』 (大村敦志氏校訂・有斐閣)。東宮大夫や最高裁判事などを務めたこともあり、戦争が終わる直前から始まった日記が収録されている。少々、大正人ならではの漢語調。旧字は新字にし、カタカナなどはひらがなに改めている分、まだ読みやすそうだが。内容はメモ的スケジュール表みたいに素っ気ないが。

後半には海外旅行などの時の「日記」が収録されている形になっているが、これは手紙や雑誌に発表したものをそういう風に収録したもののようだ。こちらはエッセイ風でまだ読みやすそう。

ぱらぱらと拾い読みした程度だが、奥付に「謎のシール」あり。
タイトルの上の余白に「焼け跡の絵および肖像画◆穂積玲子画 1945年9月」という文字シールが貼られているのだ。この本のカバー装画と穂積氏の肖像画を描いたのが穂積玲子氏のようで、そのクレジット表記をするのを忘れていて貼ったのだろうか。名前などで誤植があったので、その上に張り付けたようでもなさそうだが…。

普通こういうクレジットは奥付手前や目次周辺の余白のところに入るもの。奥付内というのも変わっているが…。
この前紹介した『福祉国家の興亡』 (こぶし書房)の「訳者あとがき」 に貼られていたシール(日付誤植?)といい、痕跡跡ではないが、シールの貼られた本というのも、珍本の一種といえるのかもしれない。

ところで政治家の日記といえば、蒋介石日記がスタンフォード大学で閲覧可能状態になっているとの報道に接してもう数年になろうか。その翻訳は出るのだろうか? みすず書房あたり?

それはともかくとして、山田辰雄氏&松重充浩氏編の『蒋介石研究 政治・戦争・日本』 (東方書店)の中で、川島真氏が「産経新聞『蒋介石秘録』の価値 「日記」の引用とオリジナリティをめぐる再検討」という論文を書いている。ここだけちょっと拾い読みをまずした。

というのも、この『蒋介石秘録』の連載は1974年8月15日から始まったという。当時僕は中学三年生ぐらいか? 産経新聞を読み出したのは、高校一年か二年頃からだが、この連載は長期連載だったから、その時も連載していたように記憶している。熟読はしていなかったかもしれないが、一瞥していた。といっても、もう40年前の話。ただ、この連載は本になり、全巻15冊(『蒋介石秘録』サンケイ出版)。持っている(積んどく? いやぱらぱら読んだかと?)。

この連載が産経新聞(当時はサンケイ新聞)で始まったのは、日中国交回復、台湾断交直後のこと。

川島氏は、まずはその時代背景から分析していくが、そういう政治状況であったから、蒋介石秘録の連載にあたって中共側からの批判がまずあったという。

中日友好協会の廖承志が、自民党訪中団相手にサンケイ連載を譴責したという。蒋介石は中国人民に見捨てられた「政治的ミイラ」であり、その連載をするとは中国に公然と反する行為、二つの中国を創造する行為だと批判したというのである。
鄧小平も、サンケイを名指しで批判し、秘録の掲載計画を日本帝国主義の宣揚、台湾への特別な感情と執着を示すことを目的としたものだと。
バカな独善主義者の内政干渉以前の言論抑圧的行為というしかない(当時サンケイは特派員を中共に置けない状況)。

しかし、もっと愚かなのは、こんな妄言に付和雷同する日本人学者がいたことだ。川島氏によれば、孫文研究の岩村三千男は蒋介石秘録の目的は学術にあるのではなく、中華民国と二つの中国の存在を宣揚するためのものであり反中行為だと看做し、監視すべきだと指摘していたという。

川島氏はそうした蒋介石秘録に対する中国や日本の一部学者の反応を紹介しつつ、蒋介石秘録を分析していく。
その過程は本書本論文を読んでいただきたいが、基本的に産経新聞の独自取材も加味(蒋介石の日本留学時代を知る人々・「三ツ一洋食店」の渡辺テルなどへのインタビューや高田に於ける日々を当時の高田の新聞を用いての紹介など)しており、史料的価値もあるとみなしている。高田時代がいつから始まったかに関しても、当時定説がなかったそうで『蒋介石秘録』は、そのあたりを詳細に明らかにしたという。

また『蒋介石日記』も秘録に引用紹介されているとのことで、その記述が、スタンフォード大学で公表されているものと、ほぼ一致したり、やや異なるものがあるにせよ、1970年代において、それらが出ていたのは注目すべきものがあったといえそうだ。

日中国交回復ブームに対して、台湾擁護派の産経新聞が、台湾側と協力して毛沢東に対する蒋介石イメージの宣揚として『蒋介石秘録』が出されたという面があるのかもしれないが、学術的に見るべきものがないとは言えないと 川島氏は指摘している。それはそうであろう。

川島氏の論文を読みながら、高校時代のサンケイ購読時代を懐かしく回想した次第。

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