古本虫がさまよう 「スマ歩」はびこる今、 「古本虫」は絶滅危惧種だった!
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「スマ歩」はびこる今、 「古本虫」は絶滅危惧種だった!
(2013・10・21月曜日)







昨日(日曜日・2013・10・20)はあいにく朝から終日雨だったが、いろいろと雑用・所要もあり出かけることに。その前に神保町古書会館の古本市(新宿展)を正午前に覗いた。そのころは、かなりの雨足で、午前11時開館とはいえ、そんなに人はいないかと思っていたら、思ったよりはそこそこ、結構な人出。かように、強雨であっても、屋内でやる古本市なら、こういう風に開催できるし、古本好きもそれなりに集まるのである。
しかし、これが「青空古本市」だったら、昨日のような雨なら、当然中止になってしまう。今度の神保町古本祭り開催中の日曜日が、台風であれ、普通の雨であれ、昨日のような天気では客足は絶望的な数になることだろう。それでいいのだろうか?

小林義宣氏の『阜新火力発電所の最後  一つの満州史』 (新評論)、小原礼司氏の『北鮮脱出記』 (非売品)を購入。

あと、古書会館一階テーブルに『中公文庫の40年 メディアをにぎわせた名著』 (2013年秋号)という非売品の無料小冊子が置いてあったので入手し、パラパラとめくった。

そうか、もう40年か。僕が中学生の時に中公文庫が創刊されたものだった。その中から、北杜夫氏の『どくとるマンボウ青春記』を購読したのを覚えている。そのあとに、文春文庫や集英社文庫などが次々と創刊されたかと。それまで文庫といえば、岩波文庫、新潮文庫、角川文庫だった。講談社文庫か゛中公文庫より少し早く創刊されたはず。
石油ショックが文春文庫創刊直前に起こって、紙不足からか、電話帳のような安物の紙で作られた文春文庫を手にしたのを覚えている。わら半紙なみだった?
 文春文庫の創刊の中では、畑正憲氏の『ムツゴロウの青春記』を購読した。許嫁が若い時にいたとか、そんな話しがあったのではなかったか? 「青春!…とは、中学生にとって、恋人的な女性の有無がすべてだった?」。だから、畑さんのことをとっても羨ましく感じた。いいなぁ…と。あのころは「年上の女」もいいとは思っていたけど(?)、下級生のほうにも眼が向いていたかな。まだまだ未熟者だった?

井上ひさし氏の『青葉繁れる』は文春文庫の創刊のラインナップに入っていただろうか。少なくとも、創刊してまもない時に読んだと思うし、そのころに映画化もなされていたかと。主人公の一人である秋吉久美子の「裸体」にコーフンしていたのを覚えている。小柄なわりには大きい胸…だったか? いや、それは「赤ちょうちん」(映画)であって、「青葉繁れる」ではなかったか? ううむ、もう細かい点は覚えていないが…。

まだ、少なくとも、当時、宇能鴻一郎は読んでおらず源氏鶏太や石坂洋次郎程度であったかと。ここ数年の仙台古本屋ツアーで、その仙台の青葉通りの青葉繁る下を何度か行き来したものだったが…。

ともあれ、神保町駅に戻る。途中新刊屋で10・18に創刊されたばかりの文春学藝ライブラリーを手にした。講談社学術文庫やちくま学芸文庫のような、少し硬めの内容の文庫本シリーズのようだ。5冊並んでいた。

その中から、福田恆存氏(浜崎洋介氏編)の『保守とは何か』を手にする。いろんな論文・エッセイが収録されているようだ。最後の論文が「言論の空しさ」(「諸君!」昭和55年6月号)。これはリアルタイムで、雑誌で読んだ覚えがある。

当時、僕は大学生だった…。二十歳ちょい過ぎの。栗栖発言やら防衛問題や改憲論などの「言論の空しさ」について論じている。そのころ読んだ時には、空しいといっても、数歩前進しつつあるし…とやればできる?と思っていたものだったが、爾来30年以上が経過…。

そして、今もまた改憲論やら集団的自衛権論やら、毎度おなじみのテーマが繰り返されている…。たしかに「空しい…」? 正しいかどうかではなく、周辺の状況変化にあわせての現実認識の変遷でしかない?

栗栖閣下が憂えた有事法制は一応不十分ながらも整備されたとはいえるが…。

ぱらぱらとめくりながら、青春時代をこれまた少し思いだしたりした次第。そういえば、この神保町界隈で新潮社から出ていた『福田恆存評論集』(七巻)を一括で買ったのも、もう30年以上昔のことだったか…。どの古本屋で買ったか? もう思いだせない。いや、覚えている。あの古本屋だったかとも!? でも、僕は福田恆存のいい読者ではなかった(と思う)。

新刊屋を出ると、さすがに、強雨故に、すずらん通りなども人出は少ない。地下鉄に下りる階段、水浸しで滑りそうになるが、相変わらず、サービス精神、危機管理意識ほぼゼロの東京メトロは、こういうところをモップで拭くこともしないし、本屋さんなどが置いてある傘入れ用の使い捨て風の袋も設置していない。

勿論、僕などはスーパーのレジ袋などをいつも持参して、濡れた傘はそれに入れるようにしている。しかし、急に降ってくることもあるし、車内混雑の時、濡れた傘が場所を取ったり人にくっつけたりすることもあるから、そうならないように、そんな傘入れ使い捨て袋の用意ぐらいメトロがサービスしても罰は当たらないと思うのだが、コストからなのか、気付かないのか知らないが、そんな気配りをする様子もない。ヤレヤレの会社である。
地下鉄ではない、普通の鉄道会社は、濡れた傘の滴を地上に落としつつ階段を下りていくことがそうそうないから、階段出入り口が水浸しになって滑りそうになることはあまりない。階段のスペースも広め。放っておいても自然に乾く…。濡れても出入り口のスペースが広めだし。

しかし、地下鉄は駅によりけりとはいえ、上り下り「一人」ずつの狭い出入り口が結構ある。だから強雨の日だと、そこの周辺には、かなり滴が落ち、溜まり、滑りやすくなることが少なくない。
「電車の進入進出時の風圧注意報」を十秒ごとに「大声」で垂れ流すぐらいなら、「雨の時は足元が滑りやすくなっているので注意して歩きなさいね」とやったほうが、まだ意味があるのかもしれない。スマ歩するような手合いが滑ったりしても、それは自業自得の面もあるだろうが。

それにしても、いつになったら、まともなサービスを行なう会社(余計なアナウンスは控える。地下鉄は暗いのだから、必要なところにはきちんと照明をする。狭い出入り口が多いから雨の日には注意して拭き掃除をしたり雨用の袋などを設置する…)に成長するのだろか?

車中では、楠木建氏の『戦略読書日記 本質を抉りだす思考のセンス』  (プレジデント社)を読んだ。
著者は1964年生まれの一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。ビジネス関連書の書評集でもある。僕が読んでいる本や積んどくしている本などもあった。
とりわけ巻末の「僕の読書スタイル ロング・インタビュー」というのがおもろい。子供の頃、アフリカに住んでいたこともあって、手元に本が少なく、そのぶん、空想力で寝る前ベッドの中でいろいろと物語を作っていたそうな(そういう経験は僕もあった)。 『佐藤栄作日記』 (朝日新聞社)の読後感などもちょっと似通ったものを感じた。人見知り?するタイプとのこと。なるほどとも。

ゴルフなどに比べて、読書は手っとり早く楽しめる代物。人の趣味はそれぞれであるが、読書や古本屋めぐりを趣味というか生きがいというか時間潰しにするというのは悪いことではあるまい。お金がかかる? ううむ。図書館もあるし…。

ちなみに、昨日(2013・10・20)の読売新聞朝刊に、読書世論調査の結果が出ている。

スマホを使えば使うほど読書時間が減る傾向があるとのこと。また、一カ月に本を全く読まない人が53%いるとのこと。この1年間に図書館を全く利用しなかった人は65%とのこと。一カ月の間に十冊以上の本を読んだ人は2%とのこと。

ううむ、人それぞれとはいえ、一日一冊本を読み、一週間に一回以上は古本屋や本屋に寄り、図書館をそこそこ利用している「古本虫」は、疑いの余地なく絶滅危惧種ではないか。なんということか。少数派の悲哀…。それでも本(古本)に寄生して生きていくしかないのが「古本虫」。死んでたまるか?

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