古本虫がさまよう 沢木耕太郎氏もオーウェルも出てこない『メキシカン・スーツケース』は、そこそこ面白いけどちょっと怪しい映画だった
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沢木耕太郎氏もオーウェルも出てこない『メキシカン・スーツケース』は、そこそこ面白いけどちょっと怪しい映画だった






2013・8・23の産経新聞のプレビュー欄で知って、過日、新宿シネマカリテ(全席指定)で『メキシカン・スーツケース』をみた。初めて寄った映画館。試写会場をちょっと大きくした感じ。
トークショー用のスペースを取っているのか、スクリーンと一番前の座席との間隔が少しあるので、一番前で見ても首は痛くならない。この劇場では一番前で見て正解(僕も一番前でみた。足も伸ばせて楽ちん)。

テーマはスペイン内戦。「ロバート・キャパとスペイン内戦の真実」「キャパ生誕100年」「2007年、失われたはずの4500枚のネガが発見された」などと銘打っている。

内戦当時、キャパやゲルダ・タローやデヴィッド・シーモアが撮影した写真のネガが行方不明になった。それが2007年になってメキシコで見つかったという事実を描いた作品。どのような経緯でネガがメキシコに渡ったのかを関係者の証言などを駆使して追求しており、実録作品といったところか。その写真も画面に登場する。

さらに、メキシコに亡命した人々の証言も、自分たちの所有する当時の家族写真などと共に紹介されている。

気になったのが、ラストに、反フランコの共和国軍を助けたのはメキシコと旧ソ連だけであると表示が出てくること。そして国際旅団とそれに協力した人々に感謝云々めいた言葉も。どうやら、この映画制作者たちは、フランコ嫌いは当然としても、POUMもお嫌いのよう?

要は、そういうコミュニストに近い視点にのっとった旧態依然の内戦告発映画と見ることも可能であろう。

そういえば、作品の中ではヘミングウェ-とマルローの写真は出てきたが、ジョージ・オーウェルは出てこない(単にキャパたちの撮影した写真の中に、二人はいても、オーウェルはいなかっただけなのかも? それとも『カタロニア讃歌』で、共和国側のスターリン、共産主義者の弾圧・問題点も容赦なく批判したオーウェルをこの実録映画では出したくなかったという発想からか)。

その点、ケン・ローチ監督の『大地と自由』はまだ良かった? 英国人として内戦に参加した共産党の青年が、共産党なんか糞食らえといわんばかりに党員証を破るシーンもあったし(笑)。

このケン・ローチの映画を見ていない人は、ぜひ見ておくべき。『メキシカン・スーツケース』は実録で、『大地と自由』はフィクションだから、『メキシカン・スーツケース』の方が「上」と思ったら大間違いになる。

太平洋戦争だってそうだが、スペイン内戦も複眼的視点で捉えるべきであり、『大地と自由』はまだオーウェルの『カタロニア讃歌』的に複眼的な葛藤がちゃんと描かれていたけど、『メキシカン・スーツケース』はちょっとシンプルな感じである。

それにフランコ側についた人々が皆、「反市民」で「ファシスト」であったわけでもあるまい。
さらにはにフランコとスターリンとを比較して、その治世がどうであったかを検証すれば、単純にフランコ政権を「右翼ファシズム」「独裁政権」と決めつけるわけにもいくまい。歴史のイフとはいえ、共和国側が勝利をおさめていたら、敗者に対する「粛清」「弾圧」はなかっただろうか? 旧東欧やソ連よりは早く「自由と民主主義」がスペインに定着したのも、結果としてであれ、フランコが勝ったからではなかったのか?

そのあたりは、以前、本欄で紹介したバーネット・ボロテンの『スペイン内戦 革命と反革命 上下』『スペイン革命 全歴史』 (晶文社)やアントニー・ビーヴァーの『スペイン内戦 上下』 (みすず書房)が、より客観的にスペイン内戦の「真実」に肉薄している。ソ連の「悪」にも目を配っているからだ。

また、それこそ、反フランコでソ連に亡命したバレンティン・ゴンザレスの『農民英雄』 (二つの世界社・取材構成は風媒社刊『トロツキーの暗殺』の著者でもあるフリアン・ゴルキンが担当し共著の形になっている)は必読文献だ。

ゴンザレスが指摘した「ソ連の裏切り」的な側面を追及しない、スペイン内戦物語はいささか滑稽で単細胞に陥るだけだろう。

そういえば、ネット情報では『カタロニア讃歌』が映画化されるという噂もある。変な捏造や遠慮がないようにしてほしいものだ。『1984』や『動物農場』はむろんのこと、『カタロニア讃歌』でも、オーウェルの「真意」を歪めて、あれこれ論じる向きも皆無ではないから。

また、少なくとも、オーウェルのようにPOUMなどに参加してフランコ軍と戦った「義勇兵」も多々いたのに、ことさら共産党系の「国際旅団」ばかり強調するのもいかがなものか? もっとも、日本の左翼作家の中には、オーウェルは国際旅団に参加して戦ったなんてウソを書く人もいる(単なる勘違い?)。いい加減にしないと、オーウェルが怒るぞ?

映画作品は、内戦で死んだ祖父の遺骨を求めて地面を掘る女性や、さまざまな研究者のコメントやキャパなどを知るカメラマンの証言やら、それなりによくできている作品かと思ったが…。

メキシコに亡命している人は、ある意味でフランコなどに対して恨み骨髄もあろうから、その「証言」が少々一方的になってハードになるのも分かるが。それにしても…である。ちょっと「容共リベラル」臭さがにおう映画だった。
少なくとも反フランコ側の中にもいろいろな内部対立があり、スペイン内戦が、単純に民主主義対ファシズムであったというわけでもあるまい。

「崩れ落ちる兵士」の写真の「真贋」をめぐってのノンフィクション・ルポルタージュを書いた沢木耕太郎氏の『キャパの十字架』 (文藝春秋)は以前本欄でも紹介したが、その写真についての考察も、ほんの少しちょっとある程度でしかなかった。

また沢木氏がキャパの写真と同じ場所を彷徨いながらのルポを「文藝春秋」に連載しているが、映画でも、当時の写真と今の現地を訪れて対比しているシーンもちょっと出てきた。

ともあれ、「崩れ落ちる兵士」の撮影者が誰かということは、「メキシカン・スーツケース」を制作した関係者にとってはあまり関心が及ばないのか?

500円もしたけど、きわめて頁数の少ない(表紙カバーをいれて12頁)、薄い映画パンフレットでも、そのあたりを考察するものはなかった。

辛うじて川成洋氏がオーウェルやケストラーの名前などを出していたが。それ以外には、左派政権時代の、過去に遡って一方的に単細胞的に「罪」を糾弾するのがお好きな韓国的な(?)「歴史の記憶法」を礼讃し、それを推進した人権派裁判官が今日の右派政権下で不遇の身になっていることを告発するようなエッセイが掲載されている始末?

この映画は2011年制作だから、この実録映画に沢木氏が登場するのはちょっと無理だったかもしれないが、パンフレットにこの映画の意義というか、キャパに関してエッセイをもらえばよかったのにと思う。

沢木耕太郎氏もオーウェルも出てこないという点で画竜点睛を欠くというべきか?
そこそこ面白いけど、少し怪しい映画であった? 

あと蛇足だけど。
タローを看病したという国際旅団関係の看護婦の証言も出てくるが、字幕が「看護士」になっていたかと(一瞬なので見間違いもあるかも?)。だとしたら、ヘンなPCというしかない。「看護婦」でいいじゃん。

一部のポルノ小説のように「ナース」と変えるのもヘンではあるが。こういう画一的な発想も嫌だね。「風立ちぬ」の喫煙シーンにイチャモン付けるのと同じで、当時は「看護婦」だったんだから、「看護婦」でいいではないか。「看護士」にしないと、どっかの禁煙団体同様に「一家言ある団体」からイチャモンでも付けられると思ったのかしら?

少なくとも、 画面には女性が出ているのだから、「看護婦」でいいじゃないの。例外的に男のナースだったら「看護士」にしたらいいと思うけど。「全体主義者」は、臨機応変がお嫌い?

また、内戦がらみの映画だと、最近では『ペーパーバード 幸せは翼にのって』が秀逸だった。笑いと涙が交互に出てくる映画だった。『メキシカン・スーツケース』は★ 一つ。『ペーパーバード』『大地と自由』は★★★三つかな?
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