古本虫がさまよう ポスターといえば、東てる美か寺山修司か? 猛暑に分厚い専門書は読めるか?
2017 08 / 07 last month≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09 next month










ポスターといえば、東てる美か寺山修司か? 猛暑に分厚い専門書は読めるか?




言い訳ではないが、ここ2~3日は首都圏ではともかくとして、こう全国的に暑いと、暑い本、いや厚い、分厚い専門書的な本を読む気力が湧いてこない。

例えばであるが…。1975年生まれの鈴木健氏の『なめらかな社会とその敵 PICSY・分人民主主義・構成的社会契約論』 (勁草書房)。

カール・ポッパーの『開かれた社会とその敵』 (未來社)を想起させるようなタイトル。結構売れているようだ。手元にある本も2013年1月30日第1版第1刷、4月20日第6刷発行とあるから。

これは分量的には300頁足らずだから分厚い本とはいえないが、ちょっと数式が出てくるのが…?

「ベルリンの壁」が崩壊した1989年、当時、著者は西独にある日本人学校の中学生だったという。
崩壊直前の1989年5月に、東独を修学旅行先として訪れ、東独兵士が顔とパスポートを見比べて真剣にチェックしていたが、中学生というのは顔が大きく変わる時期で、小学生の頃撮ったかもしれないようなパスポートの顔写真と実物とが違って見えるのか、東独兵士は何度もパスポートと本人の顔の間をいったりきたりして、「そのたびにバスの中はクスクスと笑い声で満ちた」ものの、向こうは「真剣なまままに、表情を崩すことは最後までなかった」という。

そのあと、10月のある日、朝起きると壁が崩壊していたのだが、その少し前にも逃げようとして銃殺された犠牲者がいた。

そういう体験をして、この世界に境界が引かれていることへの違和感を持ち、「なめらかな社会」、境界をまたいでリソースや情報が行き来することが可能になる社会は可能なのか…ということなどを追求してくようになった…。

ううむ…。アーサー・ケストラーの 『創造活動の理論(上)芸術の源泉と科学の発見』、『創造活動の理論(下)習慣と独創力 』 (ラテイス )と同じような知的刺激を与えてくれそうな予感がする本だが、ケストラーの本も積んどくしたまま長い月日が流れているし…。そのうち…。

ドイツといえば、ベルリンの壁崩壊で頑張ったのは<西独では社民党ではなくキリスト教民主・社会同盟だった。
その歩みを検証したのが、1975年生まれの近藤正基氏の『ドイツ・キリスト教民主同盟の軌跡 国民政党と戦後政治1945~2009』 (ミネルヴァ書房)だ。たしか「社会同盟」は特定の一部州のみの「地域政党」であるが、国民政党の「民主同盟」を中心に本書は分析している。これも300頁足らずで分厚いわけではないのだが…。

西独社民党などに関しては、佐瀬昌盛氏の『西ドイツ 戦う民主主義 ワイマールは遠いか』 (PHP研究所)や『戦後ドイツ社会民主党史 政権への歩み』 (富士社会教育センター)などは読んだことがあり、多少は頭に残っている。

近藤氏によると、キリスト教民主同盟も「中道」化路線などを取ったり、取らなかったりジグザグがあったようだ。社民党もマルクス主義からの訣別や「右傾化」「左傾化」などさまざま。

でも、日本の「社民党」「社会党」と違って、自国の防衛力整備を「違憲」とみなしたりすることもなかったし、ソ連などを「祖国」とみなす向きもあまりなかった。今日でも、東独の旧共産党と地方ではともかく国政で連立することもなさそう(東独における社民勢力を東独共産党が「蹂躙」した歴史を忘れない限り?)。

キリスト教民主・社会同盟、社民党、自民党、緑の党…と西独、いや今のドイツにはいろいろと政党がある(海賊党も?)。ともあれ、社会同盟は「右派中の右派政党」というイメージもあるが、僕がドイツ国民なら、社民党も右派ならいいし、緑の党も右派なら支持できそうだし、自民党も悪くはない。もちろん社会同盟もいいところがあるんじゃないか?

ソ連や中共や北朝鮮やヒットラードイツを「祖国」とみなすようなおかしなヘンな政党がドイツにはあまりない(5%条項のおかげか?)からこそ、憲法改正も何度かやってこれたのだろうし。
ともあれ、この本も積んどくすることなく一読すべきではあるが…。

1959年生まれの玉井清氏の『第一回普選と選挙ポスター 昭和初頭の選挙運動に関する研究』 (慶応義塾大学出版会)は、400頁弱。
巻頭口絵にカラーの選挙ポスターが収録もされている。菊池寛が社会民衆党公認で出馬した時のポスターなども。大学図書館の片隅で、戦前の普選時に作成利用されたポスター、ビラなどを見つけて以降の研究の成果をまとめた学術書のようだ。学術書にしては、いくつかの新聞の書評にも出ていたかと。

戦前のある候補者のポスターは、杖をついた男が重いリュック(国の借金六十億円)を背負い、足元には「山のおくに汽車をかけたり」「船のつかぬ港に金をかけたり」と銘打った鎖のおもりが掛けられている。そして「重い税金をかるくするために」との標語。今も昔も変わらぬか?

あとがきで、学恩に関して中村勝範氏に謝意を表しつつ、「歴史研究の醍醐味を、原資料に当たることの大事さを教えていただいたのも、あるいは学部から大学院生の時代、リュックサックを背負い、毎週、神田、五反田、高円寺の古書展をはしごし、その姿をいつも温かい眼差しで見つめてくださっていたのも、中村先生であった。不肖の弟子であるが、ここに学術書を公刊することにより受けた学恩に少しでも応えることができるのであれば幸いである」とのこと。よかった!

ただ、リュックは古本屋行脚としてはちょっと邪道の道具。周辺の人に迷惑をかけるから。古本市に出かける時は、かさばらないショルダーバックにトートバックが基本?

それにしても、戦前の日本も立派? 政府施策を批判する野党もあり、こんなポスターも自由自在に貼られていたのだから(共産主義者はともかくとして?)。今の中共より民主主義があったんじゃないのか? 今の中共や北朝鮮が、かつての日本の「戦前民主主義」のレベルに到達するまであと何年かかるのだろうか? 憲法9条も輸出するなら、まずは隣国へ?

ということで、結局、最後まで読了したのは、ポスターはポスターでも、選挙ではなく寺山修司がらみの本である、笹目浩之氏の『寺山修司とポスター貼りと。 僕のありえない人生』 (角川文庫)を読んだ。
大学入試にも失敗し、バイトなどに明け暮れていた時、ふとした縁で演劇に出会い、そのポスター貼りをすることに…。そして、それを一生の仕事にし、 「ポスターハリス・カンパニー」を設立した男の物語といったところ。
飲み屋などの壁に貼らせてもらうポスターの数々。一枚一枚手作業でするしかない仕事。その過程でのちょっとしたというか、さまざまな苦労や人生模様などが描かれている。

我が家も実家では、室内に映画のポスターなどを貼っている。 「君の涙ドナウに流れ」「カティンの森」「ペーパーバード」ぐらい。いずれも共産主義などに関連する映画だ(ペーパーバードはスペイン内戦がらみだが)。

学生時代は好きな歌手のポスターを貼る程度。演劇はたまにしか見ないが、ポスターといえば、どちらかといえば、先の選挙ポスターや演劇ポスターよりも、すぐに浮かぶのが日活ロマンポルノなど、映画のポスター。古本屋や古本市にもこの手のポスターはよく出品されている。東てる美などを思い出すなぁ? 寺山修司は、勉強不足であまり見たこともないが…。
井上章一先生あたりが、玉井清氏ではないが、「ポルノ解禁と成人映画ポスター」をテーマに本を書いてくれるといいのだが?

女性政治家の中にも「わたしには隠し事はありません、ほらごらんの通り!」と称して「ハダカの自画像」ポスターを作るような人はいないものだろうか? 当選間違いなし(美女なら?)。イタリアのポルノ女優だったチッチョリーナは当選したけど、そんなポスターを作っていただろうか?

スポンサーサイト
 | 読書  | TB(0)  | CM(0) | Page Top↑
Secret




TrackBack URL
→http://kesutora.blog103.fc2.com/tb.php/1191-d0119c71

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

カテゴリ