古本虫がさまよう 大きな誤植(落丁?)ありの『性欲の研究』をなぜ車中で読めなくなったのか? 出かける時はブックカバーを忘れずに!
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大きな誤植(落丁?)ありの『性欲の研究』をなぜ車中で読めなくなったのか? 出かける時はブックカバーを忘れずに!


いつも外(電車など)で本を読む時は、ブックカバーをつける。それがあいにくと見当たらず、昨日(土曜日)出かける時にしばし思案。

というのも、まずは車中で読みたいと思ったのが、井上章一氏編の『性欲の研究 エロティック・アジア』 (平凡社)だったからだ。これは普通の四六版の単行本より一回り大きいサイズ。そのA5並製本用のブックカバーもあるはずなのだが、あまり使わないこともあってちょっと行方不明だった次第。

裸本のまま読めばいいようなものだが、『性欲の研究』というタイトルも大きめだし、カバーイラストはちょっと乳首が見える美女…。
こういうのを剥き出しにして公衆の面前、公共の場所(電車車内)で読むのは、「公序良俗・公共の福祉」に反する行為となりかねない?

そこで仕方なしに、文庫カバーはあるので、つげ義春氏の『李さん一家 海辺の叙景』 (ちくま文庫)と『TOKYO 音カフェ紀行』 (玄光社ムック)をカバンに入れて出かけることにした。

行きの車中で読んだつげ氏のマンガは、まぁ「古本と少女」というのはハッピーエンド風の貧乏恋愛物語マンガで微笑ましくはあったが、それ以外は、アンハッピーエンド風のモノも多々あり。現代モノ、時代劇モノなどさまざま。人生の哀感を描いた劇画ということになるのだろうが…。

帰りの車中で読んだ『TOKYO 音カフェ紀行』 (玄光社ムック)は、ジャズカフェやブックカフェなどをカラー写真と共に紹介した一冊。すでに本欄で『TOKYO本屋さん紀行』『TOKYOブックカフェ紀行』『TOKYO BOOK SCENE 』 (玄光社MOOK)を紹介してきたが、そのシリーズの最新刊といったところ。

だが、信じられないことに、そうした「食べ物」関連の店を扱っているのに、禁煙分煙の情報は一切ない。やれやれである。なんという意識の遅れ。せっかくよく足を運ぶあたりに、ほぉ、こんな店があるのかと思ったりもしたのだが、禁煙かどうかが一切分からない。いちいち電話したり、ネットで調べるのも面倒くさい。
なんで、一言、そうした情報を開示しようとしないのだろうか? この前、紹介した『世界を旅する@cafe』 (グラフィス)などは、禁煙かどうかは無論のこと、ペット同伴可か不可かどうかの情報まで提示していた。それに比べて、なんという手抜き? 店のお勧めの一枚のCDなどの紹介もあり、凝った作りになっているのに、肝心要の禁煙情報が皆無では。

せっかくの名曲や料理も、タバコの悪臭、バキュームーカー同様の臭いがあっては台無し。そんなところなら、行く気にもならない人はゴマンといるはず。そういう読者層のためにも、そうした情報は絶対的に必要だということに気付いてほしい。

僕は、学生時代から古本を買う金惜しさに喫茶店など足を運ぶことは稀だった。ただ、金惜しさのみならず、当時からタバコの悪臭が苦手で嫌いだったので、喫茶店の類に行っても、喫煙者に悩まされるだけだから行きたくないなという気持ちも強かった。その思いは今も同じ。

神保町界隈を歩いていると、地下鉄駅の出口出たところにある某喫茶店などに行列が出来ているのを見ることがある。雑誌などで紹介されて並んでいるのかどうか知らないが、そこは全席喫煙可能店のようである。そういうところは、ランチョン同様、よほどのことがない限り足を運ぶことはあるまい。

それはさておき、帰宅してから『性欲の研究』を一読・読了。
文字が多く(?)図版が少なく、ちょっと題名のわりには楽しめない?

「包茎とチンポ国粋主義」「日中オマタ事情」…論文タイトルは過激であるが…。しかしやはり井上章一氏の『「乳」と「おっぱい」』などは佳作。読み応えのある視点と示唆に飛んだオッパイ論であった?

それにしても、この前、平凡社から刊行されている思想の科学研究会編『共同研究転向5 戦後篇 上』 (東洋文庫)を読んでいて、大きな誤植を発見したことは報告した通り。
戦後の転向例として、何人かの識者があれこれ論じているが、その中の一人である松沢弘陽氏がいろいろと解説を書いている。その表題は「第四章自由主義者」の中の「第一節民主社会主義の人びと—蝋山政道ほか」。

この中に佐々淳行氏の父親である佐々弘雄氏の名前も登場するが、なんとこの章、奇数頁側のハシラが「民主主義の人びと」となっているのだ。「社会」が抜けている。

まぁ、「共産主義=民主主義」ではないが、「民主社会主義=民主主義」であるから、「社会」が抜けていても、意味的には間違いではない? それにしても誤植は本につきものであり、めくじらたてるつもりもない。誤植のない本はない。本欄も誤植は多々あり申し訳ないのだが、さすがにタイトルとハシラとがこれだけ大きな誤植があると、すぐに目立つ。

親本(ハードカバー)は『(改訂増補)共同研究転向下』 (平凡社・1978・8・22改訂増補)である。それを見ると、同じく「第四章自由主義者」で、松沢氏も出てきて同じタイトルの論文が収録されている。ただ、その論文の奇数頁側のハシラは「第四章 自由主義者」となっている。東洋文庫化に際して、ハシラが変更されたかのようであるが(東洋文庫では偶数頁側のハシラは「第三篇第四章自由主義者」となっている)、ちょっと大きな「誤植」といえようか。


だからというわけでもないだろうが、この続編である『共同研究 転向6 戦後篇 下』 (平凡社・3月21日初版第一刷発行)を手にしたら、その中に、白い紙がはさまっており、「お詫びと訂正」と題して、「民主社会主義の人びと」(419~519頁)の奇数頁、本文左上の見出しにおいて、左記の誤りがございました。誤 第一節 民主主義の人びと 正 第一節 民主社会主義の人びと ここに謹んでお詫びし、訂正させていただきます。平凡社東洋文庫編集部」とあった。

ご丁寧ご苦労さまというしかない。5巻刊行直後に誤植に気づいてそんな処置をしたのだろう。たかだか二文字欠如した程度の話だから、そこまでしなくても、二刷りにでもなった時に修正すればでいいのだろうが…。

と記した。

ところが、『性欲の研究』も、ナントこれまた大きな誤植というか、一歩間違えると、これは乱丁というか落丁ではないか、取り替えてほしいと要求されると対応に苦慮することになりかねない可能性もある…。
というのも、奥付手前の「執筆者一覧」で、澁谷知美氏のプロフィールがしり切れとんぼになっているのだ。

澁谷知美(しぶや・ともみ)
1972年生まれ。東京経済大学准教授。男性のセクシュアリティ研究。著書に『日本の童貞』 (文春新書)、『平成オトコ塾々----悩める男子の

となっているのだ。

ための全6章』 (筑摩書房)など。

が抜けているのではないか? 脱落か?
でもこれって、読者が「落丁本」だと主張したら、どうなるのか?
それにしても、「社会」がハシラから抜けているのと比べて、これは意味が通じなくなるのだから、かなり大きな「誤植」ではないか? いやはや…。





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ご購読とご紹介、ありがとうございました。
ご指摘の誤植ですが、編集最終段階でのミスで申し訳ありません。
澁谷知美さんの略歴の尻切れは、平松隆円さんの略歴の最終行につながります。
編集者が並び替えた時尻尾を置き忘れてしまったようです。
なにとぞご寛恕くださりませ。
三橋順子  07/01/2013 Mon URL [ Edit ]
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