古本虫がさまよう 小林節が「みうらじゅん」にならずに「憲法学者」になった理由とは?
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小林節が「みうらじゅん」にならずに「憲法学者」になった理由とは?

久保治雄氏の『大学教授になった不登校児 「傷心キッズ」に贈る応援歌』 (第三文明社)を読んだ。

慶応大学法学部のまもなく名誉教授になるであろう小林節氏の「評伝」。彼は、生まれた時から左手の指がないという障害児。それ故に小さい時から差別というか、「片輪」といった心なき揶揄を受けてきたそうな。
都立がまだ頑張っていたころの名門・新宿高校に進学したものの、不登校生徒になってしまう(代返などをやってもらっていたので、公的には出席日数的には普通のように見えたものの、内申書の総合評価は最低のDだったという。430人中400番以降の成績―――大学受験の時もらった内申書のうち、早稲田を受けなかったために余った内申書を破いてみたところ発覚?)

学校をさぼり、新宿御苑を徘徊したり、成人映画を見ようとして入ったところを婦人警官に見とがめられ補導寸前状態に陥ったりしたこともあったという(この時補導されずに、成人映画を見ていたら、小林少年の運命も大きく変わっていたかもしれない? 「みうらじゅん」のようになっていたかも? 彼は試験が終わってからのご褒美として見に行っていたと回想していたが…。

その底辺から、これではいかんと一念発起。法律家になりたいと考え、受験勉強をすることに。国立大学も一応受けようとするものの科目数が多くてとても遅れは取り戻せない。そこで、慶応大学法学部を狙う。早稲田大学法学部には国語に苦手な古文があったため、最終的に断念。慶応法学部の国語には古文が当時なかったという。英語はまぁそこそこの成績だったという。また社会は政経で受けられたとのこと。日本史や世界史は授業をさぼっていたために追いつくのが大変。それよりは政経がやりやすかったとのこと。数学はなかったのだろうか?

小林氏は慶応大学法学部に入ると二時間睡眠で一生懸命勉強し、首席(優等)で卒業し、大学院進学。助手→講師→助教授→教授→まもなく名誉教授となっていく。順調のように見えて、実は学生時代からいろいろとやっかみもあり、助手や講師昇進にあたっても、周囲や「恩師」からの嫌がらせを受けたりもしたそうな。
ううむ、そうした人生体験が、独特な小林憲法学を生み、その授業スタイルや採点基準などに関して、学生からのいろいろな批評を受けることになったのかもしれない。

僕が大学を受験するころ、慶応大学法学部には数学があり、社会は政経では受験できなくなっていた。世界史か日本史が必修だったか? 国語に古文や漢文が含まれていたかいなかったかは記憶にはないが、もしかして、小林節氏が、内申書は酷かったのに一浪したとはいえ、見事、慶応に入ったことに対する、これまた法学部内の教授たちのやっかみから、社会課目から政経を追放したりしたのではないか。小林氏のような受験劣等生が来れないようにするために。そのために優秀な学生が一人慶応大学に進むのを断念した? そんなバカな? いやいやネバーセイネバーか?

ともあれ、創価学会への一定の評価などの変遷なども綴られている。そもそもこの本、学会系列の第三文明社からの刊行(昔は知らないが、第三文明社は新宿御苑近くにあるのでは? 新宿がらみの縁もあったかも?)。

ともあれ、そうした落ちこぼれ的な劣等生も頑張れば一流大学に進学し教授にもなれる…というストーリーである。

幸い、僕は障害もなくそんなイジメに遭うこともなかったが、彼の高校生時代の成績は(430人中400番台…)、我が中高校時代の成績とも瓜二つというか似通っていた時代もあるし、「政経」のみが得意で、社会はそれで受験し難関を突破した点では、難関突破はともかく社会は「政経オンリー」であった点もこれまた共通感を持つことができた。急に親密な印象を小林氏に持つにいたった次第?
いい意味での人情があって、個性があり、ガッツがある人はいいね!

でも油断大敵? 東京女子大学の林道義先生のように定年退職した時、なんと「名誉教授」の称号を大学側が授与するのを拒んだこともあったそうな(「東京女子大学よ 私の何処が『不名誉』なのだ」諸君! 2006年1月号)。

昔ソ連からの「亡命者」の手記を読むと、なんとか出国できるようになっても油断するな、出国する飛行機のタラップを昇る時になって、初めて「母国」の大地(滑走路?)向けて、訣別の唾を吐け、それまでは隠忍自重あるのみ…と(記憶があやふやだが)。
勿論、慶応大学はソ連や東京女子大学とは違うだろう。だが、どんな組織にもやっかみや妬みや画策や謀略があるもの。

女性(配偶者)関係が小林氏の本書に対する「解説」のみにて、若干触れられているだけなのは物足りない。一目惚れで結婚されたようだが、自らの障害というマイナスを乗り越えてのアプローチもまた生きる希望を読者に与えるものではなかったか?
本書を文庫にする時には、そのあたり、小林氏自らの解説をさらに加筆してほしいものなり?
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  08/06/2015 Thu [ Edit ]
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