古本虫がさまよう 『図書館に通う』を図書館に通って借りて読めば…?
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宮田昇氏の『図書館に通う 当世「公立無料貸本屋」事情』 (みすず書房)を読んだ。
1928年生まれというから、いま85歳ぐらいか。数年前から近所の図書館を利用するようになり、本は買って読むものと思っていた長年の考えが修正されていく過程などを綴っている。

著者は出版社などに勤めていたこともあり読書家でもある。また『朱筆』 (みすず書房)などをペンネームでも書いていたようだ。この本、以前読んだことがあるが、ちょっと「容共リベラル」風なところがあり、赤線を引きつつ(「そんなバカな?」「それはちょっと偏見では?」などと」)書き込みをしながら読了した記憶がある(その具体的箇所や論拠については手元に本がなく指摘できないが)。

それはともかくとして、今回の本も一部疑問を感じつつも面白く一読。

最初に美濃部都政が福祉ばらまきだとの批判があるが、「彼以降に積み重なった赤字とくらべれば非難されるほどのものではなく、戦後民意が尊重された唯一の時代という感想さえある」と記しているところには「そんなバカな?」と書き込みをしたくなったが、「ただひとつ失政と呼べるものは、都電の廃止である」との指摘に関しては、「そうかな?」とも。

ただ、もう一つ少なくとも「失政」があるだろう。

以前、鹿島茂氏が、『わが子三人「中学受験」体験記 』(「文藝春秋」2001年3月号)というエッセイを書いていた。この中で美濃部知事時代に実現された学校群制度を手厳しく批判していた。もっとも、これは美濃部以前から、小尾教育長などが推進準備してきたようであるが、鹿島氏は、この教育長をスターリニストと強く批判している。

そして小尾の謀略は「まず都立のエリート高校を根絶やしにする。エリートたちはしかたなく私立に逃げ込む。そうなると、親の負担が増え、日本人の家計における教育費のパーセンテージは確実に上昇するから、貧しさに耐え兼ねた親たちは、少しでも物価が下がり、給料が増えないかと革新の党派に投票し、革新都政や市政が誕生する。そのあげく、福祉のバラまきと公務員のベースアップが起こり、日本の平等主義化は完成する」「その一方で、小学生の頃から受験システムに組み入れられた子供たちは、『遊ぶ』という最も大切な人生の快楽を奪われたため、大人になったときに、人間性を喪失し、やがて日本は創造性とバイタリティーを失った三流国へと転落する」「この小尾が受け取った謀略のシナリオのことごとくが実現したことがわかって、慄然とせざるをえない。小尾は完全に勝利したのである」とまで批判している。

まぁ、それはともかくとして、広辞苑にかつては載っていたのに、最近は「荒正人」が消えた話などから、荒氏の本を読みたくなって、近所の図書館のサイトで検索すると国会図書館にでも行かないと読めないかと思っていた本が簡単に予約して手にすることができることを知る(しかし、どちらにお住まいか知らないが、何と土日のみならず平日も午後5時には閉館していたそうな。また本を返した時カウンターで処理すると、その本を元の棚に借りた人が返すなんてこともさせられていたとか? ソ連もびっくりの図書館? いやそれぐらいしてもいい? しかし今は分館や他館から取り寄せるなんてこともしているから…。ただ、これはいちいち一冊ずつ棚に戻すのではなく、単なる返却まとめの棚に戻せば良かったのを著者が勘違いしていたような…)。

それ以降、気楽な小説などはよく借りて読むようになったという。人気作家の本は数カ月しないと借りられないこともあり、また、図書館の本があまりにも汚れていたりすると、文庫だと買って読むこともしばしばとか。文庫も昔に比べると活字も大きくなり読みやすくもなったと…。同感。
そういえば、大学時代、図書館を利用するなんてことは僕はあまりなかったが、この前大学の図書館に久しぶりに寄ってふと気づいたが、大学図書館って、カバー帯の類は捨てて、「裸本」のまま使用しているようだ。普通の図書館はカバーは残して、ラッピングというのか、透明のビニールカバーのようなものをして、汚れなどがつきにくいというか、破れにくくしているが、大学図書館って、読めればいいだろうというところか? 面倒なことはしたくないというのか? だからかなり汚れている。

さておき、そんな思いから、戦後まもないころに貸本屋を一時やっていた時の回想も入る。そういえば、高円寺古書会館のそばにはほんのこの前まで貸本屋があったし、その関係者なども登場する『全国貸本新聞 全2巻』 (不二出版)も以前本欄で紹介したことがあった。

著者はそうした貸本屋が消えていくのに触れつつ、ブックオフや漫画喫茶の出現を取り上げ、実際漫画喫茶にも脚を運んでいる。

また国会図書館の本も館外貸出禁止でなければ、近くの図書館に取り寄せることができる事実も指摘(もっとも自宅にまでは持っていけず、図書館内での閲覧閲読に限定されるが)。
僕自身の体験からも、国会図書館よりは敷居の低い大学図書館や県立図書館の本で、館外貸出可能の本ならば、近くの図書館に取り寄せて、なおかつ自宅で読むことも可能なことも少なくない。「日本の古本屋」にも出品されない本やアマゾンなどであまりに高い価格の本でも、そうやって借り出して自宅で読んだこともあった(自宅に持ち運べれば、やろうと思えば、全頁コピーも可能!?)。

それほど図書館のネットワークは近年充実している。著者も(僕も?)それを体験したのである。

そのほかご自身の仕事とも関連して、パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』の翻訳権が「時事的出版物を出している通信社」(注記・要は「時事通信社」のこと)で出版されたことへの違和感なども表明している。
パステルナークは「翻訳を出す欧米の出版社が一流の文芸出版社であることを理解」していただろうから、日本でもと…。
しかし、単なる反共小説と受け止める「良心的出版社」も日本では当時はあったことだろうから、時事通信社が翻訳したのはあながち悪いことでもなかっただろう。

それと関連して、アメリカが反共出版物を自ら刊行したり、日本の出版社に売り込んだりした事実を自らの体験から記している。

「入社してまもなく、ある翻訳原稿をもらいにUSIS(文化交換局)に行かされた。それはソ連の大粛清の内幕を描いた亡命者の著作の翻訳であった。私をおどろかせたのは、翻訳者が戦前から高名な『社会主義者』で、その翻訳料も著作権料もUSISが負担するだけでなく、ある部数を買い上げてくれることだった」と。

宮田氏は書名をあげていないが、これはワイスベルクの『被告 ソヴィエト大粛清の内幕』 (荒畑寒村訳、早川書房、1953年。 新泉社、1972年)のことであろう。ただ、反ソの社会主義者などは世界中に幾らでもいるのであって、荒畑寒村がこういう本を訳出しても何の驚きも今は感じないであろう。ソ連は日本よりも自由があるなんてのたまわった向坂逸郎センセイがこういう本を訳出していたら驚きではあろうが?


ともあれ、こうしたアメリカ側の文化攻勢は「1970年代までつづいた。疑問は、ときには数百冊、ある場合は千部以上、USISに買い上げられた本の行く先である。13館のアメリカ文化センターでは収まる数ではない。全国の地方公共団体の首長に漏れなく配られていたとも聞いた。その翻訳された書籍は、それら首長の部屋に飾られていたのだろうか。私のかすかな疑念は、それらの本が、そのころは予算が限られ、貧弱だった地方の公共図書館の書架に収まっていたのではないか、もしかして直接送られていたのではないか、ということだ。それらがどのような種類の本であったのかは、アメリカ文化センターに蔵書されていた邦訳書を調査すればわかる」と指摘している。

これは興味深い視点である。


というのも、以前、ボロテンの『スペイン革命 全歴史』『スペイン内戦』 (晶文社)を紹介したことがある。これらの本の中でもしばしば登場するが、スペイン人民兵で共産党員でありながら最後にはソ連に絶望したことで知られるバレンティン・ゴンザレスの『農民英雄』 (二つの世界社・取材構成は風媒社刊『トロツキーの暗殺』の著者でもあるフリアン・ゴルキンが担当し共著の形になっている)という本がある。
 
彼は、農民の伜で、一九二九年に共産党に入党。その後、民兵を率いて内戦で「エル・カンペシノ」(土百姓)と称せられる軍人として活躍する(勿論、反フランコ側)。
内戦の敗北後、一九三九年五月、ソ連に亡命する。「内戦の英雄」として、デラックスな宿舎を用意され、そこには美女が侍り、好きなようにしていいとの色仕掛け工作も受ける。

「遠慮してはいけませんよ。あの子たちは、それが仕事なのだから(浴室で体を洗ってもらうこと)。やってもらいなさい。あなたの全身の毛孔からは、いつも、共産主義がにじみ出ているのを見せてやるといい。しかし、気をつけなさいよ。あなたの一挙手一投足も、みんな、記録されているのですからね」と。

さらに専属の小間使いの香水プンプンの女性もついているのだ。
日本からの著名亡命者も似たような体験をしたことだろう?
 
しかし、ゴンザレスは、モスクワ内の市民の生活ぶりを見て、その貧しさなどに衝撃も受ける。さらに、党による共産主義学習(洗脳教育)を受けるのだが、一番強い軍隊はと聞かれて、ソ連軍と言わずにドイツ軍であると言ったりする。

 「スペインの内乱の際にわれわれのところへ派遣してくれた将校は、ソ連でも一番質の劣る将校にちがいないとわたしは思ったのです。ところが、実際にここへきてみると、あれ以上優秀な将校はほとんどいないってことがわかりましたよ。あのときの将校たちは、人民の接触をすっかり失っていましたね。彼らが考えていることは、爪をきれいに磨き立てて、ダンスのステップを習って、立派な作法を身につけようということだけです。彼らはそういう使命で外交へ派遣されるのでしょう」「ソ連では、偵察隊の主なる仕事は、鶏を盗んだり、指揮官のためにきれいな女の子を探すことにある」   

こういう反ソ的言辞故に、トロツキー主義者だとして処罰を受けるのだ。

 だが、ゴンザレスはソ連共産党は「スペイン内乱に勝利を収めることには、必ずしも深い関心を持たず、彼らの道具であるスペイン共産党の立場を強化することにだけ専念していた」と喝破している。
 その後、彼は各地の収容所生活を強要され、脱出を試みては捕まり、また脱出したりする。ようやく、戦後になってペルシャに逃げ込み、自由世界にて自叙伝を書いて、ソ連の全体主義的悪の実態を知らしめることに成功するのである(監獄では女囚が強姦されもする。中共のウイグル支配を告発したラビア・カーディルなどの証言でも似たような事実が暴露されているが、二〇世紀に於いても二一世紀に於いても、野蛮な共産主義者のやることに変わりはないようだ)。
 
  ボロテンの先の本の訳者・渡利三郎氏によれば、ゴンザレスは、ソ連脱出後はフランスで独自にゲリラ隊を組織しスペインへの侵入を図ったりし、フランコ死後の総選挙では、ソ連共産主義やプロレタリア独裁に反対し社会党を支持するアピールをフランスから発したという。ということは民主社会主義者的な思想の持ち主になっていたのかもしれない。晩年、スペインに帰国しマドリードで死去したという(『スペイン革命 全歴史』訳者解説参照)。
 
  ちなみに、ボロテンによると、ゴンザレスの自叙伝を貶める歴史研究者(ハーバート・サウスワース)と、評価するソ連研究家のロバート・コンクェストと論争があったという。

「無数にあるスペイン内戦に関する本同様、この本も不正確かつ歪曲された点は多々あるが、にもかかわらず文句なく歴史的に貴重で伝えるに値する資料が含まれている」(ボロテン)のは間違いなかろう。
 
『スペイン革命 全歴史』『スペイン内戦』の訳者補遺の「日本語文」献の中にも、うっかりミスで、この『農民英雄』は紹介されていないほど貴重な本であるが、昭和三十二年の訳出だ(「二つの世界社」は「国際文化研究所」と一体のようで、『農民英雄』も国際文化研究所版もあるのかもしれない)。当時は反共書、宣伝書として二束三文の価値もないと見なされていたのかもしれない。

そして、この『農民英雄』は、図書館検索を調べるとすぐわかるのだが、大学図書館に結構「蔵書」されているのである。宮田氏ではないが、自宅近くの図書館に取り寄せ可能であり、実際、僕はそうした借りて読んだ。
自宅で一読できた(全頁コピーも可能)。

なにせ「日本の古本屋」でも時々チェックしたが出品する古本屋はゼロ。ネットで万単位の値段を付けている人がいたが、図書館で借りて読めるならそれでいい。
その時、僕の記憶では、某大学図書館から取り寄せた『農民英雄』には「アメリカンセンター寄贈」というスタンプが押してあった。

宮田氏も、『農民英雄』の著者のような、荒畑寒村にも似た(?)反ソ反共の社会主義者が世界には沢山いる事実を再確認するためにも、まだお読みでなかったら、是非適当な大学図書館から本書を取り寄せて、「アメリカンセンター寄贈」のスタンプがあるか確認されるといいのではないか。

それにしても、こういう「良書」の翻訳を推進した、もしくは買い上げて普及に心がけていたかはともかくとして,そういう事実があるとすれば、アメリカンセンターや、USISは立派であったといえよう。

ソ連や中共や北朝鮮だって、アメリカに負けじと、さまざまな形の文化攻勢をやっていた。自ら宣伝出版物を出したりしていたし、阿吽の呼吸かどうかは知らないが、チベットは解放された云々の中共ヨイショ本を新書で出した出版社などもあった。

時事通信社の時事新書の反共リベラル新書は今日読み返しても示唆に富むが、そうした容共リベラル新書は果たして再読に耐えられるだろうか(フランク・モラエスの『チベットの反乱』時事新書と、ストロングの『チベット日記』、アラン・ウィニントンの『チベット上下』岩波新書との比較読書を勧めたい)。

また金日成ヨイショ本を多々出した、某リベラル良心的出版社にしても、さぞかしお買い上げなどの援助が北朝鮮系団体からあったことだろう。その是非はともかくとして、将来にわたって再読に耐えられる内容かどうかとの見地からすれば、所詮は左派系の共産主義礼賛本は「饅頭本」の類であったというしかない。それらの愚書に比べれば、『農民英雄』や『チベットの反乱』は、今日でも読むに耐えうる本だ。

また、そうしたアメリカ側からのさまざまな援助による反共リベラル出版の交渉に実際に当たった体験を綴っているのが、並木書房から刊行された藤井章生氏の『飯田橋泣き笑い編集記 出版脇街道好人録』である。
藤井氏は鏡浦書房で働いていた。ここは、僕にいわせると(?)、ジキルとハイド的出版社ではあった。エロス本も出すかたわら、ポーランドの亡命知識人であるチェスワフ・ミウォシュの『ギル教授の孤独』 (鏡浦書房)という本がここから訳出されている。

ミウォシュは国際文化協会から『囚われた知性』という本も訳出されている。この国際文化協会もどういう出版社か? この『囚われた知性』は、近年、共同通信社から『囚われの魂 』として新訳で出ている。
 
ちなみに、『囚われの知性』(国際文化協会・麻生隆義氏訳)の奥付裏書籍広告にはペトロフの『シベリアの果て』、リランド・ストウの『謀略 恐怖による征服』、ゴディンなどの『粛清の歴史』、スコットの『共産主義批判』などが収録されている。これらの本も古本屋で入手しているが、当時、こういった反共リベラル本を訳出していた国際文化協会なる組織は何者であったのか? 関心があるのだが、よくは知らない。国際文化研究所、鳳映社といった社名で、こうした類の本を出している「兄弟」出版社らしき出版社もよく見かける。何らかの関係があるのだろう。今日でも蒐集する価値ある本を刊行していた。


以前、トニー・ジャットの『記憶の山荘 私の戦後史』 (みすず書房)を紹介した時に、ミウォシュのことも出てきたのであわせて以下のようなエッセイを書いたことがある(一部再録)。

本書(『記憶の山荘 私の戦後史』)は、奇病故に若くして昨年亡くなった学者のエッセイ集。
1948年生まれから見た戦後ロンドンの貧しい時代の回想、1968年前後の左派学生時代に東欧での「プラハの春について、ましてやポーランドの学生蜂起について、私たちの熱っぽい急進的な討論のどこでも言及された覚えがないという事実は、六八年五月の思い違いについて何を示しているのだろう」「われわれは中国の文化大革命やメキシコの激変、それにコロンビア大学の座り込みについてさえ、深更にいたるで長々と論じることができた」「が」「誰一人として東欧について語る者などいなかった」と。
そういう自省から中庸穏健な社会民主主義者として「成長」していくわけだ。日本の左翼学生も同じような軌跡をたどって成長した人もいるかもしれない。だが、多くは反省のないまま自治労や日教組や総評や弁護士や一部マスコミ人になり、未だに社会的害悪を流し続ける手合いもいるようだが。1968年の段階で東欧の政変、学生の反乱に無関心を決め込んでいた手合いの語る言葉には当時も今も説得力はなかろう。80年代にワレサが登場してきて、さすがに1956ハンガリーや1968チェコの時のように無視はできず、あわてて関心を寄せた進歩的な人々もいたようだが。

 平凡社から、1968年プラハにいて、ソ連東欧諸国連合軍の「侵攻」を受けた時の衝撃の写真を密かに撮影していたジョセフ・クーデルカの『ジョセフ・クーデルカ プラハ侵攻1968』 が刊行された。それを眺め読むと剥き出しの軍事力に対峙するチェコ国民のある種の矜持、誇り、躊躇い等々さまざまなものを感得することができる。これらの侵攻時の写真は撮影者が海外に持ち出し1969年には撮影者秘匿のまま公表されていたとのこと。解説を小森陽一氏が書いているのがちょっと興ざめであるが? ソ連兵士の銃の前に素手で立ち向かう人々を見るにつけ、安保闘争などは子供のお遊びであったというしかないだろう。1956年のハンガリーでもこの1968年のプラハと同じ光景が見られたはずだ。1956年のハンガリー蜂起の実態は知られていなかったにせよ、1960年の日米安保の選択はハンガリーの悲劇を日本にもたらさないためにも必要な選択だった。

  彼(トニー)がしばしば言及しているポーランドの亡命知識人であるチェスワフ・ミウォシュの『囚われの魂 』にしても共同通信社が1996年に訳出したが、それ以前の1954年に国際文化協会から『囚われの知性』として訳出されていた。僕はかつてその本を古本屋で購入していたが、そういうマイナーな共産主義批判の書を早い段階で日本に紹介し、そういう本を読んで共産主義、左翼全体主義の本質を見極めていた人も日本にはいたことだろう。そういう人を反共主義者とバカにしていた左翼人がもっともバカであったのは間違いない。

 共同通信社版では訳者の工藤幸雄氏が秀逸な訳者あとがきを書いている。そこでも指摘されているがミウォシュには『ギル教授の孤独』 (鏡浦書房)という本も1958年に訳出されている。これもかつて購入したことがある。

 鏡浦書房というと、ジキルとハイド的出版社ではあった。こういう反共リベラルな優れた本も刊行しているのだが……。この経緯に関しては、この出版社の編集者をしていた藤井章生氏が『飯田橋泣き笑い編集記 出版脇街道好人録』(並木書房)という本を書いているが、参考になる。そういう固い本はアメリカのその筋(大使館文化情報局)からの提案(印刷用紙代負担など)があって刊行されたとのこと。同じことはソ連や北朝鮮もやっていたことだろう。
 だが、共産圏のそうした宣伝本の多くは独裁者ヨイショ本やらポチョムキン村礼賛記。アメリカの方も玉石混淆だったかもしれないが、鏡浦書房や時事新書の翻訳本の中にはこのように今日でも輝くものが少なくない。
北朝鮮にせよ、中共にせよ、ソ連にせよ、東欧諸国にせよ、真摯にその実態を追求した著作はリアルタイムで刊行もされ訳出されていたのだ。その時から何十年が経過しても「古本虫」のように各地をさまよえば入手可能だ(いまはネット社会だから尚更である。図書館も活用可能)。



そのほか、反ソ反ナチスのマルガレーテ(マーガレーテと表記のことも)・ブーバー=ノイマンの『スターリンとヒットラーの軛のもとで』 (ミネルヴァ書房)も参考になる。ナチスとスターリンの双方の強制収容所で辛酸をなめた体験者でないと語れない「事実」がそこにあるからだ。

この本はかつて1954年に『第三の平和 2冊本』 (マーガレーテ・ブーバー・ノイマン名義)で 共同出版社から刊行されていた。古本市で購入し一読していたが、この出版社も謎?
ともあれ、京都のみすず書房と言われる(?)ミネルヴァがこの本を復刊するのだから、アメリカの当時の援助があった本かどうかはともかくとして、歴史の流れに耐えうる著作といえよう。

アメリカの文化攻勢は、まだしも、こうした良書を残している。当時の日本の「容共リベラル」が大勢だった出版界があまり触れたくない「現実」を直視した本がこうして訳出されていたことは、いいことだったといえよう。


宮田氏の本に話しを戻す。ポルノ出版にかかわる回想も面白い。イェンス・ビョルネボの『リリアン』 (三笠書房)が猥褻とされた件やのちに『一糸まとわず』と三笠から改題刊行されたのにおとがめなし…。海外ポルノ大手出版社の歴史を描いたジョン・ディ・セイント・ジョアの『オリンピア・プレス物語』 (河出書房新社)などを紹介しつつ、こういう猥褻書を図書館がどう扱っているかなどを指摘。

そうした本もちゃんと僕は蒐集しているが、『チャタレー夫人の恋人』などは有名だから図書館にもあるだろうが、フランス書院文庫や清水正二郎や宇能鴻一郎などになると、国会図書館クラスはともかく大学図書館、都立・区立図書館の類はほとんど無視黙殺しているのが現状ではないか。これでいいのだろうか? 大衆文学の研究のためにも?

船橋西図書館事件に関して「少し違った感想をもっている」とのこと。これはつくる会系の保守派の新しい著作を狙い撃ちするかのようにさっさと「除籍・廃棄」した愚鈍系事件であった。

「図書館がしてはならないことは言うまでもない」と宮田氏は指摘するが、廃棄されても、他の図書館から取り寄せることができるといったいささか珍奇な理由を提示しつつ(ほかの図書館の関係者も同じようなことをする可能性を想像はしないのだろうか?)「問題にすべきは、むしろ、購入されて開架に付されたものが、どのように書庫あげ(入り)されているかではないだろうか。開架にされていなければ、手にとって選ばれることもない」と断定している。

しかし、もう本は沢山出ており、開架で処理対応できるはずもない。またいくら開架しても、図書館なんだから借りられて読まれている本は「開架」には存在しないことがある。
著者も駆使しているパソコン検索でむしろ書庫の本も多々「選ばれることはいくらでもありうる」のではないか。出版社別にリストを出すこともできる。「共産主義」「性欲」等々、単語を入れたらいろいろと本を検索することも可能。
開架開架が大事という発想はいささか時代がかっているのではないか。やはり問題にすべきは除籍廃棄のほうではないか。

某図書館のようにハウツーもの本も分館にも揃えるということで複数冊購入することがある。こういう本が数年後に一冊のみ保存でいいからあとは廃棄除籍、住民への無料バザールへの出品などで「処理」することはよくあるだろう。そういう「除籍」はまだいいのかもしれない。しかし、筆者が保守系であろうが容共リベラル系であろうが、船橋事件に関してはもっと怒りの念を表明するのが当たり前ではないか? このあたり、やはり「朱筆」さんらしき論理のすり替えがあるなと思った次第。

あと、「ブック・レヴュー・ダイジェスト」なる雑誌がアメリカ文化センターなどから送られていたとか。そういえば、この前静岡の古本屋で『USIS映画目録1959』を購入したことがある。USISはアメリカ文化交流局(交換局?)の略称。

 雑誌形式の本だが、アメリカの宣伝映画のリスト集であった。アメリカ文化センターや日米文化センターなどに行けば、ここにあるリストの宣伝映画などを借りられるとのこと。ハンガリー「動乱」がらみで、 「苦悶するハンガリー」 (ソ連と戦う市民たち。11分)。 「国連ハンガリー特別委員会報告」 (11分。国連特別委員会が指摘した問題を視覚化したもの )、 「自由への舞踏」 (ハンガリーの若きダンサー夫妻の脱走。32分)などがある。 その他にも「赤の陰謀」(国内の共産主義者の暴力事件など)。
また「原子力平和利用シリーズ」映画も何本もある。

 1959年といえば昭和34年。こういう映画を見て、親米反共になった人もいるかもしれない。同じことはソ連や中共や北朝鮮もやっていた。朝鮮の宣伝映画を見て、民族差別や平和に目覚めた(?)人と、こういう反共映画を見て逆に目覚めた人……。いろいろとあっただろうが、結局は容共リベラルよりは反共リベラル的な価値観の方がまだマシだったという結果になるだろうか? ぱらぱらとめくるとそういう感慨が浮かんでくる小冊子だった。

ともあれ、そのほかにも、少し惚け掛けてきた家人が、大活字本を手にして少し良くなったとか…そのほか、ツタヤ運営の図書館の是非など、図書館がらみのさまざまな話題があり、いろいろと思案させられながら読了した次第。

僕は著者よりはまだ若いので、古本屋行脚ついでに、また妻が出かけついでに委託して、あちこちの図書館を放浪することも可能ではあるが、これからは視力も減退するし、脚力も衰えていく。電子書籍や電子図書館なども利用されるようになっていくかもしれない。
古本屋でも、65歳以上だと、近所なら買った本を無料で(?)配達してくれるところもあるそうな。スーパーも。需要と供給の関係が、さまざまな経済的合理性をもたらすようになるであろうか。

ところで、この本、こういう内容の本ということもあり、図書館で借りて読みました。

『みすず』(2014年1月&2月号予定?)の識者相手の読書アンケート特集号では、ザヴォドニーの『消えた将校たち  カチンの森虐殺事件』 (みすず書房)やノーマン・M・ネイマークの『スターリンのジェノサイド』 (みすず書房)を押さえて、宮田氏の本を推薦する人が多々でることでしょうか? ザヴォドニーの本はかつ読売新聞社から訳出されていたが、時事通信社や鏡浦書房から訳出されていておかしくない本であっただろう?(この項続く)。
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