古本虫がさまよう 護憲、改憲、廃憲…大事なのは護憲的改憲論か?
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小林節氏の『白熱講義! 日本国憲法改正』 (KKベストセラーズ)を読んだ。
この人、産経の正論執筆陣の一人でもあり、改憲派の法学部教授としては以前から少数派であった。その著書もかつて何冊か一読した記憶がある。 『憲法守って国滅ぶ』 (KKベストセラーズ)や渡部昇一氏との対談本『そろそろ憲法を変えてみようか』 (致知出版社)、平沢勝栄氏との対談本『憲法、危篤!』 (KKベストセラーズ)などである。

最近は96条の改憲条項緩和(国会議員三分の二を過半数に改正)に反対論を展開し、「護憲派」からエールが送られたりしている。
先の本を出した頃の論調と現在とで小林氏の見解は大きく変化したのか、さほど変化していないのか、全く微動だにしていないのかは未確認。

もっとも中央大学法学部教授の長尾一紘氏のように外国人参政権賛成から反対などのように憲法学者が学説などを変えることは稀にある。同じ中央大学法学部教授の橋本公亘氏(故人)も「わが旧著「憲法」を絶版にした理由 石橋・小林流「自衛隊違憲合法論」を斬る 」という論文を発表している(「諸君!」1984年12月号)。そこでも詳述していたが、自衛隊違憲説を改め、合憲説に転向している。


一方、小林氏と同じ産経正論執筆陣の日本大学教授の百地章氏は「96条改正反対論のウソを見抜け」(産経・5・28)の中で、小林氏の反対論などを名指しで批判もしている。
櫻井よしこ氏も産経(6・3)で、96条改正反対論者(岡本行夫氏、古賀誠氏が対象で、小林節氏は登場してこないが…)を批判している(岡本氏は、5・20の産経にて緩和論を批判しつつも、三分の二を五分の三にするのならいいけどといった趣旨だったと記憶している。ううむ、66%を60%にするのか…。それにしてもアメリカとて大統領の拒否権を覆すには上下両院の三分の二の賛成が必要なはずだが、そういうことはめったに起こらない。アメリカの改憲発議とて、日本のような総議員の三分の二ではなく、議会の定足数(過半数)の三分の二の賛成で発議可能とか。やはり日本のほうが厳しいし、アメリカ議会が大統領の拒否権を覆すことがマレなことを考えれば、96条にある種の政治的底意があると見るのは当然ではあろう)。

とはいえ、本書でも小林氏は9条の改正は必要だと指摘している。ただ、押し付けられたのは事実だとしても、それはそれで半世紀以上機能してきたのだから、無効とか廃憲とかいっても仕方ないという立場のようである。
このあたりへの反対論としては、兵頭二十八氏の『「日本国憲法」廃棄論 まがいものでない立憲君主制のために』 (草思社)や、小山常実氏の『「日本国憲法」無効論』 (草思社)、 『憲法無効論とはなにか占領憲法からの脱却』 (展転社)、菅原裕氏の『日本国憲法失効論』(国書刊行会)などが参考になる。石原慎太郎氏などの廃憲論などとも相通じるところが…。


無効・廃止論はともかくとして、憲法学者に自衛隊違憲説的な9条護憲論者がなぜ多いかという指摘の中で、要は教授が後継者を選ぶ時に、東大早稲田などが護憲派グループを構成しており、「人事のたびに事実上、踏み絵を踏まされて『君は憲法9条を守る立場かな?』などということがなされているはずだ」と小林氏は断定し、そのために憲法学者の中では9条護憲派が世間と異なり多数派になってしまうとのこと。なるほど。
慶応大学にはそうした護憲派的学閥がなく自由な立場で憲法論を展開できるとのこと。そして、ご自身は改正(改良)には賛成、改悪には反対という立場とのこと。

たしかに護憲的改憲論が一番大切であろう。9条改正絶対阻止(内心は天皇制度条項廃止?)の反憲法的護憲論こそ最悪の立場であろうか?

ともあれ、自民党の改憲案に対しても逐条的に賛成(〇)、反対(×)、保留(△)のコメントを付してもいる。これは大変参考になった。〇が29項目。×が11項目、△が7項目。国防軍の名称に関しても肯定している。

僕自身、国家意識は持っているが個人主義を大切にしたい人間なので(?)小林氏が指摘する×や△に関しては、若干異論もあるが、なるほどそりゃそうだと思うところもいくつかあった。

ちなみに、小林氏の本では名指しはしていないが、「ある著名な女性評論家」のある主張(憲法には権利ばかりで義務が少ない、だから国を愛する義務や家庭を大事にする義務を憲法に盛り込みましょう云々)を手厳しく批判して、これでは国民が国の主だということを放棄して「ご主人様、躾けてください!」と言っているようなもので、これではマゾだと批判している。ううむ? この「著名な女性評論家」は誰を指しているかは不明。もっとも伝えきくところによると、大学の憲法の授業では、「ある著名な女性評論家」をしばしば名指しで批判しているそうな。
誰だろう? あの人かな? マゾかな? むしろサドかも?

それはさておき、9条に関しては、佐瀬昌盛氏(防衛大学名誉教授)も産経(5・31)で「義務教育を終え、選挙権年齢に達した国民が読んで合格点を取れる程度に理解できる憲法。国防という重要事項につき手品まがいの憲法解釈を必要としない憲法」を作ることが念願だと綴っている。

9条に関して、自衛隊違憲説にならないような改正が望まれるのであって、改正したら戦争になるぞといった俗論の悪影響を受け、世論調査では新聞社によってはあたかも「護憲派」が多いような印象を受けることもある。だが、よく読むと、9条改正「反対」の護憲派という人だって、自衛隊は合憲と思う、日米安保は必要だと思うというのが多数派。ということは、自衛隊違憲説を否定する程度の改憲には賛成するだろう。
要は、9条は戦争放棄、戦力を持たないと定めており、日本が戦後戦争をせずに平和であり続けてきたことに9条が役立っていると思いますか、と枕詞をふんだんに使った上で聞いたりするとまぁ、役立ってはきただろうということで、〇をつけると「9条『平和に貢献』78%」と麗々しく報道されるのである(朝日新聞2007年5月3日付け紙面参照のこと)。

ところが、この世論調査でも、いまの自衛隊は憲法に違反しているか違反していないかと聞くと、「違反している」は23%、「違反していない」が60%になるのである。

さらにいまの憲法には自衛隊のことは書かれていない、自衛隊の存在を憲法の中に書く必要があるかどうかという質問には「書く必要がある」が56%、「書く必要はない」は31%となっている。「書く必要がある」というのは、自衛隊合憲になるように9条を改正することに賛成する可能性も高い人々であろう。ということは9条改正派は国民の支持を得ているということにもなろう。

ともあれ、先の小林氏の指摘にあったような単細胞的な9条護憲派の憲法学者による護憲一点張り本を読むのもいいが、違った憲法観の本を読むことも大事。また改憲派の中にも、小林氏のような人もいる。さまざまな主張を個々人が読み、自分自身の考えを持つことが肝要だろう。その点で参考になる憲法本といえば。 以下は再録。

 

長尾一紘氏の『日本国憲法 全訂第4版』 (世界思想社)を読んだ。
 著者は昭和17年生まれの中央大学法学部教授。かつては外国人参政権付与に関してリベラルな考えを表明していたが、その後、転向し、産経新聞や雑誌「ウイル」にもしばしば登場し、反対論を展開したことで知られる異色の憲法学者だ。中央大学法学部には、かつて(80年代)中道リベラル的立場から自衛隊合憲説に転向し、小林直樹氏などを手厳しく批判した橋本公亘氏( 『日本国憲法改訂版』有斐閣・故人)がいたが、その再来といえようか? 橋本氏などは、合憲説に転向したものだから、学内のコミュニストやそのシンパたちが「右折禁止の会」を作って批判していたものだが、長尾氏は大丈夫か?

 本書も冒頭から、杉本幹夫氏の『「植民地朝鮮」の研究』 (展転社)には「蒙を啓かれました」と絶賛している。また「戦後の憲法学には、国家の存在意義を軽視する傾向があった」「反日自虐の歴史観が国民の心を蝕み続けていますが、その影響は、憲法解釈にも及んでいるようです」と。

 内容的には「教科書」であるから、通説や判例を紹介しつつ概説的であるが、所々自説を展開もする。その内容も中庸というか保守的というのか、憲法学界の多数説から見れば「異端」になろうか。

 一読して、いままで好意的に読んできた政治・憲法学者――西修『日本国憲法成立過程の研究』 (成文社)、百地章氏『憲法の常識 常識の憲法』 (文春新書)、八木秀次氏『日本国憲法とは何か』 (PHP新書)、小林節氏『憲法守って国滅ぶ』 (KKベストセラーズ)、田上穣治氏『日本国憲法原論』 (青林書院新社)、大石義雄氏『日本国憲法概論』 (青林書院新社)、尾吹善人氏『憲法学者の空手チョップ』『憲法学者の大あくび』 (東京法経学院出版)、『寝ても覚めても憲法学者』 (フォラオ企画)、 『憲法徒然草』 (三嶺書房)、林修三氏『憲法の話』 (第一法規出版)、中川剛氏『憲法を読む』 (講談社現代新書)、 『日本国憲法への質問状』 (PHP研究所)、勝田吉太郎氏『平和憲法を疑う』 (講談社)、菅野喜八郎氏&小針司氏の『憲法思想研究回想』 (信山社)、井手成三氏『困った憲法困った解釈』 (時事通信社)、入江通雅氏『最新国際関係概説』 (嵯峨野書院)、 小山常実氏『「日本国憲法」無効論』 (草思社)…とほぼ同列と感じた。

 憲法制定時に関しても、「占領憲法」である事実を直視している。国際法にも違反しているとの指摘もある。ポツダム宣言を受諾したからといって、明治憲法の改正が絶対必要であったというわけではないとも指摘。GHQが作成したとしても憲法制定時の審議は自由だったというのは歴史の捏造だと反論もしている。衆議院憲法改正小委員会議事録が1995年に公開され、干渉の実態が明白になったと。松本草案が明治憲法の焼き直しにすぎないとの評価も事実誤認であり、乙案は大幅に改められており、その内容は英国憲法慣習に近いものであったという。

 こういうちゃんとした指摘をする憲法学者は今でも少数派であろう。単細胞的な護憲派学者はそうした事実を歪曲してなかったものとみなそうと必死であるからだ。残念ながら東大や早稲田の憲法学の教授にはそういう学者が少なくない。また、護憲、護憲といいながら、9条以前の条文は消したい、変えたいと思っている人も少なくない。だから最近は護憲と言わず、9条を護れとしか言わなくなった人もいる。こういうトリックには要注意だろう。

 天皇制度にしても、日本は君主国家、天皇は元首であると見ている。皇位継承は男系主義であり、女系天皇の導入はこの伝統に反するがゆえに「違憲である」と認定している。
政教分離も教育関係については厳しい基準が必要とされるが、その他の分野については緩い基準でいいということで、靖国神社への玉串料奉納、公式参拝は合憲とされるとしている。外国人参政権問題に関してはもはや言うまでもない。

 こまかい点は若干異論なきにしもあらずだが、「困った憲法」を「困った解釈」で捩じ曲げようとする憲法学者の本に較べると、「困った憲法」でも「正しい解釈」で見ようとしていて、スッキリしていて頭に入りやすい本である。

 僕が学生時代の頃のテキストだったハードカバーの箱入りの分厚い憲法書に比べて、長尾氏の本は並製で300ページちょっと。手頃であるだけでなく、内容的にも極めて常識的で論理的である。今後、大学一、二年レベルの教養憲法、日本国憲法論、憲法学はこの本で学ぶのがスタンダードになるべきだろう。

 憲法を学ぶ上で、少なくとも日本国憲法の基本原則とやらが、国民主権、基本的人権の尊重は当然としても、戦争の放棄がそうだなどと単純には言わないことだ。侵略戦争の放棄、平和外交の推進は当然ではあるが、また象徴天皇制度も憲法の基本原則として銘打つべきなのに、これは消滅させたいと思っている憲法学者が少なくないせいか、基本原則と明示しないのはおかしい。これこそ、日本独特の原則ではないか。

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