古本虫がさまよう 政党移動の激しい、変わり身の早い小沢一郎は「日本のチャーチル」だった?
2017 08 / 07 last month≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09 next month












ポール・ジョンソンの『チャーチル 不屈のリーダーシップ』 (日経BP社) を読んだ。彼には『インテレクチュアルズ』『現代史』 (共同通信社)など分厚い本が多い。『インテレクチュアルズ』などは講談社学術文庫に収録もされたが、抄訳版になっているぐらい。単行本の『ユダヤ人の歴史』 (徳間書店)は上下二巻本だし、『アメリカ人の歴史』は①②③と三巻本だ。
その点、『チャーチル』は薄い。38字×14行で、320頁ぐらい(その中で、「訳者あとがき」&野中郁次郎氏の「解説」が60頁もあるから、ジョンソンの本文は正味260頁ぐらい)。

だからというわけではないが、積んどくすることもなく一気呵成に読了できた。

中学生の時にチャーチルの自叙伝である『わが青春記』 (旺文社文庫)を読んだ記憶がある。また子ども向けの戦史本(太平洋戦争)を小学生のころ読んで、シンガポールで英軍をやっつけ、英国海軍の虎の子のプリンスオブウェールズとレパルスをあっという間に航空兵力で撃沈し、チャーチルが『回顧録』にも書いている通りに、衝撃を覚えてがっくりときているといった記述を読んで、ザマーミロ、アジアからとっとと出ていけニミッツ、マッカーサー&チャーチルめと思ったものである。
そして、日本軍が英軍を東南アジアで蹴散らし、逃げていくのに忙しい英軍が残した食料などを、ありがたく日本兵士が「チャーチル支給」だといってパクツク記述などを見ては、ハハハと笑っていたものだ。純朴&純真な小・中学生時代?

本書でも、ナチスドイツへの警戒は強かったものの、日英同盟も途中まであり、日本軍を過小評価していたチャーチルのミスが指摘もされている。

「われわれが生きている間にその可能性(注・戦争)がわずかでもあるとは考えない。日本は同盟国である。太平洋はワシントン条約によって安定している。…日本は世界の反対側にある。どのような意味でもわが国にとって決定的な安全保障上の権益に脅威を与えることはできない。わが国と戦う理由はない。日本との戦争の可能性は理性的な政府が考慮しなければならないことではない」

1924年の財務相時に、ボールドウィンに宛てた書簡の一節ではあるが…。大きな判断ミスを犯した。


「1942年前半は、チャーチルにとって戦争中で最悪の時期であった」「最新鋭戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋艦レパルスを、上空援護機をつけることなく出動させたために日本軍に撃沈されてほぼ全員が戦死し、シンガポールが陥落すると、日本の力と敵意を過小評価していたとして、みずからの責任を痛切に感じている。北アフリカでも悲惨な後退があった」

チャーチルは落選も何度か経験している。戦争末期には総選挙でも負けて野党に転落。その後、再び首相に返り咲いてもいる。政党も保守党や自由党など行き来している。新党を結成しようとしたこともあった。

ちなみに保守党、自由党、連立派、立憲派、挙国一致派、国民保守党といったふうに六政党・会派の所属にて下院で立候補した経験がチャーチルにはあるという。
また、1922年の当時、チャーチルは「アスキス派に率いられた自由党も、ロイド・ジョージ派自由党も、労働党も、保守党も、いずれもチャーチルを嫌い、信用していなかった」という。四面楚歌だったのだ?

どこかにも似た政治家がいた? 小沢一郎は? 自民党、新生党、新進党、自由党、民主党、生活の党…。自民と連立したり離れたり…。おお、チャーチルと並ぶ政党遍歴があるではないか? そして「(推定)無罪」にもなったものの胡散臭い存在として、政界からは共産党以上に嫌われている?
そうか、小沢一郎は「日本のチャーチル」だったのか? まさかね? チャーチルは危険な戦場に向かったが、危険な原発から避難するのに躍起となった政治家とでは比較のしようもない…?

しかし、チャーチルの政治的信念は、実は一貫して「自由党」だったという貴重な「証言」が本書で紹介もされている。そうか…なるほど。やはり! 思想的ルーツはある年齢の時に形成したものが終生残るのか? だから進歩的文化人や民青出身者たちは危険なのか? いやいやネオコンだって元を辿れば…?

またチャーチル夫妻はどちらも浮気をしなかったという。なるほど、さすが、やはり。
全精力を政治に費やし、「不倫の恋に神経を使い、心が乱れることがなかった」とのこと。
浮気、風俗に、いい歳してはまる昨今の政治家を想起すると、見習うべきか?

チャーチルは死刑廃止論者ではなかったが、内相時代、死刑を終身刑に減刑することが多かったという。ヒューマニストでもあった?

とはいえ、ロシア革命勃発の時、チャーチルは陸相として、より多くの軍隊を革命政権転覆のために派遣しようとした。

「この介入が成功していれば、二千万人を超えるロシア人が餓死し、殺され、強制収容所で死ぬことはなかっただろう。ボルシェビキがつぶされていれば、ムッソリーニがイタリアで政権を握ったとは考えにくいし、まして、ヒトラーがドイツで政権を握ったとは考えられない。勝利で勢いづく共産主義と攻撃的なファシズムがなければ、第一次世界大戦後の世界はどうなっていただろう」とジョンソンは記している。

ふと、過剰攻撃とみなされても、フセインをあの時、ブッシュが叩いたことは正解だったかもしれないと思ったりする。
そして90年代、クリントンが北朝鮮を叩いていれば、「北朝鮮で数百万人を超える朝鮮人が餓死し、殺され、強制収容所で死ぬことはなかっただろう」に…。
天安門事件以降、日本があれほど速やかに中共を支援し、天皇を訪中させなければ、中国共産党の一党支配はなくなっていたかもしれない…。

歴史的想像力のない政治家が、国政、国際政治を運営したがために、非民主的な政治空間が長期間維持されることになってしまったというべきだろう。
レーガンはSDIをはじめ「理想」をもって現実的にソ連に対抗し、ソ連東欧の「鉄のカーテン」を崩壊させた。チャーチルと比すべき政治家はやはり小沢一郎ではなくレーガンであろう。

ナチスドイツが第一の敵となれば、第二の敵だったソ連とも手を結ぶ。しかし、戦争末期のルーズベルトの容共リベラル路線には切歯扼腕。辛うじてギリシヤに派兵し、そこを自由世界圏として辛うじて確保はするが…。

戦後はいち早く「鉄のカーテン」演説でソ連を敵視し警戒を呼び掛ける。
そういえば、この「鉄のカーテン」演説のフルテキストを日本語で読もうとしても、なかなか読めなかったものだ。なかには、英文翻訳関連出版社には左翼系が多いために、この素晴らしい内容の演説を日本国民が読むと反共リベラルに目覚めて拙いからあえて紹介しないんだという俗説もあったぐらいだ。


しかし、最近になって井上一馬氏編の『後世に伝える言葉』 (小学館)に全文が収録され、読むことが可能になった(チャ-チルの演説のほか、レーガンの「悪の帝国」批判演説やフルシチョフのスターリン批判演説などが紹介されている)。

以前、「鉄のカーテン」演説を一読したが、素晴らしい先見性と予見というしかない。歴史的想像力を持った政治家として、さまざまな失敗や間違いもあったにせよ、やはり傑出した政治家であったといえよう。

絵筆の心得もあり、文筆家でもあった。生活費や政治活動費を稼ぐためにもせっせと戦記ルポなども書いていたという。軍人として前線にも参入している。ノーベル平和賞ではなくノーベル文学賞を受賞もしている。 『描く楽しさ』 (美術出版社)という本もあるようだ(未見未読)。

優等生だったわけでもなく成績も悪かったという(さらなる共感!?)。オーウェルでも行けた(?)イートンにも入れず、ハロー校に行ったものの、そこでも劣等生のクラスだったという。士官学校には何とか進めて、そこではそこそこの成績だったとのこと。

そして、インドに派遣された時、「インドでは軍隊の勤務は朝早くからはじまるが、気温が上がる昼間には長い休憩時間がある。ほとんどの将校は昼寝に使ったが、チャーチルは違っていた。読書に使ったのである。トマス・マコーリーの『イングランド史』とギボンの『ローマ帝国衰亡史』はむさぼり読んだ」「また、ウィンウッド・リードの宗教批判書、『人類の殉教』を読み、生涯にわたって自由思想を信奉し、組織宗教を批判するようになった(ただし、外見上はつねに国教会の権威に従う姿勢をとり、無神論者のレッテルを貼られて政治的に打撃を受けないようにした)。読む価値のある本は入手できればすべて読み、読んだものは忘れることがなかった。それでもつねに知識が不足していると感じており、必読書を勧められればかならず読んで、知識の穴を埋めようと努力した」という。

組織宗教が嫌いだった点も同感!ただ、僕などは 「読んだものは忘れるばかり」だ。また読む本もハイド本も多い。そこがチャーチルと僕との違いで、彼の偉大なところか?

また戦争好き、戦争屋というわけではなく、「あくまで現実的であり、戦争が起こることを理解し、どれほど悲惨であっても、勝利を収める方が敗北するより好ましいことを認識していた」だけであると。

30年代の英国には空想的平和主義が跋扈し、非武装になって国際連盟に安全を委ねようといった運動なども見られたが、チャーチルは勿論それには抵抗もしている。労働党のアトリーは1933年12月21日の下院で「われわれは断固として、いかなる再軍備化にも反対する」と述べていた。リベラルなオーウェルにさえ、当時の労働党の国防政策はバカにされ揶揄されていた時代でもある。

1943年7月~ドイツ・ハンブルグなどに大空爆を行い、一般住民にも多くの被害を与えたことは批判もされたが、その防空体制をドイツ側が維持するために戦闘機部隊をソ連戦線に回せなくなったという。
そのために「東部戦線でドイツ軍が制空権を失い地上戦で敗北する主因にもなった。ナチスドイツを倒したのは実際にはソ連だと主張する人たちは、この事実を忘れていることが多い。チャーチルが主導した空爆作戦がなければ、東部戦線は膠着状態になっていただろう」「ドイツを攻撃するにあたっては、人道への配慮でためらうことはなかった」「原子爆弾が間に合っていれば、チャーチルはドイツに対して使っただろうか。間違いなく使っただろう」とのこと。戦争とはそういうものだ。黄色人種相手だったから原爆を投下したという俗説があるが、ドイツに使いたくても開発の前に降伏したのだから使いようがない。これは年表的事実である。

バトルオブブリテンでは英空軍がドイツの攻撃を凌いだが「戦争の歴史のなかで、かくも少数の人の活躍で、かくも多くの人々が、かくも大きな恩恵を受けたことはなかった」とチャーチルは公式に賞している。
ただ、「かくも少数の人」とは空軍パイロットのみならず、ドイツ軍の暗号解読をしていた人々にむしろ与えられるべき言葉であり、チャーチルの含意も本心はそこにあったことであろう。

エニグマなどの解読の事実は近年さまざまな歴史書で明らかになってきている。ドイツ潜水艦などに対処する上でも、そうした暗号解読が重要な役割を果たしていたようだ。
エニグマの情報に基づいて、ドイツのソ連侵攻の可能性をスターリンに指摘しても聞く耳を持たなかった史実もジョンソンの本では紹介もされている。
また、チャーチルの回顧録ではエニグマなどはあまり触れられていないとジョンソンも指摘している。執筆刊行当時は当然「トップシークレット」だったからそうなるのだろう。

シーバッグ=モンティフィオーリ,ヒューの『エニグマ・コード 史上最大の暗合戦』 (中欧公論新社)やマイケル・パターソンの『エニグマ・コードを解読せよ』 (原書房)などが、今日「暗号解読の効果」に関してかなり進んだ見解を提示している(ようだ。積んどくしているので未確認?)。

そういえば、解読で従来有名なのはコベントリーの逸話。ドイツ空軍がコベントリーを空爆するのを解読して知っていたにもかかわらず、その解読の事実を悟られないためにあえて空爆させたというもの。これにはナイジェル・ウエストの『スパイ伝説 出来すぎた証言』 (原書房)のような反論もあったと記憶している。あとコベントリーといえば、ふふふ? 以前、フィリップ・カー=ゴムの『「裸」の文化史』 (河出書房新社)を紹介した時にも触れたが、ピーピング・トムこと覗き屋トムの物語があるところでもある。

ともあれ、歴史認識や歴史論争にしても、チャーチルのような読書家の政治家でないと、巧みに乗り切ることは困難であろう。単なるつぶやきではなく、本欄でも触れたように、朝日のあの本、岩波のあの本、読んでご覧、日本じゃなくソ連や中共がレイプ国家だと証明されているよ、しかも戦時中ではなく、戦後の「平和」の時代に、そんなことをした野蛮さと考えてごらん、ナチスやスターリンのような強制収容所なんかやっていないんだから…と。責任ある政治家が、出典を明らかにして、持論を展開するのと、単なる新聞見出しに悪用されるつぶやきをするのとでは、同じ趣旨の発言をしても説得力はおおいに異なるであろう。

その意味でも、ポール・ジョンソンの『チャーチル』、参考になる本だ。
スポンサーサイト
 | 自叙伝  | TB(0)  | CM(0) | Page Top↑
Secret




TrackBack URL
→http://kesutora.blog103.fc2.com/tb.php/1106-25a03215

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

カテゴリ