古本虫がさまよう 「鎌倉夫人」と「朝日夫人」の屈折した愛憎とは
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一昨夜から読み始めた立原正秋の『鎌倉夫人』 (角川文庫)を読了。昭和40年~41年にかけて週刊新潮に連載された小説だそうな。文庫の刊行は昭和56年。一昔前の鎌倉を舞台にした愛欲小説。
医院経営の医者(父)は、後妻に年下の水商売上がりの女性をもらっていたが死亡。その娘(千鶴子)はあとを引き継ぐが、婿養子に医者だった男と結婚していた。しかし、その男は若い義母(父の後妻)と公然と密通する。
同じ家の中で、妻と妾が一緒に住むという異常事態の中、千鶴子はプレイボーイ的な従兄(能勢広行)の力を借りて、夫と義母を排除しようとする…。その手段とは…。ちなみにその医院ではライオンを二頭飼っていて、ライオン医院といわれていた…。

その従兄はフェルマーの定理の証明に躍起となっている数学愛好家であり、女にブラジャーをつけさせたまま交わるという妙なクセがあったという。「女を全裸にすると興を殺がれる」からであり、「枕もとにブランデーと煙草をおき、それを交互にのみながらひとやすみしては、また交わる」とのこと。
そんな従兄の求愛をかつては断り、婿養子とのセックスの快楽に身をまかせ、義母との浮気を知ったあとも性交は続く千鶴子だったが…といったお話。

書名である「鎌倉夫人」とは、千鶴子のことであるが、義母や千鶴子の妹などもある種、関係者としてイメージが重ならないでもない。とはいえ、千鶴子を軸にして読むというよりは、僕は男なので、どちらかといえば従兄の生き方の方に共感を抱きつつ一読した次第。

ともあれ、前便にて指摘したように、この文庫本、活字も小さく(8ポ43字×17行)、夜読むときはちょっと苦労したが、朝の自然光の中で読む分にはさほど目の負担にはならなかった。

引き続き、昨日まで読みかけだった小川哲生氏の『生涯一編集者』 (言視舎)を読了。小川氏は1946年生まれ、大和書房、宝島社、洋泉社などで主に硬派の単行本の編集に従事した人である。彼の『わたしはこんな本を作ってきた 編集者=小川哲生の本』 (言視舎)を以前紹介したことがある(先ずは一部再録)


少し前に「大波小波」 (東京新聞夕刊)で紹介されていた私家版の本が刊行された。読みたいなと思ったものの私家版では無理かと嘆じていたら、村瀬学氏編・小川哲生氏著の『わたしはこんな本を作ってきた 編集者=小川哲生の本』 (言視舎)という形で世に出たのである。
これは、大和書房を皮切りにJICC出版局(宝島社)、洋泉社で一貫して書籍編集者として本を作り続けてきた小川氏の書籍リリースをまとめた一冊だ。時々古本屋で本を購入すると、そういう書籍リリースや「著者謹呈」「乞うご高評」などのしおりが付着していることがある。本を書評用依頼などでもらった出版社などから古本屋に流れたのであろう。たまたま実家で古本などを鋭意整理していたら、偶然、ある本の中に、この小川氏のリリースが挟まっているのを発見した。A4サイズ一枚に横書きでコンパクトにまとめられていた。もちろん、モノクロ。ケバケバしくカラー印刷で書かれる書籍リリースとは違ってシンプルだ。
大和書房時代に作った本はリストだけで、書籍リリースはJICC出版局以降のものが収録されているとのこと。大和時代を含めると40年間の編集者時代に400冊近く担当してきたようだ。担当者であるから当然、書評と違って(書評も原則ほめるであろうが)、読み所を中心に解説し、推奨している。教育問題などを中心に読んだ覚えのあるものも何十冊かあった。

小川氏は本書冒頭(はじめに)で、見本が出来たその日にこうしたリリースを必ず書くことにしていたという。また、どんなに遅くまで酒を飲んでも、次の日には決して遅刻をしないことをモットーにしていたとのこと。「サラリーマン編集者と馬鹿にするよりも、サラリーマンに徹すること、それをしてはじめて編集者じゃないか。観念的な編集者像なんぞ壊してしまえ、と妻に言われ……」と。そして草思社が新刊を出す度に、詳しい内容紹介を配布していたのを見て「なんてすごいことをやるもんだ」と感嘆し、「ひとりでやるしかない。それをやってはじめて編集者ではないか」と思って、こういうリリースを書き出したという。

「編集者の自己表現としての文章なら、そう意味はない。そういう個人的な事情よりも大切なことがある。それは、一個の編集者が、著者の思いにいかに伴走するかである。つまり、ここでは自分の思いのたけを述べるよりも、著者がどんな思いで、この本に向かい合ったかを書くことにより、すこしでも書評に取り上げてもらう材料を提供すること、その結果、取り上げてもらったら最上ではないか。そういうことを目指そうとしたものである」

そう言えば、草思社のリリースが挟まっている本も実家で発見したことがある。同じくA4サイズでこちらは縦書き、しかも表裏びっしり。時には二枚になっていることも。
一般読者にはそうした編集者のメッセージは届かなかったかもしれないが、こういう形で届くのは編集者冥利につきるだろう。見本が出来たその日に書いていたら無理かもしれないが、こういうメッセージを本の中に収録するという手もあったのかもしれない。編集者はファーストリーダーだし、誰よりも早く「書評」をすることが可能だから。
この本には付録として小川氏に本を担当してもらった筆者たちが寄せたコメントがミニ冊子として収録されている。こんな形でというか、書評依頼と同じく紙一枚挿入するという手もあったのかもしれない。奥付裏一頁に印刷するという手もあるのかも。読んでいて、ふとそう感じた次第。

ついでにというと変ではあるが関連書を一冊紹介。
以前、川辺秀美氏の『カリスマ編集者の「読む技術」』 (洋泉社・新書)を読んだ。これは小川氏の担当ではなかったようだ? 著者はマスコミ関連の仕事をして、ベストセラーを生み出した編集者。その編集体験から読書の大切さなどを論じている。
月二万円は本代に使え、図書館のタダ本はだめ、懐を傷めないといけない、図書館の本の選択基準はベストセラー中心でダメとのこと。そして読みおえた本は古本屋に売っているとのこと。手元にどうしても残しておくべきような本は千冊に数冊あるかないかだからと。もっともであるが……。



今回の本では、渡辺京二氏や吉本隆明への思いなどが綴られてもいる。彼らの本を出したくて…。それ以外の著者へも出版企画の思いを先ずは手紙で伝えたりしていたそうで、その原文なども紹介されている。
また活字の大きさに関して、8ポではなく9ポの大きさも一部高齢読者にとっては小さく感じられるようになってきて、それを10ポにするにあたって、1頁の活字量を減らさないためにどうすべきか思案したこともあったそうな。

吉本氏が死去した時の「追悼文」の中で、朝日に載った姜尚女氏のモノは「かなりひどいシロモノ」であったという。その理由は本書を読んでもらうとして、なるほどねぇ、姜サンならではのひねくれたバランスを取る筆致だったんだろうと感得もした次第であった。
ちなみに、小川氏によると、朝日は、いっときまで、吉本氏の新刊書を一切無視して書評に取り上げないでいたとのこと。姜サンの追悼文とやらは、そんな朝日の吉本評価への思惑を汲んでいるのではないかと感じさせもするかのようである。

吉本氏の丸山論などを読んで教祖にひれ伏す信徒となりしも、やがて欲望自然主義や転向論や原発発言などに反感を抱いて吉本氏の本を読まなくなった姜氏の感性は僕には理解不能。といっても、僕とて『「反核」異論』 (深夜叢書社)以降、少し吉本氏の本を読み、オウム肯定論(?)などには違和感を覚えた程度の読者でしかないが…。

従順と抵抗の「鎌倉夫人」同様、姜氏も所詮は「朝日夫人」的筆致でしかなかったのか?

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