古本虫がさまよう 2017年08月08日
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書痴といえば、渡部昇一、紀田順一郎、斎藤昌三、鹿島茂…… 我、古女房より古本を愛す—はいつ刊行になるのか?
(2017・8・8・火曜日)






紀田順一郎氏の『蔵書一代  なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか』 (松籟社)を読んだ。

内容紹介→やむをえない事情から3万冊超の蔵書を手放した著者。自らの半身をもぎとられたような痛恨の蔵書処分を契機に、「蔵書とは何か」という命題に改めて取り組んだ。近代日本の出版史・読書文化を振り返りながら、「蔵書」の意義と可能性、その限界を探る。

首都圏から岡山に引っ越しされ、蔵書の置き場にも困らなくなったのではないかと思っていたが、いろいろとあって、首都圏に戻り、蔵書三万冊を「生前整理」。蔵書を載せたトラックが去っていくのを見て―――。

「その瞬間、私は足下が何か柔らかな、マシュマロのような頼りのないものに変貌したような錯覚を覚え、気がついた時には、アスファルトの路上に俯せに倒れ込んでいた。『どうなさったんですか? 大丈夫ですか?』 居合わせた近所の主婦が、大声で叫びながら駆け寄ってくる。『いや、何でもありません。ただ、ちょっと転んだだけなんです』 私はあわてて立ち上がろうとしたが、不様にも再び転倒してしまった。後で聞くと、グニャリと倒れたそうである。小柄な老妻の、めっきり痩せた肩に意気地なくすがりつきながら、私は懸命に主なき家へと階段をのぼった」

――といったことがあったそうな。

感動的(?)な、蔵書との別離のシーンである。我が身にもそういう事態がやってくるだろうか…。古女房、老妻は痩身ではなく太め、太身故に「太っ腹にすがりつきながら…」転倒せずに済むことになることだろうか?

僕も18歳の時に上京し、神保町をはじめとする古本屋、古本市に出かけるようになってちょうど丸40年。一日一冊本を読んできたが、一日二冊は本を購入していたかと? 年間700冊。いや1000冊近く購入していた時期も。
700冊×40年だと、ざっと3万冊? そこそこ処分もしたし、近年は図書館を利用することも増え、「増書」のスペースは低下。近年の出版界の売上げ、右肩下がりと同じ傾向が…?

もちろん、「蔵書」といっても、文庫・新書などが多く、雑本中心。箱入りのナントカ全集本なんて『河合栄治郎全集』 (社会思想社)や『千草忠夫選集(1)(2)』 (ベストセラーズ)や『古川ロッパ昭和日記』 (晶文社)ぐらいだから、スペースも省力化されてはいただろうが…。

ちなみに、紀田氏の「読書」に関する本は大概読んできた。

『現代人の読書』 (三一新書)、 『読書の整理学』 ( 朝日文庫)、『読書戦争-知的生産を守るために』(三一新書)、『古書街を歩く』 (新潮選書・福武文庫)、『読書人の周辺』 (実業之日本社)、『四季芳書 読書人の日常』 (実業之日本社)、『二十世紀を騒がせた本』 (新潮選書)、『私の神保町』 (晶文社)、『書林探訪 古書から読む現代』 (松籟社)、『横浜少年物語 歳月と読書』 (文藝春秋)……。読んでいる本のレベルがぜんぜん違うけど、本を読むのが楽しいというか、サラリーマン時代に、昼休みに必死になって読書に励んでいた思い出を綴っていたかとも…。見習わなくてはと思ったものだ。

紀田氏は、本書の末尾で久しぶりに神保町を訪れた日のことを、こう書いている。

「この本を書き終えるにあたって、私は久しぶりに神田神保町に出かけてみた。全蔵書を処分して体調をくずして以来、一年以上を経ていた。三省堂書店の付近から、靖国通りに沿った古書街を歩きながら、傍らのウィンドーを覗くと、『ヘミングウェイ全集』の揃い(赤表紙十一冊)が目に入ったので、思わず近寄ろうとしたが、『待て、おまえはもう本は買えないんだぞ』という囁き声が聞こえたように思えて、力なくその場を離れた」

ああ…。そういう日が、紀田さんのような「読書・蒐集の達人」にも訪れるのだ…。勃起しなくなった日のように? 

そのほか、テレビで見たという、ある古本屋店主との会話の一節として、秋の古本祭りに、地方からの高齢の愛書家がやってきてくれているそうで、「ありがたいですね。若い人も来てくれると、いいんですが」というのがあったとも紹介されている。

しかし、本欄で毎年指摘しているが、神保町の秋の古本祭など、 「雨対策ゼロ」 (雨が降って「青空会場」の古本市が「中止」になっても、屋内の古本市会場をもう少し増やして整備していればいいのになんにもしない。それどころか、午前中雨だと午後から晴れても青空会場は「晴天中止」なんてことも平然とやっているのは、開催中の日時を選べない地方客を無視した暴挙!)なんだから、本当にそう思っているのかどうかは疑問?  そういう官僚主義的なことをやっていたら、地方客からもそのうち見離されることになるだろうに。古書会館の二階や駐車場をもう少し有効活用するとか…。

ともあれ、神田の東京古書会館で、紀田氏をお見かけしたこともあったが、もう10年以上昔のこと……。古書会館には、杖をついたり、車椅子の人も時折見かける。元気に古本屋街を散策できるのも、あと二十年程度か?

紀田氏の本の中では、先に亡くなった蔵書家の仲間たち---渡部昇一、草森紳一、山口昌男…への言及もある。そのほか、大学研究者などの蔵書が、図書館などへの寄贈もままならず散逸していることを慨嘆もしている…。

まぁ、我が家も「反共リベラル本」&「大衆ポルノ小説」などは、ちょっとした「蔵書」といえるかもしれないが、微々たるものというしかない。家人が処分する時には困る? 段ボール箱に入れてしまうと、もう、どうにもならなくなるという指摘もあった (「いまさら気がついたのではないが、およそ本というものは段ボール箱に詰めたらおしまいなのだ」)。 同感。我が家もところどころそうなりつつある。冷蔵庫の先とか、寝室の隅とか…。くつ箱にも靴がなくて、本があふれている。食器棚にも食器がなく本が。要はすべて「本棚の家」となりしか?

ともあれ、岡山に転居したばかりの時は、紀田夫人は「あなたが死んでも、この本をあなたと思って、守っていてあげるからね」と言われたとのこと。当時紀田さんは還暦すぎたばかり。まだ若かった。感涙したそうな?

やがて岡山からいったん横浜の家に戻るとなると、 「いつまでこんな家にいられると思うの」「いくつだと思っているの? 私は本なんかと心中するつもりはありません。一人でも施設にいきます」と。

「いまや女房どのは十年前に発した決意など、すっかり忘れ、終活まっただ中の険しい表情で、断案をくだすのだった」と。どっかの政治家も9条の部分的修正に賛成していたくせに、反安倍ブームに乗って、前言訂正して「護憲」ぶっている人もいる。信念なき政治家には困ったものだが、古本の重圧に苦しむ「夫人」たちには同情の念も?

紀田さんの場合、そうした「蔵書」が「収入」をもたらすものだったから、奥様もまだ一時的にせよ「許容」もしただろうが…。僕の場合の「蔵書」は「収入」とは特に直結もしない趣味のモノであり、古女房の怒りはいささか限界を越えつつあるわけだ。
鹿島茂氏の『子供より古書が大事と思いたい』 (文春文庫)は書名からしても名著? 『古女房より古本が大事と思いたい』に改題するともっといい?

引き続き、川村伸秀氏の『斎藤昌三 書痴の肖像』 (晶文社)を拾い読み。

内容紹介→明治・大正・昭和を生きた斯くも面白き出版人!
風変わりな造本でいまなお書物愛好家を魅了し続けている〝書物展望社本〟――その仕掛け人・斎藤昌三の人物像と彼をめぐる荷風、魯庵、茂吉、吉野作造、梅原北明ら書痴や畸人たちとの交流を描き出し、日本の知られざる文学史・出版史・趣味の歴史に迫った画期的労作。今では貴重な傑作装幀本の数々をカラー頁を設けて紹介。詳細な年譜・著作目録も付す。
大正・昭和の書物文化興隆期に、奇抜な造本で書物愛好家たち垂涎の書籍を作り上げたことで知られている書物展望社。その社主であり、自らも編集者・書誌学者・蔵票研究家・民俗学者・俳人・郷土史家と多彩な顔を持っていた斎藤昌三(一八八七‐一九六一)の足跡を丹念に調べ直し、その人物像と同時代の作家・学者・画家・趣味人たちとの交友とを鮮やかに描き出した画期的な労作。今では貴重な傑作装幀本の数々をカラー頁を設けて紹介。詳細な年譜・著作目録も付す。


以前、八木福次郎氏の『書痴斎藤昌三と書物展望社 』 (平凡社)を手にしたこともあったかと。斎藤氏の本は『三十六人の好色家 性研究家列伝』 ( 創芸社)を拾い読みした程度。

ともあれ、書痴と呼ばれる人たちの生態を垣間見ることができる一冊(のようだ)。ぱらぱらと拾い読みにて…。熟読する暇はなく……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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