古本虫がさまよう 2017年08月01日
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重厚長大・高価格本の、この十冊を夏休み(八月中)に読破せよ!?――と言われたらどうする? それにつけても北朝鮮に憑かれた進歩的文化人たちの甘言には唖然!
(2017・8・1・火曜日)





気がつけば8月ではないか。世間は、夏休みの季節では? こちらは、毎朝夜明け前に(いまの季節、夜明けは午前4時半前後かな?)早起きしては仕事の書類を読みこなす日々。積んどく本はたまる一方だが、来週は3連休もあるし、なんとか重厚長大な本を読まなければ…と。

ということで、毎回、春休みや冬休みや夏休み前に「読書計画表」を作っているのだが…。

この夏、読むべき重厚長大(&高価格)本(原則として活字ギッシリで400頁を超える本。まれにそれだけの頁数がなくとも、タイトルからして難しそう(?)な本や、お値段が5000円超える)のリスト10冊は以下の通り。少なくとも8月一杯でこの本十冊は読み終えることを目標にしたい……ものだが。

①本澤信宏氏の『全裸監督 村西とおる伝』 (太田出版)
②川村伸秀氏の『斎藤昌三 書痴の肖像』 (晶文社)
③ウェンディ・ブラウンの『いかにして民主主義は失われていくのか 新自由主義の見えざる攻撃』 (みすず書房)
④クロード・ルフォールの『民主主義の発明 全体主義の限界』 (勁草書房)
⑤スコット・セーガン&ケネス・ウォルツの『核兵器の拡散 終わりなき論争』 (勁草書房)
⑥吉岡栄一氏の『開高健の文学世界 交錯するオーウェルの影』 (アルファベータブックス)
⑦⑧ヘンリー・L.スティムソンの『ヘンリー・スティムソン回顧録上下』 (国書刊行会)
⑨ヴィクター・セベスチェンの『東欧革命1989:ソ連帝国の崩壊』 (白水社)
⑩伊藤亜人氏の『北朝鮮人民の生活』 (弘文堂)


ともあれ、昨日(2017・7・31)の東京新聞朝刊に掲載されたジャーナリスト(浅野健一氏)の北朝鮮訪問を伝える記事には笑った。見出しは「スマホいじる若者平穏な空気」「1回目のICBM発射後 浅野健一氏が見た北朝鮮は…」等々。


「(出迎えの関係者が「皆さんは歴史的な日に来た。これで米国はわが国に先制攻撃できなくなった」と語るのをみて)「自信満々の笑顔が印象に残った」とのことで、「スマホをいじる中学生やカラフルな日傘を差す女性の姿も見られた」と報じている。

浅野氏曰く----
「北朝鮮はたしかに人権侵害などの問題はあるが、隣国の日本が何もしなければ、ますます閉鎖的になるだろう。首相も『サリンを弾頭に付けて着弾させる能力がある可能性がある』などと危機をあおるのではなく対話の道を探るべきだ」
「日本との国交も正常化すれば、民主化の流れが進むだろう。そうなれば金正恩体制も自然と変わらざるを得なくなり、軟化する可能性もある」


そのほか、北朝鮮当局者の、尊大な一方的なコメント(「日本は植民地支配の歴史的清算をしないまま、わが共和国が打ち上げた衛星について騒ぎ立て、言い掛かり的な制裁措置を取っている」「制裁措置が解除されて初めて、対話の条件が整う」)や、博物館の女性ガイドの「人民たちに数え切れない苦痛を与えた日本政府には良い感情を抱けないが、平和的な日本国民に反感はない」といったワンパターンの言葉を紹介している。

何の批判的な視点もないままの垂れ流し報道。やれやれ?

おかしな記事を読んだあとは、まずは伊藤亜人氏の『北朝鮮人民の生活』を読もうか。

内容紹介→ニュースには現れない北朝鮮の「見えない人びと」はいったいどのように暮らしているか。その疑問に果敢に挑んだのが50年近く韓国研究に打ち込む文化人類学者。フィールドワークが出来ない北朝鮮で人類学的研究をするために取った方法は、脱北者に自らの「北」での経験を綴らせた手記をフィールドノートの代わりにすること。その数は450編に及んだ。国際政治で話題に上がる割に内部の状況が分からない北朝鮮社会は、社会主義公式体制を維持するために膨大な非公式経済によって支えられている実態を確かな情報に基づいて解明する。


「ポチョムキン村」的なハリボテを見て、浅野さんのように感じるのも「言論の自由」の一つだろうが、そういった表面的な観察ではなく、学問的にも北朝鮮人民の生活を注視した人のコメントのほうがマシではないか。もちろん厳しい状況下であっても、それなりの庶民の知恵やら生活はあって、なるほどと思えるところもあるだろう。しかし、脱北者の手記からは、やはり、かなり異常な北朝鮮の実態も伝わってくる。
パラパラとめくる。

平壌は特別な空間とされていて、北朝鮮を訪問する人は平壌を見て評価するので、平壌には精神的にも肉体的にも元気な人だけが住むようにしなくてはならないという独裁者の方針から、平壌市内には障害者が住むことができなくなり、家族の中に一人でも障害者がいれば原則として家族全員が地方に追放されるという。おやおや…。恐ろしい反福祉国家があったものだ。しかし、かえって、平壌に住むより追放された田舎のほうが心身ともに楽になれたりもするという。

万事塞翁が馬、禍福はあざなえる縄の如し……ということか。生きている限りは、まぁ幸せになりうる…。
とはいえ、北朝鮮や中国という「ビッグブラザー」が君臨する「地」に生まれなくてよかったとは思う。
寺尾五郎氏(『三十八度線の北』新日本出版社-の著者)や小田実氏(『私と朝鮮』筑摩書房『北朝鮮のひとびと』潮出版社の著者)に、こういう本を読ませたかった?

それにしても、稲垣武さん(故人)の『北朝鮮に憑かれた人々―政治家、文化人、メディアは何を語ったか 』 ( PHP研究所)は、まだまだ「増補」可能。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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