古本虫がさまよう 2017年03月15日
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左右の全体主義と闘った言論人といえば……
(2017・3・15・水曜日)






湯浅博氏の『全体主義と闘った男河合栄治郎』 (産経新聞出版)を読んだ。

内容紹介→右にも左にも怯まなかった日本人がいた! 河合栄治郎は左右の全体主義と闘った思想家です。戦前の学界を席巻した「左の全体主義」マルクス主義の痛烈な批判者であり、軍部が台頭すると、「右の全体主義」ファシズムをも果敢に批判。著書の発禁処分、休職処分のさなか、昭和19年に53歳で亡くなりました。上智大学名誉教授の渡部昇一氏は、河合栄治郎が長寿であったなら、「日本のインテリは、30年も早くマルキシズムの幻想から自由になっていたであろう。つまり河合の死は、日本の知的成熟をざっと30年遅らせたのである」という。戦後の河合人脈は政財学界に根を張り、論壇を牛耳る進歩的文化人と対峙しました。門下生の第一世代は、経済評論家の土屋清、社会思想家の関嘉彦、政治学者の猪木正道らで、第二世代には、碧海純一(東京大学教授)、岡野加穂留(明治大学教授)、田久保忠衛(杏林大学名誉教授)、伊原吉之助(帝塚山大学教授)ら、京都大学では高坂正堯、勝田吉太郎、木村汎ら各氏が、この人脈に連なります。米国に守られながら反米を叫ぶという〝進歩的大衆人〟の精神の歪みは、日本を漂流させてしまう――。日本の背骨を支える揺るぎない思想とは何なのか。歴史の転換点で、圧倒的な敵に挑んだ思想家、河合栄治郎の闘いを通して、日本のありようを考える。この思想家を知らずして、日本の将来を語るなかれ。
産経新聞長期連載「独立不羈 河合栄治郎とその後の時代」に加筆、再構成し単行本化


湯浅氏も本の中で触れているが、河合さんの弟子たちが、戦後、社会思想研究会(社会思想社)を作り、現代教養文庫など出版活動を展開していく(晩年、その社会思想社が左傾化していった印象を持っているが、そのあたりのことは触れられていない)。その現代教養文庫を中学生のころからよく読んでいた記憶が甦ってきた。
といっても、当時、読んでいたのは、 『菊と刀』とかではなく、白井浩一氏の『愛と性のレポート―その心理学的考察』『高校生心理学 悩み多き若ものに与う』といった本だった。ううむ…。

大学生になってからは中村菊男ほかの『民主社会主義とはなにか』や、関嘉彦氏の『新しい社会主義 民主社会主義の理論と政策』や、シドニー・フックの『マルクスとマルクス主義者たち―あいまいな遺産 』なんかを読んだりしたし、河合氏の『学生に与う』も手にした。

また、学生当時、社会思想社から箱入りの河合全集が刊行(再版)もされていたかと。たしか、一定の時期は3000円ぐらいの本が200円引きになっていた。生協だとさらに本は二割引で買えた(と記憶している)。全部ではないが、結構な冊数を買った。ちょうど年末年始の生協クジの配布期間中で、何枚も抽選券をもらった(全部外れだった)。そして、その全集のほとんどは、30数年間、積んどくのママである…。ううむ…。

ともあれ、しばしば引用もされている渡部昇一氏の河合氏に関するエッセイが掲載された「日本文化会議」(127号)もリアルタイムで一読した記憶がある。当時、文化会議は定期購読していたから。それを読んで、その通りと感じたものだった。

戦前、共産主義(マルクス主義)と闘い、ファシズム的な言論とも闘い、時には国家権力により裁判沙汰にされ、学者の地位を失うことにもなった。
しかし、ペンを持ってそうした抑圧と闘った言論人が日本にいたことは勿論承知していた。河合さんの評伝も何冊か出ている。粕谷一希氏の『河合栄治郎 闘う自由主義者とその系譜』 (日本経済新聞社)など、何冊かひもといてもきた。だが、20代で読むのと、50代後半になって、こうした評伝を読むのはまた違った感慨が浮かぶものだろう。河合さんは53歳で死去。自分はそれより年上になっている。そうした視点から、彼の生涯の歩みを辿りながら、自分自身のノンビリした波瀾万丈なき人生の乏しさを…。

戦闘的自由主義者という思想信条を持つ知識人は日本にはあまりいなかった。丸山真男も本書には登場するが、所詮、彼は「容共リベラル」程度の学者でしかなかった(と僕は思う)。これまた彼の本を沢山読んだわけではないが…。 『日本の思想』『現代政治の思想と行動』(未來社 )、 『戦中と戦後の間 1936-1957』(みすず書房)ぐらいだが。丸山に関する評伝本も何冊か出ているが、水谷三公氏の『丸山真男 ある時代の肖像』 (ちくま新書)が秀逸。所詮は、ラスキ程度でしかない?

そのラスキと英国で河合氏は会ってもいる。まぁ、当時、多元的国家論は新鮮ではあっただろうが、岩波文庫から出ていたラスキの『近代国家における自由』を学生時代一読して、この「容共のバカ!」と思ったものだったが。

学生紛争によって研究室が破壊された時の単細胞的な丸山の憤りのシーンは、本書でも引用紹介されているが、佐々淳行氏が指摘している通りだろう。そういえば、佐々氏の父親の佐々弘雄氏も、長生きできず、戦後まもなくの時期に死去している。河合栄治郎と佐々弘雄が戦後も長生きしていれば、日本の言論界はちょっと違っていたものになったかもしれない。

井沢元彦氏の『「日本」人民共和国』 (光文社文庫)という本が20年以上昔に刊行されていた。これは日米安保闘争の時、ハガチーが殺害され、安保条約改定ができず廃止になり、日本が北朝鮮のような暗い、自由のない人民共和国化していくという小説だった(その自著と、百田尚樹氏の自著『カエルの楽園』新潮社—をテーマに両者が『歴史通』4月号で、 『「ゆでガエル楽園国家」日本が植民地にされる日』と題して対談をしている。その可能性もネバーセイネバーだろう)。

そういう悲観的な近未来の将来像とは逆に、河合と佐々の二人が戦後、長生きして言論界に影響力を発揮していれば、丸山一派や岩波文化人などが蔓延ることもなかったのではないか…と思う。湯浅氏の本書での、河合なき戦後を描く巧みな筆致を読み進むにつれ、その思いが強くなっていった。

それでも、その思想的後継者が少なからずいて、官界言論界にて活躍していたことは喜ばしい限りだろう。土屋清氏も、朝日新聞で頑張っていたが、安保紛争前後、朝日の論調に疑問を感じ、朝日を辞めて産経新聞に移った。僕はリアルタイムで彼の存在を知ったのは、もっとあとで、たしかTBSの日曜時事放談で細川隆元と丁々発止とやりあっていた時からだろうか。日曜朝といえば、時事放談を見る楽しみがあった。土屋清氏の『エコノミスト五十年 一言論人の足あと』 (山手書房)は自叙伝として名著の一冊。
ポッパーの研究者としても知られる碧海純一も本書に河合系の知識人として出てくるが、その弟子筋になるのが井上達夫氏。彼の著作、 『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』 『憲法の涙 リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください 2』 (毎日新聞出版)は紹介ずみだが、左右の全体主義を批判する戦闘的自由主義の系列ではあろう。

今のTBSにも「時事放談」という番組があるのだろうか? 登場人物は、細川隆元や土屋清や加藤寛や藤原弘達などとは大きく異なる傾向があるのでは? 昔と違って見たことがほとんどないので即断はできないが。
TBSも日曜朝の番組内容は昔と大きく変わった(悪くなった?)というしかない。TBSともあろうものが…。

そういえば、文藝春秋からも『大系・民主社会主義』なる本が1980年ごろ全六巻で刊行もされていた。これらの執筆者の多くも、河合門下生や孫弟子たちだった。これらの本を読んで、こんないい本を出すなんてと、文藝春秋をいい出版社と思った学生も少なくなかっただろう?

ともあれ、昨日紹介した梅棹忠夫の評伝では、梅棹と鶴見俊輔との付き合いがよく出てくる。本書では、河合と、俊輔の父である鶴見祐輔との交友がよく出てくる。息子さんも時々出てきて、河合栄治郎に多少の影響を受けていた感もある。もし、河合栄治郎が長生きしていれば、鶴見俊輔だって、「ベ平連」にいかずに、もっと、正しい意味での「リベラル」派になっていたかもしれない? 残念?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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