古本虫がさまよう 2014年10月
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「英会話不要論」と「英語不要論」の違い
(2014・10・31・金曜日)





行方昭夫氏の『英会話不要論』 (文春新書)を読んだ。著者は元東大教授。

昔ながらの文法、読解中心の英語教育、受験英語は決して悪くなかった、昨今の英会話重視、帰国子女の英語発音を理想視するような英語教育はおかしいという立場からの「英会話不要論」。

「もし本書の読者の中で原仙作氏の『英文標準問題精講』 (旺文社、初版1948年)で勉強した方がいれば、今の大学受験問題が様変わりしているのを、ご存じないかもしれませんね」との指摘で、あぁ、原仙作かぁと懐かしくなった。

あの参考書も一応買ったけど、僕みたいな劣等生には難しかったよなぁ。

著者の指摘はもっとも。

英文解釈や英作文や文法などの基礎をしっかりやっておけば、会話などは、必要に応じてレベルアップできるもの。しかし、そういう基礎をやっていないと、天気がいいね、コーヒーにする、どうする程度の会話はできても、ビジネス文書にしてもメールでの仕事のやりとりにしても、ちゃんとした英語が使えない‥。低学年、小学生などは日本語教育のほうを重視すべきだという藤原正彦氏の(『祖国とは国語』 (新潮文庫)や渡部昇一氏(『英語の早期教育・社内公用語は百害あって一利なし』 (徳間書店)や、成毛真氏の『日本人の9割に英語はいらない』 (祥伝社)などとも一部共通する価値観が展開もされている。
おおむね同感(とはいえ、まぁ、僕などは日本語も文法は苦手であったし、そもそも英語の成績もよくなかったし、あれこれ英語を論じる資格はないけど)。

中途半端な帰国子女が、日本の学校の英語のテストでいい点がとれないのも、日本の英語教育の欠陥ではなく、本人の問題でもあろう。
日本人だって「現代国語」(日本語)のテストで満点はとれないのだから。

だが、本書でも指摘もされているが、年輩の人でも、自分は解釈や文法などはみっちりやっていて会話だけが不得意と思っていても、実は、そっちのほうもイマイチだったりすることもあるそうな。

僕など、もともと英語は得意科目ではなかった。それでも、大学に入ってからの英語の授業はバートランド・ラッセルやオコナーなど読まされたかと。外書講読はアーレントだった。

もっともすぐ訳書を見つけてきて楽ちん? 当時、探すのは大変。ネットもないし、図書館も検索機能はない。索引カードを見るしかないし、一軒一軒古本屋を散策するしかなかった。でも、そんなことをしていたから、ますます英語力は落ちて行った。いまはなき神保町の洋書古本屋で、ポルノのペーパーパックを一冊800円(?)ぐらいで買って英語の勉強をしようとしたけど、これも訳本で間に合わせたから?
でも、そうしたおかげで、読みたい本を探す古本屋行脚力は鍛えられたかとも? 万事塞翁が馬?

いまや‥‥。

30代のころは、英会話講座(ラジオ)を4月から聴き始めたこともあったが‥‥。この前、スペイン語講座(ラジオ)を一年近く聴いたが、覚えたのは、ポルケ? セルベッセ、カーニャぐらい。ロシア語もニーチェーボー、スパシーバ、ドーブロエ・ウートラとかその程度。こんなの、旅行ガイドブックを見れば出てくる程度の代物。

ともあれ、受験英語の効用なども説かれているこの本、僕にとっては、青春時代を思い出す一冊ともなった。カッパブックスで読んだことのある、岩田一男氏の『英語に強くなる本 教室では学べない秘法の公開』 が、ちくま文庫から復刊されているが、これはさすがに買って再読しようとは思わなかった。

一億程度の人口のおかげで、翻訳書もそこそこ沢山あって、誤訳などの問題もあるとはいえ(ご本人も自らの誤訳例などを紹介している)、娯楽作品を含めて多様な書物を日本語だけで読むことができるのは有り難いこと。

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