古本虫がさまよう 2014年07月
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民社党&社会党の政党参謀が明かす日本政治史の光と闇
(2014・7・31・木曜日)







1941年生まれの梅澤昇平氏の『ドキュメント民社党 政党参謀の証言と記録』  (ココデ出版)を読んだ。
書名からも分かるように、著者は、早稲田大学を出て民社党本部に勤務し、党職員として活動。民社党が「消滅」したのち、新進党やら大臣秘書を経て大学教授に転職した人だ。

本書は、主に民社党職員時代の回顧録。本部に就職した時の委員長は西尾末廣。歴代委員長の人柄などを含めて、民社党の政党活動のオモテウラを詳述している。二十歳の時に入党したというから筋金入り。

一方、1925年生まれの社会党の組織局長などを務めた曽我祐次氏の近刊の聞き語り形式の回顧録『多情仏心 わが日本社会党興亡史』 (社会評論社)も読んだ。この人も、早稲田出身で在学中に統一社会党に入党。左派社会党系の職員として活動を開始。その後、社会主義協会などとは対立し、中間派、中間右派レベルの道を歩んでいったようだ。

民社の梅澤氏も社会党左派の曽我氏も、もとは同じ「日本社会党」。そこから右派勢力(西尾派)などが政治方針などをめぐって左派系社会党勢力と対立し、新党(民主社会党→民社党)を結成。民社は、万年少数野党ではあったが、総評に対抗できる民間の民主的労働組織である「同盟」を背後に持ち、それなりの存在感を示した政党ではあった。

民社党のリーダーとしてリアルタイムに記憶があるのは春日一幸。あの独特の語り口、声色はまだ耳に残っている。彼による宮本顕治スパイリンチ事件の追及はスバラシキものだったが、本書でも、当時の日共狼狽ぶりが指摘されている。
西村栄一委員長時代の、公明党に対する是々非々の路線については、当時、公明党と民社党の関係を良好なものにしようと密使として画策したのが、なんと若泉敬だったという。ううむ。自民党の佐藤栄作のみならず、民社党の西村英一などにも食い込んでいたということか。役者だ?

曽我氏の回顧録も、梅澤氏と重なる時期もある。曽我氏も、最終的には社会民主主義的な道を志向もしていったようだが‥‥。どちらかといえば、やはり、民社・同盟系の早矢仕不二夫氏(一九二一年生まれ)の『早矢仕不二夫オーラルヒストリー』 (慶應義塾大学出版会)のほうが曽我氏のものよりは面白いというか、共感できる。これは、同盟系の組合オルグとして活躍した早矢仕氏の聞き語り形式の自叙伝。左派労働組合との闘争の歴史が綴られていた。

また、曽我氏と同じく社会党職員だった上住充弘氏の『日本社会党興亡史』 (自由社)は、右派系職員の目から見た社会党内部抗争の歴史が綴られていて、こちらのほうが、よりスリリングであったと記憶している。レフチェンコの話は曽我氏の本にも少し出てくるが、上住氏のほうがより詳細だったかと。とはいえ、かなり昔に読んだ本で記憶が薄れている……。一読の価値あり。

ともあれ、政治家や経済人や学者や文化人や党活動家や組合指導者などの自叙伝・回顧録は、それなりに面白いものがある。人に語れるだけの人生の歩みを持った人は幸いである。逆にとても語れない、恥ずかしくて過去の発言を回顧もできないような人もいるだろうけど‥‥次回はそういう人の本を紹介したい。


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