古本虫がさまよう 2014年04月
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『神国日本』&『島国日本』&『9条日本』のトンデモ平和運動論
(2014・4・30・水曜日)









早川タダノリ氏の『神国日本のトンデモ決戦生活』 (ちくま文庫)、 『「愛国」の技法 神国日本の愛のかたち』 (青弓社)を読んだ。
この著者の本は、この前、 『原発ユートピア日本』  (合同出版)を紹介した。

これは戦後の日本の原発肯定の新聞記事や原発は安全であるとの「啓蒙」広告の類をまとめ論評したもの。

今回読んだ二冊の本は、戦前戦中の戦意高揚のための広告や記事や論説などを当時の雑誌(『写真週報』など)からピックアップし、論評している。
『写真週報』に関しては、保阪正康氏監修・太平洋戦争研究会編の『「写真週報」で見る戦時下の日本』 (世界文化社)や玉井清氏編の『戦時日本の国民意識 国策グラフ誌「写真週報」とその時代』 (慶應義塾大学出版会)などがある。

この「写真週報」は、大空社から復刊されているようだ。 『フォトグラフ戦時下の日本第1~18巻』『別巻』『補遺編1~3』として。一部図書館で閲覧は可能のようだ。

ともあれ、早川氏は、そうした記事や広告などを「引用」し、その愚を批判している。

たしかに、今日の視点から見て、滑稽であり、精神論ばかりを強調し、当時としても、やはりおかしな印象をかなり受けずにはいられないだろう。

市川房枝や住井すゑなども戦前戦中「いい味」を出していたと思うが、その実例は、この本には出てこないようだ。

住井の「変節」は、櫻本富雄氏の『ぼくは皇国少年だった 古本から歴史の偽造を読む』 (インパクト出版会)などでも批判されていたかと。

北原白秋や高村光太郎や杉靖三郎などの愚は早川氏の本でも指摘されているし、わりと有名な話。

早川氏の本によれば、宮城タマヨという、戦意高揚に邁進したオバサンが、戦後初の女性参議院議員に「なに食わぬ顔をしておさまっているのには驚いた」「銃後で婦人の戦争協力を推進した『日本婦道』イデオロギーの体現者としての心性を、はたして彼女は反省をしたのだろうか」「昭和二十四年『動物虐待防止法』作りに尽力したらしいが、戦時中総特攻をよびかけて人間虐待に一役買った、自らの過去を問うことはなかったようだ」と手厳しく批判している。なるほど、同感。同じことは住井さんにもいえる?

ただ、戦後も共産世界ユートピア論を撒き散らした同様の文化人は多々いたわけだから、そういう解明もしておく必要もあろう。同じ過ちを、右であれ、左であれ、なぜ繰り返したのか、気になるところだから。

だから、僕などは、この本を読みながら、戦前の「神国」を前提とした空想的軍国主義者たちがリードした「神国日本のトンデモ」路線にはたしかに違和感を覚えるものの、戦後、ソ連、中国、北朝鮮は平和勢力だし、日本は「島国」故に侵略はされないとか、憲法9条があるから大丈夫、9条を世界遺産にしようとか、ノーベル平和賞を授与しようとか真剣に主張している向きをみると、この人たちは、戦前の空想的軍国主義者の生き写し?ではないかと疑いたくもなる。

統帥権を絶対視し横暴を極めた一部軍人と、9条を絶対視している一部の平和運動家とが同じように見えて仕方がない。精神的構造の点でルーツは同じかもと? 一卵双生児?

ともあれ、原発ユートピア同様、共産世界ユートピア論の数々は、戦後の現象。著者には、その実態の解明にも努めてもらいたいと感じた次第。

その点で、役立つ本といえば‥‥。

若槻泰雄氏の『売文業者たちの戦後責任 日本人と憲法』 (原書房)や西義之氏の『変節の知識人』  (PHP研究所)や稲垣武氏の『「悪魔祓い」の戦後史 進歩的文化人の言論と責任』 (文春文庫)、 『北朝鮮に憑かれた人々』  (PHP研究所)などを始め、その関連資料は多い(若槻氏や西氏は、右も左も蹴っ飛ばすといった色彩が濃くて小気味よい)。ただ、これらは活字で書かれたものの分析。

早川タダノリ氏の本は、広告など写真記事などを渉猟しており、こういうのは一目見ておかしさが読者に伝わる。
以前、紹介した、朝日新聞の戦意高揚記事を早川氏とはちょっと違った視点からとはいえ、面白おかしく批判した『読んでびっくり朝日新聞の太平洋戦争記事』リヨン社)、『朝日新聞の戦争責任 東スポもびっくり!の戦争記事を徹底検証』太田出版・著者は安田将三氏&石橋孝太郎氏)も記事そのものを紹介する形だったから一目瞭然。

この本もいいけど、そうしたのと同様の精神論を強調し現実の世界を無視して展開された「共産世界ユートピア論」の新聞報道や、一部労働団体や平和運動屋団体のポスターやチラシや内部文書など、戦後のものだけでも、かなり、揶揄もできるし、反省材料にもできることだろう。

過去に目を閉ざすものは現在にも盲目となるという言葉は、そうしたトンデモユートピア論を展開した人々にも捧げられるべき言葉のはず。

偽善に保守も革新もない。どちらの側にもある程度存在するはず。

見て見ぬフリをいつまでもするのではなく、「革新の偽善」などのタブーを突き破る更なる研究を各方面の研究者などに期待したいものである。


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