古本虫がさまよう 2013年07月
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辰巳栄一と服部卓四郎と「カティンの森」の虐殺





湯浅博氏の『歴史に消えた参謀 吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一』  (文春文庫)を読んだ。単行本(産経新聞出版)の時にも一読していたが再読した次第。
というのも、辰巳と対比される服部卓四郎に関する評伝本が講談社からまもなく刊行( 『秘録・日本国防軍クーデター計画』 阿羅健一氏)される予定があるそうで、両書を対比一読すべきかなと思ったため。

近刊案内によると、 『秘録・日本国防軍クーデター計画』、「松本清張が死の間際まで追った、戦後史最大の謎「服部機関」の秘密を暴き、吉田茂に潰された日本国防軍の全貌を初めて明らかにする、歴史巨編!! 毀誉褒貶のある軍人、服部卓四郎と辻政信の人生を縦糸に、日本人女スパイやウィロビーなどGHQの魑魅魍魎たちが織りなす活劇は、小説の遙か上を行くほどページ・ターニング!」といった内容のようである。

左にいると、辰巳も吉田茂も服部も東条英機も辻政信も「右」に見えるだろうが、勿論違う。

湯浅氏の本にも服部のことはしばしば出てくる。クーデター騒動や「服部機関」の話も出てくる。また、辰巳と服部の違いと同質性についても詳述されている。吉田茂は、服部系の軍人は毛嫌いもしていたようで、警察予備隊の発足などにあたっても、幹部にそうした旧軍人を採用することを排除しようとしていたそうな。
戦前、英国大使館時代から吉田の信頼を強く受けていた辰巳は、そうした再軍備には当時反対していた吉田と少し考えは違っていた。辰巳は、再軍備そのものの必要性を痛感し、その点では服部など旧軍人仲間と「五十歩百歩」であったということでは共通していたために、ディレンマに悩まされたりもしていた。

そういう占領軍との確執、日本再建、再軍備、軽武装、吉田ドクトリン等々、戦前戦中戦後の日本の軍・政関連の歴史の一端がよく理解できる本だ。

いろいろと示唆に富む本だが、戦後の警察予備隊発足にあたって、組織作りのためにも、「優秀な幹部のいない部隊は烏合の衆のすぎない」ということで、辰巳は大佐クラスの旧軍関係者をリクルートするしかないと考えていたという。服部機関の関係者に協力を求める必要を吉田にも説いたとのこと。

この一節を読みながら、ううむ、ソ連スターリンが「カティンの森」で、ポーランド将校を根こそぎに近い形で万単位で殺戮したのも、こういうことかと感得した次第。
戦後の日本も「公職追放」で、とりわけ軍人が標的にされたのも仕方ない面もあったが、再軍備のためには旧軍人のノウハウは必要。

逆に考えれば、第二次大戦中のソ連にとって、ポーランドを二度と自分たちに歯向かうことのない弱小国家に貶めるためには、捕虜にした将校を抹殺するのが一番手っとり早い方法だった。

日本の軍人も裁判で処刑されたりもしたが(まだ裁判もあって、本当に捕虜虐待があったりした場合は…ともかく)、カティンの森事件は、容赦なくピストルで頭をズドンと次々に殺っていくのだから…。しかも、戦闘が終結したばかりの混乱状況ではなく、捕虜として処遇をして収容所にいた将校を連れ出し、山中で殺して、そのまま埋めてしまうのだから…。

この「事実」は映画でも描かれた。以下はそれらを紹介した時の文章(再録的。要約修正加筆)。


ワイダ監督の映画「カティンの森」が日本でも上映されたので、この問題についての関心が日本でも高まったかもしれない。
邦訳文献としては、1963年にザヴォドニーの『カティンの森の夜と霧』 (読売新聞社)があった。ソ連崩壊以前で、一次史料がほとんどない状況下で、ソ連によるポーランド捕虜将校の大量虐殺(15000人)の「事実」を証明した本だった。永いこと積んどくしていたが、映画公開前に一読して感銘を受けたものだった(この本は、最近、みすず書房から新版の形で刊行された→『消えた将校たち  カチンの森虐殺事件』)

独ソ不可侵条約の秘密条項(ポーランド分割)に基づき、ヒトラーとスターリンはポーランドを分割支配したが、占領後、捕虜にしたポーランド将校を計画的に殺戮したのだから恐れ入る。南京事件のように戦闘の最中というか便衣兵というか混乱した戦場での若干の行き過ぎた捕虜処断とは異なり、「戦後」の安定した状況下での冷酷かつ無残な組織的な捕虜処断は非人道的犯罪というしかあるまい。終戦後、日本やドイツの捕虜を拉致して強制労働させたのと同様野蛮すぎる。ソ連による満洲やドイツなどでの敗戦国の婦女子の強姦もまた組織的というか、「戦後」の行為であり非人道すぎるということは言うまでもない。

 ザヴォドニーの本以前にも1953年にはアンデルス(ポーランド将軍)の『裏切られた軍隊 上下』 (光文社)、1957年には、アントニー・エカートの『跡方もなく消えぬ』 (国際文化研究所)が訳出されていた。
 アンデルスはソ連の捕虜になっていたが、独ソ開戦後は、スターリンが亡命ポーラント政府と協力関係を取ることになり、アンデルスも釈放されてドイツと戦うことになる。そのために部下・将校などが必要になるのに、その「仲間」が行方不明ということで、「なぜ?」ということになる。口を濁すソ連への不信が述べられ、英米のソ連への迎合、カティンの森に関する沈黙を批判もするが、小国ポーランド故に大国の国益の前には歴史の真実は隠蔽されてしまったのである。ドイツのカティンの森での虐殺死体発見の報も捏造とされてしまう。

一市民のエカートもソ連の捕虜になり、脱出やらいろいろな体験を綴っているが、ポーランド捕虜の行方不明に関しての描写もあった。

映画の原作として集英社文庫からアンジェイ・ムラルチクの『カティンの森』も出ている。ワイダ監督の父親もソ連によって殺されたとのこと。原作(フィクション加工あり)と映画とは若干ストーリーに変更があるが、読んでほしい、見てほしい作品だ。

 また研究書としては、最近みすず書房からヴィクトル・ザスラフスキーの『カチンの森 ポーランド指導階級の抹殺』が訳出された。カティンの森の虐殺の事実がどのように隠蔽されてきたか。エリツィンがやっと事実を公表しようとしたのであって、ゴルバチョフは否定的だったという。何しろスターリン以降、カティンの森の虐殺はナチスによるものだとデッチあげてきたのだから、その嘘を告白するのは困難だった。英米も当時からその事実を知りながら、捏造に加担もしていたのだ。

カティンの森関連の邦訳書はそんなものかと思っていたが驚くべき(?)発見があった。というのも、最近、実家に置いてある本が増えすぎて「粛清」「処断」を余儀なくされている。この前も推理小説などの類はせっせと処分しているので、サンケイ文庫のマシュー・ヒールド・クーパーの『魚が腐る時』という本が目に止まった。読んだ覚えはない? しかし前半部分に頁を折ったところがある。昭和62年の訳出。しかもサンケイ文庫だから(今は扶桑社文庫)、一昔前のイメージが強い。
カバーもないし古本屋にも売れまいと思ってこれも捨てるかと染みだらけの本を手にして訳者あとがきをめくると……。

なんとカティンの森をキーワードにしたスパイ小説ではないか。書名はロシアの諺である「魚が腐る時は、頭から臭いはじめる」に基づいているとのこと(現在の民主党内閣のことか?)
朝鮮戦争中の1951年の欧州(英国・ソ連・ウィーンなど)を舞台に東西冷戦さなかの国際政治状況を「虚実取りまぜて細部にいたるまでリアルに書き切って」いるとのこと。 カティンの森の史料や英米のソ連スパイリストなどを手土産に西側に亡命しようとするソ連陸軍情報部将軍の名前が「オルロフ」というのにも笑った? スペイン内戦の時に画策のため共和国陣営内でソ連スパイとして活躍していたオルロフは実在の人物。スターリンの粛清を恐れアメリカに亡命。殺されないために、『クレムリン 失われた星』 (鳳映社)という手記を書いたりもした(邦訳書の著者名は「オーロフ」)。

カティンの森の真相解明に関心を寄せた英国外務次官の私設秘書とそのソ連亡命将軍、さらに自由ポーランド委員会亡命者の謎の死、キム・フィルビーやアレン・ダレスなども登場するといった豪華キャストだ? 早速一読。面白かった。これは一読の価値がある。カティンの森の真相公開をソ連に対するゆすりというか外交手段として活用しようとする英国の策略など、民主主義と捏造、二重基準など、国際政治の実相を認識することができる本だった。ソ連内部もスターリンやベリヤやマレンコフなどが登場してきて、内部抗争の実態が描かれている。 こういう本ともふとしたことから出会えるから、やはり積んどくも大事だ?


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