古本虫がさまよう 2013年04月
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加藤寛氏の『日本再生最終勧告 原発即時ゼロで未来を拓く』 (ビジネス社)を読んだ。
遺著となった作品である。2013年3月に刊行されているが、加藤氏は1月30日に逝去。亡くなる直前まで、本書のゲラを手にしていたとのこと。

自民党政権時代に政府の審議委員などを務め、臨時行政調査会では国鉄民営化を推進したこともあり、原発も肯定派であろうとみられているかもしれないが、それは誤解であるとのこと。

「政府の行財政改革について進言はしてきたが、エネルギー政策について『諮問』される立場にはなかった」「原発推進は、私の研究分野の一つである『公共選択論』による分析からも疑問を感じていたし、従来からの経済学で考えても、かねてより原発はコストが高いとみていた。したがって私を『原発推進派』とされるのは、とんでもない短絡的な評価といわざるをえない」と。

本書は福沢諭吉にまでさかのぼって、国家の電力政策の基幹について論じている。対談なども収録している。

「原発即時ゼロで未来を拓く」か「原発をなるべく早くゼロにして未来を拓く」かどうかはともかくとして、脱原発路線に関して基本的に大きな違和感はないのだが…。

ただ、その加藤氏にしても平成2年(1990年)に刊行している『あえて問う日本の繁栄』 (税務経理協会)という本の中で、消費税や原発を廃止すべしと主張している日本社会党をこう批判していた(この連休中、実家の書庫をいろいろと整理整頓していたら、この本が出てきた。赤線を引いたりしていて、読んだ形跡があるが記憶にはほとんど残っていない…)。

「すでに日本のいま使用しているエネルギーは、次第に限界に近づいているが、原子力発電の新規建設を禁止して、現状のままだけ是認するとしても、日本のエネルギーは遠からず限界に到達する」「原子力発電の建設を中止するならば、当然、節電をおこなうか、あるいは、さらには、原発にかわる新しいエネルギーの開発を進めなければならない」「日本がいま、やっている原子力発電の建設をなぜ急激に中止しなければならないかがわからない。危険であるということをいうならば、古い原発の施設ほど危険なのではないか」「新しい原発施設こそ、必要なのであって、社会党のいっていること、つまり、新しい原発を中止し、古い原発施設を認めるというのは、逆なのではないか。このような考え方で、どうして高成長を支える電力エネルギーを期待することができるのだろうか」と。

この社会党の原発政策批判をした引用箇所には特に赤線は引いていない。それよりも、当時は「ベルリンの壁」が崩壊し、共産経済が自由経済に負けたにもかかわらず、屁理屈をこねるマル経相手への批判箇所や資本主義は完璧ではないにせよ、今後も「修正」を加えつつ漸進していくといった趣旨のところに赤線が引いてあった。

1990年当時、古い原発より新しい原発のほうがより安全という加藤氏の認識は間違ってはいないだろう。
福島第一原発のような、津波のない地域向け(?)の原発を、よりによって地震大国の海辺のあんなところに設置したという意味も含めて「古い原発」は前倒し的にスクラップして、津波対策として防波堤以外にも構造的にも対応している新しい原発を建設したほうがよかったとはいえよう。

その意味で、当時の日本社会党が、福島第一原発のような古い原発を廃炉にし、新たな、より安全対策を施している原発を造るべしと主張していたなら、そりゃそうだということで、国民や電力会社の支持もそこそこ得られて日本の原子力政策も画期的な転換をしていたかもしれない。

それ故に、当時の、何でも反対をいうしかノウのなかった日本社会党の責任も重いというしかない。そんな何でも反対の社会党がいたから、何でも賛成の自民党や民社党(原発推進肯定)しかいなかったわけか?
感情論ではなく建設的な議論が展開されていれば、原発を推進し肯定するにしても、もう少し違った対応があっただろうに…(同じことは安保政策、改憲論議にもいえる。いい加減に目を醒ますべきなのに…)。

それはともかくとして、加藤氏が、平成2年(1990年)当時のそうした原発観(「新しい原発施設は必要」)を、平成23年(2011年)以降、「原発即時ゼロ」に転換したとしても不思議はない。
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