古本虫がさまよう 2011年08月
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竹中労氏の勇み足?  08/31/2011  






   昭和41年刊行の竹中労氏の『呼び屋 その生態と興亡』 (弘文堂・フロンティアブックス新書)を読んだ。ビートルズなど「外タレ」(外国人タレント)を日本に呼んで興行させる「呼び屋」なる職業について論じた本。日本の役者などタレントが敗戦直後、どのように生きてきたかなどもルポしている。森光子も登場。占領軍相手に英語で覚えた歌を披露してなんとかしのいでいたという。
左派系ルポライターの竹中氏の書いた本ということもあってか、鹿地亘柴田秀利(読売新聞)などの名前も登場してくる。米国やソ連などの情報機関がらみの文化使節も当時は多々あり、1957年などは米ソ文化戦争が日本国内であったという。ポリショイバレエやレニングラード交響楽団などのソビエト旋風が席巻したこともあった。

 いろいろと過去のそうしたエピソードが出てきて面白い本なのだが、「?」とおもったのは、ホイットニーの悪口が出てくること。ホイットニーがマッカーサー独裁将軍の腹心として、陰険な権力をふるい、パージ、レッドパージを乱発したと書いている。「ダイクはアメリカ共産党員だ」という未確認情報を流し、赤の野郎を叩き出したのがホイットニーだというのだ。ふうむ? ウィロビーは反共ではあったが、ホイットニーまでが?

「ホイットニーは日本の政界を思いのままにあやつった。左翼勢力に対しては、『レッド・パージ』という新手をあみだして、何万人もの労働者、知識人を社会的に葬り去った」「ダイク辞任の裏には、ホイットニーの暗躍があった。彼はGHQ内部からニュー・ディール派をしめだすのに、手段をえらばなかった。『ダイクはアメリカ共産党員だ』という“未確認情報”を流し、高級将校の間に動揺をおこさせた。無知で反動的な職業軍人たちを煽動して、“赤の野郎”をたたき出させたのである」(22頁)


 知らなかった。ホイットニーがそんなに反共のいい奴だったとは? このあたりもう少し勉強しなくてはと思った次第。

 以前、岡崎満義氏の『人と出会う 一九六〇~八〇年代、一編集者の印象記』 (岩波書店)を読んだことがある。著者は元文藝春秋社員で文藝春秋やナンバーの編集長を務めた人。丸山真男、清水幾太郎、衛藤瀋吉、田中美知太郎(著者は京大の田中ゼミ出身)といった学者や小林秀雄、川端康成、立原正秋、松本清張、司馬遼太郎といった文学者などとの出会いなどが人名ごとに綴られている。

 その中にいろいろと面白いエピソードが出てくるのだが、松本氏が竹中労を嫌っていたという話が出てくる。岡崎氏と松本氏が、キューバのカストロ首相と対談できるかもしれないということでキューバに一緒に出掛けたところ、向こうで岡崎氏は竹中氏と再会(週刊文春時代に取材で面識があったという)。すると松本氏があんな「筋の悪いのと親しくしていると、目が曇ってきて、真実が見えなくなる」と。

 というのも、かつて彼に変なスキャンダル記事を書かれたことがあったからだという。実際、キューバから帰国すると、松本氏と同行した編集者がモーテルに女を連れてしけ込んだと嘘を書かれたりしたという。抗議をして訂正を出してもらったという。このあたりは岡崎氏の抗議が正しいとしたら竹中氏の勇み足だったのか?
 
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