古本虫がさまよう 2011年03月
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台湾料理は世界一?  03/31/2011  

石田ゆうすけ氏の『台湾自転車気儘旅 世界一屋台メシのうまい国へ』 (メディアファクトリー)を読んだ。
著者は1969年生まれ。自転車で台湾を周遊。そこでさまざまな台湾人と出会い、話し合い、屋台など美味いものを食べて過ごした旅行記。全編カラー写真豊富で目でも楽しめる一冊だ。
以前台湾に行った時、夜店の類を廻ったことがあるが、活気に溢れていた。食事をすることはなかったが……。
都内の台湾料理店にもたまに出かける。辛うじて隅っこに禁煙席がある店が優先なので機会が少ないのが残念(そう言えば昨日の日経新聞にモスバーガーが新規開店の店は全席禁煙にしていくとの記事があった。しかし喫煙者のためには店頭のスペースを活用していくとか。これではスタバと同じでドアの開閉のたびに店内に悪臭が流入する恐れがあるし、道行く人にも悪臭を嗅がせることになってしまう。有機栽培がどうのこうのというハンバーガー屋にしては愚かというしかない。中途半端な禁煙・分煙などナンセンスだということがまだ経営者には分からないのだろうか?)。

石田氏が、ある時警官に宿を聞いたら連れて行かれたのがシティホテル。一泊2000元。予算の四倍。躊躇っていると受付嬢が500元にまけてくれたという。彼女は気仙沼に二年いたことがあり日本語も少し話せたとのこと。こんな人がいま日本のために義援金を出してくれているのかもしれない……。
著者に日本語で笑顔で話しかけてくる年輩の人も多々いた。そんな人に日本の植民地統治時代のことを尋ねると、苦笑したりする人も少なくなかったとのこと。台湾のインフラを整備した功績の背後には台湾人を徴発したという暗いものもあると。当時の列強の植民地統治政策よりは評価に値する面も確かにあるが…と著者は指摘もしている。それはそれで当然であろう。

その点で参考になるのが、これまた1969年生まれの酒井充子氏の『台湾人生』 (文藝春秋)だ。「日本人」として過ごし、戦争にも協力したことのある何人かの「台湾人」の戦前戦中戦後の歩みをオーラルヒストリー的に取材したものをまとめた本。ドキュメンタリー映画としての「台湾人生」という作品もあるそうな。そちらは未見だ。
 人によりけりではあるが、総合的な読後感として、差別やらいろいろとあったものの、大陸の野蛮な中国人に比べて、日本統治の方がよかった、楽しかった、恩師の日本人先生に感謝……といったライフストーリーが記憶に残った。
「台湾は日本のおかげで、七〇パーセント以上が義務教育を受けていた。でも、イギリスは二百年も統治したのにシンガポールのほとんどの人も文盲。文化が低いと感じた」
 これは「君が代少年」という台湾人の子供が大地震で亡くなる寸前まで「君が代」を歌っていたという話に感動して、愛国心故にシンガポールに志願兵として派遣された台湾人の言葉でもある。この「君が代少年」に関しては、平凡社新書から誰かが本を書いている(積んどく中)。その真偽やこのコメントの真偽は別にして英国流植民地支配とはちょっと異なる対応を日本がしていたとは言えるのかもしれない。
 戦後の台湾放棄、国交決別などに悲哀を感じる台湾人などもいる。日本人観光客に教育勅語を勧める人、大東亜戦争は日本の侵略ではないとアピールする人もいたとのこと。台湾人もいろいろである。

 日本と台湾の間にはさまざまな恩讐がある。門田隆将氏の『康子十九歳戦渦の日記』 (文藝春秋)にも、戦時中日本の大学に留学していた台湾人が主人公として登場するし、映画『海角七号』 も統治時代の日本人教師が重要な位置
を担った作品だった。
また、門田氏の『この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』 (集英社)も蒙古でのソ連による邦人虐殺を防ぐため、ポツダムや降伏命令などなんのそのと抵抗して戦った根本氏の評伝である。戦後、大陸から台湾に敗走した蒋介石を助けるため台湾まで密航し、金門島死守のために奮戦する。蒙古での根本の奮闘などに関しては、稲垣武氏の『昭和20年8月20日 内蒙古・邦人四万人奇跡の脱出』 (PHP研究所)でも詳しい。

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