古本虫がさまよう 図書館
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文春文庫はフランス書院文庫の編集方針を真似るべし? 図書館に文庫の貸出中止を申し出るより、貸せるものなら貸してみろと豪語すべきでは?
(2017・10・13・金曜日)






朝日新聞にこんな記事がでていた。

文庫本「図書館貸し出し中止を」 文芸春秋社長が要請へ
2017年10月12日05時05分
 売り上げ減少が続く文庫本について図書館での貸し出し中止を文芸春秋の松井清人社長が要請することが分かった。貸出数の4分の1を文庫が占める地域もあるなどと実情を示し、13日の全国図書館大会で市場縮小の要因の一つと訴える。
 2015年の同大会でも新潮社の佐藤隆信社長がベストセラーの複数購入を出版不況の一因と主張。その後、図書館側が「因果関係を示すデータはない」と反論し、議論は平行線をたどった。今回は文庫に焦点を絞って問題提起する。
 出版社側の調べでは、文庫本の貸し出し実績を公表していた東京都内の3区1市で、15年度、荒川区は一般書の26%を文庫が占めた。ほかの区市では新書も合わせた統計で2割前後に上った。松井氏は「文庫は自分で買うという空気が醸成されることが重要」と訴え、一石を投じる。
 出版社は、小説などを雑誌で連載し、単行本にまとめ、文庫化することで、費用を回収する。文庫は「収益全体の3割強」(松井氏)など、収益の柱だ。
 出版科学研究所の調べでは、近年の文庫販売額は06年の1416億円を頂点に減少傾向で、16年は1069億円まで下がった。同研究所の久保雅暖研究員は「図書館が要因の一つともいえるが、スマートフォンの普及など娯楽の多様化や街の書店の減少など要因は複合的だ」と話す。(赤田康和)


出版社が図書館やブックオフに冷やかな目を向けるのはよくあることだ。末尾に再録するが、新潮社の石井常務もよく登場しており、その言い分などを紹介したこともある。お役所「図書館」も白々しい。「因果関係を示すデータはない」? 一昔前とちがって、パソコンを通じて貸出の手続きがさっとできるような「貸本」システムがこれだけ完備されれば…。

文春の松井社長は、実際、10・13、図書館のその会合で同趣旨のことを語ったそうな。NHKの夜7時のニュースなどでも、その映像が流れていた(とのこと)。

しかし、「貸出しするな」というのはいささか言い過ぎだろう。

だが、少なくとも刊行してから一年間は大量「複本」はなし。各区立図書館一冊か二冊どまり…。次の文庫が出るまでの一カ月間は館外貸出は不可---その程度の制限は、単行本でもやってもいいだろう。

実際、月刊誌や週刊誌などは次のものが出るまで館外貸出はしておらず、館内閲覧のみ許可しているのが現状ではないか。だったら同じことを「本」でもやればいいだけのこと。少なくとも「図書館の自由」に反するわけではない(館内で「読む」ことはできるのだから)。早く読みたい人は文庫や一般単行本なら「買う」ことも可能なのだから。このブログ末尾の再録の中にあるように、複本が減り、館外貸出の期間制限があれば、借りるのを諦めて買う人だっているのだから。

それにつけても、フランス書院文庫などは、図書館はほとんど購入していない。フランス書院文庫の社長などは、松井社長の「泣き言」をハハハと高笑いしているだろうか? ウチみたいな内容の文庫を出せばいいのにと?
文春も、文春シークレット文庫などを刊行して、図書館が置きたくても置けないような特定嗜好分野の文庫本を次々と淫行、いや刊行していけばいいのに。

女教師モノや未亡人モノとは一味違う、サラリーマン社内不倫物語とか、いろいろと新分野を開拓……。双葉文庫や徳間文庫など「一般文庫」にもそういうジャンルのものがある。そういうのは図書館もあまり置かない(一部の図書館は、そういう一般文庫内のエロス分野の小説もきちんと蒐集しているところもあるようだが、まぁ、奇特な図書館もあるものだと感心? ちょっと税金の無駄遣い?)。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!


(以下アトランダムに関連ブログを再録。一部略)

週刊ダイヤモンド(2015・10・17号)が、 「『読書』を極める!」という特集を組んでいた。読書の達人による読書術を語らせたり、ツタヤ問題などの図書館の特集を組んだり、出版不況下の書店を扱ったり‥と。人それぞれの読書論が展開もされている。

編集部のミスかもしれないが、ある人(出口治明氏)が推薦する本の中で、半藤一利氏の『昭和史』がらみの本が「文藝春秋より2分冊で刊行」となっているのは、平凡社ライブラリーの間違いではないかしら?

ちょっと、おやっと思ったのは、この出口さんは、ライフネット生命保険会長兼CEO。半藤氏やヘロドトスやアントニー・ビーヴァーやマハンやマッキンダーなどの本を推奨。日本生命を辞めたあと、今の会社を起業したとのことで、「忙しくなって、あまり書店に行けなくなってしまいました」とのこと。かつては、「大企業(日本生命)に勤めていたので、それほど忙しくはありませんでした。そこで、時間を見つけてはいつも」「神保町に出掛けていました」とのこと。岩波ブックセンターを覗き、古本屋を流し三省堂まで行っていたそうな。

でも今は忙しいので、自宅で読んでいる朝日・読売・日経の書評欄を日曜日チェックし、「これはもう読むしかない」となったら、なんと、近所の図書館にあるかないか調べるというのだ。

「すでに人気で『30人待ち』というような場合には、アマゾンですぐに手配します。2~3人待てばよいのなら、待つようにしています」

この人は、書評ブログを書いたり(HONZにも転載)、読書に関する本も刊行している人。小なりといえども、生保の社長だ。
その人でさえ、図書館にこれだけ依拠している事実を考えると、 「スパ」(2015・10・27号)に出ている、図書館批判派の急先鋒として知られる新潮社常務の石井昂氏が「このままじゃ出版社は絶滅?」「現場の悲鳴と図書館問題」について語っているのもなるほどと?

「出版社のインフラを支えている本が、公立図書館の貸し出しのおかけで、芽が出た途端に摘まれちゃうってことなんです。ここ2~3年はもう、スマホで簡単に調べて予約ができるようになってるから、図書館の利便性がすごく上がってるんだよね。全体の複本が少なくても貸し出しの効率が飛躍的に向上した」「今はもう、『タダで読むのが当然』という感覚になってきてる」
本欄でも、石井氏の嘆きを以前紹介したことがある。そのほかにも、たしか佐野真一氏や林真理子氏などが、講演会などで愛読者と名乗り出た裕福な人が、いつも図書館で借りて読んでいます、でも先生の本は人気なのでなかなか順番が廻ってこなくて‥という趣旨のことを言われて絶句したかと‥‥。
今回、週刊ダイヤモンドで、その実例(証言)をリアルに目にした次第。

僕とて、もう家の中が限界量を越えているので、図書館や古本屋やブックオフなども適宜利用しているし、本の処分もしているし‥‥。

週刊ダイヤモンドによれば、又吉直樹氏の『火花』 (文藝春秋)は、岡山市立中央図書館は94冊も購入し、1082人が予約しているとのこと。大阪市立中央図書館は87冊購入し、3582人が予約しているとのこと。予約末尾の人が読めるのは1~2年先?
あと、千代田区立図書館が「いい図書館」として紹介されているが、広報チーフが「千代田区の図書館は狭く蔵書が少ないため、電子書籍を購入し、オンラインで貸し出している」とのこと。ふ~ん? それにしても、区民でさえ、10冊しか貸し出しせず、区民でない人には5冊しか貸し出ししないのは少なすぎないか? もう少し改革しようという気にならないのかしら?
「本探しだけでなく、近隣の昼食や喫茶のお薦めの店も案内してくれる」コンシェルジュを置いているのが自慢のようだが、本館図書館の自動貸し出し機の脇に、荷物を置くちょっとしたデスク一つ置くぐらいのサービス感覚がないのかしら? 所詮は、お役所仕事、官僚主義にまみれた不便な図書館というしかない?

万城目学さんの「図書館よ、新刊寄贈願いやめて。作家を殺すな」の訴えは正論か?
(2016・6・14・火曜日)

北陸新幹線が開通してから一年以上が経過。金沢・富山古本屋ツアーも実現できていないが、古女房が一足お先に金沢・富山中年女ツアーを先週末、二泊三日で敢行。旅のおみやげと称して、6・12付けの地方新聞(「北日本新聞」「富山新聞」)をくれた。あと升寿司も。
日下公人氏責任編集の『誰も書かなかった「反日」地方紙の正体』 (産経新聞出版)を一読して以来、反日地方紙の研究は時々やっているが(この前も古女房が沖縄に行き、名高い偏向地方紙をもってきてくれたものだったかと)、富山の地方紙を読むのは初めてか?
富山新聞一面のコラム(産経抄みたいなところ)が、「総ルビ」なのが目にとまった(一度出てきた漢字で、また出てきた時には二度目はルビなし)。小学生にも読めるようにとの心がけかな? 結構なこと。
北日本新聞では、社会面に「新刊寄贈願いやめて」「作家・万城目さんツィッターつぶやき」「高岡市立図書館に苦言」という記事が出ていた。
作家の万城目学さんが5月19日のツィッターでこう書いたそうな。
図書館の新作の貸し出しについては、寛容であろうと思っています。文化の多様性を支える一翼でありたいからです。でも、これをやられると、やはり心が冷えます。もしも、すべての図書館がこのやり方で本を集め、タダで貸し続けたら、作家は死にます。http://www.city.takaoka.toyama.jp/library/riyo/kizo/ …

それを受けての記事。以下電子版より。
06月12日 00:29北日本新聞
 「新刊の寄贈願いはやめて」。人気作家、万城目学(まきめまなぶ)さんのツイッターのつぶやきが、県内の図書館関係者の間で話題になっている。高岡市立図書館がホームページ(HP)で、予約件数の多い新作「バベル九朔(きゅうさく)」の寄贈を市民らに求めているのを見つけ、「作家が死ぬ」と名指しで批判したからだ。同館は急きょHPの内容を書き換えた。限られた購入予算の中で、少しでも利用者ニーズに応えようと、同様のお願いをする公立図書館は全国でも多く、図書収蔵の在り方を巡って議論を呼びそうだ。 (文化部次長・近江龍一郎) 「鴨川ホルモー」「鹿男あをによし」などで知られる万城目さんがツイッターに批判を書き込んだのは、5月19日。高岡市立図書館がHPで、読み終えた新刊の寄贈を求めているのを見つけ、「すべての図書館がこのやり方で本を集め、タダで貸し続けたら、作家は死にます」とつぶやいた。HPには、万城目さんの新作のほか、ことし本屋大賞に選ばれた宮下奈都さんの「羊と鋼の森」など、話題作が並んでいた。 同館が新刊の寄贈を呼び掛けるようになったのは2、3年前から。人気作の予約に対応しようとしても、図書購入費は限られ、何冊も同じ本を購入できない事情があった。万城目さんにツイッターで指摘されたことを知り、HPの内容を変更。特定のタイトルを掲げるのをやめ、「出版から5年以内の本」と改めた。 野村剛館長は「窮余の策だったが、作家の心証を害してまでやるべきではないと判断した。市民のニーズも無視できず、頭が痛い」と話した。県内では南砺、魚津市の図書館がHPに書名を挙げて新刊の寄贈を呼び掛けている。 万城目さんはツイッターなどで、図書館が新作を購入して貸し出すことには理解を示しているものの、無償で寄贈を受けてまで貸す姿勢に以前から疑問を向けていた。県図書館を考える会の江藤裕子代表(富山市)は「図書館は未来の読者を育てる大切な場所。問題の本質は、予算が削減され、寄贈に頼らなければならない現状にあるのではないか」と指摘する。

江藤氏は、予算が削減され云々といって寄贈を半ば肯定しているようだが、図書館はそこそこの作家の本なら、少なくとも「一冊」は、購入しているはず。

ちなみに、彼のその作品、都内図書館だと、6月13日朝調べで、品川区立図書館は10冊購入し175人が予約。新宿区は9冊購入し、111人予約。千代田区でさえ、3冊購入し49人予約、江東区は7冊購入し166人予約となっている。富山の問題(?)の高岡図書館は3冊「購入」し、予約は20人。魚津図書館は1冊「購入」しており9人が予約しているようだ。

まぁ、痛し痒しであろうが、購入した人も、手元に蔵書として長年置かなくとも、図書館に寄贈するよりはブックオフにでも売ったほうが、経済学的にはまだいいのでは? 
図書館の「無料貸本屋」的状況に関しては、作家や出版社からも批判が相次いでいることは本欄でも触れた通り。

再録的だが、「本の雑誌」(2014年4月号)でも図書館批判をしていた新潮社常務の石井 昂氏が、『新潮45』(2015年2月号)でも「図書館の”錦の御旗”が出版社を潰す」と題して図書館批判(「図書館の貸出冊数が販売冊数を上回り、出版社は絶滅の危機にある。それはつまり『本』の絶滅に他ならない」)を展開している(「本の雑誌」では「昴という字だったと思うが、「新潮45」では少し異なる漢字になっているが、打ち出せない)。

石井氏は、「日本文藝家協会理事の永江朗さんは、図書館に文句をつけるのは出版社や作家の儲けが減るというずいぶん下品な主張だと著書の中で論じている」「(それは)本を消費する側の論理だけで、生産する側の事情にいささかの配慮もないことである。何故私が複本の自制と貸出猶予をして欲しいと、土下座をしてでもお願いしたいかを全く理解してもらえない」と述懐している。

以前、作家の樋口毅宏氏が自著『雑司ヶ谷R.I.P. 』 (新潮社)の奥付手前に、図書館さまへということで本書の貸し出しは2011年8月25日まで見合わせてほしいと明記していることが話題になっていた。2011年2月に刊行された本だから要は半年間は本屋(乃至古本屋)でしか購入購読出来ないシステムにしたいとのことだ。図書館が新刊をすぐに購入して貸し出す現状が続けば印税収入が減り、著者はやせ細り、死んでしまうと訴えているとのこと(2011年5月11日読売夕刊)。すると高崎市立図書館がこの樋口氏の要望を受け入れるとの見解を出したという。樋口氏のような新刊貸し出し制限は林望氏や逢坂剛氏も主張している。

佐藤優氏が「週刊新潮」(2012・3・1号)で、『「図書館司書」は出版社・書店でご奉公』なるエッセイを書いていた。公共図書館がベストセラーの類を数十冊も購入し、無料貸し出しをすることへの苦言を呈している。
 タダで本を読むことができるのは、一見素晴らしいことのように見えるが、そうではなく、本という商品を造る作家や出版社や流通機関が割を食っている現状を指摘し、「資本主義社会で、タダのサービスは本来ない。図書館が行っているタダのサービスが、結果として、本をつくるシステムを破壊しているのである」と。こういう事実を理解していない図書館関係者に対して、司書の資格を取るときに、その者たちに、出版社、取次ぎ、書店で無給研修をさせよと。

 佐藤氏は、古本屋のネットで古典作品(洋書もあり)を購入することが多いそうだが、最近、そうしたものの中に図書館の除籍本が相当数あるそうな。図書館が廃棄除籍したのを古本屋が購入し販売しているわけだ。本来は、そういう本こそ、図書館がちゃんと保存し、万人向けに貸し出しすべきだと。正論だろう。

またデータは古いが、以前、墨田区立図書館はこんな訴えをしていた(今もしているかは未確認)。

予約が集中している図書の寄贈をお願いいたします
2013年6月6日
墨田区立図書館・コミュニティ会館では、利用者の皆様の多様なご要望にお応えするため、幅広い資料の収集を心がけています。一時的に予約が集中するものについては、複数冊購入していますが、早期の提供ができない状況にあります。現在予約多数となっている下の一覧の図書で、読み終えてご家庭でお持ちのものがありましたら、図書館への寄贈をご検討ください。ご寄贈いただける場合は、お手数ですが、図書館・コミュニティ会館にお越しの際にお持ちください。
予約多数図書
No 書名 著者名 出版社
1 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 村上春樹著 文藝春秋
2 海賊とよばれた男 上 百田尚樹著 講談社
3 舟を編む 三浦しをん著 光文社
4 64 横山秀夫著 文藝春秋
5 海賊とよばれた男 下 百田尚樹著 講談社
6 夢幻花 東野圭吾著 PHP研究所
7 ソロモンの偽証 第1部 事件 宮部みゆき著 新潮社
8 禁断の魔術(ガリレオ 8) 東野圭吾著 文藝春秋
9 空飛ぶ広報室 有川浩著 幻冬舎
10 ソロモンの偽証 第2部 決意 宮部みゆき著 新潮社
11 桜ほうさら 宮部みゆき著 PHP研究所
12 ソロモンの偽証 第3部 法廷 宮部みゆき著 新潮社
13 虚像の道化師(ガリレオ 7) 東野圭吾著 文藝春秋
14 聞く力 阿川佐和子著 文藝春秋
15 ハピネス  桐野夏生著 光文社
16 世界から猫が消えたなら 川村元気著 マガジンハウス
17 何者 朝井リョウ著 新潮社
18 ナミヤ雑貨店の奇蹟 東野圭吾著 角川書店
19 母性 湊かなえ著 新潮社
20 白ゆき姫殺人事件 湊かなえ著 集英社

ここでは、幸いにも万城目学氏の著作はなし? でも、高岡市立図書館、墨田区図書館同様のことを全国の図書館はやっているのだろう。

ともあれ、雑誌同様、複数本を購入した図書に関しては、少なくとも「奥付刊行日」より一カ月(ないし2カ月)は、館内閲覧のみ認めて、貸出は一カ月後(2カ月後)からするという手もあろう。すでに週刊誌や月刊誌は、次号が出るまでは館内閲覧のみにしているではないか。同様の扱いを単行本や文庫に課してもおかしくはない。館内閲覧はできるのだから。「一冊」のみ購入した本は、図書館に届き次第の貸出は容認するとして。一冊のみはすぐに貸出をスタートさせても、残りの「複数本」は一、二カ月は館内閲覧のみ容認するとか。そういうシステムも可能では? 映画だって、映画館の上映のあと、しばらくしてからDVDが出て、それが図書館に一部やってくるのはかなり月日がたっているのでは。図書館でのCD貸出も本と同様の問題点があるかも?

初版から何十万も出せるようなベストセラー作家ならともかく、初版1万部前後からスタートする中堅作家にとって、図書館が図書館流通センターなど経由で1000冊前後購入するということはいろいろと思案もさせられよう。

昔と違ってパソコンを通じてボタンひとつで予約もできる。自宅周辺のみならず勤務先周辺の図書館を利用することもできる。駅前図書館やコンビニでも貸出返却可能。電車で見ていると、スマホいじりに熱中している人(まぁ、必死こいてゲームボタンを押している人たち。煩い!)の中に、本を読んでいる人もまれにいるが、図書館ラベルがついていることが多い。雨の日でも、無造作に読んで、本に向かってくしゃみをしたりしているから……。図書館の本は布カバーをつけて丁寧に読もうといった公共心は衰退気味?

ともあれ、定価1500円前後で初版1万部前後の作家にとって、図書館が1000~2000冊購入するということは、やはり痛手であろう。初版1000-2000部以下の高額専門書(5000円前後から1万円弱程度)を図書館が100冊でも購入してくれるのは恩の字かもしれないが。専門書を書く人は大学の教師としての「収入」がまずあり、図書も印税なしということも多いかもしれないが、まだ余裕があるのでは? 

その点、職業作家は、それが唯一の収入である。定価1500円で、一万部で、印税が150万円。雑誌連載をまとめる本なら、雑誌掲載時に原稿料も入るとしても、400字400枚で、一枚5000円で200万円? あわせて年間一冊で350万円。書き下ろしだと150万円だけ。一万部スタートで、増刷になり2万部までいけば、これまた恩の字。少し前ならそれぐらい行けたのに、不況やら図書館の充実(?)で、初版止まり。その初版部数も右肩下がり…と。

佐野眞一さんや林真理子さんなどに、いつも楽しく読んでいます、でも先生の本は人気があって、図書館でかなり順番待ちなので…と面と向かって公言する自称「愛読者」もいるそうな。面食らう?
とはいえ、高めで、宮田昇氏の『図書館に通う 当世「公立無料貸本屋」事情』 (みすず書房)のような本は、書名からして図書館で借りて読むのが礼儀というものかもしれないが?(僕もこの本は図書館で借りて読みました。それで十分な内容でしたから。2400円程度の節約にはなったかと? そのお金を古本屋に落とす? )。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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青木裕子氏の『軽井沢朗読館だより』があるなら、古川いおりさんの『フランス書院朗読館だより』があってもおかしくない?
(2017・10・5・木曜日)



青木裕子氏の『軽井沢朗読館だより』 (アーツアンドクラフツ)を読んだ。

(こんな内容)→元NHKアナウンサーが定年退職後、軽井沢に、私費を投じて(退職金はそれほどの額ではなく、軽井沢といっても水など不備な土地だったからやれたとの本人の弁あり?)、日本で初めての軽井沢朗読館を設立。また2013年、軽井沢町立図書館長に就任しているが、そうしたボランティア的活動を報告した書。

詩や小説の一部の朗読を鑑賞するという催しなどの紹介がされているが、それはさておき、視聴覚障害のある人にとって、「本の朗読」はありがたいものだろう。
将来、機械化の進展により、活字データがあれば、自動的に音声化できるようになるのかもしれない。そうなると、いちいち、生身の人間が、朗読するよりは早く安く「音読」が可能になるのではないか。あらゆる本が朗読本になるのでは。シンギュラリティ社会は、そういうことか?

この本では、『平家物語』『草枕』など、いわゆる文学作品の朗読が紹介もされているが、そういうマジメなジキル本ばかりではなく、ハイド本もあってしかるべき?

例えば…。
フランス書院文庫などは、ホームページで、毎月新刊が出るたびに、さわりの部分をアダルト女優に「朗読」させている。例えば、神瀬知巳氏の新作『熟女お手伝いさん ワンルームでふたりきり』を、古川いおりさんが…。

(この本のさわりの部分はこんな感じ。これを朗読しているわけではないが…)
 女体をゆすられる。秘芯から生じる快楽は、口唇愛撫と飲精で高まっていた女体には、麻薬のようだった。
「ご、ごめんなさいっ」
 謝り、自ら腰を振る。こうして硬く張り詰めさせている原因は、自分だった。昂りをなだめるため、そしてより深い快楽を味わうために、百合子は淫らな仕草でくいっくいっとヒップを前後させた。
「浮気しない? 僕以外の男に、この身体をさわらせない?」
 亡くなった夫の存在が、青年の頭のなかにあるのかもしれない。涼一は嫉妬の炎を燃やして対抗心を抱き、ペニスを猛らせていた。子宮を圧するように、衝き上げてくる。
「しませんわっ」(以下略)

このカギカッコの会話部分を、古川さんがちょっと感情を込めて「朗読」し、説明文は淡々と「朗読」する…というのが通常のスタイルのようだ。時間にして数分あるかないか程度?
こういう文章をすべて、古川さん一人が朗読している。このあたりは、やはり少年は少年の声で、熟女はやはり熟女の声で、説明文はまた別の人が、やってもらうほうがいいだろう。

そんなふうに、人工音声も、将来は、男声、女声、セクシー声など、ボタン一つで調整できるようになるのだろうか? キンドルで購入すれば、そういう音声読書も可能になるようになるのか? ううむ、長生きしたい?  視力が衰えても聴力があれば、「音読」も可能だから。

青木さんの本を読んで、あらぬ方向に「想像力」が転移してしまったが…。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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川口麻里さん。奥出麻里さん、戸田エミリさん、松岡ゆいなさん、春日陽子さん…実在する「図書館司書」は誰だろうか?そして、図書館をしゃぶりつくす、いや使いこなすには、司書をどう使いこなすかにかかっている!
(2017・7・6・木曜日)




昨日の日経新聞(2017・7・5)が大学図書館の特集記事(変わる役割・文献探し入試論文・お茶の水大…)を掲載していたからというわけではないが、奥出麻里氏の『病院図書館の世界 医学情報の進歩と現場のはざまで』 (日外アソシエーツ)を読んだ。

病院の図書館勤務を務めた図書司書の体験記といったところ。普通の図書館と違って、医者などからの論文の注文やら、特殊な機能を果たす必要があったようだ。ワープロ、パソコン以前の「手書き」の資料整理などはいろいろと大変だったようだ。

ふと、斎藤晃司氏の『図書館司書・麻里』 (二見文庫)を思い出した。フフフの小説だったか…。主人公の女性は川口麻里さん。奥出麻里さんとは何の関係もないが…。

そのほか、「図書館司書」といえば、「女教師」「保健教師」ほどではないが、ある分野では定番の職業。例えば[DVD]では……。

「本物! 現役! 図書館司書3本番&初体験ごっくんで公式デビュー 戸田エミリ」 、「某エリート大学図書館 現役司書補 松岡ゆいな 20才 AVデビュー キチックス/妄想族」「県立某大学に勤務する図書館司書が1本限りの奇跡のAVデビュー 春日優子 」なんていうのもあるようだが?(いずれも未見)。

それはさておき、引き続き、寺尾隆氏監修の『図書館徹底活用術 ネットではできない! 信頼される「調べる力」が身につく』 (洋泉社)を読んだ。

こちらは図書館をいかに利用するかを論じたもの。ハマザキカクさんやらも登場。
国会図書館も様変わりしているようだ。ここ、十年以上、国会図書館には足を運んだことがない…。まぁ、そこまでの知的生活はしていないけど、困ったものだ? パソコンの画面を通して、書名などを確認する程度……。これも僕が学生時代の時には、国会図書館に出かけて、先の本でも出ていたように引き出しを引っ張って「カード」を見て、メモしていたものだ。そのメモを片手に、古本屋を行脚したのも懐かしい。

いまなら「日本の古本屋」や「アマゾン」で手に入る?  いやいや、なんだかんだといっても、そういうところで「ヒット」しない古本とて、まだまだヤマのようにあるのだ。だからこそ、古本屋古本市に通う価値はある。ブックオフとて、珍本や掘り出し物に遭遇する可能性はゼロではなく、ネバーセイネバーではあるから…。しかし……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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図書館も鉄道会社も潰れないと思っているから「親方日の丸」目線でモノを言うのかな?
(2017・5・1・月曜日)




今日は連休の「谷間」だから通勤通学電車も朝のラッシュ時、空いているのではないか?

「時差出勤しましょう」とかいろいろと鉄道会社はやっている。しかし、7時、8時台の電車数に比べて、時差出勤になる9時台の電車の本数は大体減っている。とならば、時差出勤すれば、9時台の電車がこれまた「痛勤ラッシュ」になるのは目に見えている。「時差出勤しましょう」というなら、ダイヤ改正の時、9時台の電車の本数をこんなに増やしました…とでもやるならまだしも、そんな宣伝文句聞いたことがない。

鉄道会社からすれば、7時~8時台のラッシュが少しでも緩和すれば、遅れも出ず、少し空いている9時台電車が混めば、バランスがとれてホクホクになるのかもしれないが……。これって、省エネのために、電車車内の蛍光灯省きと同様本末転倒では?

だいたい鉄道会社というのは、潰れないと思っているのか目線が高くて親方日の丸会社が多い。最近JR東日本なんか、駅構内のアナウンスで、体の不自由な人を見かけたら、お前たちちゃんと面倒みろよ(という趣旨の布告?)をひっきりなしに流している。そんなの、まずはお前たち(鉄道会社)の仕事だろう。それを一言断った上で、でも駅員の数にも限りがあり、目が届かないこともあるかもしれませんので、そこのところよろしく…という言い方なら納得するが、そんな口調ではないから、「相変わらず、親方日の丸のバカどもめ」と思ってしまう。

この前も高円寺の駅構内のトイレを利用していたら、ひっきりなしに旅行のアナウンスが流れるので、窓口で、少し減らしたらどうだ、一回流したら、少し空白タイムを作ってまた流すようにしたらどうだと助言したが……。本当になんでも自動音声アナウンスを流せばいいと思っている。

この前、駅着が1分遅れ、二分遅れても何のアナウンスも流れない。4分ほど遅れて、自動音声でまもなく電車が来ます…と。さすがに5分ほど遅れている時は、ナントカンカトカで遅れていますとの肉声アナウンスはあったりしたが…。電車がやってきて、すごく混んでいるものの乗ったら、車掌は次の電車はすぐ隣まできています…とのこと。そういうことは駅ホームでも流せと言いたい。「選択の自由」を行使できるように(急ぎではなく、すぐ次の電車がくるならそっちは少しは空いているだろうから、そっちに乗ろうと思う人だっているだろうから…)。きちんと情報を伝えるべきなのに、臨機応変のアナウンスができないのはプロ失格というしかあるまい。3・11の時、シャッターを閉めて利用者を締め出した「親方日の丸精神」は、その昔の「遵法スト」やら、やりたい放題だった労組の伝統もあってか、相変わらずというしかない。最低の鉄道会社だ。

「親方日の丸」ではメトロも負けていない。有楽町線沿線の駅の多くは、相変わらず、ホームの待ち椅子の真上の蛍光灯を省いている駅が多い。待ち椅子で読書する人もいるんだよと、口頭でホームにいる駅員に何度か注意しているものの改善されない。バカ会社というしかない。

ともあれ、最近はパスモやらで、「管理社会」化が進んでいるが、時差出勤をそんなに勧めたいなら、こういう定期券を利用している客が、平日、午後9時以降利用したら、「ポイント」をつけて、還元するとか、平日の始発から午前8時までは利用できない定期券だと、一割引きで売るとか(利用できない時間帯に利用したら「10」円取るとか……。そういうアイデアを発揮して、時差出勤すると「トク」することがあると利用者や会社に思わせるような対応をすればいいのに、そういう発想は浮かばないのか? バカじゃないか。

メトロは「一日乗車券」を24時間単位にし、値段も値下げした。しかし、JR東日本や都営と連動している一日乗車券は、(多分だが)24時間制ではない? だとしたら、こういうのは、やはり連動して、24時間制にして、値段も下げるとか鉄道会社どうしで工夫してほしいものだ。JR東日本の一日乗車券は相変わらず750円もして、「一日」単位。これも24時間制にして、700円ぐらいにする度量がないのか。バカじゃないか?

同様に最近、区立図書館が、自分ちの「区」(&周辺区)の住民(や通勤者)でないと差別をするようになってきた。杉並区みたいに、図書館カードも作ってやらないというのは、非道だが、文京区などは、貸出冊数などの差別をするようになった。まぁ、住民税が落ちない?から、その程度の差別は仕方ない? 「区別」の範疇か。

ただ、その中で、新刊図書などに関して、区民はすぐに予約出来るが、区民でないと、予約がすぐに出来ないように差別するようになっている。それもまぁいいだろうが、こういう「操作」が出来るなら、新刊図書そのものを利用者に対して貸出制限をすることも可能になるではないか。

新潮社の重役が図書館に対していろいろと苦情を呈しているが、新刊図書の「複本」をまずは制限。区立図書館一冊が原則。せいぜい、分館含めて各分館ごとに一冊。刊行してから半年はそういう体制にする?

そして貸出も、奥付から一カ月(いやもっと?)は館内閲覧は自由だが貸出は制限する…。これなら、図書館の自由に反することはない(読むことは可能。ただし新刊はすぐには貸出はできない)。新着雑誌なんかいまでも、次の号が届くまで、館外貸出はできないようにしているではないか。同じことを本に対してやってもおかしくないはずなのに、図書館がそういう処置を取らないのは「二重基準」ではないのか? 傲慢だからじゃないか?

図書館カードは電子システムで処理されているのだから、刊行してから数カ月経過すれば、これまで通り、自由に区民でなくとも借りられる体制は維持される。新刊はすぐには借りられなくとも、館内閲覧は自由…。そういうルールを作ることによって、物書き、出版社、利用者なども共存共栄できる体制が可能になるのでは。早く読みたい人は買えばいい。急がない人は、図書館で待つのも「選択の自由」だろう。

村上春樹さんといえども、一つの区立図書館が何十冊も購入し、その借り手が何百人もいては……。 『騎士団長殺し』もいまやブックオフで並んでいる。よくは見ていないが、ブックオフも強気だから、定価の半額というわけではなく、7~8割程度の設定では? ちなみに5月4日~7日は、本は定価の二割引セール? 「せどり」さんがまた殺到する? この人たち、棚の前でバーコード読取機か何かを使って、ピッピッピッピッとやっているけど、ちょっと目障り。
ともあれ、僕も、軽いエッセイ本などは図書館で借りて読むので十分と思っている。「蔵書」もこれ以上増えても置き場所に困る。買っても読み終えれば処分もしている。電子本ならば、「蔵書」という悩みは起きないかもしれないが…。

前置きが長くなったが、野鳥たちが元気に飛び交う季節。
日本生態系協会編の『にほんのいきもの暦』 (角川文庫)を読んだ。

内容(「BOOK」データベースより)
移ろいゆく季節とともに、根を下ろす植物、咲く花々、歌い鳴く鳥や虫たち―ふと顔を見上げてみれば、想像を超えた生命のドラマが繰り広げられていることに気づくはず。人の暮らしのそばでたくましく生きる、そんな小さな命が本書の主役。日本の多様な生きものを立春から大寒まで、二十四節気に沿ってオールカラーの写真と文章で紹介。自然と暮らすヒントや豆知識も満載。日々の散歩や観察、俳句作りにも役立つ文庫図鑑!


ウグイスが意外とヒヨドリに(色が)似ていることを知った。鳥やら虫やら植物やら、カラー写真で垣間見ることができる。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

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水天宮~森下~清澄白河を歩きながら、改めて、中央区立図書館というのは、新しい本を無料で貸出することにしか意義を見いだしていないのではないかと疑ってしまった
(2017・3・21・火曜日)






昨日(月曜日・祝日)は家でのんびりと過ごそうと思っていたが…。日曜日午後から使った地下鉄一日乗車券が、24時間単位なので、月曜日の午後2時ごろまで使える。日曜日のうちに、5回乗車しており、600円(税込み)の元は取っているのだが……。

ふと、手にしていた屋敷直子氏の『東京こだわりブックショップ地図』 (交通新聞社)の冒頭部分で、清澄白河駅周辺の(古)本屋が出てきて、そういえば、この界隈も一年以上ご無沙汰しているなと…。

ということで,まずは水天宮へ。ポカポカ陽気。寒くない。
駅近くの喫茶店「快生軒」はお休み。土曜日なんかは臨時禁煙になっていたかと。常盤新平さん愛用の喫茶店であったようだが……。久しぶりに日本橋図書館に立ち寄る。この前までは5階だった図書館が七階に移動。なんでもかんでも「機械式」に利用者が処理するシステム。5階の時は、図書館館員はほとんど裏に隠れる(?)ような感じだったが、7階は一応「前面」には待機している感じに「改善」はされていた?

でも、この図書館、昭和45年以前の本は一切「貸出」をしないというゴーマン官僚型図書館だったかと。困った図書館? しかも、昭和40年前後の本なんか、移送して、それぞれの図書館で読むことぐらいできるだろうに、京橋まで来いとのこと。親方日の丸図書館というしかない。救いは杉並区立図書館のように「区民」&「区に隣接する区・市民」のみにしか図書館カードを発給しないということはしていないということ。いずれ、そうなるのでは? そうなると都内最悪サイテーの図書館になる?


京橋図書館の所蔵図書のうち、別置図書(明治期から昭和45年までに発行された図書資料)は、館外貸出を禁止いたします。
これらの資料につきましては、発行時から相当の期間が経過しているため、資料自体の劣化が進行してきていること、資料の代替や買換えが困難となっていることなどにより、資料の保存を考えて、館外利用の禁止(禁帯出資料)とするものです。
なお、利用につきましては、京橋図書館内での閲覧のみとなります。複写に関しては、昭和20年以前の資料は不可、それ以外の資料については、資料の状態により不可となります。
閲覧は京橋図書館のみとなり、事前の予約が必要です。
予約の申込みは、各図書館のカウンター又は電話で受け付けます。


この文章にしても、 「館外貸出を禁止いたします」といった文章が官僚主義的だろう。 「恐縮ですが、館外貸出をお断りしています」と書けないものか?

中央区民は、他の図書館なら貸出している昭和40年前後の本が、なぜ中央区立図書館は貸出をしないのか、せめて、各分館にまで移送することすらしないのかと追及すべきだろう。僕が区議会議員なら、こういう図書館行政に対して質問をこころみるだろう。図書館が本を貸さないなんて本末転倒だろうと。こんな使いにくい図書館はあるまい。新しい本を無料で貸出することにしか意義を見いだしていないのではないかと疑いたくもなる?

ともあれ、図書館を出て、ぶらぶらしながら隅田川を渡って森下駅方面へ。途中の橋にあるベンチにも人が座っている。日差しも暑くはなく、風もほどほどで寒くもない。このベンチで少し本を読むのもいいかも。と思ったが、ラジオを点けているオッサンが一人いた。やれやれ。公共の場所で、静かに過ごすということができない愚鈍が世の中にはいるものだ。橋を渡り、この通りにたしか古本屋が一軒あったが……。いつも「閉店」。見当たらず。

そのまま通りすぎて、まずは「古書ドリス」へ。ちょうど正午で開店したばかり。なかなかいい古本屋。静岡の「水曜文庫」に似た感じ。品揃えも店の造り、雰囲気も。水曜文庫のほうがちょっと奥行きがあるか?

竹村健一氏の『欧米ポルノ名作教室』 (明文社)が3000円。ううむ…。竹村氏のピンク英会話シリーズのような本は何冊か持っている。この本は初めて見たような……。カバーに覚えがない?
欲しいと思ったが3000円はちょっと手が出せない? 断念。「日本の古本屋」では1200円で出している古本屋もあったが、それでも高い?
『欧米発禁本 海外エロ小説入門』 (明文社)は持っている。この本の改題本ということはないだろうか? まったく別の本だろうか? 見比べるためにも買うべきだったか?

ともあれ、次の店へ。 「古書ほんの木」は、月曜日休み。でも祝日だから開いているかな?と思ったが……。シャッターが半分開いていたが……。残念。
そのあとテクテクと歩いて清澄白河駅周辺へ。寺が多いのでお墓参りの人もいるようだ。仏花が一束500円~800円ぐらいで売られていた。実家の墓参りは弟に任せていたが…。深川飯の店屋の前には行列も。

「しまぶっく」の軒先でタマゲタ? 軒先のコーナーで綺麗な文庫が200円というのはまぁ普通として、なんと近刊の単行本が100円で売っているのだ。この前、本欄で紹介したばかりの、千数百円はする猪木武徳氏の『自由の思想史 市場とデモクラシーは擁護できるか』 (新潮社・新潮選書・1404円)や、有馬哲夫氏の『「スイス諜報網」の日米終戦工作 ポツダム宣言はなぜ受けいれ られたか』 (新潮選書・1512円)がなんと100円なのだ。「安過晋作」ではないか。700円というのを線引きして100円にしていたが……。店主は太っ腹?
別に本文中に線引きがあるわけでもなく、カバーも汚れていないし、ここ1~2年前に出たばかりの本だというのに……。猪木氏の本は読んでいるが、有馬氏の本はこれは読んでないのでは(持っているか?)と思ったが…。

特に買いたいものはなく、テクテクと歩いて「smokebooks」へ。ここも買いたいものはなし。

ということで、何も買った古本はなかったが、ブラブラと町中を歩いて楽しめた。清澄白河界隈は、高円寺の一部商店街のように電柱から煩い音楽が垂れ流されることもなく静寂。 もう少し古本屋が増えたら、高円寺に負けないだろう。あと、「やよい軒」があれば尚いいかも?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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