古本虫がさまよう 図書館
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水天宮~森下~清澄白河を歩きながら、改めて、中央区立図書館というのは、新しい本を無料で貸出することにしか意義を見いだしていないのではないかと疑ってしまった
(2017・3・21・火曜日)






昨日(月曜日・祝日)は家でのんびりと過ごそうと思っていたが…。日曜日午後から使った地下鉄一日乗車券が、24時間単位なので、月曜日の午後2時ごろまで使える。日曜日のうちに、5回乗車しており、600円(税込み)の元は取っているのだが……。

ふと、手にしていた屋敷直子氏の『東京こだわりブックショップ地図』 (交通新聞社)の冒頭部分で、清澄白河駅周辺の(古)本屋が出てきて、そういえば、この界隈も一年以上ご無沙汰しているなと…。

ということで,まずは水天宮へ。ポカポカ陽気。寒くない。
駅近くの喫茶店「快生軒」はお休み。土曜日なんかは臨時禁煙になっていたかと。常盤新平さん愛用の喫茶店であったようだが……。久しぶりに日本橋図書館に立ち寄る。この前までは5階だった図書館が七階に移動。なんでもかんでも「機械式」に利用者が処理するシステム。5階の時は、図書館館員はほとんど裏に隠れる(?)ような感じだったが、7階は一応「前面」には待機している感じに「改善」はされていた?

でも、この図書館、昭和45年以前の本は一切「貸出」をしないというゴーマン官僚型図書館だったかと。困った図書館? しかも、昭和40年前後の本なんか、移送して、それぞれの図書館で読むことぐらいできるだろうに、京橋まで来いとのこと。親方日の丸図書館というしかない。救いは杉並区立図書館のように「区民」&「区に隣接する区・市民」のみにしか図書館カードを発給しないということはしていないということ。いずれ、そうなるのでは? そうなると都内最悪サイテーの図書館になる?


京橋図書館の所蔵図書のうち、別置図書(明治期から昭和45年までに発行された図書資料)は、館外貸出を禁止いたします。
これらの資料につきましては、発行時から相当の期間が経過しているため、資料自体の劣化が進行してきていること、資料の代替や買換えが困難となっていることなどにより、資料の保存を考えて、館外利用の禁止(禁帯出資料)とするものです。
なお、利用につきましては、京橋図書館内での閲覧のみとなります。複写に関しては、昭和20年以前の資料は不可、それ以外の資料については、資料の状態により不可となります。
閲覧は京橋図書館のみとなり、事前の予約が必要です。
予約の申込みは、各図書館のカウンター又は電話で受け付けます。


この文章にしても、 「館外貸出を禁止いたします」といった文章が官僚主義的だろう。 「恐縮ですが、館外貸出をお断りしています」と書けないものか?

中央区民は、他の図書館なら貸出している昭和40年前後の本が、なぜ中央区立図書館は貸出をしないのか、せめて、各分館にまで移送することすらしないのかと追及すべきだろう。僕が区議会議員なら、こういう図書館行政に対して質問をこころみるだろう。図書館が本を貸さないなんて本末転倒だろうと。こんな使いにくい図書館はあるまい。新しい本を無料で貸出することにしか意義を見いだしていないのではないかと疑いたくもなる?

ともあれ、図書館を出て、ぶらぶらしながら隅田川を渡って森下駅方面へ。途中の橋にあるベンチにも人が座っている。日差しも暑くはなく、風もほどほどで寒くもない。このベンチで少し本を読むのもいいかも。と思ったが、ラジオを点けているオッサンが一人いた。やれやれ。公共の場所で、静かに過ごすということができない愚鈍が世の中にはいるものだ。橋を渡り、この通りにたしか古本屋が一軒あったが……。いつも「閉店」。見当たらず。

そのまま通りすぎて、まずは「古書ドリス」へ。ちょうど正午で開店したばかり。なかなかいい古本屋。静岡の「水曜文庫」に似た感じ。品揃えも店の造り、雰囲気も。水曜文庫のほうがちょっと奥行きがあるか?

竹村健一氏の『欧米ポルノ名作教室』 (明文社)が3000円。ううむ…。竹村氏のピンク英会話シリーズのような本は何冊か持っている。この本は初めて見たような……。カバーに覚えがない?
欲しいと思ったが3000円はちょっと手が出せない? 断念。「日本の古本屋」では1200円で出している古本屋もあったが、それでも高い?
『欧米発禁本 海外エロ小説入門』 (明文社)は持っている。この本の改題本ということはないだろうか? まったく別の本だろうか? 見比べるためにも買うべきだったか?

ともあれ、次の店へ。 「古書ほんの木」は、月曜日休み。でも祝日だから開いているかな?と思ったが……。シャッターが半分開いていたが……。残念。
そのあとテクテクと歩いて清澄白河駅周辺へ。寺が多いのでお墓参りの人もいるようだ。仏花が一束500円~800円ぐらいで売られていた。実家の墓参りは弟に任せていたが…。深川飯の店屋の前には行列も。

「しまぶっく」の軒先でタマゲタ? 軒先のコーナーで綺麗な文庫が200円というのはまぁ普通として、なんと近刊の単行本が100円で売っているのだ。この前、本欄で紹介したばかりの、千数百円はする猪木武徳氏の『自由の思想史 市場とデモクラシーは擁護できるか』 (新潮社・新潮選書・1404円)や、有馬哲夫氏の『「スイス諜報網」の日米終戦工作 ポツダム宣言はなぜ受けいれ られたか』 (新潮選書・1512円)がなんと100円なのだ。「安過晋作」ではないか。700円というのを線引きして100円にしていたが……。店主は太っ腹?
別に本文中に線引きがあるわけでもなく、カバーも汚れていないし、ここ1~2年前に出たばかりの本だというのに……。猪木氏の本は読んでいるが、有馬氏の本はこれは読んでないのでは(持っているか?)と思ったが…。

特に買いたいものはなく、テクテクと歩いて「smokebooks」へ。ここも買いたいものはなし。

ということで、何も買った古本はなかったが、ブラブラと町中を歩いて楽しめた。清澄白河界隈は、高円寺の一部商店街のように電柱から煩い音楽が垂れ流されることもなく静寂。 もう少し古本屋が増えたら、高円寺に負けないだろう。あと、「やよい軒」があれば尚いいかも?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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千代田区立図書館は、図書館印を押すのが大好きだけど、貸出するのは嫌がる、奇妙奇天烈な親方日の丸図書館ですね?(2017・3・3・金曜日)





この前、仕事に必要な本を、近場にある千代田区立図書館で予約した。その図書館(分館)にあれば、朝予約すればその日のうちに午後借り出せるから便利だ。とはいえ、時々指摘しているが、この図書館はケチ。なにせ非区民は一人5冊までしか予約できないし、貸出も5冊しかできないのだ(区民とて10冊どまり)。僕は妻のカードも駆使して辛うじて10冊は利用できる。

すると、時々、窓口の女性が、「このカードはご本人さまですか」と嫌がらせ的(?)質問をすることがある。僕の場合、まぁ、同姓だから、家族だからということでナントカクリアーしているが。
ただ、会社の人で、上司が部下にちょっとこの資料、図書館で予約したから、代わりに借りてきてと図書カードを託することもあるのかもしれない。でも、その程度の「借用」は許容範囲だろう。盗んだ図書カードを悪用されるということもあるかもしれないが、まぁ、壊れたテープレコーダーじゃないが、ご本人さま云々を、制服を着用して椅子に座っている女性がいちいち確認するのも、「お役人」でないとできない?

この前、妻のカードを駆使して本を借りたあと、窓口の女性に苦情を伝えた。

「あのね、本というのは拾い読みする時もあるの。調べ物のために何冊も借りてチェックすることもあるの。お役所的発想だと、2週間で本を読むのは数冊だろう、と思うのかもしれないけどね。おたく、蔵書数が少ないから、ほかの図書館みたいに15冊~20冊貸し出されると、棚がスカスカになるからと思って、非区民には5冊しか貸し出さないようにしているんじゃないの? 文京区は非区民だって、15冊貸出認めているよ。区民なら4月からは30冊になるんじゃないのかな? 館長に言ってよ。たまにアンケートがあったら書いて提出もしているけど、一向に改善しないじゃないの。コンシェルジュだかなんだか知らないけど、そんなの置いて悦来るのもほどほどにしたら。利用しやすい、愛される図書館になりたいなら、この貸出制限を緩和しなさいよ」と。

ちなみに文京区も、区民と非区民の「差別」を、この4月からはじめるようだ。それでも、従来通りの貸出基準を維持し、区民は、さらに緩和するという方針。区民だと貸出は30冊、予約も20冊まで可能。千代田区に比べると、二倍、三倍!? この格差。住むなら千代田区より文京区? 会社勤めるなら千代田区より文京区? 杉並区は、区民でない、区に勤めていない、区の隣接区でない人には図書館カードを作成しないなんてことをやったが、文京区はそういうことはしないようだ。都民でなくても近隣県民でもカード作成は可能なようだ。しかも、「区民」の中には通勤者も含めるとのこと。ということは、千代田区通勤者は5冊だけど、文京区通勤者は30冊。その格差、六倍!

(文京区)ニュース 区民優先制度の導入について
区民へのスムーズな資料提供を実現するために、2017年4月から区民優先制度を導入します。
(区民優先制度でいう区民とは、文京区在勤・在学の方も含みます。)
【サービス内容(2017年4月1日から)】
◆貸出点数 (図書・雑誌/CD・カセット・レコード/DVD・ビデオ)
 区民   合わせて30/各10/各2
 区民以外 合わせて15/各 5/各1

◆予約点数 (図書・雑誌/CD・カセット・レコード/DVD・ビデオ)
 区民   合わせて20/各5/各2
 区民以外 合わせて10/各3/各1
◆未所蔵資料のリクエスト
 区民以外の方は、区内に所蔵のない資料のリクエストは受付できなくなります。
◆新着資料
 区民以外の方は、受入から1か月未満の新着資料の予約ができなくなります。



それにしても、親方日の丸図書館というのは、奥付やら、あちこちに○○図書館の蔵書印を押したがる傾向がある。奥付に押すのはいいと思う。最初のトビラに押すのもいいだろう。本の外側の「下」(地)に押すのもまだいい。しかし、「上」(天)に押すのは止めたほうがいいのではないか?
というのも、そこに押されると、電車で座って借りた本を読んでいると、前に立っている人に、あぁ、この人、図書館で本を借りている貧乏人と思われるから…ではなくて(?)、新宿区とか国立市とか押していると、中央線の通勤者などだと、あぁ、この人、その駅でおりるかなと思われてしまうから?  まぁ、そんなに細かくチェックする人もいないだろうが……(この図書館が実際に押しているかどうかは未確認)。

それでも貸すほうの作法として、むやみやたらに本に「検印」のごとく図書館名印を押さなくてもいいのにと思う。無粋なのだろう。

借りるほうの作法としては、なるべく汚さないで読んで返すべきであり、無造作に裸の手で本のカバーに触れないようにしている。手垢がつかないようにブックカバーをかけているし(図書館の本にはカバーにコーティングかなにかをしているから、あまり手垢はつかないようにはなっているだろうが)。
その点、千代田区立図書館、100%そうというわけではないようだが、この前、ある新刊本を手にしたら、まぁ、上、下、奥付、トビラと蔵書印を押しまくっていた。本当は本の本体の「上(天)」「下(地)」だけでなく、「小口」にも押したいんじゃないか?  本を貸す手間を惜しみ、貸すのはほかの図書館の数分の一、しかし、蔵書印を押すのはほかの図書館の数倍。執念だね。奇妙奇天烈な図書館というしかない。

 それにしても、最近「区民以外の方は、受入から1か月未満の新着資料の予約ができなくなります」といった制限をつける図書館が増えているようだ。これをさらに敷衍すれば、新着図書は奥付日付より一カ月(半年?)は図書館外貸出を、利用者全員に対して制限することも可能になるのでは。
作家などから図書館迷惑論が広がっている。

その苦情との妥協点としては、館内閲覧は当然これまで通り自由というのは保障しつつ、複本の制限やら館外貸出は制限するということは可能なのかも。週刊誌や月刊誌だって、次の号が出るまで館内閲覧しかできない。次の号が出てから、外への貸出が可能。だったら、新書や文庫のような定期刊行図書なら、少なくとも一カ月は、館内でしか読めないという制限をしても、図書館の自由の逸脱にはならないだろう。
時代の変化にあわせての運営をすべきだろう。極端な貸出制限(5冊オンリー)もおかしいし、新刊図書を何冊も購入して無料貸本屋みたいにふるまうのもおかしい。柔軟思考が図書館館長には求められる。

ところで、村上春樹氏の『騎士団長殺し』 (新潮社)なる本。第一部、第二部二冊。文京区立図書館はすでに一冊所蔵。予約は300人超えている。今後、複本を用意するのか? ちなみに千代田区立図書館はまだ購入していない。これも格差かな? まぁ、こういう時も、刊行されてから半年は少なくとも一冊のみ購入とか、分館がある区立図書館は、分館ごとに一冊のみ購入とか。そういう原則を取るべきかもしれない。村上さんの本だと、以前の本だと、各区立図書館が何十冊も購入していたのでは。新潮社の新刊も同じ運命? 新潮社はたしか常務だったかどなたかが、図書館の無料貸本屋化に警鐘をならしていたかと。村上さんレベルなら、まだしも、初版数千部で、堅実に増刷して一万~の中堅作家が、図書館の無料貸本化故に大変…という訴えも理解可能。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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経団連図書館と杉並区立図書館の違いとは?
(2017・1・20・金曜日)






村橋勝子氏の『情報便利屋の日記 専門図書館への誘い』 (樹村房)を読んだ。
著者は、経団連ライブラリーに永年勤めた人。生年は略歴に出ていないが、1966年に経団連事務局に入局(就職)したとのことだから、失礼ながらも、まぁ、「(戦争に)勝(つ)子」という名前からして、戦前(戦時中)生まれでは? 古希は過ぎている?
「図書館」といっても、普通の図書館とは異なる。「専門図書館」といえば、専門図書館だが、要は経団連関係者やちょっとした企業人たちが、講演のネタや研究のために必要な資料を、彼女に求め、それに応じて準備をするといった職務についていた人だ。

 1966年(昭和41年)入社(入局)ということで、職務期間中の前半から半ばすぎにかけての「ネット」もなかった時代にそうした司書的な仕事をこなしていたことになる。僕も利用したことのある杉並区立図書館(荻窪)などで、探していた資料と遭遇もしたりしている。
それにつけても、杉並区立図書館の「狭量・偏狭なナショナリズム」で、他県は無論のこと、都民でも、杉並区民か、それに隣接する区民(市民)でないと図書カードを作成してやらない(つまり貸出させない)ようにしてしまったのは愚鈍極まりないというしかあるまい。この前も、仕事で必要なというか見てみたい資料が杉並区立図書館にしかなく、買ってまで参照するにはお値段があまりにも高い本(数万円)。やむをえず、杉並区民の知人にお願いして、本を借りてもらったものだ。
バカな区長、バカな図書館館長がいると、こういう無粋なことを平然とするようになるのだろう。千代田区立図書館よりも酷い?(蔵書は杉並区立図書館のほうが多そうだけど?)。

ともあれ、本書で触れているドイツのナチス政権下の農業大臣であるワルター・ダレ(ー)について、図書館やらいろいろと調べ歩いていく過程も綴られている。
ドイツ語文献は不要で、「詳しいことがわからなければ、生没年と何の専門家だったかくらいの、ごく簡単なことでいいよ」とのリクエスト。経団連の図書館にある平凡社の『世界大百科事典』や小学館の『日本大百科事典』などを見ても、ダレは出てこなかった。日本評論社が1940年に刊行した『新独逸國家体系』(全12巻)にもダレはなかったとのこと。その少し前にライブラリーのリニューアルに際して、第二次世界大戦のころの文献をかなり除籍したとのことで、もしかしたらその中にあったのではないかと悔やんだりもする…。

そこで自宅近くの杉並区立図書館(本館)に出かけてみる。資料事典の類ではやはり見つからず、開架の一般図書を見ていると、宮田光雄氏の『ナチ・ドイツの精神構造』 (岩波書店)にダレがちょこっと出てくる。1895年生まれ、1953年死去が分かる。そのほかのドイツ関連の本をひもとくと、いろいろとダレについて出てきて、とりあえずは…となる。上司に報告し、そのあと、経団連事務局の物知りで知られる同僚に「ダレーって知ってる?」と聞くと、たちどころに「知ってるよ」ということで、「経団連にも大した人がいるもんだ」と。
そんな図書・蒐集・調査などにまつわる「知的エピソード」が綴られたエッセイ集だ。

ウィキペディアなどがある現在だと、ネットでその名前を入れると、たちどころに、この程度の情報は出てくるのだが……。例えば、そのダレをいれると…。

リヒャルト・ヴァルター・ダレ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(一部略)

リヒャルト・ヴァルター・オスカール・ダレ(ドイツ語:Richard Walther Oskar Darré、1895年7月14日 - 1953年9月5日)は、ドイツの政治家。国家社会主義ドイツ労働者党農政全国指導者。ヒトラー内閣では食糧農業大臣(ドイツ語版)を務め、「血と土」イデオロギーを推進した。最終階級は親衛隊大将位の親衛隊名誉指導者。

生い立ち[編集]
ダレはアルゼンチン・ブエノスアイレス近郊の街ベルグラーノで生まれた。父はドイツ人(ユグノー系)、母はスウェーデン人であった。父は貿易会社の重役だった。両親の結婚生活は幸福なものではなかったが家庭は裕福で、第一次世界大戦の何年か前に国際関係の悪化のためドイツへの帰国を余儀なくされるまでの間、息子たちを個人的に教育した。そのおかげで、ダレは英語・スペイン語・ドイツ語・フランス語の四か国語に堪能だった。
両親はダレが9歳のとき、ハイデルベルクの学校に通学させるためドイツへ行かせた。1911年に彼は交換生徒としてウィンブルドンのキングス・カレッジ・スクール(英語版)に行き、翌年、残りの家族はドイツへ戻った。その後、リヒャルト(彼は家庭でそう呼ばれていた)はグンマースバッハ(ドイツ語版)の実科高等学校で2年間を過ごし、1914年前半にはゲッティンゲン南部の街ヴィッツェンハウゼンのドイツ植民地農業商業工業学校(ドイツ語版)へ移った。そこで彼の農業に対する関心は呼び起こされた。
ヴィッツェンハウゼンで一学期過ごした後、彼は軍に志願し、第一次世界大戦に出征した。戦争が終わった後、彼は農業で生活をするためアルゼンチンへ戻ろうと考えたが、長年のインフレーションで家庭の経済的事情が厳しく、これを断念した。代わりに彼は研究を続けるため、ヴィッツェンハウゼンに戻った。その後、彼はポンメルンで農場の助手として無報酬の仕事に従事した。そこで復員ドイツ兵の治療を観察したことは、後の著作に影響を与えた。
1922年に彼は研究を続けるためハレに移った。そこで彼は家畜の飼育を専攻し、農学の学位を取得した。1929年には博士研究を完了。この頃、彼は東プロイセンやフィンランドで働くことに若干の時間を費やした。
政治的な覚醒[編集]
ドイツ青年としてダレはまず、土地への回帰に傾倒する民族主義的な青年のグループ「アルタマーネン(ドイツ語版)」に加入した。ダレが「北方人種の将来は土に結びつけられている」という観念を展開し始めたのはこうした背景によるものであり、それは「Blut und Boden(血と土)」として知られるようになった。「Blut」すなわち「血」は人種あるいは血統を表現し、「Boden」は土、領域、または土地と解釈することができる。この理論の本質は、占有され耕される土地と人間との間の長期にわたる相互関係である。1926年に発表されたダレの初めての政治的な論文は内なる植民地化に関するもので、失われた植民地を取り戻そうと試みるドイツに反対する内容であった。とはいえ、この時期における彼の著作の大部分は家畜の飼育の技術面に関するものである。
彼の最初の著書「Das Bauerntum als Lebensquell der nordischen Rasse(北方人種の生命の源としての農民階級)」は1928年に書かれた。彼は森の保護を大いに強調してより自然な土地管理の方法を主唱し、家畜を飼育するに際しては、もっと開放的な空間と空気が必要だと主張した。こうした主張を聞いて感銘を受けた人々の一人がハインリヒ・ヒムラーだった。ヒムラー自身も「アルタマネン」のメンバーである。
二つの主要な作品において、ダレはドイツ農民を「ドイツ国民の文化的人種的中核を形成し、北欧人の先祖を持つ均質的な人種集団」と定義した。北欧人の出生率は他の人種より低いので、北欧人は長い間、絶滅の脅威のもとにあった。

1937年12月13日、ゴスラーの農業コミュニティーの会議で、「血と土」と書かれた食料農業省のロゴの前で挨拶するリヒャルト・ヴァルター・ダレ
ダレは1930年6月1日に国民社会主義ドイツ労働者党に入党(党員番号248,256)して活動的な党員となり、農民をナチスに加入させるため1930年夏に農業に関する政治組織を設立した。彼はこの組織に対して三つの主要な役割を果たした。すなわち、都市政府に対する武器として田園地方の農民の不安につけ込むこと、ナチスの忠実な後援者として農民を味方につけること、将来の東側の征服地でスラヴ人にとって代わる移民として使える人々の選挙区を獲得すること、以上の三つである。すべてにおいて、彼は田園地方を国家社会主義に向けることにかなりの成功をおさめた。
ナチスが政権を掌握してすぐにダレは食糧農業大臣(ドイツ語版)、人種移住局長官、全国農民指導者に就任し、1933年から1942年までつとめた。1940年にドイツ軍がフランスを占領したことで、ドイツの食糧問題の危険性はなくなったため、関心を持っていたが生産性の低さから表立って推奨できなかった神秘家ルドルフ・シュタイナーのバイオダイナミック農法への支持を明らかにし、「バイオダイナミック農法は真理であり」、ドイツの荒廃という「袋小路から抜け出す唯一の方法である」として、党員に支持を呼びかけた[1]。彼は独立小農民を保護する世襲農場法の制定を進めたが、この法律は論争を引き起こした。彼はまた、北海から土地を開発することにも尽力した。
ダレは親衛隊人種及び移住本部(猛烈に人種差別的で反セム主義的な組織)の設立に際して主導的な役割を果たした。彼は「人種と領域」に対する計画を発展させ、「我が闘争」で詳述された「東方への衝動」や「生存圏」に代表されるナチスの膨張主義的政策にイデオロギー的な背景を与えた。選択的な交配にもとづいてドイツ人の人種的貴族を創造する目標を持っていたヒムラーにダレは強い影響を与えた。しかし後に、ダレは空論的に過ぎるとヒムラーは考えるようになり、ダレとの関係を絶った。また彼は、概してヒャルマル・シャハトとの関係がよくなかった。
ダレは大臣在任中から喘息、湿疹、肝臓病に悩まされており[2]、1942年5月23日から病気療養のために大臣職を休職し、食糧省次官のヘルベルト・バッケが大臣職務代理を務めた。ダレは食料大臣の地位は保持したものの、1944年4月1日に辞任した。
戦後[編集]
ダレは1945年に逮捕され、1948年から開かれたニュルンベルク継続裁判の大臣裁判にかけられた。より重大な(特に大量虐殺に関係する)嫌疑の多くに関しては無罪となったが、懲役7年の刑に処せられた。しかし拘留期間はほとんど過ぎており、1950年に釈放された。出所してから死ぬまでの3年間は、バイオダイナミック農法の普及活動に心血を注ぎ、戦後復興で化学肥料が不可欠であった西ドイツの趨勢に、バイオダイナミック農法の「手触り」「生きている土壌」「慣習の重視」という神秘的な言葉で対抗した[3]。有機農業運動家カール・カールソンのペンネームでも活動した[3]。1953年9月5日、アルコール依存症に誘発された肝臓がんのためミュンヘンの病院で死去した。
現在、ダレの著作は、都市生活の頽廃と自足の気高さを信じる右翼過激主義者に相当な影響を与えていることが判明している。
人物[編集]
米軍の拘留記録によると身長は180センチである[4]。
家族[編集]
彼は生涯に二度、結婚をした。1922年にアルマ・シュタート(Alma Staadt)と結婚したが1927年に離婚し、1931年にシャルロッテ・フォン・フィッティングホフ=シェル男爵令嬢(Charlotte Freiin von Vittinghoff-Schell)と再婚している。アルマとの間に二人の娘をもうけた。
出典[5]
1931年4月16日、親衛隊少佐
1931年12月10日、親衛隊大佐
1932年12月24日、親衛隊上級大佐
1933年5月13日、親衛隊中将
1934年11月2日、親衛隊大将
Michael D. Miller (2006) (英語). Leaders of the SS & German Police, Volume I. Bender Publishing. ISBN 9329700373.
藤原辰史 『ナチスドイツの有機農業「自然との共生」が生んだ「民族の絶滅」(新装版)』 柏書房、2012年(日本語)。ISBN 978-4-7601-4152-4。


かといって、百科事典レベルとくらべても、ウィキペディアなどの情報が的確で正しいという保障はない。この前も、ウィキペディアに出るほどの知名度のある知人に、ある問い合わせをしたことがあった。ウィキペディアによれば、1955年××月より、フルブライト奨学生としてアメリカの〇〇大学に留学とあった。そのときのアメリカのある事情について、聞きたくて連絡をとったのだが、美智子さんが安保闘争で亡くなった時には日本にまだいて、そのあと、留学したとのこと(だったかと)。ううむ…。

探求書も、ネット時代だから、あっという間にお金さえ惜しまなければ瞬時に手に入る…と思ったら、やはり間違い。100円均一の店頭の軒先コーナーなど、古本屋とてわざわざデータに打ち込まないだろうし、ネット販売に手を出していない古本屋もまれにある。一軒一軒歩いて棚を見て均一台を覗き込み、おや?と発見する掘り出し物の古本とてまだまだある。そこに古本屋行脚する楽しみもあるというものだ。

とはいえ、やはり便利なものは便利。学生時代、大学の図書館や国会図書館などはあまり利用しなかったが、好きな学者の著作がどれだけあるか調べるために国会図書館に出かけ、あの索引カードの入ったアレを取り出して、せっせとメモをしたのも懐かしい思い出。いまは、パソコンから国会図書館に入り、名前をいれれば、たちどころにそのリストが出てきてプリントできる。将来は雑誌程度なら本文データも即座に入手できるようになるのだろうか? 恥ずかしながら国会図書館ももう20年近く行ったことはない。「電子化」されているのだろうが…。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

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ベルギー王立図書館には行ったことがないけど、大晦日に開館している千代田区立図書館は有難迷惑? 南沙織さんと橋本マナミさんの紅白の間に流れた歳月……に溜め息あるのみ?
(2017・平成29年・1・1・元旦・日曜日)




昨日(大晦日・2016・12・31)は、日中(午前中)、仕事の打ち合わせがあり飯田橋へ。30分足らずの打ち合わせが終ったのが正午前。
一昨日の12・30には家を一歩も出ずに、書斎化している食卓・居間周辺を少し片づけ、もう読まない本(&読み終えた気楽な本)などを古女房が、スターリン的にブックオフなどに一斉粛清。売り上げと共にもらえる無料クーポン券を2000円ほどもらった(現金はすべて古女房のモノに)。そのクーポン券があるから、飯田橋のブックオフなどに立ち寄り帰ろうかと思ったが、ブックオフは正月の数日間は2割引きだそうで、買うなら(クーポンが使えるかどうか未確認だが、多分使える)正月になってからがいいかと思いなおす。

ちょうど、車中では、1919年生まれのベルギー人、ヘルマン・リバースの『国際ライブラリアンの半生』 (講談社)を読んでいた。訳者の一人が渡部昇一氏なので目にとまった本。昭和59年の訳出。ドイツの強制収容所に入れられた体験も。子供の時、トロツキーに会った(かもしれない)とのこと。父親はソ連に魅入られたものの、訣別もしたという。とはいえ、ロンドンを訪れた時、万難を排してマルクスの墓参りもしたという(僕も行きました。レッドチャイナの関係者の花束などが飾られていましたね)。

ともあれ、ご本人は、ベルギー王立図書館館長、国際図書館協会連盟会長などを歴任。日本にもやってきている。ソ連やユネスコなどの官僚主義に閉口したりも。ちょっとユニークな図書館人の自叙伝。

ともあれ、大晦日にも開館しているのが唯一の取り柄(?)の千代田区立図書館を覗いてみようかとふと思って、総武線に飯田橋駅から乗った。大晦日にも開館しているということを、館長以下、自慢しているのかもしれないが、本を借りるほうからすると、閉館期間中は、その分、貸出期間が延びるので、冬休みは余裕をもって沢山本を借りて読めるというメリットがなくなるので、実はあまりありがたくないこともある。

最近、この図書館、本を借りる人に、貸出カードを出すと、いちいち、「ご本人ですか」との確認作業をするようになっている。僕は妻のカードも持っているので、ときどき、妻のを利用していると、ドキッとすることがある。でも、家族間なら官僚主義丸出しの千代田区立図書館も目くじらはたてないようだ。

しかし、この図書館、何度もいうけど、千代田区民でさえ、10冊しか貸出しない。区民でないと5冊。なんという少なさ。本というのは読むだけでなく、資料として斜め読みをしたりすることもあるもの。夜間人口が少なく、昼間は会社関係者が多いという土地柄、仕事で借りることもあるだろう(僕もそうだけど)。
その際に、自分で行けなくて、部下や同僚についでに借りてきてと頼むこともあるだろう。ランチタイムで出かけついでにとか。そういう「他人名義」の利用もあるだろう。きっとお役所図書館は、そういう他人名義には「クレーム」をつけるのではないか(他人の盗んだカードで図書を借りるのを防止するため? そんなのはめったにないだろうに…)。

最近、文京区立図書館が、文京区民優先の姿勢を打ち出した。しかし、ここは従来、区別なく15冊まで一気に借りることが可能だったのを、区民は30冊まで貸出可能になり、非区民は従来通り15冊まで可能ということらしいから、千代田区なんかよりはるかに柔軟だ(だが、CDの貸出点数が区民以外は半減するようだが)。

図書館の本がどういう風に利用されるか分かっている大人の図書館だろう。千代田区立図書館のような5冊までという発想は、本は借りて読む際、どんなに速読しても、二週間なら5冊(区民なら10冊)以上は読めないと思ってでもないと決められない、非常識なまでに少ない貸出冊数というしかない(横断検索をすると分かるけど、千代田区立図書館は、他の区立図書館に比べて、新刊書籍の購入冊数が少ない。一人に10冊、15冊も貸出を容認すると、図書館の棚がスカスカになるのを恐れて、そんなに少ない冊数しか貸出をしないようにしているのではないかと疑いたくもなる)。

ともあれ、大晦日の区立図書館(本館)を覗こうかと思ったが、電車に乗ったとたん、面倒くさいなと考え直し、水道橋(お茶の水)駅で降りるのを断念。沿線の某駅のつけ麺屋に行くという手もあったが、この前、食べたばかりだし、まぁいいかと。

帰宅しても、雑本を雑読する日々。やがて帰宅した古女房が晩飯を作り、いつのまにかNHKの紅白が始まったのだが……。まぁ、出てくる若手(集団)の、ちゃちな踊りや単細胞的歌詞(反全体主義のようでいて、実は日教組的歌詞?)の数々にはまったくの閉口。演歌はもともと大嫌いなので、それもまた耐えられない酷さ。見たくもない、聞きたくもないが、なにせ、食卓・居間が「書斎」なので…。家人が見ていると、否応なく耳に入ってくる。

でも、某女性歌手の背後で橋本マナミさんが踊るのだけは、ちょっと見応えがあった……。うふふ。
だが、忍耐もそこまで、家人にはヘッドホンを強要し、こちらもヘッドホンで、エリン・ボーディの「リトル・ガーデン」「静かな夜に」などを聴くことにした…。生き返る。同じ歌手とは思えない歌声! 外国の歌手ではあるが、日本人歌手の歌詞もろくに聞き取れないから、あとは、歌声とメロディの格差を味わうだけ?

それにしても、紅白といえば、昭和46年の大晦日の紅白、開始と同時に南沙織さんがミニスカートで階段を降りながら「17才」を歌ったのが未だに目と耳に残っている。男のほうは尾崎紀世彦(故人)の「また逢う日まで」だったか。あのころは紅白もまだよかった? 当時、中学生の僕にとっては17才の南沙織は「年上の女」だったのに、いまや三十路の橋本マナミさんは、娘ぐらいの歳下の女性。40数年間の歳月が流れたのだから無理もないが……。シンシアも還暦すぎているのだし?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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図書館には「ヘンな本」も「エッチな本」もある?
(2016・12・22・木曜日)




『ヘンな本大全』 (洋泉社)を読んだ。 『ベスト珍書』 (中公新書ラクレ)の著者であるハマザキカク氏はじめ、「本好きが選んだ、思わず笑える怪書ガイド」。彼が編集した『エロ語呂世界史年号』 (社会評論社)などはその最たるヘンな本ではあったが、もちろん、この本でも紹介されている。サンキュータツオ氏の『ヘンな論文』 (角川学芸出版)を紹介したこともあったが…。

そのほか、いわゆるトンデモ本もあるが、 『田母神俊雄のそうだったのか! 自衛官のホンネ~自衛官のお悩み相談室~』 (オークラnext新書)や、 『ニャロメのおもしろ性教室』 (角川文庫)や『カラダがときめく ちつトレ』 (アスコム)なんて本が、へぇ?と思った。ちょっと読んでみたくなる。『ちつトレ』なんか、図書館によっては置いてあるところもあるようだ。恐るべき図書館? だが、そんな図書館でも、フランス書院文庫の本はほとんど所蔵はしていないようだ。それでいいのか……。まぁ、いいのだろう。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

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