古本虫がさまよう 政治
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『「リベラル」という病  奇怪すぎる日本型反知性主義』 と『日本を蝕む「極論」の正体』は、「テレサヨ」「ネトウヨ」「リベラル」という名の反知性主義の類似性を喝破するために役立つ本
(2018・2・1)




読みたい本は次々とたまっていく。新書サイズの本ですら、読みきれず…。もちろん重厚長大本も…。富田武氏の『日本人記者の観た赤いロシア』 (岩波現代全書)、竹岡健一氏の『ブッククラブと民族主義』 (九州大学出版会)、平川佑弘氏編の『手紙を通して読む竹山道雄の世界』 (藤原書店)、アストリッド・リンドグレーンの『リンドグレーンの戦争日記 1939-1945』 (岩波書店)、山上たつひこ氏の『大阪弁の犬』 (フリースタイル)など……。

とはいえ、出たばかりの岩田温氏の『「リベラル」という病  奇怪すぎる日本型反知性主義』 (彩図社)をまずは「速読」。


(こんな内容)→選挙報道やテレビの討論番組などでしきりに用いられる「リベラル」という言葉。リベラルの意味を、「個人の自由を最大限尊重すること」そして「社会的弱者の声に耳を傾け、そうした人々のことも同じ人間として尊重すること」と捉えるならば、著者自身もその1人だと賛同するが、日本の「リベラル」はそれとは相当異なる極めて奇怪なものであると主張する(※本書で批判する「リベラル」をカッコ書きにしているのはそのため)。
憲法改正と聞くと、すぐに「戦争反対! 」「徴兵制が始まる! 」と声をあげる「リベラル」。
共産主義に極めて融和的な「リベラル」。
世界基準からするとあまりにおかしい日本の「リベラル」を解剖・批判し、本来のリベラルはどうあるべきかを模索する。


この視点というか、岩田さんが俎上に載せている「リベラル」という「反知性主義」的な識者の見解は、これまた読みかけている古谷経衡氏の『日本を蝕む「極論」の正体』 (新潮新書)で取り上げている数々の「極論」とも相通じるところがあるようだ。

(こちらの本はこんな内容)→極論を目にすることが増えた。 政界、教育現場、論壇、職場、メディア……あらゆる場所で左右も保革も関係なく、ちょっと冷静になれば明らかに変だとわかることを声高に主張し、他人を糾弾する「極端な人たち」が目立つ。それはかつての連合赤軍やオウム真理教を想起させる存在だ。 「バブル賛歌」「TPP亡国論」「地方消滅」「憲法九条無殺生論」等々、はびこる極論の奇怪さを嗤い、その背景を考察する。

古谷さんも、日本共産党などの9条絶対視路線を皮肉っている。同感。

ともあれ、まずは岩田氏の本。とりわけ憲法9条を絶対視する「リベラル」な人たちの見解の矛盾を鋭く突いている。そもそも自国の自衛のための軍隊を持つことすら、内心「違憲」だと認識しているような「精神異常」ともいうべき人を「リベラル」というのはおかしいだろう。世界の先進国の社会主義政党(社会民主党)で、そんな「リベラル」な人はそうはいまい。日本の社会民主党はきわめて例外的な自称「社会主義政党」というしかない。

池上彰氏、加藤典洋氏、内田樹氏や白井聡氏などを「ガラパゴス左翼知識人」と定義し、その論理の矛盾を解剖している。要は、おおむね、「容共リベラル」的な知的限界が随所にあるということに尽きよう。「北朝鮮危機は安倍首相の自作自演」というような元文春編集長の半藤一利さんなんかも、そのカテゴリーに入るだろうか?
「9条」を絶対視する人って、戦前の「統帥権」を絶対視して、それに容喙するような人を面罵したのと同じ精神構造の持主ではないかと思う。弾力的な運用すら認めないのは独善的過ぎよう。そういう独善的な解釈をする人が、戦争を逆に招くなんてことにもなりかねないだろう。

僕も愛読しているアーサー・ケストラーやトニー・ジャットなどを紹介しつつ、そうした共産主義に甘いリベラルというか、進歩的知識人などを皮肉っているのが楽しい読後感を与えてくれる。本当に、そういう幻想を持っている人たちこそが、「反知性主義」「反合理的」「反論理的」な思考様式の持主というしかあるまい。

本当の意味での「リベラル」は、尊重にあたいするだろうが、朝日新聞論説委員の書く社説や、それに共鳴する人々、さらには、その論調すら「保守的」だとみなすような極左系の人々を「リベラル」とみなすのは、かなりの愚鈍系というしかあるまい。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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『悪だくみ』を読みながら、時代劇の「悪代官」(某文科省官僚)と「越後屋」(獣医師会)の「おぬしも悪よのぉ」「いえいえお代官さまほどでは…」を思い出す人も多々いるのでは?
(2018・1・25・木曜日)





森功氏の『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』 (文藝春秋)を読んだ。

(こんな内容)→一強と持ちあげられ、自民党総裁として異例の三選を取り沙汰されてきた安倍晋三総理大臣。その権勢に陰りが見え、支持率が急落した原因は、何といっても学校法人「加計学園」の獣医学部新設問題だった。
総理自らが「腹心の友」「四十年来の親しい友人」という加計氏側に有利に運ぶように、政治的な圧力はあったのか。次々と明らかになる文科省の内部文書や、前事務次官の告発などで、追い詰められた総理はついに解散に打って出た――。
徹底した取材を元に、疑惑の全貌を明らかにするノンフィクション。政界・官界・業界団体・地方自治体などの利害が複雑に絡み合った糸を解きほぐし、現在の日本の最高権力の驚くべき核心に踏み込む力作だ。

ううむ…。まぁ、力作かどうかはともかく、「書名」どおりの本。

安倍首相と加計学園の加計孝太郎氏とが、いかにして「腹心の友」となりしか…を追求。獣医学部開設問題以前に、加計学園系列の千葉科学大学の開設にもいろいろと協力関係にあったとか…。
アンチ加計学園の獣医学界側の元自民党議員でもあった北川直人氏は「善玉」として登場。森氏の取材にも応じて、いろいろとコメントをしている。
それにしても、この筆致には絶句?

「当初、加計学園が今治市の国家戦略特区で計画してきた六年制の獣医学科は、百六十人の入学定員と国内最大となる。それに獣医保健看護学科の定員六十名が加わるマンモス獣医学部計画なのである。その卒業生たちをどこへ就職させるつもりか。加計にそのビジョンがあるようには見えない。ほしいのは、入学生とその授業料収入だけではないか」

この一節は、著者の地の文であるけど、ちょっと言い過ぎではないかなと。北村さんがそういう風に言ったのなら、個人のコメントだからどうしようもないけど…。

その北村さんたちが、加計孝太郎氏と獣医師会本部で会ったシーンが本書で再現されている…。

会長が「あなたは安倍さんから『獣医師会に行け』と指示されてやって来たんでしょ。ときの最高権力者がバックについている、すごいよね」「突き放した」とのこと。さらには「でも、誰が来たところで、獣医学部新設の申請は通りませんよ」と言い放ったとのこと。ううむ…。これって大問題では?

著者はあっさりとそういう会話のやりとりを紹介したあと、こう書いている。

「獣医学部の新設については、文部科学省や農林水産省が認めるかどうか、というのが正式な手続きになるが、霞が関の官僚たちはとりわけ政治力のある獣医師会の意向を重んじてきた。事実上、ここが認めないと新たな学部の設置は難しい」

これまたあっさりと書いている。これっていいの?  著者の指摘する安倍首相と「腹心の友」である加計さんとの「悪だくみ」かあったとしても、こういう「霞が関の官僚」と「政治力のある獣医師会」の「意向」とやらが、「正式な手続き」を経て、新学部新設を求めてきたのを拒絶することができるといったのは、もっとオカシナ「悪だくみ」があるからではないのか? そういうところへの「疑問」が著者には浮かばないのだろうか。

獣医師会って、もしかして「越後屋」?  前川さんという、部下の再就職先など面倒みのいい悪代官、いやヒューマンなお代官さまがいて、「越後屋」が差し出す女性やお金をもらって、 「お主も悪よのぉ」「いえいえ、お代官さまほどでは…」と言い合っているシーンは時代劇ドラマか何かでよく見たものだ(今も、我が古女房はBSで夕方やっている必殺仕置き人か何かの再放送を時々見ているそうな。世も世なら、北川さんも前川さんも、文字通りの意味で「首を斬られていた」かもよ?)

昔は、コメの値段を決めるのにあたって、政府が最終的に決定すしていた。もちろん、その前提では生産者側や消費者側とがいろいろと論じ合っていく…。どちらかの側が一方的に決定するなんてことはなかった。

同様に獣医学部の新設をめぐっては、新設を申請する側と 、すでに学部を抱えている側とがいろいろと議論をするのはありうるだろうが、一方の側、民間組織が、何の法的権限もないのに、要は“首相が来ようとも誰が来たところで、獣医学部新設の申請は通りませんよ”と断定するのは、民主主義社会にあっては、許されない暴言というしかないのでは? 日本医師会や日本歯科医師会だって、そんな強大な権限は持っていないだろう。

もっとも、著者は、そういう発言のやりとりを紹介したあとで、「実はこのとき『首相が後ろ楯になっているので獣医学部の新設は大丈夫だ』と加計が胸を叩いたという話がある。実際、その議事録が存在するという説もあった。そこで北村に議事録の件を尋ねると、次のような意味深長な話をした」という。

本の中では、まぁ、数行、北川さんのもっともらしい尊大な発言が数行紹介されている。まぁ、引用する価値もないのだが…。

「そんな議事録があったら、安倍政権政がふっとんじゃうよ。だから私は『ない』と答えるしかない。相手は自民党の党友でもある安倍さんですから、口利きだってすべて駄目だとは言いません。ただ今思うと、『安倍さんでしょ? あなたがたの後ろにいるのは』と尋ねたとき、加計さんはなんとなく頷いたかな」

「なんとなく頷いたかな」とか、「安倍政権がふっとんじゃうよ」といった言い回し……。捨てゼリフ的な「思わせぶり」だけのブラックな臭いが漂うなぁ?

そういうブラックなコメントを嬉しそうにペッペッと吐く側に、一方的に依拠して再現する「ノンフィクション作品」にはあまり信頼感を置けないと考える人もいるのではないか?  ミーツー?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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昔・大本営発表 今・気象庁発表、昔「高田がん」、今「マック赤坂」なのかな?
(2018・1・24・水曜日)




東京都心の積雪の予想も大外れ。5センチと20センチとでは心構えも違うだろう。高速道路での長時間の停滞も遠因は気象庁?

さらには、草津白根山の本白根山(標高2171メートル)の噴火に関して、何の予兆も感じとることもできず、噴火速報も出せなかった気象庁。「想定外」と開き直り? まぁ、アラスカの地震が、日本に津波の心配はないという気象庁の「予想」…。これは果たして信じてよいものかいな? 昔の大本営発表同様…?
第二気象庁がないと、こういうことは永遠に続くことだろうか?

それはさておき、畠山理仁氏の『黙殺 報じられない”無頼系独立候補”たちの戦い』 (集英社)を読んだ。

内容紹介→落選また落選! 供託金没収! それでもくじけずに再挑戦! 選挙の魔力に取り憑かれた泡沫候補(=無頼系独立候補)たちの「独自の戦い」を追い続けた20年間の記録。

マック赤坂--なる候補者がまずは登場。かなり言及されている。京都大学を出て、伊藤忠商事などに勤務。やがて独立自営。そして「スマイル党党首」を名乗り、何百万もの供託金を支払っては国政選挙や東京都知事選などに出馬…。政見放送でも、スーパーマンのような恰好をして登場。検閲がないことをいいことに(?)…。しかし落選、落選。

ちょっとリベラルで、戦争反対などを訴えたり…。さらには大阪の選挙に…。

そのほか、いろんな「泡沫候補」を紹介している。まぁ、憎めない感じのキャラクターを上手く描いているとは思うが…。そんなに共感を覚えるわけでもなく…。地道に愚直に政策を訴える人もいるようだが、多くは、いささか「変人」でしかない印象を受けずにはいられない。

やはり、こういう不可思議な人がいるから、一定の供託金を出させるのは当然かなと思ったりもした次第。諸外国に比べて高額なのは問題だとの指摘もあり。しかし税金の無駄遣い防止のためにも、その程度の金額は候補者が負担するのは…。

とはいえ、国政選挙では供託金を没収されても、首長選挙や地方議会選挙では落選しても、供託金を没収されない程度の得票を得ることも稀にあるそうな。

松下政経塾に一時所属し、地方の市長に当選したこともあり、全国各地の選挙を飛び回っている中川暢三さんなる人はちょっと興味深く一読した。それなりの政見を持って、時には市長に当選して実務を経験しているという実績もあるから、いわゆる、本書に登場する「泡沫候補」に比べると、ちょっと一味違うだろう…と。しかし、まぁ、そういう例外は別にして、「泡沫候補」と言われるだけのことはあるかな…と。卑猥な言葉を政見放送でしゃべったりするような人は”無頼系独立候補”というほどのこともないのでは…。

僕が子供のころは「高田がん」という人がよく出ていた。反共遊説隊隊長と名乗っていたか? 政見放送の類は見たり聞いた記憶はあるが…。絶叫型だったか? まぁ、「反共」は評価できるかなと子供心に思っていたが…。

本書で描かれているマック赤坂を評価する人なら、トランプさんも評価して当然? ううむ?

本書には出てこないが、赤尾敏さんは戦時中一度当選しているから元国会議員の肩書があったが、戦後はずっと泡沫扱いだったか? 反共はいかんが、容共はいいという二重基準はもちろんダメ。

アーヴィング・ストーンの『彼らもまた出馬した―アメリカ大統領選挙に敗れた20人』 (早川書房)なる本は、長年積んどくしていたかと。大統領選挙に出馬したものの当選できなかった候補者について書かれた本だったか? 「泡沫候補」とまではいかなかったか? 

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ! 
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NHK・ニューズウィーク・花田さんともあろうもの(あろうかた)が…
(2017・12・16・土曜日)





土曜日(2017・12・16)朝、NHKテレビのニュースを見ていたら、埼玉の珍しいものを紹介するコーナーがあった。女性アナウンサーと、埼玉の珍しいモノを紹介している案内人とがあちこちを訪問するもの。美人神社とか…。

その中で、NHKともあろうものがと思いつつも、ふふふと笑ったのが、巨大ホットドッグというか、ホットドッグから大きくはみ出した巨大・長大の黒っぽいフランクフルトを女性アナウンサーが口を大きく開けて頬張るシーン…。口にフランクフルトが突き刺すかのように押し込まれていく…。そして、肉汁がたっぷり、美味しいですね…とか言わせたり?

NHKも朝からいやらしい番組を作っているなと? この前、別会社の大橋未歩さんの番組(2017・11・26のテレビ東京の「モヤモヤさまぁーず2」)でもこんなシーンがあったら…?

産経朝刊を読むと、何があっても「ニューズウィーク」を褒める花田紀凱さんの連載コラムに目が止まった。先週土曜日のコラムでも、ニューズウィークを褒めて、その中で、キャロル・グラックさんの連載があるようで、ちょっと留保をつけつつも推奨していたかと。
それを一読して、「ええぇ? キャロル・グラックの連載をニューズ・ウィークともあろうものが連載するの? 大丈夫? 編集長が変わったとか聞いていたけど、路線変更? そして、それを花田さんともあろう人が推奨するとは?」と僕は思ったのだが。

すると今朝のコラムでは、高池勝彦弁護士からキャロルは要注意人物だと注意を受けたという。そのことを綴っていたが、花田さんともあろう方が、彼女の名前を聞いて、ピンとこないとは? あいにくとニューズウィークの彼女の書いたものは未見。ネットで見られるか?

なにしろ、あの慰安婦「虚報」記者として有名な植村隆さんと親密な仲なのだから。そのあたりのことを綴った拙文を以下再録。
彼女は、たしか昔、ニューズウィークのコラムで、教科書問題(侵略→進出)を扱った時も、これがマスコミの「誤報」であったという客観的事実を認識しないまま、ヘンな主張を展開していたかと(これはちょっとかなり昔のことで、その掲載号数などを明記できないが…)。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!


(以下再録)

キャロル・グラックよりジェイソン・モーガンがいい!
(2016・9・26・月曜日)


今日(2016・9・26)発売の「ウィル」(2016年11月号)の広告で、ジェイソン・モーガン(1977年生まれ)の「(こんなに恥ずかしい日本国憲法)さっさと破ってゴミ箱に捨ててください」というインタビュー記事があることを知った。ちょうど、彼の、日本での処女作『アメリカはなぜ日本を見下すのか? 間違いだらけの「対日歴史観」を正す』 (ワニブックス)を読み終えたところだった。この本、訳者名もないから、本人自ら執筆したのだろう。日本語も達者のようだ。

(内容紹介)→米国歴史学会を痛烈に批判し話題となった新進気鋭の米国人歴史学者、初の著書!
「日本について学べば学ぶほど、『自分の国の見方がおかしい』と思うようになった」
「なぜ日本だけが謝罪を求められるのか?」先の大戦において、米航空母艦の乗組員であった祖父から
「国の為に自分の命を捧げる日本の特攻隊員の潔さ」を教えられたのをきっかけに日本研究の道を志した
気鋭のアメリカ人歴史学者が、偏見に満ちた米国の「対日歴史観」に喝を入れる! 日本が新しい一歩を踏み出すための必読書。
アメリカはなぜ日本を見下すのか?その答えを一言で表現すれば、アメリカの政治、学会、 メディアが、人種差別的、進歩主義的なリベラル陣営に よって支配されているからである。日本人自身が戦後教育によって自虐的歴史観を刷り込まれてしまったということも否めない。しかし、そのような状況を作ったのも結局アメリカである。私がいきついた結論は、アメリカのみならず
世界が抱く誤った対日歴史観を早急に再検討する必要があるということだ。
――「はじめに」より


幼少の時、近所に住んでいた日本人家庭と接触し、日本に関心を持つようになったという。基本的には、アメリカのリベラル教育を受けて、太平洋戦争にしても、もちろん、アメリカが善玉で、ルーズベルトはアメリカの危機を救った偉人と考えて成長したとのこと。しかし、祖父の対日戦争体験などを聞き、複眼的な視点から現代史などを見直すようになっていく。やがて日本に留学、中国なども訪問。そうした諸国遍歴を経て、南京事件や慰安婦問題などでも、アメリカの歴史学者の浅薄な歴史観を批判するようになっていく。
そうした実証的な歴史見直しを行なう「歴史再審論者」(歴史修正主義)が、ナチスのアウシュビッツ虐殺はなかったといった陰謀論者といっしょくたにされたり、また「人間が月まで行ったことを疑う人や、エジプトのピラミッド宇宙人が作ったと主張する人や、飛行機雲は政府が市民を支配するために撒き散らしている麻薬だと喧伝する人などと一緒くたにされてしまった現在の風潮は、非常に残念であり、危ういものだ」と指摘しているが同感だ。

近年、ヘンリー・ストークスさんの『英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄』  (祥伝社新書)やケント・ギルバードさんなどによる「日本評価本」「進歩的文化人」批判の書が出るようになってきたが、植村隆朝日元記者をアメリカ講演行脚に招待するようなキャロル・グラックさんのようなリベラル左派の日本現代史研究者を批判しうる若手研究者として今後を期待したい。ケビン・ドークさんも、最近、一般向けの本として『日本人が気付かない世界一素晴らしい国・日本』 (ワック)を出しているが、まぁ、こういう人が、日本大使、日本公使やそれに準ずる公的な肩書を得て、広島長崎のみならず靖国神社に参拝していけば、いい時代になるのだろう。
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「日本死ね」「朝日死ね」「朝日くたばれ」「朝日ちゃがまれ」…どれがいいのかな?
(2017・11・18・土曜日)




足立康史氏の『永田町アホばか列伝』 (悟空出版)を読んだ。著者は、最近、 「朝日新聞、死ね」等々と語って、いろいろと物議をかもしている代議士(日本維新の会所属)。選挙区が大阪ということもあり、こちら(関東)に住んでいるとあまり知名度は高くなかったが、本書などで全国的に有名になったのでは。京都大学工学部の大学院で学び、通産省に入り原子力問題など担当していたようだ。

ともあれ、リベラル左派系の政治家はボロクソに、中道右派系政治家に対しても、中谷元さんなど、是々非々(?)で批判もしている。安倍首相に対しても。

何かネットで、ほかの維新の議員たちと、モリカケ問題で、「正論」を展開しているのをチラリと見かけたこともある。関西人は、やはりオモロイ? こういう人は理系出身でも、通産省ではなく、外務省に入って、中共相手に丁々発止をやってもらったほうがよかったかもしれない。宮崎正弘氏&河添恵子氏の『中国・中国人の品性』 (ワック)でも、関西人なら中国人相手に外交交渉をやれるかもしれない云々との指摘があったかと。足立氏の本を読むにつけ、たしかに……と思う。
足立さんはこの前の総選挙では、小選挙区で自民党に負けたものの比例復活で当選したそうな。
落選した豊田真由子さんは千葉県生まれのようだが、「このハゲー!」の「雄叫び力」は、対中国外交でも使えるのではないか? 中共要人にも「ハゲ」をカツラで隠している輩がいるだろうから、そういう手合いにそういう発言をしたら効果的? 人材は適材適所で?

以前、浜田幸一さんの『日本をダメにした九人の政治家』 (講談社)、 『弾丸なき抗争―権謀術数に生きる男の戦い』 (ベストセラーズ)なんて本があったが、足立さんの本はそんな感じではある。
「懲罰代議士」が実名でブッタ斬る! 左から右までフルボッコ!とのうたい文句も……。ホンネで発言するので、タテマエを尊重する面々から「懲罰」されたりもするようだ。

「朝日新聞、死ね!」…か。まぁ、国益に害する慰安婦報道などの「報道責任」を考えれば、ぜんぜん期待はしないが、書いた記者や責任者などが、心を改めて、潔く自害したとしても驚きはしないだろうが?

僕が政治家なら、 「くたばれ朝日」程度かな?  朝日新聞社経済部著の『くたばれGNP―高度経済成長の内幕』 (朝日新聞社・1971年) という本もあるから、朝日に対して、そういう「くたばれ」を使っても失礼にはなるまい?
大澤正道氏の著作に『くたばれ朝日新聞 国民を欺く卑怯なメディア』 (日新報道)というのもある。ちなみに「くたばる」とはこんな意味…。

「くたばる」とは…( 動ラ五[四] )
①動けなくなるほどひどく疲れる。へとへとになる。へたばる。 「猛練習で-・る」
② 「死ぬ」をののしっていう語。 「早く-・ってしまえ」 「他ひとの子は-・らうと構はねへ/滑稽本・浮世風呂 二下」


「死ぬ」「死ね」のニュアンスもなきにしもあらずのようだが、露骨な表現ではないので「逃げ」も可能?

どこかの地方の方言に「ちゃがまる」という言葉があるようだ。「朝日新聞、ちゃがまる」「朝日新聞、ちゃがまれ」。これには「死ぬ」「死ね」という意味はない?  「ダメになる」という程度かな。いや、「あの人も、とうとう、ちゃがまったがよ」と言うと、死んだという意味になる? よく分からないが…。日本語は難しい?

足立さんは、かつての西村真吾さんを想起させる。西村さんも京都大学法学部出身の関西人だった。勇ましい発言・正論が多かったが、「失言批判」やら「スキャンダル」などで足下をすくわれた。その点、足立氏が将来外務・防衛政務官などになった時には、くれぐれもご用心を。新聞の取材を受ける時は、豊田代議士の秘書ではないが、いつもテープを取っておくべきかもしれない。発言を捏造されないためにも、自衛のためにも。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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