古本虫がさまよう 政治
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「日本政策研究センター」は、「日本のヘリテージ」となりしか?
(2017・8・15・火曜日)





本日(2017・8・15)は敗戦の日。毎年、この日の東京靖国神社周辺は「暑い晴天」の時が多いが(数年前、いやもう10年ぐらい前か、夕方雷雨の時もあったかと?)、今年の8・15は少しは凌ぎやすい「残暑」の日となるだろうか?

さておき、2017年5月刊行の、宮田智之氏の『アメリカ政治とシンクタンク 政治運動としての政策研究機関』 (東京大学出版会)を読んだ。

内容紹介→シンクタンクとは何か。アメリカの政治にいかなる影響を及ぼしてきたのか。保守系シンクタンクを中心に、政治運動の担い手としての新しい姿を浮かび上がらせ、「第五の権力」とも呼ばれるシンクタンクがアメリカ政治において果たしている役割の全貌に迫る。
【主要目次】
序章 問題の所在
第一部 アメリカのシンクタンクの現状・歴史的展開・比較分析
第一章 アメリカのシンクタンク
第二章 アメリカにおけるシンクタンクの歴史的展開
第三章 アメリカのシンクタンクの特異性
第二部 シンクタンクの政治的影響力
第四章 アメリカのシンクタンクの「政治化」
第五章 ミサイル防衛と保守系シンクタンク
第六章 スクール・バウチャーと保守系シンクタンク
終章 政治主体としてのアメリカのシンクタンク


シンクタンク、とりわけ保守系シンクタンクといえば、ヘリテージ、フーヴァー、ランドなどいろいろと浮かんでくる。1980年代のレーガン政権発足以降、特に保守系シンクタンクの伸長は目覚ましいものがあったかと。そのあたりはリアルタイムで興味をもって、日本語文献をよく読んできたものだ。

本書の参考文献にも何冊か懐かしい本が並んでいる。
80年代前半に出た、中野秀一郎氏の『アメリカ保守主義の復権 フーバー研究所をめぐる知識人』 (有斐閣)や、佐々木毅氏の『現代アメリカの保守主義』 (岩波書店)はリアルタイムで一読し、アメリカに新しい政治潮流が生まれてきていると実感したものだった(宮田氏の本の参考文献欄で、佐々木氏のこの単行本版が1993年刊行となっているのは誤植だと思う。これは1984年の刊行のはず)。
ほかにも急逝した飯沼健真氏の『アメリカ―新保守主義の時代』 (三省堂)なども1983年に出ている。

副島隆彦氏の『現代アメリカ政治思想の大研究 <世界覇権国>を動かす政治家と知識人たち』 (筑摩書房)は90年代の刊行ではあるが、これも面白く読んだ。

著者は、2007年から三年間、アメリカの日本大使館で専門調査員も務めている。ワシントンで生の政治を見つめ、アメリカのシンクタンク関係者に直接インタビューをする機会もあったようだ。そういう成果がこめられた一冊。
「註」の一杯ある本だが、僕にとっては親しみを覚える(?)懐かしい名前(クリストル、バックリー、パイプス、カークパトリック等々)も出てきて楽しく読める。

トランプ政権下でもネオコンは元気かな?
ところで、この本は2017年5月の刊行。いわゆる「保守共和党」の本流とはいえないトランプ大統領といえども、ヘリテージ関係者の助言を受け、その関係者が政権に入り込んでもいるとの指摘もあるが、もう少し、トランプ政権とシンクタンクの構図に関して詳細な分析があればなおよかったかと。

ところで、アメリカン・エンタープライズが「中道化」していたのを、「保守化」して建て直していくデムスによる軌跡なども面白い。
デムスは「前任者のもとで加入した穏健中道と見られる研究員を相次いで解雇する一方、保守派の人材を積極的に進めていく」ことによって、建て直しに成功したとのこと(読売新聞なども、80年代になって、渡邉恒雄体制になってから同様のことが起こったかのような? 逆に、日本の「某老舗雑誌」編集部などにはデムスがやったのと同じ対策が必要になってきていると言えるかも? 某国際情報誌も編集長が交代したとか。「後退」でなければいいが?)。

ティパーティなど、草の根保守運動の高まりなどを見て、ヘリテージなどのシンクタンクがいろいろと変容するのを余儀なくされている面もあるそうな。また、それ故にさまざまな批判の矢面に立つことも…。
相互批判は民主主義の原点だから、それもまたよしであろうか。

トランプに比較的、理解ある優しい眼差しを向けていた、元ヘリテージにも所属していた横江公美氏の著作『第五の権力 アメリカのシンクタンク』 (文春新書)、 『アメリカのシンクタンク 第五の権力の実相』 (ミネルヴァ書房)にあるように、シンクタンクは第四権力の「マスコミ」に次いで「第五権力」でもあるのだから。「第五列」はいかんが、「第五権力」はいい?

よかれ悪しかれ、日本ではシンクタンクはそういう地位を占めてはいないようだ。銀行や証券会社などが創立したシンクタンクは、政治よりも経済分析が中心? 

日本政策研究センター(伊藤哲夫代表)を、安倍改憲の「黒幕」などと「しんぶん赤旗」などがはやしたてている記事を一カ月か二カ月か前に読んだ記憶がある。
というのも、日本政策研究センターが刊行した『これがわれらの憲法改正提案だ 護憲派よ、それでも憲法改正に反対か?』がケシカランと。この本は、2017年5月3日の発行!

この中で、岡田邦弘氏(日本政策研究センター所長)が、

「(9条)二項はそのままにして、九条に新たに第三項を設け、第二項が保持しないと定める『戦力』は別のものであるとして、国際法に基づく自衛隊の存在を明記するという改正案も一考に値する選択肢だと思うのです。いわゆる『加憲』です。いずれにしても、自衛隊の存在を憲法に明記することが肝要であり、そのための現実的な改正プランが準備されねばならないと思います」
と指摘していた。これが安倍首相が提唱した改憲案と瓜二つであったこともあって、左派系の人々がいろいろと騒いだわけだ。でも、なんのことはない、言論による提案。何の問題もあるまい。日本のヘリテージを目指して頑張ってほしいものだ。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

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「都民ファースト」から「小池ファースト」の始まり? しかし 「楽天首位」から「ホークス首位」にはならず?
(2017・7・2・日曜日)





2017・6・28・水曜日の朝、たわむれにこう書いた。


この前、あるところで、都議選の結果がどうなるかということが話題になり、たわむれに議席予測なるものをしてみた。単純に考えて、都民ファーストが新たに議席を獲得する分、自民党、共産党などが議席を減らすだろうということで、以下のような単純大胆(?)な予測。
自民37 公明20 共産10 民進 10 都民ファースト36 ネット2 維新2 社民0 そのほか10
英国保守党政権同様、小池「与党」は、公明、無所属などを入れて過半数獲得なるかどうか? 都民ファーストで単独過半数は無理?


このとき、稲田さんの「暴言」をまだ知らなかったので、それが大きく報道された段階で、自民の議席は「下方修正」、その分、都民ファーストは「上方修正」する必要があるかなと思ったが、所詮はヤマカンの議席予想でしかなかった…。

ともあれ、日曜夜10時ごろの段階で、NHKのニュースでは、自民はやっと3議席。都民ファーストは40議席。公明10、共産2…といったところ。残り70議席近くがどうなるか? 自民を予想より10議席減らして、そのぶん都民に上乗せするといいのだろうか?
自民27、都民46 ほかは予想は変えず、変わらず? いやいや15議席減らして自民22、都民51?


一方、将棋の史上最年少棋士・藤井聡太四段(14)は、「第30期竜王戦決勝トーナメント2回戦」で、先手の佐々木勇気五段(22)に敗れ、昨年12月のデビュー以来、初黒星を喫し、歴代最多連勝記録は29でストップしたとのこと。

将棋の勝敗は、「実力」の差。都議選の勝敗は、個々の候補者の「実力」以前に、「風」「時の流れ」もあるような。

それにつけてもニッカのブラックニッカ数量限定商品の「ブラックニッカクロスオーバー」なるウィスキーは、なかなか美味。晩酌にチビチビと。それにしても、ホークスは0・5差で、今日の直接対決の試合に勝ったのに、首位になれずに、-0・5差でまだ二位? ううむ。勝ったのに首位になれず…。勝負の世界は不可解なり?
まぁ、小池さんは、元防衛大臣だし、竹村健一さんの隣にて薫陶をうけていた人。「都民ファースト」が政治信条的に「小池ファースト」なら、まぁ、「クロスオーバー」で、どうにでもなる?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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トランプの言う「アメリカファースト」がダメなら、小池さんの唱える「都民ファースト」もダメでは? それよりも杉並区立図書館の「区民ファースト」もまた酷いものがあるかと! そして「天皇ファースト」は?
(2017・6・21・水曜日)





「アメリカファースト」とか「都民ファースト」と聞くと、次に「区民ファースト」という言葉が浮かぶ。これは、杉並区役所管轄の杉並区立図書館みたいに、区民かその隣接の区民(市民)以外には、図書館カードは作成してやらない――というようなゴーマンな手法を意味する僕の「造語」だ。昭和40年だか45年以前の本は、一切貸出はしてやらないという中央区立図書館と並ぶ横着横暴図書館というしかあるまい。

普通は、「区立図書館」なら、同じ「東京都」に住む住民なら誰でも「利用(貸出)」できるようにするものだと思う。だから、杉並区から遠く離れている江戸川区民や八王子市民でも使えるようにしそうなものだが? 杉並区はそれも遮断している。新宿区立図書館は、まだ「都民」ならオッケーだ。

杉並区立図書館は、以前は千葉県民でも埼玉県民でも、勤務先が杉並区でなくても図書館カードは作れた。世の中には、古本市が開催されているからということで杉並区(高円寺)まで定期的に行くので、ついでに、本も借りたりするなんてこともありえただろうが…。ケチな区政だこと? 区長が交代してから質が落ちたね?  「都民ファースト」「区民ファースト」もほどほどにすべきだ。

少なくとも文京区などのように、区民と非区民の貸出数の違いや新刊がすぐに予約登録できるか、できないかといった「格差」を作るといった「区民ファースト」ならまだ理解できるが…。

図書館カードを作成できるか、できないかを「区民」の資格で線引きをする「杉並区民ファースト」はやりすぎでは? 品川区や文京区などは都民でなくとも、千葉県でも埼玉県民でも図書館カードを作れるようだ…。同じ「区」の図書館行政でも、ピンからキリまである。トランプの「アメリカファースト」も、杉並区の「(杉並)区民ファースト」同様、やはりいろいろと問題があるのかも?

それはさておき、「都民ファースト」を標榜する小池都知事。東京都都議選の告示(6・23)を前に、昨日(6・20)、小池都知事は、豊洲移転を表明しつつも、築地も再開発するとの見解を表明した。

以下日経の記事(電子版)
2017/6/20 16:00 (2017/6/20 16:19更新)
 東京都の小池百合子知事は20日、臨時記者会見を開き、築地市場を豊洲市場に移転した上で築地跡地を再開発する方針を正式に表明した。築地跡地は売却せず、食文化や観光の拠点などとして有効活用する方針だ。市場移転が決まらないために停滞していた五輪道路の建設など街づくりも再始動する。
 小池知事は(1)「築地は守る、豊洲を活かす」(2)豊洲はIT(情報技術)を活用した総合物流拠点とする(3)都民の信頼回復に徹底的に取り組む――の3つの基本方針を発表した。
 豊洲市場について、知事は「新たな中央卸売市場としての機能を優先させる」と明言。「その上で物流の機能をさらに高めていく」と話した。羽田・成田の両空港へのアクセスが便利な立地をいかし、従来の市場機能のうち転配送や市場外流通の役割を維持・発展させる。新しい冷凍冷蔵設備を備えた豊洲は、2020年からの新しいフロン規制に対応した業務用冷凍冷蔵庫の更新需要を満たせるとみている。
 築地市場は5年後をメドに再開発する。20年五輪までに跡地に幹線道路の環状2号を開通させ、当面は五輪用の輸送拠点として活用する。大会後は「食のテーマパーク」として発展させる。
 ただ豊洲、築地とも具体的な利用案は示さなかった。今後、都民の意見を募りながら検討するという。豊洲の開場時期などについても言葉を濁した。「詳しい日程は市場関係者と話を詰めていかないといけない」などと述べるにとどめた。


ふうむ…。

この時期、小池都知事の政治手腕を徹底的に批判する本が出た。
まずは全国紙に華々しく広告もだしている、ジャーナリストの有本香氏の『「小池劇場」が日本を滅ぼす』 (幻冬舎)。もう一冊は前鳥取県知事の片山善博氏と元検事(弁護士)の郷原信郎氏の『偽りの「都民ファースト」』 (ワック)だ。

『偽りの「都民ファースト」』では、著者たちは、要は「安全」な豊洲を、「安心」とはみなせないといったポピュリズムでケムに巻いて、大衆的人気を維持し続け、悪いのは石原元都知事の「決断」であったとして、都議選で「都民ファースト」を多数にしようと画策しているのがケシカランということを指摘している。なるほどと。
議会というチェック機能を、首長が意のままに牛耳ろうというのも、健全ではないとのこと。
大統領制度のフランスのマカロン率いる「新党」は、大勝したが、それにあやかろうと思っているのかもしれない。

有本さんも指摘していたが、小池さんはもともと「タカ派」のイメージが強い人だ。
拉致問題でも積極的に関与していた。都知事になって朝鮮学校への対応も厳しい姿勢を打ち出していた。
だから、都知事選のリベラルな鳥越俊太郎さんが出馬した時は、あっち系のフェミニストたちは、小池さんは「女性候補」ならずということで、反小池だった。

ただ、石原慎太郎さんがやや不用意に「厚化粧の大年増」と批判したあたりから(この指摘自体は「的確」か?)、徐々に女性の支持はふえていったかのようではあった。
いまや「リベラルなメディア」や共産党からも御贔屓されるようにもなってきた。そのあたりの複雑な交錯について有本さんも詳しく分析している。

このあたり、なんとなく、今上天皇や皇后が、ちょっと「リベラル」な発言をするものだから、それまで天皇制度に批判的だった元社民の辻元清美議員や、内田樹さんなんかが、急接近して『「天皇支持者」ごっこ』を展開しているのにも似ている(内田氏の「天皇主義者宣言」云々は6・20付け朝日記事や「月刊日本」(5月号)参照)。信念なき日和見主義者たちには失笑を禁じ得ない?

「君臨すれども統治せず」ではないが、 「天皇制度(皇室制度)は尊重すれども天皇個人は崇拝せず」----といった不動の信念をもっていれば、個々の天皇の資質や傾向に一喜一憂することもなかろうに……。

ともあれ、土壌汚染のプロパガンダは共産党が主導し、小池知事もそれに乗った感があるが、「都民ファースト」には、元民主党の落選組なども参画しているそうな。一読してなるほどとも。
初の女性防衛大臣、初の女性東京都知事、そしてまさかの初めての女性首相なんてことは…。ネバーセイネバー?
ともあれ、都議選もいよいよ明後日告示。投票結果は、どうなりますことやら。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

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英国総選挙、保守党敗北と言われると、労働党が第一党に躍進したのかと思いきや?
(2017・6・10・土曜日)






昨日(金曜日)は夕方、本郷で仕事の打ち合わせがあり。そのあと、神保町でも打ち合わせがあり、テクテクと移動。水道橋駅周辺で、日本大学経済学部の授業でも終ったのだろうか、若者たちがゾロゾロと「校舎」から出てくるのに遭遇してしまう。「スマ歩」しているのも多くてさっさと前見て歩けと怒鳴りたくなるが…。

打ち合わせが終り、外に出て水道橋駅方面へ。夜はさすがに古本屋は閉店。飲食店はまだにぎやか。この界隈に住むと、いろいろと便利だろうが、やはり週に一回程度訪れる程度がいいのかもしれない。

帰宅してテレビを見る。NHKはなんとなくあまり好きではない。ただ、コマーシャルがないので、ついつい見てしまうが…。夜のニュースも、この前までタモリさんの横にいたような女性アナウンサーが出ているけど、あのテレビカメラの行列がズラズラと画面に出るような作りのアバウトさはあまり好きではない。ツルベエだかなんだかの番組も同様。単なる知名度の高いタレントが街中を徘徊して、あれこれやっているけど、何の面白さがあるのやらと? 惰性でそんなつまらない番組を見てはいけないなと思いつつ、ついつい見てしまうこともあるのだが…。ダイエット中なのに、帰宅してペヤングソース焼きそばを食べてしまったが、そんなもの?

それはさておき、英国総選挙が終ったようだ。保守党敗北なんていっているけど、第一党の地位は揺るがず。330議席が318に減った程度(今朝ネットで議席数を確認しようと思いつつも、議席数がなかなか出てこない。保守党が負けた負けたと書いているのだが…)。
単独過半数(650の半分は325。投票権を持たない議長・副議長(合計4人)と議席を持つが登院しないシン・フェイン党の議員(7議席)を除くと、下院の議会運営に必要な実質的な過半数は322議席とのことだが。北アイルランドの保守系地域政党の民主統一党(DUP)の10議席が加われば、過半数を確保することが可能とのこと)に若干足りない程度。小選挙区制度とはいえ、二大政党以外にもいろいろと少数政党がある以上、単独過半数を大きく上回るのは困難。保守党側は350ぐらい取れると思っていたのかもしれないが……。

2年前の総選挙の時の英国マスコミの予想は、保守党が過半数はとれまいとの事前予想。今回はまぁナントカ大きくはずれずに? でも労働党のコービンが、アメリカの民主党のサンダース同様に頑張ったのは事実。

以下2年前の英国総選挙雑感の再録。


英国で保革大連立内閣が出現する可能性はあるか?
(2015・5・7・木曜日)



英国総選挙もまもなく投票が始まる。前評判では、保守党&自民党の連立でも過半数を制することは不可能とか。労働党も無理。となると……。

とはいえ、マスコミの予測投票は外れることも多い。意外と、保守党&自民党の現政権が過半数確保もありうる? 場合によっては、スコットランド独立党にかき回されないために、保守党・労働党の大連立政権もありか?
ロンドン在住の知人によれば、大連立含めて、いろんな可能性があるとのこと。

(西)ドイツでは、かつて大連立という組み合わせもあった。日本だって、自民党&社会党連立政権もあった。ネバーセイネバー。

総選挙中、英国を家人が訪れていたが、向こうは戸別訪問が合法のせいか、日本の選挙のような街中の連呼するシーンは見かけなかったとのこと。

『チャイルド44』 (トム・ロブ・スミス、新潮文庫)、 『遙か群衆を離れて』 (トマス・ハーディ、角川文庫ほか)が映画化されるということを、街中のポスターで知ったそうな。

『チャイルド44』も積んどくしたまま。スターリン批判(?)の本だから読まなくてはいけないのだが……。日本でも大々的に公開されるのであろうか?

ともあれ、僕が英国人だったら、どの政党に入れるか? 労働党でもいいし、保守党でもいいし、自民党でもいいか? 悩む?

ともあれ、ネバーセイネバー。


「沖縄」に於ける「ヘイトスピーチ」「同調圧力」を見て見ぬフリをするのは二枚舌・二重思考で奇妙奇天烈というしかないが、スコットランドやパレスチナ同様に沖縄も「独立」したらいいのかも?
(2015・5・8・金曜日)



大高未貴氏の『「強欲チャンプル」沖縄の真実 すべては”軍命による集団自決”から始まった』 (飛鳥新社)を読んだ。

沖縄のいわゆる「集団自決」問題をめぐっては、裁判沙汰にもなった(大江健三郎氏の『沖縄ノート』岩波新書が、軍命を事実とみなして論を進めていたことへの当事者からの名誉棄損の訴え)。

この問題に関しては、曽野綾子氏の『ある神話の背景 沖縄・渡嘉敷島の集団自決』 (文藝春秋ほか)がある。大江氏の本は持っているが詳しくは読んでいない。

ともあれ、大高氏は、原告の梅澤裕氏への取材をはじめ、現地での関係者への聞き取りなどを通じて、この問題を追及している。
集団自決を命じたとされる『鉄の暴風』なる書物の杜撰さなどへの言及や、沖縄に於ける「反軍」への「同調圧力」の実態などもなるほどと思った。

また、在日への「ヘイト・スピーチ」を声高に論じる一部マスコミが、沖縄に於ける「ヘイト・スピーチ」に沈黙する愚を指摘しているのも正論だ。こんな証言も引き出している。

「活動家のやり口はあまりにも卑劣で、同じ日本人として看過できないものがあります」「彼らは米兵のみならず、米兵の家族や子供たちが基地のゲートを通るときも、何人かで車を取り囲み、”ファック・ユー”などと聞くに堪えない言葉を浴びせています」「最近では、ゲートの横で脱糞までして嫌がらせをしているのを見ました」

「ヤンキーゴーホーム」も連呼。これでは「在日は朝鮮に帰れ」と同じではないか?

戦前の「統帥権」死守の空想的軍国主義者と、戦後の「憲法9条」死守の空想的平和主義者が「同根」であるのと同様、「ヘイトスピーチ」を連呼する人々も、右であれ左であれ、同根というべきだろうか。情けない? 

日本ワンダフル論に反感を覚える人や一部マスコミは、こういう実態にも切り込んだらいいのになぜしたがらないのかしら。
沖縄の軍事基地の問題点を指摘するのと同様に(学校の上空を戦闘機などが飛び交うシーンを放送するのも当然のことだが、学校の移転計画もあるのに、それを敢えて実行しない当局の愚も本書では指摘されているが)、こうした嫌がらせをする人々の光景も写し出すべきだろう。

どちらも困った現実だ。その上で、学校の移転や基地の移転などを論じていくべきだ。

報道すべき「事実」「現実」を覆い隠すのは、別に相手が政府であろうが、民間団体であろうが、行なうべきではあるまい。変なタブー、同調圧力は、「右」にのみあるわけではない。「左」にも「真ん中」にもあるのだ。
単細胞的正義感を煽るだけの報道や解説は見苦しい。そうした知られざる実態を知る上で、本書は大変参考になる本だった。

そのほか、松島泰勝氏の琉球独立論への批判もあるが同感(この点に関しては、松島氏の所論を批判した拙文を以下に再録する)。

「植民地主義に抗う独立への道」を模索するのは沖縄やグアムだけではあるまい。チベット、ウイグル、内モンゴルも考えることが肝要
• 2012/03/24(土) 05:49:48


 1963年沖縄石垣島生まれの松島泰勝氏(龍谷大学教授・経済学博士)の『琉球独立への道 植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』 (法律文化社)を読んだ。題名通りの本。
 独立したら米軍基地を引き取ってもらうとのこと。

 「アジアの緊張を高める米軍基地は琉球の抑止力にはならない。米軍は琉球人に対して事件・事故という形で常に暴力をふるい、有事の際には琉球は攻撃の対象となる。琉球は外交権を行使し、周辺諸国と『非武装・中立化協定』を調印する」とのこと。
そして「自らの憲法に『9条』を明記する。琉球は国として日本国から分かれることで『戦争の島』から『平和な島』へと生まれ変わる」とのこと。ふうむ?

「アジアの緊張を高める」のは米軍基地だけなのだろうか? 中国の「軍拡」や「空母」や北朝鮮の「核」などは日本本土にとっても、沖縄にとっても、他のアジア諸国にも何の脅威にもならないのだろうか? 米軍は「常に」暴力を事件や事故でふるう存在でしかないのだろうか。トモダチ作戦に従事した米兵士たちは存在しなかったのだろうか。

 さらに「琉球独立に反対する日本人は、独立すれば、軍拡を進めている中国が琉球を侵略するにちがいないと主張することが多い。もし中国が140万人の地域を侵略したら、国際法違反となり、世界中から非難をあび、常任理事国の地位から追い出され、経済制裁をうけるだろう。経済成長の道を歩み、第三世界に対する国際協力を増やして国際的な地位を高めている中国が、琉球への武力進攻という大きなリスクを冒してまで、琉球を得ても何のメリットもないだろう。尖閣列島の石油資源を取得したとしても、世界中を敵に回して貿易ができなければ中国自体の破壊につながる。中国の琉球侵略は国連の存在そのものを否定することになり、中国は地球上に生存できなくなるだろう」「日本が琉球を侵略し、現在も日米両国による植民地支配下に琉球がおかれているというのは歴史的事実であり、現状である。今、琉球が直面している異常な、違法な占領状態を終焉させることが、琉球人にとっての最優先課題となる」と指摘する。ふうむ?

 こういう「ユニークな言説」にも一理あるのかもしれない。だが、中国が異民族のチベットやウイグルを軍事力によって侵略し支配し、「植民地支配下」に置いているのは「歴史的事実」であるが、それによって「世界中から非難をあび」てはいるものの、「常任理事国の地位から追い出され、経済制裁をうける」にまでは至っていないし、オリンピックも開催され、「中国は地球上に生存」しているという厳然たる「歴史的事実」をどう考えるべきなのだろうか。また、著者の指摘によれば、アメリカは琉球を「植民地支配下」に置いているとのことだし、一般にはイラクにも侵略したとのことで非難を受けているが、国連常任理事国として「君臨」している。となると、中国が琉球を侵略支配しても、その地位も不変のままでいる可能性も高いのではないか?

 そもそも「植民地支配」というものはどういうものなのか? 今日、その問題を考えるならば、当然、チベットなどにも出かけて、「チベット・沖縄植民地比較史」なる研究をする必要が出てくるだろう。著者には、グアムやパラオで働き生活した体験もあるそうだし、本書ではハワイやインドの独立やスコットランドの独立運動にまで視線を延ばしているのだから、当然、チベットやウイグルなどの「独立運動」にも関心をもっていらっしゃるに違いない(すでに別の本で、そういうテーマに関して縷々指摘していたら恐縮ですが、本書には特に出てこないので)。
 
中国の酷い植民地支配に苦しんでいるチベットやウイグルや内モンゴルの状況・歴史は沖縄にとっても、大いに参考になるのではないか。あんな悲惨な状況に陥らないためにも、9条だけでいいのかどうかも深く考察する必要もあるだろう。

 その点で、静岡大学教授・楊海英氏の『墓標なき草原 内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録 上下』 『続 墓標なき草原 内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』 (岩波書店)も、「植民地支配」を考える上で必読の文献である。
 ツェリン・オーセルの『殺劫(シャーチェ)――チベットの文化大革命』 (集広舎)もだ。
 ラビア・カーディルの『ウイグルの母 ラビア・カーディル自伝』 (ランダムハウス講談社)もだ。
まだまだある。これらは、現在進行形の「植民地支配」に抵抗した各民族のナショナリズムの歴史でもある。

 こういう本を読めば、中国がどういう国家なのか、本当の意味での「植民地支配」とはどういうものなのかが、よくわかるのではないか。かつての日本やインディアンを虐殺したアメリカにも似ているといえようか。過去完了形か現在進行形かの違いは違いとして認識しておく必要があるとしても……。
 我々日本人は、「琉球ナショナリズム」を勉強したあとは、「モンゴル・ウイグル・チベット」ナショナリズムにも目を閉ざすことなく勉強し、その被害の度合いに応じて、適切な批判的精神を持つように心がけたいものである。
 
日米両帝国主義国家による(?)沖縄の「植民地支配」など、これに比べれば、何と「甘い」「生ぬるい」ものかと感得できようか? 沖縄にしても、せっかく日米帝国主義国家の植民地支配とやらから脱却しても、新たにこんな宗主国がやってきたら大変である。台湾はすでにそういう体験をしているではないか? 歴史から学ぼう!


蛇足になるかもしれないが、「沖縄独立論」も、「スコットランド独立論」や「カタロニア独立論」(スペイン)と対比されるべきものかもしれない(昔の樺太・千島交換条約ではないが、沖縄(尖閣付き?)・台湾交換条約を中共と締結し、沖縄を中国に、台湾を日本に…という形になればいいかも? ネバーセイネバー?)。

ともあれ、さて、英国ではまもなく投票も締め切られ開票が始まる。

「英国の朝日新聞」、いや、失礼、英国のリベラル紙・ガーディアンによれば、一週間ほど前の獲得議席の事前予想は、保守党277、労働党266、スコットランド国民(民族)党は55、自民党は27、独立党3議席とのこと(この予想は流動的で、投票日直前の同紙の予想議席数はさらに変動しているようだが)。全議席は650議席だから、過半数は、325議席。326議席取れば勝ちになる(投票に参加しない議長と北アイルランドのシン・フェイン党の4議員を除けば323議席が実質過半数となるから、326でなく323でいいのかも?)。

労働党がスコットランドで減った分だけ、スコットランド国民(民族)党が取ればプラマイほぼゼロになり、保守党&自民党などが「横ばい」ならば過半数を獲得する可能性もあるだろう。
この前の日本の総選挙で、沖縄では小選挙区はすべて非自民候補が当選したようだが、大勢に影響はなかった(比例復活で自民議員も当選)。

マスコミの事前予測が当たるのか、外れてあっと驚く意外な結果(連立政権存続?)となるのか。そのあたり、宮田珠己氏の『スットコランド日記』 (本の雑誌社)をひもとけば、何かヒントがあるかも(まさか!?)。

何があってもネバーセイネバー。

それにしても、2015年3月に総選挙のあったイスラエルでは、2カ月後の5月になって、やっと新たな「連立政権」が発足することになった。この国も保守系右派政党と左派系労働党とが大連立を組むこともしばしばあるところだ。
今回は右派政党オンリー(120議席中61議席)でなんとか過半数を1議席上回る態勢でスタートするとのこと。パレスチナ人国家の樹立を認めない「ユダヤの家」の影響力も強まっているとのこと。

もし僕がイスラエル国民なら、この前の総選挙では、どの政党に入れたことやら。シオニスト連合かな? リクードかな? でも、そもそもユダヤ教徒ではないからなぁ。 

未だにこんな投票の自由もない、立候補の自由もない、遅れた野蛮国家(中共、北朝鮮、ベトナム)がアジアにあることを恥と思うべきか。

ともあれ、ネバーセイネバー。
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三谷太一郎さんの『戦後民主主義をどう生きるか』は積んどくのママだが、とりあえずは『日本の近代とは何であったか  問題史的考察』は手にしてみたところ……。
(2017・6・9・金曜日)



三谷太一郎さんの本は何冊か積んどくしていたが、この『日本の近代とは何であったか 問題史的考察』 (岩波新書)は、薄いので(?)とっつきやすいこともあり、読み始め先日読了した。

内容紹介→政党政治を生み出し、資本主義を構築し、植民地帝国を出現させ、天皇制を精神的枠組みとした日本の近代。バジョットが提示したヨーロッパの「近代」概念に照らしながら、これら四つの成り立ちについて論理的に解き明かしていく。学界をリードしてきた政治史家が、日本近代とはいかなる経験であったのかを総括する堂々たる一冊。

三谷さんというと……。戦後70年目の安倍談話が出た時、どっかの新聞でボロクソに叩いていた東大の先生というイメージがあった。ということもあり、少し敬遠気味。最近も、東大出版会から出た『戦後民主主義をどう生きるか』という本を手にしたが、「戦後民主主義」はあまり好きではないので積んどく中。

だが,この本を読み始めると、まずはウォルター・バジョットが出てきた。おやおや、バジョットといえば、大学時代の恩師の研究テーマ。岩波文庫で『ロンバード街―ロンドンの金融市場』  (宇野弘蔵訳)があり、中央公論社刊行の『世界の名著 60 バジョット/ラスキ/マッキーヴァー』の中に、バジョットの『イギリス憲政論』が収録されていたかと。学生時代、パラパラと読んだ記憶がある。

王室の意義として、威厳ある部分を代表するものとみなしていたかと。権力と権威を分立させて民主主義を安定させるためにも王室(皇室)があったほうがいいと。
そうか、バジョットを引用する人に悪い人はいないかな?(いや、ネバーセイネバー?)。

さらにはジョージ・オーウェルも出てくる。 『1984』を紹介しつつ、江戸時代の幕藩体制が「非常に精密な相互的監視機能」が「作動していました」とのことで、それが『1984』という「小説に出てくるグロテスクな逆ユートピア体制と非常に共通する面を持っていたともいえる」と指摘している。

「将軍ですらも、相互監視の対象であることを免れませんでした。将軍の寝所には将軍と寝所を共にする女性以外の第三の女性が入り、そこでの将軍の会話を逐一聴取することが公然の慣習とされていました。このことは『一九八四年』体制と共通する、あるいはそれをも超える究極な相互監視機能が働いていたというべきでしょう。幕藩体制においては、将軍もまた自由な人格ではなかったのです」と。

ううむ、オーウェルの『1984』は、権力者が「市民」を監視し、室内にもテレスクリーンがあって、日記を自由に書くこともできないような、それこそ、「究極な監視機能」が全国家的に完備されていたことを諷刺していたのだと思うが…。権力者どうしの相互監視機能は、昔からよくあることで、それをオーウェルの『1984』と比較するのは、ちょっと無理があるような……。

しかし、最近は道端の監視カメラ(防犯カメラ)も「1984」の世界の象徴だ――と騒ぐ人々がいるけど、誘拐犯などの迅速な逮捕に役立ったりすることがあると、そういう声も減ってきたようだ。しかし、山手線全車内に「防犯カメラ」を設置することを「プライバシー侵害懸念も「利用者『監視に抵抗感』(2017・6・7・東京新聞朝刊)なんて報じるところもでてくる(この「見出し」も奇怪しい。記事を読むと、利用者の中にも抵抗感があると言いつつも「最近は車両内のトラブルが多いから設置は仕方ない」とも語っているのだから、この「見出し」は片手落ちですな。

あと一橋大学のように、「タカ狩り」を専門とする(?)言論抑圧機関があるようだ。百田尚樹氏の学園内講演会を中止に追い込んだり。


私たちは差別・極右活動のない学祭実現のため、10日当日に、差別監視活動を行うことにしました。差別・極右活動の発生を監視し、発見ししだい記録と通報(KODAIRA祭と大学当局、悪質なものは法務省など)を行います。
(差別通報はこちらまでお願いします→略


自分たち自身が「差別」をしていることに気づかない。ビッグブラザーのタマゴたちは不気味だ。

それはさておき、そのほか、バジョットが欧州近代の推進力のひとつとして指摘した「植民地」の問題を取り上げ、それと日本の植民地支配の実態を考察している。

「日本の近代の文脈の中で、日本の植民地帝国化がなぜ、いかに行われたか」「植民地帝国は日本近代の最大の負の遺産」「それは今日においても清算されてはいません」「かつての植民地であった他国の政治・経済・文化のみならず、日本自身にもなお癒すことのできない傷跡を起こしています」との指摘がある。
ううむ、「日本自身にもなお癒すことのできない傷跡」が、はてどこにあるのか?

とはいえ、 「なお今日のヨーロッパが抱える難民の問題は、ヨーロッパ近代がつくり上げた植民地帝国の負の遺産であり」と言われると、それはそうだとは思う。
英国の相次ぐテロにしても、フランスにしても、所詮はあんたたちの植民地帝国による長年の搾取が生み出した、今日までも続く現地での「貧困」「混乱」による「負の遺産」故の因果応報の部分もなきにしもあらずかなと、僕は思わないでもないから(そもそも、アフリカくんだりまで自衛隊をPKOで派遣するいわれはあるまい。もっとも「情けは人のためならず」だから、費用対効果で出かけるのも悪くはないかもしれないが…)。

(負の遺産であり、) 「日本の植民地帝国はヨーロッパのそれを模したものでしたから、日本にとって難民の問題は決して他人事とはいえないでしょう。ヨーロッパの難民の問題は、形を変えて、あるいは潜在的に日本にも存在すると見るべきかもしれません」

ううむ、そうかな…。
欧州国家の植民地統治は、日本の韓国や台湾統治よりも長きに及んでいる。日本はそれに較べれば短期間(だから…)。また「統治」の内実も、欧州各国に較べれば、まだ「穏健」というか「宥和」というか、教育的な雰囲気が強かった。さらには、アジアの植民地の多くは、大東亜戦争(太平洋戦争)の「効果」もあって、アフリカ植民地諸国より、早く「独立」もできた。

さらに、戦後の日本からの経済賠償や援助もあって、独立の遅れたアフリカ諸国よりも経済的に早く発展した。広大な海もあるとはいえ、難民が日本に押し寄せてくることも地中海周辺国家に較べれば…。ベトナムのボートピープルも…。
経済的に発展が遅れている北朝鮮は、自業自得、因果応報であって、日本の「強いる植民地統治」のせいではあるまい。韓国はそこそこ発展しているし。
北朝鮮は、独裁政治と軍事偏重がああいういびつな体制を生み出したのだ。まぁ、「第二次朝鮮戦争」になると、難民が韓国や海を超えて日本にやってくることも大いにありうる……。

ともあれ、いろいろと知的な刺激をうけるところもあり、それなりに参考になる本だった。大内兵衛氏の『社会主義はどういう現実か』 (岩波新書)なんかよりはるかにマトモな本でした(これって褒めているのです!)。同じ東大でも違うものだ!!

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

三谷さんのこと、以前、以下のように論じていた。以下再録。


朝日同様、どちらかといえば、安倍談話に批判的な毎日新聞の論説副委員長がこんなコラムを書いていた(2015・8・25朝刊)。戦後70年の首相談話に関する有識者会議「21世紀構想懇談会」に加わっていた山田考男氏ではないので念のため。

Listening:<70年ウオッチ>「合格に届かず」か 「想定よりまし」か=論説副委員長・古賀攻
2015年08月25日
 安倍晋三首相が出した戦後70年談話の一番の特徴は、どこにも突き抜けないところにある。
 「日本はそれほど悪くなかった」史観が随所に顔をのぞかせるが、さりとて侵略の歴史を全く退けているわけでもない。読む側の着眼点によって姿形が違って見えるから、0点とか満点とか両極端の評定にはなりにくい。
 特に興味深かったのは、文化勲章受章者で近代政治外交史が専門の三谷太一郎・東京大名誉教授(78)と、慰安婦問題などに尽力してきた国際法学者、大沼保昭・明治大特任教授(69)の安倍談話に対する評価の開きだ。
 2人は学者・研究者74人からなる声明の共同代表を務めた。日本記者クラブで7月17日に発表された声明は「かつての戦争の不正かつ違法な性格をあいまいにすることによって(日本が戦後築いてきた国際的評価を)無にすることがあってはならない」とくぎを刺している。
 安倍史観への懸念を共有していたはずの2人だ。ところが、実際に談話が出てみると、三谷氏は「責任ある国家指導者としての主体意識が希薄」(8月15日毎日新聞)、一方の大沼氏は「国際社会の共通認識に近い談話になった」(同日経新聞)と方向性を異にした。
 この違いはどこから来るのだろうか。
 三谷氏は「ポジティブな面がないとは言わないが、文脈が大事なんでキーワードを並べただけじゃだめ」とやはり手厳しい。大沼氏は「安倍首相も批判や注文に耳を傾けざるを得なかったことは日本社会の成熟を物語る」と話す。
 結局、採点基準をどこに置くかで、談話の出来は「合格点未満」になったり、「想定よりもまし」になったりするのだろう。
 後日談がある。談話公表から2日後の8月16日、大沼氏は別荘で休暇中の安倍首相と1時間ほど面談する機会があった。会うなり、首相は「先生のご満足は得られなかったかもしれませんが」と自ら切り出した。大沼氏は「いろいろと考えられた文章でしたね」と応じたという。


文字数の制限故か、ちょっとしり切れとんぼのコラムだが、僕も大沼氏のコメントと三谷氏のコメントは両方一読したが……。どう考えても大沼氏のほうが冷静なコメントであったと思う。

もっともこの記事のラストシーンを読むと、大沼さんは安倍首相にすり寄った…と印象づけたいのかなとも? 

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