古本虫がさまよう 共産主義
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「鬼ごっこ」と「ミサイルごっこ」の違い?
(2017・10・20・金曜日)





今朝は目が覚めていつものようにラジオを点けると午前2時半過ぎ。寝たのは午後9時半だから、まずまずの睡眠時間。NHK深夜便から流れてくる曲はポピュラーソング。オリビアニュートンジョンやら軽快なメロディ。演歌でなくてよかった。午前3時には起床してごそごそ。

それはさておき、森田芳夫氏の『朝鮮終戦の記録 米ソ両軍の進駐と日本人の引揚』 (巌南堂書店)は、1000頁を越える大著。パラパラとめくる。

「日本人婦女子の問題」についても若干触れている。職業婦人を出して危機を脱した例もあったそうな。
ともあれ、日本人子供の「ソ連ごっこ」としてこんなものがあったそうな。

ソ連兵が大きな黒パンをもって歩くのをまねて、子供たちが赤レンガをこわきに抱えて歩く。ほかの子供が「フレーブ・ダワイ」(パンをくれ)と後からついていく。 「マダム・イッソ・マニイッツ」(朝鮮語で「マダムはいるか、金がたくさんある」)とソ連兵になった子供たちがやってくる。すると、日本人の男になったのが、 「ニェット・マダムオブソ」(いや、いない)と(オプソは朝鮮語で「いない」。ところがソ連兵は、日本人の女になった子供をみつけ、 「マダム・ダワイ」(マダム来い)と追いかける。そして三つ巴になって、「つかまえごっこ」をやる…というのだ。

まぁ、鬼ごっこというのは子供の時、よくやった記憶があるが…。 「本当の世界」では、そういう鬼ごっこで、抵抗したり守ろうとした日本人が殺された例もあったそうな。金正恩なんか諷して「ミサイルごっこ」なんか今の子供たちはやらないのだろうか?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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同じ戦争(レイプ)被害者であっても、やった相手がソ連だと遠慮するのか?
(2017・10・18・水曜日)





下川正晴氏の『忘却の引揚げ史 泉靖一と二日市保養所』 (弦書房)や、上坪隆氏の『水子の譜 ドキュメント引揚孤児と女たち』 (現代教養文庫)や、早川東三氏の『じゃぱん紳士 夜のエチケット教科課程』 (カッパブックス)を紹介した時に少し触れたものの、長く行方不明だったルート・アンドレーアス・フリードリヒの『舞台・ベルリン あるドイツ日記 1945/48』 (朝日イブニングニュース社)がひょっこりと出てきた(この本は、1988年に『舞台・ベルリン 占領下のドイツ日記』 として朝日選書に入った)。

アマゾンではこんな内容紹介がされている→ドイツ降伏後、分割占領されたベルリンは、ソ連による1年間の封鎖、西側の大空輸作戦を経て、冷戦時代の中心舞台であり続ける。著者は市民として、女性編集者として、この過程を密かに、そして克明に記録した。戦後40年を機に西ドイツで出版され、欧米で異常な反響を呼んだ作品の待望の翻訳!

イマイチの内容紹介というしかないが…。本書の圧巻は以下のような内容だからだ。



1945年5月6日の日記にこうある。

「市内はパニック状態である。不安と恐怖。私たちが行くさきざきに、強奪が、掠奪が、暴行が行なわれていた。抑制を知らぬ情欲で、勝利者の軍隊はベルリンの女性たちに襲いかかった。私たちはハイケの友達でクラスメートの、ハネローレ・ティーレを訪問した。彼女は長椅子に頭をかかえてうずくまっていた。私たちが部屋に入って来るのを見るや、『自殺したいのよ!』と叫んだ。『とても、生きていられないわ!』彼女は突っ伏して、泣き始めた。彼女の泣きはらした目やゆがんだ顔つきを見るのは、恐ろしいことだった。『そんなにひどかったの』と私はたずねた。悲痛な表情で彼女は私を見つめた。『七回も』と、彼女はかぶりを振りながら言った。『七回も、続けて。まるでけものだわ』」

ほかに「60回」も強姦された18歳の少女もいた。

「これまでの四年間、宣伝相ゲッベルスは、もしソ連兵が入って来たら、彼らは私たちを暴行するだろうと言ってきた。凌辱し、掠奪し、殺害し、放火するだろうと。誇大宣伝だ!と私たちは憤激し、東西連合軍の解放を待ち望んできた。私たちはいま、失望したくない。ゲッベルスの言ったことが本当だとはどうしても思いたくない! 十二年間、私たちは抵抗し続けてきた。今度は、『解放軍』が欲しいのだ。それが、そうはいかないとしたら……」

「『凌辱されたら、死ぬしかないのよ』と、敗戦の二日前、女教師が女生徒ばかりのクラスに言った。女生徒たちの半分以上がこの命令をそのまま実行し、最寄りの川に身を投じて辱めをそそいだ。名誉を失なうのは、すべてを失うこと。服毒あるいは拳銃、綱あるいは刃物。何百人という娘たちが自殺したのだった」

樺太の電話交換手(女性)の「氷雪の門」の悲劇が想起させられる。

この本を、僕は出た時すぐに読んだ。1986年4月の刊行。すでに30年以上昔の本。本のあちこちに染みなど、ヨゴレが発生している。上に引用した文は赤線を引いているところだ。その上に「満洲での戦争体験を風化させるなと言う進歩派はいない」と自筆で書いてある。

そうそう、相手がソ連だと、遠慮して、同じ戦争犯罪でも、いや、史上稀に見る野蛮行為も、「味方」がやったとなると、突然「二枚舌」になり、そういう戦争被害などは「風化」させたり、あってもなかったことにみなして平然としていられるのが、当時もいまもいる左翼リベラル(容共リベラル)型進歩的文化人たちだ。

彼らや中共のいう「南京大虐殺」とは、こういうソ連がやったようなレベルのものなのだろうが、少なくとも、日本はそういう組織的に行なわれたようなレイプはしていない(もちろん散発的なレイプはあっただろう。それは戦後のアメリカ占領軍兵士たちも日本などで行なったという点では同様だったとはいえようか)。しかし、「レイプオブベルリン」「レイプオブマンシュウ」はあっても、そんなひどさの「レイプオブ南京」はなかった。見落としてはならないのは、ソ連のやったことは「平時」だということ。戦争がおわったあとの蛮行。

さておき、ドイツ社民党が共産党によって「統一」されそうになっているのに著者は抵抗する。 「もしベルリンの社民党が共産党に吸収されたら、ベルリンの民主主義は終わりになるでしょう」と(1946・3・12)。

4月1日の日記には、 「82・5%の高率で、ベルリンの社民党の投票者は統一反対の投票をした。共産党はこの直接投票の結果を、”統一戦線の圧倒的勝利”と呼んでいる。どのような脳の軽業で彼らがこのような結論に達したのか、どんな計算の達人も割り出すことができないだろう」

コミュニストの「脳捻転」は古今東西共通したものがあるようだ? そういう歴史があるから、東西統一後のドイツでは、地方レベルでは、社民党が、東独の旧共産党と「連立」を組むことはあっても、国政レベルでは、決して「連立」をしようとはしないのだろう。しかし、その歴史的体験も「風化」していくかもしれない。共産主義者の蛮行を決して「風化」させてはなるまい。それにしても、社民党の中にも、17・5%の統一賛成派もいたのだ。今日、民進党(立憲民主党)の中にも、共産党との「連立」を是とする向きがあるようだが、東独「社民党」解体の歴史をもう少し勉強したほうがいいのでは?

ともあれ、「レイプオブベルリン」と同様の視点は、アントニー・ビーヴァーの『ベルリン陥落1945』 (白水社)でも詳述されている。戦争をしたらどうなるか、そして戦争に負けたらどうなるか…。そこまで踏み込んで「反戦」を唱えるべきだろうに、そういうことは軽視。戦後の日本の反戦・平和教育はなにかが抜けているのだ。それを補うのが、こういう本ではないか?

もちろん、そういう戦争の悲惨さを感得し、戦争はしてはならないものと痛感するのは人間として当然のこと。それでも、 「戦争が我々を放棄しない」という現実にも目を向け、太平洋戦争(大東亜戦争)でどうして負けたのかを、戦力、情報力、同盟力等々、あらゆる角度から検証し「反省」することが肝要だろう。「戦争体験」とは、単に「空襲」が大変だった、食糧が不足した…といった「戦場体験」だけではないのだから。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「軍艦島は地獄島だ」と、日本で騒ぐ人たちは、「北朝鮮は地獄半島だ」とは決して言わない人たち?  かつては「北朝鮮は地上の楽園だ」「北朝鮮は拉致していない」と言い張っていた、その系列なのではないのかしら?
(2017・10・12・木曜日)




2017・10・11産経朝刊にこんな記事が出ていた。

「軍艦島は地獄島ではない」 元島民らの反論動画公開
10/11(水) 7:55配信 産経新聞
 世界文化遺産に登録された長崎市の端島炭坑(通称・軍艦島)に関する世界の誤解を正そうと、朝鮮人労務者と一緒に炭坑で作業した旧島民らの証言を収めて反論する動画が10日、ウェブサイト「軍艦島の真実-朝鮮人徴用工の検証」で公開された。
 動画は、旧島民とその子孫などでつくる「真実の歴史を追求する端島島民の会」が制作したもので、世界に拡散する「軍艦島は地獄島」のプロパガンダに対抗する取り組みだ。テーマは(1)誰が世界に誤解を広めたのか(2)誰が軍艦島の犠牲者なのか(3)誰が歴史を捏造(ねつぞう)しているのか-の3点。
 韓国・釜山の国立日帝強制動員歴史館が、昭和30年代に福岡・筑豊地方で撮影された日本人炭鉱員の写真を無断使用し、端島の炭坑で過酷な状況で働く朝鮮人の様子であるかのように展示していることにも反論している。サイトは産業遺産国民会議の特設ウェブサイト(gunkanjima-truth.com)。日本語、英語、韓国語のバージョンがある。


さっそくチェック。ユーチューブで見られる。三部作。それぞれ数分程度。朝鮮人が炭鉱で虐待されたという写真は、北海道での日本人炭鉱労働者の写真。こんなに重労働させられたという写真は、昭和30年代の日本の炭鉱での日本人の写真。それを撮影した人が、ネガなどを見せて、悪用されていると批判もしている。それにしても,そういう著作権侵害以前に、キャプション捏造を平気の平左で、韓国は国家ぐるみでやっているのだ。それが国立の施設にて展示もされているというのだから、唖然とする。こういうことをする人や国家を蔑んで何が悪い?  

こんな捏造行為こそ、悪質な、民族差別を助長するヘイトアクションとでもいうべきか。日本がやってもないことをやっている、この写真を見ろ!と主張しているのだが、その写真がニセモノというか、まったく状況の異なるものなのだ。すみやかに撤去するなり謝罪すべきではないか。

映像では、当時の軍艦島にいた関係者(当時は子供~だったのだろうか。年齢などは出てこないが、80代といったところか)も証言している。アウシュビッツみたいなことが軍艦島であったわけがないと。

韓国では軍艦島を舞台にした荒唐無稽な虚構映画を作成もしている。このあたりは西岡力さんが「月刊ハナダ」(2017・10月号)で、批判もしていたかと。また、三輪宗弘氏が、『歴史通(ウイル11月号増刊)』で、ユーチューブでもやり玉にあげられている「日帝強制動員歴史観」のニセ写真などを含めて徹底解剖をしている。

古田博司氏が『韓国・韓国人の品性』 (ワック)で力説しているように(帯文には「韓国人は平気でウソをつく!」「卑劣の意味が理解できない」「あるのは憎悪の反日ナショナリズムだけだ」…とある)、「助けず、教えず、関わらず」の非韓三原則で対処すべきなのかもしれない。

それにしても、「軍艦島は地獄島だ」と騒ぐ日本人もいるようだが、そういう人たちは「北朝鮮は地上の楽園」とはやしたてた面々(寺尾五郎)の末裔なのではないかしら? アウシュビッツに匹敵するのは、軍艦島の徴用工たちの運命ではなく、シベリア拉致抑留などで、それこそ正真正銘の「強制労働」をさせられた日本人たちの運命に重ね合わすべきかもしれない。まだ、アウシュビッツよりはシベリアはマシだったかもしれないが…。いや、同等だったというべきか。

その点は、 『シベリア抑留 日本人はどんな目に遭ったのか』 (新潮社)の著者である、長勢了治氏の『軍艦島 朝鮮人は強制労働のウソ シベリア抑留と対比し検証する』も参考になる。 「大卒に比べても安くはない賃金が支払われ、家庭に送金までしていた」徴用工の働いていた軍艦島が「地獄島」であるわけがない。

実際、朝鮮半島から徴用工として広島などで働いた体験を綴っている鄭忠海氏の『朝鮮人徴用工の手記』 (河合出版)を拾い読みしているが、戦地にいる日本人兵士に比べれば、かなりマシな生活をしている。彼は、昭和19年12月に広島の兵器工場にやってきたのだが、寄宿舎、三食付きで140円の月給をもらっている。女工さんたちとも仲良くやっていて「たいへん親切に接してくれる」とのこと。さらには、彼は、なんと日本人女性(未亡人)の愛人にもなっているのだ。愛人宅から寄宿舎に「朝帰り」なんてことも体験している。それに比べて…。

朝鮮人権第3の道編の『北朝鮮 全巨里教化所 人道犯罪の現場 全巨里教化元収監者81人の証言を含む8934人による、北朝鮮の国内人権状況の証言集』 (連合出版)を読めば、いかに北朝鮮の人権状況が酷いかも分かる。
『収容所に生まれた僕は愛を知らない』 (ベストセラーズ)の著者でもある申東赫(シン・ドンヒョク)氏の『北朝鮮14号管理所からの脱出』 (白水社・ブレイン・ハーデン著)なども参考になる。こうした人権抑圧に目をふさぐ、自称「人権団体」のうさん臭さを感得できる程度の知性や教養は持っておきたいものだ。そのためにも、複眼的な視点を持った上で、いろいろと本は読まなくては…。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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忘却された「性奴隷」の被害者とは…
(2017・10・10・火曜日)





下川正晴氏の『忘却の引揚げ史 泉靖一と二日市保養所』 (弦書房)を先日読了。

(こんな内容)→戦後日本の再生は、ここから始まる。いわゆる戦争問題は、本土大空襲、原爆、沖縄戦を中心に語られることが多い。さらに、戦後史の重要問題として、「敗戦後の引揚げ」があるが、この問題はほとんど研究対象にならず忘却されてきた。本書は、戦後最大の戦争犠牲者=引揚げ者の苦難のうち、大陸でソ連軍等から性暴行を受けた日本の女性たちを救護(中絶処置、性病治療)し、戦後を再出発させた人々に光をあてた労作。さらに、その中心人物で、〈災害人類学〉の先駆者・泉靖一を再評価する。

著者は元毎日新聞のソウル特派員&論説委員。
『歴史通』(2017年4月号)で、大高美貴さんが「ロシア・朝鮮人に「性奴隷」にされた日本人女性の悲劇」という論文を書いている。そこにも「二日市保養所」のことが出てくる。高松宮日記で、北朝鮮からの引揚げの女性たちがいかに酷い目にあっているかを記してあるのも引用されている(下川氏の本にも出てくる)。
この保養所と泉さんに関しては、上坪隆氏の『水子の譜 ドキュメント引揚孤児と女たち』 (現代教養文庫)がある。その本も一読(再読?)した。あわせて読むとよく分かる。

泉靖一さんのお名前は文化人類学者という感じで聞いたことがあるという程度のイメージしかなかった。こういう問題に関与していたとは、この本を読むまでほぼ知らなかったといえる。彼がこの時期、こういった「災害人類学」(災難人類学)を学び、それがそのあとの文化人類学の研究にも発展していったのではないかといった趣旨の指摘もなるほどと感じた次第。

ドイツでソ連兵がやってきた時に、強姦の嵐になった実態について、下川さんは『ベルリン陥落一九四五』 (アントニー・ビーヴァー・白水社)を援用している。その本の前にも、ルート アンドレーアス=フリードリヒの『舞台・ベルリン―あるドイツ日記1945~48』 (朝日イブニングニュース社)という本が1986年に訳出されている。それは1988年に『舞台・ベルリン 占領下のドイツ日記』 として朝日選書にも入った。

これを読めば、満洲と同じ悲劇がドイツの婦女子にもあったことが分かる。重要なのは、この悲劇は、「戦時」ではないということだ。「平時」なのだ。平和が訪れたはずの「戦後」の悲劇なのだ。より大きな悲劇として見るべきなのに、相手が戦勝国の、かつ、共産主義の理想国・ソ連だと、その「性暴力」に関しては、「二重基準」(二枚舌)で、日本のみならずドイツでも長年見て見ぬフリをしてきたのだ。慰安婦云々で大騒ぎする「研究者」は、日本人婦女子が性奴隷にされた事例には無関心。少々関心を示す時にも、まずは「日本人の加害者責任」を一言述べた上で…とのパターンが多い。

ともあれ、フリードリヒのこの本、今手元にないが、ドイツ人女性が、ナチスの言っていたことにも事実があった、負けたらソ連が女性に酷いことをするだろうという予想は当たった云々と述懐するところがあったと記憶している。

兵士とレイプはつきもので、「紳士?」(戦勝国)のアメリカとて、欧州各国に派兵されていた時は、戦時、平時問わずいろいろとあったし、戦後の日本でも、米軍兵士によるレイプはあった。

とはいえ、日本軍の戦時中の兵士のレイプも、組織的なものというよりは個々の狼藉者たちるよるものが大半ではあった。かといって、レイプ兵士がきちんと処断されたというわけでもなく、見て見ぬフリをされて「無罪放免」のレイプ兵士もいただろう。

中国戦線で戦っていた藤原弘達氏の講談社文庫に入っている回顧録(『弘達エッセンス』)の中でも、仲間たちが中国人女性をレイプしたのを自慢するシーンが描かれていた(と記憶している。今手元に本がなく、記憶で書いているが)。
そういう戦地・現地での悲劇をないように、また性病が兵士に蔓延しないように「慰安婦」を用意して戦場に向かったことは、当時の戦法、価値観としては絶対悪とはいえないものがあったと思う。

ともあれ、大高論文にも、下川氏の本にも引用されているが、帰国船内での、 「不法妊娠(強姦)」による妊娠に怯えている婦女子にむけての呼びかけ文(不幸なる御婦人方へ至急御注意!!)も、泉氏が書いたものだという。

「心ならずも不法な暴力と脅迫により身を傷つけられたり、又はその為、身体に異常を感じつつある方には、再生の祖国上陸の後、速やかにその憂悶に終止符を打ち、希望の出発点を立てられる為に乗船の船医へ、これまでの経緯を内密に忌憚なく打開けられて、相談して下さい」……「上陸後は知己にも故郷へも知れない様に、博多の近くの二日市の武蔵温泉に設備した診療所へ収容し、健全なる身体として故郷へ御送還する様にして居りますから、臆せず、惧れず、御心配なくただちに船医の許まで御申出下さい」と。

「性奴隷」は、こういう目に遭った女性たちを形容する時に使うべき言葉だろう。ソ連兵が「慰安婦」を用意するなんてことはもちろんなく、モーパッサンの『脂肪の塊』ではないが、日本人女性の被害を少しでも減らすために、同じ日本人の職業女性などが人身御供となった例もあったそうな。朝鮮人によるレイプもあったようだが、韓国人兵士のベトナム戦争時の「女性スキャンダル」など、あまり「被害者」ぶった「告発」もほどほどにすべきだろう。

ともあれ、昭和36年に刊行された早川東三氏の『じゃぱん紳士 夜のエチケット教科課程』 (カッパブックス)なる本がある。この本、竹村健一さんが「世相講談」で政治評論家になる前に(?)よく出していたピンク海外レッスン本ほどではないが、「夜のエチケット」云々と書いていることから分かるように、そういう夜のお話もある本だ。早川さんは、当時は学習院大学助教授の肩書。のちにNHKのドイツ語のラジオ講座の先生もやっていたかと。ウィキペディアによると、ご存命。

ともあれ、この本の中でドイツの中年婦人と知り合い、教養があるので、おいくつなのかと気になり、さりげなく戦時中の話になり、「ベルリン陥落の時はどこにいました」と聞くと、「ちょっと顔を曇らせた」ものの「女子高等学校の卒業資格試験を準備していた」とのこと。じゃ、1945年には17歳~18歳になるなと分かったという。

「しかし、これは直接年を聞く以上に失礼をしていたことがあとで知れた。ベルリン陥落の時、進攻軍兵士はかなりの狼藉を働いたものらしい。世界に一応の平和は来ても乱暴された女性たちの苦しみの記憶は消え去らない。ことにベルリンの女性たちの被害は大きく、したがって彼女らに陥落の時期のことを聞くのはタブーなのだそうだ。さてこそ、知人の女性も顔を曇らせたのだったろう」と。

まぁ、ドイツはソ連に「進攻」し、いろいろと狼藉を働いたという弱みもあっただろうが…。それでも「平時」に於ける組織的な強姦劇は、野蛮行為というしかない。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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ルィセンコ学説、北朝鮮を讃美した元スターリン主義者たちは「沈黙は金」と決め込んでいるのだろうか?
(2017・9・26・火曜日)





有馬哲夫氏の『こうして歴史問題は捏造される』 (新潮新書)とも関連する本として、中村禎里氏の『日本のルイセンコ論争』 (みすず書房)を手にした。新版が最近出たそうな。解説を米本昌平さんが書いている。

内容紹介→かつて、非科学的な遺伝学説が日本の生物学会を席捲し、科学は機能不全に陥った。本書は日本の生物学史の暗黒期の記録であり、科学と政治の緊張関係や捏造事件について考える時、必ず振り返られるべき書である。ソ連の生物学者ルィセンコは、1930年代に「春化処理」によって農作物を増産できると主張した。この理論は実験による検証を経ないままスターリン政権に採用され、理論に批判的な生物学者への弾圧を招き、のちに農業生産に大損害をもたらした。 日本でも同様の混乱が起きたことは語られなくなって久しい。本書は、日本でルィセンコ理論が台頭していった過程を、当時の科学者たちの問題意識や議論を精緻に追うことで描きだす。 日本でこの理論が紹介された当初は、新学説を科学的に検証しようという態度が支持派反対派双方に見られたという。しかし議論は次第に思想論争へと変質していく。ルィセンコ理論は戦後の農業改革運動が失敗するまで暴走し続けた。近年、ルィセンコ学説の根拠とされた現象の一部は「エピジェネティクス」というまったく異なるメカニズムで解釈できることが明らかになった。巻頭に本書のテーマと21世紀に至る生物学史の関係を紹介する解説を付した、初版刊行50周年記念版として本書をおくる。
[初版『ルィセンコ論争』1967年刊、〈みすずライブラリー〉版『日本のルィセンコ論争』1997年刊、 新版『日本のルィセンコ論争』米本昌平新解説]


またウィキペディアでは「ルイセンコ論争」とはこういうものであったとの紹介がなされている。

ルイセンコ論争(ルイセンコろんそう)とは、環境因子が形質の変化を引き起こし、その獲得形質が遺伝するというトロフィム・ルイセンコの学説に関する論争。及びそれに伴ったソビエト連邦における反遺伝学キャンペーン。ミチューリンが先鞭をつけたといわれるミチューリンの名を冠したミチューリン主義農法、またこれを応用したヤロビ農法(春化処理のロシア語: Яровизация ヤロヴィザーツィヤから)などと共に議論される場合が多い。科学(と彼等が信じた方法)とイデオロギーの双方が結びついて補強し合った結果、国家規模の被害を出した一例として疑似科学等で取り上げられる。
概要[編集]
ルイセンコの学説は1934年に発表され、スターリン政権下で「マルクス・レーニン主義の弁証法的唯物論を証明するものだ」とされ、メンデルの遺伝学はブルジョア理論として否定された。
ルイセンコは低温処理によって春まき小麦が秋まきに、秋まき小麦が春まきに変わることを発見したとされている。これはいわゆる春化処理であるが、ルイセンコはこれを遺伝的性質がこのような操作によって変化するものと見なし、これまでのメンデル遺伝学や自然選択説を否定した。後天的に獲得した性質が遺伝されるというルイセンコの学説は努力すれば必ず報われるという共産主義国家には都合のよい理論であり、スターリンもこれを強く支持した。
当時のソ連の生物学会ではルイセンコの学説に反対する生物学者は処刑されたり、強制収容所に送られるなど粛清されていた。1947年に日本の学界にも導入されルイセンコの学説を擁護する学者があらわれ、ルイセンコの提唱した低温処理を利用するヤロビ農法が寒冷地の農家に広まった。また中国でも毛沢東が大躍進政策の中でルイセンコの学説を採用し、数多くの餓死者を出した。朝鮮民主主義人民共和国でも、金日成の指導の下にルイセンコ学説を利用した主体農法が実施されたが、土地の急速な栄養不足におちいり、これに天候不良が重なることで1990年代の食糧不足につながった。スターリンの死後はスターリン批判に伴いルイセンコも批判され論争で得た地位を一旦は失ったものの、フルシチョフの知遇を得たルイセンコ派は再び巻き返すことに成功する。この結果、ソ連の農業生産は著しい被害を蒙り、分子生物学及び遺伝子工学などの分野は世界から立ち遅れる事となる。
DNAの構造や機能が解明されていくにつれ、ルイセンコ学説の支持者はいなくなっていった。1964年、ソビエト科学アカデミーにおいて一連の議論と投票が行われ、この学説は途絶える事となった。参考文献[編集]


まぁ、変な譬えだが、ルイセンコの学説とやらは「北朝鮮天国論」(新日本出版社刊行の寺尾五郎の本・参照)みたいなもの。「嘘」でしかなかったが、「嘘」を証明することなく、「嘘」に立脚して、その「嘘」を広めることによって、北朝鮮に「帰国」した在日朝鮮人やその配偶者(日本人妻)は酷い目に遭遇。また、ルィセンコ学説を信じて農業に応用して大混乱も生じたわけだ。どちらも「狂信的な共産主義」が生み出した「捏造の説・歴史」というしかあるまい

ちなみに寺尾五郎の北朝鮮ヨイショ本は、1959年に『38度線の北』(新日本出版社)が、 1961年に『朝鮮 その北と南』 (新日本出版社)が刊行されている。その嘘を暴いた形になっているマトモな本は、関貴星氏の『楽園の夢破れて』 (全貌社・1962年)、 『真っ二つの祖国 続楽園の夢破れて』 (全貌社・1963年)だ。

古本屋を歩いていると、ルィセンコ学説を礼賛した本も手にした記憶がある。高梨洋一氏&永田喜三郎氏の『大地の支配者ルィセンコ』 (北隆館)なんかそうだったかな? 武谷三男さんも熱心な支持者だったようだ。フフフ?

逆に、その嘘を、関さんのように暴いた『ルイセンコ学説の興亡』--ジョレス・A・メドヴェージェフ(著)、金光不二夫(訳)、河出書房新社--なんかは、古本屋で学生時代、やっと見つけて喜んだのも懐かしい。ジョレス・メドヴェージェフ、ロイ・メドヴェージェフによる『ウラルの核惨事』 (技術と人間、現代思潮新社)も…。

まぁ、これも変な譬えかもしれないが、あの小保方晴子さんのSTAP学説とルイセンコ学説とを比較することも可能かもしれない。彼女のその論考をたしか米本さんは初期のころ讃美していたかのような?

ともあれ、そのことに関しては、以前、ルイセンコ論争とからませて論じたことがある。以下、末尾に再録。

それはさておき、1932年生まれの著者の中村氏はご存命のようだが、 「三〇年をへて アマチュア研究者とスターリン主義」なる、あとがき的文章が本書(新版)に収録されている。ただ日付は1996年11月。新版に際して、改めて書かれたわけではない。しかし、耳を傾けるべき「正論」を綴っている。

「私たちより一世代前の人たちのかなりの部分は、昭和の戦争の責任を明らかにしている。ところが私たち昭和一桁世代の現左翼・元左翼は、スターリン主義の問題を、他人事のように、どこか自分と別世界のできごとであったかのように、『忌むべき穢れ』として語るのみである。かれらは、自分たち(もちろん私を含む)がスターリン讃歌を声高く合唱していた青春の思い出の一こまを、祓い捨てたに違いない」
「私だって1950年以来三年ほどの間日本共産党の『国際派』に属し、スターリンを尊敬していた。しかしその原因を、情報の不足など状況の困難のせいにするつもりは毛頭ない。だからこそ重い負担を負っており、それは身から出た錆なのだ。しかし、同時に、1950年前後の学生運動に参加して大学を追われた経歴が、私の恥だとは決して思わない。むしろその逆である。もうひとつ言うと、私には、ソ連型の社会主義も、スターリンの思想も、ルィセンコの主張も、百分の百まで否定するべき対象だとは思われない」


そうそう。ヒトラーだって、同様のことが言えるかもしれない。百分の百まで全否定するのも、百分の百まで肯定するのも、世の中にはありえないことだろう。消費税の割合程度の「悪」や「正義」が、どんな聖人にも悪人にもありうることだろう。金日成や金正日や金正恩やポル・ポトにも何かの「善」があるに違いない。とはいえ……。それらを全面的に近い形で支援、讃美していた人たちの「反知性主義」的思考は疑ってしかるべきではあろう。

ともあれ、中村氏のこの本、「二つの出版社から断れた」とのことだが、みすず書房の編集者の目にとまり、刊行されたとのこと。よかったというしかない。

スターリンにべったりだった日本共産党は、ルィセンコ万歳路線。その影響下にある、自称(?)科学者集団も、お墨付きを得て礼賛。もっともその中にあっても、懐疑的な人たちも本書によるといたようだ。そして、やがて…となるわけだ。

それも北朝鮮天国論を展開していた日本共産党にあっても、萩原遼氏(『拉致と核と餓死の国北朝鮮』文春新書)や兵本達吉氏(『日本共産党の戦後秘史』新潮文庫)のような「北朝鮮天国論」に抵抗する、本当の意味での「リベラル」な人が登場してきたのに匹敵するものだろうか。
しかし、そういう党内良識人は、なぜか「除名」される運命にあるようだが。
そして党内に残る人たちは、虚偽と捏造を繰り返す、本当の意味での「反知性主義」的な全体主義的思考に毒された人ばかり?
それにしても、「戦前」の軍国主義の責任やら謝罪を明確にせよといきり立つ人たちの中には、元スターリン主義者たちが多いようだが、こういう自分たちの「戦後」の言論活動に関して、真摯な反省を表明しているのだろうか? 中村氏の爪の垢でも煎じて飲むべきであろう。


ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!


(以下再録)
ルイセンコ学説と小保方晴子・STAP論文をめぐる興亡――武谷三男と米本昌平と森口尚史と「五十歩百歩」なのか?(2014・3・12・水曜日)

帰宅して「中央公論」(2014・4月号)掲載の米本昌平氏の「STAP細胞発見が我々に突きつけるもの」なるエッセイを読んだ。「中央公論」4月号は、3月10日発売だから、締め切りは2月末ぐらいだろうか。それにしても‥‥。ううむ?

彼は、小保方晴子氏らによる「ネイチャー」(2014・1・30号)の論文「体細胞の運命が外部刺激によって多能性へ変換すること」についての日本の報道はすべて落第点をつけるよりほかないと書き出している。
「日本の報道は、すべて落第点をつけるよりほかない」「この論文のどこが画期的なのか、何も説明できておらず、これほどあやふやな根拠で、よくもすべてのメディアが一面トップにしたものである。どうせ、理研の発表と、知人の研究者の意見をもとに書いたのであろう。絵に描いたような『発表ジャーナリズム』であり、先進国の報道が立つべき、対象に対する論評は皆無であった」と。
おや、米本氏は、ここ数日言われ始めた彼女らの論文のいい加減さにいち早く気づき、それをヨイショした日本のマスコミの報道を批判しているのかと一瞬思った。

しかし,続けて彼は「なぜ、教科書を書き替える可能性があるほどの大成果なのか」として、縷々説明し、「恐らく学術用語として(STAPは)定着していくであろうが、教科書に書いてあることこそが正しいと信じて疑わない世界中の研究者を向こうに回して、見ようによっては挑発的な命名である」としている。

「論文の掲載直後に写真の取り違えが指摘されたのも、そのような厳しい懐疑の目にさらされているからである。訂正の手続きに入るのであろうが、論文の趣旨に影響はない。むしろ査読者から浴びせられたさまざまな批判に応じて、幾度か実験を組み立て直した跡が見られ、逆にこれによって、隙のない、誰もが認めざるを得ない内容に仕上がっている」とまで書いている。
「この発見が、発生の研究にどれほど新しい展開をもたらすのか、その波紋は計りしれない。日本は本当に運がいい。哺乳類のリプログラミングという同一の分野で、iPS細胞とSTAP細胞という、現役の研究者によるノーベル賞級の成果が並び立つという、超先進国の様相を呈してきた」

ともあれ、米本氏の締め切り以降に生じた「疑惑の細胞」騒動を見ると、このままだと、小保方晴子さんは、あの森口尚史と五十歩百歩になってしまいそうな雰囲気である。

もとより、僕には、どっちが正しいかなんて判断はつかない。いや、やっぱり彼女は正しかったなんてことになるかもしれない。それにしても、「専門家」という名の人々の権威低下にはあきれ返るしかないだろう。
彼女との論文の共著者である若山照彦山梨大学教授にしても‥‥。

この前、当初原発などを肯定していたものの、その後、原発否定派に転じた武谷三男氏のことを紹介したが、彼はルイセンコ学説に関しては、おおむね支持派として君臨していたという。
その軌跡に関して詳述しているのが、伊藤康彦氏の『武谷三男の生物学思想 「獲得形質の遺伝」と「自然とヒトに対する驕り」』 (風媒社)だ。
これはまだ読み始めたばかりだが、荒唐無稽なソ連発のルイセンコ学説を熱烈に支持し、その非科学性にもかかわらずありがたく崇めた「科学者」がかくも多数いたことに驚くほかあるまい。

メドヴェジェフの『ルイセンコ学説の興亡 個人崇拝と生物学』 などもはるか昔に刊行(訳出)されていたが、共産主義イデオロギーに拘泥する愚者はやはり頭が少々おかしい人たちであったといえようか。
STAP細胞云々がルイセンコ学説のようになるのかどうか、ネバーセイネバーを信じる僕にはわからないけど、まぁ、今のところは‥‥。
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