古本虫がさまよう 共産主義
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編集者・山高登(新潮社)、野依秀市(実業之世界社)、二木秀雄(ジープ社)の波瀾万丈の「人生」から学べること多々あり
(2017・6・26・月曜日)






土曜日(2017・6・24)、知人と阿佐ヶ谷南口の某喫茶店で、ビールと共にカレーを食べていた時、彼が、 「ここ、阿佐ヶ谷に上林暁が住んでいて、生家はそのまま残っている」云々と話していた。

そのあと、帰宅して読んだ『東京の編集者 山高登さんに話を聞く』 (夏葉社)に、上林さんのことが出てきた。山高さんという人は、新潮社の元編集者。版画などもやっており、装幀なども。編集者時代の思い出話が収録されている。人気作家ではなく、シブい作家を好み担当していたとのことで、その中に上林さんの名前などが出てきた次第。脳溢血で倒れた日に自宅を訪問したりもしたそうな。山王書房の関口良雄さんとも、入院先で出会ったとのこと(それ以前に古本屋を訪れて面識はあったとのことだが)。

『赤毛のアン』も三笠書房から出ていたのを、新潮文庫に貰ったという。ううむ…。高校時代の愛読書だったが。新潮文庫で読んでいたか(角川文庫版もあったかと)。村岡花子訳は新潮。

ともあれ、昨日(日曜日)は午前中の雨も正午ごろにはやんだので、新宿駅西口地下イベント広場でやっている古本市に出かけようかと思ったが、あぁ、あそこは、たしか所沢彩の国の古本市同様、消費税二重取り疑惑の古本市だったかな?と思い出して、行くのをやめてしまった。

農協が嫌いだから、不必要にコメの消費量を増やさないこめに日本酒を飲まないとか、中国が嫌いだから青島ビールは飲まないようにするとか……、消費税二重取り疑惑の古本市には出かけないようにするとか……。もっともな理屈(?)だが、要は飲みすぎないように、買いすぎないようにするための「自戒」フレーズでしかない? 「主催者(生産者)には『妄言』失礼候?」

いやいや、信念? まぁ、どちらにせよ、金銭的出費を抑えることにはなろうか? いやいや、実は、昨日、読み出した本がわりと面白いので、外に出かけて中断するのはもったいないということで、出かけるのを止めた次第。もっとも西口古本市は日曜から始まっているのに、土曜終りではなく金曜日で終りみたいだから、平日てないと出かけられないが…。朝8時から夜9時までやっているから出勤前やアフター5に立ち寄ることは不可能ではないが……。

ともあれ、面白い本こと、加藤哲郎氏の『「飽食した悪魔」の戦後 731部隊と二木秀雄「政界ジープ」』 (花伝社)を読み進め一日で読了した。

内容紹介→731部隊の闇と戦後史の謎に迫る! 雑誌『政界ジープ』創刊、ミドリ十字創設、731部隊隊友会、日本イスラム教団――
残虐な人体実験・細菌戦を実行した医師がたどる戦後の数奇な運命
GHQと旧軍情報将校の合作による731部隊「隠蔽」「免責」「復権」の構造
731部隊で結核・梅毒の人体実験を企画・実行した二木秀雄。戦後GHQによって免責された彼は、故郷の金沢で時局雑誌刊行を始め、政財界にも人脈を広げる。個人の一生をたどりながら、戦後に連続した731部隊の隊員たちの活動と、医療民主化の裏側での医学者たちの復権をアメリカ公文書などの新資料から明らかにする。
●主な目次
プロローグ 歴史認識として甦る「悪魔の飽食」
第一部 七三一部隊の隠蔽工作と二木秀雄
第二部 七三一部隊の免責と『政界ジープ』
第三部 七三一部隊の復権と二木秀雄の没落
エピローグ 七三一部隊における慰霊、二木秀雄における信仰

三つの掟→一、郷里へ帰ったのちも、七三一に在籍していた事実を秘匿し、軍歴をかくすこと 二、あらゆる公職につかぬこと、
三、隊員相互の連絡は厳禁する



ジープ社といえは、ルイス・フランシス・ブデンツの『顔のない男達 アメリカにおける共産主義者の陰謀』 や与謝野秀氏の『その日あの日』 などを刊行している出版社として、その存在は認識していた。
『顔のない男達』は傑作。ソ連批判の本。

加藤氏も本書で指摘しているが、ジープ社の「政界ジープ」という雑誌は、当時の時局政治雑誌としては、共産党系の左翼雑誌「真相」に対抗する「反共右派」を代表するものだったとのことだが、『顔のない男達』もそうだろう。
そのほか、大沢正道氏の『恋と革命と』や、蕭英氏の『私は毛沢東の女秘書だった』なんて本も出している。いずれも積んどくだっけ? いや、『私は毛沢東の女秘書だった』は読んだような…。毛沢東の女好きを告発していた本だったか?

ともあれ、二木は、反共右派米軍人のウイロビーなどとの接触も多々あったようだ。
『政界ジープ』の右傾化に抗議して退社した社員が、 『政界アサヒ』なんて対抗雑誌を作ったりもしたそうな。しかし、装幀も中身も酷似していたとか。そんな出版エピソードも出てくる。似たような分裂劇は、過去にも最近もある?

ともあれ、加藤氏は、この出版社の元締めだった二木秀雄(医師。元731部隊所属)に焦点をあてて、その足跡を「追及」している。ちなみに、二木(ふたき)という人はこんな履歴(ウィキペディア)。

経歴[編集]
石川県立金沢第一中学校(現石川県立金沢泉丘高等学校)卒業(34期)[1]。
1936年3月から1937年12月まで、金沢医科大学 (旧制)(現金沢大学医学部)細菌学教室講師を務めた[2]。1938年11月18日、論文「家兎神経系黴毒に於ける脳髄の組織学的検索」で金沢医科大学 (旧制)より医学博士号を取得[3]。
のち大日本帝国陸軍技師となり、731部隊(関東軍防疫給水部本部)に所属[2]、第一部第十一課[4]結核班(二木班)班長。
1945年頃、金沢市で与論社を創設し、雑誌『パブリックオピニオン』を発行。1946年上京し、雑誌『日本与論』を発行した[5]。同年、ジープ社社長として、右翼系政界誌『政界ジープ』を創刊[6][7]。素粒子堂病院院長[6]。
1950年11月、日本ブラッドバンクの設立発起人となり、重役に就任[6]。のちミドリ十字取締役。
1953年4月、第3回参議院議員通常選挙に石川選挙区から無所属で立候補、3位で落選。1956年、大企業・銀行・政治家などを対象とした暴露記事による恐喝事件「政界ジープ事件」を起こし、19社から6435万円を脅し取ったとしたとして逮捕、起訴され、1969年、最高裁判所で懲役3年の刑を言い渡された[8]。1970年代初め、宗教法人日本イスラム教団を設立、患者をすべてイスラム教に入信させたとしてアラブ産油諸国から援助金を得たが、入信が偽りであったことが発覚し大問題になった[9]。


「731部隊」「政界ジープ」「開業医」「ミドリ十字」「エイズ」「イスラム教徒」…と波瀾万丈の人生を歩んだ人だ。
731部隊に関しては、ソ連などの資料(ハバロフスク裁判)に関しては、さて信憑性かどれだけあるかは疑問だし(スターリン時代の粛清裁判や、シベリア抑留者に対する苛酷な対応ぶりなどを見ても、共産主義者の非人道性は、日本の軍国主義者以上のものがある)、この問題を『悪魔の飽食』 (カッパブックスほか)で追及した森村誠一氏にしても、その本の巻頭(グラビア・口絵写真)のこれが731部隊の解剖写真云々といったものが、まったくの無関係の「ニセ写真」だったことが、刊行直後、日経新聞によってスクープされ、肩すかしをくらった記憶も生々しい。
加藤氏の本でも、森村氏のこの作品のことはしばしば登場する。だが、僕の見落としがあったかもしれないが、「ニセ写真」騒動のことにはノーコメント(のようだ)。だとしたら、ちょっと片手落ち?


杉山隆男氏の『ニセ写真で曝かれた出版スキャンダル--「悪魔の飽食」虚構の証明』 (「諸君!」1983年2月号)、 『森村反論・虚構の証明』(「諸君!」1983年3月号)への言及もない(ようだし)。索引に「杉山隆男」さんの名前もないから。

それはさておき、この本は、「ジープ社」という出版社の歴史を知る上で、とても参考になる本。 「実業之世界社」という出版社を起こし、反共雑誌「実業之世界」や「帝都日日新聞」で健筆をふるった野依秀市なる人物の軌跡を追求した、佐藤卓己氏の『天下無敵のメディア人間 喧嘩ジャーナリスト・野依秀市』 (新潮社・新潮選書)はすでに紹介ずみだが、そういう視点からでも楽しめる一冊。この前、亡くなった自由社の石原萠記さんの名前も登場する。

参考文献というか、照合する文献は、そのつど、言及した頁の片隅に掲載されているが、「一覧」としてあると、尚便利だったかと。いろいろと、そういう本があるのか、読みたいなというものもあった。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ

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怖い、自民党の女国会議員の「罵声」の数々も録音があってこその反響。あの北朝鮮牢獄国家も、「牢獄」での看守などの「罵声」の数々の音声や映像が、外部に漏れたならば、この国の首脳たちの住む館に巡航ミサイルの数発を落としてもいいだろうという「国際世論」が高まることだろう。
(2017・6・24・土曜日)





怖い、自民党の女国会議員の「罵声」の数々も録音があってこその反響だろう。
金曜朝のワイドショーでそれを聞いたあとに、週刊新潮の記事を読んだが、あの罵声も「活字」では迫力の度合いが全然違うからだ。さほどのものはない。

同様に、あの北朝鮮牢獄国家も、「牢獄」での看守などの「罵声」の数々の音声や映像が、外部に漏れたならば、この国の首脳たちの住む館に巡航ミサイルの数発を落としてもいいだろうという「国際世論」が高まることだろう。こいつらは、ヒットラーやスターリン同様の「悪魔」に近い存在だからだ。

伊藤和子サンの『人権は国境を越えて』 (岩波ジュニア新書)の「(中共や北朝鮮の人権抑圧には沈黙する)国境を越えない人権屋」の口先だけのリベラルの臭気にも多くの人が気づくことだろう。

朝鮮人権第3の道編の『北朝鮮 全巨里教化所 人道犯罪の現場 全巨里教化元収監者81人の証言を含む8934人による、北朝鮮の国内人権状況の証言集』 (連合出版)を読めば、いかに北朝鮮の人権状況が酷いかも分かる。

『収容所に生まれた僕は愛を知らない』 (ベストセラーズ)の著者でもある申東赫(シン・ドンヒョク)氏や、彼のことを追った『北朝鮮14号管理所からの脱出』 (白水社・ブレイン・ハーデン著)なども。一部ドキュメンタリー映画などになったりもしているが、あの女国会議員のような「生々しい実態」が録音され録画され世界に拡散するならば、北朝鮮は崩壊するだろう。残念なことだ。憲法9条を世界に広めようとする人たちこそ、北朝鮮に潜入して、その実態を告発するべきだろうに……。

伊藤和子サンの本にも、落合恵子氏&澤地久枝氏の『われらが胸の底』 (かもがわ出版)にも、そんな心意気はひとかけらもないようだ? 情けないリベラル左派たち。

罵声議員を「国会議員の資格なし」と罵る蓮舫さんだが、彼女の「戸籍」をどこかのマスコミが独自取材(?)で入手し、公開したら面白いのでは? もし言われるように「二重国籍」を証明するものだったら……。安倍がらみ騒動も一服するかも?

ともあれ、昨夜(金曜日)はある人の生誕日を祝う飲み会があり新宿の某バーへ。あいにくとここは禁煙ではないのだが、例外中の例外で参加。メンバーにも喫煙者が一人おられるが、それはいいとしても、他の客もいて、それらがいずれもスモーカーだったのには閉口。営業開始時間から前半は「禁煙」とか、そんな棲み分け法案が成立すればよかったのに…。残念。着ていたサマージャケットは、土曜朝アクロンで洗う羽目に。喫煙者たちは、非喫煙者に対して、そういう「暴力行為」(タバコの悪臭さえなければ洗わなくてもいいのに、洗濯を強要。その分の水道代やアクロン代の一方的負担を強制している)に対して、少しは申し訳ないとの思いを持つべきだろう。

ともあれ、本日(土曜日)はそこそこの暑さの中、まずは神田の東京古書会館へ。ちょっと「古書」的本が多くて買いたいものはなし。

そのあと、五反田の古書会館へ。ルイス・ランデーロの『たそがれ世代の危険な愉しみ』 (白水社)、添田知道氏の『演歌師の生活』 (雄山閣出版)、 『ほんばこ(雑誌)』創刊号、山下静夫氏の『画文集 シベリア抑留1450日』 (東京堂出版)、山田秀三郎氏の『鎌田元中将秘録 罪悪と栄光』 などを購入。

そのあと、高円寺の古書会館へ。
五反田も古雑誌が多かったが、ここも。

「諸君!」が一年分12冊が紐で縛られ500円単位で売られていた。何束もあったかと。もしかして創刊号から揃っている? ううむ、僕も全部もっているから買う気にはならず?
「論争」が二冊ほどあったので購入。1962年10月号と、1963年9月号。1963年9月号の奥付を見ると、編集人が奈須田敬さん。えぇ? 奈須田さんは、 「ざっくばらん」編集長として知られているが、「論争」の編集長をしていた時もあったのだろうか?

奈須田さんの自叙伝的評論集『天下国家を論ず 「ざっくばらん」巻頭論文20選』 (並木書房)を以前紹介ずみだが、その本の中に「論争」のことが書かれていただろうか? ちょっと記憶にないが…。

そのほか、古谷糸子氏の『ジャーナリスト 新聞記者の眼』 (現代教養文庫)後藤進氏の『産婦人科医の診療簿』 (実業之世界社)、 胡桃沢耕人氏の『翔んでる人生』 (廣済堂出版)を購入。

そのあと、阿佐ヶ谷駅へ。知人と待ち合わせ。駅前の古本屋やコンコ堂などに寄って、午後5時ごろに「区民ファースト」の「区民図書館ワースト」1の杉並区立図書館(阿佐ヶ谷)で待ち合わせする予定。そこでまずは午後4時ちょっと過ぎに、阿佐ヶ谷駅近くの古本屋に寄ったところ、そこで知人と遭遇。ならばということで予定を早めて、近く(南口)の「禁煙」の喫茶店で、バドワイザー付きカレーライス(&コーヒー)の早めの晩飯。いろいろと懇談してお別れ。コンコ堂の5周年の「古書」と銘打った袋入れをいただく。

駅前には公明党の候補者の選挙演説が始まろうというところ。都知事も応援にくるとか? 北口方面に行って、コンコ堂に寄るという手もあったが…。電車に乗る。荻窪のささま書店に行こうかとも思ったが、まぁ、もういいや、早く帰ろうと新宿方面へ。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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美濃部都知事の決断が禍根を残すことになった「朝鮮大学校」の悲劇を徹底検証した名著『朝鮮大学校研究』を読む。ただ、ヤン・ヨンヒさんはあまり評価できないが…。それにしても「このバカ、また読みもしない本を買ってきて、これ以上、床が抜けたらどうするの」と罵られる音声は録音しておいたほうがいいか?
(2017・6・23・金曜日)







昨日は仕事先で「英会話」をしばし聞く羽目に…? そのせいか、かなり疲れて帰宅。すると、古女房が嬉しそうにテレビニュースを見ている。
「このハゲ!」「バカか、お前は!」か…。週刊新潮の記事で、自民党の東大法学部卒の女性政治家が、政策秘書を罵倒(暴行も?)している音声をもとに書いた記事が話題になっているそうな。

「こんなこと、私だってあんたに言っているけどね」と。
ううむ…。デブでもないのに、「このデブ!」とか言われている(まぁ、これに関しては、こちらも倍返しで反論している)。「バカか、お前は!」とも言われている…。ううむ…。「このバカ、また読みもしない本を買ってきて、これ以上、床が抜けたらどうするの」とか…。まぁ、夫婦間のバトルなら、犬も食わないからいいが、今度録音しておこうかな…。この女性政治家、配偶者はいたのだろうか?

ともあれ、産経新聞取材班の『朝鮮大学校研究』 (産経新聞出版)を読んだ。

今のトランプ大統領の「大統領命令」ではないが、美濃部都知事の政治的配慮から無理やり「認可」された経歴のある朝鮮大学校。その過去現在未来を追ったルポルタージュである。

冒頭、総連幹部だった父、北朝鮮に兄が行った「実録映画」、『ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ』で注目を集めた映画監督のヤン・ヨンヒさんの「証言」が出てくる。本人も朝鮮高級学校(高校相当)から朝鮮大学校文学部に進んだ人だ。

高校時代から違和感を持ち…とのこと。ただ、この人のその映画作品は見たが、「知的限界」を大いに感じて、本欄でも辛口批評をしたことがある(それは末尾に再録する)。要は、家族という人質があるにせよ、所詮は、朝鮮総連幹部の家族としての「帰国者」でしかなく、恵まれた生活を北朝鮮でも維持しており、そのことへの「葛藤」がなく、所詮は家族が離ればなれになっている程度の「葛藤」を描いたところで、もっと悲惨な現実を知っている人からすれば、単なる「ブルジョワ」階級のお遊びでしかあるまい…と。

ともあれ、そういった関係者の「証言」の数々を通じて、朝鮮大学校のいびつな現実の姿を垣間見ることができる。積んどくしているが、朝鮮大学校の副学長でもあった朴康乾氏の『ある在日朝鮮社会科学者の散策』 (現代企画室)も紹介されている。奥さんが日本人だということもあり、離婚すれば学長になれると忠告もされたという。

配偶者が朝鮮人でなく、日本人だと一段低く見られるとのこと。恐るべき「差別意識」をもったひとたちが、在日朝鮮人の「上位」のひとたちにはあるようだ。恐るべきナショナリズム集団というしかあるまい。
大学校の土地購入にあたっても、森友問題以上の怪しい(?)手法があったようだ。今からでも遅くないから、ことの経緯を追及すべきではないか? 以下再録。



凍える北朝鮮 01/06/2011


本というのは一冊読むとその中で紹介されている本をさらに読んでみようかという気になるものだ。枝葉のごとく関心が広がっていく。例えば最近谷合規子氏の『フツーのおばさんが見た北朝鮮--凍える国にも、いつかは春が』 (元就出版社)を読んだ。2010年6月の刊行。団体旅行で2002年に四泊五日の北朝鮮ツアーに出かけた時の見聞記だ。
著者略歴を見ると潮賞ノンフィクション賞を受賞したり、左派系のような出版社から本を出したりしているのでリベラル左派の人かな,この時期になっても小田実の『私と朝鮮』 (筑摩書房)、 『北朝鮮のひとびと』 (潮出版社)などと同工異曲の北朝鮮擁護論を展開しているのかと思ったりした。

ところが全くそれは外れていた。ヨイショ本ではなく的確に北朝鮮を見ている。ただ北朝鮮贔屓だった宇都宮徳馬のような人を、金日成相手に世襲批判をしたからということだけで評価しているのには疑問を感じたが…。

それはともかく谷合氏の本に解説を寄せている柳原滋雄氏によると、 『楽園の夢破れて』 (全貌社)の著者・関貴星氏の長女(呉文子氏)が嫁いだ相手は李進煕氏。呉氏には『パンソリに想い秘めるとき--ある在日家族のあゆみ』 (学生社)という本があるという。李氏には『海峡~ある在日史学者の半生』 (青丘文化社)という本があるとのこと。早速入手し一読した。

関氏の本は最近復刊もされているが、以前古本屋で入手し一読した覚えがある。国賓待遇で北を訪問したものの、1960年代から帰国運動の実態を知ったことから北朝鮮贔屓派から批判派に転向した人だが、娘の李さんやその夫の呉氏はそうした対応を批判していた。呉氏は北朝鮮に帰国しようともしていた。
すると「文子がもし帰国するようなことになれば、割腹自殺する」と明言。そんな民族反逆者を父に持つ苦悩から夫との離婚も考えたという。李氏も考古学研究のために北朝鮮に帰国しようと考えていた。義父の北朝鮮批判も「朝鮮動乱から七、八年しか経っていなくて、戦後の復興途上ではないか」と懐疑的だった。
「もしもあのとき、父の反対を押しきってまで帰国していたなら、どんな運命が待ち受けていたのだろう」「まさに人生の岐路の真っ只中に立たされていた」と。結局帰国は断念したのだが、不幸中の幸いというべきだった。

李氏は朝鮮大学の教授で北贔屓だったが、そういう義父がいたせいか朝鮮青年社から刊行した著作が出荷停止になったり思想総括を求められたりもする。やがて1971年に辞職。北と訣別する。呉氏はその後,父と再会し親不孝を恥じ「アボジ、ごめんなさい」と許しを請うたという。

関氏の関係者がこういう北朝鮮批判の本を書いているのは知らなかった。先見の明を誇れる関氏だが、それ故の家族内の対立や葛藤はさぞかし苦しかったことだろう。

一方、同じように北贔屓の在日で、朝鮮総連の幹部の父との葛藤を映画にした作品(「ディア・ピョンヤン」監督・脚本・撮影ヤン・ヨンヒ)があった。アートンから『ディア・ピョンヤン--家族は離れたらアカンのや』 として本にもなっている。ただ、これは関氏やその娘&夫の葛藤に比べるとオモチャみたいなものだ。

というのも彼女の父親は完全な北贔屓として生涯を送っている。そして息子は北に帰国させたものの、「送金力」のおかげで不遇の目にはあっていない。粛清もされない。孫はピアノなどを優雅に弾いたりしている。父親が北に行って向こうで誕生日か何かの祝賀会も大々的に開かれている。ビールも食べ物も豊富。映画にはそんなシーンが流れてくる。それを見ながら「???」と思ったものだ。こんな北一辺倒の父に対して娘は若干の疑問を感じたりもしているようにも見えるが、根源的な批判を展開しているわけでもない。
この映画を見たのは少し前のこと。最近関氏の家族の葛藤を知ったが、こちらの方がより「映画化」してしかるべきではないか。「ディア・ピョンヤン」はベルリン国際映画祭で最優秀アジア映画賞を受賞しているというが、審査員たちは帰国運動の実態を全くしらなかったのだろう。

北朝鮮との葛藤や引き裂かれた民族・家族の心などをテーマにするなら、こうした関親子、娘夫婦の葛藤を描いてこそノンフィクションであろう。幻想に浸って生き、そのブルジョワ的環境を全うした家族たちが何を訴えても虚しいだけだ。両者の著作を読み比べてほしい。いくらなんでも気づくのが遅すぎる! 同じアボジへの哀悼といえども、関氏のような人生と、北朝鮮贔屓のまま人生を終える人とでは月とスッポンではないだろうか。


「愛しきソナ」は小田実の北朝鮮訪問記と五十歩百歩の「問題作」 04/09/2011
 
昨日(金曜日)は地震記念日故(?)仕事はお休みにして、まず映画「愛しきソナ」を見た。
在日のヤン・ヨンヒ監督作品。ノンフィクション映画といえよう。自分の家族を生のママ描いている。以前本欄で酷評したこともある前作「ディア・ピョンヤン」の続編。所詮は恵まれた在日家族のお話。父親が朝鮮総連の活動家で息子3人を北に帰国させた。ソナはその息子(次男)の娘。監督のヤンさんからすれば姪に当たる。
 「愛しきソナ」はその姪が三歳のころアイスクリームを美味しそうに食べるシーンから始まる。ヤンやその両親は頻繁に北朝鮮を訪問する。訪問できない時はせっせと衣服や薬などを北送。どういう商売をしているかは映画では明らかにされていないが、羽振りは良さそうだ。
北朝鮮に帰国した悲惨な一般家族たちと比べて例外中の例外でしかないこういう家族の物語を普遍的なモノと捉えられたら大変だ。別れ別れになっているが、いつでも北に行けば会えるのだから。 冗談ではない。映画では北を訪問すると、こうした幹部の家族でも劇やらいろんなものを見せられて、交流する時間が制限されているというシーンもあったが、彼らの帰国家族の家に行けば、大型冷蔵庫はあるし、中身は食べ物で一杯、テレビやピアノもある。監督の誕生日祝賀会と称して近所の主婦によるケータリングもあったそうな。
日本の親戚一同集まっての宴会と何ら変わらないようなシーンが映し出されるが、言うまでもなくこれは北朝鮮では例外中の例外でしかない。そういう事実を知らないと、外国の人は別れ別れの家族物語、お涙頂戴に騙されるだろう。所詮は自業自得、因果応報でしかあるまい。ソナは金日成賛美のフレーズを暗唱して得意になる。日本でも戦前、元号を最初から昭和まで暗唱するようなものか。

パンフレットにはこんな「嘘」も表示されている。
「日本社会における差別や貧困に苦しんでいた9万人以上の在日コリアンが北朝鮮に渡った」というが、北のその後の差別や貧困は、当時も今も日本の比ではあるまい。針小棒大。そのくせ、 「日本と北朝鮮との間に国交樹立がいまだ実現されないため、帰国者たちの日本への再入国はほとんど許されていない」という書き方もアンフェア。人道的にいくらでも対処可能なはず。悪いのは北朝鮮の方ではないか。国交の有無とは関係ない。日本人妻(配偶者)は日本国籍の持ち主もいる。その自由往来は全くの自由なのに北朝鮮が人権を無視している。国交がないから帰国できない? 嘘もほどほどにすべきだ。

某進歩的文化人のレビューも相変わらず酷い。 「石油がないのに戦争をした国が約一国ある。日本である」と。だから北朝鮮はそんなことをしないと言いたげである。だが、日本とて真珠湾攻撃の時にはまだ備蓄石油はあった。何を言っているのか? だがこのままでは石油がなくなる、だから開戦、インドネシアの石油を獲得しようという甘いとはいえ石油獲得のために戦争をしたともいえる。窮鼠猫を噛むこともありうるのが世の中。ネバーセイネバーが国際政治の原則である。

 この映画で描かれたのは帰国者の中の数少ない例外的な恵まれた階層の回想でしかない。なぜもっと悲惨な例を描かないのか。
映画では、北から日本へコレクトコールかもしれないが、直接電話をかけてあれこれ話すなんて普通の帰国者で出来るかどうか、見る側はよく考えるべき。こんな特殊な恵まれている例を出して、どこに底意があるのか。前作にも北が文句を言って監督は北に行けなくなったと嘆いているというが、ソナは無事大学に進学も出来たそうな。

家にはコーヒーメーカーもある。一人で百人倒す人民軍兵士を賛美するような歌を歌っての踊り劇の類などは、軍国主義教育の最たるものじゃないのか。微笑ましくもなんともない。日本の家では親がNHKの体操番組見ながら体動かしたりしているがこちらは平和的? 脳梗塞か何かで半身付随、個室で治療を受けたりもしている。
 粗筋紹介の中で「本作では一般庶民のホームパーティーや墓参り、結婚式の様子や、ボーリングで遊ぶ姿……」「北朝鮮で暮らす人々の日常のひとコマが数多く切り取られている」と紹介されているが、「一般」ではない「特殊」な世界、きわめて例外的に物質的にも恵まれた家族の状況を「針小棒大」に描いた、真の意味でも「問題作」というしかない。
停電を茶化すシーンなどもあったりするものの、このあたりは今の日本は笑えない? 

それはさておき、常磐新平氏が前述の『銀座旅日記』の中で、「ディア・ピョンヤン」を紹介していた。北朝鮮のミサイル発射のニュースを見る前後にその映画を見たそうな。「複雑な心境」と記している。だが、「ディア・ピョンヤン」も「愛しきソナ」も所詮は「宣伝映画」のカテゴリーを超えない。

僕の結論を疑う人は、斉藤博子氏の『北朝鮮に嫁いで四十年 ある脱北日本人妻の手記』 (草思社)を読んで欲しい。著者は在日の人と結婚した日本人妻。脱北者だ。一緒に北朝鮮に行ったものの……。どんな悲惨な生活を過ごしたことか。こういう日本人妻を描いてこそ、普遍的な帰国者の悲劇を知ることが可能になるだろう。また以前にも述べたが、在日でありながら北朝鮮の実態を知り批判派となった関貴星氏と、それを当初は批判していた娘やその夫との対立と和解という葛藤の世界を描く方がはるかに佳作となろう。
この映画は、所詮、小田実の『私と朝鮮』 (筑摩書房)、 『北朝鮮のひとびと』 (潮出版社)などと同工異曲で北朝鮮の「一部」だけしか描いていない。

詰まらぬ映画を見た後、都内をブラブラ。寒くはないものの少し風が強いが、新宿御苑などの櫻を外から眺めて歩く。ブックオフ傍の路地裏から少し表通り近くに転居した「しろ八」で早めの夕食。つけ麺(950円)をここで食べるのは初めて。時節がらか当店で使っている菜っ葉類は安全を確認済みですとのことわりあり。以前は元カメラマンという店主一人の店だったが、店主は時間帯故か中に入って「弟子(?)」が作っていた。店も広くなっていた。この界隈は美味いラーメン屋が多くて困る?(以下略)


ヤン・ヨンヒの『兄 かぞくのくに』は一歩前進だが… 09/28/2012

ヤン・ヨンヒ氏の『兄 かぞくのくに』 (小学館)を読んだ。この人の映画や本は今まで批判的に紹介してきた。著者は在日。父親は朝鮮総連の元幹部だった。帰国運動盛んな時に、息子(3人)を「供出」。意気盛んに帰国したが、実は……。

三人の兄が北朝鮮に渡り、一人残った「長女」として、大事に育てられ、時々北朝鮮を訪問し、兄と再会する。

帰国者の悲劇は沢山の本がすでにある。脱北して日本に戻った人もいる。著者の家族はそういう出自もあり、実家からの援助もあり、比較的恵まれた環境で生活をしている。

それでもさまざまな苦難を抱えていた。
本書でも、一人の兄は精神を病んだり、別の兄は難病のために日本に一時帰国するもののすぐに戻れと命令されたり、その兄から工作員にならないかと提案されたりして絶句…。そんな家族の葛藤が描かれている。

本書を初めて読んだ人は、ある種の感銘を受けることだろう。また、身内や北朝鮮関係者もいろいろ出てくるのに、こういう批判めいたやりとりを記すと迷惑が及んだりしないか心配もするかもしれない。

だが、過去の彼女の作品を想起すると……。

というのは、彼女の映画作品「ディア・ピョンヤン」「愛しきソナ」はすでに見た(今回の作品も映像化され上映中のようだが…)。それらに関しては論評ずみであるが、再録的に記すと以下のようなイマイチ的作品であった。

前二作は、ビデオを北朝鮮にも持参し、ノンフィクションして描かれている(最新作は俳優などが演じているようでノンフィクション仕立てではないようだ)。
自分の家族を生のママ描いている。所詮は恵まれた在日家族のお話。父親が朝鮮総連の活動家で息子3人を北に帰国させた。ソナはその息子(次男)の娘。監督のヤンさんからすれば姪に当たる。
 
「ディア・ピョンヤン」 (監督・脚本・撮影ヤン・ヨンヒ)は、アートンから『ディア・ピョンヤン--家族は離れたらアカンのや』として本にもなっている。ただ、これは後述する関氏やその娘&夫の葛藤に比べると「オモチャ」みたいなものだ。

というのも彼女の父親は完全な北贔屓として生涯を送っている。そして息子は北に帰国させたものの、「送金力」のおかげで不遇の目にはあっていない。粛清もされない。孫はピアノなどを優雅に弾いたりしている。父親が北に行って向こうで誕生日か何かの祝賀会も大々的に開かれている。ビールも食べ物も豊富。

映画にはそんなシーンが流れてくる。

それを見ながら「???」と思ったものだ。こんな北一辺倒の父に対して娘は若干の疑問を感じたりもしているようにも見えるが、根源的な批判を展開しているわけでもない。

この映画を見たのは少し前のこと。最近関氏の家族の葛藤を知ったが、こちらの方がより「映画化」してしかるべきではないか。「ディア・ピョンヤン」はベルリン国際映画祭で最優秀アジア映画賞を受賞しているというが、審査員たちは帰国運動の実態を全くしらなかったのだろう。


その続編にあたる「愛しきソナ」は、そのソナという姪が三歳のころアイスクリームを美味しそうに食べるシーンから始まる。ヤンやその両親は頻繁に北朝鮮を訪問する。訪問できない時はせっせと衣服や薬などを北送。どういう商売をしているかは映画では明らかにされていないが、羽振りは良さそうだ。

北朝鮮に帰国した悲惨な一般家族たちと比べて例外中の例外でしかないこういう家族の物語を普遍的なモノと捉えられたら大変だ。別れ別れになっているが、いつでも北に行けば会えるのだから。 

冗談ではない。映画では北を訪問すると、こうした幹部の家族でも劇やらいろんなものを見せられて、交流する時間が制限されているというシーンもあったが、彼らの帰国家族の家に行けば、大型冷蔵庫はあるし、中身は食べ物で一杯、テレビやピアノもある。監督の誕生日祝賀会と称して近所の主婦によるケータリングもあったそうな。

日本の親戚一同集まっての宴会と何ら変わらないようなシーンが映し出されるが、言うまでもなくこれは北朝鮮では例外中の例外でしかない。そういう事実を知らないと、外国の人は別れ別れの家族物語、お涙頂戴に騙されるだろう。所詮は自業自得、因果応報でしかあるまい。ソナは金日成賛美のフレーズを暗唱して得意になる。日本でも戦前の子供たちが、元号を最初から昭和まで暗唱するようなものか。

映画パンフレットにはこんな「嘘」も表示されている。

「日本社会における差別や貧困に苦しんでいた9万人以上の在日コリアンが北朝鮮に渡った」というが、北のその後の差別や貧困は、当時も今も日本の比ではあるまい。針小棒大。

そのくせ、「日本と北朝鮮との間に国交樹立がいまだ実現されないため、帰国者たちの日本への再入国はほとんど許されていない」という書き方もアンフェア。人道的にいくらでも対処可能なはず。悪いのは北朝鮮の方ではないか。国交の有無とは関係ない。日本人妻(配偶者)は日本国籍の持ち主もいる。その自由往来は全くの自由なのに北朝鮮が人権を無視している。
国交がないから帰国できない? 嘘もほどほどにすべきだ。


某進歩的文化人のレビューも相変わらず酷い。
「石油がないのに戦争をした国が約一国ある。日本である」と。だから北朝鮮はそんなことをしないと言いたげである。だが、日本とて真珠湾攻撃の時にはまだ備蓄石油はあった。何を言っているのか? だがこのままでは石油がなくなる、だから開戦、インドネシアの石油を獲得しようという甘いとはいえ石油獲得のために戦争をしたともいえる。窮鼠猫を噛むこともありうるのが世の中。ネバーセイネバーが国際政治の原則である。

 この映画で描かれたのは帰国者の中の数少ない例外的な恵まれた階層の回想でしかない。なぜもっと悲惨な例を描かないのか。

映画では、北から日本へコレクトコールかもしれないが、直接電話をかけてあれこれ話すなんて普通の帰国者で出来るかどうか、見る側はよく考えるべき(最新作によると、これはコレクトコールでかなりの負担を実家はしていたという)。

こんな特殊な、恵まれている例を出して、どこに底意があるのか。前作にも北が文句を言って監督は北に行けなくなったと嘆いているというが、ソナは無事大学に進学も出来たそうな。

家にはコーヒーメーカーもある。一人で百人倒す人民軍兵士を賛美するような歌を歌っての踊り劇の類などは、軍国主義教育の最たるものじゃないのか。微笑ましくもなんともない。日本の実家では親がNHKの体操番組見ながら体動かしたりしているがこちらは平和的? 脳梗塞か何かで半身付随、個室で治療を受けたりもしている。

 粗筋紹介の中で「本作では一般庶民のホームパーティーや墓参り、結婚式の様子や、ボーリングで遊ぶ姿……」「北朝鮮で暮らす人々の日常のひとコマが数多く切り取られている」と紹介されているが、「一般」ではない「特殊」な世界、きわめて例外的に物質的にも恵まれた家族の状況を「針小棒大」に描いた、真の意味でも「問題作」というしかない。


だから、「ディア・ピョンヤン」も「愛しきソナ」も所詮は「宣伝映画」のカテゴリーを超えないと僕は思う。

僕の結論を疑う人は、斉藤博子氏の『北朝鮮に嫁いで四十年 ある脱北日本人妻の手記』 (草思社)を読んで欲しい。著者は在日の人と結婚した日本人妻。脱北者だ。一緒に北朝鮮に行ったものの……。どんな悲惨な生活を過ごしたことか。こういう日本人妻を描いてこそ、普遍的な帰国者の悲劇を知ることが可能になるだろう。また以前にも述べたが、在日でありながら北朝鮮の実態を知り批判派となった関貴星氏と、それを当初は批判していた娘やその夫との対立と和解という葛藤の世界を描く方がはるかに佳作となろう。

この映画は、所詮、小田実の『私と朝鮮』 (筑摩書房)、 『北朝鮮のひとびと』 (潮出版社)などと同工異曲で北朝鮮の「一部」だけしか描いていない。

 谷合規子氏の (元就出版社)に解説を寄せている柳原滋雄氏によると、『楽園の夢破れて』  (全貌社)の著者・関貴星氏の長女(呉文子氏)が嫁いだ相手は李進×(細川元首相のヒロ)。呉氏には『パンソリに想い秘めるとき--ある在日家族のあゆみ』 (学生社)という本がある。李氏には『海峡~ある在日史学者の半生』 (青丘文化社)という本があるとのこと。早速入手し一読した。

関氏の本は最近復刊もされているが、以前古本屋で入手し一読した覚えがある。国賓待遇で北を訪問したものの、1960年代から帰国運動の実態を知ったことから北朝鮮贔屓派から批判派に転向した人だが、当時、娘の李さんやその夫の呉氏はそうした対応を批判していた。呉氏は北朝鮮に帰国しようともしていた。

すると「文子がもし帰国するようなことになれば、割腹自殺する」と明言。そんな民族反逆者を父に持つ苦悩から夫との離婚も考えたという。李氏も考古学研究のために北朝鮮に帰国しようと考えていた。義父の北朝鮮批判も「朝鮮動乱から七、八年しか経っていなくて、戦後の復興途上ではないか」と懐疑的だった。

「もしもあのとき、父の反対を押しきってまで帰国していたなら、どんな運命が待ち受けていたのだろう」「まさに人生の岐路の真っ只中に立たされていた」と。
結局帰国は断念したのだが、不幸中の幸いというべきだった。

李氏は朝鮮大学の教授で北贔屓だったが、そういう義父がいたせいか朝鮮青年社から刊行した著作が出荷停止になったり思想総括を求められたりもする。やがて1971年に辞職。北と訣別する。呉氏はその後,父と再会し親不孝を恥じ「アボジ、ごめんなさい」と許しを請うたという。

関氏の関係者がこういう北朝鮮批判の本を書いているのは知らなかった。先見の明を誇れる関氏だが、それ故の家族内の対立や葛藤はさぞかし苦しかったことだろう。

従って、こういう関氏の家族愛とヤン・ヨンヒ一家の家族愛、また帰国したものの不遇の家族の例など万遍なく描けば、素晴らしい作品になったことだろう。

人生の命運を分けた決断力の違い、北朝鮮認識の違い、待遇の違い…などを見る人読む人に知らしめることができよう。

ヤン・ヨンヒ氏の三作目にあたる『兄 かぞくのくに』は映像化もされており、それを見た人によると、今までより、北朝鮮批判がかなり強くなっているそうな。

遅すぎる転換といえるのかもしれないが…。

僕は前作二つに懲りているので、ちょっと見る気にはなれず、活字でのみ一読した次第。

確かに、自分の恋人が在日で親が離婚していたとなると、差別闘争で闘っているはずの朝鮮総連の幹部である父親がそれを理由に反対する?なんてエピソードも紹介している。

「アボジ、同胞の人権のために働いてるんちゃうん? 信じられへんわ!」「貧乏な家の息子はダメってこ?」と。
差別反対と言いながら、差別するという不合理・矛盾…。よくある話であるが……。

関氏の本は、1962年に刊行されている。金元祚氏の『凍土の共和国 北朝鮮幻滅紀行』 (亜紀書房)は、1984年に出ている。これらを読めば、ヤン・ヨンヒ氏の「告発」が生ぬるく遅すぎる感を持つのは当然のことであろう。



騙されて「夢見た祖国(北朝鮮)は地獄だった」の悲劇 10/11/2012






この前、ヤン・ヨンヒ氏の作品の数々――『兄 かぞくのくに』 (小学館)など――を少々批判的に取り上げた。著者は在日。父親は朝鮮総連の元幹部だった。帰国運動盛んな時に、親は息子(3人)を「供出」。意気盛んに帰国したが、実は……。
著者は、それ以前にも自分たちの家族の「帰国」をテーマにしたノンフィクション映画作品「ディア・ピョンヤン」「愛しきソナ」を発表している。「ディア・ピョンヤン」はアートンから『ディア・ピョンヤン--家族は離れたらアカンのや』として本にもなっている。

だが、いずれも、日本に残った著者や両親たちが、兄(息子)たちとめったに会えないことを嘆いたりしているものの、所詮は例外的に恵まれた「階層」の物語でしかなく、帰国者の「悲劇」はこんな生易しいものではない。これが感動の物語なんて思われたら、アホらし屋の鐘が鳴る鳴るキンコンカーン、キンニッセイ?といったところだろう。

その証拠として、斉藤博子氏の『北朝鮮に嫁いで四十年 ある脱北日本人妻の手記』 (草思社)、関貴星氏の『楽園の夢破れて』  (全貌社)や関氏の長女(呉文子氏)の『パンソリに想い秘めるとき--ある在日家族のあゆみ』 (学生社)という本や、呉氏の夫の李氏の『海峡~ある在日史学者の半生』 (青丘文化社) や金元祚氏の『凍土の共和国 北朝鮮幻滅紀行』 (亜紀書房)を挙げておいた。

これらの本と読み比べれば、ヤン・ヨンヒ氏の「家族」の体験などは、別世界のおとぎ話でしかない。

その関連として、一読に値するのが、前川惠司氏の近刊『夢見た祖国は地獄だった』 (高木書房)である。
前記の斉藤博子さんやさまざまな帰国者や脱北した人々の「証言」を通じて、金日成をはじめとする北朝鮮指導部がいかに残虐非道であったかを告発している書である。
著者は1946年生まれ、元朝日ソウル特派員(すでに退職)。韓国、在日関連書をいままでに何冊か出しているようだ。

日本人妻にも三年たてば里帰りもできるからとか、生活費なども無料だ、大学にも行ける…といった嘘八百を並べ立てたヤン・ヨンヒ氏の父親のような総連幹部の「帰国誘惑責任」はやはり蔑ろにできないだろう。裁判でその法的責任を問うこともあるのだが、残念ながら認められていない…。

生ぬるい帰国運動回想録を読む前に、こういう本を読んでおくことが必要である。脱北者を保護せず、弾圧し北に戻すような中共の「反人権政策」は、現在進行形であり、それへの批判的認識は持たないでいて、過去の日本の南京事件や慰安婦問題ばかり、ことさら取り上げる集団や研究者があるようだが、その底意はよくよく吟味すべきでもあろう。

「帰国者の中でも、朝総連の幹部の家族や大資産を上納した一家などは、平壌、元山、新義州などの大都会に落ち着き先が決まった。たいした資産もなく、ただ『地上の楽園』と言う宣伝を真に受けた李相峰一家は、清津から九十五・五キロ離れた中朝国境の町、会寧近くの炭鉱の村で暮らすように指示された」ここからも、ヤン・ヨンヒ氏の兄たちの「厚遇」ぶりがうかがえよう。

李さん(仮名・後に脱北)は、帰国する前に日本に残った兄から「総連の宣伝どおりだったら褒めて、手紙に書いてくれ。そうしたら自分も帰る。ウソだったら切手の裏に書いてくれ」と言われていた。「検閲」があるからだ。

すると、李さんは切手の裏に「村からの外出の自由なし、兄さんはここへくるべからず…の妹さんもこないよう…」と記して手紙を出したという。

その実物が本書69頁に収録されている。これは是非見るべきだ。こんな手段を通じて辛うじて悲劇から逃れることが可能だったのだ……。さすがの共産主義者も切手の裏まで「検閲」するのを忘れたわけだ!

何かの本だったか、笑い話だったか、北に戻って、地獄だったら青いペンで、天国だったら黒いペンで手紙を書くように示し合わせたところ、黒文字で、ここは天国、物不足もない、満ち足りている云々と記した手紙が日本に届いたそうな。ただ、最後に、「物は十分だが、あいにくと青ペンがない」と記してあったとか?

前川氏は古巣の朝日の帰国運動時の報道も含めて俎上にのせて検証もしている。共産主義者のトリックを見破ることのできなかった当時のマスコミの報道は勿論問題であろう。ただし、騙された側面もあるだろうし、少なくともおかしい、怪しいと気づいたら方向転換するべきであったにもかかわらず、週刊朝日などは、本書でも紹介されているように、80年代に(84年4月20日号~)、金元祚氏の『凍土の共和国 北朝鮮幻滅紀行』を好意的に取り上げていたが、朝日本体は後年まで北賛美を繰り返したものだった。
前川氏は、北批判の本を取り上げた「週刊朝日」への朝鮮総連の一方的な抗議活動を垣間見た体験もあるそうな。

「この号が発行されるや、週刊朝日編集部の十本以上ある電話は、朝から『事実無根だ。抗議する。俺は在日同胞だ。記事を取り消せ』との電話が切っても切ってもかかり続け、朝日新聞社の交換台が悲鳴をあげ、部内連絡などのため臨時電話を多数引かざるをえなくなった。朝日新聞本社前には多数の朝総連メンバーが押しかけ、一般の来訪者の通行に支障が生じた。こうした行動の狙いは第二弾の掲載阻止だった。本社前で抗議活動を指揮していた知り合いの朝総連幹部に、私は、『立場の違いで受け止め方に差があっても、事実は事実。どんなに業務妨害しても無駄』と伝えた」「『言いがかりをつけて、軒先でいつまでも騒ぎまくり、制止を無視するあなた方に警備員が反感をもつのは致し方ないことです。あなた方は民族団体でありながら、在日朝鮮人に対する反感を生み出しかねない行動を平気で同胞に指示しているのか』と反論し、編集部に届いていた三百通以上の抗議葉書の束を総連幹部に見せ、『葉書の消印は全部、朝鮮大学校がある郵便局のものです。ここにしか、在日朝鮮人は暮らしていないのですか』」と問うたりもしたそうな。

朝鮮総連としては、「味方」のはずの朝日から批判を受けて焦っていたのだろうが…。前川氏も、入社して、まもないころに労働組合の席で、韓国旅行の体験から、韓国を不正の暗黒国家のように見るのは単眼すぎると話したところ、周囲に「冷やかな空気」が流れたとのこと。「北流」の空気が強かったという。
そのあたりの朝日の北朝鮮讃美報道の一端は、稲垣武氏の『朝日新聞血風録』 (文春文庫)でも詳述されている。 

電力会社用意の「モデルコース」を歩いて「原発は安全!」と言っていたのと同様に、北朝鮮政府の「モデルコース」を歩かされて「北朝鮮は地上の楽園」「税金もない」「病院はタダ」…といった趣旨の訪問記を刊行した日本の知識人・編集者たちの「言論責任」は大きいだろう。

僕が生まれたころから始まった「帰国運動」。半世紀を経てもいまなお、解決していないこういう問題に、もっと関心をもっていくべきだ。拉致を含めて現在進行形の「人権」問題も、相手が共産主義国家だと、まだ遠慮してモノを言う人が多すぎないか。





北朝鮮をハダカにする本に紙面を提供した東京新聞は、アベノミクスに協力するのか? 03/22/2013






前出コラムの末尾で指摘したように、中共より酷いのが北朝鮮であることはいうまでもない。その北朝鮮に関して考える上での良書が二冊出た。
一冊は、呉小元氏の『ハダカの北朝鮮』 (新潮新書)。東京新聞に連載している「平壌ウォッチ」が元。それに加筆などをしてまとめたもの。呉氏は仮名。元朝鮮労働党幹部とのこと。ただし日本生まれで、帰国運動の流れで十代(高校生)の時に北朝鮮へ「帰国」。平壌の大学を出て、労働党傘下の貿易会社で働いたあと、韓国に対する工作活動などをしていた1990年代に韓国に亡命したそうな。50代とのこと。
この前も、呉氏が2月13日東京新聞夕刊に書いたコラム(見出し--指導者の喫煙マナー」「悪い素行は遺伝?」)を本欄で紹介したことがある。金正恩の喫煙マナーを批判していたもの。
「地上の楽園」を偽装するためには何でもするのが北朝鮮。著者は自身の体験や見聞を踏まえつつ、クールに北朝鮮を解剖している。


「平壌では大規模行事があると、外国人の質問に答えるマニュアルが配られる。『なぜアパートの表にだけタイルを張っているのか』との質問に『ネクタイは前にするものです』との『名回答』もあった」という。マスゲームも半年ほど前から練習を開始するという。「マスゲームが行われた後の大学入試では、平壌市内に住む受験生には、総合成績に五点加算する『特恵』まである」という。外見だけ、見栄えをよくしたいがためにムダなことをやっているのだ。独裁者国家ならではの愚かさというべきか。
いや日本でも電車の中で似たような無駄な小細工(化粧?)を必死にやっている女性もいる? せめて自宅自室でやれば誰も文句を言わないのに?

「韓国で2011年に北朝鮮を脱出した人の証言として、北朝鮮の人口の5パーセントがホームレスではないか、という報道があった。北朝鮮の指導者は約百二十万人を路頭に迷わせていることになる」と。日本やアメリカなどを監視国家、格差国家として批判するのもいいが、すぐ近くにある国の憂うべき現状にも、もっと関心を持ちたいものである?

このようにクールな対北認識を示しているのだが、「最近見た在日コリアンがつくったドキュメンタリー映画に、朝鮮総連幹部の親が、北朝鮮にいる息子に仕送りをする場面があった。帰国者はいまだに北朝鮮当局の『金づる』として利用されている。思わず涙がこぼれた」と書いている。これはちょっといかがなものか。

恐らくそのドキュメンタリー映画は、監督・脚本・撮影ヤン・ヨンヒの『ディア・ピョンヤン』であろう。アートンから『ディア・ピョンヤン--家族は離れたらアカンのや』として本にもなっている。しかし、この映画、本欄でも酷評したが、彼女の父親は完全な北贔屓として生涯を送っている。そして息子は北に帰国させたものの、「送金力」のおかげで不遇の目にはあっていない。粛清もされない。孫はピアノなどを優雅に弾いたりしている。父親が北に行って向こうで誕生日か何かの祝賀会も大々的に開かれている。ビールも食べ物も豊富。映画にはそんなシーンが流れてくる。それを見ながら「???」と思ったものだ。

呉氏の本の中でも、結婚式を開く時、一般庶民は職場の会議室などを使うのがせいぜいなのに、「平壌に住む帰国者の場合、朝鮮総連幹部か在日商工人の親族が参加することを前提に、対韓国政策を主導する党統一戦線部の肝入りで、高級食堂ホールを貸し切ることもある」と指摘もしているが、『ディア・ピョンヤン』の家族も所詮その恵まれた階級のレベルである。

呉氏も帰国者であり「成分」があまりよくないにもかかわらず大学を卒業し、党の幹部にもなったのだから、それなりの日本からの「送金力」があったのかもしれない。だからといって、『ディア・ピョンヤン』程度の「ブルジョア」作品に「涙がこぼれた」といっていては、もっと悲惨な境遇で死に絶えている帰国者や北朝鮮の人々に対して失礼ではなかろうか?
そこだけ瑕疵があった。

それ以外はなるほどと感じつつ読了した次第。

東京新聞に連載中、 「個人的にはかなり抵抗があったにもかかわらず、新聞社の方針で従わざるを得なかったのが、金日成、金正日、金正恩に肩書きを付けることであった。主席、総書記、第一書記等の肩書きを付けたり呼称したりすること自体、脱北者世界から裏切り者として糾弾される。仮名で書いているという理由で自分なりに納得したものの、この場を借りて新聞社の意向であったということをはっきりさせておきたい」と記してもいる。(以下略)

もう一冊は、リ・ハナの『日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩』 (アジアプレス・インターナショナル出版部)。昨日(3・21)の産経にも紹介されていた本。著者は北朝鮮生まれ。両親は日本から「帰国」した在日朝鮮人二世とのこと。中国に脱北し日本にやってきて夜間中学校に通い日本語を覚え、関西の大学に進学…。そうした体験をブログに綴り一冊にまとめたもの。まだ読書中で、詳しい感想はのちほど…。



オーウェルに救われたパク・ヨンミ(脱北女性) 「戦後(容共)リベラルの墓碑銘」としての一冊
(2015・1・6・水曜日)





パク・ヨンミ(脱北女性)の『生きるための選択 少女は13歳のとき、脱北することを決意して川を渡った』 (辰巳出版)を読んだ。実に感動的なノンフィクションだ。

内容(「BOOK」データベースより)
北朝鮮では、死体が放置される道を学校に通い、野草や昆虫を食べて空腹を満たし、“親愛なる指導者”は心が読めて、悪いことを考えるだけで罰せられると信じて生きてきた。鴨緑江を渡って脱北した中国では、人身売買業者によって囚われの身になり、逃れてきた場所以上に野蛮で無秩序な世界を生き抜かなければならなかった―。「脱北したとき、私は“自由”という意味すら知らなかった」―およそ考えうる最悪の状況を生き延びた少女は、世界に向けて声を上げはじめた。


北朝鮮を礼賛した「迷著」(『私と朝鮮』筑摩書房、『北朝鮮のひとびと』潮出版社)を刊行した小田実や、そんな小田実を『われわれの小田実』 (藤原書店)で、褒めたたえる「知識人」たちに読ませたい本だ。

また、半世紀以上昔の「慰安婦」問題を必死になって蒸し返す人たちに、21世紀になっても北朝鮮&中共によって行なわれている「脱北者」(特に女性)の「慰安婦」状況にも似た「人身売買」の現状に、なぜもっと関心を寄せないのかと問いただしたくなる本でもあった。「アジアのみならず世界の人権」問題を追及する本を書いていながら、その本の中に、なぜか「日本の地震被害者」は出てきても、「脱北者」や「拉致被害者」は出てこないような不可思議な本も世の中にはあるのだが。
参考例→ 伊藤和子氏『人権は国境を越えて』 (岩波ジュニア新書)。この本の奇妙な人権感覚、国境感覚については、本欄でも指摘してきたが、アマゾンのレビューでこういう指摘をしている人がいた(同感!)

投稿者チャオチャオ・バンビーノさん2014年7月25日
この人も、この人が代表する団体も甚大な人権侵害たる、拉致事件を全く取上げない。
なぜなのだろうか?拉致被害者のみなさんの地獄の苦しみを思うとき、そのことを一番に取上げないことに、胡散臭さを感じるのは、一人わたしだけなのだろうか?


私も胡散臭さを感じます! 
(以下まずはその本に関するレビューを再録)

北朝鮮の人権擁護のために「国境を越えて」とはなぜならないのか?
(2014・1・14・火曜日)
弁護士で、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長の伊藤和子氏の『人権は国境を越えて』 (岩波ジュニア新書)を読んだ。

「国境を越えて」といいながら、北朝鮮の人権に関しては全くのノーコメント。北朝鮮という国名は、ある箇所で一カ所だけ出てくるけど、それは単なる説明事項の中での( )内の表記として出るだけ。 中国の人権に関しては、一カ所だけ、ちょっと一言、数行程度、国内の裁判制度の問題点(汚職など)に触れているだけ。いわゆる周辺民族との軋轢などに関連しての人権問題などはまったく出てこない。
一方、3・11以降の体育館などに避難した人々の人権をとても気にしたり、北朝鮮より遠いフィリッピンやカンボジアやビルマ(ミャンマー)での人権問題には章まで立てて、現地にまででかけたりしてあれやこれや圧力をかけるように日本の駐在大使などにも働きかけたりもしているし、現地の人権活動家にもこまめに接している。
その努力は立派だと思うけど、その熱意を日本の一番近い隣国に対して全く発揮しないのはなぜなのか。不可解である。不思議である。
人権弾圧国家としては、北朝鮮は最悪なのではないのか? ビルマにしても、フィリッピンにしても、野党もあり、反体制派のリーダーもいる。
半世紀も前の「慰安婦」問題も取り上げているが、拉致問題などは何の指摘もしていない。この本では、韓国やタイは特に取り上げられていないけど、あれだけ反政府運動もあるタイや、選挙による政権交代が日常化している韓国では、ことさら取り上げるというか、初歩的な人権侵害問題はないから本の中ではことさら章をたててまでとりあげないというのはまだわかる。
しかし、北朝鮮には人権のかけらもないのが現状だということは自明。中国でも、国内の反体制派知識人の言論の自由の問題以前に、ウイグルやチベット、南モンゴルなどの人権問題、民族問題が深刻な状況であるというのはこれまた自明なのに、そういう問題は全く言及されていない。 「障害者」と書かず「障がい者」と書くぐらいの人だから、心から人権問題に関心を寄せているのだろうが…。
ジュニア新書だから、薄くて、そういう国々を取り上げる余裕が紙数の都合でなかったのかもしれない?

この本は、大学生以下の世代というか、中高生向けの本といえるかもしれない。しかし、本書だけ読んで、アジアの人権問題を理解したつもりになってもらっては困る。この本に根本的に欠如している、もう一つの人権問題を見落とすことなく、この本の若い読者は、以下の本も別途一読してほしい。
まず、同じ岩波書店から出ている楊海英氏の『墓標なき草原 上下』 (岩波書店)は必読。
また同じ著者の『植民地としてのモンゴル 中国の官制ナショナリズムと革命思想』 (勉誠出版)も重要。
中国(中共)という国家が、建国以降、周辺民族に対して、どのような人権侵害を行なってきたかが綴られている。
水谷尚子氏の『中国を追われたウイグル人 亡命者が語る政治弾圧』 (文春新書)は、ウイグルに対する中共の人権弾圧のすさまじさが綴られている。
チベット僧パルデン・ギャツォが、自ら弾圧を受けた体験記『雪の下の炎』 (新潮社)も必読。
最後に、野口孝行氏の『脱北、逃避行』 (新人物往来社・文春文庫)。
これは、伊藤弁護士などはやっていないかもしれないが、同じくNGO活動を展開している日本人青年による脱北者支援活動を綴った体験記。
北朝鮮から逃げてきた脱北者は、中国国内に辿りついただけではまだ自由になれない。
中国を横切り、ベトナムを通り抜け、カンボジアまで辿り着かないと「自由」は得られない。

野口氏は、そうした脱出路に脱北者と同行し、成功する時もあったが、中国国内で逮捕され、獄につながれたことも…。中国は好きだったのに、こんな酷いことをする国とは…と述懐する野口氏のこの本は、伊藤氏の本に比べて、はるかに重いものがある。

文字通り「北朝鮮の脱北者の人権のために国境を越えて」活動をしているのだから。
岩波ジュニア新書の読者は、こういう本も読んで、より多角的に人権問題を捉えるべきだろう。偏った認識を持たないためにも。より、大きな巨悪、一部の奇妙な思考をする人が隠したがる現実と闘う知的勇気を持つためにも。

ともあれ、全然、テーマが異なるが、秋田喜代美氏監修(稲葉茂勝氏・文)の『調べよう! 世界の本屋さん 本屋さんのすべてがわかる本1 』 (ミネルヴァ書房)を読んだ。

絵本風の薄い本であるが、世界各国の本屋さん事情が紹介されている。神保町やヘイ・オン・ワイなど古本屋街も出てくる。

また北朝鮮の国営書店も出てくるが、 「権力に反対する本などを置く本屋は、北朝鮮の社会ではまったく考えられません。権力にとって不都合な本は存在できないのです」と的確に指摘。

本屋内部の写真も出てくるが、並んでいる本の三分の一が金日成全集や労働党の書籍、三分の一はガイドブック、指導者のバッジなど、残り三分の一は金日成肖像画、祭壇の花など…であると。

「これで本屋と言えるだろうか」と手厳しい。こんな、頁数の薄い写真中心の絵本的な本でも、国境を越えた視点で、北朝鮮の問題点、人権、言論の自由について論じているというのに…。

パクさんの本に話を戻す。、ジョージ・オーウェルのアニメ映画『動物農場』が日本で公開されたとき、北朝鮮社会を描いたものだとの認識を示すことなく、ことさら、あたかも、日本の格差社会やブラック企業や管理社会などを風刺したものだと強調していた人々にも読ませたい作品だった。

というのも、著者(彼女)は、北朝鮮時代、満足に学校に行けないときもあり、また脱北して中国に不法滞在しているときは、当然教育を受ける機会もなかった。生活のために「アダルトチャット」に登録し、卑猥なことをしながら金を得ることもあった。

やっとゴビ砂漠をわたってモンゴル経由で韓国に逃亡してからも(ゴビ砂漠を越えての逃亡劇は、映画「クロッシング」をも想起させる。映画のほうは無残にも失敗してしまうのだが)、パクさんは、韓国で執拗なチェックを受ける。脱北者といいながら「スパイ」もいるから。大量のシリア難民の現状を思うと、あそこでは、こんなチェックは不可能だろうが‥‥。脱北者の言うことを検証しつつ受け入れていく‥。まぁ、当然ではあろう。

遅れた教育を取り戻すために勉強をするのが大変だった。そんなとき、図書館などで本を読む楽しみを覚えた。『ライ麦畑でつかまえて』や『蠅の王』やトルストイの短編などの世界文学やシェイクスピアなども好きだったという。


「でも、ジョージ・オーウェルの『動物農場』を読んだことが本当の転機になった。砂山のなかでダイヤモンドを見つけたみたいだった。私がいた場所や経験したことをオーウェルは知っていたのではないか。そうとしか思えなかった。動物農場は北朝鮮そのものであり、そこに描かれていたのは私のかつての暮らしだった。動物たちのなかには、私の祖母や母や父がいた。もちろん私も。私は理想を持たない新しい豚のなかの一匹だった。北朝鮮の恐怖をシンプルな寓話として見せられることで、私を支配していたその力が消え、そこから自由になれた」

「北朝鮮人の頭のなかでは、つねにふたつのストーリーが進行している。並行する二本の線路を走る列車みたいに。ひとつは信じろと教えられること、もうひとつは自分の目で見たこと。韓国に来て、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』の韓国語訳を読んではじめて、この状態をあらわす”二重思考”という言葉を知った。これは矛盾するふたつの考えを同時に持てて、頭が変にもならない能力のことだ」(古本虫注。要は「二枚舌」。進歩的文化人などは「二重思考」「二枚舌」の天才? 自分たちが「反知性主義」なのに、相手を「反知性主義」と批判できるから?)。

脱北者や、北朝鮮支援活動を展開している人の中には、彼女と同じような証言をしている人は多々いる。北朝鮮は「動物農場」であり「1984」の世界そのものであると。

シュタージ(秘密警察)による監視社会であった東独出身のマイク・ブラツケの『北朝鮮「楽園」の残骸 ある東独青年が見た真実 』 (草思社)でも、たしか、彼が、北朝鮮はオーウェルの世界であると指摘していた(と記憶している。手許に本がみあたらず再確認していないが)。

そのほかにも、ノルベルト・フォラツェンの『北朝鮮を知りすぎた医者 脱北難民支援記』『北朝鮮を知りすぎた医者 国境からの報告』『北朝鮮を知りすぎた医者』 (草思社)などを読めば、当然浮かぶ感慨だ。

にもかかわらず、北朝鮮を「祖国」とみなす日本の一部の反知性主義的なリベラル諸兄にとっては、こういう本で指摘されている「事実」をことさら無視するのである。遠いアフリカなどの人権抑圧には関心を抱いても‥‥。不可思議な精神構造であろう。

ネットで、著者が流暢な英語で、日本人読者に向けて「自由」の大切さを説いている映像を見た。本書でも、韓国にわたってから必死になって勉強した体験が綴られているが、「自由」を知らなかった彼女も、「家族愛」は知っていた。父や母や姉のことも詳述されている。

このパクさんの凄まじいまでの「家族愛」(「脱北」して中国領土に入ったとき、パクさんの「体」を要求する相手に対して、母親が身をもって「レイプ」され、操を救おうとする。13歳の少女のそうした「性売買」こそ、現在進行形でもあるのだから、声高に追及すべきではないのか?)。

それらに比べたら、北贔屓の在日で、朝鮮総連の幹部の父との葛藤を映画にしたと称する作品(「ディア・ピョンヤン」「愛しきソナ」監督・脚本・撮影ヤン・ヨンヒ)など、話にもならないというしかない。ノンフィクション映画であり、アートンから『ディア・ピョンヤン--家族は離れたらアカンのや』として本にもなっている。 『兄 かぞくのくに』 (小学館)という本も書いている。

そう、たしかに「家族は離れたらアカン」。しかし、ヤン・ヨンヒさんの家族の「別離」程度など、パク・ヨンミさんの家族の「別離」とは比較にもならない。
(以下略)

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ジキルとハイドの読書----夏の早朝に竹山道雄の炯眼に触れるとは、これは快楽なり! そのあと、『快楽のグルメ』を読むのも亦楽しからずや? だが、睦月影郎さんの「反社会的記述」には若干異議あり?
(2017・6・22・木曜日)




夏の季節は、日頃の早起きがさらに早くなる。冬だと、だいたい午前5時前後には起床。それから一時間ほど経過した朝の六時でも外はまっくら。また寒い。

しかし、いまだと午前4時すぎにはうっすらと明るくなる。寒くもない。幸いなことに、今年はいまのところ熱帯夜はまだ東京周辺ではない。扇風機すらつけずに、窓を開けることなく安眠できる。だから快眠? 午後10時ごろ就寝して、そこそこ眠ったなぁと眼が覚め、枕元のソニーの小型ラジオ(時計付き)をポンと叩くと、まだ午前12時半ごろ。いくらなんでもこれでは早起きすぎる。幸いなことにまたウトウトと。

その次に目覚めて、またラジオをポンと叩くと、今度は午前3時すぎ。NHKの深夜便が流れてくる。この時間帯、懐かしのメロディが流れることが多いが、演歌だったりすると最悪。そこそこの歌謡曲ならまだいいが(本日はフォーク。寝ぼけ眼というか「寝ぼけ耳」だったが、はしだのりひこなんかだったか?)。ジャズが流れることもある? ともあれ、午前4時前後に起床し、モーニングコーヒーを一杯。仏壇にも。それからブログの更新をすぐさま終えて、さてと仕事の書類を読破したりするのが最近の朝のルーティンワークである。

仕事の書類があっても、時々、本を手にすることもある。

昨日も平川祐弘氏の『竹山道雄セレクションⅣ 主役としての近代』 (藤原書店)をパラパラとめくったり。

一週間前の6・15(昭和59年)が命日だった竹山さんだが、 『主役としての近代』は、講談社学術文庫にあって、かつて一読した覚えがあるが、藤原書店版には、なんと「単行本未収録コラム集」が収録されているではないか。ざっと、160頁分。サンケイ新聞や朝日新聞や読売新聞などに書かれたエッセイ、コラムが収録されている。それを読み出すと大変面白い。昨今の日本の政治状況などを論じたと思っても間違いがないような的確なものが多い。以下、彼の炯眼の数々を。

1955年にパキスタンに出かけた際、太平洋戦争(大東亜戦争)での日本の敗北は「我々にとって大きな失望だった」と声をかけられたという。プリンス・オブ・ウェールズの話がよく出たとのこと。あれを日本が撃沈したことは、アジアの植民地下の国々の人にとって大きな希望であったのだろう。

「世論は尊重されなくてはならないが、それはルールにしたがって表現されるべく、世論の方でも筋のとおらない感情論はやめなくてはなるまい」

(西独に逃げてくる東独の人々が多いことを指摘しつつ)「どういうわけか、日本ではこれがほとんど報道されない。理論家たちは都合のわるい事実は意識から排除して考えず、その意味を卑小化し、あるいはドイツと日本とはちがうから----というふうに回避する」

「中共では千五百万人が殺されたと算定されています。西独社会党の綱領には書いてあります。『共産主義は、人間の権利と、個人ならびに国民の自治権を弾圧する。……支配者は国民の背中の上に経済的・軍事的力をきずきあげ、これがますます自由をおびやかしている』」

「戦後ずっとそうだった。さまざまの演出が行われた。警職法のときには、この法案が通れば『夜中に目をさますとあなたの枕元に警官が立っている』、また『安保条約が改正されればそれは戦争につながる』とて大騒動になったが、それもシャボン玉のように消えてしまった」

「私には戦後の進歩主義がほんものの平和と民主主義であるとは思われない。それはむしろ、人々の平和と民主主義をねがう気持ちにつけこんで、別なものが進歩主義者を利用して浸透する手段としたのだった。そしてこの別ものは、今までのわれわれの常識にはなかった形で、戦争もするし専制も行なう。そういう浸透の象徴的な例があった。ソ連は多数の捕虜を抑留して、思想教育をした。数年たってその人々は、赤旗をふり赤歌をうたって、天皇島に敵前上陸をした。これはあきらかに日本を内から崩すためだった。平和攻勢とは実に悪魔的なものである。ヨーロッパ人は対外的に苛烈でスレッカラシだが、日本人にはまだそういうものへの免疫性がない」

「絶対悪だったはずの原爆への反対運動も、『いずれの国たるとを問う』か否かで分裂した」


「議会では審議をつくした上で多数決に従うべく、従ったとて少数党の恥ではない。少数党が自分の主張をとおすためには手段をえらばず、審議を妨げて時間を空費させるのでは、議会は少数党の裁可がなくては運営ができないことになる。国民は何のために選挙をしたかわからない。戦術的動機や牛歩やすわりこみで時間をつぶすのでは、合法的かもしれないが、それは多数党の単独裁決を理由づける。もっと討議を主にして、どちらの側の党員でも理のある方に賛成するということにはならないものだろうか」


「日本では政治がおくれている。その一例に、少数党が討議を延引するためには手段をえらばないから、多数党が強行裁決をする。これでは、討議をつくした上で多数決にするという、議会政治のルールはなりたたない」

「『中共が核武装をするのは、アメリカから脅威されているからやむをえない』という弁護があるが、それならばその中共の脅威に対して、日本が核武装するのもやむをえない時がくるだろう。中共がアジアで、フランスがヨーロッパで、自分だけが支配的地位にいるべきだという根拠はない」

そのほか高見順が、日本と中国が地続きだったら、「無数の日本人がぞくぞくと中共に逃げこむだろう」と述べたこともあったそうな。「これに対して私はいうすべを知らなかった」と唖然としたそうな。

オランダで向こうのインテリと話をした際、日本人は侵略思想がある、朝鮮を奪った、自分は朝鮮人から深刻な対日恨みをきいたことがあるというので、「日本は朝鮮を三十六年間支配したがオランダはインドネシアを三百五十年領有したではないか」と反問すると、「いや、われわれはインドネシアを開発し、鉄道をしき、学校をつくり病院をたてた。文明をひろめた」と反駁したとのこと。

竹山道雄さんの謦咳には一度だけ接したことがある。それだけに、遺著の数々を読む際にも、感銘が深くなる。

引き続き、睦月影郎氏の『快楽のグルメ』 (講談社文庫)を読んだ。

「私と経験してみる?」40歳を目前にした平凡なサラリーマン勇司のモテ期は美人上司の冴子からの誘惑で始まった。入社直前の処女学生・早希から発する甘い匂いをラブホテルで堪能し、職場の後輩だった若妻・萌恵の欲望にも応じる。女子大生2人との3P、独身OLとの社内淫行も敢行、男の自信を取り戻す、書下ろし官能小説。

著者お得意のタイムスリップはなく、出世街道から落ちていた中年サラリーマンが、年上の美人上司に抜擢されて、仕事の面のみならず性的な面でも幸運を獲得していくといったサラリーマン性愛小説といったところ。家庭も破壊されることなく、妻との性運も高まっていく。いうことなしのハーピーエンド!

源氏鶏太のサラリーマン小説(良い上司、悪い上司との狭間で闘い、社内のマドンナを仕留める……)に、セックス描写を加味したといった感じ。

ただ、女性にはシャワーを浴びさせないで事に及ぶといった臭いフェチの描写にはあまり感心しないが……。自分ちのトイレの「悪臭」を思えば、いくら美女でも…。

あと、前にもあったので指摘したが、この本でも、オナニーで使用した「ティッシュもトイレに流していた」との記述がある。心ある作家なら、こういう時は、「トイレを詰まらせてはいけないので、ティッシュではなくトイレットペーパーでオナニーの後始末をして、それをそのままトイレに流している」といった記述にすべきでは? ティッシュペーパーは普通は溶けにくく、トイレに流すと詰まらせる原因になりかねない。ある意味で、「反社会的記述」?
アパートなんかだと、何軒かのトイレ排水口を詰まらせることにもなる。著者本人、担当編集者の最低限度の(?)社会的常識が問われる? それとも技術革新で、今は昔と違ってティッシュペーパーもトイレに流せる品質に改良されているのだろうか? だとしたら妄言多謝。

ちなみに、前にもあったというのは、次の本。

睦月影郎氏の『平成好色一代男 清純コンパニオンの好奇心』 (講談社文庫)。
妻とはセックスレスだけど、それ以外とはお盛んな「平成好色一代男」が主人公。会社関係や近所の奥さん相手に楽しんでいくというストーリー。別に短編小説一本付き。さほどの読後感は残らない? 葛藤がないから? 本文中、ティッシュペーパーをトイレに流すシーンがあるけど、これはいけないことでは? トイレに流すのはトイレットペーパーでないと,詰まる恐れが?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「強要」された「教養科目」の科学史の先生が東北弁でなければまだよかったのだが…。なんで私立文系で、生物、物理など自然科学が必修なのかと恨んだのが40年前の今頃……。あのころ、ランダウを知っていれば…。
(2017・6・19・月曜日)




昨日(日曜日)は東京周辺は午前中は曇天。午後から雨が降り出すとの天気予報通りのイマイチ天気だった。雑司ヶ谷で「一箱古本市」をやっているとのこと。しかし、土曜日の鎌倉行きでいささか疲れ、雨天中止にはならず開催されたようだが、行くなら早めと思いつつ、家での雑用が多く、結局行けずじまい。

ともあれ、佐藤文隆氏の『歴史のなかの科学』 (青土社)を読んだ。


内容紹介
長州ファイブ、アインシュタイン、工部大学校、
重力波検出、ニュートリノ・・・・・・
研究者として第一線で活躍し、長らく日本の科学界を見つづけてきた著者が、
社会の趨勢や制度の変化のなかで
時代に寄り添いながら生きてきた「科学」の姿を描き出す。


著者は物理学者。物理といえば「赤点」…と僕の場合なるのだが…。内容紹介には出てこないが、目次をぱらぱらと見ていたら、ソ連物理学、ランダウといった「言葉」が目にとまったので手にした次第。
中身はそういった科学エッセイ。「占領下異物としての学術会議」「『昭和反動』下の”科学”と”科学的”」なんて項目もある。中国のサハロフと言われた方励之との交友なども綴られていた。著者の立場は、まぁ、中庸。特に目を見張るものは、個人的にはなかったが、たまには理系本も…。こういう数式の出てこないエッセイ本ならまだ読める。

数学理科(&英語?)が苦手で、政経と国語(古文は苦手)の二科目だけで(?)、なんとか私立文系(法学部)に合格した我が身。高校一年の時には、理系親父のために理系コースに入っていたために、生物地学ならまだしも物理化学を選択し、四苦八苦したもの。私立文系に入って、さぁ好きな社会科学系の勉強が出来ると思ったら、なんと一年の時は憲法の科目もなし。「教養科目」の「強要」で、保健体育などもあり、あげくのはてには、物理や生物も。科学史は東北弁の先生で、何を言っているかがそもそもわからない。なんでこうなるの?…。ショックから……。

ともあれ、ランダウといえば、思い出すのが、日本の物理学者たちのランダウの主張を歪曲する手法。以下ふたつのブログを再録。



山本義隆、石井保男の回顧録に欠けるものを伊藤隆、萩原遼、タイン・ティンの回顧録で補おう
(2015・11・24・火曜日)



1941年生まれの山本義隆氏の『私の1960年代』 (金曜日)を読んだ。

元東大全共闘代表が、これまで一切語ることのなかった「ベトナム反戦運動」「安田講堂占拠事件」そして「原発問題」等々、平和への思いを綴る歴史的書物!


この人、物理が大好きで東大理学部物理学科に学んだ人。僕は物理が赤点だった人間だから、そもそも頭の造りが大きく異なるのだろうが、「独占資本」だのなんだのといった左翼用語がよく出てくる回顧録だった。


山本氏は、安保闘争やベトナム反戦運動をいまだに正しかったとして回顧しているが、サイゴン陥落後の難民流出や、ベトコンが所詮は北ベトナムの傀儡でしかなかった事実などへの言及が全くないのには疑問を感じた。

いまはなき「ソ同盟」というか、スターリンやソ連の悪口は言えるが、北朝鮮の核開発や人権弾圧や拉致などへの関心はさほど表明したくもないようだ。本書にもまったく出てこない。

科学技術の開発が、軍事的なものがあったということで、戦前の日本はむろんのこと、ドゴールの時代も、ソ連の人工衛星の技術も、ケネディ以降の月有人着陸も毛沢東の核実験も有人衛星打ち上げも「基本的に同様です」と指摘しているのに、そこにひとこと、「北朝鮮の核開発も」と入れればいいのに、書かないのが不可思議というしかない(34頁)。

「ベトナム戦争反対! ベトナム戦争協力拒否!」とやっていたなら、サイゴン陥落後も、「ベトナム難民『排出』反対!」とやればいいのに、ベトナム反戦派は小田実以下、そんな運動もしなかった。なぜなのかは、山本氏の回顧録を読んでも分からない?

北ベトナム側の人間で、元ニャンザン副編集長でありながら、「解放」(陥落)後のベトナムの現状に絶望を感じてフランスに亡命したタイン・ティンの『ベトナム革命の内幕』 (めこん)などを読んだ記憶のある人間として、彼の身内(北ベトナム)に対する批判を無視してベトナム戦争を語ることは許されないことだと思う。

「民族解放とは結果的に占領であり、併合に近いものだった」「悲惨だったのは「再教育」キャンプに送られた旧政府の士官や公務員の姉妹や妻たちだった。「アルミを磨き尽くした」あげく、彼女たちはもはや身を売るしかなかった。そして、彼女たちを買う客の多くが北部から来た官僚たちだった」「再教育キャンプと言いながら、その実態は刑務所で、収容人数があまりにも多いため、各キャンプは劣悪な状態に置かれていた」

ベトナム反戦運動で絶叫した人たちは、この事実にきちんとしたコメントをする義務があるはずだ。

全共闘運動に冷やかだったコウモリみたいな(?)丸山真男批判や原発批判などは、なるほどとも思わぬでもないが‥‥。
日本経済の復活には、朝鮮特需やベトナム特需があった云々と批判しても、所詮は、朝鮮戦争は北朝鮮による侵略戦争。日本が主体的にどうこう責任を問われるものでもない。ベトナム戦争にしても、北ベトナムによる「解放」という名の侵略の側面もあった。

ともあれ、今のベトナムが「敵の敵は味方」といわんばかりに、アメリカにすり寄ったりしていることにも批判の目を向ければいいのにと思うが、それもない。そんな知的限界を感じる回顧録だった。

1932年生まれの伊藤隆氏の『歴史と私――史料と歩んだ歴史家の回想』 (中公新書)はこの前紹介した。共産党から転向した内容で、山本氏とは大きく異なる。双方を読み比べるといいのではないか。

1937年生まれの萩原遼氏の『北朝鮮に消えた友と私の物語』 (文春文庫)は、元赤旗平壌特派員による(そして日共除名)の萩原氏による悩み抜いた末での北朝鮮批判の回顧録だ。こちらのほうに、より感銘を受ける。

伊藤氏、萩原氏のそうした回顧録に比べて、山本氏と似た視点からの回顧録を書いているのは、元国際学生連合のメンバーとして1959年2月にチェコに行き、十年近く滞在した体験を持つ、1933年生まれの石井保男氏だ。彼の『わが青春の国際学連 プラハ1959~1968』 (社会評論社)という本は以前紹介した。以下再録的になるがここに記しておきたい。
著者は東京大学医学部生であったが卒業間際に国際学連に派遣されることになり、大学は事実上「中退」。現地で結婚もし、プラハの悲劇も体験し、その後帰国し復学し医者の資格も取っている。

全学連の一員でもあり、ブントのメンバーであり、帝国主義反対、スターリン主義反対、ソ連、中共の核実験にも反対していたという。左翼陣営の中にあって過激派でもなく日共でもなく「中庸」の立場か?
しかし、1956年のハンガリー動乱の後、自由世界の諸国の学生組織は、この国際学連から離反しているが日本は離脱しなかった(情けない!)。当時は日共もそれ以外の左翼も(石井サンも?)ソ連を根源的に批判することなどなかったからだ。

そもそもこの国際学連は反ナチの精神で結成されたもので英国の学生組織などが中心になっていたとのこと。ハンガリー動乱以降、ナチと変わらないソ連の野蛮が明白になり抗議をしようとする自由世界の学生組織と共産世界の学生組織が内部対立を起こし分裂をしたのだ。全学連は1949年に加盟していたが、結局ソ連批判に与することなく残留。したがって全学連の代表として赴任した石井氏は、国際学連にとって貴重な「人質」、いや「お客さん」というか、自由世界内の貴重な「シーラカンス」と「標本」として存在することになったようだ。

「こうして国際学連は東西両極に割れて分裂した。結果として西側のいわゆる「先進国」の中で国際学連に残ったのは日本全学連ただ一つとなった。皮肉なことだが、そのため国際学連における日本全学連の発言権は圧倒的に強まった」

本来、こういうのは「自慢」ではなく「恥」として認識すべきではないのか。そのあたりの「自虐精神」が著者には欠けているようだ。

60年安保闘争後、全共闘運動や左翼暴力活動などが日本国内で発生するが、その間、著者は外国で生活することになる。どれだけの報酬を得ていたか記されていないが、それなりにお客様として優雅な生活をしていたのではないか。加藤周一程度を「知」扱いするのは左翼陣営共通の認識だが、石井氏もベルリン自由大学に招聘する運動を展開もしている。

キューバに出かけ、ゲバラに会ったりもしている。アウシュビッツで殺害人数が大きく変動している事実(400万→150万)を見て

「その「差」はなんと「250万人」である。ここでもスターリン主義者が「人間」を「物」扱いにしている実態が浮かんでくる。要するに「解放の実績」をおおげさにして政治的に利用する目的でかかげた「数字」で、これはもはや「犠牲者の数」ではなく、政治的な「物」の数にされているのだ。スターリンにとって「250万」の違いなど「たいしたことではない、適当でいい」のだ。同じポーランドで平然と虐行した、あの「カティンの森」事件とまったく同様な「思考様式」である。「ヒトもモノも、たいした違いはない」のだ。日本共産党はこうしたスターリンを崇拝していた」

と綴るあたりはマトモではある。

だが、毛沢東以下の中共の指導者たちが「同じ思考様式」で南京大虐殺を針小棒大にしている事実を認識しているであろうか。無辜の市民を30万(以上)殺害したという嘘は、日本の左翼学者でも後ずさりするようになった。アイリス・チャンの「レイプオブナンキン」を訳出するにあたって、その問題点を日本の学者を使って指摘する本と同時に刊行しようとした出版社の思惑は挫折もした(別の出版社がチャンの本だけを訳出したようであるが)。

だが、捕虜虐待、捕虜といっても便衣兵は別か?などさまざまな視点から冷静に正視すべき歴史的事象をイデオロギーや外交手段として活用する中共の態度を批判してこそ論理的と言えるのだが、左翼の方々にそれを求めるのは八百屋で魚を買おうとするのと同じく困難であろうか。本書もカティンの森事件やワルシャワ蜂起を見捨てたソ連の悪口は書いているのだが。
毛沢東以降の中国の独裁者たちも南京事件による死者(便衣兵などもふくめて)が2万人程度だとしたら「28万人」の違いなど「たいしたことではない、適当でいい」のだと思っているのだろう。この点では、スターリンと毛沢東や彼以降の中国の指導者たちはほぼ等身大の独裁者しかない。

石井氏はこうもいう。
「いまだにソ連の崩壊を目の当たりにしても「社会主義に対する資本主義の勝利などとカラ騒ぎする向きもありますが、むなしい見当違いです。権力の集中独占で利得をむさぼり、社会主義を、特権階級の食いものに変質腐食させた、反人民的な支配政権・党官僚体制の自己崩壊にほかなりません。「社会主義の崩壊」とは全くの別物です。この違いの混同は許されません」と豪語している。

そして「一方の金融資本を本体とする世界の帝国主義勢力はどうか。マーケット至上主義のいわゆるグローバリゼーションで投機集団をのさばらせ、総合的な制御能力を喪失しつつあり、その実態はサブプライム・ローン、リーマンブラザーズ等の破たんや相次ぐ統合合併ゲームとなって露呈されつつあります」と。

東西冷戦は、経済的手法のみを観点とした資本主義と反資本主義との闘いではなく、自由民主主義と全体主義との闘いであったという事実をまだこの人は理解できていないようだ。

「権力の集中独占」「特権階級」というのも「全体主義」特有の産物であった現実を見落としはなるまい。「グローバリゼーション」といっても、コミンテルンほどの有機的なつながりがあるわけでもない。企業間の対立抗争もある。大企業の倒産もリーマン一つとってみても分かるように日常的だ。いまだに帝国主義勢力云々という言葉が出てくるあたりはお里が知れる?

アジアに於いて、アウシュビッツと同様、犠牲者・被害者数を恣意的に水増しする中共当局者の知的レベルを憂い、「権力の集中独占」を維持する体制を憎んでこそ、民主主義者と言えよう。

あと、山本氏の以前の本などに対する感想の再録(一部略あり)

レーニンから疑って何が悪いのか 歪曲されるサハロフとランダウ
• 2011/05/15(日) 05:08:12


 佐々木力・山本義隆氏・桑野隆の三氏による編訳の『物理学者ランダウ スターリン体制への叛逆』 (みすず書房)を読んだ。
こういうソ連の学者がいたことは知らなかったので一読した次第だが、本人の自叙伝かと思っていたら、ランダウに関するさまざまな人(主に海外の人)のエッセイをまとめたもの。理系の人間ではないので、ランダウの物理学での業績の類に関しては無関心故に、本書でのそうした紹介はあまり頭に入ってこない。これは僕の責任。
 だが、ランダウが「歴史的必然」として(?)スターリンのみならずかつては崇拝していたレーニンも拒否するようになって知的に成長したのに、日本人編者たちが、その転向にはいろんな事情があると、ことさら後智恵的にああだのこうだのと釈明しているのが滑稽でしかなかった。

「レーニンの政治理念をも批判した戦後のランダウを皮相と見るか、あるいは、洞察力をもったソヴェト知識人と見るかで見解は分かれるであろう。私見によれば、戦後のランダウのレーニンに関する政治的見解はおそらく両者を兼ね備えている」 (佐々木力氏)とのこと……。ハイハイ。

「レーニンが最初のファシストであることは明白である」「レーニンだって悪事に加わっていたとも言える」「クロンシュタット蜂起を忘れてはいけない。汚らわしい歴史だ。ペトログラードの労働者階級やクロンシュタットの水夫たちも蜂起した。彼らは民主主義的な要求を掲げており、銃撃された……。ファシズム体制だ」「わが国の体制は、私が一九三七年から承知しているかぎり、明々白々なファシズム体制であり、変化などまったくありえない」「この体制が存在しているかぎりは、それが満足すべきものになるであろうと期待しては絶対ならないし、そもそも滑稽ですらある」「わが国の体制の平和的消滅をめぐる問題は、人類の運命の問題なのである」「ファシズムがなければ、戦争もない」「わが国の体制が平和裡に消滅しないならば、第三次世界大戦は避けられず、大惨事になりかねない。だから、わが国の体制の平和的消滅をめぐる問題は、事実上、人類の運命の問題なのである」とランダウは指摘している。おっしゃるとおりではないか。

ソ連全体主義体制を一応平和裡にというか、レーガンの「平和攻勢」「SDI構想」によって崩壊させたおかげで、束の間の「平和」を獲得し全面的戦争のような第三次世界大戦の危機は遠のいた。ランダウのいう通り現実は推移したのだから、これらの発言に加えるべきものはないと思うのだが、進歩的な学者センセイ方はあれこれ述べ立てるのである?
 
山本義隆氏も「ランダウをめぐって 個人的な回想」を記している。

「ランダウやカピーツァに加えられた弾圧をめぐって、当時のソ連社会がどれだけ非民主的で非人道的であったかをあげつらって、それで話が済むものではない。社会主義であろうが資本主義であろうが、第二次大戦後の高度に工業化された軍事大国においては、物理学をふくむ自然科学の研究全般が密接に軍事にかかわり国家の政策に組み込まれているのである。なるほどスターリン体制のような手荒な形ではないにせよ、国家による科学者の動員は巧妙にそして執拗に追求されている。むしろ現在の日本にあっては、強制されているとの意識なく科学者が軍事に協力してゆく体制のほうが現実的にはよほど深刻な問題であろう」 

あぁ、聞き飽きた敗者の遠吠えというのか、ありふれた、どっちもどっち論を展開しつつ、実は共産圏を庇うという下村満子氏の『ソ連人のアメリカ観』 (朝日文庫)以来のサヨクナツメロでしかない。戦後の日本、「現在の日本」にあって、物理学者が政治囚にされて弾圧された「一人のサハロフ」が何処にいたのか、何処にいるのかという質問をするだけで、こういう論の嘘は喝破できよう。

 山本氏は、他にも「戦前・戦中の日本の天皇制ファシズムのもとで共産主義者や宗教家が過酷な弾圧を受けたことは知られている。しかし現実にはここに記されているように、総動員体制の確立にむけて大部分の科学者は抗うどころか自発的に協力していったのである。悪名高いスターリンの強権的政治支配のもとで、辞表を懐に忍ばせてランダウを救出し、さらには核兵器開発を敢然と拒否して野に下ったカピーツァにくらべて、あまりに落差は大きい」とも指摘している。
 
だが、あの過酷な粛清を行なったスターリン体制やソ連の政治体制を「強権的政治支配」というあやふやな表現で弱める手法は、坂本義和氏などの十八番(彼の著作である岩波新書の『平和の軍縮学』を参照されたし)でもある。
「落差は大きい」という表現は、日本では「過酷な弾圧」の治安維持法で死刑になった政治犯はゼロ、一方、ソ連で殺された政治犯やデッチあげで政治犯とされて処刑された数百万(数千万?)単位の死者と比べる時に用いる表現でしかない。
 日本こそ「天皇制ファシズム」ではなく、単なる「強権的政治支配」であったのであり、ソ連こそ「強権的政治支配」ではなく「独裁制ファシズム」であったと言えよう(あれだけ「コミュニスト」やその同志を殺害した点で「反共型」ファシズムであったとみなすことも可能になるかも?)。

 「核兵器開発を敢然と拒否して野に下ったカピーツァ」がランダウのために闘ったといっても、ソ連は核兵器開発を実際にはなし遂げたのであり、例外中の例外でしかない存在をことさら崇めたところで何の意味があるのだろうか。山本氏のこういった文章は科学者にあるまじき、単なる感情論でしかなく、失笑を禁じえない。
せっかく、レーニン=スターリン主義と闘ったランダウを、結果としておとしめる結果となっている。編者たちの知的能力に疑問を呈するしかない。日本の科学者の政治的偏見と限界を物語る一冊であった。

関連書としてリワノワの『ランダムの素顔 現代物理学の万能選手』 (東京図書)、マイヤ・ベサラプの『ランダウの生涯』 (東京図書)なども手にしたが、こちらも版によって若干の異同もあるようだが、また行間に若干の工夫はあるようだが、おおねむ限界状況下における表面上の評伝でしかないようだ。みすず本などに「衝撃を受けた」という青木薫氏訳の『物理学に生きて 巨人たちが語る思索のあゆみ』 (ちくま学芸文庫)もいまひとつか?

 みすず本にも登場しているが、 『別冊日経サイエンス』(148号)に掲載されたゴレリクの「獄中の天才ランダウの闘い」という論文の方が、みすず書房本の日本人論者よりはるかにまともだ。ランダウの苦悩、真の勇気と懐疑について踏み込んで論及しているではないか。日本人「科学者」の余計な序文や総論解説や訳者あとがきがなければ,もっといい本になっていただろう。もしくは、それはもう少し科学的思考のできる解説者が書けばよかったのにと思う。

かつてサハロフの書いた核兵器に関する論文の趣旨を歪めて紹介した新聞社があったかと記憶している(島上哲氏論文「朝日新聞が歪曲したサハロフ論文」諸君1983年10月号)。サハロフが核軍縮を進める上で、先ずはソ連の核軍縮が必要と説いていたのに、西側の一方的核軍縮こそが必要であると主張していると報じたのは違っているという趣旨だったと記憶している。
丸い図卵も切りようで四角にみせようとする人々の論に惑わされないようにしたいものである。


サリドマイドと放射能--原発をめぐる手塚治虫氏、小林よしのり氏、山本義隆氏、ラッキー博士……各者各様の論議から分かることとは?• 2011/11/19(土) 05:41:59

  最新号の雑誌「サピオ」を見ていたら、小林よしのり氏が、保守派の原発容認・肯定論を批判し、放射能が身体にいいといった論を批判していた。若干、そうかな?と感じるところもあったが、おおむね、なるほどと思いつつ一読した。

 一方、山本義隆氏の『福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと』 (みすず書房)は、チェルノブイリやソ連のことはあまり論じなくて、もっぱらアメリカの核戦略やそれと連動した自民党内閣時代の原発推進政策をやりだまにあげている。核武装肯定の岸信介や福田信之(元筑波大学副学長・物理学者)などを批判。そして、使用済み核燃料の再処理に固執していた日本の姿勢は、「アジアの諸国にきわめて危険に映っているであろうし、まちがいなくアジアに緊張をもたらすものである」と。
 そうかな? 北朝鮮の方がもっと問題だと思うけど、そういう指摘や比較論はしたくないようだ?
 
ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

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