古本虫がさまよう 事件
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「遺された親たち」の思いを考えれば、死刑廃止論なんてナンセンス
(2017・10・9・月曜日)




単細胞的(?)な死刑廃止論者に見せたい番組が今晩(2017・10・9)あった。「人権問題」に真剣に取り組んでいる(?)TBSならではの番組「マサカの事件」「名古屋闇サイト殺人事件から10年…娘の命奪われた母が語る真相」「愛娘が最期に残したメッセージ」「2960」…。

実際にあった酷い殺人事件の被害者の母親もしばしば登場しつつ、再現ドラマとして描かれたもの。何の落ち度もない被害者。闇サイトで知り合った前科者が安易に起こした殺人事件。

細かい記憶はないが、事件が発覚した時、こんな奴は死刑にしてしまえと思ったものだ。しかし、裁判官たちや弁護士たちが、人を一人殺しただけでは死刑はやりすぎ云々との議論を展開することが多い…。そのことを知った母親は極刑を求めて運動を展開していく。2960は「にくむわ」の意味。偽暗証番号として2960を言ったのは、被害者女性のメッセージでもあった。

ドラマでは、犯人の一人が「某大新聞」の拡張員だった云々なんてことは出てこなかった?

ともあれ、この事件を描いた、大崎善生氏の『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』 (角川書店)は、読みかけたものの、半ば積んどくしたままだったが…。この番組の参考文献でもあったようだ。

原裕司氏の『殺されるために生きるということ 新聞記者と死刑問題』 (現代人文社)なる本がある。これは朝日記者が死刑問題についての取材をしてまとめたものだが、死刑囚が死の恐怖といかに闘っているかなどを主に綴った代物。要は死刑反対論本。死刑を望まないといった稀にある被害者の声を後生大事(?)に紹介したりしていた。
まぁ、それも「言論の自由」ではあろうが、ごく普通の人間の情を無視した、本当の意味での「天下の大暴論」的な内容だったと記憶している。

こんな計画的殺人事件でなくとも、飲酒運転などによって交通事故で人殺しをする輩だって「死刑」にしてもおかしくはあるまい。同じく朝日記者の佐藤光房氏の『遺された親たち』 (あすなろ社)を読めば、名古屋闇サイトの加害者と同じレベルの「加害者」が多々いることに気付く。佐藤氏自身、暴走ダンプに娘を殺された体験を持っている人だった。「明日は我が身」…。他人の不幸には同情心を持ちたいもの。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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無垢の少女を狙う変態にご注意を、そして死刑を!
(2017・4・15・土曜日)





松戸の小学生(ベトナム人女性)を殺した疑いで近所の中年男が逮捕されたとのこと。昨夜少し遅く帰宅して知った。犯人はタバコを吸っていたとか?
ともあれ、益田ミリ氏(マンガ)&武田砂鉄氏(文)の『せいのめざめ』 (河出書房新社)を読んだ。

内容紹介→修学旅行の夜、プールの授業、夏休みの遭遇、授業中の手紙……あの頃、同じ教室にいた男子は、女子は、何を考えていたのだろう?とてつもなくまぶしくて奇妙で、もやもやしていた日々を異色のコンビが描く。
「知らないことを想像で補おうとする姿が最高に面白くて笑った。そして、教室で戯れる女子達を思い出して切なくもなった。」
……又吉直樹さん(芸人)
「膨らみはじめた胸の痛み ブルマーの心許なさ バカ男子への嫌悪感と恋心……恥ずかしい記憶が次々とよみがえり 胸の奥がくすぐったくてたまらなかった。」
……菊池亜希子さん(女優・モデル)
ーー10代は性の謎の中にあるのです
性の謎というのは一度に解けるものではなく、コツコツと情報を集めてきて自分なりに組み立て、理解していかなければなりませんーー(本文より)
10代の性の知識は自由、かつ大胆不敵。♂・♀それぞれの立場から妄想と憧れの日々を描いた問題作!
修学旅行の夜、プールの授業、授業中の手紙、夏休みの遭遇…あの頃、同じ教室にいた男子は、女子は、何を考えていたのだろう?とてつもなくまぶしくて奇妙で、もやもやしていた日々を異色のコンビが描く。


十代のころの「性のめざめ」を、マンガと文で綴ったもの。武田氏は1982年生まれだが、意外と(?)それより20歳以上年上の僕の世代と同じような「エロ」環境…。エロ本やエロビデオを隠しもって、親や教師に隠れて読んだり見たりする体験などが綴られている。益田氏も1969年生まれだが、援助交際などとは「無縁」のウブな女子中高校生的な想像力の世界を描いている。ある意味で「紋切り型」というか、普遍的というか?

この前紹介した森林原人氏の『セックス幸福論 偏差値78のAV男優が考える』 (講談社文庫)、エロ体験がなくてもエロ知識が豊かな少年がクラスの人気者になったりも…。女子中高生相手に、アソコを見せびらかすような手合いと遭遇したりも(これって古典的で、我が妻も、小学生の時、似たようなことに遭遇したとか?)。

それにしても、10代になる前のヒトケタの世代は、こういう問題に関してはさすがに無知無垢状態なのでは。そういうところにつけこんで、悪さをする輩には厳罰しかないだろう。ベトナム人少女の父親は、娘の命を返せないなら、その罪を償うべきだとも語っていたようだが、目には目を、歯には歯をなら、命には命をとなるべきだろう

以前、死刑廃止運動を展開している人権団体にも関与している、ある有名な画家が、「あの人たちの運動は理解できるけど、子供を殺害するような輩はやはり死刑にすべきだよ」と語っていたのを聞いたことがある。たとえ「一人」殺しただけでも、もし、あの男が犯人だとしたら、冤罪の恐れのない決定的な証拠があると確定したなら、死刑にすべきだと思う。変態にもホドがある。エロ雑誌をコーフンして読むのは何の罪でもないが…。28歳の兄嫁や隣家の美人未亡人にコーフンするのも…?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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あの植松聖は漫画「夜光虫」を読んだだろうか?
(2016・9・12・月曜日)






赤田祐一氏&ばるぼら氏の『定本消されたマンガ』 (彩図社)を読んだ。


本書では、作者の意志とは無関係に、何らかの外的要因によって市場から抹殺されてしまった「消されたマンガ」を60本超取り上げている。
人食い人種が登場する『サザエさん』やロボトミー手術が問題になった『ブラック・ジャック』などの誰もが知る作品から、
全ページから盗用が発覚した『メガバカ』、原発ネタの超ブラックな作品『ラジヲマン』などの知る人ぞ知る問題作まで網羅。
本書を読むことで、マンガと社会の新しい関わり方を垣間見ることができるだろう。
本書は、2013年に鉄人社より発売され、大きな話題を読んだ『消されたマンガ』の情報を改定し、文庫化したものである。



連載中止にいたった当事者へのインタビューや裏話なども収録されており、大変面白い内容だ。へぇ、そんなことがあったの? という例も多々あった。「ハレンチ学園」への批判などは、当時小学生で、スカートまくりをまねしてやっていて、叱られた体験を持っているだけに……。「ハレンチ学園」による悪影響はあっただろうなぁ……。ああいう牧歌的な漫画に比べて、あどけないキャラクターっぽい漫画だと思いきや、激しい性描写のあるコミックを未成年向けに出すのにあたって、一定の制限を設けるのは許されるものかな…とは思わないでもない。微妙?

 1976年から「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載されている長寿マンガ「こちら葛飾区亀有公園前派出所(こち亀)」が、約40年におよぶ連載に幕を閉じることがニュースとして流れたが、このマンガも「消えた」ものがあったそうな。

ともあれ、「アカイアカイアサヒアサヒ」の「朝日ジャーナル」回収やら有名な例も出てくる。 「夜光虫」という篠原とおる氏のマンガ(1979年9月5日号の「ビッグコミックオリジナル」掲載)は、障害者を子供に持つ夫婦の重荷を減らしてやるべしと、点滴に薬品をまぜて殺害するといったマンガだったそうな。原作は「柿沼宏」という詳細不明の人物だったそうな。掲載直後から、障害者団体などから猛抗議を受けて謝罪することになったそうな。

障害者殺しを人のため世のためと称して最近やった男のことを想起もさせられる。神奈川・相模原市緑区の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた“19人殺害事件”の「犯人」である、同施設の元職員・植松聖は、26歳というから、このマンガをリアルタイムで読んだことはないのだろうが……。

そのほか部落差別や障害者差別や、業界団体からの反発や、性描写の問題で警察からの追及やら、さまざまな批判を前にして、謝罪や釈明や回収やらと。雑誌に掲載はしたものの、単行本には収録しなかったり、改変を余儀なくされたり…と。パロディのつもりの「サザエさま」というマンガの原案をテディ・片岡こと片岡義男氏が書いていたとか……。へぇ~知らなかったといった話も出てくる。


赤田祐一氏&ばるぼら氏の『20世紀エディトリアル・オデッセイ 時代を創った雑誌たち』 (誠文堂新光社)は以前紹介ずみ。
内外のさまざまな雑誌を紹介した一冊。米沢嘉博氏のコレクションなども紹介されている。マンガやビジュアルな雑誌やエロ系も‥‥。大伴昌司のお母さんのインタビューなどが面白い。102歳当時のもの(死去)。資料として役立つ本。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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平成の2・26事件か? さらば「芳林堂書店」&「ウイル」?
(2016・2・26・金曜日)





2016・2・26の午後、 「芳林堂書店」(東京都豊島区)が破産したとのニュースが流れた(ほかにも、ウイルの花田紀凱編集長が、「編集方針の違い」で、ワックから飛鳥新社へ移籍との記事が同日産経朝刊、同日夕刊フジにも出ていたが‥‥)。



「WiLL」編集部 まるごと電撃移籍 花田氏「前例ない挑戦は面白い」
2016.02.26
. 保守系の月刊論壇誌「WiLL」(ワック)の花田紀凱(かずよし)編集長(73)が飛鳥新社に移籍することが26日、関係者への取材で分かった。移籍先で「WiLL」の発行を続けるため交渉を続けている。
 花田氏は3月にワックを退職。3月26日発売の5月号がワック在籍中に手がける最後の号となる。花田氏を含め現在の「WiLL」編集部員6人も同時に移籍し、同誌の路線を引き継いだ雑誌を作るという。
 花田氏は、夕刊フジの取材に対し、移籍の理由を「編集方針の違い」と明かした。雑誌名の残存に向けてワック社と協議を続けているという。
 出版界でも異例の編集部まるごとの“移籍”だが、花田10+ 件氏は「前例のないことに挑戦するのは面白い。がんばりたいと思う」と話している。
 一方、ワックでも、「WiLL」の発行は編集長を交代する形で継続を検討。後任には同社の隔月刊歴史雑誌「歴史通」編集長の立林昭彦氏が就任予定という。
 花田氏は文芸春秋で「週刊文春」編集長などを務め、同誌の部数を総合週刊誌トップに押し上げた名編集者として知られる。1996年に文春を退社し、朝日新聞社、角川書店などを経て2004年から「WiLL」編集長。夕刊フジでも毎週水曜日に「天下の暴論+」を連載している。




都内駅周辺や埼玉、神奈川などに店舗を展開、「芳林堂書店」(東京都豊島区)が破産
帝国データバンク 2月26日(金)14時29分配信
 (株)芳林堂書店(TDB企業コード980463409、資本金2000万円、東京都豊島区西池袋3-23-10、代表齋藤聡一氏)は、2月26日に東京地裁へ自己破産を申請し、同日付で破産手続き開始決定を受けた。
 申請代理人は西村賢弁護士(港区虎ノ門4-3-1、成和明哲法律事務所、電話03-5405-4080)。破産管財人は安藤真一弁護士(千代田区六番町15-2、みつば総合法律事務所、電話03-3511-1836)。
 当社は、戦後、古本販売業を目的に個人創業され、1948年(昭和23年)3月に法人改組した書籍小売業者。71年にはJR池袋西口に芳林堂ビルを建設し、旗艦店となる池袋本店をオープン。その後も都内を中心に出店を進めて業容を拡大し、99年8月期には年売上高約70億5000万円をあげていた。
 しかしその後は、長引く出版不況と相次ぐ競合大型店の出店から売り上げの減少が続き、2003年12月に池袋本店を閉店、2004年1月には芳林堂ビルを売却した。以後も店舗のスクラップアンドビルドを進め、近年はエミオ狭山市店をオープン(2014年8月)させた一方、津田沼店(2014年5月)、センター北店(2015年4月)、汐留店、鷺ノ宮店(ともに2015年9月)を閉店。近時は、高田馬場店、コミック本専門店の「コミックプラザ」(豊島区西池袋)など都内4店舗、埼玉県5店舗、神奈川県1店舗の計10店舗の直営店展開となっていたが、2015年8月期の年売上高は約35億8700万円にダウン、厳しい資金繰りを強いられていた。
 そうしたなか、2月5日に主力仕入先である書籍取次の(株)太洋社(東京都千代田区)が自主廃業も想定し、会社の全資産の精査などを進める方針を明らかにしたことで動向が注目されていた。負債は約20億円。なお、当社は商号を(株)芳林堂書店から(株)S企画に変更して自己破産を申し立てている(2月26日時点で商業登記簿上では商号変更されていない)ほか、(株)書泉(東京都千代田区)に事業譲渡することで合意に至っている。



芳林堂書店については、つい、この前も家人が、この高田馬場店に寄ったところ、3階のエスカレーター前のところに「新刊本の配本はもうしない」といったような趣旨の貼り紙がしてあって、「なんなの?」と言っていたものだった。

本欄でも、高田馬場のこの店のことは取り上げたことがある。なにしろ、僕の記憶では、学生時代にビッグボックスの古本市に寄ったりしたついでに、ここにもよく入ったことがあるが、そのときの本の置き場のレイアウトが爾来まったく不変のように感じたものだった。少なくとも30年近く不変では。いつ、行っても、どこに新刊があるか、などが不変だから利用者としてはある意味で便利。片隅に古本コーナーを設置したりしていたが、そこにはあまり客がいた気配はなかった。
この前、高知の金高堂書店(朝倉ブックセンター)に寄った時も、片隅に古本コーナーがあった。三省堂書店(神田)にもある。東京堂も今の店舗の向かいにもう一軒店を構えていた時、「古本コーナー」もあった。
この前、閉店した神戸の海文堂書店にも二階奥に古本屋コーナーがあって、立ち寄ったこともあった。店員だった平野義昌氏の『海の本屋のはなし 海文堂書店の記憶と記録』 (苦楽堂)は積んどくだが‥‥。芳林堂書店の元店員による『街の本屋のはなし 芳林堂書店の記憶と記録』といった本もいつか出ることだろうか?

でも、新刊書店内に、古本コーナーや文房具売場や喫茶コーナーを設置するのは、ある意味では邪道なのかもしれないが、客層を拡大するには必要なのかも。閉店するよりは、書籍コーナーが縮小しても、そういう多角化経営をして生き残るほうがまだいいのかも‥‥。

昔昔、芳林堂書店といえば、立教大学寄りの池袋店のほうにもよく通った。池袋周辺の数軒の古本屋(これも少し消滅)に寄ったついでにここへ。長方形型の細長い店舗だったかと。一杯本があった。左翼系の怪しい新聞や雑誌も置いてあった。上の階には喫茶店や古本屋もあった(ちょっと文庫なんか高めだったか?)。

芳林堂書店は高田馬場と池袋の店しか知らないが……ほかにも店舗があったようだ。

それにしても、さらば「芳林堂書店」よ。そういえば、最近、新宿御苑近くの模索舎にも何年も行ってないなぁ。
しかし、芳林堂書店と同じように「倒産」した青山ブックセンターはいまも六本木や表参道でやっている(のでは?)。このあたり、どうなっているのやら?

新刊書店といえば、この前,所用があって、代々木上原に久しぶりに出かけた。代々木上原駅前(南口)にある新刊書店として有名な「幸福書房南口店」にも久しぶりに入った。そんなに広くない店内だが、単行本コーナーにはみすず書房などの本がズラリと並んでいる。駅前のこういう小さな新刊書店で、こういう品揃えは、そうそうはない。代々木上原は高級住宅地で住民のレベルが高いから? 北口店はあるのか? ただ、特定嗜好分野の本は置いてないようだ。幸福の科学とも無関係のようだ? ジキル系新刊書店……。買いたいものはあいにくなかったが……。

駅の北口のほうにある「ロスパペロテス」(古本屋)にも久しぶりに寄った。
カルチャー、芸術関連の古本、古雑誌が多い。買いたいものはなかったが。

その時、所用のために、知人宅(マンション)に。有名作家の御殿のような一軒家も近くにあった。この知人宅、ううむ、シンプルハウス。玄関には靴しかない(当たり前? 我が家は玄関先に本棚などが乱立し、靴箱には靴ではなく本が入っている)。
廊下も廊下でしかない(我が家は、廊下にも本棚などがある)。リビングには大型テレビとソファがあるだけ。天井にはBOSEのスピーカー。ううむ……。テレビ台の中には、さりげなく十数冊の文庫が入っているようにみえる。それから先の奥の部屋は拝見していないが……落ち着いた感じの室内空間である。

それにひきかえ……。我が家ときたら……。古本屋敷、古本ルーム、まぁ、いろいろと言い方はあるにせよ、普通の人間が住む部屋、家でないのは間違いのない事実。

先日も、「あんた、死んだらどうするつもり」と古女房に責められた。「65歳から整理するさ」と。「そうだ、古本屋をやろうか? チビチビとネット古本屋で売っていけば、小遣い程度になるかもしれないぞ。リスが冬に備えて、その前までドングリを土の中に隠し餌がなくなったら取り出して食べるように、せっせと今のうちに古本をため込んで、それをあとで売れば、「優雅な老後」が可能になるぞ」…と言ったのだが……。

まぁ、人生何が起こるか? 大企業だったシャープも「目の付けどころがシャープでしょ。」なんて広告をよくやっていたことがあった。宣伝に起用する女優があまり好きなタイプではなかったので、どこがシャープなのかしら?と不思議に思っていたが、案の定? 我が家には、 ココム違反の東芝機械を子会社に持つ東芝の製品はあまり見当たらないし(80年代からなるべく買わないようにしてきた)、シャープもどこにもないような気がする。なぜか古女房は「日立」を買ってくることが多い。パナソニックもあるが。

とりあえず、数年ぶりに前後賞で6億当たる可能性のあるグリーンジャンボ宝くじでも買おうかなと。それって、3年以内に金王朝が崩壊し、北朝鮮がより民主的な国家になり、拉致家族が帰ってくる可能性より、高いか低いか? アメリカ大統領にサンダースかトランプか、どちらかがなる確率より高いか低いか(少なくとも英国労働党党首に極左の党首が実現したことを考えれば、その可能性はゼロとはいえまい?)。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「防災」と「防衛」は同じ覚悟、「ネバーセイネバー」で対応すべき 
(2015・9・11・金曜日)




鬼怒川氾濫などに伴うニュースを見ていると、防衛と防災は同じ ということが分かる。
2015・9・11のNHKの夜7時半からの番組などを見ていると、 「ネバーセイネバー」の原則を認識できない人が、避難勧告を軽視し、土壇場であわてて避難して一命を得た事例などが紹介されていた。

3・11の大地震の時の「津波」を軽視していたのと同じような事例といえようか。

最近、近所で、右側通行する頭のおかしいとしか思えない(?)自転車利用者をよく見かける(こういう人がいると、曲がり角で、自転車どうしの正面衝突事故の発生する確率が上昇する)。この前、平日夕方以降、新宿の雑踏を歩いていたが、人込みの横断歩道で「スマ歩」している馬鹿がウヨウヨいたのには唖然とした。
自らの安易な行動がいかに「危険」かを理解できない点で、避難勧告を無視して自宅に留まっていた手合いと五十歩百歩といえるかもしれない。危険を認識できない愚者のために、防げる事故などが発生し、そのために余計なエネルギーを浪費するのは無駄というしかない?

自衛隊などのヘリコプターで救助された人の中には、そうした愚者も何%かいたのかもしれない。ちょっと同情にあたいしないような例もあるのかもしれない(勿論、あっという間故のことで、逃げる暇もなく、同情にあたいする例がほとんどであろうが)。

ともあれ、防災と防衛。
独裁国家が奇襲攻撃をする例は、過去の日本の軍国主義を批判する人なら十分認識しているはず。「窮鼠猫を噛む」ということも人間社会にはありうる。

防衛と防災は同じ認識で、「ネバーセイネバー」の精神で、考えられないことまで十分に考えて注意をすべきだろう。安保法制の整備にしても、堤防の整備にしても、やるべきことをやっておくにしくはない。
安易な甘い認識は、墓穴を掘るだけ。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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