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2018'07.09 (Mon)

『PTA不要論』 を言うならば『給食不要論』も言うべきかな? どちらも「選択の自由」を行使しても大丈夫なはずだから? 『PTA不要論』 を読んだら,次は関連書としては、 『ある日うっかりPTA』 『お色気PTA ママたちは肉食系』 『PTA 担任教師と母娘』 を読むべきか?







『PTA不要論』 を言うならば『給食不要論』も言うべきかな? どちらも「選択の自由」を行使しても大丈夫なはずだから? 『PTA不要論』 を読んだら,次は関連書としては、 『ある日うっかりPTA』 『お色気PTA ママたちは肉食系』 『PTA 担任教師と母娘』 を読むべきか?(2018・7・9)



黒川祥子氏の『PTA不要論』 (新潮新書)を読んだ。


任意団体に過ぎないのに、強制加入のように思われ、共働きで多忙なのに、つまらない会議ばかりやっていて、時間を取られ大変な思いをしている女性が多い…と告発した感じの本。

産経新聞の土曜日の書評欄に、担当編集者が自分が担当した本を紹介推奨するコーナーがある。この黒川さんの本を少し前のその欄で紹介されているのを読んだ記憶がある。ただ、少々変だったのは、担当編集者が「匿名」だったこと。この本を担当した人も、女性で、自ら体験したPTAに関する不愉快な思いを著者にも伝え、活字化されているので、名前を出すと拙いと判断してのことだったのかもしれない。

ともあれ、昔から、PTAは「パーとトンマの集まり」と思っていたので、著者の言い分にはふむふむなるほどと思うところも多々あった(このイニシャルの当て字って、川上源太郎さんの『学校は死んだ』や『親の顔がみたい』に出てきた話だったか? ちょっと記憶が曖昧だが)。

ただ、個人的にはあまり評価していない(?)木村草太さんのような憲法学者に依拠しての論の進め方にはあまり感心はしないけど?

それとPTAに参画しない、この組織に「一円」も払わないと決断したなら、PTA主催の大会などにも原則参加しないという「孤高」を親も子供も貫くべきだと思うが、そういう時には、「差別待遇」云々で裁判沙汰にまでするのを肯定する筆致にはちょっと疑問を抱いた。

労働組合に加入しなければ、当然、労組が主催するサークルなどには参加しないというポリシーを持ってしかるべきだと思う。まぁ、そういう労組が会社と労働条件を交渉して決まった賃上げ等々に関しては、労組員も非労組員も同様の措置を受けるというのはありえると思うが……。

また、『PTA不要論』 の次には『学校給食不要論』もあっていいかと思うが、PTAがそういう給食見直し論を展開しているのには、著者は疑問を表明もしている。

また、PTAにもいいところがあるというのは教育勅語にもいいところがあるというのと同じ理屈であり、ナンセンスだという識者の意見を肯定しているかのようだ。でも、それはちょっと言い過ぎかもしれない。スターリン、金日成にだって、いいところは消費税率ぐらいはあったかもしれないから。教育勅語にだって、いいところもあるだろう。なかなか百%悪というのはありえないのでは…。麻原も? うううむ…。

給食だって、ありきたりの「平等食事」はいやだ、アレルギーもあるからという家庭があってもいいではないか。昔に比べれば効率のいい炊飯器や電子レンジもある。コンビニ弁当だってある。弁当を作る手間隙は激減。昔は子供も多かった。何人もいる子供の弁当を作るのは、タイマーもない炊飯器では大変? でも、今はせいぜい、一人、二人、三人…。

親が作った弁当やコンビニ弁当が「学校給食」(大阪堺などで、よく食中毒などを発生して、児童を殺したこともあったよね?)より不衛生で危険だと決めつけるのは、PTA絶対必要論者同様、観念的な独善主義者の可能性が高い。

我が家でも妻が「長」のつかないレベルのPTAの役員をやったことは1~2回はあったそうな。パート労働者だったので、本書で出てくるようなフルタイムの女性労働者に比べれば、さほどの負担ではなかったのかもしれないが…。

まぁ、「パーとトンマの集まり」には、最初から参加しませんというのは一つの手ではあろう。一応入っていて、どうしても強要されそうになったら、脱会しますと言えばいいのかも。

ただ、会長なんかになりたがる人もいるようだ。政治家になろうと思う人なんかは、箔付けにもなるし、人脈形成にも役立つからか? そういうヒマ人で構成されればいいのだが。

本書でも、不動産収入があって、日中、汗水流して働かなくてもいい、余裕のある人が参画する例も少なくないという。松戸で誘拐殺人犯として逮捕され裁判中の男の話も本書には出てくる。この前、死刑を求刑されたのに無期懲役が地裁で下った(僕が裁判官なら、こんな奴、もちろん死刑判決を下すが…)。この人、保護者会の会長という立場だったそうな(PTAと保護者会とはちょっと違うようで?)。

こういう、「ブルジョワ」みたいなオッサンが会長なんかにうってつけの人物であるそうな。

あと、おや?と思ったのが、占領時代とPTAについて論じているところで、この『教育情報局(CIE)』が、PTAを奨励して普及していったと論じているところ。

この『教育情報局(CIE)』が「反共・反ソの立場を取る」と著者は指摘している。まぁ、教育基本法を強制したりしたのだから、「反ソ反共」といった決めつけもいかがなものかなと。イールズ旋風のイールズが顧問をやっていたから、共産主義者や容共リベラルたちは敵視しているのかもしれないが…。 「反ソ反共」なら、普通は「ナイス」では?

そういった、ちょっと単純な左巻き的(?)な決めつけが随所にある本だけど、まぁ、「パーとトンマの集まり」に参画したくないという気持ちは理解できないことはない…。

僕も高校や大学で、「パーとトンマの集まり」みたいな(?)民青や創価学会なんかに勧誘されても入らずにすんだし。あれも「任意」サークルだろうし……。強制加入はいかんよね。

「大学生協」だって、入る入らないは自由だったか? 民コロ、いや、特定「左翼」政治勢力と結びついているところの大学生協は「入会金」も高くて、割引率も低くて嫌だったけど、我が母校はそうではなく、わりと会費も安くて書籍の割引率もよかったかと。雑誌は15%引きでしたよ。だったら入ってもいいかと入ったものだった。

そのほか、ボランティア活動やクラブ活動も同様。あれも、青春の思い出として精を出すのが有意義だと見る向きがあるけど、そんなのしたくもないと思う人もいていいはず。

僕なんかタダ働きでしかない(?)ボランティアや、どうでもいい、集団徒党としてのサークル活動をする暇があれば、家で好きな音楽を聴いて、本を読んでいるほうがいいと思う性分。ツマラナイ「同調圧力」には屈しないほうなので…。その点のみ、著者の主張に若干の共鳴を抱くけど……。それ以上のものはなし。

学校での清掃活動とか、そういう全員参加型の「義務」の履行はもちろん大事なこと。だけど、アフター5ならぬアフター3(午後3時以降)は、塾に行こうが、クラブしようが、まっすぐ帰宅しようが自由なはず。高校生がクラブ活動をしないのはおかしいと息巻くリベラルな同級生が当時いたが、冗談はよせよと思ったものだった。

昔、社会人になってから寮生活をしていた時、どうでもイイことをアフター5に、議論し合おうなんていうのが好きな奴がいて、閉口したことがある。議論しても意味のないようなことを議論しようとする人が世の中にはいるのだ。本書でも、PTAの会議などがそんな感じだったようだ。その点は同情も覚えた次第。

まぁ、こういうマジメなPTA論の本を読んだあとは、霧原一輝氏の『お色気PTA ママたちは肉食系』 (二見文庫) でも読んで、お笑いでも?

(こんな内容)→赴任二年目の新任教師・崇士は、小学校のPTAを二分する派閥争いに巻き込まれることに。清楚な美人妻・慶子派とワイルドな社長夫人・珠実派──各陣営のお色気たっぷりな母親たちからさまざまな形で誘惑され、PTA行事の議決に圧力をかけられるが……。豊満な肉体が行間で躍りまくる書き下ろし官能エンターテインメント!

なかなか面白そうではないか?

グレッグ・オーアの『PTA 担任教師と母娘』 (フランス書院ノベルズ) もいいかも?

知らなかったけど、「PTA」って、「兄嫁」「未亡人」「女教師」「看護婦」「スチュワーデス」ほどではないけど、一定程度の「職業(分野)」として、「特定嗜好分野」の小説の世界では、流通しているようだ。

安達瑶氏の『暗黒調書: 闇猫・冴子』 (徳間文庫)は、PTAを舞台にしたサスペンス小説、杉江松恋氏の『ある日うっかりPTA』 (角川書店)なんてノンフィクション本もあるそうな。そのほか…映像部門ではもっと楽しそうな作風も?…。一冊の本を読むことによって、枝葉のように関心が広がっていく…。読書は愉しい?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

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06:25  |  教育  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2018'05.20 (Sun)

「文系バカ」や「道徳観念ゼロ(の)バカ」が、日本をダメにする!? こんな国難を救えるのは誰か? 公共の場所で他人に迷惑をかけるような「不良バカ」にはならないようにしたいもの。


「文系バカ」や「道徳観念ゼロ(の)バカ」が、日本をダメにする!? こんな国難を救えるのは誰か? 公共の場所で他人に迷惑をかけるような「不良バカ」にはならないようにしたいもの。
(2018・5・20)






昨日(土曜日)は、神田の古書会館で、河野一郎氏の『日本の将来』 (恒文社)、蛭川幸茂氏の『新落伍教師 蛭公随想録』 (KMアーツ)、比留間英一氏の『八兵衛捕物帖』 (旺文社文庫)を購入。

そのあと、新橋SL広場前の古本市に行こうかと思ったが、仕事もあったので断念。
主催者のせいではないが、広場会場周辺のビルから垂れ流されている音楽やコマーシャルの音声が煩いし、「青空喫煙助長コーナー」から周辺に拡散されるタバコの悪臭は酷いし、不愉快にさせられる「空間」にはあまり足を運びたくないもの。港区の環境行政がもう少ししっかりしていればいいのに?

古書会館のあと、古本屋街に行く暇はなく、仕事場で少し仕事…。そのあと、帰宅途上で、久しぶりにつけ麺(中盛・730円)。美味い。
帰宅してからも書類整理やら…。
いろいろと読んだ本がたまっている(読んでない本はもっとたまっているが…)。

髙橋洋一氏の『「文系バカ」が、日本をダメにする なれど"数学バカ"が国難を救うか』 (ワック・WAC BUNKO) はその一冊。

ご自身の「神童」ぶりから話は始まる。教科書を4月新学期に手にしたら、たちどころにその内容が頭に入り覚えてしまえたというのだ。中学生の時に数学に関していえば、東大入試レベルの問題を解くことができたという。理系はむろんのこと、暗記科目の社会科なども得意だったようだ。
物理が赤点で追試だったり、数学も中学時代は赤点で追試体験者だった「文系バカ」の我が身からすれば……。いやいや、髙橋さんも国語はそんなに得意ではなかったとのこと。

彼の敬愛する数学の天才・小平邦彦さんとて『ボクは算数しか出来なかった』 (岩波現代文庫)という題名の本を書いている。天才でも、得意な科目・分野があれば、苦手な科目・分野もあるのだ。大事なことは、何が得意で、何が不得意かということを見極めて長所を伸ばすように努力すればいいのだと説いている。同感。

ところが、東大法学部を出て大蔵省や朝日新聞に入ったら、俺は村一番の秀才、そして天下の秀才と勘違いする向きもあるそうな。経済のことも分からないでいて、法学部出身者が「財政」を取り扱うのには無理があったと髙橋さんは指摘もしている。ご自身は、東大は東大でも、数学科。そして経済学部へ。理系知識が豊富故に、大蔵省(財務省)で財政などの仕事をする上で役立ったという。それはそうだろう。

にもかかわらず、威張ったりするのが大蔵省官僚に少なくなかった。いやいや、朝日新聞のようなマスコミにもいるようだ。そのアタリは、朝日OBの川村二郎氏の『学はあってもバカはバカ』 (ワック・WAC BUNKO) が詳しい。
バカはバカでも、「文系バカ」や「タダのバカ」は完全なバカ。数学しかできない「バカ」でも、「専門バカ」はそれなりに役立つこともあるそうな。それもそうだろう。
まぁ、人それぞれ。「教養」や「価値観」もそれぞれ。自分の特殊な得意分野が普遍的価値を持てば儲け物?

渡部昇一さんの『知的生活の方法』 (講談社現代新書)はもはや古典的作品。髙橋さんのこの本も、ある種の『知的生活の方法』論ともいえようか。本や新聞やテレビは、さほど読む・見る必要はないとの指摘もあるが…。まぁ、朝日新聞の「社説」「投書欄(声)」「天声人語」「(社員)署名入りコラム」は、あまり読まないほうがいいのかもしれない。
吉田清治の「妄言」を「歴史的証言」といわんばかりに称賛していた某論説委員の署名コラムなんかは笑止千万だったし?
しかし、そういうレベルの「バカ」も嫌だが、電車に乗っていて遭遇する「超バカ」にはもっと閉口する。

昨日(一昨日)も……。例えば、こんな「バカ」。

夕方、混んだ車両、小学生が何人か乗り込んできた。親も何人か。親は、某小学生向け塾専用の「リュック」を持っている。子供は、フタ(キャップ)付きの飲み物を立ったまま飲んでいる。一口飲んでは「手」にもったまま…。
電車って急ブレーキもあるし、曲がり角やらで車内がガタガタと揺れる。手にそんなものを持っていたら、こぼしたりする可能性は限りなく高い?
目の前でそんなガキがいて、こっちは「本」を手にしている。図書館の本ではなかったが、万が一、揺れてこぼされたりしたら太い迷惑だ。本だけじゃない、服だって汚される…。一口飲んだら、すぐフタをして手に持つというならまだしも。後ろにいる親はリュックとスマホ。僕が親なら、「早く飲み干してフタをしなさい。こぼすわよ」と注意するけどね。

中には、ゲーム機をピコピコ音させてやっている子供を注意しない親も少なくない。「自宅の台所」ならともかく、「公共の場所」ということをわきまえないバカ親がいるのだ(子供も「バカ」だと思うが…)。

昨日(土曜日)は、さらに座ろうとすると、「ライン」をはみ出して「カバン」を置いている若い女がいた。当然、「空席」なのだから座ろうとすると、ちょこっとカバンを自分のほうに引き寄せるが、完全に寄せ切らない。半分ぐらい寄せても、まだはみ出している。当然、こちらの体がカバンに当たるが、平気の平左。こっちも持っているトートバッグで、はみだし部分をさりげなく押し返してやったのだが…。スマホに夢中のようで…。

短いけど、足も組んだりしていて前に投げ出し(時にはスマホではなく車内化粧に夢中になって虚しい努力をするブス・ブタ女も少なくない?)。
数駅でその女は降りていったが、案の定、古女房並みに太っている? 若い時からそんな体型だと、大変だよ?と言ってやりたくなるが、文明人なのでガマン。

今日(日曜日)は今日で、某駅から乗ったら空席あり。そこに坐ろうとすると隣のお兄さんが「長い足」を組んでいる。空席を「ガード」するかのような態勢。ということで、遠慮せずに、持っているトートバックをさりげなくぶつけてやる。すると一瞬ひるんだ感じだが、逆に足を向けて組む。まだ車内は空いていたが、すぐに混んできた。が、そのお兄さん、組んだ足をそのまま。投げ出す形。迷惑そうに周辺に立つ人がいるけど「平気の平左」。バカにつける薬はなし?

近くのスーパーで買い物したら、精算して買い物袋に荷物をいれて、不要になった買い物籠を置き場に「水平」に普通は置くのに、斜めになって傾いたまま置いて去ろうとする中年ババア。やれやれ。注意してやろうと思ったが…。

スーパーを出たら、路上喫煙のバカ…。やれやれ。バカが多すぎて疲れる?

それにしても、こういう公共の場所でのふるまいかたに関して「道徳教育」をもう少し学校でやってほしいものだ(家庭ですべきものとは思うが、二十歳すぎたレベルで、こんな不作法なことをする手合いが多々いるのだから、もう無理?)。まぁ、電車の中では、「股開き(すぎの)バカ」も男を中心に多い。

最近はスカートでも、「股開き(すぎの)バカ女」を見かけるようになってきた(美人ならまだしも、大概ブス! 見たくもない?)。バカな女は、バカな男のふるまいを真似て「男女平等」達成・推進と勘違いするのだろうか?
「文系バカ」以上に、こういった「道徳観念ゼロ(の)バカ」が日本をダメにして滅ぼすのではないか。


それはさておき、先の髙橋さんも登場するのが、竹内薫氏の『理系バカと文系バカ』 (PHP新書)だ。

(こんな内容)→自分の好きな世界に没頭しすぎて、極端な行動に走りやすい「理系バカ」。一方で、他人の情報を鵜呑みにして、その場の空気に流されやすい「文系バカ」。彼らの行動パターンから見えてくる思考の偏りとは? 本書では「文系」「理系」という垣根をとっぱらった、バランスのとれた知性のあり方を考える。前半では「理系バカ」「文系バカ」の事例を、ユーモアを交えて紹介。例えば、文系バカの典型タイプとして「取扱説明書は困った時にしか読まない」「ダイエットのためにカロリーオフ飲料をガブ飲みする」等々。一方の理系バカは「できれば他人と深く関わらないで生きてゆきたい」「新型商品を買うために徹夜して並ぶ」「意外とオカルトにハマりやすい」等々。あなたはどちらのタイプか? 後半は、特に理科離れが著しい日本の現状を警告。
教育、政治、メディアにおける科学の啓蒙について具体策を提案する。
二つの世界を渡り歩く著者だからこそ知っている「文理融合センス」の磨き方。


文中イラストを高世えり子さんが書いている。この人、文系出身で、理系の彼氏と付き合い結婚。その経緯をマンガでコミカルに描いたのが『理系クン』 (文藝春秋)。類似作をそのあとも何冊か刊行して面白く読んだ記憶がある。

これって、野球だと「投手」と「打者」とが分離しているようなものかと思うが、世の中には「大谷」くんみたいに「投手」も「打者」も両方やれる人がいるように、理系も文系も強い人もいることだろう。医者兼弁護士なんて人も探せばいるはず。
医者兼文学者なんて人もいる。

しかし、天は二物を与えずということもある。

竹内さんも理系学部出身だが、物書きとして活躍もしている人。理系バカ、文系バカの特色を羅列しつつ、いろいろと論じている。
養老猛司さんが、電車の中でパソコンを使っていたら、車掌から注意を受けた例を上げて、「個人的な正義を振りかざした人間の些細なトラブルが増えてきている。余裕がなくなって、どんな人にもギスギスした態度をとる。その裏側には『自分だけ損をするのは嫌だ。自分だけこんな目に遭うのは嫌だ』という心理だ。『あいつを何とかかろ』『あいつの煙草をやめさせろ』、そうやって自分の権利だけを主張する。怒るくせに、その相手に自分では言いに行かない。独りよがりの正義はコワーイものなのだ」と指摘しているのは、ちょっとおかしい。

「キーボードを叩く音」より「電車の走る音の方がはるかに大きいはずだが、その乗客はそれよりもキーボードの音が気になってしょうがないというのだ」と反論しているが、根本的に勘違いをしているのでは?

電車の音は「人の意志の力でコントロールできない音」だ。しかし、車内の「騒音」の多くは、「人の意志の力でコントロールできる音」だ。だから、コントロールすべきところではコントロールすべきだろう。

キーボードの音なんて、結構煩い。

学生時代、図書館では商学部専用の図書室があった。そこではソロバンや電卓を使っていいということになっていたかと。電卓やソロバンを普通の図書室で使用すると、その音が邪魔になるからという判断だろう。同様に、電車内とて、通常の会話よりも、携帯電話の音声が小さくても、耳障りに感じるもの。
車内で読書するのも、「黙読」はいいが、もし電車内で「音読」する人がいたら、ちょっと止してくれと言いたくもなるだろう。いわんや、電車内のタバコとて、昔は許容されていたが、いまはダメ。路上喫煙、歩行喫煙も同様。

直接「迷惑」を受ける行為(耳障り、目障り、鼻障り…)は、なるべく減らすのが文明社会のルールだろう。

にもかかわらず、電車内でそこそこの音を一方的に「奏でる」と注意を受けるのは当然ではないか。養老氏の行為は、子供がゲームをピコピコと音声を出してやるのと同じ程度の「迷惑行為」に該当するのでは?
にもかかわらず、竹内氏が、そういう言い回しで抗議をした人を「独りよがりの正義はコワーイ」とバカにするのは間違った屁理屈だと思う。スマホだって、ゲームなんかだと、まぁ、パチパチと早打ちする人がいるけど、あれもすぐ隣でやられたりすると耳障り。いわんや、両腕を上下左右に動かしたりするから、狭い車内・座席では結構迷惑行為だと思う。そんなのは自宅でやればと言いたくもなるではないか? そういう密集した狭い所での不作法こそが「ギスギスした態度」と批判されるべきでは?

ともあれ、「理系バカ」はむろんのこと、「文系バカ」にもなりきれず、「専門バカ」にもなれない我が身ではあるが、まぁ、公共の場所で他人に迷惑をかけるような「不良バカ」にはならないようにしたいもの。暴走族と同様の不作法なことをしている「バカ」は、電車の中やら道端やら一杯いるではないか。そんなバカにだけはなりたくないもの?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!


18:11  |  教育  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2018'03.28 (Wed)

スキャンダルを起こした人でも元犯罪者でも、母校や学校で講演をしても何の問題もなし? 要は右であれ左であれ真ん中であれ、二枚舌で、この人はいい、あの人はダメだと判別する元検閲官のような人が気色悪いだけ!といっても……






スキャンダルを起こした人でも元犯罪者でも、母校や学校で講演をしても何の問題もなし? 要は右であれ左であれ真ん中であれ、二枚舌で、この人はいい、あの人はダメだと判別する元検閲官のような人が気色悪いだけ!といっても……
(2018・3・28)






佐藤優氏&杉山剛士氏の『埼玉県立浦和高校 人生力を伸ばす浦高の極意』 (講談社現代新書)を読んだ。

(こんな内容)→私、佐藤優は1975年に埼玉県立浦和高等学校に入学、78年3月に卒業した。在学中、卒業当時は意識することはなかったが、作家として活動し、複数の大学で教鞭をとるうちに浦高のような地方の伝統校には教育上の深い知恵が詰まっているのではないかと思うようになった。2015年に母校で講演を行ったのを契機に約2年間をかけてまとめあげたものが本書である。
本書は、「高校時代の生き方」「大学受験」全般に関する極意について論じたものだ。書籍化にあたっては浦高の生徒や保護者だけではなく、全国の高校生・浪人生やその保護者、とくにお母さん方の参考になるような加除修正を心がけた。世界で通用するために身につけるべき分野は何か、なぜ文系は数学を、理系は世界史を勉強しなければいけないのかといった学習全般に関する話から、浪人は何浪までしてよいか、海外留学にはどの程度の資金が必要か、心に不調をきたした場合はどうすべきかなどといった、受験産業が教えてくれないような話まで率直に記している。
特に強調しておきたかったことは2点ある。一点目は「総合知」の重要性だ。東大合格者の出身校ランキングなどを見ると急に名前が登場したような高校がある。だが、こうした学校の多くは生徒の進学先を適性とは関係なしに振り分け、受験科目以外の勉強は捨てさせるようなシステムを採っている。時間をかけてでも、すべての科目を学ばせる、総合的な教養の礎=総合知を高校時代に築いておくことは重要だと考える。もう一点は、浦和高のような地方の伝統県立高校は、「経済格差=教育格差」というテーゼに対するアンチテーゼになりえるのではないかという視点である。有名私立進学校に富裕層の子女しか通えないようになっている現状に対して、浦和高校のような、一定の学力があれば経済環境とは関係なく入学・学べる公立高校の重要性は「機会の平等」という側面からもっと論じられるべきだ。
2020年度からはセンター試験に替わって新テストが始まる。この流れは「受験生の学力を測る」という意味では概ね正しく、施行後、10年ほどで高スペックの大卒者の数が増えるだろう。だが、それは、いまの高校生、大学生、20~30代の社会人にとって強力なライバルが出現するということでもある。これからの激動の受験時代をどう乗り越え、生きていくべきかを真剣に考えるすべての人に本書を読んでほしい。


佐藤氏は浦和高校の出身者。母校での生徒向けの講演や保護者向けの講演などを収録。校長との対話も。

高校時代はもう40年以上昔。現役で、まぁ、行きたいと思っていた大学の法学部に入学して上京したものの…。爾来、人生いろいろとあった。結婚して子供もできた。転職しつつまぁ、なんとか経済的にもやってきた。趣味に使う金もある。

浦和高校というのは「名門」のようだが、佐藤さんは東大ではなく京都の同志社大学に進んだ。外交官になり、ノンキャリアからキャリア扱いに「出世」? しかし、獄中生活も。

獄中には行かなかったが、不祥事で辞めた文部官僚を公立中学校が呼んだのはいかがなものか? なんてことが最近あったが、佐藤さんは大丈夫?

この問題は、要は、田母神俊雄さんのような右寄りの人は、学校が招くのはよくないが、左寄りの人はいいといった二枚舌がおかしいだけ。公立であれ私立であれ、どんな人でも、それなりの判断で、学校の講演に呼ぶのはおかしくはないだろう。なるべく土曜日とかの開催で、「自由参加」にしておくべきだろうとは思うが。

高知の学芸高校(私立)の修学旅行(上海)で悲惨な列車事故が起きてからうん十年との報道があった。未だに学校の責任を問いただす家族がいて、慰霊碑に生徒の名前を刻むのを拒否している親もいたそうな。いまでもと思うが、中共なんかに修学旅行に行くということ自体、ハテナ?と思うが、当時、国内旅行も選択することができたと記憶している。

僕が当時学芸高校の生徒ならば(その親ならば?)、もちろん、修学旅行の行き先として中共は選ばず、国内を選んで、事なきを得た? ともあれ、「選択の自由」があるのは大事(夫婦別姓に関しては、事実上ワーキングネームの利用でほぼ問題はないし、そもそも「夫」か「妻」かの「姓」を選択する自由がある)。講師選択に関しても、学校側がそれなりにバランスを取ってやればいいのだが…。

ともあれ、受験生(高校生)やその保護者向けの「人生論」的内容。受験生でもなく、受験生の子供もいない我が身からすると、気楽な教育論的エッセイ本でもある。

文系の人でも数Ⅱのみならず数Ⅲまで勉強するようにとのお達しもある。……ううむ…。モスクワにいる外交官(日本人)がロシアの大学で勉強しようとすると、数学ができなくて退学になることがあったからとのこと。

「数Ⅲまで修得していれば、大学では文科系に進んでも教養課程で数学や経済数学の授業についていくことができます。そうなると国際的に活躍するとか、あるいは商社などで仕事をすることになって、経済関係の論文を読むときなどに自力で読めたりします。それだから数学の力はつけておいたほうが絶対にいいんです」

ううむ…。因数分解で躓いた人間にはとても…。ところが、茨城の公立高校(当時は女子校)出身で私立大学文学部に進学した古女房はなんと数Ⅲまでやったとのこと。物理もⅡをやった?

佐藤さんは、数学を重視しつつも、物理は苦手だったそうな(「私は物理が逃げ回るほど嫌いで、2を取ったこともあります」とのこと。ううむ…。「逃げ回る」ことができたのは幸せ。こちらは「逃げ回る」こともできず、キャッチされて、追試を二度も受けたものだった……)。

在学中、一番悪い時は450人中300番だったとのこと。僕は高校時代、一番よくて、360人中の真ん中ぐらいだったか(母校は体育やらなんやら全教科で70点とか、80点とか50点とか点数を点けて、その平均点で順番をつける。僕は勉強以外の分野も、体育も音楽も書道などの類も平均点以下だったと思うが、勉強の分野だけの順位とて、まぁほぼ不変だろう。高校三年になって、理科数学が消滅し、私立文系型で、英語・政経・国語の三教科だけならトップクラス?)。

講演の中でも、浦和高校の成績順位が下位の人は数学が苦手だろうから、私立文系をめざすしかないだろうとの指摘もある(それでも数学を捨てるな…とのこと)。

僕は得るものがあれば失うものがあり、失うものがあれば得るものがあるとのモットーなので、17歳のころに数学を捨てるという判断はあってもいいとは思う。文系でも経済学部に行くというのならまだしもであるが…。いやいや、今は法学部に行くのも数的思考が重要だという向きもある(当時の蛍雪時代にもそんなことを指摘する人がいたかと)。

あと、前川招聘問題に関して、ユニークな見解があったので転機。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

前川氏の授業、自分の子供に受けさせたいですか? フジテレビ平井文夫上席解説委員【動画】
3/23(金) 19:16配信

「問い合わせ」の何がけしからんのか


前文部科学次官の前川喜平氏が名古屋の公立中学校で授業を行い、文部科学省が教育委員会に問い合わせを行ったことについて、「教育の中立を侵すもの」という批判が出ている。

特に文科省にそれをやらせた自民党の国会議員はけしからんと。
いったいどこがけしからんのでしょうか?
ただ聞いているだけで圧力をかけている訳ではない。
前川さんは教育基本法16条の「不当な支配」に当たると言ってるが、どこが不当な支配なのでしょうか。.

前川氏は公立学校で授業をするにふさわしい人なのか

前川さんは、してはいけない天下りをやらせて文科省を辞めさせられた人。
出会い系バーに「若い女性の貧困調査」と称して通っていた人。

こんな人が果たして公立の中学校で授業をするにふさわしい人なのか。
僕は是非政治家や文科省に調べてほしいと思う。
その結果を、子の親として知りたいと思う。

と言うか、自分の子どもにこんな人の授業を受けさせたくないんです。
私立学校で何を教えようが知ったこっちゃない。

籠池さんの幼稚園にはちょっとびっくりしたが、まあ私立なので自分の子を入れなければいいだけのこと。

でも公立はそういうわけにはいかない。

もし僕が名古屋に転勤したら娘はあの学校に通い、前川氏の授業を強制的に受けさせられたかもしれない。
それは困る。
中学生の娘には、出会い系バーに通うおじさんに接してほしくないのです。

. 少しは自分でものを考えろ

教育の中立性というのは何をやっても自由ということではない。
間違った教育をしていないか、国民は監視する義務と権利がある。

この件で文科省に確認した自民党の赤池さんと池田さんの二人の議員は、何の間違ったこともしていないので、言い訳などせず堂々としているべきだ。

左翼の人や野党や安倍政権を嫌いなメディアが文句を言うのはいつもの事だが、そうでない人たちまでが無自覚に「教育に干渉するな」と騒いでいるのを見ると、「少しは自分でものを考えろ」と言いたくなる。
(解説:フジテレビ上席解説委員 平井文夫)
05:40  |  教育  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016'08.21 (Sun)

「親の顔が見たい」バカがあまりにも多すぎる(人のことは言えないけど?)







「親の顔が見たい」バカがあまりにも多すぎる(人のことは言えないけど?)
(2016・8・21・日曜日)






森まゆみ氏の『昭和の親が教えてくれたこと』 (大和書房)を読んだ。著者は、僕より少し「年上の女」(1954年生まれ)になる。両親は歯科医師。その長女として生まれ育った体験を綴ったエッセイ集。「昭和の親」のさまざまな躾け的なエピソードが面白い。僕の親も「昭和の(戦前生まれの)親」だったから似たような体験をしているということもある。

森氏の父親は写真機に関心を寄せ、自宅の押し入れを改造して現像室を作り、「私はよく父とその中に入ってモノの姿が液の中に現れるのを見ていました」とのこと。同じ体験を僕もしている。家を新築した際、トイレの脇に、そんな現像専用の小部屋を作っていた。そこで「紙」を「液」にひたすと「写真」になるのを見ていたものだった(今はその部屋は物置というか、贈答などでもらった段ボールや紙袋置き場となっているが)。

コメも一粒も残すなというか、「お百姓さんが汗水たらして作ってくれているんだぞ」とよく両親から言われたものだった(森氏も同様)。しかし、ある時、農協やその傘下の農民が、米価を決める審議会で、値上げに賛同しない委員に、コメ粒を投げつける(よく、リベラルな環境団体が、捕鯨反対とかといって、日本の委員に、モノを投げつけるような感じ)のをテレビニュースで見ていた父が、「まったくしょうもない奴らだ」と。作る側がそんなに「粗末」に扱っているのだから。それ以降、多少米粒を残してもいいことになったか? 

近年、僕が日本酒を「禁酒」にしているのも、コメの消費を不必要に増やさないため。アマゾンで僧侶を雇えるように(?)、カリフォルニア米が5キロ、1500円以下で買えるようになるまで、農協との闘いは続く?(アマゾンでなくても、スーパーでも買えるようになればいいけど)。

森さんは、大学で教えているようだが、若い学生のいささかマナー違反の数々、電車などでも目にあまる光景があるとのこと。本書では「昭和の親が教えてくれたこと」として、ちょっとした標語と共に教訓が綴られてもいるが、たとえば「お里が知れる」などでは以下の通り。

「わたしは修身はじめ心の国家管理は望みませんが、親はしつけを放棄してはいけないと思います。親がしつけないので国家の出る幕になってしまうのです。自由や自立を標榜する欧米の青年たちと比べても、日本の青年は幼稚で自堕落といって過言ではないでしょう。「お里が知れる」は出自を問うというような差別的な意味合いはありません。実家のしつけがよくわかるというほどの意味です」…

まぁ、「親の顔がみたい」なんていうのは、かつて川上源太郎氏の名著のタイトル(『親の顔が見たい』ゴマブックス)でもあったかと。

本書では出てこなかったと思うが、「若い時の苦労は買ってでもしろ」とはよく母親に言われたものだ。そこそこ「買った」からもういいかなとも? そのおかげで「白髪」が増えたし? 森さんも最後には「なるようになる」と思うことにしているとか。ロシア語で「ニーチェーボー」というのも、そんなニュアンスだったかと。英語だと「テイクイッツイージー」か。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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2016'06.04 (Sat)

ライオンはわが子を谷底に落とす…というから、人間なら、厳父はわが子を山中にポイ置きする…というのもアリなのか? まさか?









ライオンはわが子を谷底に落とす…というから、人間なら、厳父はわが子を山中にポイ置きする…というのもアリなのか? まさか?
(2016・6・4・土曜日)



1989年6月4日、アジア・中共では天安門の大虐殺が、東欧ポーランドでは、自由選挙が行なわれた(連帯が圧勝し、非共産政権樹立へ)。それから20数年が経過し、中共、北朝鮮、ベトナムではまだ一党独裁国家が存続している(東欧では独裁国家は消滅した)。この東西格差こそ、許せない「格差」であるとの認識を日本人のどれだけが持っているのか。

それはさておき、渡島管内七飯町東大沼の山林で5月28日から行方不明になっていた小2年・田野岡大和(やまと)君(7)は、陸上自衛隊第28普通科連隊(函館)まで動員して捜索が行なわれた。そもそもは、田野岡君の両親が「しつけのため」として山林内の町道で田野岡君を車から降ろしたのがきっかけだった。だが、6月3日になって、おもいがけないところで発見され、無事保護された。


<小2保護>偶然や好条件重なり
毎日新聞 6月3日(金)21時30分配信 (一部略)

 北海道の山中にしつけのため置き去りにされ、行方不明になっていた北斗市追分4、小学2年、田野岡大和さん(7)。6日ぶりに無事見つかったのは警察などの捜索範囲外の自衛隊演習場内の施設だった。厳しい冷え込みが続き、捜索態勢も縮小する中で、偶然や好条件も重なり、小さな命はつながった。
 陸上自衛隊によると、大和さんがいた廠舎(しょうしゃ)と呼ばれる簡易宿泊施設は、幅6メートル、縦30メートルの半円状の木造。演習時の宿泊や休憩などに使われ、50人まで利用可能という。板敷きの室内には、約40枚のマットレスが積まれていた。

 大和さんが行方不明になった場所から同施設は直線でも約6キロ。演習場までは複数の林道があり、「道なりに歩いたら10キロある。上り下りもある山道で、隊員でも2時間半はかかる」(陸自担当者)という。

 道警や消防などは不明になった場所から最大15キロ四方を捜索したほか、自衛隊員が同演習場脇まで林道周辺をオートバイで回って確認した。しかし演習場は大和さんを降ろした後で家族の車が進んだ方向と逆で、山を登る形にもなることや「ここまで1人で歩いて行くのは考えられない」と対象に入っていなかった。また、捜索とは別に施設の点検に訪れた隊員が5月30日午前9時50分ごろ、建物の中を確認したが、異常はなかったという。
 演習場の周囲には、大和さんの背丈より高いやぶがある。敷地内も車1台が通れる程度の未舗装の道が複雑に入り組んでおり、両脇には高さ6~10メートルの木々がうっそうと生い茂る迷路のような地形という。大人の背丈でも周囲を見通すことはできず、担当者は「枝道を避け、なるべく太い道を選び続けた結果、発見された施設にたどり着いたのではないか」と推測する。道警によると、大和さんは「28日夜からここ(施設)にいた」と話しているという。

 施設では建物の外にある水道の水が出るが、食料はなく、ストーブや電灯は発電機がなく使用できない状態だったが、スイッチは入っていた。建物内も夜は真っ暗で、大和さんは「電気をつけようとしたが、つかなかった」と話したという。演習場内には他に体を休められる建物がなく、最も近い民家までは約1キロ離れていた。

 函館地方気象台によると、5月28日から6月2日までの函館市の天候は夜間を中心に雨の降った日が多かった。鹿部町に隣接する森町では、6日間のうち4日間は、最低気温が10度を下回った。

 大和さんはTシャツにジャージーの薄着姿。現場にいた隊員の一人は「室内のマットの間で体を休めていたのは、低体温にならないために適切な判断だったと思う」とみる。

 冒険家・三浦雄一郎さんのエベレスト遠征隊に同行した経験がある国際山岳医で、山岳遭難などに詳しい心臓血管センター北海道大野病院(札幌市)の大城和恵医師(48)によると、生存のために良かった条件として▽雨風をしのげる小屋のような建物を見つけることができた▽そこから動かなかった▽真冬のような季節ではなかった▽水が飲めた--の4点が挙げられるという。「どれか一つでも欠けていたら難しかっただろう。ただ、あと数日遅かったら危なかったかもしれない」と大城医師は話す。【野原寛史、立松敏幸】



家庭の事情は人それぞれであるが、7歳の子供を、躾けというか、懲らしめのためとはいえ、また短時間のつもりでも、山の中で置き去りにするということは、かなりの恐怖心を彼の脳裏に与えることになっただろう。なかなかみつからず…熊も出没するから襲われた? 人さらいもどこかにいたかもしれない? もしかして、厳父の狂言? いろんなことを考えさせられる「事件」だった。だが、常に「ネバーセイネバー」の精神をもっていたなら、自衛隊演習場内の施設が、「ここまで1人で歩いて行くのは考えられない」と対象に入っていなかったというのはどう考えても落ち度というしかない。数日後、ここで餓死しているのが発見されたら、警察当局は何をしていたかということになろう。また外国テロリストなどが、ここに潜伏することも今後考えられる。こんな施設が国内あちこちにある? 危機管理上からも今後注意すべきであろう。

ともあれ、子供がみつかって、捜索関係者にお詫びの言葉を述べる父親の「見た目」はまぁ、普通であったが。一部週刊誌が父親は〇〇会議所属のタカ派だったなんて書いたりして(冗談!)。

それにしても、自衛隊まで出動しての捜索活動。ちょっと……税金の無駄遣いという気がしないでもないが……。親が少しは負担するのか? 「サバイバル術に長けているお子さん、将来自衛隊に入るという前提で、今回の自衛隊の捜索費用はゼロ、出世払いで結構です」という密約が、結ばれる可能性もあるのでは?

ルドルフ・ドライカース&ドレイカース,ルドルフ&ビッキ・ソルツの『勇気づけて躾ける 子どもを自立させる子育ての原理と方法』 (一光社)という本がある(とのこと。未読)。タイトルからすると、こういう事件が発生した時に、一読すると何か参考になることが書かれているのではないかと思わせる。 でも、子育てはいろいろと大変。他山の石とすべきか。なにはともあれ、無事でよかった。

たまたま、嵐山光三郎氏の『漂流怪人・きだみのる』 (小学館)を読んだ。大変面白い評伝だった。

平凡社の新人編集者時代に、彼の連載を担当し、その奇人変人ぶり(?)を、事細かにというか、おおらかに描写している本。
彼の「娘」のことをめぐっての後日物語も、詳述されている。きだ氏は「娘」が自分の娘であるにもかかわらず、当初、その事実を本人には告げなかったという。学校にも行かせず、自分の気ままな取材旅行などにも同行させていたという。それではまずいということで、いろいろとあって、当時、学校の先生だった三好京三氏に預けたりもする。やがて、三好氏は、きだ氏のその実の娘を「養女」にしたり……。だが、やがて、養親と養女との間で、いろいろと対立があったりして、週刊誌のスキャンダル報道もあった……。嵐山氏の本で、そのあたりが綴られているのを読みながら、あぁ、そういえば、そんな記事(週刊誌など)をかつて読んだことがあったかなと思い出したりもした。

げに、先の「躾けのための置き去り事件」といい、きだ氏の例にせよ、子育ては難しい。子供の感情をあまりに慮るのは考えものだが、軽視するのもよくないことだろう。

きだ氏の本は昔、『気違い部落周游紀行』 (冨山房百科文庫)などを少し読んだだけ(それにしても、この本の書名を打ち出そうとして「きちがい」と打つと「基地外」「キチガイ」は出てくるけど、決して「気違い」は出てこない。バカなパソコンメーカーが、「自己規制」している疑惑濃厚というしかない。事実だとしたら、許せない?)。

ともあれ、奇人変人……。世の中には、いろいろとあるのだろう。法や道徳にはなるべく反しない範囲で、多様な人格や見識などを保持できればベターであろうが。
僕はいたって平々凡々人であるが……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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