古本虫がさまよう 皇室
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天皇陛下はシベリアなどを訪問してから退位されたらいいのでは?
(2016・8・8・月曜日)




本日も有休。
午前中、銀行などに出かけていろいろと「論争」。社会の敵・銀行資本――という信念を持っている我が身なので、ついつい……。所詮、官僚組織でしかないんだから……。新規の普通口座をつくるのに、なんでいちいち口座開設の理由や勤務先名を書かなくてはいけないのか。面倒だから開設理由には「そのほか」に〇を入れていたら、具体的理由を言えという。やれやれ面倒だな。
明日抽選予定のサマージャンボ宝くじが数億円当たる予定なので、ペイオフ対策として、あんたとこの口座を新たにつくる必要ができたんですよ…とでもいえばいいのかしら? 実際そういったら絶句していたが……。バカだと思われたかもしれない?

帰宅してから天皇陛下の午後3時からのお言葉を聞こうと思って、NHKラジオをつけたら、さすがに甲子園中継は中断していたようだ(午後2時に点けたら野球中継をやっていた。この回の〇〇高校の攻撃が終ったら「ニュース」になるとのこと。やれやれ。定時の前後に合わせたらニュースが聞けると思ったのに。少年虐待の甲子園報道優先か? ともあれ、3時からは、八木秀次氏などが登場しての鼎談に少し耳を傾けた)。

個人的には皇室制度(天皇制度)はむろん支持する。ただ、「皇室制度は尊重すれども天皇個人は崇拝せず」というふうに考えているので、体力的に限度を感じると天皇陛下が表明するならば、そして以下のように述べられるのならば、

「天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
 天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二ヶ月にわたって続き、その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が、一年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります」


その意思を尊重してあげたらいいではないか。

ただ、その前に「戦後」になって朽ち果てた日本人が多々眠るシベリア各地にまだ追悼に行かれていないのなら、退位の前に是非一度訪れてほしいものだ。そして靖国神社にも。戦没者の慰霊の地として、シベリアは忘れてはいけない地だ。そのあと、退位されるとスッキリするのではないだろうか。もし、ロシアが、天皇の訪問を受け入れないというのなら、「平和」とは何かを考える上でも貴重なケーススタディにもなるだろう。

若槻泰雄氏の『シベリア捕虜収容所』  (サイマル出版会・明石書店)、 『日本の戦争責任 最後の戦争世代から〈上・下〉』 (小学館ライブラリー)、 『憲法かく改正すべし』 (講談社)、 『売文業者たちの戦後責任 日本人と憲法』 (原書房)などは、単細胞的な平和主義や単純な護憲・改憲派や皇室尊重主義とも違うユニークな歴史認識を提示している。昔読んだ本なので、内容の多くは忘れているが、なるほどと思ったところもあるし、はてな…と感じたところもあったが……。

ただ、天皇の「お言葉」にごもっともと頷くだけではなく、同様にいろいろな視点を感得するためにも、若槻氏の本などはこの時期再読しておきたいものと思った次第。いわゆる「なんとなくリベラル」な天皇賛美論でもなく、平和主義でもなく、威勢のいい軍拡論でも改憲論でもなく……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「古本屋に行ってみたい」と思う皇后の願いはかなえられないのか?
(2016・5・9・月曜日)




出版社侵入疑いで右翼活動家逮捕
「雑誌の記事が不敬だ」
2016/5/5 11:19(共同)
 警視庁公安部は5日までに、出版社ワック(東京都千代田区)に侵入したとして、建造物侵入の疑いで、自称東京都港区浜松町、右翼活動家松田晃平容疑者(24)を現行犯逮捕した。
 逮捕容疑は4日午後10時45分ごろ、オフィスビルの4階にある、出版社の入り口窓ガラスを割って社内に侵入した疑い。松田容疑者は「発行している雑誌の記事が不敬だ」と供述している。
 公安部によると、松田容疑者は複数の右翼団体などで構成する「大日本愛国団体連合時局対策協議会」の理事を名乗っているという。「出版社に侵入し、ペンキをまいて、消火器を噴霧した」と自ら110番した。




この共同電だろうか、このニュースが、5・6の夕刊(読売)などに掲載されていたのをみて、あらためて「ウィル」(2016年6月号)をめくった。皇室関係の記事(西尾幹二氏&加地伸行氏対談「いま再び皇太子さまに諫言申し上げます」)がケシカランということでの「侵入」「破損」であったようだ。

このなかでの両者の「諫言」に関してはともかくとして、「古本虫」としては、西尾氏の発言のなかでおやっと思ったものがあった。

天皇皇后両陛下には、一般人には経験のできない権利や義務があり、その反面、一般人のある種の自由は許されないこともあるということで、「美智子皇后は、『ただの一度でいいから古本屋に行ってみたい』とおっしゃったということです。学生時代の気侭な自由の時間をもう一度試してみたいという意味でしょうが、それは許されません」と……。

ううむ……。「古本屋」に行く自由は…? 天皇となると、「地下鉄」にもなかなか乗る自由はないようだが……。

その指摘は、以下のようなエピソードからのものだろうか。


皇后さま「透明人間になってもう一度本の立ち読みをしたい」
2014年1月16日 7時0分
NEWSポストセブン
 神田神保町といえば、世界最大級の書店街だ。とくに古書店が多く、明治期に界隈に創設された学校にあわせて誕生、発展した。洋古書販売と和洋古書買取専門店の北沢書店を作家の山藤章一郎氏が訪ね、聖心女子大生だったころの皇后さまが来店した折りについて語った店主の思い出を報告する。
 * * *
 東京神保町に〈北沢書店〉という古くからの洋書専門店がある。1階は児童図書専門店〈ブックハウス神保町〉。親子で絵本を〈坐わり読み〉できる大きなベンチがあり、常時1万冊の児童書がそろう。2階にあがる。ツイードのスカートスーツ、金のブローチをつけた80を越す北澤悦子さんが若き日の皇后さまの話をする。
 遥かな昔、聖心女子大生だった正田美智子さんがここに卒論の資料を捜しにきたという。
「義母があたしに手招きするの。ねっほら、あの方、すごいきれい。気品があって才女のオーラがほとばしり出ているわね。あとで皇太子殿下とご結婚なされる人だと報道を知ったときはびっくり仰天いたしましたよ」
 卒論は『フォーサイト家年代記における相克と調和』だった。
「たぶん、ゴールズワージーの『フォーサイト物語』をお捜しに来られたんじゃなかったでしょうか」
 ゴールズワージーは『林檎の木』や『人生の小春日和』で日本にも馴染みの英国の作家。

「その後、妹さんの正田恵美子さんもよくいらしていただきました。『こんな本を捜しています、どこの誰それ』と記録しておく〈探求書ノート〉がウチの店には備えてありまして。そこにたびたび恵美子さんのお名前がございました。いま1階は洋書売り場をやめ、小学館さんに児童書売り場を出していただいてます。スマホではなく、本に親しむ子供たちをぜひ増やしたいですね」

 2007年、欧州5か国歴訪前の宮内会見で皇后さまは、「お供も警護もなしに1日を過ごせたら何をなさりたいですか」と問われて、お答えになった。

「透明人間になって、学生時代よく通った神田や神保町の古本屋さんに行き、もういちど本の立ち読みをしてみたいですね」

〈本の街〉神保町には約180の古書店がある。ぶらりと訪ねて見知らぬ本に出会う喜びは、スマホでは味わえない。
※週刊ポスト2014年1月24日号



皇后には『橋をかける 子供時代の読書の思い出』 (文春文庫)といった本もあり、読書の意義を強調している。そういう読書好きの人からすれば、「学生時代よく通った神田や神保町の古本屋さんに行き、もういちど本の立ち読みをしてみたいですね」という言葉も無理もない感慨であろう。

でも、人生、得るものがあれば失うものがあり、失うものがあれば得るものがあるのが常。

とはいえ、小渕首相とて、神田の古本まつりを散策したことがあったから、国際古本市などの会場を訪れるというようなことなら可能かもしれない。だが、そういう儀式めいた会場ではなく、やはり雑然とした古本屋街の軒先コーナーなどをぶらぶらしたり、店内に入ったりするほうが楽しいだろう。でも、いくらなんでも高円寺の古書会館では……。神田の古書会館は一応近代的ビルだから、そこでの古本市ならまだ可能かも?

そういえば、僕が「肉眼」で天皇(&皇后?)を拝見したのは、神田古書会館に寄ったあとの路上であった。以下再録。

君は天皇陛下を神保町で見たことがあるか?
(2015・1・24・土曜日)

今日はJRの都内フリーパスを買って、先ずはお茶の水。10時ちょいすぎに神保町の古書会館へ。
木村英一氏の『軍国臨終物語 応召軍医の体験記録』 (私家版)、福島倹三氏の『鋳掛屋の天秤棒』 (鏡浦書房)、東京交通新聞編の『個人タクシー 風雪の二十年』 (東京交通新聞社)を購入。

外に出て、三省堂書店方面の交差点に向かうと、なんとなく異変を感じた。まず車が少ない。土曜日とはいえ、この時間だから(午前10時50分ごろ)、そこそこ車は走っているはずなのに。一方、お巡りさんが何人も道端にいる。
おやおや、ヘイトスピーチがらみのデモ隊でもやってくるから、その規制というか誘導のためであろうか? 

それにしても交差点に着いたが、赤信号のまま。向かいの青信号は長い‥が車があまり来ない? 交差点の中にお巡りさんがいて、笛で誘導もしている。

横断歩道の前の端まで来ると、お巡りさんが、「すみません、ちょっと下がってください」という。別に車道にはみ出しているわけでもないのに? なんで?

とすると、そこに、白バイが数台やってきた。すぐに、黒塗りの車がやってきて、風体の怪しい警察官のような男が窓を開けてこちらをじっとにらんでいるというか、周辺をきびしい目で睨みながら通りすぎていく。そのすぐあとに、これまた黒塗りの車がゆっくり通っていくのだが、すると、なんとそこには「天皇陛下」のお顔が‥‥。にこやかに手を振っておられる。
周辺には何人かの人がいたが、若い男が「ホンモノなの?」と奇声を発していたが、まぎれもない本物であられる。

人生、半世紀以上生きてきたが、ナマの天皇陛下を拝顔するのはこれが初めてか(いや、母親が正月上京してきて、一般参賀に十数年前出掛けたことがある。遠く防弾ガラス越しに拝顔したといえば拝顔したが、あの距離に比べれば、今回はあまりの至近距離。「ナマ感覚」)。ここ数日、阪神淡路大震災などの式典出席など、テレビでよく見ていたこともあるが、勿論、一瞬とはいえ、そのお顔は間違いなく「ホンモノ」であられた。隣に皇后陛下がいたのかどうかはわからない。
あっという間に青信号を通っていったから。

ともあれ、その時、児玉隆也氏の『君は天皇を見たか 「テンノウヘイカバンザイ」の現場検証』 (講談社文庫) という本のタイトルが一瞬頭に閃いたのだが‥‥。(以下略)



あの時、隣席に皇后がおられたかどうかは不明だが、そういうふうに東大病院かどこかの帰り道で神保町を通る時に、古書会館前で下車して、ちょっと古本市を覗く…なんてこともあってもいいのかもしれないが。でも一挙手一投足をみられていると、立ち読みする本とて注意しなくてはいけないことになる? やはり「不自由」? 

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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日本人に生まれて「まぁまぁ」よかったが、軍隊がなくても皇室がなくても朝日新聞がなくても日本は大丈夫なのかな?
……

(2015・6・23・火曜日)






「新潮45」(2015年7月号)を読んだ。
まずは有馬哲夫氏の『日本は「無条件降伏」はしていない』。特に江藤淳氏のことには触れずに、論じているが、ふむふむなるほどと一読。

そのあと、平山周吉氏の『天皇皇后両陛下の「政治的ご発言」を憂う』を読んだ。皇室問題はあまりウオッチしていなかったので詳しくは知らなかったが、皇后美智子さまなどの発言の中に、おやおや、そんなこといっていいのでしょうか?と思われるような「政治的ご発言」があったとのこと。
「五日市憲法」への言及など……。

「政治社外に立つ」べきだとして、そうした政治的ご発言などを今上天皇に戒めていた小泉信三の「帝王学」を想起せよといった趣旨のものだった。

なるほどと思いつつ、日本の皇室問題では、いつも想起するのは犬養道子氏の評論集『今日は明日の前の日』  (中公文庫)の中に出てくるエピソードだ。

毎度の話なので、以前の拙文をコピペするような形となるが……

天皇は台風が日本に接近してくると地図を広げ、台風が完全に日本を去るまで心配しつづけるという趣旨のことが書いてあったと記憶している(手元に本がなくうろ覚えだが)。
これは簡単なことではない。個々人は自分が住んでいる所や実家などが台風に襲われると心配するが、向きが変わると内心一安心するものだ。沖縄に上陸するか九州に上陸するか四国に上陸するか名古屋に上陸するかで一喜一憂するものだ。政治家とて内心は自分の選挙区が一番心配だ。参議院比例区全国の人は別にしても?
だが、天皇は日本国全体のことを考えるべく運命づけられている存在である。勿論世界のことも考えるだろうが。

僕は精神訓話的な話はあまり好きではない。感動的な秘話などもあまり。昭和天皇や皇室がらみの感動的な話も。ある意味で同じ人間なんだから完全無欠なスーパーマンであるかのような話はあまり受け付けない。
だが、犬養氏が指摘している点にはかつて一読して感銘を受けたことがあった。皇室制度、天皇制度の存在意義、ありがたみはそういうところにあるのだろう。代わるものがあるだろうか。

とはいえ、別に皇室が日本になくてもナントカなると思っている人は少なくないだろう。その気持ちはわかる? ネバーセイネバーだから? 
とはいえ、小説の世界ではあるが、この前紹介したような若杉冽氏の『東京ブラックアウト』 (講談社)でも、原発問題で、今上天皇が良心的に苦悩しているようなシーンも描かれているが……。

それはさておき、櫻井よしこ氏の『日本人に生まれて良かった』 (悟空出版)を読んだ。着物姿の櫻井氏が表紙カバーを飾っている。朝日や東京裁判批判のエッセイもあるが、日本人の勁さ(つよさ)について、皇室論や文化論などをからめての愛国エッセイ集。

似たタイトルの本として、平川祐弘氏の『日本人に生まれて、まあよかった』 (新潮新書)を紹介したことがある。紹介ずみ。

同志が一晩で政敵になり処刑されたり逮捕される隣国を見て、「余は支那人や朝鮮人に生まれなくつて、まあ善かつたと思つた」という漱石の発言に、内心で共感しているとのこと。

しかし、天変地異やら隣国の「公害」「事故」などのとばっちりを受ける「位置」に日本列島はある。安寧を脅かす原発や単細胞型平和運動屋を助長するだけの9条が未だにあるけど、「日本に生まれて、まあまあよかった」ということになろうか?
「日本に生まれて、とてもよかった」といえるような国にしたいものだが……。

悪質な飲酒・暴走運転をして人殺しをするような輩は死刑にするか、終身刑にするか、市中引き回しの上、シベリア送りにする(強制労働させて、その収益は被害者・遺族に回す)といったことが実現すれば、それだけでも「日本」は、少しはまともな国になるのではないか?  悪質な犯罪者がはびこるような国はゴメンである。

それにつけても、朝日新聞を糺す国民会議編の『朝日新聞を消せ!』 (ビジネス社)という本も出ている。内容は未確認だが、タイトルだけを見ると、きつい感じはするが……。
堀内哲という人の『天皇条項の削除を! 地域から格差社会と天皇制を問う!』 (JCA出版)という本もあるそうな(未読未購入)。

① 「朝日新聞のない日本」
②「天皇制度のない日本」
③「古女房のいない我が家」
④「古本のない我が家」……。


ううむ、いずれもやはり寂しくなるかな? 四つある選択肢から一つ希望するものを選べといわれれば、もちろん●を選ぶけど? この前買った勝目梓氏の『爛れ火』 (祥伝社文庫)を読まなくちゃ?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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君は天皇陛下を神保町で見たことがあるか?
(2015・1・24・土曜日)






今日はJRの都内フリーパスを買って、先ずはお茶の水。10時ちょいすぎに神保町の古書会館へ。
木村英一氏の『軍国臨終物語 応召軍医の体験記録』 (私家版)、福島倹三氏の『鋳掛屋の天秤棒』 (鏡浦書房)、東京交通新聞編の『個人タクシー 風雪の二十年』 (東京交通新聞社)を購入。

外に出て、三省堂書店方面の交差点に向かうと、なんとなく異変を感じた。まず車が少ない。土曜日とはいえ、この時間だから(午前10時50分ごろ)、そこそこ車は走っているはずなのに。一方、お巡りさんが何人も道端にいる。
おやおや、ヘイトスピーチがらみのデモ隊でもやってくるから、その規制というか誘導のためであろうか? 

それにしても交差点に着いたが、赤信号のまま。向かいの青信号は長い‥が車があまり来ない? 交差点の中にお巡りさんがいて、笛で誘導もしている。

横断歩道の前の端まで来ると、お巡りさんが、「すみません、ちょっと下がってください」という。別に車道にはみ出しているわけでもないのに? なんで?

とすると、そこに、白バイが数台やってきた。すぐに、黒塗りの車がやってきて、風体の怪しい警察官のような男が窓を開けてこちらをじっとにらんでいるというか、周辺をきびしい目で睨みながら通りすぎていく。そのすぐあとに、これまた黒塗りの車がゆっくり通っていくのだが、すると、なんとそこには「天皇陛下」のお顔が‥‥。にこやかに手を振っておられる。
周辺には何人かの人がいたが、若い男が「ホンモノなの?」と奇声を発していたが、まぎれもない本物であられる。

人生、半世紀以上生きてきたが、ナマの天皇陛下を拝顔するのはこれが初めてか(いや、母親が正月上京してきて、一般参賀に十数年前出掛けたことがある。遠く防弾ガラス越しに拝顔したといえば拝顔したが、あの距離に比べれば、今回はあまりの至近距離。「ナマ感覚」)。ここ数日、阪神淡路大震災などの式典出席など、テレビでよく見ていたこともあるが、勿論、一瞬とはいえ、そのお顔は間違いなく「ホンモノ」であられた。隣に皇后陛下がいたのかどうかはわからない。
あっという間に青信号を通っていったから。

ともあれ、その時、児玉隆也氏の『君は天皇を見たか 「テンノウヘイカバンザイ」の現場検証』 (講談社文庫) という本のタイトルが一瞬頭に閃いたのだが‥‥。

その後は、いつもの通り‥‥。
三省堂の8階で恒例の古本市をやっていたので覗いたが、買いたいものはなし。
そのあと、水道橋までテクテクと歩く過程で、結城麟氏の『新興宗教精神世界遍歴記』 (国書刊行会)、北川四郎氏の『「まさか」の歴史 万物は流転し、意識は変化する』 (谷沢書房)、 『ひとり暮らしの東京事典 85年版』 (CBS・ソニー出版)を三冊500円コーナーで購入。そのほか、大久保昭男氏の『ソビエト印象旅行 現代モスクワっ子気質』 (三一新書)、 細谷松太氏の『ものがたり労働運動史』 (新産別出版部)、 今井武氏の『ヘイチカ想い出の記』 (海文堂)。

――帰宅して心配になってちょっと調べたら、北川四郎氏の本、すでに二冊購入しているではないか。これで三冊目‥‥。正味170円弱といえども‥‥。ブックオフに売りに行こうか‥‥。でも、バーコードもないから‥‥。それにしても、三冊も買ったとは「まさか」というしかない? 積んどくもほどほどにしないと増える一方。
しかし、怖いのは一読しているのに、翌日になるとというか、1~2年もして、また読んでも初めて読んだと思うことがあることだ‥‥(後日、実例を提示する予定あり)。

『ひとり暮らしの東京事典 85年版』 をパラパラとめくっていると、鉄道路線の解説があって、なんと冷房化率が当時は百%ではなかったという事実を確認。刊行されたのは1985年1月。前年1984年当時の冷房化率は、この本によると、中央線は94%だが、小田急線は74・6%、東急東横線は58・1%、京浜東北線は70%、京浜急行は82%‥となっている。

あのころ、電車の屋根の上に「出っ張り」があると冷房車だった。ホームで電車を待っていると、先頭車両に出っ張りがあっても、中の3号車とか4号車になると、出っ張りがなくて非冷房車ということがよくあった。あわてて、冷房車のほうに移動したりしていたものだった。

今や冷房化率は百%だろうが、首都圏電車の車内蛍光灯点灯率は80%ぐらいか。情けない限り。

この前も、帰りの地下鉄、7人掛け(国民の体格向上を無視した設定か? 正味6人掛け?)の向かいの上の蛍光灯4本のうち、斜めどうしの2本が省かれていて、蛍光灯のない真下の座席に座ったものだから、本当に読書がしにくい。字を読むのに疲れるのだ。手元が暗くなるために。
サービス向上に逆行するこういう蛮行を平然と3・11以降、何年も行なう東京メトロは、本当に最低の「民間会社」というしかない。何度か抗議をしているのに、ホームの待ち椅子の真上の蛍光灯復活も所々でしかやらないし、車内蛍光灯の全面点灯も一向に実行しようとしない。
自分たちは電気代の節約にはなろうが。広告主も、車内蛍光灯を省くために、当然、広告効果が低下しているはず(暗くて広告の文字が見えにくいから!)。広告料の値下げを断固要求してしかるべきだろう。


官僚主義とは本当に恐ろしいものだ。バカな会社経営者につける薬はない?

ともあれ、水道橋から高円寺へ。古書会館や都丸などを覗く。殿谷みな子氏の『私の祖父の息子』 (れんが書房新社)を購入しただけ。

そのあと、久しぶりに荻窪へ。ブックオフを見るが買いたい本はなし。ふとその隣を見ると、新刊書店として長年頑張っていた「ブックセンター荻窪」が閉店しているではないか。シャッターが少し開いていて中はがらんどう。工事中? 隣に巨大ブックオフでは、いつかはこうなる運命だったというしかないか‥‥。

そのあと、ささま書店などを覗くが買いたいものはなし。

電車に乗って有楽町へ。松屋銀座の古書市(正式名称は「銀座 古書の市-美術書画・書籍コレクション」)に出かけた。

ここは僕が社会人になってまもなくから行きだした記憶があるが30年は経過しているのではないか(第31回と銘打っているということは、計算が合う? 毎年1月ごろ、年一回の開催だったと思う)。昔から「古本」より「古書」っぽい、ちょっと高めの本が多い古本市だったかと。だから行かない年もあったかと思うが、近年のようにデパートの古本市そのものが激減してくると出かけるしかなくなってくる。
でも、ここも「規模」は少しずつ縮小してきているような。昔はもっと「広々」とした空間を占めていた。時期も「正月」に近かったかと。

今は、何か別の食器市やらが隣でやっている。神津善之介氏の絵画展もやっていたのでまずそっちを覗いた。というのも、スペインをテーマにしていたから。
画家の神津善之介氏はおもにスペインに住んでいて、スペインの風景画などを描いているそうな。有名な夫妻(神津善行&中村メイコさん)の息子さんとのこと。

ショパンが住んでいたマジョルカ島のショパンがらみの絵なども。ううむ、オーウェルがらみでカタロニア、バルセロナ周辺の絵画があれば買ってもいいのだが? 小さいので30万前後から‥‥。ちょっと大きくなると60万円台。ううむ、3万円とか6万円なら買ってもいいのだが‥‥。ちょっと‥‥。

ともあれ、絵画拝見のあと、古書会場へ。じっくりと拝見。


やなせ・たかし氏の『まんが入門 あなたのためのユーモア製造法』 (華書房)、井上勅豊氏の『シベリアの音楽生活』 (ナウカ社)、旗一兵氏の『喜劇人回り部隊 笑うスタア五十年史』 (学風書院)、 『音の書斎』 (音楽之友社)を購入。価格はどっかの古本市と違って(?)税込み価格。全部で2100円だったから、そんなに高くはない。

『まんが入門 あなたのためのユーモア製造法』は、「日本の古本屋」で見ると、献呈書名入りとはいえ5400円で高原書店が出している。僕が買ったのは、カバーなしの裸本だけど300円だったかと。「せどり」したようなものか?

『音の書斎』は1996年の発行のムック。「本の書斎」と違って、レコード、CDのコレクションが棚・ラックにぎっしり詰まっている写真は、ちょっと画一的で殺風景ではある。「背表紙」すらも、レコードなどでは判別できないから(但し、どアップで撮影しているのもあって、それだと判別可能。小川知子などありの人も?)。

でも寺島靖国さんの「私は書斎に殺される」といったエッセイ(勿論「書斎」「音斎」の写真付き)や、「レコード、買ったら終わり」(金野篤氏)など、名言(?)もあり。

レコードは実家に何十枚かある程度。その後、CDも何百枚かある程度。あとは、近年は図書館でアトランダムに借りてはMDテープに何百個も録音してきたが、それが再生不可能になりそう? それで先述したように、USBメモリに再録音し始めている。

本を読んだりする時の静か目の「BGM」として聴くので十分なので、スピーカーがどうのこうのという視点はゼロ。ミニコンポサイズで十分。
ディスクユニオンにも行かなくなった。ブックオフも本とDVD中心でCDコーナーはあまり見なくなった。これでいいのか? まぁ、いいのでは。


ともあれ、古書会場を見たあとは、スタコラサッサとデパートをあとにする。一階におりて出口が分からず、「どこ?」とお尋ねしたり。それほど「古本虫」にとってはデパートは無縁の世界‥‥。こんなの相手に「古本市」やっても売り上げ増大には貢献しないとデパート側が見なして、古本市をやらなくなるのも無理はないか?

やはり絵でも買うか? いや、財務省に操られがちなアベノミクスに乗せられて、余計な消費拡大する必要はないか‥‥。

マジョルカ島に出掛けてショパンの家も見てきた家人へのプレゼントにしようかとも考えたが、30万、60万では‥‥。ちょっとなぁ‥‥。

あと銀座松屋の古本市会場で、徳尾書店の本が目立った。八王子の北野台にある古本屋のようだ。でも、店舗はないようだ。残念。

そのほか、読書中だった、五十嵐日記刊行会編の『五十嵐日記 古書店の原風景 古書店員の昭和へ』(笠間書院) ではないが、五十嵐書店も出品していた。昭和28年から昭和37年までの五十嵐智氏の日記が収録されている。神田の南海堂書店に就職。後に独立、早稲田の五十嵐書店は近年立派な店舗になっていて、一階ぐらいしか覗かないが(地下には最近下りたことがないが)‥‥。マジメな古本屋さんだ。

そのあと東京駅へ。八重洲古書館がまもなく閉店になりそうだという情報は本欄でもお伝えしたが、実際どうなっているのやらとも。あと大丸のポイントがたまっていたので、それでいつものたい焼きを買いに行こうかとも。

古書館は昔に比べると狭くなった。以前、もっと広いスペースの店だった。2店ある時も。店の人に聞くと、3月中旬~下旬に閉店する予定とのこと。ううむ。買いたいものはなく、たい焼きを買いにいく。いつもの5個セットではなく3個セット。駅のホームで二個食べた。小田原の守谷のあんパンもいいが、こっちもいい。小田原と違って、大丸のたい焼きはいつでも買えるからいいが‥‥。

このあと、小岩、新小岩のギリギリ東京の東端の古本屋などに出掛けようと思っていたが、いささか疲れた。荷物も満杯。もはやこれまで。電車賃は、1000円は越えただろうか。フリー切符(750円)のもとは取れたからもういいやと。歩行計は14000歩。


ともあれ、ネバーセイネバー。
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皇室制度を尊重する社会主義者たち
(2014・11・7・金曜日)






積んどくしていた、梅澤昇平氏の『皇室を戴く社会主義』 (展転社)を読んだ。
著者は元民社党の参謀(後に大学教授)。

社会主義(民主社会主義)と共産主義とは異なる思想という認識のもと、戦前戦後の社会主義者、共産主義者、転向者たちの「天皇・皇室観」を分析している。

純朴に皇室を尊重するもの、戦略というか、一般国民の皇室肯定論を無視するのはまずいという立場からの皇室制度容認論者など、さまざまであるようだ。

海外でも、王室関係者のほうが、社会主義(社会民主主義)に近接することもあった。
ドイツ社民党に接近した「赤い皇女」といわれたエリザベートなどに関しては、塚本哲也氏の『エリザベート』 (文春文庫)や、フリードリヒ・ ヴァイセンシュタイナーの『赤い皇女エリーザベト』 (新書館)などがある。

少なくとも王室制度と社会主義とは矛盾せずに両立しえるということは、最低限度の知識としても持っておく必要があり、日本に於ける社会主義者たちの皇室感情を冷静に分析した本は少ないだけに、本書は貴重。

ただ、世の中には皇室をさほどは崇拝しない保守派もいるだろう。威厳のない皇室には愛想がつきるという立場からの人もいるかもしれない。原発を容認する革新派もいるだろう。思想は人それぞれだから。
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