古本虫がさまよう エロス
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「古本虫」の比ではない、『風俗の虫』(捜査の虫)の著者(元警官)、松木たかしは『ガマの聖断』の著者・南喜一を彷彿させる見事な「オーラル・××××」を含めた「オーラル・性ヒストリー」を遺した? そしてさらば日ノ出町の「浜劇」よ?
(2017・5・15・月曜日)




昨日(日曜日)はせっせと自宅で仕事。夜七時のテレビニュースも、手元にあるラジオ(テレビ音声が聞ける)で聞いていた。

さすがに北朝鮮のミサイルが飛んだ日で号外も出たから、NHK が好きな大相撲のニュースが「トップ」ではなかったようだ(最初に映像は流れたみたいだが、負けたこともあってか? まずは北のミサイルがトップニュース。でも勝っていたら、相撲力士の勝敗のほうがトップのトップニュースだったかも? なにせ、教育番組を潰してまで、春夏の高校野球の甲子園大会を初戦の最初から最終戦の最後の回まで完全中継する異常なスポーツ好きのテレビ局だから…)。

それはさておき、この前、古本市で購入した松木たかし氏の『風俗の虫 捜査官が覗いた日本の風俗70年』 (幻冬舎ルネッサンス)を一読。いやはや、面白い「性的自叙伝」だった。2011年の刊行。

戦中から現代まで日本全国津々浦々を渡り歩いた男の一代風俗記! 男の遊びと女の姿、そのすべてを記した日本男児への『遺言』! 男性の平均寿命と言われている78歳もクリアし、80の大台も突破した。しかしまだ上も下も元気で、一週間に1、2回は夜の金沢を徘徊して大いに飲み、語り、歌っている――。初年兵時代に仲の良かった戦友も、人生の快楽を何一つ知らず、童貞のまま戦死してしまった。これらの学友、戦友に代わって私は長生きして快楽を味わっているが、彼らの冥福を祈って毎日合掌しているのである。(「はじめに」より)

大正15年、満洲に生まれ、小学三年生の時、六年生の少女に誘われ、誰もいない自宅に行く。そこで、あそこに触っていいわよと「てほどき」を受けたのがきっかけ(?)で、性に目覚めてしまった著者。
とはいえ、童貞のまま少年期を過ごす。軍人時代に「売春宿」に行くものの、「挿入」のないまま射精…。

ともあれ、シベリア抑留から帰り、もっぱら金沢での警官人生。地元はむろんのこと、研修などで東京などに出かけたりするとストリップや風俗店へ。また定年後は全国各地の風俗めぐり。妻はもちろんいたが、「商売女」なら…許容されてのこと。トルコ、ヌード劇場やらさまざま。妻が死んでからはデリヘルも堪能…。祖父がシベリア帰りだったという風俗嬢さんとはしんみりした会話も。

この人、人柄もよいのだろうか? そして80歳すぎても「勃起」「射精」可能。見た目は還暦過ぎ程度にしか風俗嬢からも見られないと自慢している。 「日本のルトワックか?」。

遊廓、赤線、青線、ストリップ、花電車、デリヘル、ヘルス、ピンクサロン、トルコ(ソープランド)…。とにもかくにもマメ。

赤線廃止のため、著者の管轄地域では、素人女性を襲う強姦事件が一時多発した実例なども報告されている。安易な理想主義の弊害を戒めたり。
容疑者の取調べで、風俗の話が出て、 「潜望鏡」を知らないので、ふふふ、そんなことも知らないのかとバカにすると、容疑者が不安になり、教えてくれたら自供するから…なんてことも? 芸は身を助ける?

ともあれ、風俗店などを取り締まる側にもいる警官が、合法の範囲内とはいえそういう風俗めぐりをしているあたりも面白い。口述本かどうか知らないが、読む限りにおいて文章もしっかりしていて具体的。「自腹」での風俗通い…。一読の価値あり。

幸い、都内の区立図書館でも置いてあるところがある。借りて読むことも可能だろう。幻冬舎ルネッサンスというのは、自費出版担当の部署名。 著者には『捜査の虫』なる本もあるそうな。これは完全に自費出版の本のようで、国会図書館にもなさそう。こちらも面白そうだ。読んでみたいもの。

古本屋・古本市にはこういう「チンキな本」も点在しているから、やはり古本市通いは止められない?

この人の場合、風俗店通いは生き甲斐で死ぬまで止めれらないということか? 金沢から「同窓会」出席のため夜行バスで東京(横浜)にやってきて、始まるまで時間があるので、「モーニングサービス」を受けたりもしている。
そのほか、ヌード劇場(ストリップ)での体験談(徐々に露出が激化していく)は「歴史」を感じさせるものがある。劇場での単なる「鑑賞」ではなく、さまざまな舞台での「実体験」も詳述されている。ダンサーの「あそこ」に指ならぬ腕を入れたこともあるそうな? 参考文献に、南喜一氏の『ガマの聖断』 をあげてもいる。

そういえば、横浜の京浜急行の日ノ出町駅すぐ近くにヌード劇場というかストリップ小屋(浜劇)がある。5000円だったか? アダルト女優なども出演。この前も、開始時刻前だったか、行列ができていた(モーニングサービスというか、早朝料金割引もあるそうな? シルバー学生料金なども。4000円)。

人生、まもなく還暦になるが、実はストリップは見たことがない……。以前、ある国際政治学者が、趣味はストリップ小屋行脚というのを聞いたことがあって、「意外?」と思ったものだが、松木氏の本を読むと、ストリップ小屋には人生の哀愁が漂っていると実感した次第。「あそこ」を使った名人芸の数々もあり、ミサイル発射ならぬ小水発射?などもありとか? ううむ、北のミサイルも、美女の小水もどっちもいやだが、まだ「小水」のほうが被害は少なくてすむ?

場内が完全禁煙なら見てみようかな? でも、ホームページを見ると、場内は禁煙のようだが、ロビーに「喫煙スペース」があるようだ。これじゃ、ダメだね。中途半端な分煙レベル。残念。さらば浜劇よ? いや、待てよ。浜劇は、横浜ロック座に名称が変わったんだっけ?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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消えたはずだよ? おとみさんとブルマー&マルクス主義の復権、復活、リバイバルはありうるかも?
(2017・5・10・水曜日)






1953年生まれで関西大学教授の山本雄二氏の『ブルマーの謎 女子の身体と戦後日本』 (青弓社)を読んだ。親が洋品店をやっていて、売れ残りの在庫として学生服やトレパンと並んで、ブルマーがあったそうな(ズロースも?)。そういうこともあっての研究成果?

内容紹介→ブルセラブームを契機に批判を受け、1990年代以降に学校現場から姿を消したブルマーは、なぜ60年代に一気に広がり、30年間も定着・継続したのか。資料探索や学校体育団体・企業への聞き取り調査から、普及のプロセスと戦後日本の女性観の変容を明らかにする。
内容(「BOOK」データベースより)
ブルマーはなぜ広まり、定着したのか―綿密な資料探索と学校体育団体やメーカーへの聞き取り調査を通して、ブルマー普及の足取りを追う。ブルマーは導入当初から性的なまなざしにさらされてきた。にもかかわらず、学校現場で存続してきた「謎」を解き明かし、戦後日本の女性観の変容と軋轢を浮き彫りにする。



シンガポールの日本人学校で、密着型ブルマーの着用を義務付けていたら、それに反発する生徒がいて、朝日が記事にしたために、フェミニストも介入。人権問題云々の議論になったあたりから、日本国内でもブルマーが衰退していったようだ。ふうむ、やはり朝日か…。地髪を染めることを監視する最近の公立高校の動きも批判的に取り上げていたかと(一面記事として)。

著者は、シンガポールのその日本人学校にまで出かけている。といっても、当時の校長・先生はいなかった模様。ブルマーを義務づけるなんて、男の悪趣味、「男性教師の目の保養のための校則ではないかと勘ぐりたくもなった」といわんばかりに批判していたフェミニストがいたとのことだが、実際は強制を主導したのは女教師だったという。

残念ながら、その女教師に、その真意を問い質すことまではできなかったようだ。そもそもフェミニストが安易に考えるような「目の保養」どころか「目の破壊」にもなりかねないことも。
僕の小学中学高校時代は、ブルマー全盛時代だったが、スラリと伸びた足と手頃なヒップの女生徒よりも、どちらかといえば、大きなお尻に…というのを見かけることが多く、ショートパンツならまだ隠させるのになぁ、見たくもないものを見せられた…と思ったことも多々あった(勿論思うだけで、その相手に対して直接口に出すことはない)。

いまでもそうだ。この季節、まだミニスカート、ホットパンツの類を身につけるには早いだろうに…鏡をみたことないのかよと思う大根足を毎日何本も見せられる苦痛…。暑くなったら、そういう格好も仕方ないだろうが、まだ涼しい時にも、そういうのをデーブス(デブ&ブス)がしていたら、気色悪くなるだけ。自意識過剰もほどほどに?

いろいろと密着型ブルマーの普及の歴史やオリンピック前後の動向など、いろいろと学者的に論述もしている。そのあたりは、ブルマーに性的な関心も何もない(?)我が身にとっても、ちょっと退屈なところではあったが……。


ともあれブルマーに関しては、中嶋聡氏の『ブルマーはなぜ消えたのか―セクハラと心の傷の文化を問う』 (春風社)という「名著」がある。以下再録的になるが…。

こちらの著者は一九五五年生まれ。僕より少し年上になる。僕の世代感覚からすると、高校時代まで我が同級の女性たちは体育の授業の時にはブルマーを穿いていた。しかし、そのブルマーは消えて久しい。時々、女子高校生などが、超ミニスカートから青い短パン(ハーフパンツ)をはみ出して穿いて闊歩しているのを見て、あれは何だろうと長年不思議に思っていた。あれがブルマーの代わりの体育服というのは最近知った。
 著者はブルマーを愛すること人後に落ちないようで、フェミニズム的価値観によるブルマー廃止論に反対し、田舎ならまだブルマーが残っているのではないかと、高知県まで訪ねていったものの、ハーフパンツになっているのを見て愕然としたりもする。
このあたり、ちょっと異常かなと思わぬでもない。
ちなみに著者は医者。八木秀次氏や中川八洋氏の名前を出して、ズバズバと物言いをつけるのを是とする立場からのブルマー論を書こうと思い立ったと「おわりに」で書いてあるあたり、タダモノではありませんな?
 
それはさておき、性同一障害論の胡散臭さなども論じており、退屈せずに読めるのはいいのだが、ブルマーへの拘りは、下着フェチの傾向のある人と同様か?
 ぴったり化繊ブルマーに対して、当の女性たちが、太股が全部露出してしまうのが嫌だったとか、お尻の形が分かってしまう、下着がはみ出ていないか気になったと言う声もあって、徐々に消えていった側面も、彼が指摘する通りあるようだ。確かに、僕の小中高校時代の観察でも、太いねぇと感嘆せざるをえない「ケッ作」があったし、下着のはみ出しを指でブルマーの中に押し込もうとする可愛い下級生には温かい眼で凝視していたことはあったものだと思い出した。
女性の立場からすれば、そういうブルマーより、短パンの方が有り難いという思いをすることも当然あり得るだろう。それ故に、たかがブルマーであって、男女区別を無くし、男女とも短パンにしようとする魂胆をフェミニストが持っていたにせよ、時代の趨勢として肯定せざるを得ないのではないかと僕は思う。
 著者はタバコへの批判の高まりに対して、禁煙キャンペーンを批判的に捉えているが、人の居ない所で吸うことを否定する動きはさほどない以上、その認識が正しいとは思えない。またセクハラ論として、職場に女性の水着ポスターを貼る程度のことまでめくじらをたてるのはいかがなものかという姿勢を示しているが、これも首を傾げる。ヌードポスターならやはりセクハラになるだろうし、水着とて小学生程度の娘と夏休みに海水浴に出掛けた家族写真を机上のガラス面に置いてある程度ならともかく、やはりそれなりに肉感的な水着ポスターなら、問題だろう。えてして、そういうものを見てニヤニヤする程度の男は、職場の女性に対して、「いやぁ、ボインだな、誰かと大違い」なんて言ったりするものだ。
妻が勤めていた昭和六〇年前後の会社では、女性社員に対して「ブス」呼ばわりして平気の平左だった男性も少なくなかったという。そういう労働環境を考えると、息抜きのためにと称して水着ポスターを職場に貼る必要はまったくあるまい。見たければ定期券入れか携帯電話画面にでも挟んでチラチラと眺めれば済む話だろう。
 ブルセラにせよ、ブルマーをテーマにした写真集やアダルトビデオは存在するが、実社会からは廃れて久しい。しかし、ブラジャーやショーツのラインが見えにくいするようにする服がある一方で、シミチョロだの下着ルックだのキャミソールや臍出しルックなどが流行るのを見れば、そのうち、バカなファッションデザイナーや羞恥心の乏しい女どもが、喜々として「ブルマールック」を身につけることもあるだろう。
詰まらないコミュニズムやマルクスだって、リバイバルさせようとする左翼人がいるのだから。その日まで長生きすることだ?
それにしても二十歳過ぎた熟女(単なる変態女?)がブルマーを穿いて町中を歩く光景はあまり見たくない。やはりあれは、バレーボールとかスポーツ選手の躍動的なスタイルにこそ合っているのであって、日常着ではないという区別だけは無くしたくないものだ。 
そんなブルマー愛好家の中嶋聡氏にお勧めしたいのが、如月蓮氏の『三つの熟女体験〔人妻同窓会〕』 (フランス書院文庫)。学生時代バレーボールで肉体を鍛えていた人妻が主人公役だからだ。今も自治会の部活でバレーボールをやっている三十路の人妻がブルマー姿で息子の家庭教師役の大学生に貫かれる……なんてシーンが続出。「看護婦」といい、「ブルマー」といい、この手の小説のキーワードとしての「エロス言葉」は「死語」にはしたくないものとは思うのだが……。


山本氏の本の「参考文献」には、この「名著」が出てない。読み落としたかもしれないが、文中でも言及がなかったかと。だとしたら片手落ち? 『ブルマーの社会史 女子体育へのまなざし』 (青弓社)は出ているが…。ブルマーをテーマにした作品にも言及して欲しかった? 例えば…。

天海佑氏の『人妻とブルマ』 『ブルマ調教【義母と義妹】』や、櫻木充氏の『 課・外・活・動… セーラー服とブルマーと 』 (いずれもフランス書院文庫)などがある。『人妻とブルマ』は、こんな内容とのこと。

内容(「BOOK」データベースより)
(あなた、許して。隣りの高校生に抱かれる私を)前屈みに手をつき、ブルマ姿で背後から貫かれる若妻。隣家の少年に弱みを握られ、自宅で強いられる性調教。教え込まれたとおりに腰を動かす香澄は知らない。高校生が近所の人妻の操を次々に奪っていることを…29歳、25歳、37歳、被虐の蟻地獄に堕ちる人妻たち。


カバーイラストは人妻がスカートをまくったら、そこにはブルマが…。山本氏の本でもいろいろと論じられていたが、そもそもブルマは、二枚重ねの一枚でもあったとか。下着がモロに見えないように、ブルマーを履いて羞恥心を減らすことができるとも考えられていた時代もあったという意味で。まぁ、それが普通の感覚では?

ブルマーの再発見、リバイバル流行普及はあるかもしれない。マルクス主義のそれと同様に。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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フランス新大統領マクロンさんもびっくり? 「年上の女」にもホドがあるのでは? 古希すぎた風俗嬢に群がる青年たち?
(2017・5・9・火曜日)




中山美里氏の『高齢者風俗嬢 女はいくつまで性を売れるのか』 (洋泉社・新書)を読んだ。

内容紹介→数年前から〝熟女ブーム〟といわれ、〝熟女〟を前面にフィーチャした雑誌や風俗が人気を博したが、ここ数年は、50代や60代だけでなく、70代や80代の超熟女を求める傾向が強くなってきた。70代のナンバーワンソープ嬢、80代のデリヘル嬢――彼女たちは、なぜ還暦を過ぎてもなお〝超熟女〟として風俗嬢を続けるのか――
高齢化社会・日本のもうひとつの断面の現実をレポートする!


更年期を過ぎてというか、還暦すぎても「売春婦」をやるというのは…。高齢化社会ならではの光景だろうか? 電車に乗っていても、いい歳して、派手な格好、化粧しているオバサンをよく見かけるが……。

ちなみに著者は、援助交際を高校生の時していたそうな? その体験記『16歳だった 私の援助交際記』 (幻冬舎)という本もある(ようだ)。そのほか『ネット風俗嬢』 (泰文堂)や『性職者の人々』 (宙出版・共著)などもあるそうな。

著者は「私のスタンスとして、風俗の仕事は、学歴のない女性、結婚などによって職歴が途切れてしまっている女性、就職に失敗した女性、一家の大黒柱として稼がなければならないシングルマザーなど、まとまった収入を普通の職業や仕事で得ることが難しい女性にとっては、救済的な傾向がある職業だと思っている」と肯定的。たしかにそういう側面はあるだろう。需要と供給の法則があるのだから…。求める人があれば、与える人も出てくる。

そして「こういう考え方は批判を受けるかもしれないが、パートで月10万円程度を稼ぎ、ひとり親世帯向けの児童手当を満額で受け取り、公営住宅で暮らし、『貧困だ』『社会が弱者を見捨てている』と訴える女性よりも、風俗やAVなどで身体を張って稼いでいる女性のほうが、私にとっては断然好感がもてる」とも書いている。ううむ、なるほどねぇ。勇気ある正論? リベラルなフェミニストからは怒られそう?

若い女性だと、月収百万になったりすると、ホスト通いで「破産」することも多いが、高齢風俗嬢は、時給1000円前後のパートよりは稼げるこの職業を大切にし、堅実に貯金して「老後」に備えるパターンも多いようだ。そんな「老女」も登場する。人生さまざま。

美貌やテクニックも重要だろうが、こういう「職業」では「誠実」さも重要のようだ。「母親」の世代にあたる「老女」とやりたがる(?)青年、中年男も絶えないとのこと。まぁ、しかし、我が身には縁のない世界。「高齢者風俗嬢」であれ、若いギャルであれ、そういうモノにつぎ込む金があれば、4500円の古本を買うほうが楽しそうだし…。いや、4500円の本もよほどのことがない限り買えない我が身。それ以上のお金のかかる「風俗」にはもったいなくて足を運ぶことはない(だろう。とはいえ、ネバーセイネバー?)。

そういえば、最近、タイで自称38歳(本当は62歳)の還暦すぎたおばあさんが、詐欺やらなんやらの疑いで逮捕されたかと。ワイドショーで、そのおばさんを見かけたが…。ううむ…。どう見ても、還暦すぎのおば(あ)さん。
こういうレベルの「高齢者風俗嬢」も多々いるのだろう。アニセー・アルビナにしてもラウラ・アントネッリにしても…。みずみずしい二十歳前後の美貌の持主であっても、50歳ぐらいまでは「美魔女」であったとしても、還暦すぎるとやはり……。ふと、横を見ると、ソファベッドに横臥している我が古妻が……。

この前も九段下の某ホテルで、かつての職場仲間とバイキング料理を食べてきたそうな。自分の年齢(還暦直前)と体重(?)がまもなく一致しそうなこのごろである……。この連休中は、そういえば、週末(休日)ギャンプルやら、そんな会合に忙しく「手料理」を食べる機会は一日もなかったかのような。「高齢者古妻」も…。
まもなく飛行機旅行をする予定があるので、万が一のことが発生したら(?)、これからの人生老後の危機管理のためにやむをえず「再婚」、その時には、もう少し若い女性と再婚する可能性も生まれるのでは? 42歳ぐらいの。いや38歳ぐらいの…。夢は広がる?

その点、39歳でフランスの新大統領になったマクロンさんの奥さんは25歳年上で64歳とか。はっきりいって「母と息子」の年齢差だ。ただ、テレビで見る限り、奥さん、首から下のスタイルはよさそう。足も細い。ううむ。20年前の19歳と44歳なら…無理もないか? いや、それでも19歳なら34歳ぐらいの「年上の女」が上限では……。フランス書院文庫に出てくる少年と「年上の女」編も、上限は39~42歳ぐらいだ……。日本にもマクロンさんみたいな熟女好きが沢山いるから、還暦前後の女性もまだまだやれる? 詐欺おばさんもデブではなかった。マクロン夫人も。ただ、デブのほうがいいという青年もいるようで……。蓼食う虫も好き好き…。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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村上春樹の『騎士団長殺し』の南京40万虐殺も、亭主のアレが入らないのもどちらも荒唐無稽小説なれど、どっちが売れている?
(2017・4・29・土曜日)





ということで、一応「黄金週間」の始まり。起床してまずは、 『歴史の工房』 (みすず書房)を手にしたが、ううむ…難しい? 少し読んで脇に置いて、読みかけ中だった、こだま氏の『夫のちんぽが入らない』 (扶桑社)を読了。

タイトルがいささか過激だが、本の装幀は「書名」が目立たないような造り。だから、本屋で購入しても、レジの女性に、「このエロじじいめ」と変に思われる心配はない。エロ本を購入するような葛藤サスペンスは起こらない?

内容紹介→“夫のちんぽが入らない"衝撃の実話――彼女の生きてきたその道が物語になる。
2014年5月に開催された「文学フリマ」では、同人誌『なし水』を求める人々が異例の大行列を成し、同書は即完売。その中に収録され、大反響を呼んだのが主婦こだまの自伝『夫のちんぽが入らない』だ。
同じ大学に通う自由奔放な青年と交際を始めた18歳の「私」(こだま)。初めて体を重ねようとしたある夜、事件は起きた。彼の性器が全く入らなかったのだ。その後も二人は「入らない」一方で精神的な結びつきを強くしていき、結婚。しかし「いつか入る」という願いは叶わぬまま、「私」はさらなる悲劇の渦に飲み込まれていく……。

交際してから約20年、「入らない」女性がこれまでの自分と向き合い、ドライかつユーモア溢れる筆致で綴った“愛と堕落"の半生。“衝撃の実話"が大幅加筆修正のうえ、完全版としてついに書籍化!


いきなりだが、夫のちんぽが入らない。本気で言っている。交際期間も含めて二十余年、この「ちんぽが入らない」問題は、私たちをじわじわと苦しめてきた。周囲の人間に話したことはない。こんなこと軽々しく言えやしない。
何も知らない母は「結婚して何年も経つのに子供ができないのはおかしい。一度病院で診てもらいなさい。そういう夫婦は珍しくないし、恥ずかしいことじゃないんだから」と言う。けれど、私は「ちんぽが入らないのです」と嘆く夫婦をいまだかつて見たことがない。医師は私に言うのだろうか。「ちんぽが入らない? 奥さん、よくあることですよ」と。そんなことを相談するくらいなら、押し黙ったまま老いていきたい。子供もいらない。ちんぽが入らない私たちは、兄妹のように、あるいは植物のように、ひっそりと生きていくことを選んだ。(本文より抜粋)



カフカの『変身』ではないが「寓意」がふんだんにある小説。
田舎からやってきて大学生になった少女。汚い風呂なしアパートに入居したとたん、同じアパートの一年上の男子学生が部屋に入ってくる。入学早々知り合ったその男と「同棲」が……。どちらも教員になり結婚。だが……。

村上春樹氏の『騎士団長殺し』 (新潮社)には、南京大虐殺40万描写かあるとのこと? そのために、いつもより売れ行きが悪い? 「ウイル」& 「本の雑誌」(2017年5月号)にも、そんな指摘をする人がいたかと。大森望氏&豊崎由美氏の『村上春樹「騎士団長殺し」メッタ斬り!』 (河出書房新社)は未読だが、それはさておき、こだまさんのこの本、村上作品ほどではなくともそこそこ売れている。ちなみにアマゾンで村上作品を見ると、「ベストセラー一位」となっているジャンルがあるが、それがなんと「マ行」の書き手のジャンル。「世界の村上」にしては、ちょっと情けない?

それはさておき新宿区立図書館でも、例えば、 『騎士団長殺し』の第一部は27冊購入していて、予約が500人ほど。『夫のちんぽが入らない』も7冊購入していて予約は70人ほど。一冊あたりの人数はダブルスコアだが、それでもたいしたもの。
村上春樹かこだまか。まぁどちらも図書館でじっと順番待ちして「只」で読んでも損はしない?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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マクロンとルペンではないが、「古本欲」と「性欲」 どっちが安上がりか? 大切か?
(2017・4・24・月曜日)





坂爪真吾氏の 『セックスと超高齢社会 「老後の性」と向き合う』 (NHK出版新書)を読んだ。

著者のこれまでの作品は、 『男子の貞操  僕らの性は、僕らが語る』  (ちくま新書)、 『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』 (小学館)、 『性風俗のいびつな現場』 (ちくま新書)などを紹介してきた。いずれもセックスに関するノンフィクション。


今回の本はこんな本。


「長寿大国・日本」の現実とは? 性的貧困に陥らないために!
単身高齢者約600万人のうち、初婚・再婚するのは0・001%。また配偶者がいたとしても、75歳になれば男性の2割、女性の6割は離別・死別を経験する。その時、私たちは残された自らの「性」とどう向き合えばいいのか。シニア婚活の実態、介護現場の問題行動、高齢者向け性産業など……、長寿大国と言われつつもほとんど光が当たってこなかった「超高齢時代の性」の問題に個人・社会の両面から挑んだ一冊。


人間にとって、 「無縁」 (関係性の貧困) 、「無援」(社会的孤立) 「無円」(経済的貧困)、 「無艶」(性的貧困)は困るとのこと。まぁ、「無円」は一番困るような?

性欲は死ぬまで…なんて週刊誌の見出しもよく見かける。男のみならず女も?
本書でもさまざまな老夫婦の例も出てくる。夫唱婦随ではないが、夫婦共に性欲は「昇華」して、淡々と老後を過ごす例も出てくる。

いやいや、エロじじい(エロばばあ)化する例もあるようだ。そういえば、そういう老人介護をテーマにしたアダルト作品もあるようだが、さすがにそういうのは見たことがない(見る気にもなれないが)。

ともあれ、世の中には、一年間に一冊も本を読まなくても平気の平左で生きている人はゴマンといるだろう。同様に、十代半ば過ぎ以降二十代のころはともかく、結婚して子供ができたら女性(妻)のみならず男性(夫)とて、セックスに関心を持たなくなる層もいるだろう。一年に一回あるかないか? いやいや、最後の子供ができてから十年に一回も?
勿論、配偶者に対しては無関心になっても、性欲そのものは維持(拡大?)していく例もあるだろう。人それぞれ、さまざま。

ということで、「無艶」に関して、老人になってしまえば、さほど感じない層は増えていくのが普通であって、さほど案じることもないのでは?

もっとも、僕とて、いまの妻と死別すれば、再婚も考えるかも。「年上の女」がいいといっても、17歳のころなら十歳年上の「27~28歳の女性」がよかったかもしれないが、還暦近くになると、「古希」を過ぎた女性と再婚というわけにはいくまい? やはり「27~28歳」の女性がいい? いや、まぁ、48歳ぐらいでも…。

アダルトビデオに救いを求める老人もいるとか? 射精介助を要望するエロじじい もいるとか?

世の中には、この前も、26年間でフィリッピンで12660冊読んだ、いや、12660人の女性と「やった?」「撮影した?」フィリピンの買春校長(高島雄平)もいたではないか?

この前、紹介した仁藤夢乃氏の『難民高校生 絶望社会を生き抜く「私たち」のリアル』 (ちくま文庫)ではないが、人生、「エロ」ではなく「本」に依拠して生きていけば、「難民」とならずに間違いをおかす確率は低下するのでは?

フランス大統領選挙ではないが、ルペンとマクロンの決戦投票。どっちを選ぶか。 「(古)本欲」と「性欲」--どっちを選ぶか? どっちも? 老人になると古本市に行くのも大変になる。視力も低下(性欲も低下?)。まぁ、なるようになる。得るものがあれば失うものがあり、失うものがあれば得るものがある、生きている限り幸せと思うのが人生の要といえようか。

ともあれ、そういうテーマを考える上で手頃も性愛小説として、雨宮慶氏の『単身赴任』 (双葉文庫)を読んだ。50歳まであと少しという中年男が主人公のエロス小説。東京から新潟に単身赴任している銀行員。いままでセックスレスになっていた妻と燃え上がる?


妻と娘を東京に残し、新潟で単身赴任生活を始めてから八カ月。月に一度の帰京のため新幹線に乗った江上達郎は、隣の席に座った本橋みずきに心を奪われる。離れて生活しているためか、家に戻ると妻・淑恵との性生活も楽しめるようになっていた江上だが、赴任先でのみずきとの逢瀬が、慎ましやかな妻との夜にもさらに彩りを与えていく。実力派による傑作エロス。

新幹線で出会った女性が高級下着を売っていて、それを買って妻にきせたりまたその女性と浮気をしたりといった内容。特にサスペンスもなく騒動もなく淡々としたもの。ちょっとストーリー展開は物足りない?

それにしても、マクロンさんは、高校生の時、二十歳(二十五歳?)ぐらい年上の女教師と出会って結婚したとか? 18歳と38歳(43歳?) 「母親」ぐらいの年齢?
同級生の母親と結婚したという、ヤクルトにいたペタジーニもびっくりか?
フランス書院文庫にも似たストーリーの作品があったか?
弓月誠氏の『熟妻(マダム)女教師・三十九歳』は、年齢構成的にもほぼドンピシャ!

厳密には学校ではなく家庭教師役だが……。→大学受験のための個人授業が、性の密室レッスンに…甘すぎるパイズリ、蕩ける初体験、秘密の裏肉実習。教師と生徒の垣根を越え、ふたりは背徳の美獣に! ……

ともあれ、この本の書名にはフランス語の「マダム」がある。 さすがフランス! ビバ、バンザイ!?

ただ、高校生と女教師(女生徒と男教師)の関係は一歩間違えると犯罪やスキャンダルになることも…。
ゾーイ・ヘラーの『あるスキャンダルについての覚え書き』 (ランダムハウス講談社)。まだ若い美人女教師と15歳の男子生徒のスキャンダルが一つのテーマ。それを知った同僚の老女教師が……との物語。映画(「あるスキャンダルの覚え書き」)にもなったという。映画は見ていないが、女教師と生徒が広々とした英国ハムステッドの公園(?)で深夜相まみえるシーンがあったかと? あの広々としたハムステッドでアオカンとは? 日本だと新宿御苑か? メルヘンの世界?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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