古本虫がさまよう 事故
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懲役22年が重い? 「軽過ぎ晋作」では? 3人殺しているんだから死刑にしてもおかしくない せめて本当の意味での無期懲役、終身刑を(2015・12・9・水曜日)





2015・12・6の産経朝刊の長辻象平氏の「交通死は現代社会の人柱か」の記事と、
佐藤光房氏の『遺された親たち』 (これはシリーズで数冊刊行。あすなろ書房)を前ブログで紹介した。

これらを読むと、悪質な交通事故加害者の反省なき実態を垣間見ることができるが、2015年12月8日の日経夕刊社会面に「飲酒ひき逃げ懲役22年」「小樽4人死傷」「高裁、一審を支持」という記事が出ていた。

昨年7月に海水浴帰りの女性4人を脇見運転(スマホ操作)、かつ飲酒運転、かつひき逃げで「殺傷」した男に対する判決の記事だ。あぁ、あの悲惨な交通事故かと思い出す人もいるだろう。この娘さんたちの親にとって、本当に『遺された親たち』だ。

一審が求刑通りの懲役22年としたことに対して、被告が「事故は脇見が原因。危険運転致死傷ではなく、より法定刑が軽い過失運転致死傷を適用すべきだ」と控訴していた。バカな高裁は、せっかくの下級審の裁判員による、まずまずの判決を「相場」より重いとして、少し値引きして軽くしがちだが、偉いね、札幌高裁は。
「控訴を棄却する即日判決を言い渡した」とのこと。

時速50~60キロで車を走行させながら、15~20秒間、下を向いてスマホの画面を見て、アルコールの影響で正常な運転が困難な状態にあったと裁判長は述べて、危険運転致死傷罪を適用した一審判決を妥当と認めたとのこと。
被告は罪が重すぎるとも訴えたが、「被告は被害者4人を救護せずに逃走しており、身勝手で卑劣。厳しい非難は免れない」と指摘し、退けたという。当然だ。机上の空論を弄びがちな裁判官からしても、この男のやったことはあまりにも非常識、身勝手と思えたのだろう。江戸時代なら、市中引き回しの上、遠島(シベリア送り?)だ?

3人も殺した奴なんて死刑になってもおかしくない。「車」が介在されているために「事故」の側面が出てきて、間接的な殺傷となって、交通事故ではなかなか(絶対に?)死刑にはならないだろうが‥‥。懲役22年といわず、こういう悪質なドライバーは、再犯の恐れもある。本当の意味での無期懲役か、終身刑を新設してでも終身刑にでもして、刑務所内で所定の労働をさせ、その収益の一部を死ぬまで(いや、少なくとも服役中は)被害者の遺族に支給させるシステムを構築すべきだろう。

そのあたり、中嶋博行氏の『この国が忘れていた正義』 (文春新書)が詳しい。

「忘れていた」といえば、明日から高円寺で始まる古本市。「日本の古本屋」の「古本まつりに行こう」に、いつものように表示されているけど、何時から何時までやっているかの表示がない(12月9日午前4時過ぎ確認の時点で)。多分午前10時から午後6時までで最終日は午後5時なのだろうが……。

時々、木曜日からやっている時は、午後7時までやったりしている時もあったかと。そのあたり確認できれば帰り道寄れるかもしれないけど、いちいち電話しないと教えてもらえないのだろうか? でも、電話番号は明記されているけど(会期中のみ)となっているから……。会場入り口脇の灰皿の設置は忘れてもいいけど(?)営業時間の明記はなるべくお忘れなく願いたいもの?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

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「韓国セウォル号沈没事件」と「さんふらわあ だいせつ」の違いとは?
日本人と韓国人ここが大違いなのか?
(2015・8・4・火曜日)




昨夜(2015・8・3)のNHKニュースを見ていたら、北海道苫小牧市沖で発生したカーフェリー「さんふらわあ だいせつ」の乗客で、無事避難できた人のことが紹介されていた。記憶違いでなければ、流暢な日本語を喋っている在日韓国人のようであった。

彼は、火災発生を知った時、すぐに韓国の数百人の死傷者を出した「韓国セウォル号沈没事件」のことを想起し、もしかしたら死ぬかもしれないということで、自撮り的に愛する家族へのメッセージなども録画していたようだ。その映像が流れていた。

しかし、韓国のように船長が率先して乗客をおっぽりだして脱出するようなこともなく、船員たちの適宜な指示により無事脱出。逆に船員の一人がなくなった。
その在日韓国人も、今回の事故と先の事故とは異なるものの…というコメントであった(かと記憶している。食事をしながらの、ながら視聴なので)。

この在日の人が、「韓国セウォル号沈没事件」の生き残りだったりしたら、大変な騒ぎになっただろうが……。

ともあれ、こういう事故対応はケースバイケース。日本がいいとか、韓国が悪いとかの問題ではなかろう。
だが、30年ぐらい前に、豊田有恒氏の『日本人と韓国人ここが大違い 誰も書けなかった隣人国の意識と行動』 (ネスコ)という本を読んだことがある。もう中身は覚えていないが、こういう事故を考える上で、参考になる視点があっただろうか?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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アマゾンプライム商法にご注意?
(2015・6・16・火曜日)

この前、カードの請求書をチェックしていたら、アマゾンのプライム会員の年会費が引き落とされていた。おやおや、そんなもの申し込んだ覚えはないぞと思って、すぐにチェック。

まずは解約したものの、プライムの特典を使ったことがあるからということで会費は戻ってこない。消費者センターかなにかに苦情を訴えたほうがいいのかもしれないが、どうやら、知らないうちに以下のようなところをクリックしたために「合法的」に搾取されたようだ。

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「無料体験期間が終了すると、お客様は年間会員(年会費\3,900)に自動的に移行されますのでご注意ください。無料体験期間はアカウントサービスにてご確認ください。年間会員への自動的な移行をご希望にならないお客様は、アカウントサービスにて無料体験終了後に「会員登録しない」のボタンを押して設定の変更を行ってください。(中略)無料体験後、もしくは次年度の年会費の請求がされた場合でもAmazonプライムの特典を一度も使用していない場合には、年会費を返金いたします。」との表示もあったかと。

今どき「会員登録の継続をご希望の場合、お手続きは不要です。無料体験の終了時に、お客様の会員資格は年会費 3900円(税込)の有料会員へ30日後に自動的に正式登録されます」というやり方はあまりスマートとはいえまい。

「お手続きは不要です」なんて、サービスみたいに言っているが、冗談ではない。必ず本人の意志を最終確認する術を持つべきだろう。
これって、例えば、雑誌を年間購読していて、まもなく期限切れになるときに、「購読登録の継続をご希望の場合、お手続きは不要です」なんてやっている雑誌社は今どきどれだけあるのだろう。
原則、一年なら一年、購読をして、さらに継続を希望する時は、改めて文書なりで確認するのが健全な商法といえよう。本人が途中で死んだりした時、いちいち、こちらから中止と言わないと継続されては困る。
原則、本人からの意志表示がない場合は、購読契約は終了するというふうにしてほしいもの。「面倒なお手続きは不要です」どころか、人に金をとられるのなら、「面倒なお手続きを経た上でやってもらいたい」ものだ。それが消費者の普通の感覚だろう。


その意味で、アマゾンのこの商法、疑問ありだね。クリックしたのやら記憶にないが。本や雑貨をたまにしか購入しないが、即日や翌日でなくてもあわてないから、そんなプライム会員になる必要はまったくなかった。
ただ、なぜか、すぐに無料で配達できるようになったなと不思議に思っていたが。

年会費を取られたので、まぁ、あと数カ月、その資格があるようだが、せいぜい、注文しようか? いやいや、それがいけない。搾取された3000円ちょっとのお金はもう取り戻せない。泣き寝入りである?
アマゾンって、消費者思いではないようだから、要注意? 

横田増生氏の『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』  (朝日文庫) は積んどくしていたか? 読んだほうがいいのかも。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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帰還兵はなぜ自殺し、無謀な運転者に殺される被害者はなくならないのか?
(2015・6・9・火曜日)



デイヴィッド・フィンケルの『帰還兵はなぜ自殺するのか』 (亜紀書房)という本が今年の2月に訳出されている。積んどくしていたので、読もうとしているところ。
訳者によると、原題は「祖国へのご奉仕に感謝する」とのこと。イラク戦争アフガン戦争で、アメリカ人兵士は200万人が派遣され、そのうち50万人が心的外傷後ストレス障害と外傷性脳損傷に苦しみ、毎年240人以上の帰還兵が自殺を遂げているという。

自衛隊もイラク支援のため万単位の隊員が派遣されており、帰還した者で自殺するものがいるとのこと。


自衛官の自殺、日本人成人平均より高水準/海外派遣時期に上昇傾向/政府答弁書「因果関係特定は困難」
カナロコ by 神奈川新聞 6月6日(土)7時0分配信

 2004年度から14年度までの自衛官の自殺死亡率が、日本人成人の平均よりも高水準で推移していたことが、政府が5日に閣議決定した答弁書で分かった。アフガン戦争とイラク戦争に関連し、特別措置法に基づいて自衛官が海外派遣されていた時期の自殺率が高い傾向がみられる。

 答弁書では、自殺にはさまざまな要因が複合するとして「海外派遣との因果関係を特定するのは困難な場合が多い」としながらも、防止対策を進める姿勢を示した。

 民主党の阿部知子衆院議員(比例南関東)の質問主意書への答弁。

 答弁書が示した自衛官の自殺死亡率(10万人単位)は04年度に39・3人、05年度と06年度は38・6人だった。04年度~14年度では、同時期の日本人成人の平均値を、9~3ポイント程度上回っている。

 04~06年度には、3自衛隊と事務官を合わせた自殺者数の合計が、いずれも100人を超えた。ただ、これ以後は減少傾向で、14年度は69人となっている。



身近な人で自殺した人は、一人だけいる(自宅で首吊りだったとか)。もう30年以上前のことだが。こればっかりは人それぞれというしかない。「ネバーセイネバー」でも「明日は我が身」でも形容しがたいが、万が一自殺する時でも、線路に飛び込みとか、ガス自殺とか、他人に迷惑をかけるのではなく、自宅での首吊り程度にしておきたいもの?

一方、自殺ではなく車によって殺害される人も減らない。

北海道の砂川での交通事故死事件(乗車していた5人のうち4人が死亡)に関して、報道を見る限り、生き残っている輩は、許せない「加害者」のようだ。飲酒運転はしていなかったか?
報道の推測通りとすれば、一人を「ひき逃げ(引きずり) 」的に殺した奴は「死刑」にしてもいいのではないか。

こいつらは、「死刑」にできないなら、無期懲役、それも無理なら、とにもかくにも一生、免許を与えず、佐藤光房氏の『遺された親たち』 (あすなろ書房)のシリーズ本を刑務所で何度も読ませ感想文を提出させるべきだろう。

ここに紹介されている「遺族」たちは、子供を無謀な運転者によって殺された親たちである。愛する子供を失った苦悩が綴られている。しかし、砂川の場合、次女一人のみが重体とのこと。両親や長男長女は死亡している。「遺された子供たち」になるのだろうか。なんという残虐なことだろう。
こんな事態を生み出した輩は本当に許せない犯罪者だ。

ともあれ、ネバーセイネバー。

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ロボット社会は、ヒューマンエラー(「×印」?)による被害を防ぐ「ユートピア」を実現できるのか?
(2015・3・31・火曜日)





ニコラス・カーの『オートメーション・バカ  先端技術がわたしたちにしていること』 (青土社)を読んだ。

内容紹介
わたしたちの生活はさまざまなところで自動化の恩恵を受けている。
医療、株取引、建築設計、自動車、ロボット――これらはもはや高度なオートメーション技術の助けがないと実現できないことばかりだ。
たとえば、飛行機はこうした高度なオートメーション機器がトラブルを起こしただけで、深刻な事故を起こしかねないのだ。
しかし、実は、何より恐ろしいのは、こうした「自動化」のなかにいるわたしたちがその甚大なる影響について、いまだきちんと認識していないことではないだろうか。『ネット・バカ』の著者が、自動化しつづける世界がわたしたちにしていることを暴露する。
内容(「BOOK」データベースより)
運転手がいなくても車が走り、パイロットが操縦しなくても飛行機が安全に飛び、さらには、自分の必要としているものも、道徳的な判断さえも、すべて機械が教えてくれる世界。それは一体どんな世界なのか―。ベストセラー『クラウド化する世界』『ネット・バカ』の著者が鮮やかに暴き出す、すべてが自動化する世界のおそるべき真実!



最近、未来の想像図として、車の自動運転なる映像がよく流れる。飛行機も半ば、自動運転は実現しているみたいだから、車も……。いいことなのか、悪いことなのか?

あまりいいことではないというのが、著者の考えのようだ。 

本書の冒頭も、1975年、16歳の時に車の免許を獲得した時のエピソードから始まる。
オートマティックの車で技能試験を受けたという。ところが、自宅にはマニュアル車しかなかった。そのため免許を持っているはずなのに、「正しいギアを探そうとするたび車は跳ね上がり、クラッチを離すタイミングを間違えるたび前につんのめった。赤信号で止まるたびにエンストし、交差点のど真ん中でエンストした。坂道は恐怖だった。クラッチを離すのが早すぎるか遅すぎるかで、車は必ず坂を滑り落ち、バンパーが後ろの車にぶつかってやっと止まった……」と(日本だと、オートマ車専用の免許があり、その免許だとマニュアル車は運転できないのでは?)。

やがてマニュアル車にも慣れていくのだが、後にオートマ車に乗り換える。しかし、そうなると「退屈」になってしまう。シフトレバーやクラッチペダルが懐かしくなる。

「オートマ車はわたしを運転手ではなく、乗客の気分にさせた。腹が立ってきた」とのこと。

それから35年が経過し、「自動運転する車」が開発される時代になってきたことを著者は指摘する。

「オートメーションの厄介な点は、われわれが自分でやることを犠牲にしてまで必要としているわけではないものまでも、それがしばしば与えてくれることだ」と。

とはいえ、運転はやはりオートマ車のほうが楽ちんなのはいうまでもない(僕は、免許はマニュアル車で取った。教習所で、シュミレーターをやった後、教習所内で初めて運転した時、ガックンガックンしたよね。車は購入したことがないが、レンタカーを借りる時は、みなオートマ車なので、最初のうちは、逆にどうやって運転するのか分からず、かえって心配したものだった。普通と逆?)。
これがさらに便利になるのはいいことなのか……。怠惰な運転手を生み出すだけ?

著者は「ロボット」が運転するようなことになれば、急に人や子供や犬が自動車道に進入してきた時、どう判断するのか?などとイジワルな設定を試みたりもしている。

でも、身体障害のある人にとっては、こういう「自動運転する車」は有り難いのかもしれないということも想像力を発揮して思案するべきなのかもしれない。アクセルとブレーキを踏み間違えたなんていう認知症のドライバー対策になる?

知人にも、手術やら病気で、片腕や片足がきわめて不自由な人がいる。そういう人にとって、車の運転ができるかどうかは生きていく上でも重要だ。そういう身体障害者に対応する特別製の車があって、運転免許の制限やらいろいろとあるがかろうじて運転可能な場合がある。
しかし、病状の悪化によって、そういう特別製の車も運転しにくくなることがある。だが、電車などでの移動よりは、車のほうが楽ちん。乗せてもらうのではなく自分で運転できれば、尚便利。そういうことを考えると、こういうオートマ化はやはり歓迎されるべきかもしれない。

世の中、怠惰な知的レベルの低い連中に迎合する例が多々見られるということもあるのだが、それが、身体機能低下の層にも応用が効くとなれば、あながち否定もできないこともある。そのあたりの線引きは悩ましくはある。

本書はプレデター(無人機)や自動掃除機ルンバなどにも言及している。無人機に関しては、リチャード・ウィッテルの『無人暗殺機ドローンの誕生』 (文藝春秋)なんて本もある。この本では、無人機開発の歴史が詳述されている。この進歩が、戦争被害者を減らすことに貢献しているか否か……。いろいろと議論の余地はあるようだが。

ルンバは我が家にもある。まぁ、せっせと掃除をしてくれている。時々、思いもかけないものを吸い込んで(?)ストップしてしまうこともあるが……。
この前も、廊下でやけに同じ音がしているなと思って見に行ったら、廊下に置いてある本棚の隙間にはまり込んでしまって抜けなくなって四苦八苦していたのだ。やれやれ?

だが、完全なるロボットではなくても、人間の体に部分的にちょっとした装置を装着することによって、女性が、老人をお風呂に入れたりすることが楽にできるようにもなってきているという。農作業をする上でも、実質的に若返りした感じの「体力」をもってして従事できるようにもなってきているという。まぁ、いいことなのか。もっともそんなのを装着して婦女暴行を試みる輩も出てきそうで怖い?

最近、あの「自殺願望副操縦士?」(あの羽田沖に突っこんだK機長みたいなものか? あの時救出されたK機長のなんともいえない顔写真・産経のスクープ写真だったか?・も懐かしい? この時は副操縦士がまともで、機長が×だったのだが。あの写真はもう見ることができないのか? こういうタイプの人が運転をしたりするのは危険だし、調布でも、女性が殺されたりも最近したようだが)によって、コックピットには二人体制でなければいけないという議論が出ている。

「ニューズウィーク」(2015・3・31)の「コックピットからパイロットが姿を消す日」は、事故発生前に書かれた記事だが、自動操縦システムの発達で、人間の仕事は減り「ワンマンフライト」の実現が視野に入ってきたという。

バスも丸ノ内線も車掌のいないワンマンカーだし、ゆりかもめなんかは、無人運転だっけ。ただ、飛行機となると……。ワンマンだと、運転手が脳梗塞など急死する例も時々ある(バスなんか)。そういう時……。そして今回のような時……。人間とオートマ化、ロボットと混在してユートピア社会を建設するしかないのか? そんなことができるかな?

ともあれ、ネバーセイネバー。


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