古本虫がさまよう 自叙伝
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還暦も近いというのに、『五〇歳からの勉強法』 や『50代から上手に生きる人ムダに生きる人』 を読むのは遅すぎたか? 『弘兼流 60歳からの手ぶら人生』 『九十歳。何がめでたい』を読むにはまだ若いか?
(2017・6・13・火曜日)





還暦も近いというのに、和田秀樹氏の『五〇歳からの勉強法』 (ディスカヴァー携書)、清水義範氏の『50代から上手に生きる人ムダに生きる人』 (知的生きかた文庫)を読んだ。

和田さんは僕とほぼ同世代。まだ還暦前の精神科医。60代になっても知能は衰えないとのことで、そのためにも50代からいかに「勉強」を継続していくかを説いている。ふむふむなるほどと。まぁ、なんとか、指摘されているような視点、価値観に基づいて50代を生きてきたほうかなとも? まぁ、週一回古本屋を歩くことも「勉強法」「健康法」のひとつとはなりしか?

清水氏は全共闘世代の生年(1947年生まれ)。この本は2013年の刊行。現時点では古希世代。 『徒然草』も冒頭ぐらいしか読んだことはないが…。まぁ、まぁ…。

ということで弘兼憲史氏の『弘兼流 60歳からの手ぶら人生』 (海竜社)も読了。モノを捨てる勧めなど。ううむ、古本ばかりは…。普通の区立図書館レベルにはない本も多々あるから、それは捨てられない? アマゾンにしても「日本の古本屋」にしても、なんでも揃っているわけでもない。ともあれ、人生も終焉になりつつある。幸か不幸か、介護する親は「一人」だけ。パラサイトする配偶者と子供がいるが? 60歳、定年杉田ら「奥さんとなるべく一緒にいないこと」「お互いの距離を保つこと」が肝要と説いてもいる。幸い、妻とは「趣味」が異なるので、その点の接点がない分、「一緒にいない」ことが多い。 まぁ、なんとかやっていくしかない。

さらには佐藤愛子氏の『九十歳。何がめでたい』 (小学館)も机上にあるが…。まぁ、これはまだ読むには若すぎる?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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日曜の午後、安いスペインワインとビールを脇に置いて、読み出した『ぼくのミステリ・クロニカル』があまりに面白くて懐かしくて、仕事の書類をほっぽりだしてしまった
(2017・6・12・月曜日)







昨日(日曜日)も、東京周辺はまずまずの曇天(一部晴天)。近所にちょっと出かけたほかは自宅にて過ごす。古女房は週末ギャンブルで富山か金沢に金曜から二泊三日で出かけており、古女房元気で留守でなにより。

仕事関係の書類を読もうかと思っていたが、ふと手にした本が面白くて止められなくなってしまった。中学高校時代、中間・期末テスト前日だというのに、面白い本を手にして試験科目を捨てるような心境?

その本とは、戸川安宣氏(空犬太郎氏編)の『ぼくのミステリ・クロニクル』 (国書刊行会)。

内容紹介→東京創元社で長く編集者として活躍し、伝説の叢書「日本探偵小説全集」を企画する一方で、数多くの新人作家を発掘し戦後の日本ミステリ界を牽引した名編集者、戸川安宣。幼い頃の読書体験、編集者として関わってきた人々、さらにはミステリ専門書店「TRICK+TRAP」の運営まで、「読み手」「編み手」「売り手」として活躍したその編集者人生を語りつくす。

最初、本を手にした時は、ミステリ作品の紹介をした本かと思っていた。近年、ミステリの類はあまり読んでないからな…と積んどくしていたが、パラパラとめくっていたら、 「辻村明」の名前。おやおや、 『新聞よ驕るなかれ』 (高木書房)の辻村先生ではないか…と。

東京創元社は、大阪にある創元社とも関係のある出版社ということは、関西のほうの創元社に在職していた高橋輝次氏の『ぼくの創元社覚え書』 (龜鳴屋)を読んだことがあるから認識していた。ちなみにこの本の読後感は以下に記したとおり(まずは再録)。


国会図書館にもない名著?(2015・1・27・火曜日)
高橋輝次氏の『ぼくの創元社覚え書』 (龜鳴屋)を読んだ。2013年10月刊行の本。
古本に関する古本エッセイ集などを沢山だしている高橋氏。 『ぼくの古本探検記』 (大散歩通信社)はこの前紹介したが、そのほかにも、燃焼社刊行の『古本屋の本棚 店主たちのこだわり』『古本屋の来客簿 店主たちの人間観察』などがある。
彼は、創元社という出版社に勤務もしていた。この創元社の東京支社でもあったのが戦後「東京創元社」として独立し今日にいたっているという。創元推理文庫を出しているところか。
大阪のほうにあった創元社も、カーネギーの『人を動かす』『道は開ける』などを刊行しているようだ。学生時代、愛読したもの。
現在も同根であるということで「姉妹会社」としての連帯はあるようだが、互いに大阪と東京を拠点にしつつそれぞれ独自の出版活動を展開しているようだ。
ともあれ、高橋氏自らの「職場体験」や、先輩社員などの書物を通じての創元社物語を綴ったエッセイ集。隆慶一郎氏が一時創元社(東京)に勤めていたことを、彼のエッセイ本で知って、それにからめていろいろと回想談が綴られたりもしている。
そのほか、関連資料本をかつて持っていたのに、処分したみたいで記憶に頼って書いていたかと思いきや、書き終えてからその資料が出てきて、追記を書いたり‥‥。小林秀雄や司馬遼太郎やら、いろいろと出版活動関連で名前やエピソードも出てくる作家なども沢山いて賑やか。楽しく読める一冊であった。(以下略)。


この高橋氏の本と比較して読むことも可能なのが、戸川氏のこの本だ。

立教大学でミステリ研究会を作り、それが縁で東京創元社に就職。

創元推理文庫は僕も中学高校のころはよく手にした。当時(石油ショックの前後)は文庫といえば定価で買っても200円前後だったか。200円の文庫本なら頁数は400頁はあった。石油ショックで文庫の値段が、数カ月単位で10円~20円刻みで値上げしていった。やがて200円の文庫本の頁数は200頁になり、いまは200円の文庫があるとしたら頁数は100頁以下か。

例えば、手元に2017年3月に刊行されたばかりの佐々淳行氏の『私を通りすぎた政治家たち』 (文春文庫)がある。本体価格は660円だが、頁数は330頁ぐらい。税込価格だと700円以上するわけだが、頁数は定価のお値段の数字の半分以下というのが相場となっているようだ。
なんだかんだといっても物価はこの40数年の間に大きく上がったわけだ。

ともあれ、戸川氏も指摘していたが、石油ショック以降の狂乱インフレを体験してからは、奥付にそれまで書いてあった「定価」が消え、「定価」はカバーにのみ明記されるようになっていく(こうしておけば、カバーを変えれば、「便乗値上げ」も可能になる?)。用紙の値上げを反映するために…。

さておき、アガサ・クリスティもの、ポアロなど創元推理文庫で中高校時代によく読んだものだ。懐かしい。ガードナーは社会人になってから読んだが、近年、全部処分(廃棄)した。もう再読することもないだろうから。

中学生時代(石油ショック前後)に、岩波、新潮、角川が牛耳っていた文庫戦線に、講談社、中央公論社、文藝春秋、集英社などが参戦してきたが、創元推理文庫は、そういえば、先進文庫会社だったのだ(ハヤカワ文庫は後進)。

そんな内部事情や、ミステリ作家にまつわるさまざまなエピソードなど、出版編集者ならではの回想の中に、活字好き人間の興味にまつわるエピソードが多々あり、面白く読めた。

日曜の午後、ふと手にして止まらなくなり、安いスペインワイン(500円)とビールを手にして、インスタント米(賞味期限が6月7日)にインスタントカレーをぶっかけ、そのほか、焼きとり缶詰の具を入れてランチしながらひもといた次第。

辻村明さんは、創元社の硬め本の編集会議などにやってきて、洋書の面白い本を見繕っていたとのこと。フロムの『自由からの逃走』を推薦。下訳をやったのではないかと。翻訳者は日高六郎だが…。そのほか、佐伯彰一さんの名前なんかも出てくる。会社の上司に「秋山」さんという人がいて、子供が朝日新聞社の政治部の記者をやっていたそうな。そしてのちに社長になったとか。え? 秋山耿太郎さんのこと? 孫の話は出てこないが?

本書を読みながら、創元ノヴェルズなんかもそこそこ読んだ記憶が甦ってもきた。ボブ・ラングレーなんかも何冊か読んだかと。 「イエローブックス」というのは記憶になかったが…。講談社の「ウィークエンド・ブックス」なんかも出てくるが、これは全冊所蔵はしているかと。

入社して初めて担当したのがヒルトンの『鎧なき騎士』とのこと。ううむ、これは愛読した記憶がある。ロシア革命が舞台だった。 『学校の殺人』というのもあった。ハヤカワ文庫からは『私たちは孤独ではない』も。そのほかには『チップス先生さようなら』『心の旅路』なども。ヒルトンはいいね!

エーコの『薔薇の名前』なんかも東京創元社から刊行されているが、その秘話なども収録されている。遅筆の翻訳家にかなり翻弄されたそうな。文庫化されないのもそこに一因が…。

あと司馬遼太郎氏にアンケートを取ったことがあったそうな。
その時「私は推理小説にはまったく関心がありません」といったつれない「返書」だったそうな。ううむ…。怪しい?
というのも、司馬さんが書いたとされる推理小説があるから。

『古寺炎上』 (角川小説新書)は図書館で借りて読んで、丸ごとコピーもしているが……。
この前、文春新書から、本名・名義(福田定一 )で書いた『名言 随筆サラリーマン ユーモア新論語』 (六月社)が、復刊(『ビジネスエリートの新論語』)されたが、この推理小説(『古寺炎上』)は、ご本人の復刊許すマジという意思(遺志?)があってか、一向に復刊される気配がない。

司馬さんには推理小説作品として、『豚と薔薇』 (東方社)もあるとのこと。
ウィキペディアで『豚と薔薇』を見るとこうなっている。



『豚と薔薇』(ぶたとばら)は、司馬遼太郎の長編推理小説。
概要[編集]
1960年7月から8月にかけて雑誌「週刊文春」に連載された。1960年10月に東方社から単行本が出版された(短編「兜率天の巡礼」併録)。1962年11月には、角川書店[角川小説新書]で出版された『古寺炎上』に、表題作と併録された。司馬は東方社版のあとがきで、この作品は自らすすんで書いたものではなく、これから後にも推理小説は書かないつもりでいることを明言している。文藝春秋の「司馬遼太郎全集」に収録されていない。また、文庫化もされていない。故に、本の装丁の点からも残りにくいこともあり、古書価格は双方とも大変高価である。


『古寺炎上』は、以前、数万円以上しているのを、東京駅地下街にあった古本屋などで展示されているのを見た記憶があるが…。今は「日本の古本屋」や「アマゾン」でも見当たらない?
国会図書館や千葉県立図書館(西部)にはある。千葉県立図書館なら借りて読むことも可能(僕は借りて読んだ)。著作権が切れれば、刊行可能になる。あと何十年? その時は、創元社から刊行されたし?

ともあれ、戸川氏によると、そのころは文庫の初版は20000部が相場だったと。たいてい、増刷になっていたとのこと。増刷は3000から5000部だったとのこと。今では文庫でも新書でも初版一万部ぐらいからスタートするのが多数派? いや初版8000ぐらいか?
講談社学術文庫やちくま学芸文庫なんていうのは、5000部以下? だから高い?
著者も昔と違って、重版が極端に減ったと嘆いている。そのため初版で元を取る必要があり、そういう値付けをすると定価も高くなってしまう。

著者は指摘していないけど、初版部数の低下、重版の減少の要因の中には、図書館の「充実」やらブックオフの進出などもあるだろう。

よく言われるはなしだが、当時は「娯楽」といえば「読書」ぐらい? スマホもパソコンゲームもない時代。マンガや文庫といった「活字」にお金を払う人が多かった。図書館はまだまだだったし、検索機能もさほどなかった。貸本屋や古本屋はあったにせよ、駅前大学ならぬ駅前ブックオフもなかった…。本を定価で買う人が今より多かったのだろう。

そのほか、早川書房の編集者の回顧録としては、生島治郎氏の『浪漫疾風録』 (講談社文庫)があったかと。遠距離電話を仕事でかける時、砂時計を当時の社長が目の前に置いたなんてエピソードが記憶に残っている。そのほか、福島正実氏の『未踏の時代 日本SFを築いた男の回想録』(ハヤカワ文庫)や、常盤新平氏の『翻訳出版編集後記』(幻戯書房)も懐かしい。大瀧啓裕氏の『翻訳家の蔵書』 (東京創元社)も先日読了して紹介したばかり。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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前次官は「公用車」に乗って、「貧困ビジネス」視察に出かけたのか? 彼が『真理への献身 ある遍歴の自叙伝』なんて本を書けばベストセラー?
(2017・6・11・日曜日)





昨日(土曜日)は東京周辺は梅雨入りにもかかわらず晴天。先月行く予定だった鎌倉の墓参りに行こうかと。たしかこの日、鎌倉駅周辺でブックフェスティバルみたいなこともやっていたかと。しかし、午後二時すぎに都内(仕事場)での所要が入り、遠出は不可能になってしまった。

では昨日は、古書会館の古本市はたしか神田だけかと…。古本手帳(オリジナル)でもそうなっていた。「日本の古本屋」で念のためにチェックすると、おやおや、高円寺の古書会館でも古本市があることになっているではないか? ううむ…。見落としていたか……。

ということで、正午前後はまずは神田の東京古書会館へ。ちょっと「古書」の多い「古本市」。あいにく買いたい古本はなし。

それから神保町界隈を歩く。特に買いたい本はなし。金曜日も通った道を歩いて水道橋駅から高円寺駅へ。古書会館で片岡美智氏の『シモーヌ・ヴェイユ 真理への献身』 (講談社)、帯刀貞代氏の『ある遍歴の自叙伝』 (草土文科)を購入。

そのほか周辺の古本屋を若干見て回るが買いたい本はなし。

仕事場へ。少し雑用をこなして、知人と市ヶ谷で待ち合わせをして軽く、焼きとりとソバ。そして帰宅。

車中、滝鼻卓雄氏の『記者と権力』 (早川書房)を読んだ。
著者は元読売新聞東京本社社長。最近話題の(?)読売新聞出身。新人記者時代に、寸又峡温泉の金嬉老事件の「直撃取材」をした体験から始まる。学生紛争時代、夜討ち朝駆けで、「朝日ジャーナル」記者に負けたり? そんな体験やら、昨今の個人情報保持にやかましい状況やら、いろいろと論じた新聞記者論。

肩書を見てわかるように、読売の中では「主流」をあるいたほう。渡邉恒雄体制に反するわけではなさそう。それゆえ、昨今の前文部次官の「下半身スキャンダル」報道に関して、それを批判する「週刊文春」(2017・6・15)記事「読売『御用新聞』という汚名」にコメンティターとして登場し、こう述べている。

「要するに前川前次官をやっつけるために官邸がリークしたと言ってほしいわけでしょ? でも次官が現役時代に行っていたなら意外性はあるし、ニュースじゃないかな。僕からすると、アホな次官だなあと、その程度。総理と加計理事長が親しかったとしても、事の本質は文科省の岩盤規制に対する内閣府のドリル、それに対するお互いの情報合戦ですよ」

まぁ、そういうものだと僕も思う。週刊文春だって、リークであれ、なんであれ、文部次官ともあろうものが…と「スクープ」となるだろう。少なくとも、「公用車」でそういうところに行ったのかどうか、情報公開請求して、舛添都知事を追及したのと同じ情熱をもって報じてもいいのでは? アフター5であれ、文科省役人としての貧困ビジネス視察目的なら「公用車」を利用してもおかしくない? まぁ、お金持ちの家系だそうだからタクシーか電車を利用したのかも?

それにしても、この人、 『真理への献身 ある遍歴の自叙伝』なんて本を書くと面白いのでは?

あと、渡邉体制に反対の立場にあった元読売論説委員の前澤猛氏の『マスコミ報道の責任』『日本ジャーナリズムの検証』 (三省堂)や『表現の自由が呼吸していた時代 1970年代読売新聞の論説』 (コスモヒルズ)なども比較する上で読むべき価値があるかも。僕自身は、80年代初頭の読売新聞の転換は評価するけど。日本に一人のサハロフもいないのに、言論の自由がどうのこうのと論じている昨今、読売大転換の象徴となった元旦社説(さて何年だったか?)を再読すべし?

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花岡信昭さんは早逝、中野翠、呉智英さんは元気。同じ早稲田で学んだ同世代でもこんなに違いがある人生とは人間とは何か? をふと考える 中大出身の北方謙三もこんな本を出すと面白いのでは?(もう出ている?)
(2017・5・26・金曜日)




1946年生まれの中野翠さんの『あのころ、早稲田で』 (文藝春秋)を読んだ。

内容紹介→1946年生まれ。まさに戦後ベビーブーマー第一世代(団塊世代)の著者は1965年に早稲田大学第一政経学部経済学科に入学。クラスに女子はたった2人だった。高校時代から『共産党宣言』やエンゲルスの著作を読みかじり、左翼にシンパシーを感じていたため、「社研」こと社会問題研究会に入る。『されどわれらが日々--』に触発され、大学に入ったら苦悩する「真摯」な生き方を目指すはずだったのに、入学した翌年に勃発した早大闘争にも今一つのめり込めない日々--。
とはいえ、1965年前後の早稲田のキャンパスは多士済々。キャンパスのベンチに座っていたら、いきなりオルグしてきた「粋な顔立ち」の革マル派トップは、のちの宝島社社長・蓮見清一。面識はないけれど、タモリも吉永小百合も、『突破者』の宮崎学も久米宏、田中真紀子、二学年下の村上春樹も同時期に早稲田にいた。同じ部室の文研(文学研究会)には、のちに直木賞作家となる高橋義夫や、呉智英こと新崎智も在籍し、すでに歴史的かなづかいで奇妙な小説を書いていたのだ。
真摯な左翼を目指しながらも「運動」にはのめり込めず、60年代に花開いたサブカルチャー(「ガロ」、早稲田小劇場、ATG)、ポップカルチャー(グループサウンズ花ざかり)を享受した、懐かしくも恥多き青春を振り返る書下し作品。


いわゆる全共闘世代の「年齢」にあたる人。大学以前の高校時代の話から始まる。共産党系の先生やら、そのころの時代ならではの社会的影響を受けつつ、早稲田の政経学部に入るのだから、ちょっと変わった女性というか、それなりの政治指向もあったのでは。

「ちょうちんブルマー」の「古くささを憎んでいて、洋品店で紺のショートパンツを探して穿いていた」そうな。早稲田大学周辺の古本屋(文献堂など)によく通っていたというから、ブルマー嫌いで古本好きで政治経済学科に入ったのだから、やはり一家言を持っていた女性だったのだろう。フェミニスト?

僕は早稲田ではないが、法学部政治学科に入ったが、やはり女性は2~3人程度。あと40名ぐらいは男だった。1970年代でもその比率。60年代なら尚更であろう。

中野さんの「級友」に呉智英さんやらがいるというのは聞いたことがあるが、産経新聞論説委員だった花岡信昭さんとも同世代で面識交流も若干とはいえあったということを本書で初めて知った次第。保守系ジャーナリストだったようなぁ。
中野さんはガロが愛読誌で、読者投稿欄に投書もしたりしていたそうな。そんな青春時代のさまざまな思い出が綴られている。極左暴力集団というしかない輩による、あさま山荘事件やらにいろいろと衝撃を受けたという。当然だろう。

当時の左翼(暴力)学生の「生きざま」とやらは、理解もしたくもないし、佐々淳行氏のような警備側の視点のほうに共感を抱く我が身であるが…。
中野さんが、中庸というかノンポリでもあるまいが、冷静な目でそのあたりを回想しているのは、適切な筆致と感じる。 『全共闘白書』 (新潮社)への言及もあるが、あんなの、一部の例外を除いて負け犬の遠吠えでしかない? あのころ、憲法9条を絶対視して、小沢一郎に反感を抱いていた回答者たちは、今になって共感を覚えているのかも? だとしたら、どっちもバカ?

ともあれ中野さんのエッセイは、毎年年末に出る「サンデー毎日」の連載コラムをまとめたものを年一冊読んだりしているが、上野千鶴子さんなんかよりははるかに面白いと思う。視点も彼女よりはるかに柔軟でシャープだし健全。

ともあれ、早稲田大学周辺の古本屋街などはちょっと活気がない感じ。ビッグボックスの古本市が小型化し、そして消滅。神田古書会館の新宿展もなくなった。古本屋さんも高齢化し、跡取りがいなくて、店主死亡につき閉店というパターンもあるようだし。残念な限り。
このまえ朝日新聞にちょっと回想インタビューが出ていた作家の北方謙三さんは1947年生まれ。なんと中野さんより若い! 北方版水滸伝も三国志もいいけど、 『あのころ、中大神保町で』なんて本も書いてほしいもの?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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ペンギンとインコとフクロウとスズメとオオタカと古女房が人生を変えることもある?
(2017・5・25・木曜日)




トム・ミッチェルの『人生を変えてくれたペンギン 海辺で君を見つけた日』 (ハーパーコリンズ・ジャパン)を読んだ。

たった一羽、生き残ったペンギン――君を助けたあの日、すべては始まった。
22カ国で刊行の、ハートフル感動実話。冒険好きの若き教師トム・ミッチェルは南米旅行中、プンタ・デル・エステの海に立ち寄った。待ち受けていたのは、重油にまみれて浜辺で息絶える数千羽のペンギンたち。だが、その中にただ一羽、生き残っていたペンギンがいた――。助けられたペンギンは彼になついてしまったのか海に帰ろうとせず、やがて「フアン・サルバドール」と名づけられ、学校の屋上で暮らすように。若き教師とペンギン、ふたりが最高の“親友"になるまでを綴った、感動実話。


この前、「ペンギン」に癒されたノンフィクションを紹介した。
再録的に紹介すると---。
この前、テレビ(フジテレビ『奇跡体験! アンビリバボー』)で知った本を読んだ。妻が見て、感動して入手。キャメロン・ブルーム、ブラッドリー・トレバー・グリーヴの『ペンギンが教えてくれたこと』 (マガジンハウス)という本。

内容(「BOOK」データベースより)→「もう一度自分の二本の足で立つことができるなら、どんなものでも差し出すでしょう」―。事故で脊髄を損傷したサム・ブルーム。すべての励ましや慰めの言葉が無力なとき、彼女を支えてくれたのは、同じようにけがを負いながら立派に回復してみせた“ペンギン”と名付けられたカササギフエガラスの存在だった。人生の意味、そして心の絆とは何か?を問う温かなノンフィクション。

ちょっと紛らわしい書名だ。普通、「ペンギン」といえば、「ペンギン」だろう。実際はカラスの仲間の鳥(“カササギフエガラス”)。色が黒、白だから「ペンギン」と名付けたそうな。不運な事故で、下半身不随になった妻の心を癒したのが、その「ペンギン」だったという。妻だけでなく家族全員を励ますことになった。犬や猫と違って、原則、野生の鳥が、これまた不運な事故(巣から落ちて…)で人間に保護されて、人間を親や家族と思って、半野生になり、人間に懐くということはしばしばあることだが……。

著者(夫)が写真家ということもあり、そうした「ペンギン」と家族との触れあいの写真などが上手く構成されていて、写真集としても読める一冊になっている。半身不随の妻はカヌーに挑戦し、東京五輪にも出場する可能性もあるとのこと。夫のコメントによれば、「私が真剣に付き合ったガールフレンドはサムが最初で最後だった」とのこと。なるほど。我が家と同じように(?)健全なご夫妻だ。

こちらの本は、本当のペンギン。重油漏出事故で死ぬ寸前だったペンギンを拾い、宿泊先で介護。教師として赴任する寸前での旅先での遭遇。海に戻そうとしても、彼についてくる。仕方なくアルゼンチンに一緒に「入国」。時は1970年代。インフレとクーデターなど、騒乱の時代。そういう時代観察も面白い。また、ペンギンを寄宿学校につれてきたこともあって、少年たちの「ペット」にもなる。彼らの中には、ペンギンに癒されることも。勉強分野などでは劣等生だった少年が、ペンギンのプールでの泳ぎに感化され、自分の天分(泳ぎ)を発揮してのしあがったりも。大変面白い作品だった。

たかが「ペット」ではあるのだが…。ここまで密接になると、「人間」と同じだろう。鳥でも、先の本の「ペンギン」のような鳥もいる。巣から落ちたりした幼鳥を飼ったりすると、人間に慣れ親しむことも。我が家のインコは、どうしようもない代物(?)で、手乗りにもならないで、ただ、餌を食べ散らかすだけだ(時々、餌箱などを引っ繰り返す)。それでも一日中、可愛い声で鳴いているから許すが…(この鳴き声は騒音に非ずだが、人によっては騒音と感じるかもしれない)。

ジョナサン・フランクリンの『イートン校の2羽のフクロウ』 (エクスナリッジ)も似たような癒し本だった。親鳥が猟師に撃たれ、巣に残された二羽のフクロウの面倒を見ることになった少年の体験記。1960年に出版された本。イートンの先輩の名前として「オーウェル」も出てくる。イートン校を訪れたこともある。単に、観光旅行でウィンザー城に行くついでに寄って校庭をながめた程度。ここにオーウェルがいた時もあったのかと。

自宅でフクロウと遭遇し、時には学校の宿舎に連れて面倒を見ていたそうな。やがて、「野生」化し、自宅を離れて戸外に出て行くものの、時折、帰って来たり。以前、一箱古本市をやっていた時、その近くの店で、フクロウを見かけたことも。
しかし、フクロウもペンギンもよく食べるからエサが大変。フクロウはドブネズミが好物のようだし…。人間に飼われたために、ネズミを少しフクロウが怖がることもあったそうな。ネコがネズミを怖がるようなものか。

クレア・キップスの 『ある小さなスズメの記録--人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯』 (文藝春秋)
も、大変面白い本だった。ネコやイヌもいいかもしれないが、我が家は鳥派。そういえば、オオタカも最近増えてきたそうで、希少種からはずれるそうな。結構なこと? 朝日新聞内部にも、「タカ」が少し増えてきたらいいのにね? 都会地で猛禽類はハトなんか食べて増えているという。 実際、ハヤブサなんかも都会進出しているとか。ガンバレ、タカ派?
僕はハト派は大嫌いだけど、フクロウ派、ハヤブサ派どまり?
でもハトからみれば、フクロウもハヤブサもオオタカも同じく天敵?

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