古本虫がさまよう 自叙伝
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「休日の雨の日曜日」は、古女房と古本屋映画を見に行くべきか、単身で古本屋へ行くべきか、それとも期日前投票をすべきか、そしてどの政党に入れるべきか…。ブックオフで遭遇した一冊の佳作
(2017・10・16・月曜日)






昨日(日曜日)は、週末ギャンブルに明け暮れる古女房も珍しく「休日」。二人で映画でも見るか、古本屋映画の「静かなふたり」でもと。しかし、上映館が都内一軒のみで、なんと夫婦割引がない映画館。でも某デパートのカードがあれば、ペアでも数百円割引になるようで、そのカードなら女房が持っていたなと思ったら、 「あんたの稼ぎが悪いから、年会費を取るそのカードは昨秋、無効にしたわよ」との返事。ううむ…。

上映時間も、朝早くか、夕方遅くかの一日二回のみ。ということで、断念し、期日前投票に出かけることにした。日頃は支持政党が一致しないわが家だが…。まぁ、国難突破のために、首相が誰ならベターかと考えた上での投票行動を今回は取ることにした。東京某区の選挙区なら、自民党二世候補より希望の党の候補者のほうが「マシ」ではないかとか、いろいろと多様な判断も可能だが…。
小選挙区では○○と書き、比例区は○○と書き、最後に最高裁判事の国民審査。一応投票券を受取る。筆記所でしばし思案…。東大法学部出身や日弁連出身の判事にはロクなのがいない(に違いない?)から「×」をつけるというシンプル識別法もあるのだが…。家人が、山口判事の書いた刑法の本は、難しくて分かりにくかった---とのことだったが、それだけで「×」というわけにもいくまい……。結局……。
ともあれ、無事投票をすませて、近くのブックオフへ。

まずは、いまはなきケイブンシャ文庫で、吉村昭氏の『実を申すと』 というエッセイ本。108円。これは珍しいかなと? 文化出版局から単行本として出て、ケイブンシャ文庫に入り、そのあと、ちくま文庫にも入っているようだが…。
そのほかには谷沢永一氏の『人間の見分け方』 (PHP文庫)、梶山季之氏の『トップ屋戦士の記録』 (徳間文庫)、大倉正彦氏の『昭和ヒトケタの人生回顧』 (コシーナ新書)を購入。全部で818円だが、ポイントで購入。大倉氏の本は、自費出版形式。東北大学法学部出身で、宮田光雄(当時は助教授)の名前が出てきたので、おやっと思って購入。

そのあと、ブックオフと違って、昔ながらの老舗古本屋へ。

そこでは、ネイサン・レイテスの『ソ連共産党 政治局の作戦教典』 (鳳映社)を購入。この本、持っている。ただ、古本屋で手にしたのは新書サイズ。僕がすでに持っているのは単行本サイズだったような記憶があったので購入した次第。150円だったし…と。本日の古本屋代は1000円以下。1800円出してまで古本屋映画を見ずに、古本屋で古本買って1000円でお釣りがあった次第……。まぁ、得るものがあれば失うものがあり、失うものがあれば得るものがあるのが人生の鉄則。

----帰宅してから『昭和ヒトケタの人生回顧』を一読・読了。大倉氏は1934年生まれというから、傘寿を越えて83歳ごろ。2016年の刊行。この本はアマゾンでも「日本の古本屋」にも見当たらず。国会図書館にも献本されていないようで所蔵なし…のようだ。貴重な一冊。こういう本がブックオフで手に入るのも面白い。ブックオフ、侮れず?

父親は学校の先生(校長先生)。しかし、戦後の生活苦もあって、中学を出てすぐに就職。夜間高校に通いつつ勉強。一念発起して大学受験を決意。最後の数カ月は退社しての猛勉強。その甲斐あって、難関の東北大学法学部に合格。卒業後、三菱電機に就職。全国各地、転勤の多い職場であったが、主に総務・人事畑で仕事。結婚、二人の子育て…。50歳で子会社に出向。定年退職。妻に先立たれ、哀しみを語学学習などで補いつつ、再婚(二つ年上の女性)。三浦半島の介護施設に入り、悠々自適の老後生活…。新書サイズで150頁ほどの分量だが、一人の人生がきちんと過不足なく綴られていて大変面白い本だった。

大倉氏とほぼ同世代で、1935年生まれの郡山史郎氏は、ソニーなどに勤務し定年退職後も仕事を続けていて、 『九十歳まで働く!』 (ワック)という本を出している。1935年は昭和10年になるので「昭和ヒトケタ生まれ」ではないが…。どちらも「人生回顧」というか、自叙伝的な本。現役サラリーマンにも参考になる本といえそうだ。

そんな二人の著者よりは25歳ほど年下になる我が身だが……。転勤のない職場で仕事…。子育ては二人…。妻は逞しく…。まぁ、人生いろいろ。これから先、公私と共に何が起こるやら。あれこれ思案しても始まらない。 「今を生きる」しかないようで…。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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エロ本編集長の数奇な人生の歩み
(2017・10・4・水曜日)






池田俊秀氏の『エロ本水滸伝 極私的エロメディア懐古録 巨乳とは思い出ならずや』 (人間社)を読んだ。

池田さんという人はこんな人→1948年8月12日新潟県生まれ。71年日本大学法学部卒業。同年4月芸術生活社編集局入社、福岡支局勤務。74年3月退社。同年5月講談社『別冊少年マガジン』編集部・嘱託。在職中に十二指腸潰瘍で入院、入院中に血清肝炎に感染して療養が長くなり、1976年10月退社。1976年12月セルフ出版(後の白夜書房)入社。創刊された『ズームアップ』の編集長として活躍するほかセルフ出版系列の各誌に関わる。81年9月、『ヘヴィ・スキャンダル』編集中に過労から自然気胸を患い緊急入院。1997年12月21日死去

エロ雑誌の編集者。その回顧録・自叙伝といった内容。なかなか面白い。

こんな内容→1970年代後半から80年代初頭のエロメディアは一種異様なパワーがあった。そこに集う人々は梁山泊の山賊よろしくアヤシイ所行を繰り返し、世の中にエロを放出していった。これは、当時のエロメディアへのオマージュである。

著者が活躍した1980年前後のエロビジュアル雑誌には、リアルタイムで若干の接点はあったかと。一般雑誌(?)の「ゴロー」「写楽」などへの言及もある。だが、残念なことに、 「ズームアップ」や「ヘヴィ・スキャンダル」などは手にした記憶(買った記憶)はない。

本書の巻頭には、『ズームアップ』のカラー表紙が創刊号(1977・11)からズラリと並んでいるが…。小川恵、香坂みゆき、泉じゅん、岸本加世子などそこそこの女性タレント・女優が登場しているが、「不明」という号も。ふうむ?
自分の編集した雑誌のみならず、ライバルエロ雑誌の動向などにも触れつつ、業界の内幕的な実話を紹介している感じの一冊だった。末井昭氏やアラーキーさんなども出てくる。 『末井昭のダイナマイト人生相談』 (亜紀書房)も積んどく中だが…。

セルフ出版は、関東近県に自販機本(ビニ本など)を配本する子会社も持っていたそうな。かなりの売上があり、ネコババして行方不明になる営業マンもいたとのこと。ううむ、それには若干貢献したような?

自販機といえば、黒沢哲哉氏の『全国版 あの日のエロ本自販機探訪記』 (双葉社)も紹介ずみ。

ともあれ、パブル前期というか、石油ショック後、なんだかんだといっても、元気だった日本経済。エロ雑誌業界も、警察の弾圧を受けつつも、それなりに活況だったようだ。そんな時代の編集の思い出、奇人変人との出会い、風俗業界の一端に接したり…。そんな体験エッセイ本。事情をよく知らない業界だけど、面白く一読した次第。

ただ、当時の人気女性のヌードレベルは、今日からすれば貧弱だろう。この本のカバーに使われている創刊号表紙を飾った女性(小川恵)をはじめ、カバーガールは、岸本加世子さんやそこそこ有名人もいるが、文中に出てくるヌード写真のレベルは…。

「ポスト松坂慶子」として紹介されている「松本エミ」さんにしても…。松坂慶子さんとよく間違えられた云々と紹介されているが、ご冗談を…と言いたくなる? 高井桃さんとか、大橋未久さんレベルの女性は当時は皆無。あのころの女性で今日でも通用するのは東てる美さんぐらいでは? でも、中年太り故に、松坂さんも東さんも「美魔女」にはなれなかったが? あべ静江さんも? でも、「元美女」の肩書は消えない? 男も女も中年になってもなるべく太らないように頑張らなくてはいかんだすな?

本書の解説を鈴木義昭氏が書いている。彼の著書『昭和桃色映画館 まぼろしの女優、伝説の性豪、闇の中の活動屋たち』(社会評論社)も紹介ずみ。鈴木氏は僕とほぼ同世代だが、若きライターとして、池田氏の本(文中)にも登場してくる。ううむ…。僕も道を誤らなければ、この業界に入っていたかもしれないのに…。得るものがあれば失うものがあり、失うものがあれば得るものがある……。人生だなぁ。

ただ、どちらかといえば僕は「活字派」なので、フランス書院などの編集者の手記・自叙伝があれば読んでみたいもの。三笠書房時代に、単行本の分野で翻訳のエロス本を出していたあたりを知っている編集者がいたとして、その人がやがてフランス書院に出向し、初期は翻訳、やがて日本人作家を開拓して…と。翻訳時代は、意外な著名人が、ペンネームで訳出していたといった裏話などを。これは面白そうではないか。
実際、ポーランド研究者でもある工藤幸雄さんはジキル本を訳したり、ハイド本を訳したりしていたそうな。それについて論じたものを以下再録(再録に「後注」を追記)。

工藤幸雄氏の素晴らしき「ジキルとハイド」的翻訳人生 05/20/2011   

チェスワフ・ミウォシュの『囚われの魂』 (共同通信社)を先日紹介したが、訳者の工藤幸雄氏の生涯もジキルとハイド的だった。
『ぼくの翻訳人生』 (中公新書)という大変面白い自叙伝の中で、自分の翻訳がせいぜいで六〇〇〇部がいいところでさほど売れることもなく、生活費稼ぎのために偽名でポルノ小説を書いてみたものの、それもたいして売れずじまいだったと告白もしている。

ただ、そのポルノ小説はフランス書院から出たハードカバーの『女友だち』 。著者名はブレイクリー・セント・ジェイムズ、訳者名は「篠ひろ子」となっている。この小説、かつて読んだ記憶があるし、田舎の実家の本棚にあるとはおもうのだが、フランス書院の本は図書館では購入は×で置いてないからすぐに再読できないのが残念?

この外国人名義(後注→ブレークリィ・セント・ジェイムス。「ブレイクリー」と「ブレークリィ」、「ジェイムズ」と「ジェイムス」とちょっと異なるが…)の本はほかにも『好奇心』 (二見書房)がある。これはちょっと記憶にないが積んどくしているかもしれない。二見書房もマドンナメイト文庫の発行元だが、フランス書院が出てくるまではこの業界の老舗ではあった。とはいえフランス書院の親会社というか兄弟会社である三笠書房もこの分野には元々強いところだった。両社は素晴らしきジキルとハイド的出版社である?
集英社文庫からもこの名義(後注→ブレイクリー セントジェームズとなっていて「ジェームズ」と「ジェイムズ」の違いがある。まったくの他人名義かもしれない)の本として『モスクワから愛』というのがあるようだ。これも工藤氏の創作であろうか。未読故に確認してみたい(後注→けっこうセクシー小説のようだ)。


ポーランドを中心に東欧文学やソ連に関する書物を翻訳したり刊行した業績は大変大きいものがある。ミッチェナーの『アンダウの橋』(日本外政学会)も以前古本屋で見つけたが、ハンガリー事件を扱った好著だった。こんな本も訳出していたのだ。
学生時代だったか、どこかで講演を聞いた覚えがある。新潮選書で『共産国でたのしく暮らす方法』という本を訳出した時だったか。お顔が、あまり好きではなかった当時東大教授の朝鮮問題専門家と称していた某氏(後注→和田春樹サン)に似ていてちょっと興ざめしたことがあるが? それは本人の責任ではむろんない。 
  
ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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還暦を前にして、ついにキンドル初体験。その相手は…?
(2017・10・2・月曜日)





先日、キンドルでついに本を一冊読んでしまった。キンドルを持ってからもう1年以上は経過していたかと。その間、青空文庫など無料で一冊分「入手」した本はあったが…。あと、エロス本の試し読みみたいなものを無料で何冊かダウンロードして、冒頭の一節のみ読んだことはあったが…。やはり「紙本」でないとということもあり、有料購入した電子本は一冊もないまま、一年以上が経過していた。
しかし…。

たまたま下川正晴氏の『忘却の引揚げ史 泉靖一と二日市保養所』 (弦書房)を読み始めていたらなかなかの力作。この人の名前、どこかで聞いたことがあるな…と思ったら、元毎日新聞のソウル特派員、論説委員だった人。退職後、韓国の大学や地元九州で大学の先生をやっていたとのこと。
この本は、満洲などから帰国した日本人女性の非業な体験(ソ連兵などに強姦され性病やら望まぬ妊娠故の中絶)を綴ったノンフィクション。

ほかにどんな本があったっけとアマゾンをチェックしたら、 『私のコリア報道』 Kindle版商品の説明に遭遇。

こんな内容→毎日新聞の元ソウル支局長だった著者が早大生からのインタビューに応じ、「新聞記者になった動機」から「最近のコリア報道に関する感想」について、韓国ソウル特派員の体験者として、分析した朝日新聞の慰安婦「誤報」問題、慰安婦支援運動への違和感、新聞報道の落とし穴「メディアフレーム」、インターネット時代の特派員論などをまとめ収録した内容

112円。紙の本はないということで読みたければ買うしかない(将来、こういう電子本も「図書館」で借りて読むことができるようになるのだろうか? 二週間過ぎるとデータが消える? 延長もできる?)。ということで購入のワンクリックを押す。紙の本の長さだと 76 ページ相当。出版社: 晩聲社 (2016/4/27)。

久しぶりにキンドルを充電し…。以下、紙の本とちがって、「再読」しておらず、若干、記憶違いがあるかも?

「下川くんがコリア関係の社説を書くと、『産経』より右みたいな社説を書く」と言われたこともあったそうな。
とはいえ、学生時代は大阪で在日を解雇するのは不当だと市役所を「襲撃」し、逮捕起訴されたりも。毎日の内定が出ていた時。ばれずに就職したものの、そのあと、裁判が進行。執行猶予付きとはいえ有罪?
朝日から来ないかと誘われたこともあったそうな。

元朝日の田中明さんの弟子を自称したりもしたそう。 『ソウル実感録』 (北洋社)、 『常識的朝鮮論のすすめ』 (朝日新聞社)が愛読書。ならば西岡力さんと同じでは?

日韓ワールドサッカーにおける、韓国贔屓の審判の問題点を当時の日本のマスコミ(とりわけ朝日)は見て見ぬフリをして指摘しない。それが「嫌韓論」の始まりになっていったと認識。しかし、毎日の論調とちょっとあわないこともあって、社説を書く機会も少なくなったとか。東京新聞の長谷川幸洋さんみたいな感じか?

それでも、まだまだ「記者の目」など自由に毎日の社説批判も書くことができたとのこと。そんな回想などが綴られていて面白い。元朝日新聞の永栄潔さんみたいな感じ。永栄さんの『ブンヤ暮らし三十六年 回想の朝日新聞』 (草思社)と同じような読後感を得た次第。

キンドルの画面は自由に調節できるのだろうが(よく分からない?)、たまたま18字×7行で、本文が「画面」に出てくる。大きくて読みやすいのはいうまでもない。キンドルの画面は、文庫サイズぐらい。紙の本だと、普通は38字×14行ぐらいのところなんだから。

吉田清治にしても韓国に謝罪にきた時、車に乗せてホテルまで送ったことがあったそうな。日本のテレビ局が旅費を全部出してくれたそうで、韓国の帝国ホテルみたいなところに宿泊。うさん臭さを感じていたそうな。朝日の外信部長までやった人(清田)がなぜ、こんな人にひっかかったのか…とも。

ともあれ、昨夜、近所の全席終日禁煙のイタリアンレストランで古女房と会食。ちょっと激動の一年間が終った時期(?)ということもあり、労う意味もあって。シェフが一人で配膳もやっている店。我が二人が最初の予約客だったが、あと、そこそこ入ってきて満席。一歳に満たない赤ん坊と共にやってきた若夫婦も。その赤ん坊を横目で見ながら、我々も30年前はあんな感じだったなと。

日曜の夜、ささやかな晩餐を愉しむ幸福に暗雲を投げかけるような野蛮国家の存在を考えるにつけ、許せない輩というしかない。自国民を飢餓に追い込んでも核開発に躍起となる態度。毛沢東も金日成・金正日・金正恩も同じアナのムジナ「同志」…。その輩を半ばかばうような政治勢力には鉄槌をと?

帰宅したらBSフジで、ドラマ「レモンハート」がやっていた。買ったばかりの日本製ウィスキー「グリーン・フォレスト」(緑の森)を開ける。画面を見ながらチビチビとやっていたら、いつのまにか食卓で居眠り……。
さてさて、今年も気付けば、残り三カ月。無事暮れますことやら。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「東大合格」のあとは、「(女)政治家失格」から「(女)教師失格」&「(女)都知事失格」まで一直線?
(2017・9・28・木曜日)





舛添要一氏の『都知事失格』 (小学館)を読んだ。なんとなく、過去の人になってしまった感じがある。スキャンダルとして、山尾志桜里、豊田真由子両議員と同じレベルといえようか。いや、少しマシ?  そういえば、彼女たちは東大法学部の同期生とか。舛添さんも東大法学部出身。豊田さんは、舛添さんに「このハゲー!」と言ったりするだろうか?

冗談はともかくとして、一読したが、基本的に反省(ほぼ)ゼロの筆致だ。海外の高級ホテルに泊まったのも、そこでいろいろと「交渉」など行なう上で必要であり、会議室を借りたりするより安上がりだから…とか。まぁ、その弁明は成り立つだろう。
下田の別荘への往来も、都庁から行く時は公用車。別荘から自宅に戻る時は私用の車を用意していたと弁明。そこでも、くつろぎながら書類を読んだりいろいろと仕事をこなしていたとのこと。本来、24時間仕事をする都知事なのだから、そういう使い分けは不要だが、規則でそうなっているから云々と。本当は別荘から戻る時も公用車を使ってもなんの問題もないだろうに…と不満顔。新聞週刊誌の報道が杜撰で過大すぎると…。ふうむ? でも、まだ、「盗人にも三分の理」と思う向きもあるだろう。

資料本では、時代小説などを購入したのも、江戸文化を今の都政に活かすためのものだったとか…。ネットなどで、安く購入しようとしたのだと。それもまだ理解できよう。
たしか自宅近くの古本屋にも時々通っていたそうな。フランス書院文庫を、参考資料として領収書を取り、書名を誤魔化していた地方議員がいたが、それとは異なるということもまだわかる。

だが、肝心要の問題、正月休みに、家族旅行で泊まったとしか思えない旅行宿泊代(40万円弱)も、なにか会議とやらで使用したとして政治資金を流用していたことに関する釈明は、本文には出てこなかった(と思う。万が一読み落としていたら、ごめんあそばせ)。

2013、14年の正月に千葉県内の「龍宮城ホテル三日月」に家族と共に宿泊した際、部屋に招き政治的な会議をしたと主張。しかし、相手の出版社社長の“正体”を明かさずじまい--ここが一番、一般国民の怒りをかったところではないのか。

そして、一事が万事ということで、信用を喪失していったのではなかったか。それはさすがに「釈明」できないということで、本では取り上げなかったのではないか。それはちょっと不誠実な対応というしかない。そこが一番、おかしいと誰しもが思った点だからだ。ファーストクラスやらスィートルーム使用などに関しては、公務となればまぁ、そんなものかなと思えても…だ。

そこには何も触れないでいて、歴代の知事がいかに仕事をさぼっていたか、週に一日か数日しか登庁しなかったとか。それに比べて、自分は毎日分刻みのスケジュールをこなしていたと自慢。菅官房長官とも親しかったとか…。自民党都議団ボスの幹事長もそんなに悪い人ではなかったとか…。

挙げ句の果てには、保守派の自分であっても、近年は右傾化が激しいといった批判をしたり、「かつて私が依拠した保守メディアは、カルト的な右翼反動路線になっており、ポピュリズムを煽っている。彼らは、私を『左翼』として目の敵にし、都知事の座から追い落としを図り、それに成功した。私自身は全く変わっておらず、『健全な保守』の立場を堅持しているが、周りがすっかり違う風景になってしまった。何という変化であろう。その極右路線が今や日本社会の主流になってしまっている。これは『日本の保守が劣化した』という表現では済まされない危機的な状況である。しかも、日本会議に代表されるように、彼らは、権力の中枢にまで参入している。教育勅語を園児に朗読させるような経営者が関わる森友学園問題は、そのことを象徴している。小池知事の周辺にも、彼らの存在がある」と言い切るあたりは、ちょっと自意識過剰というか、陰謀史観の影響もおありかとも?

テレビのワイドショーで叩かれたことを恨みに思っているのか、三宅久之や竹村健一のような評論家が「マスコミの論調とは異なる意見を堂々と主張していたが、気付いたらそうした人間は珍しくなった。番組の意に沿わない発言を繰り返すコメンテータは番組から消されていく。日本はいつから北朝鮮のような国になったのか」と。「北朝鮮化する日本」を憂える人は、朝日の論説委員にもいたが、ちょっと…?

舛添氏が、カッパブックスで、 『日本人とフランス人―「心は左、財布は右」の論理 』でデビューしたのは、僕が学生時代のころだったか。なかなか面白い内容だったと記憶している。アメリカ大使館の広報誌『トレンズ』で、ジャン・フランソワ・ルベルの、のちに刊行される『民主主義国の終焉』 (芸艸堂)のエッセンスを翻訳していたのを一読したこともある。フランス語には強い人だということもあったのだろう。当時はまだ東大助教授。新進気鋭の研究者だった。

にもかかわらず、東大助教授を辞め、フリーの研究家というか、タレントとして生きていくようになり、やがて自民党政治家、大臣、離党、ミニ政党結成、都知事へと。
『憲法改正のオモテとウラ』  (講談社現代新書)などもそこそこ面白くは読んだが……。ケチというか吝嗇なのは別にいいと思う。僕だって…。

でもなぁ、やはり家族旅行も政治資金でまかない、追及されても、そこで会議をした、誰と?ときかれても答えられなかったということは、会議したという実態がなかったと思われても仕方あるまい。そして、本でも黙殺。これでは、やはり「政治家失格」「都知事失格」というしかないだろう。

それにつけても、舛添さんの本を読み終えて、思い出した本がある。雨宮慶氏の『女教師・失格』という小説。フランス書院文庫から以前出ていた。これは「女教師モノ」としては佳作。フランス書院文庫の「女教師」三部作といえば、綺羅光氏の『狙われた女教師』『女教師裕美の放課後』『完全版 魔弾!』に尽きるのだが、それ以外の佳作としてなら『女教師・失格』は、合格である?

内容紹介→ 熟れた白い媚肉を覆いきれない挑発的な衣装。教壇に立った彩子は今、教え子の視線に酔っていた。徐々にミニスカートをまくり、太腿をひろげ、恥毛も淫肉も露呈して生徒達に汚され、溺れゆく。あああ、こんな私、女教師失格だわ……。女教師をここまで堕としめた30歳の魔性とは……。

こういう「失格」は「男子生徒」にとっては歓迎すべきことか?  いやいや……。失格した人でも敗者復活は認めてあげるべきか? いやいや、男性の不良(淫乱)教師などは再雇用はあってはならぬ? この点は、やはり「男女不平等」が発生するのはやむをえないところがあるように思えてならないが……。「女の涙」が「肯定的」に許容されるのと同様。「男女差別」はやはり、一定の分野では存在し、否定しきれない?

もちろん、以前も紹介したように、男子生徒だって、年上の女教師から無理やり迫られて精神的外傷を負うことはありうる。
松江哲明氏編著の『童貞。をプロファイル』 (二見書房)に出てきた峯田和伸氏は、なんと、中学生の時に学校の女教師に「奴隷契約」を強要されていたという。初キスの前に「あれ(クンニ?)」をさせられたりしたという。スカトロめいた変態的行為もあったとのこと。

そのせいか、セックスになると萎えてしまって、それはできなかったという。
 結構美人で「つきみみほ」そっくりで生徒にも人気があったという。そういう、それこそフランス書院文庫のような爛れた世界を一年経験したそうな。

ううむ、雨宮慶氏の『女教師・失格』や高竜也氏の『淫女教師』に出てくる女教師ではないが、そういう年上の女として、少年をいたぶる危険な女教師がいるんだ? 

もっとも「つきみみほ」似の女教師に対して、こんな性奴隷は嫌だといって逃げた後、そのセンセイは「夏休みに職員室で教頭とやってるってうわさが流れて」PTAで問題になって、二学期になるとお二人とも学校からいなくなったとのこと。年下&年上の男の「両刀遣いの女教師」だったのか? 不倫するなら、せめて「職場」ではなく「ラブホ」にすべきだろう?
アダルト映画に出てくるハチャメチャな荒唐無稽のストーリーも、現実に起こりうるようだ……。
峯田氏は、そういう中途半端というか強烈な「性」体験をしたがために、いろいろと後年精神的なトラウマも若干あったようだ。

それはさておき、小池都知事とて、今はともかく、将来どうなることやら?
短期間とはいえ、元防衛大臣。竹村健一のそばにいたし…。保守中道系であるのは間違いないだろうが…。「(女)都知事失格」と言われるようになるのか。それとも「日本のサッチャー」となる日が来るのか。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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愛国者は変節して当然?  戦後日本の「五大外交官」と言えば――法眼晋作、曽野明、岡崎久彦、村田良平、そして最後の五人目といえば…誰?
(2017・9・19・火曜日)





浅海保氏の『変節と愛国 外交官・牛場信彦の生涯』 (文春新書)を一気に読了。面白い。


内容紹介→日本人は、牛場信彦という外交官を覚えているだろうか。
戦前は「枢軸派三羽ガラス」の一人として、日独伊三国同盟を強力に推進。日本を戦争に追いやった一人とされた。 戦後は一転して「親米派」となる、経済外交で実績をあげ、外務官僚のトップである事務次官、さらには外交官のトップである駐米大使にもなった。それだけではない。国際経済に強いところを買われて、福田赳夫内閣の対外経済相にも就任している。 彼のことを「変節漢」と呼ぶ人もいる。 本当にそうなのだろうか。 戦後日本に君臨した吉田茂は、「枢軸派」を激しく憎み、古巣の外務省から徹底的に排除した。「Yパージ」である。しかし吉田は、いったん辞職した牛場が外務省に復帰するのを妨げなかったばかりか、バックアップした節さえあるのだ。 吉田は牛場の中に何をみていたのだろうか。 昭和という激動の時代を、「気概」をもって駆け抜けた男の生涯から、「国を愛すること」の本当の意味が見えてくる。


著者は1947年生まれで、1971年に東大法学部を出て読売新聞社に入社。牛場さんは1984年死去だが、1981年に一度だけ取材でインタビューをしたことがあったそうな。鈴木善幸首相の訪米に対する評価を取材したとのこと。そのときの印象はともかくとして、元枢軸派(ナチス礼賛派)の外交官であり、国を滅ぼした…といった程度の認識しかなかったそうだ。それが最初で最後の牛場との直接の遭遇・出会いだったという。

その出会いからもすでに35年以上が経過しているから、牛場信彦を知る元部下などもかなりの歳。そういった関係者への取材などを行ない、牛場の戦前戦中戦後の毀誉褒貶の活動歴の数々を抽出し、さまざまな文献からも適宜、引用紹介しつつ、彼の「実像」を追っている。それが大変読みやすいというか、巧く構成されている感じで、ふむふむ、なるほど…と読み進め、読了していった次第。

僕が学生のころ、講演会などで謦咳に接した「(元)外交官」といえば、まずは本書にも出てくる法眼晋作。そのほかには曽野明。彼らはすでに退官していて国策研究会会長(法眼)、外交評論家(曽野)として活躍していた。
法眼さんは、講演冒頭、司会者が名前の読み方を間違えて、ホウガンシンサク先生は~とやると、必ず「ホウガンではなく、ホウゲンシンサクです」と訂正していたかと。
曽野さんは、反ソ反共の闘士だったから、ソ連は抱きつきスリ…と表現するのがお好きだった。ちなみに、法眼さんの『日本人にとってソ連は危険国家だ』 (山手書房)や、 『外交の真髄を求めて――第二次世界大戦の時代 法眼晋作回顧録』 ( 原書房)は面白く読んだ。ただ、このころの反ソ派の人は、中共には甘い感じで、法眼さんの回顧録も、中国にはちょっと…という読後感が残っている。
曽野さんの『ソビエトウォッチング40年 あたまを狙われる日本人』 (サンケイ出版)も名著。

ともあれ、僕が学生時代だった時、牛場氏はすでに晩年でガンにもなっていて、あまり講演活動はやっていなかったのだろうか。謦咳に接した記憶はない。本書を読むと、退官後に「民間人」になっても、「政府」の仕事を引き受けて、世界を東奔西走していたようで(福田内閣の時には「大臣」にもなった)、日本国内の一般人向けの講演会に出る機会はあまりなかったのだろう。

本書を読む限りでは、豪放磊落な雰囲気があったようだ。東京裁判ではかつての「上司」の大島駐独大使の弁護人もやったという(知らなかった)。外交官に復帰してからは、日韓国交回復交渉でもかなり辣腕を振るったとのこと。法眼さんともクールな関係ではあったそうな?
 ニクソンの米中正常化や繊維交渉など、日米貿易摩擦問題でも、駐米大使、対外経済相として、ストレートにアメリカ政府高官や上院議員などとやりあったエピソードなども出てくる。上院議員が、「わが選挙民は、こぞって日本嫌いになってしまった」などとやりこめてくるのに対して、「全く馬鹿げた話ばかり」「輸入を制限しようなどとは、それでは、自由貿易体制は崩れてしまい、共産主義者の思う壺ではないですか」などと激しく反論もしたという。すると、万雷の拍手となり、議員たちが握手を求めてきたともいう。
「沈黙は金」の立場をとらなかったのだろう。外交官はこうでなくてはいけない。米国に対しても、中国に対しても?

息子の牛場昭彦さんは産経新聞の防衛専門記者として活躍もした。こちらは、そんなに豪放磊落ではなく落ち着いた感じの人だったように記憶している(講演会などで謦咳に接した程度のかすかな印象しか残っていない)。
そういえば、政治学者として活躍している竹中治堅氏は、法眼さんのお孫さんとのこと。ふうむ…。

「変節」といえども、「愛国」の念は、戦前も戦中も戦後も、牛場さんの場合は不変だったのだろう。独ソ戦争が始まった時、 「北に行けば良かったんだ」…との思いを牛場さんは、戦後というか晩年、知人に語っていたそうな。知人は「牛場さんは、枢軸派時代から少しも変わっていないんだな」と牛場の顔を覗き込んだとのこと。
本当にそう思う?  そうしていれば、少なくともシベリアの拉致悲劇はなかったかもしれないが……

そのほか、ハミルトン・フィッシュの『日米・開戦の悲劇』 (PHP研究所・文庫にもなった)の翻訳を、岡崎久彦氏に強く勧めもしたという。おお、あのルーズベルト批判の「名著」を親米派の岡崎さんが監訳したのはなぜ?と思っていたが、 「フィッシュの本を訳して出版しろと言われた時、僕は『牛場さん,やっぱり本当は親米派じゃないんだ』と思い知りましたよ。親米派の私としては大いに困惑もしたわけですがね」と。

その岡崎氏の『国際情勢判断・半世紀』 (扶桑社)や、村田良平氏の『村田良平回想録上巻 戦いに敗れし国に仕えて』『村田良平回想録下巻 祖国の再生を次世代に託して』 (ミネルヴァ書房)は外交官の回顧録として秀逸だった。ちなみに、浅海氏によると、岡崎さんも村田さんも「牛場派」とのこと。

牛場さんや村田さんや法眼さんのように駐米大使や事務次官など、最高位まで出世した人もいたし、そこそこの国の「大使」止まりだった人もいるし…。外交官人生もいろいろとあるようで……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

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