古本虫がさまよう 自叙伝
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フォーサイスの回想録『アウトサイダー』と、ジョン・ル・カレの回顧録『地下道の鳩』とでは、どっちが面白いか?
(2017・3・23・木曜日)




1931年生まれのジョン・ル・カレの『地下道の鳩 ジョン・ル・カレ回想録』 (早川書房)を本屋で遭遇。この前、英国秘密情報部とも接触していた作家、フォーサイスの回顧録『アウトサイダー』 (角川書店 )を面白く読み、すでに紹介ずみ。ジョン・ル・カレの場合、元々からスパイ出身というから、同様の面白さがあるかなと思って手にした。

内容(「BOOK」データベースより)→東西冷戦、中東問題、ベルリンの壁崩壊、テロとの戦い―刻々と変化する国際情勢を背景に、ル・カレは小説を執筆し、『寒い国から帰ってきたスパイ』、『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』に始まるスマイリー三部作、『リトル・ドラマー・ガール』などの名作を世に送り出してきた。本書は、巨匠と謳われる彼の回想録である。その波瀾に満ちた人生と創作の秘密をみずから語っている。イギリスの二大諜報機関MI5とMI6に在籍していこと。詐欺師だった父親の奇想天外な生涯と母親、家族のこと。ジョージ・スマイリーなどの小説の登場人物のモデル。中東などの紛争地帯での取材やソ連崩壊前後のロシアへの訪問。二重スパイ、キム・フィルビーへの思い。PLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長、“ソ連水爆の父”サハロフ、サッチャー首相らとの出会い。作家グレアム・グリーン、ジョージ・スマイリーを演じたアレック・ギネス、キューブリック、コッポラなどの映画監督との交流と、実現しなかった数々の映画化の企画。謎に満ちた作家ル・カレの真実が明かされる、読書界待望の話題作。

だが、なんとなく……。フォーサイスの作品は、少しは読んでいたが、よくよく考えると、ル・カレの作品はあまり読んだ記憶がない。ということもあるが、この回顧録も150頁あたりまで読み進めたものの、ちょっと物足りなさを感じてストップ。アラファトやサハロフとの遭遇やら、「スパイ外交官」として、いろんなドイツ人を英国に「研修」させた体験など、それなりに、各エッセイにオチもあり面白いのだが、フォーサイスの回顧録に見られたような面白さ(年上の女性との初体験とか?)が出てこない。生真面目すぎる?
ということで、150頁以降はパラパラと拾い読みに変更。有名作家となり、イタリア大統領やサッチャーとの遭遇もあったそうな……。

ラストに近い、「スティーヴン・スペンダーのクレジットカード」がちょっと面白かった。あぁ、そういえば、スペンダーの分厚い『スティーヴン・スペンダー日記 1939-1983』 (彩流社)も途中まで読んで、そのままになってしまっている。いかんなあ。
それはさておき、回顧録の面白さとしては、フォーサイスのほうに、僕は軍配をあげたい。ただ、ル・カレの小説を愛読している人なら、また違った読後感もあるかも。人それぞれ。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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谷沢永一さんのお墨付き、やはり富島健夫は「性愛文学」の巨匠!
(2017・3・16・木曜日)




荒川佳洋氏の『「ジュニア」と「官能」の巨匠 富島健夫伝』 (河出書房新社)を読んだ。


(内容紹介)→ 「ジュニア小説」というジャンルをひらき「官能」の巨匠であった伝説的作家の波瀾万丈の生涯と強烈な個性をえがく初の評伝。
1月下旬に出たというのに、アマゾンではまだレビューが出ていない(3・16朝の時点)。なんということだ? 忘れられた作家なのか? ブックオフに行っても、富島さんも、川上宗薫も、宇能鴻一郎さんの作品もめったに見かけなくはなっているが……。図書館横断検索をすると杉並区や世田谷区や足立区ではそこそこ蔵書があるが、ほかの図書館は数冊あるかどうかの程度。

そういえば、この前、宇能鴻一郎氏の『女教師淫行日記』 (ケイブンシャ文庫)を読んだ。


内容(「BOOK」データベースより)
あたし、中学の理科教師なんです。夏のある夜、昔の教え子に、理科室の実験用テーブルで生体解剖されたんです。両脚を思いきり開いて、ピンセットで、あたしのあそこをつまんでみたり、硬く大きくなった自分のものを、押しつけたり―。あたし、すごく興奮して、たちまち絶頂に…。好評日記シリーズ第六弾!!


教え子が大学生になって、女教師宅(アバート)にやってきて……というお話。最後が、ちょっとわからない構成だったが…。ちょっと物足りないストーリー展開であったが……。

ともあれ、ウィキペディアによれば、富島さんは、こういう作家だ。


当時日本領だった朝鮮の京城に1931年に生まれる。1945年敗戦とともに引揚げ、福岡県立豊津高等学校に学ぶ。1951年早稲田大学第一文学部仏文科入学。在学中に丹羽文雄の『文学者』同人となり、1952年同人誌第二次『街』を創刊、創作活動に入った。
1953年12月、『街』の代表として応募した『新潮』同人雑誌推薦特集に「喪家の狗」が掲載され、文壇にデビューする。同作は芥川賞の候補になった。卒業後、河出書房に勤務の傍ら、1956年に処女長編『黒い河』を同社より刊行する。1957年、河出書房の倒産を機会に、作家生活に入る。
『雪の記憶』『故郷の蝶』『七つの部屋』『恋と少年』などの純文学書下ろし長篇を発表後、1960年代からは青春小説、ジュニア小説に着手する。性の問題を回避して青春の文学は成立しないと主張し[1]、それまでタブー視されていた10代の性の問題を正面から扱い[2]、1969年『ジュニア文芸』(小学館)に連載された『おさな妻』はテレビや雑誌等で賛否両論を呼んだ[3]。
1973年『初夜の海』[4]を発表以後、作品は官能的な傾向を強め、1980年代には川上宗薫、宇能鴻一郎とともに“官能小説御三家”とも称せられた。大河長編に『女人追憶』がある。
自伝的長編に『青春の野望』(5部作)。エッセイ集も多数あり、1998年に66歳で没するまでに刊行された著書は700冊に及ぶ[5]1980年から翌1981年にかけて、各時代の代表作を集大成した『富島健夫小説選集』全22巻(実業之日本社)が刊行されている。
『黒い河』『雪の記憶』[6][7] 『明日への握手』(映画「高校三年生」)[8]、関根恵子というスターを生んだ『おさな妻』[9]、3本のにっかつロマンポルノと、1950年代から1980年代まで、それぞれの時代の代表作が安定して少なくとも12本映画化されている。
競艇ファンとしても知られ、1970年代から1980年代にかけて、関東地区競艇場開催の四大特別競走(現在のSG競走)優勝戦中継のゲストとして常時出演していた。


早稲田時代から、丹羽文雄などの推奨を受けて、同人雑誌などで活躍。芥川賞候補にもなる。石原慎太郎登場以前の時代故に、学生作家としては「第一号」? もしその時芥川賞を取っていれば、彼の作家としての歩みも少し異なったものになったのかもしれない。しかし、当時の選評では、無視する審査委員も少なくなかったという。著者(荒川氏)によると読んでいない人もいたのではないかと指摘もしている。


富島作品といえば、 『花を盗む』 (サンケイ出版・徳間文庫)があったかと。これは名作?(この作品を杉並区と墨田区は「蔵書」として所蔵している。偉い!?)

(「BOOK」データベースより)
高校1年の夏休み、親友の別荘に避暑に行ったぼくは、美しい人妻の姉・初江さんに誘われるまま、林の中で、彼女の個室で甘美な初体験。若い人妻の手ほどきで心身ともに解放されたぼくは、同級生のなお子に対しても、思いやりをもって接することができるようになったし、大学で偶然に再会した幼なじみの芳子にも、率直に恋の手ほどきができるようになった…。爽やかな青春官能傑作。


これは『おもいでの夏』 (角川文庫)に匹敵する「年上の女」文学であった?

ともあれ、政治的主張もよくしていたそうで、ベトナム戦争反対、金日成・文革礼賛発言もしばしばだったという。人生相談などで、女子高校生にストライキのすすめもしていたそうな。そういう時期に書いた小説の中での毛沢東礼賛などの記述を「修正」することもあったという。


~と認定しても、それは自分自身のことであって、毛沢東だって文句は言えないはずである(1976年、集英社文庫コバルトシリーズ141頁)

~と認定しても、それは自分自身のことであって、孔子や釈迦だって文句は言えないはずである(1997年 自選青春小説2 161頁)


そんな「改竄」もあったという。逆に、あとの文章が先にあって、文革時代、孔子批判もされていたから、あわてて、前の文に改竄する作家もいたかも?

ともあれ、そんな富島さんの「作品」を高く評価したのは谷沢永一氏だ。そのことは、この本でもしばしば触れられている。本欄でも、谷沢さんのそういう富島エロス文学評価をこういう風に紹介したことがある。


ジキルとハイドこと谷沢永一氏の性愛文学論に拍手 06/18/2011

この前亡くなった谷沢永一氏の『性愛文学』 (KKロングセラーズ)は傑作。 富島健夫氏の『処女連盟』などの作品を性愛文学の傑作と高く評価。そして「舌に関して言及しないのが、純文学。舌の無際限な効用に言及するとき、それは、大衆文学、と貶められるのを覚悟しなければならない」との名言もある。


富島さんは、猥褻罪で摘発されたりもしたが、「賞」の権威がないがための側面もあったのかもしれないとのこと。当時、筒井康隆氏は、 「ポルノ度において川上、富島氏に劣らぬものを書いている他のポルノ作家が槍玉にあげられないかと考えた場合、宇能鴻一郎氏は芥川賞をとってるし泉大八氏は新日本文学会といううしろだてがあるというように、決して文壇内で孤立することはないと思える背景が考えられる」と指摘もしていたという。

晩年は一流文芸雑誌からお呼びがかからなくなり二流雑誌に書くことも多かったという。逆に、ジュニア雑誌で書いていた時に「週刊朝日」から連載小説の依頼がきて嬉しかったそうな。ジュニア小説を小馬鹿にする文壇の雰囲気もあったという。

ふと、星新一氏の評伝(『星新一 一〇〇一話をつくった人』最相葉月氏。新潮社)を思い出した。

細かい話は忘れたが、ジュニア小説同様、どちらかといえば、軽く見られていたSF小説を書いていた星さん。文藝春秋から本を出したいと思っても断られていた時期があり、それを残念に思っていたとか……。星さんは晩年になるにつれ、「文豪」となっていったが……。同じような境遇を味わった時期が、富島さんにもあったのではないかと。

ともあれ、この前、古本市で買った富島健夫氏の『女遍歴の日日』 (双葉社)を読んで読後感を綴ったことがあった(以下一部再録)。帯に「愛の黙示録」「男と女の華麗なる妙薬」とあるが‥‥。
大学一年生の童貞男が主人公。高校時代のテニス部の先輩で年上の女子大生にまず手ほどきを受ける。その後、彼女の友人を紹介されたり、恩師でもある女教師と結ばれたり、さまざまな年上の女性との遍歴が描かれている。
年上の女性との性遍歴を綴った小説といえば、神崎京介氏『女薫の旅』シリーズ(講談社文庫)は、最近読まなくなってしまったが、これは高校生の時から始まっていたっけ? 昭和と平成の違いか? 
富島氏のこの本、「週刊大衆」の昭和62年3月16日号から63年5月16日号に連載され、新書サイズの本として刊行されている。奥付の日付は「昭和64年1月10日」になっている。昭和天皇の崩御は、昭和64年1月7日の朝。従って、昭和64年1月10日は、本来、歴史的に存在しない日付。ということは、昭和時代に出たエロス本としては最後のエロス本(実質平成の世となって刊行された最初のエロス小説といえるのかもしれない。その意味で歴史的にも貴重な一冊‥?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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梅棹忠夫→富島健夫→河合栄治郎→?
自叙伝(評伝)を読み進めていけば……。

(2017・3・14・火曜日)




昭和45年こと1970年の今日(3・14)は大阪万博の開幕日。ということもあって、
東谷暁氏の『予言者 梅棹忠夫』 (文春新書)を昨夜読了した。

内容紹介→高度成長、ソ連崩壊、情報化社会、専業主婦の減少……数々の予言を的中させた戦後最大の知性が遺した「最後の予言」とは?
2010年に没した梅棹忠夫(国立民族学博物館名誉教授)は、往年のベストセラー『知的生産の技術』(岩波新書)の著者として有名である。
だが、梅棹の業績の真骨頂は、戦後日本社会の変化を予言し、しかもその予言がことごとく的中したことにある。京大理学部の秀才で専攻は生物学だった梅棹は、少壮の論客として颯爽と登場し、生態史観にもとづく独自の文明論をもってユーラシア大陸の勢力図を大胆に描きなおしてみせた。
敗戦直後の時代から、すでに日本の高度経済成長を予言。マルクス主義者や「進歩的文化人」から大批判を浴びるが、その予言どおり、日本は高度経済成長を謳歌した。また日本の家族制度の変化を検証し、「妻無用論」を発表。共働きの増加と専業主婦の激減を予測し、これも的中。オイルショックの20年以上も前から中東が国際政治の震源地になると予言。1960年代からソ連の崩壊、大阪の没落なども予測していた。そしてパソコンもない時代に「情報産業論」を発表し、今日の情報化社会を予言していた。
一方で、都市開発や文化行政のオーガナイザーとしても卓越した腕力を持ち、大阪万博や国立民族学博物館の立ち上げでは、官僚や政治権力者を巧みに操った。「知的プレイボーイ」を自認し、理系文系の垣根を軽々と越えた。フィールドワークを得意とし、若手研究者らと喧々諤々の議論をすることを好んだ。実体験に基づくオリジナリティ溢れる意見を尊重し、権威を笠に着る学者を心底軽蔑した。そんな梅棹は晩年、「日本文明は終焉に近づいた」という不気味な予言を遺していた。梅棹はどのようにして自らの文明論を作り上げたのか? そして最後の予言の真意とは?生前の梅棹を知る著者が、「知的プレイボーイ」の実像をあますところなく描く。


東谷氏は梅棹氏と一緒に仕事をしていた時もあり、著作を通じてのみならず謦咳に接して身近な存在として捉えていたようだ。梅棹氏と、竹山道雄や司馬遼太郎やさまざまな人物との邂逅も描かれている。何でもマルクス主義という時代に、そういう偏狭な見方ではなく、ユニークな観察眼をもってしてさまざまな問題を論じた彼の知的な歩みを評伝的に描いた佳作といった感じの一冊だった。大阪万博にもいろいろと関与しており、その内実なども描かれている。

最近、 『行為と妄想 わたしの履歴書』 (中公文庫)を読んだりしていたが、彼の本はあまり沢山読んでいたわけではない。たまたま書棚を見ていたら、 『知的生産の技術』 (岩波新書)が出てきた。これは学生時代に読んだものではなく、社会人の時に再読した時のもののようだ。

「一年間に読書カードは100枚とはたまらない。平均して、週に二冊までゆかないのである。おおい月で10冊、少ない月で3冊くらいしかゆかない。ひじょうな速読・多読の人もあるようだが、年100冊というのは、ふつうの人間としては限度ではないだろうか」というところに波線を引いて、 「そうである」「8月→20冊」「9月→15冊」「10月→11冊」と書いているから。
学生時代はもっと冊数は読んでいたはずだから。

とはいえ、まぁ、読んだ本「一冊」も、分厚い専門書ではなく、新書ぐらいの厚さの一冊であっただろうが……。

「文明の生態史観による世界像」なる図版が引用紹介されている。この図版は、たしか、梅棹氏に教えを受けた楊海英氏の『逆転の大中国史』 (文藝春秋)にもあったかと(記憶曖昧だが)。梅棹氏のこの評伝に続いて、富島健夫→河合栄治郎の評伝も並行して読書中。順調なら明日以降、掲載できるのだが……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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大澤メモによる「私を通りすぎた言論人」たち&「言論人閻魔帳」こと『アはアナキストのア さかのぼり自叙伝』と、佐々メモによる「政界閻魔帳」こと『私を通りすぎた政治家たち』は異色ノンフィクション的自叙伝
(2017・3・7・火曜日)




読みかけだった、大澤正道氏の『アはアナキストのア さかのぼり自叙伝』 (三一書房)を読了。


容紹介→私はなぜアナキストになったのか?」
著者自らその問いにこたえる形で、現在から半世紀以上前の敗戦の廃墟に立った若き日の記憶へと回想していく。
本書は著者個人の倒叙による歴史であると同時に、同時代を生きた人々の運動と人生の軌跡でもある。
鶴見俊輔との交友、編集者としての林達夫や久野収等との思い出、仲間だと思っていた人間との対立、異国で志を同じくする人々との出会い、組織の離合集散・・・様々な経験を現在からさかのぼる自叙伝。
これは20世紀の日本アナキズム運動史であり、その時代を作った人々の歴史だ。
戦後日本のアナキズム運動を支えてきた当事者が、若き日の『相互扶助論』や『資本論』との出会いから、志を同じくする多くの人たちとの出会い、離合と集散の遍歴を綴った貴重なドキュメント。現在から始まる反・回想録。


著者は1927年生まれ。ということは今年で90歳。かなりのご高齢だ。しかし、戦時中は、少年兵として戦争に巻き込まれることはなかった。勤労動員という形で、あちこちの工場や農作業に刈りだされては勤労奉仕に励んでいる。少年時代から日記をつけていたようで、時々、大澤日記というか大澤メモを引用しながら、当時の感慨が綴られている。

敗戦の直前の日の日記の一節。

国家的な侮辱を受けた時、人間の採るべき道は二つある。一つは復讐すること、いま一つは国家そのものを抹殺すること。私は後者を取ろう。

17歳(18歳?)の決意表明。かっこいいね! こうして大澤少年はアナキズムへと突進していくのであった……。

そうした日記の引用を読みながら、ふと、佐々メモを思い出した。佐々淳行さんが警官時代、手帖にメモした「佐々メモ」を基に、さまざまなノンフィクションを書いていることは周知の事実。まもなく文庫化される『私を通りすぎたスパイたち』 (文春文庫)も、帯に「佐々メモによる最後の政界閻魔帳」と記されている(文春ホームページ参照)。それと同じように、大澤さんの本も、「大澤メモ」に基づく「言論人閻魔帳」といった感じの本だ。 『私を通りすぎた知識人・編集者たち』といったところか。中央公論社の平林孝さんの名前も懐かしい。

雑誌「論争」にも関与していたとのこと。この「論争」に関しては、編集長をした大池文雄氏の『ただ限りなく発見者 大池文雄著作集』 (風媒社)を、この前、紹介したが、彼の名前も大澤さんの本に出てくる。中村菊男さんの名前も。大澤さんは、意外なことに久野収や鶴見俊輔とは仲が良かったようだ…。「論争」に関しては「容共だけはご免」ということで、それ以外なら「なんでもありのごった煮」だったとのこと。論争社は、そういえば、レイモン・アロンの本も中村さんの本(『診断・日本の政治体質』『日本の中立は可能か』)も出している。
この大澤さんの本には佐々淳行さんの名前は出てこない。大澤氏は平凡社でも労組活動をしたり安保闘争にもそこそこ参画していたとのこと。どこかで接点があったかもしれないが……。

ともあれ、平凡社時代の回想は、大澤氏がペンネーム(大原緑峯)で書いた『平凡社における失敗の研究』『平凡社における人間の研究』 (ぱる出版)を以前一読。新著でも、平凡社時代の回想はかなりの部分を占めるが、二足の草鞋で、アナキズム関連の仕事も。アナキズムといえば、田中美知太郎や勝田吉太郎などの名前も浮かぶが、本書には田中は出てくるが勝田の名前はない。この点は、浅羽通明の『アナーキズム―名著でたどる日本思想入門 』 (ちくま新書)が参考になる。

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キャスターといえば、昔櫻井よしこ、ちょっとまえ国谷裕子、今は本田岬かな? 「クローズアップ現代」関係者は「言霊」に呪縛されていた!
(2017・3・4・土曜日)


国友裕子氏の『キャスターという仕事』 (岩波新書)を読んだ。ううむ…。NHKの「クローズアップ現代」の司会というかキャスターをやっていた人の手記。多少、自叙伝的な内容でもある。たまに見ていたが……。特に感心することもなく、まぁ、世の中にはいろいろと難問があるものよという参考程度にはなった。

そもそもスタッフがある意味で、お役所的というのか、心情左派というのか、そういうタイプが多かった感じで、制作傾向や取り上げるテーマもそういう方向に流れているという印象を受けていた。北朝鮮の拉致問題なんか真摯に取り上げていただろうか? 本書でも、そのテーマに関しては特に言及がなかった(かと?)。通勤電車の車中、時々読みながら、中断したり、また読みすすめながらの一読ということもあったし、記述が教科書的というか、生真面目すぎて、あまり頭に記憶が残っていない?

そういえば、この番組、「やらせ報道」があって、関係者が処分されたことがあったかと記憶している。そのことへの言及も数ページは書かれているが……。単なる経過報告といった感じで、さほど胸をうつものが感じ取られない。

また、この番組関係者は、典型的な「言霊」信仰を持っていたかと。佐々淳行氏が、この国谷さんの番組に出た時の痛憤を『後藤田正晴と十二人の総理たち』 (文春文庫)でこう綴っている。ペルー大使館占拠事件があった時、佐々さんは危機管理専門家として各マスコミからひっぱりだこだった。

「クローズアップ現代」で国谷さんとナマ対談をするということで、夜9時半からの特別番組だったようだが、正午過ぎにプロデューサーが事務所で一時間打ち合わせ、夜8時にスタジオ入りということになった。木村太郎、筑紫哲也の番組はNHKが入っているということで断ったという。

打ち合わせでは、NHKは「強行突入、あり得ますか?」ときたので、「そりゃありますよ」と答えると、「でもそんなことしたら死傷者多数の大惨事になりますよ」「そういわれても私がやるんじゃない。フジモリさんは顔は日本人でも頭の中はペルー人ですから、テロは絶対許さない。絶対妥協しないとなれば、早晩突入でしょう」
「それは困ります。NHKの視聴者はデリケートですから、強行突入で流血の大惨事なんてナマ放送でいったら大変なことになる」…とそんなやりとりが続いたという。

そこで、突入路線以外に「時間をかけた交渉によって(犯人を)亡命させる引き分けが望ましい」という線で発言をするように釘を刺されたとのこと。「強行突入の、流血の惨事など、ナマ放送ですからいわないように」と放送開始の秒読みの段階になっても、佐々さんの膝元で囁いてきたとのこと。
すると、佐々さん、切れて「くどいッ。くどいよ、君は!! あんまり『いうな』っていうと、いうぞ。ナマなんだから止められないぞ!!」と怒鳴ったそうな。国谷さん、あとから来て事情のよくわからないからびっくりしていたそうな。

そんなスッタモンダの放送のあと、翌日、かつての上司、後藤田正晴さんから、「君、けしからんよ、国谷さんのような美人とテレビ対談して。ワシはあの女性は大変な美人たと思っとる。そのワシがまだ対談したことないのに、君がするなんて……」と。
このNHK関係者の発言は典型的な言霊思想だろう。
これは井沢元彦さんが『言霊』(祥伝社) 『「言霊の国」解体新書』(小学館)などで鋭く追求指摘している。

ちなみに「言霊」とはウィキペディアでは、こう定義されている。


言霊(ことだま)とは、一般的には日本において言葉に宿ると信じられた霊的な力のこと。声に出した言葉が、現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされた。

この程度の「教養」の人たちが作っていた番組(随時そうだったわけではないだろうが…)では、さほどの知的関心に答えられる番組を作れたかどうかは疑問ではないか。

もっとも、佐々氏は、そのあとも「クローズアップ現代」に呼ばれている。突入し、人質を救いつつも兵士に犠牲者が出たことに関して、日本のマスコミの報道が解放バンザイばかりで、犠牲者への追悼姿勢が乏しいことを批判し、番組でもこの点をまず指摘すべきだと主張すると、傲慢なNHK関係者は「NHKの編集方針、報道の姿勢の問題で、佐々さんからいってほしいと思っていません」「この番組では、軍事的にみてこの作戦はどうだったかを」「論評してもらうつもりですから、その面に限ってお願いします」と。

そんなことを言い合っているうちに、国谷さんがやってきて、「国際感覚からいってどう思います?」と放送前に尋ねたりしたとのこと。NHKが用意した、冒頭の国谷さんの発言予定のメモは「日本人二十四人は無事でした…」というもの。本番が始まると、国谷さんはNHKが用意した原稿を読まず、番組の途中では、日本人以外の人質が死んだり、兵士が死んだりした事実を指摘したという。佐々さんは、こういう国谷さんの「国際感覚」を評価もしている。

番組が終ったあと、佐々さんは番組関係者を一喝したとのこと。日本人は皆無事、死者は三人、平和的解決の道はなかったかと言い続けるNHKへの批判だった。

「これで二度抗議したから多分もうこの番組には呼ばれることはないだろうけど、君らが偉くなって番組のディレクター゛プロデューサーになったら、私のいったこと、思い出してくれ」と。

こういうシーンは国谷さんの記憶に残っていただろうか? そういう佐々さんとの邂逅などが綴られていたら、この本ももう少し重みが出ただろうが……。

キャスターといえば、ちょっと前なら櫻井よしこさんの顔が浮かぶ。 『 迷わない。 』 (文春新書)という本を書いている。こちらも自叙伝的内容もあるキャスター論。物の見方考え方以前に、内容的には、こちらのほうがはるかに面白かった。
最近だと、女性報道記者として活躍している日本テレビの下川美奈氏の『報道記者』 (ワック)という本もある。三者による美女キャスター鼎談なんて女性誌がやると面白いかもしれない。

異色(?)なのは、本田岬氏の『監禁された美人キャスター いつになったら自由になれますか…。』 。これは、「報道の自由」を奪われた女性キャスターのディレンマを緊縛した、いや緊迫した映像を通じて問いただす問題作(というわけではないか?)。18歳以上の人にお勧めしたい一本?

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