古本虫がさまよう 自叙伝
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『ぼくのミステリ・クロニクル』 と『風から水へ ある小出版社の三十五年』 は中堅出版社の歴史を知る上で貴重な証言集だった。そして公共図書館の役割とは?(2017・8・13・日曜日)



鈴木宏氏の『風から水へ ある小出版社の三十五年』 (論創社)を面白く読んだ。

(内容紹介)→〈書肆風の薔薇〉から〈水声社〉へ。編集者・経営者として過ごした35年間の、さまざまな人や本との忘れがたい出会いと別れ……。小出版社の現状に関心を寄せる人々に向けて語り、書いた、内側からの「現状報告」の書。

著者は1947年生まれ。いわゆる全共闘世代。小田光雄氏との一問一答、聞きがたり風のインタビュー録。

学生時代は、日共系ではなく新左翼系…。トニー・クリフの『ロシア=官僚制国家資本主義論』 (論争社)に共鳴していたそうな。また、ソ連の崩壊を「慶賀すべきことだ」と言った時、「ファシスト」と呼ばれ、子供を公立中学校ではなく私立中学校に入れたら「裏切り者」と批判されたそうな。「北朝鮮の、少なくとも一部が地獄ないしはそれ以下だということを認めるのに吝かではありません」とも。
ということは、鈴木氏は、全共闘世代にあっても、そんなに悪い人ではない? 自宅では産経新聞と朝日新聞を購読しているとも。中庸なリベラルな方なのだろう。

ともあれ、国書刊行会で編集者として働き、やがて独立し、〈書肆風の薔薇〉という出版社をおこす。そして「水声社」に社名変更。独立にあたっては、親や親戚などからも出資金を募る。編集者兼経営者(社長)として、資金繰りなど四苦八苦。倒産の危機も何度か。それを乗り越えて今日まで。

義父の紙の会社での仕事もする関係で、二足の草鞋をはいたこともあった。「彷書月刊」の編集顧問を引き受けたりもした。
再版制度を骨抜きにするアマゾンには対抗し、水声社の本はアマゾンに出していないとも。天晴れ!?

創業時には、売れ残った本も「断裁しない」「ゾッキに出さない」と決意していたものの徐々になし崩しになっていく過程…。著者への印税支払等々の悩み…。小出版社の経営者としてのさまざまなディレンマなども率直に語られている。

この本の中で、新木正人氏の『天使の疑惑』という本が論創社から出ているとの紹介があったので、読んでみようかと思って、アマゾンでチェックしたらヒットしない。

「天使の疑惑」では出てこず、「天使の疑惑」「新木」でも出てこない。あれ?と思って、「天使の疑惑」「新木正人」と入れたら『天使の誘惑』なる本が出てきた。どうやら『天使の疑惑』は、誤植のようだが、『天使の誘惑』と聞けば、黛ジュンか天地真理を想起させられるのでは? 実際、黛ジュンについて論じているようであるが?

ともあれ、この前、紹介した戸川安宣氏(空犬太郎氏編)の『ぼくのミステリ・クロニクル』 (国書刊行会)は、→、東京創元社で長く編集者として活躍し、伝説の叢書「日本探偵小説全集」を企画する一方で、数多くの新人作家を発掘し戦後の日本ミステリ界を牽引した名編集者、戸川安宣。幼い頃の読書体験、編集者として関わってきた人々、さらにはミステリ専門書店「TRICK+TRAP」の運営まで、「読み手」「編み手」「売り手」として活躍したその編集者人生を語りつくす。-------という本であったが、同様の面白さを感じた次第。

どんどん初版発行部数も低下。頼みの綱(?)の図書館や研究者の購入も低調とのことだが……。

巻末には〈書肆風の薔薇〉・〈水声社〉の刊行本リストが収録されている。本欄でも、桑原聡氏の『《ドン・キホーテ》見参! 狂気を失った者たちへ』 (水声社) などを紹介していたかと。

僕のような読書傾向の人間には、あまりなじみのない出版社であるが、リストを見ると、積んどくしている本も何冊かはあるようだ。ともあれ、出版社がいろいろとあるのは民主主義社会の基礎。

そういえば、「防犯カメラ」の功罪に関して、小川進氏の『防犯カメラによる冤罪』 (緑風出版)という本と、賀来泉氏の『社会を変える防犯カメラ』 (幻冬舎メディアコンサルティング)なる本が出ている。
前著は、「防犯カメラ」批判本、後著は「防犯カメラ」礼賛本だ。

どちらかといえば、後著のほうに拍手をしたくなるが、前著の指摘もあながち無視はできまい。少なくとも、社会的にみても賛否の分かれる問題に関しては、複眼的な視点も持つことも必要ではあろう。双方の主張をよく読んで、その上で…と。そのためにも言論出版の自由は大事。物事を考える上の基本データを提供もしてくれるからだ。
かといって、慰安婦問題のように、嘘と捏造の吉田清治の本は困るが…。いやいや、あの吉田証言は間違っていないという趣旨の立場からの吉田擁護本もある。今田真人氏の『緊急出版 吉田証言は生きている 慰安婦狩りを命がけで告発!初公開の赤旗インタビュー』 (共栄書房)。積んどくしているが……。

その点、産経新聞(2017・8・12)「東京版」に掲載されていた千代田区図書館の企画展(「週刊読書人」と「図書新聞」の「書評紙が選ぶ、今すぐ読みたいベスト16」)のリストには若干の疑問が生じた。

というのも、これは2つの書評紙が、一年間に紙面で紹介した本の中から「政治・社会」「海外の文学」「哲学・思惟」「ルポルタージュ」「歴史」「サイエンス」「芸術」などの分野ごとに「ベスト本」を推薦するというもの。総計150冊とのことだから、産経紙面で紹介されているリスト本は、ほんの一部でしかないのかもしれないが、「歴史」では、加藤陽子氏の『戦争まで』 (朝日出版社)、西崎雅夫氏の『関東大震災朝鮮人虐殺の記録』 (現代書館)のみとなっていたが、このあたり、両者の見解とはちょっと異なるものも紹介されていれば良いのだが……。

例えばこんな本。
加藤康男氏の『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』 (ワック)や、岩田温氏の『だから、日本人は「戦争」を選んだ』 (オークラNEXT新書)なども同列に紹介されているだろうか。こういう本を書評新聞がそもそも書評していただろうか?

ちなみに、産経記事によると、図書館側は、そうしたリストの本を展示し貸出するとのことだが、加藤康男氏のこの本も、岩田氏のその本も、千代田区立図書館は所蔵していないようだからそもそも展示もできない?(この図書館は、全般的に蔵書量が貧弱。そもそも区民にも10冊しか貸さないというケチ図書館? 区民でないと、たったの5冊しか貸出しないのだから驚き。こんなに貸出冊数を少なめに制限している図書館は少数派だ。新宿区立図書館も区民、非区民も10冊と少なめだが…。普通は区民なら15~20冊ぐらいは貸出可能にしているものだ)。

公的な機関などが「夏休み・読書の秋にお薦めする本」として「防犯カメラ」の項目などがこのリストにあったなら、前述のように「防犯カメラ」を擁護する本だけでなく、批判する本も同様にリストアップされてしかるべきだろう。

しかし、私的な出版社は、その編集方針に基づいて、独自の出版をするのはまったくの自由。「防犯カメラ」を批判するなら、その立場からの本を出し続けても何の問題もあるまい。それも個性、言論の自由のうちだから。緑風出版は、左派系出版社だろうが、「反共リベラル」的な塩路一郎氏の『日産自動車の盛衰 自動車労連会長の証言』 (緑風出版)なる本も刊行している。目が離せないユニークな出版社だ。
「図書新聞」も「週刊読書人」も私的な新聞社だから、どんな本を好意的に書評するか、無視するかなど含めて推薦書のリストアップはまったくの自由。

ただ、それに公共図書館が安易にのるのは考えものではないか。

図書館はやはり複眼的な視野を忘れずにいることが肝要だ。その点で、沖縄といういささか偏りがちな地にあって、公平な図書館運営をしている体験を綴った、山口真也氏の『図書館ノート 沖縄から「図書館の自由」を考える』 (教育史料出版会)は大変参考になる本だった。彼が述べていたように、米海兵隊を擁護するもの、批判するもの、さまざまな立場の本や資料を蒐集し、利用者に提供するという姿勢が図書館の基本であろう。資料蒐集に好き嫌いがあってはいけない。

どっかの千葉の某図書館のように、保守系筆者の本はどんどん焚書にして、貸し出さないようにして平気だったような人は、そもそも図書館員になってはいけない人だったというしかない。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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書痴といえば、渡部昇一、紀田順一郎、斎藤昌三、鹿島茂…… 我、古女房より古本を愛す—はいつ刊行になるのか?
(2017・8・8・火曜日)






紀田順一郎氏の『蔵書一代  なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか』 (松籟社)を読んだ。

内容紹介→やむをえない事情から3万冊超の蔵書を手放した著者。自らの半身をもぎとられたような痛恨の蔵書処分を契機に、「蔵書とは何か」という命題に改めて取り組んだ。近代日本の出版史・読書文化を振り返りながら、「蔵書」の意義と可能性、その限界を探る。

首都圏から岡山に引っ越しされ、蔵書の置き場にも困らなくなったのではないかと思っていたが、いろいろとあって、首都圏に戻り、蔵書三万冊を「生前整理」。蔵書を載せたトラックが去っていくのを見て―――。

「その瞬間、私は足下が何か柔らかな、マシュマロのような頼りのないものに変貌したような錯覚を覚え、気がついた時には、アスファルトの路上に俯せに倒れ込んでいた。『どうなさったんですか? 大丈夫ですか?』 居合わせた近所の主婦が、大声で叫びながら駆け寄ってくる。『いや、何でもありません。ただ、ちょっと転んだだけなんです』 私はあわてて立ち上がろうとしたが、不様にも再び転倒してしまった。後で聞くと、グニャリと倒れたそうである。小柄な老妻の、めっきり痩せた肩に意気地なくすがりつきながら、私は懸命に主なき家へと階段をのぼった」

――といったことがあったそうな。

感動的(?)な、蔵書との別離のシーンである。我が身にもそういう事態がやってくるだろうか…。古女房、老妻は痩身ではなく太め、太身故に「太っ腹にすがりつきながら…」転倒せずに済むことになることだろうか?

僕も18歳の時に上京し、神保町をはじめとする古本屋、古本市に出かけるようになってちょうど丸40年。一日一冊本を読んできたが、一日二冊は本を購入していたかと? 年間700冊。いや1000冊近く購入していた時期も。
700冊×40年だと、ざっと3万冊? そこそこ処分もしたし、近年は図書館を利用することも増え、「増書」のスペースは低下。近年の出版界の売上げ、右肩下がりと同じ傾向が…?

もちろん、「蔵書」といっても、文庫・新書などが多く、雑本中心。箱入りのナントカ全集本なんて『河合栄治郎全集』 (社会思想社)や『千草忠夫選集(1)(2)』 (ベストセラーズ)や『古川ロッパ昭和日記』 (晶文社)ぐらいだから、スペースも省力化されてはいただろうが…。

ちなみに、紀田氏の「読書」に関する本は大概読んできた。

『現代人の読書』 (三一新書)、 『読書の整理学』 ( 朝日文庫)、『読書戦争-知的生産を守るために』(三一新書)、『古書街を歩く』 (新潮選書・福武文庫)、『読書人の周辺』 (実業之日本社)、『四季芳書 読書人の日常』 (実業之日本社)、『二十世紀を騒がせた本』 (新潮選書)、『私の神保町』 (晶文社)、『書林探訪 古書から読む現代』 (松籟社)、『横浜少年物語 歳月と読書』 (文藝春秋)……。読んでいる本のレベルがぜんぜん違うけど、本を読むのが楽しいというか、サラリーマン時代に、昼休みに必死になって読書に励んでいた思い出を綴っていたかとも…。見習わなくてはと思ったものだ。

紀田氏は、本書の末尾で久しぶりに神保町を訪れた日のことを、こう書いている。

「この本を書き終えるにあたって、私は久しぶりに神田神保町に出かけてみた。全蔵書を処分して体調をくずして以来、一年以上を経ていた。三省堂書店の付近から、靖国通りに沿った古書街を歩きながら、傍らのウィンドーを覗くと、『ヘミングウェイ全集』の揃い(赤表紙十一冊)が目に入ったので、思わず近寄ろうとしたが、『待て、おまえはもう本は買えないんだぞ』という囁き声が聞こえたように思えて、力なくその場を離れた」

ああ…。そういう日が、紀田さんのような「読書・蒐集の達人」にも訪れるのだ…。勃起しなくなった日のように? 

そのほか、テレビで見たという、ある古本屋店主との会話の一節として、秋の古本祭りに、地方からの高齢の愛書家がやってきてくれているそうで、「ありがたいですね。若い人も来てくれると、いいんですが」というのがあったとも紹介されている。

しかし、本欄で毎年指摘しているが、神保町の秋の古本祭など、 「雨対策ゼロ」 (雨が降って「青空会場」の古本市が「中止」になっても、屋内の古本市会場をもう少し増やして整備していればいいのになんにもしない。それどころか、午前中雨だと午後から晴れても青空会場は「晴天中止」なんてことも平然とやっているのは、開催中の日時を選べない地方客を無視した暴挙!)なんだから、本当にそう思っているのかどうかは疑問?  そういう官僚主義的なことをやっていたら、地方客からもそのうち見離されることになるだろうに。古書会館の二階や駐車場をもう少し有効活用するとか…。

ともあれ、神田の東京古書会館で、紀田氏をお見かけしたこともあったが、もう10年以上昔のこと……。古書会館には、杖をついたり、車椅子の人も時折見かける。元気に古本屋街を散策できるのも、あと二十年程度か?

紀田氏の本の中では、先に亡くなった蔵書家の仲間たち---渡部昇一、草森紳一、山口昌男…への言及もある。そのほか、大学研究者などの蔵書が、図書館などへの寄贈もままならず散逸していることを慨嘆もしている…。

まぁ、我が家も「反共リベラル本」&「大衆ポルノ小説」などは、ちょっとした「蔵書」といえるかもしれないが、微々たるものというしかない。家人が処分する時には困る? 段ボール箱に入れてしまうと、もう、どうにもならなくなるという指摘もあった (「いまさら気がついたのではないが、およそ本というものは段ボール箱に詰めたらおしまいなのだ」)。 同感。我が家もところどころそうなりつつある。冷蔵庫の先とか、寝室の隅とか…。くつ箱にも靴がなくて、本があふれている。食器棚にも食器がなく本が。要はすべて「本棚の家」となりしか?

ともあれ、岡山に転居したばかりの時は、紀田夫人は「あなたが死んでも、この本をあなたと思って、守っていてあげるからね」と言われたとのこと。当時紀田さんは還暦すぎたばかり。まだ若かった。感涙したそうな?

やがて岡山からいったん横浜の家に戻るとなると、 「いつまでこんな家にいられると思うの」「いくつだと思っているの? 私は本なんかと心中するつもりはありません。一人でも施設にいきます」と。

「いまや女房どのは十年前に発した決意など、すっかり忘れ、終活まっただ中の険しい表情で、断案をくだすのだった」と。どっかの政治家も9条の部分的修正に賛成していたくせに、反安倍ブームに乗って、前言訂正して「護憲」ぶっている人もいる。信念なき政治家には困ったものだが、古本の重圧に苦しむ「夫人」たちには同情の念も?

紀田さんの場合、そうした「蔵書」が「収入」をもたらすものだったから、奥様もまだ一時的にせよ「許容」もしただろうが…。僕の場合の「蔵書」は「収入」とは特に直結もしない趣味のモノであり、古女房の怒りはいささか限界を越えつつあるわけだ。
鹿島茂氏の『子供より古書が大事と思いたい』 (文春文庫)は書名からしても名著? 『古女房より古本が大事と思いたい』に改題するともっといい?

引き続き、川村伸秀氏の『斎藤昌三 書痴の肖像』 (晶文社)を拾い読み。

内容紹介→明治・大正・昭和を生きた斯くも面白き出版人!
風変わりな造本でいまなお書物愛好家を魅了し続けている〝書物展望社本〟――その仕掛け人・斎藤昌三の人物像と彼をめぐる荷風、魯庵、茂吉、吉野作造、梅原北明ら書痴や畸人たちとの交流を描き出し、日本の知られざる文学史・出版史・趣味の歴史に迫った画期的労作。今では貴重な傑作装幀本の数々をカラー頁を設けて紹介。詳細な年譜・著作目録も付す。
大正・昭和の書物文化興隆期に、奇抜な造本で書物愛好家たち垂涎の書籍を作り上げたことで知られている書物展望社。その社主であり、自らも編集者・書誌学者・蔵票研究家・民俗学者・俳人・郷土史家と多彩な顔を持っていた斎藤昌三(一八八七‐一九六一)の足跡を丹念に調べ直し、その人物像と同時代の作家・学者・画家・趣味人たちとの交友とを鮮やかに描き出した画期的な労作。今では貴重な傑作装幀本の数々をカラー頁を設けて紹介。詳細な年譜・著作目録も付す。


以前、八木福次郎氏の『書痴斎藤昌三と書物展望社 』 (平凡社)を手にしたこともあったかと。斎藤氏の本は『三十六人の好色家 性研究家列伝』 ( 創芸社)を拾い読みした程度。

ともあれ、書痴と呼ばれる人たちの生態を垣間見ることができる一冊(のようだ)。ぱらぱらと拾い読みにて…。熟読する暇はなく……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「個人情報」満載の他人の日記を秘かに盗み読みするのは楽しい、面白い、怖い…。日記(文学)といえば、ゴンゴール、石川啄木、宇能鴻一郎、江國滋、風見章、古川ロッパ、オーウェル、山田風太郎、ポール・ボネ……
(2017・7・20・木曜日)





古本市に行くと、時々、「生(の)日記」が売られていることがある。
蔵書処分の時、誤って(?)古本屋に流れたのだろう。といっても、無名の一私人のものが多く、お正月から数日ぐらいは書かれているものの、あとは真っ白ということがほとんど。300円~500円程度で売られている。それにしても、日記など、「個人情報」の最たるものだろうが…。戦前の日記なんか稀にもある。この前も、 「皇紀〇〇〇〇年」との表記のある日記などが売り場にあった。パラパラとめくったが、やはり白紙頁が圧倒的…。字も読みにくい。戦前の日記とはいえ、さほどの「史料的」価値はないと判断して購入せず。
以前、ちょっとした有名人(?)の日記を購入した記憶はあるが……。我が日記は「白紙」が少なく、いろいろとごちゃごちゃと書いてあるから、死後流出に関しては要注意? ただ、字は読みにくい?まぁ、これも「読書日記」のようなものだが…。

ともあれ、積んどくしているというか拾い読みしかしていないのだが、黒沢文貴氏&季武嘉也氏編の『日記で読む近現代日本政治史』 ( ミネルヴァ書房)は面白そうな本だ。

内容紹介→ 近現代の政治家たちは何を記録したのか。木戸孝允、原敬、牧野伸顕、重光葵、東久邇宮、佐藤榮作…明治・大正・昭和の政治家たちをより深く知るための道案内。
近現代の日本人はいかなる日記を残してきたのか。とりわけ政治の舞台で活躍した政治家、官僚、軍人、 知識人たちは、どのような思いで日々の出来事を記録し続けてきたのか。本書では、明治・大正・昭和の百年間における主要な日記を取り上げ、その面白さと特徴を分かりやすく紹介する。また同時代の日記に ついての資料を巻末に盛り込む。日本政治史をより深く知ろうとする人には必携の一冊である。


日記本を買ったり読むのは、好きなほうだ。この本の中で言及されている「日記」も何人かのものを読んだり積んどくしている。佐藤栄作、芦田均、矢部貞治、鳩山一郎……。ただ、『日記で読む近現代日本政治史』という本なのに、なぜか(?)近衛内閣のキーマン(内閣書記官長)であった風見章の日記(『風見章日記・関係資料--1936-1947』みすず書房)は、巻末の「近現代日本政治史の主要日記」のリストには出てくるが、本書では言及されていない。 『近衛日記』には言及されているが…。タブーなのか? 怪しい?


土田宏成氏の『日記に読む近代日本4 昭和前期』 (吉川弘文館)は、以前本欄で紹介ずみだが、浜口雄幸、木戸幸一、宇垣一成、矢部貞治、古川ロッパ、山田風太郎など著名人や庶民の日記などが紹介されていた。

本欄でもこんな日記本に言及してきたかと。以下の本は、フィクションもある。積んどくしているものもある。

『古川ロッパの昭和日記 戦前篇・戦中篇・戦後篇・晩年篇』 (晶文社)、ゲイ・タリーズの『覗くモーテル観察日記』 (文藝春秋)、アリックス・デュニヤンヴィルの『スチュワーデスの日記 機上にて』(法政大学出版局)、『スティーヴン・スペンダー日記 1939~1983』 (彩流社)、 『ジョージ・オーウェル日記』 (白水社)、壇蜜さんの『壇蜜日記』 (文春文庫)、芳川葵氏の『交換日記[女教師と僕]』 (フランス書院文庫)、つげ義春氏の『つげ義春日記』 (講談社)…。

宇能鴻一郎氏には「日記告白本」が多い。

例えば→『濡れて飛ぶ スチュワーデス日記』 (講談社ロマンブックス)、『女教師淫行日記』 (ケイブンシャ文庫)、『OL日記』 (講談社)、『メイド日記』 (徳間書店)、『ソープランドボーイ日記』 (ケイブンシャ文庫)、 『妻の日記』 (双葉社)、『夫婦交換日記』 (勁文社)、『女子高生秘密日記』 (勁文社)、『浮気日記』(勁文社)、『トルコ日記』 (講談社)、『社内妻日記』 (徳間書店)、『脱いで試してデパート店員日記』 (講談社)、『社長夫人日記』(勁文社)、『美人社長(秘)日記』 (双葉社)、『人妻下宿日記』 (ケイブンシャ文庫)‥‥。いずれも名作ばかり?

政治家や学者、作家関係だと、芹沢光治良氏の『芹沢光治良戦中戦後日記』  (勉誠出版)、『木佐木日記』 (中央公論新社)、『佐藤栄作日記』 (朝日新聞社)、『大木日記』 (朝日新聞社 )、細川護煕氏の『内訟録 細川護熙総理大臣日記』 (日本経済新聞出版社・伊集院敦氏構成)、『河上丈太郎日記 一九四九-一九六五年』 (関西学院大学出版会)、 『矢部貞治日記(4冊)』 (読売新聞社)。 『徳富蘇峰 終戦後日記Ⅰ~Ⅳ』 (講談社)、高見順氏の『敗戦日記』 (中公文庫ほか)、青木新門氏の『それからの納棺夫日記』 (法蔵館)、『納棺夫日記 増補改訂版』(文春文庫)、楠木建氏の『戦略読書日記 本質を抉りだす思考のセンス』  (プレジデント社)、ストロングの『チベット日記』、佐野洋氏の『推理日記final』 (講談社)、山本周五郎氏の『戦中日記』 (角川春樹事務所)、『福永武彦戦後日記』 (新潮社)、武田百合子氏の『富士日記』 (中公文庫)、山田風太郎氏の『戦中派不戦日記』 (講談社文庫)、山田風太郎氏の『戦中派不戦日記』 (講談社文庫・角川文庫など)、 『戦中派虫けら日記』 (ちくま文庫)や『戦中派焼け跡日記』『戦中派闇市日記』『戦中派動乱日記』『戦中派復興日記』 (小学館)
などがある。

そうした日記本の中でも、圧巻は、ゴングール兄弟の『ゴングール日記』 (岩波文庫上下)。フランスの作家ゴングール兄弟による同時代(19世紀)を綴った日記だったが、宇能鴻一郎さんもびっくりするほどのエロス日記だったなぁ。

最近、岩波文庫が何十周年とかで、岩波文化にあこがれを抱いていた人や新聞記者たちが、いろいろと紙面で取り上げていたかと。また、「図書」だったか、何かで、いつものように私の選ぶ三冊の岩波文庫などといった特集号があったかのように記憶している。

僕が、岩波文庫の中から選ぶとすれば、日記文学だと、やはり『ゴングール日記』や、ギッシングの『ヘンリ・ライクロフトの私記』 (これも日記文学の一種?)や『啄木・ローマ字日記』となろうか。石川啄木のローマ字日記も、ゴングールの日記に似たところがあったかと? 『ベルツの日記』もよかった…。

とここまで書いていて、いま、ふと江國滋さんのことを思い出した。江國さんの『読書日記』『続読書日記』 (朝日新聞社)、 『スペイン絵日記』『おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒 江國滋闘病日記』『英国こんなとき旅日記』 (新潮社)、 『トラキチ男泣き日記』 (文藝春秋)なども懐かしい。
江國さんといえば週刊新潮、週刊新潮といえば「ニセ外人特派員」ことヤン・デンマン?  「彼」の『見えない国ニッポン―ヤン・デンマンの東京情報』 (評伝社)なども、一種の日記というか日誌風レポートといえようか? 「東京情報」って、いまも週刊新潮に復活連載されている? あまり読まなくなったが、学生時代は、数少ない「正論」コーナーだった。「ニセ外人」といえば、 『ムッシュ・ボネのニッポン日記』 (ダイヤモンド社)など、「在日フランス人」を自称したポール・ボネと並んで…。 

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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所詮、人間は「ジキルとハイド」。田中真紀子さんにしても豊田真由子さんにしても蓮舫さんにしても金正恩サンにしても習近平さんにしても探せば何処かいいところもあるはず。野口英世や劉暁波さんも悪いところもある?
(2017・7・12・水曜日)



最近は暑いので帰宅するとまずは晩酌としてビール一杯。その後、スペインワインをグラス一杯。そしてニッカのクロスオーバーのオンザロックを一杯。すると眠くなってきて午後10時前に就寝。午前3~4時ごろ起きてちょっと仕事(書類整理)など。そんな感じ。

昨晩はたまたまNHKのBSでホークス戦を見ていたら勝っていたのが追いつかれてしまいチャンネル変更。地上波のNHKを見ると、夜9時のニュースでは珍しく(?)まともな映像が。冒頭から「劉暁波」さんのことを取り上げていた。NHK衛星放送がこのニュースを取り上げると、中国国内ではプッツンと映像が途切れて画面が真っ暗になるシーンも報じていた。こういうのを「監視社会」「管理社会」「1984年」というのだが、日本の何処にこんな言論抑圧があるのだろうか? 当局に都合の悪い海外ニュース映像を遮断して見せないようにするなんて……。卑劣にもホドがある。人権弾圧国家の正体見たり!

日本政府はすくなくともそんなことはしていない。「共謀罪」反対を叫ぶ人権屋、いや人権派の面々も、ついでにといってはなんだが、中国大使館前にも寄って何か抗議意思を表明すべきではないか。
そんなに人権が大事と思うなら、国会前から中国大使館前に移動して、「劉暁波を救え!」と絶叫したらいかが(しているのに、それが報じられていないとすれば、それはまた酷い話になるが…)。

それはさておき、成毛眞氏の『この自伝・評伝がすごい!』 (角川書店)を読んだ。


内容紹介→今、最強の偉人伝はこれだ!
AI時代のいまこそ、偉人たちの人間力を読み直してみよう。
書評サイトHONZ代表・成毛眞による待望の書き下ろし最新書評集。
偉人たちの自伝・評伝を、当代一流のキュレーターが選び抜く!教養を身につけるためにも、日々の実戦にも役に立てるためにも選び抜かれた17人。
~すごいビジネスマン~●SF力 イーロン・マスク ●無謀力 小倉昌男 ●革新力 安藤百福 ●本気力 土光敏夫 ●怜悧力 ビル・ゲイツ
~すごい学者~●宇宙力 ラマヌジャン ●金策力 山中伸弥 ●喧嘩力 中村修二
~すごいアーティスト・スポーツマン~●ネガティブ力 岡崎慎司 ●関西力 桂米朝 ●人望力 十八代目・中村勘三郎 ●絶望力 タモリ
~すごい政治家~ ●人脈力 田中角栄●抵抗力 小泉純一郎●幸運力 安部晋三 ●貴族力 ウィンストン・チャーチル●平和力 リチャード・ニクソン
~すごい歴史上の人物~●先見力 保科正之●インパクト力 徳川綱吉●ビジョン力 横井小楠


関心のある人物のみをまずは一読。「すごい!」といっても、安倍首相べったりと言われている、かつ女性問題で何かと話題を提供している山口敬之氏の評伝本『総理』 (幻冬舎)は、一歩引いた上での紹介。
チャーチルに関しては、ポール・ジョンソンの『 チャーチル 不屈のリーダーシップ』 (日経BP 社)もあるのではと思ったり、ニクソンに関しては、ティム・ワイナーの『FBI秘録その誕生から今日まで』 (文藝春秋)のニクソンの右往左往ぶりを見ると、そんなには評価もできないかなと思ったり。いろいろと雑感を持ちつつ、ふむふむ、なるほどと面白く読んだ次第。

所詮、人間は、どんな人でも「ジキルとハイド」。いいところもあれば悪いところもある。田中真紀子さんにしても豊田真由子さんにしても蓮舫さんにしても金正恩サンにしても習近平さんにしても探せば何処かいいところもあるはず?

どちらに焦点をあてるかによって、「評伝」の中身は変わってくる。子供向けの「偉人伝」は基本的に「ハイド」的側面は書かなくてもいいだろう。だが、かつてのヒーロー(?)野口英世にしても、 劉暁波さんにしても、悪いところ、マイナス点はいろいろとあることだろうが…。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「容共リベラル」「反共リベラル」「美女のからだの上」を通りすぎた人たちの興味深い人生とは?
(2017・7・5・水曜日)





北朝鮮がついにICBMを持った? それは、トランプさんもびっくりする金正恩のフェイクニュースなのかも? ともあれ、イラク戦争で、フセインを打倒しておいた分、中東での核拡散は若干ストップした感がある。もし、90年代の前半、クリントンが同じように北朝鮮をちゃんと攻撃していれば、今日のような問題は生じなかっただろうに……。残念な限り。

ともあれ、いまだに「憲法9条」を「非武装」を規定したものとみなしたいと内心思っている「容共リベラル」「共産主義者」たちのノーテンキごっこはもう限界なのでは?

さっさと9条を改正しようではないか。「加憲」? それでもいいから、とにもかくにも、自衛隊(国防軍)を合憲と明確に規定し、自衛隊を「違憲」だなとノーテンキな解釈をもてあそぶような憲法学者などは一掃できるように改憲すべきだろう。

それはさておき、宮田昇氏の『出版の境界に生きる 私の歩んだ戦後と出版の七〇年史』 (太田出版)を、図書館で借りて読んだ。

内容紹介→受け継がれるべき出版人の遺伝子。 「本を生み出す」という目的のために、様々な障壁をものともせず、未来へとつながる道を切り拓いた人々がいた──。 編集者、翻訳権エージェント、著作権コンサルタント、児童文学作家として歩んだ著者による、個人史としての出版史。 様々な出来事に直接間接に関わってきた著者がはじめて明かす「そのとき何が起こったか」。 混迷の時代を一歩ずつ踏み分けてきた先人たちの足跡は、大変革期の真っ只中にある現在の出版界への大いなる指針となる。
著者について→1928年生まれ。編集者、翻訳権エージェント、著作権コンサルタント、児童文学作家(「内田庶」名義)。戦後、「近代文学」編集部を経て、52年から早川書房の編集者となりハヤカワ・ポケット・ミステリを創刊。55年に退社し、チャールズ・E・タトル商会で翻訳権エージェントとなる。67年、矢野著作権事務所創立に関わり、70年、日本ユニ・エージェンシーと改称して代表に。91年、日本ユニ著作権センター創立。99年に『翻訳権の戦後史』で第21回日本出版学会賞、2002年に第23回著作権功労賞を受賞。 おもな著書は、『翻訳出版の実務』(日本エディタースクール)、 『翻訳権の戦後史』『図書館に通う』『敗戦三十三回忌――予科練の過去を歩く』『戦後「翻訳」風雲録』『小尾俊人の戦後』(以上みすず書房)ほか。


前半はある種、自叙伝。「はじめて明かす?」。いままで同じテーマで何度か書いてきたのでは?
『翻訳権の戦後史』 (みすず書房)や『戦後「翻訳」風雲録―翻訳者が神々だった時代』 (本の雑誌社) などは以前一読したが、記憶はかなり薄れているものの……。

「近代文学」「南雲堂」をへて早川書房入り。そしてタトル商会で翻訳権業務などを。そして日本ユニ・エージェンシー…と。そのあたりは、最近、読んだ書籍編集者の回顧録などと重複するところもあり興味深いものがあった。
明治大学中退だが、口利きで出版社に入ろうとしたら、平凡社は東大文学部の5番以内に入らない奴は要らないとのことだったとか。河出書房は中退者はダメと。ううむ…。こういうのはやはり学歴社会の弊害? 早川書房はそんな態度ではなかったので採用されたとのこと。翻訳の裏舞台などに関しては、当時の開拓者でもあり、そのあたりは、この人でないと書けない分野でもある。ただ、後半は「講演録」などをくっつけて一冊にした感が否めない。

編集者としての自叙伝としては、戸川安宣氏(空犬太郎氏編)の『ぼくのミステリ・クロニクル』 (国書刊行会)、高橋輝次氏の『ぼくの創元社覚え書』 (龜鳴屋)、大澤正道氏の『アはアナキストのア さかのぼり自叙伝』 (三一書房)のほうが面白い。早川書房出身者の自叙伝だと、生島治郎氏の『浪漫疾風録』 (講談社文庫) や、常盤新平氏の『翻訳出版編集後記』 (幻戯書房)などが、早川書房時代の編集生活を振り返ったところもあったかと。

それはともかくとして、1928年生まれの宮田氏とほぼ同年齢の、1927年生まれの小沢信男氏の『通り過ぎた人々』 (みすず書房)を読んだ。

内容紹介→花田清輝に見いだされ、学生のころから新日本文学会の事務・編集に携わり、2005年3月の解散時まで半世紀にわたって在籍した著者が、そこで出会った人々の思い出を書き残しておきたいと綴った。井上光晴、小野二郎、菅原克己、藤田省三ほか、とりあげられた18名はすべて物故者。
「自主独立的に誇り高い人々であったなぁ。団体なのに独往邁進、ではなくて、独往邁進する連中の団体が、あるときあり得たり、あり損ねたり。そんなおかしな空間と時間が、とにかくあった証拠の18例です。あぁ、おもしろかったなぁ。しょせん時勢はくそいまいましいまでにせよ、こんな人と時代があったことを、いささかお汲みとりいただければ、もって瞑すべし」
新日本文学会とはなんだったのか。軽妙なタッチでペーソス豊かに描かれた追悼録から、戦後日本を代表する文学運動体の盛衰が浮かび上がる。
出版社からのコメント→花田清輝に見いだされ、学生のころから新日本文学会の事務・編集に携わり、2005年3月の解散時まで半世紀にわたって在籍した著者が、そこで出会った人々の思い出を書き残しておきたいと綴った。井上光晴、小野二郎、菅原克己、藤田省三ほか、とりあげられた18名はすべて物故者「自主独立的に誇り高い人々であったなぁ。団体なのに独往邁進、ではなくて、独往邁進する連中の団体が、あるときあり得たり、あり損ねたり。そんなおかしな空間と時間が、とにかくあった証拠の18例です。あぁ、おもしろかったなぁ。しょせん時勢はくそいまいましいまでにせよ、こんな人と時代があったことを、いささかお汲みとりいただければ、もって瞑すべし」(「あとがき」より)
新日本文学会とはなんだったのか。軽妙なタッチでペーソス豊かに描かれた追悼
録から、戦後日本を代表する文学運動体の盛衰が浮かび上がる。


北朝鮮贔屓というか、北朝鮮の代弁者でしかない、このクソバカ野郎なんていう編集者も出てくるが、まぁ、左翼人、アナーキストなど、僕も自叙伝を積んどくしている、興味を持っている人なども何人かが登場。そういう、一家言のある人たちとの交友の一端を垣間見ることができる本。残念ながら、大澤正道さんは出てこない?

新日本文学会といえば、共産系? ともあれ、そこにいた人の回想録としては、1928年生まれの小林祥一郎氏の『死ぬまで編集者気分 新日本文学会・平凡社・マイクロソフト』 (新宿書房)を以前本欄で紹介したこともあった。

自叙の伝はそれなりに面白いものがあるのだが、「通り過ぎた人々」というと、佐々淳行氏の『私を通りすぎた政治家たち』『私を通りすぎたマドンナたち』『私を通りすぎたスパイたち』 (文藝春秋)が想起もされる。 『私(の体)を通りすぎた年下の男たち(年上の女たち)』なんて本もどこかにあるかと…。以前、水沢アキさんが、『週刊現代』で、「私を通り過ぎた男たち」と題し、これまでの男性遍歴を暴露したことがあったそうな?  加筆して講談社文庫にでもならないものか?  

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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