古本虫がさまよう 宗教
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エロぼうず丸もうけは許せない? 
ちくま文庫よ、獅子文六、源氏鶏太の『青空娘』の 次は、今東光の『こつまなんきん』 だ?
(2016・2・17・水曜日)






ショーエンK(現役の住職)の『ぼうず丸もうけのカラクリ』 (ダイヤモンド社)を読んだ。経済本がらみでは定評のあるダイヤモンド社の刊行だが、イラストが多めで、字が大きく、「時給50万円ですけど何か?」「そろばん10段、税理士の資格を持つ『現役のお坊さん』が お寺が『絶対もうかるカラクリ』を明かす!」と、いささか煽情的な本?
細かいことは忘れたが、一世を風靡したホイチョイプロダクション(ズ)のなんとか本というのがあったが、そんな感じ。 『東京いい店やれる店』(小学館)などもホイチョイプロダクション(ズ)の本だったか?
この『ぼうず丸もうけのカラクリ』 もタイトルはこれでいいとしても、内容的にもう少し、真面目に(?)ストレートに税制面で、「坊主丸儲け」「宗教界」の税務状況がどうなっているか、知りたかったが……。

それにしても、農協といい、宗教といい、葬儀ビジネスといい、カモにならないように?
葬儀は、坊主も一切ナシの完全直葬(焼き場直送・お経完全排除)が一番?

引き続き、末廣圭氏の『彩りの未亡人』 (双葉文庫)を読んだ。

題名からすると、未亡人が‥というお話だが、このお相手をするのが坊さんときた。

内容(「BOOK」データベースより)
実家のお寺を継ぐまでの間、ゴルフのレッスンプロをしながら気楽な毎日を送る永井宗介は、近所のゴルフ練習場で未亡人の杉田仁美と再会した。仁美の夫の葬儀で読経をあげて以来、二年ぶりに見る仁美は、豊満な躯にそこはかとない若後家の色香を漂わせていた。ゴルフの個人レッスンと称し、仁美を高層ホテルの一室に連れ込んだ宗介だったが…。書き下ろし長編柔肌エロス。


要は、夫を亡くしてさまざまな悩みをもつ、独身の坊さんから見ておおむね年上になる未亡人相手に、いろいろと生きる上での相談を受け、さらには「性の相談」も受けて、あとはなるようになっていくというお話である。単なる坊主ではなく、「エロ」のつく「エロ坊主丸儲け」のエロシーン満載の一冊であった? 
ある未亡人の裸体を見て、今東光和尚の『こつまなんきん』という面白い小説があるとの指摘が、この小説内であった。ううむ。『こつまなんきん』とは‥‥。

ネットでみると、この言葉にはこんな由来があるそうな。

室町時代の1541年に、豊後に漂着したポルトガル人に、時の藩主大友宗麟が貿易を許可し、その後の交流でかぼちゃの種が献上され、江戸時代に全国で栽培が始まりました。このカンボジアから来たかぼちゃが、現在の日本かぼちゃと言われているもののルーツとされています。江戸時代末期の万延元年(1860年)に、勝間村の農家が天満の青物市場問屋年行司あてに「野菜7品目に限り同村内での立ち売り許可願」を申し出て、その中に「南京瓜」と記載があることから、このかぼちゃを勝間南瓜と呼んだものと思われます。太陽暦で12月22日から小寒までの帰還を「冬至」といい、北半球で冬至の日は1年中で昼がもっとも短く、夜が最も長い日です。また、この日は「冬至冬中冬初め」と言われ、本格的な冬への準備が始まる日でもあります。この日に小豆粥やかぼちゃを食べ、柚子湯に入って体を温め、無病息災を祈る風習があります。食べ物が少なかった時代に、かぼちゃは夏に収穫し、冬至の季節まで保存ができ、野菜が不足する冬の貴重な栄養源でした。玉出の生根神社では毎年冬至の日に無病息災を祈願する「こつま南瓜祭り」が行われ、従姉妹(いとこ)煮(南瓜と小豆の煮物)が振る舞われています。大阪では「勝間南瓜みたいな」と言われたら、小柄でありながら色気と愛嬌がある女性をさしたようです。作家の今東光(こんとうこう)氏にはそんなヒロインが登場する『こつまなんきん』(1960年)という作品があります



ううむ‥‥。角川文庫から『こつまなんきん』なる本が出ているそうな? あとは、全集などに入ってもいるような? 急に読みたくなった? 「日本の古本屋」でみると、そんなには高くもないような? 源氏鶏太氏の『青空娘』を復刊した、ちくま文庫で復刊しては? もちろん角川文庫でも、角川ソフィア文庫でもいいが?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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農協と寺院と古本屋と旧社会党が「消滅」する日?
(2016・1・23・土曜日)



最近、アマゾンの「お坊さん便」がいろいろと話題になっているようだ。NHKも2016・1・22の夜の特報首都圏で取り上げていた。この案件を初めて知ったのは、下記の朝日の記事だったように記憶している。そのあと、いろんな新聞の社会面の記事にも取り上げられていたとか。

生産者擁護の「組織」に安住する農協があって、それに抵抗して消費者のためのことを考える農協改革派の農家などはいじめられたりするものだ。このあたりの農協悪者論に関しては、中川八洋氏の『TPP反対が国を滅ぼす 農水省・JA農協を解体せよ!』 (PHP研究所)や岡本重明氏の『農協との「30年戦争」』 (文春新書)が参考になる。
宗教の世界も「組織」に安住するのがあって、改革に乗り出す勢力はいろいろと嫌がらせを受けるのだろう。昔からそう(といっても、改革派が「善」とはまた限らない?)。旧社会党とて、主流派がソ連や北朝鮮べったりで、論理的思考力を失って徐々に衰退してきている。ある意味で、因果応報であり、悲しむことではないのかもしれない。

僕などはコメ農家をある意味で甘やかす(いや収奪する?)農協が嫌いだから、米の消費量をことさら増やさないために近年「日本酒」をほぼ飲まないようにしている(米のご飯は普通に食べる。ただし、5キロで1500円以下のコメを買うのを原則にしているが。早くカリフォルニア米が食べたい?)。

NHKテレビでは、首都圏とはいえ、東京から「注文」を受けて、自家用車で片道何時間かかけて日帰りで出張するお坊さんが出ていた。宿泊したりしたら赤字になるとのこと。バス会社や運転手を笑えないハードワーク?

まだ、アマゾン経由で格安の「葬儀」を手配するだけでも、信心深いといえようか。僕などは、少なくとも自分や配偶者の葬儀に関しては「直葬(火葬場直送?)」がベターとおもっている。戒名不要、遺骨は田舎の墓に入れるか、とりあえず自宅? 散骨もいいかも?

先入観かもしれないけど、意味不明の念仏を聞いてもあまりありがたみは感じないし(でも、その時に「無念無想」になりつつ、故人を思うのは貴重なことかもしれないが)、御布施など、宗教だからということで「申告」していないから(してるのかな?)、坊主丸儲けなんて言葉も出てくるのではないかとも?
 競争原理の働きにくい業界に、競争原理を導入する視点からも、アマゾンなどの取り組みは一定の評価もできよう。それにアマゾンに登録している会社とて、一応ちゃんとしたお坊さんを派遣しているのだから(これがそれなりの「資格」がないアルバイトの派遣だと信用問題にもなろう)。バスの大型免許をもっていない人を運転手として派遣したら問題だろうが‥‥。

その意味で、鵜飼秀徳氏の『寺院消滅 失われる「地方」と「宗教」』 (日経BP社)は大変タイムリーな一冊(刊行は昨年5月)。著者はお寺の子として生まれ、僧侶の資格ももっているという。「寺院消滅」とならぬために、いろいろと多角化経営というのか、なんでもやる寺院も出てきているという。例えば、テレビでもやっていたが、本書にも、遺骨を「荷物」として送ってもらい、供養し合同納骨するお寺もあるという。あぁ、これはいいかもね。「直葬」やって、「直送」して‥‥?

しかし、直葬というのも、普通は「病院や施設で遺体を引き取ると、すぐに葬儀屋に引き渡し、納棺だけを済ませるとダイレクトに火葬場に送る。通夜や葬儀は実施しない。僧侶とは火葬場で待ち合わせる。霊柩車が火葬場に到着するや僧侶は炉の前で、一〇分ほどの短い経を読んで、『お別れ』が完了する。僧侶は、火葬自体には立ち会わない。読経が終われば『それでは失礼します』と言って足早に消えていく。これを俗に、『釜前読経』と呼ぶ」とのこと。

ううむ、なんだ、直葬といっても、「僧侶」が関与するのか? それも無くしたいものだが? ダメ? 無理? いやいや、本人の意思が‥。いや、本人は死んでいるので、せいぜい、「完全直葬(坊主一切不要。全面禁煙ならぬ全面禁坊主)」を望むとの「遺言」をしておかないと‥‥。直葬するなら、坊さん不要はそこまで徹底すべきだろう。

ともあれ、さまざまな「改革」の動きも本書では紹介されている。演出的であろうとも、説明責任を果たす様な形での葬儀などをやろうとするお坊さんもいるようだ。まぁ、‥‥。

古本屋も、消費税の二重取り疑惑を続けているようではダメ? 神保町にもブックオフがやってきて、ちゃんと午前10時に開店し、午後10時に閉店するような商売をやってくれれば、神保町界隈の夕方以降の(とりわけ夏場の)早々「青空シャッター通り」も改善されるのでは? 
以前、北沢書店のビルに入るという噂もあったが‥‥。秋葉原と飯田橋まで進出しているブックオフ、あと一歩(一駅)前進されたし? 古色蒼然たる「業界の壁」を破るには、新進気鋭の力が必要? ブックオフがくれば、逆に古本屋店主&店員が一丸となって、「せどり」に励めばいいのだし?

それにしても、この前の軽井沢のバス事故のような形で子供が死ぬとなると「直葬」というのもいかがなものかと思わないでもない。あくまでも、そこそこ長生きしたら、あとは野となれ山となれ‥でいいのだから、年寄りの葬儀は質素に簡便に済ませるほうがいいのではないかとの人生観に基づくもの。
それにしても、その人生観というのか人間観というのか、子供の葬儀に関して、親のコメントを見るにつけ、社会の歪みにまで目を向けてのリベラル的な視点を展開する親もいたし、さまざま。

まぁ、道を歩いていて酔っぱらい運転の車にはねられて死んだ例に比べると、運転者と乗客のそれぞれの「責任」の比重が若干複雑なものがなきにしもあらずではあるが‥‥。シートベルトをつけていれば‥とか、運転手のみならず会社の責任とか‥‥。安かろう悪かろうを選んだ責任とか? いやぁ、それはないよなぁ。
飲酒運転をした男が、仮に失業者だったりしてやけ酒を飲んで暴走したからといって、社会の歪みとはいえまい。秋葉原でトラックか何かで突っこんだような手合いも、社会のひずみのせいにするのはおかしい。加害者本人の「自己(事故)責任」だろう。軽井沢のバス事故にしても、まずは責任があるのは運転者であり、会社であろう。政治とはいえまい。

僕は子供であれ妻であれ、ああいう形で死んでも、社会がどうのこうのとは言わないだろう。主たる責任の持主を免責するわけにはいくまい。もっとも、自宅に自衛隊機か米軍機やセスナ機が落ちてきて家人や(自分が)死亡したりしたら、日頃の信念は信念としても、責任追及はおろそかにはしまい。悪いのはパイロットであり、運航を司る会社(軍)であるから。被害者には何の落ち度もない。

それにしても、アマゾンのサービス。空き家ならぬ空き寺の促進を促すことになるかもしれない。すでに町の本屋消滅に一定の役割を果たしているのは間違いない事実だろう。こことの付き合いも慎重にすべきではあろう。反アマゾンも出てきて当然だろう。でも、アマゾンでカリフォルニア米(5キロ)が、配達料込み、税込で1500円以下で買えるなら国産米をスーパーで重い思いをして買うこともしなくなるけど?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!


(朝日新聞デジタル)お坊さんネット手配「中止を」 アマゾンに仏教会要請へ
佐藤秀男
2015年12月26日03時02分

 ネット通販大手のアマゾンジャパンで申し込むことができる僧侶の手配サービスが始まった。このサービスが「宗教行為を商品化している」として、全国の主要宗派などでつくる全日本仏教会(全仏)が年明け、米アマゾン本社に対して文書でサイト掲載の中止を申し入れることが分かった。

 アマゾンは今月上旬、葬儀社紹介サイト運営の「みんれび」(東京)が提供する僧侶の手配サービス「お坊さん便」をサイトに掲載しはじめた。サービス自体はみんれびが2年前に始めたもので、定額・追加料金なしで僧侶を法事や法要に仲介する。登録する僧侶は約400人で、主な宗派をそろえているという。仲介の実数は公表していないが、2014年は前年の3倍の受注があったとしている。

 みんれびはサービスを広げようとアマゾンに「出品」した。売買されるのは僧侶の手配を約束するチケット(手配書)で、基本価格は税込み3万5千円。クレジットカード決済もできる。アマゾンやみんれびの手数料を除いた分が僧侶に「お布施」として入る。アマゾン経由でみんれびに10件以上の申し込みがあった。

 これに対し全仏は24日、斎藤明聖(あきさと)理事長名で「宗教行為をサービスとして商品にし、宗教に対する姿勢に疑問と失望を禁じ得ない」との談話を発表。斎藤理事長は25日、朝日新聞の取材に「イスラム教圏であれキリスト教圏であれ、宗教行為を商品化している例はない。申し入れをアマゾンとの対話のきっかけにしたい」と話した。

 アマゾンジャパン広報は「現時点でお答えできることはなく、コメントは控える」としている。(佐藤秀男)

     ◇

 仏教界が神経をとがらせるのは、宗教行為の「商品化」や「ビジネス化」が広がると、宗教法人へのさまざまな税制優遇の根拠が揺らぎかねないと懸念しているからだ。

 現状では、宗教法人が得るお布施は喜捨(きしゃ、寄付)とみなされ、法人は消費税を払わなくていい。僧侶個人が得たお布施は所得税の課税対象になるが、法人に入った場合は法人税が非課税だ。「お坊さん便」では、手配サービスを手がける「みんれび」側の所得は課税対象だが、僧侶側が取り分を納税するかは、僧侶側に委ねているという。

 最近でも、都心のビル型納骨堂に東京都が固定資産税をかけたのに対し、宗教法人が「墓地と同様に非課税」と主張して都を提訴するなど、宗教とビジネスの課税上の「線引き」をめぐって税務当局と宗教法人は緊張関係にある。

 全仏は、2009年に葬儀業に参入した大手スーパーのイオンが10年に寺院を紹介するサービスを始めた際も、「お布施が『ギャラ』のように表示され、寺が戒名を売買している印象も与える」などとして、料金表示の中止を申し入れた。現在イオンでは、対象は菩提(ぼだい)寺のない人に限ったもので、お布施は「目安」とホームページ上で明記。口頭でも説明している。

 一方、「お坊さん便」への好意的な見方もある。川崎市の自営業の男性(67)は今年11月、92歳で亡くなった父親の葬儀で「お坊さん便」を利用した。普段、寺と付き合いがなく、葬儀社には「僧侶を呼ぶと20万円以上かかる」と言われたが、半額以下で済んだ。「お経は聞いても意味が分からないし、しっかり供養してくれたら誰に頼んでも大差ない。友達にもすすめたい」と話す。

 サービスに前向きな僧侶もいる。中国地方の寺で住職をしている40代男性は、数年前から首都圏に部屋を借り、「出稼ぎ」に来ている。「お坊さん便」だけでなく、知り合いの僧侶や葬儀社から声がかかれば、葬儀や法事に出かける。過疎が進む地元では経済的にやっていけないからだ。檀家(だんか)は数十軒しかなく、葬儀は年に1度あるかないか。地元にいるのは1年のうち3分の1ほど。「田舎で家族と暮らせればいいが、それではとてもやっていけない」と嘆く。

 みんれびに登録する曹洞宗見性院(埼玉県熊谷市)の橋本英樹住職(50)は「異論は承知の上。批判にさらされることで、仏教界に必要なことが見えてくる」と前向きだ。みんれびの秋田将志副社長兼COO(30)は「経済的に苦しい僧侶が多いと肌で感じており、利用者のニーズも高い。仏教界とは共存共栄していきたい」と話す。



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『ポルポトや金正日レベルより狂信的なイスラム国が核兵器を持つ時』なる本も上梓されるべき時ではないか
(2015・1・21・水曜日)






スンニ派とシーア派の違いも分からないけど、さすがに同胞が意味もなく殺害されそうになると、黙ってはいられない?

朝日新聞(2015・1・20朝刊)に、ベルナールアンリ・レビ(「宗教への批判は絶対の権利」)と内藤正典氏(「西欧の原理を押しつけるな」)の二人が登場し、今回のフランスでのテロに関して、いささか対照的なコメントを披露していた。

僕にとっては、両者はあまりよくは知らない識者。何冊か本を読んだことがある程度。

ただ、ベルナールアンリ・レビ(レヴィと表記する例などもあり)の本は、『人間の顔をした野蛮』 (早川書房)を学生時代だったか読んで感銘を受けた(と思うが‥‥)。新哲学派‥。まぁ、70年代のフランスの「新保守」派? ちょっと違うか?

それ以降も『フランス・イデオロギー』 (国文社)、『危険な純粋さ』 (紀ノ國屋書店) 『サルトルの世紀』 (藤原書店)、 『だれがダニエル・パールを殺したか?』 (NHK出版)、『アメリカの眩暈』 (早川書房)など、パラパラ読みしたり、積んどくしたりだった。

産経の山口昌子元パリ特派員が、時々、彼にインタビューをしたりして、そのコメント記事を読んで、ふむふむなるほど、そうそうと感じたりしたこともあったかと。イラク戦争も支持していたのではないか。
今回のテロに関しても全面的にフランス的価値観、言論の自由を擁護している。「私もシャルリー」であると結語している。

一方、内藤氏は、以前は一橋大学教授(現在は同志社大学教授)。 『ヨーロッパとイスラーム 共生は可能か』(岩波新書)を読んだぐらい。イラク戦争には批判的であったかと。

ううむ。アラブ問題でシャープな発言している池内紀氏の『イスラーム国の衝撃』 (文春新書)や、この前少し触れたロレッタ・ナポリオーニの『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』 (文藝春秋)など、関連書は書店に沢山並んでいるが、なかなか中東というのは難しすぎるテーマで読書欲が高まっていかない‥‥。

そもそもスンニ派とシーア派の違いはむろんのこと、カトリックとプロテスタントの違いも分からないから(キエリクロボタンインコとルリコシボタンインコの違いや、大橋未久と大橋未歩や、朝日と産経の違いなら分かるが、東京と朝日の違いは分からない?)。

こういう時、レヴィより好きだった、ジャン・フランソワ・ルヴェルが生きていればなぁ。『民主主義国の終焉  宿命の東西対立』 (芸艸堂)、『グローバル・デモクラシー』 (青土社)や『全体主義の誘惑』 (新潮社)などの名著を書いている彼なら、今回のイスラム問題をどう論じたか。レヴィより好きだったから、彼のいうことなら、より耳を傾けていたことだろう。

それにしても、『イスラム国が核兵器を持つ時』なる本も上梓されるべき時ではないか。自国民を何百万単位で「殺害」したポルポトや金日成・金正日レベルより狂信的な人物・国家・集団が核兵器を持ったら、それは人類にとって最大の脅威になるだろう。その時は究極の選択を余儀なくされる? ハルマゲドン? ヒトラーはむろんのこと、麻原・オウムにしても、巨悪は、小さな「実」の段階で除去するようにしなければ‥‥。

ところで、以前、堀井憲一郎氏が、愛読書ベスト10の紹介のなかで、『ジャパッシュ』というマンガを挙げているのに共感した旨を綴ったことがあるが、さらにもう一冊おすすめのマンガとして紹介していたのが、大島弓子氏の『雨の音がきこえる』 (小学館)。昨夜は帰宅してから、それを読んだ。

『大島弓子短編集1 雨の音がきこえる』 (小学館)に収録されている一編。単行本サイズ。「雨の音がきこえる」ほか何編かのマンガが収録されている。「雨の音がきこえる」は巻頭の作品。

一読‥‥。ううむ‥‥。親子物語。芥川賞(?)らしき文学賞を目指している売れない作家の父親。勉強しろと煩い母親。出来のいい(?)姉。そして自分は進学校に行けそうにない中学生の女生徒。
 その背景には‥‥。
コミカルではあるがシリアスなテーマを下敷きにしたマジメなマンガであった。しかし、この歳になると‥‥。この後の短編マンガは読まずじまい。
小学生のころは、「年上の女性」が読んでいた「少女フレンド」などを「少年ジャンプ」などと同様に愛読していたのだが‥‥。
『ジャパッシュ』(望月三起也氏・ぶんか社ほか)は最近再読しても、中学1年のころに読んだのと同様の「感銘」を受けた。

イスラム過激派の「自爆テロ」やら「オウム」やらの精神的病理を考える上でも参考になる本だ。「一人のカリスマをもった独善者・独裁者」とそれを崇める支持者、シンパたちが謀略と暴力によって、一国を支配する構図‥‥。
それはともかく、こちらの作品(「雨の音がきこえる」)は、50過ぎた中年男が初めて読んだわけで、さほどの感銘は受けなかった。まぁ、人それぞれの読後感があるだろうが‥‥。

ともあれ、ネバーセイネバー。







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「イスラム国」はどこに行く?
(2015・1・15・木曜日)






NHK(2015・1・13)の「クローズアップ現代」が、内外のヘイトスピーチなどの特集をしていた。

冒頭、「朝鮮人は帰れ」などと叫ぶ日本の「ある団体」のデモ隊の姿が写し出されていた。その程度なら、「ヤンキーゴーホーム」も「鬼畜米英」も「米軍は沖縄から出て行け」も同様のヘイトスピーチになって、デモでは「禁句」になるのか?とふと「心配」に思った。

とはいえ、「朝鮮人を殺せ」だったか、そんな趣旨の垂れ幕みたいなものもチラリと見えたから、まあこれは行き過ぎではあろうか?

しかし、言葉だけならまだ許されるべきなのか? フランスの新聞社を襲ったようなテロは、言葉やイラストの風刺に対する「暴力」の強制であり、これは絶対許せないことになるのか?

ただ、もし、新聞社という「権威」はないものの、民間の「ある団体」である超ナショナリズム的な組織の本部に銃をもった輩が侵入し、代表者など十数人を殺害したりしたらどうなるのか?  「わたしはアルダンタイ」って言って、デモをすることになるのか? ううむ? 矛盾?

絶対に正しい、絶対に間違っている‥と言いたくもある事例は世の中にあるのだが、「ネバーセイネバー」の原則もありうる。

2015・1・14の産経で、曽野綾子さんは欧米の修道女から「決して他人の信仰の対象に、無礼な言動をしてはならない。また時には社会に害毒を流すような人が、その宗教の信者にいたとしても、その人の行為一つで、宗教全体を批判してはならない」と教わったという。

また「他国の大統領や首相の顔を、ことさらマンガチックにゆがめて描くぐらいのことは許されるかもしれないが、私は彼らをマンガや映画の中で殺すというのは、悪趣味だと感じている」とのこと。ソニーの映画に関しても辛口な批評をしている。ううむ、なるほどね。

ところで、2015・1・14毎日夕刊の記事によると、フランス議会は「イスラム国」への攻撃継続に関して賛成488、反対1、棄権13の圧倒的多数で議決したという。フランス共産党も賛成したのだろう。

それでも反対が一人いたとのこと。どんな人なのか、どんな信念からの反対票なのか、知りたいと思った。

というのも、大蔵雄之助氏の『一票の反対 ジャネット・ランキンの生涯』 (麗澤大学出版会・文藝春秋)は、米下院議員として、対日開戦に一人反対した女性議員ランキンについて書いた本だ。
かなり昔に読んだので記憶は薄れているが、それなりに面白い本だった。ルーズベルトの「陰謀」(?)によって、百%日本の卑劣な不意打ち攻撃を受けたということで、誰もがいきり立っていた時に、「反対」したのだから‥‥。
まぁ、日本だって、大政翼賛会に入らずに立候補して当選する議員だって戦時中いたのだが‥‥。

2015・1・14東京新聞(朝刊)も、「表現の自由か宗教冒とくか」という視点から、「やゆ‥‥ヘイトと同根」ではないかという指摘を中道リベラル・リベラル左派系の知識人に語らせている。それは一理あるだろう。

あの雑誌(シャルリ)は、フクシマ原発がらみでも奇形が生まれた云々の風刺画を載せて日本政府から抗議もされた。もっともキリストへの風刺もしているそうな。ニューヨーク・タイムズなどは「私はシャルリではない」との論説も出しているという。

ラシュディの『悪魔の詩』 (新泉社)の翻訳も何十年も積んどくしたまま。訳者の五十嵐一氏も謎の死を遂げている。

シーア派とスンニ派の違いも分からない我が身故に、この問題には特に発言する資格もないし、風刺画も詳しく見ていないのでなんとも判断できない。「知らぬが仏」を決め込むべきか?

そうもいくまいが。勉強するためにも、例えば、ロレッタ・ナポリオーニの『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』 (文藝春秋)などをひもとくべきか。解説者の池上彰氏の一文だけを読んだところだが、著者の指摘にこんな言葉があるそうな。

イスラム国の第一義的な目的は、「スンニ派のムスリムにとって、ユダヤ人にとってのイスラエルとなることである」「かつての自分たちの土地の権利を現代に取り戻すこと」「たとえ自分がいまどこにいるとしても、必ずや守ってくれる宗教国家」になることだそうな。

そして、しっかりとした財政基盤を持ち、決算書も作成し、都市のインフラを整備し、新しい市場を建設していこうとしており、時代錯誤の封建国家ではなく近代化された国家になろうとしているという。

単なるテロリスト集団ではなく、緻密な運営で「イスラム国」は作られようとしている? ううむ‥‥。かつての「満洲国」か? 毛沢東の「中共」建国と対比できるレベルか? ううむ、分からん? いやいや、「満洲国」は立派な国だったが、「中共」は……?

ともあれ、ソ連や中国の反体制派の風刺画やジョークの類は大いに笑える。この前紹介した王立銘氏の風刺画などは、目にとまった限り、言論の自由の観点からしても何の問題もないと思う。

しかし、例えば、昭和天皇をことさらグロテスクに描いたイラスト、南京大虐殺を指示しているといったような風刺画が毎週掲載されるような雑誌があったとしたら、普通の日本人としては、いささか「?」と思うかもしれない。もちろん、その言論機関を日本の右翼団体が襲ったりしたらおかしいとは思うが、それに対してなんらかの言葉の抗議やデモなどを行なうのはおかしくはないだろう。

目には目を、歯には歯をの教えでいけば、風刺には風刺で対抗し、キリトスなどを揶揄する映像を発信すればいいのではないかと思うが、「武器」を使えば「武器」による報復を受けることにもなろうか。それでは悪循環‥‥いやはや‥‥。

ともあれ、ネバーセイネバー。


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某特定大学の幟が目立つ大学駅伝はチャンネルオフ?(2014・1・2・金曜日)



1・2~3のテレビといえば、大学駅伝が首都圏では定番番組?
ついつい見ることがおおいが、今年はなんか、某特定大学の幟がやけに目立つ。組織力故かな? 勘違いかな? ちょっといやな感じ。主催者である「 読売新聞」の小旗が配布される関係で、道端で振られているのはまだわかるけど?

やはり、目障り? ということでチャンネルオフ? 「選択の自由」がある日本は素晴らしい。見たい人は見ればいいし、見たくない人は見なければいいのだから。

総武線や中央線で新宿と四ツ谷の間を通るとき、見たくない建物の所有者を表す「表示」を「二つ」見るのがいやで目をつぶるという知人(故人)がいたけど、その気持ち、ちょっと分かるね。
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