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2018'07.07 (Sat)

さらば、オウムの殺人者よ。死刑執行が6・27ではなく7・6だったのにはなにか理由があるのか?





さらば、オウムの殺人者よ。死刑執行が6・27ではなく7・6だったのにはなにか理由があるのか?
(2018・7・7)



法務省は、2018年7月6日午前、オウム真理教による一連の事件で死刑が確定した教団元代表、松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚ら7人の刑を同日執行したと発表した。2006年9月の死刑確定から約11年10カ月。日本社会を大きく揺るがした教祖と元教団幹部らの刑執行は、平成の事件史に刻まれる節目となる---とのニュースに接した。まずはメデタシ?我々の税金で、冤罪の恐れのない死刑囚を何年も食わせる必要はあるまいから。

以前、こんなブログを書いた。再録。



オウム死刑囚の処刑日は2018年3月2日か、3月20日か、6月27日か?
どちらにせよ、平成のうちに…
(2018・1・20・土曜日)



オウム裁判もやっと終結したそうな。すると、麻原をはじめとする死刑判決を受けている面々の死刑執行は、はやくて2018年3月2日か、3月20日か6月27日だろうか(?)。

というのも…。麻原の誕生日は1955年3月2日。地下鉄サリン事件が発生したのは1995年3月20日。松本サリン事件が起こったのは1994年6月27日。犯罪者に関連する「記念日」に、犯人を処刑するということがよくあるからだ。

猪瀬直樹氏の『ジミーの誕生日 アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」』 (文春文庫)という本がある。この本の帯には「皇太子明仁の誕生日に、なぜA級戦犯7人は処刑されたのか?」と書いてある(1948年12・23執行)。
つまり、皇太子の誕生日(12・23)に、東京裁判の死刑囚が処刑されたのだ。まぁ、アメリカの嫌がらせ?
また、ゾルゲや尾崎秀実など、ソ連のスパイは、1944年11月7日に処刑された。11・7(1917年)はロシア革命の日。まぁ、ソ連に対する面当て?
ということで、これだけの集団犯罪に対するみせしめというか、処刑の日は、当然、地下鉄サリン事件か、松本サリン事件の日が適当だろう。もちろん麻原の誕生日(1955・3・2)にあわせて、3月2日ということもありうるかもしれない。どちらにせよ、平成のうちに…。


残念ながら(?)死刑執行日の予測は当たらなかった。それとも7月6日に、なにかオウム関連で「記念日」があったのだろうか?

ともあれ、平成の大事件の犯罪者たちを平成の時代にピリオドを打てたのは結構なことといえようか。

日頃死刑廃止を言う人の中でも、こいつらだけは死刑にすべきという人もいたものだ。

それにつけても、オウムの麻原以上に残酷なことをやってのけている某独裁国家の面々。こういう手合いが、ノウノウと生きているのには違和感を覚えるのだが…。

ゴホンといえば龍角散、オウムといえば江川紹子さん

ということで、昔は、 『「オウム真理教」追跡2200日』 (文藝春秋)などを読んだものだった。オウム真理教の異常さに関しては、麻生幾氏の『極秘捜査 警察・自衛隊の「対オウム事件ファイル」』 (文藝春秋)などが大変面白いというか、考えさせられる内容だったと記憶している。
内容紹介にもあったが、本当に、オウムは日本を支配する寸前だった—のだから。オウムのサリン・テロに直面して狼狽する、ちょっと情けない閣僚や警察首脳もいたっけ…。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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2018'03.09 (Fri)

過去の歴史を封印し、党首選挙のない、党内民主主義のない「公明党(創価学会)」は、中国共産党や北朝鮮労働党や日本共産党と並ぶ不気味な政治勢力では?







過去の歴史を封印し、党首選挙のない、党内民主主義のない「公明党(創価学会)」は、中国共産党や北朝鮮労働党や日本共産党と並ぶ不気味な政治勢力では?
(2018・3・9)






「定期購読」していたものの、今月一杯で「購読期間」も切れてしまうけど、特に更新しない予定の月刊誌「文藝春秋」(2018年4月号)が、書店店頭発売日(3月9日)より早く届いたのでパラパラとめくっていたら、高橋篤史氏の『創価学会「極秘資料」が暴く負の歴史』という論文エッセイが目に止まった。
講談社から刊行される『創価学会秘史』のダイジェスト版のような感じだったので、本をアマゾンでチェックしたら、すでに発売中。プライム会員でもないのにこれまたあっという間に届き、さっそく拾い読みした。

(こんな内容)→全国800万世帯の信者を抱える巨大宗教団体、創価学会はどのように創立され、発展したのか。学会が完全に封印し、幻の文書となった会報、機関誌を独自に入手。浮かび上がってきた牧口常三郎、戸田城聖、そして池田大作の肉声と、言動。「オーイみんな、僕等は飽くまでも『事』の信仰でゆかう。一歩も履み外さずに『事』でゆくから。理の信仰といふのは、頭だけの信仰だ。思想の上だけの信仰だ。口先ばかりの信仰だ。――初期の創価学会は、左翼運動で検挙された元教員たちを取り込み、特高警察や思想検事と手を結んで「転向」を促すことで組織を強化した。
戸田城聖は戦後、出版業や教育産業、金融業に乗り出すが、失敗。学会は、巨大な「集金マシーン」へと姿を変えていく――。


創価学会の歴史を知る上で貴重な資料である、発足以来の「機関紙」「機関誌」の類が、なぜか、過去のものは「封印」されているという。創価大学のような図書館でさえ、公開されているものは、「現代」に近い年からだという。なぜか? 紙質が劣化していて手にして見ることができないというわけでもなさそうだ。
中央区立図書館のように昭和45年以前の本は、古びているからと一切「貸出し不可」にしているところでも、館内閲覧は原則可能。敵対組織(?)である立正佼成会の図書館では、そういう創価学会が見せたくない資料が豊富にあり、所蔵公開されているとのこと。
それって、アメリカの反共的シンクタンクのフーバー研究所が、ソ連のプラウダなどの刊行物を大量に所蔵しているのにも似ている?
ともあれ、著者はそうした「創価学会秘史」を、そのような原資料にあたりながら、再構成していく。

本は300頁ぐらいの分量だが、三分の二は戦前の創価学会・創価教育学会の歩みが綴られている。いささかハードな内容。山田直樹氏の『創価学会とは何か』 (新潮社)を読んで以来、この組織に関する本は特に手にしていなかっただけに、久しぶりに読む学会論。

我が親や親戚には幸いにも(?)学会員も共産主義者もファシストもいない。共産主義者やファシストの罪悪に関しては、少なからぬ資料、本もあり、学習で学ぶことができるが、学会はある種、タブーのところもあり、その罪科(功罪)に関しては、知識そのものが少ない。僕とて、学会といえば、あぁ、住民票を誤魔化して、公明党の候補者が出るところに「移住」して「不当・当選」を目指したり、学会の親玉が女好きでいろいろとやっていたっけ?というイメージが浮かぶ程度。

田中角栄と結びついて、藤原弘達氏の『創価学会を斬る』 (日新報道)に対する言論弾圧を画策したのは、リアルタイムでは記憶にはないが、その本もかつて読んだことがあるし、公明党学会は酷いことをするものだとの第一印象を持っている。
そのとき、民社党と共産党は公明党の言論弾圧を批判していたかと。
ところが、そのあと、一時的にせよ、共産党と公明党は、松本清張さんなどが出てきて創共協定などができかけたりして仲良くなったかと思いきや破談したり…。
民社党も、公民協力だの社公民だのとかやって、公明と協調していった(それに嫌気を感じて民社から離れた人もいたかと)。
政治は妥協の産物だから、ある程度、離合集散も仕方はあるまいが…。だが、やはり公明党は共産党同様、「全体主義」的体質を持っている政治勢力だ。そもそも「党首選挙」を見たことがないのが不思議だ。学会に対しては、好感はもちろん持っていない。僕が学生のころは、週刊新潮や週刊文春などが創価学会批判をよくやっていた。

妻の交遊関係には、時々、学会関係者が入ってくることがあるそうな。大体、とても人当たりのいい感じでせまってくるそうな。そしてさりげなく、選挙の候補者名をささやき、よろしく…と。幸いにも支持政党が古女房とは異なるが、拒否政党に関してはほぼ一致している。少なくとも「共産党」「公明党」の「公認」候補には一票は入れないと。

ともあれ、高橋さんの「文藝春秋」の論文やこの本を読むと、その排外的というか秘密的体質は中国共産党(&北朝鮮労働党)の昨今の動向と似ているものがあると痛感もさせられるではないか。いや、中国共産党のほうが、まだ、党内組織の運営に関しては「民主主義」があるかのようにも思える。いやいや、「五十歩百歩」か。どちらかというと、北朝鮮労働党の「金日成」礼賛にも似た構図があるといえようか。中共はまだ「毛沢東」の権威は揺らいだりはしたから。池田大作氏の権威は、「死去」してからでないと揺らがない?

雑誌論文の冒頭に出てくる、公明党幹部の失脚、女性スキャンダルなどは、宮崎正弘氏&河添恵子さんが対談した『中国・中国人の品性』 (ワック)に出てくる中国共産党内のすさまじい党内闘争のエピソードを想起もさせる。
高橋氏の本は『公明党議員・創価学会員の品性』を暴いたノンフィクションともいえようか。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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2016'02.17 (Wed)

エロぼうず丸もうけは許せない? ちくま文庫よ、獅子文六、源氏鶏太の『青空娘』の 次は、今東光の『こつまなんきん』 だ?








エロぼうず丸もうけは許せない? 
ちくま文庫よ、獅子文六、源氏鶏太の『青空娘』の 次は、今東光の『こつまなんきん』 だ?
(2016・2・17・水曜日)






ショーエンK(現役の住職)の『ぼうず丸もうけのカラクリ』 (ダイヤモンド社)を読んだ。経済本がらみでは定評のあるダイヤモンド社の刊行だが、イラストが多めで、字が大きく、「時給50万円ですけど何か?」「そろばん10段、税理士の資格を持つ『現役のお坊さん』が お寺が『絶対もうかるカラクリ』を明かす!」と、いささか煽情的な本?
細かいことは忘れたが、一世を風靡したホイチョイプロダクション(ズ)のなんとか本というのがあったが、そんな感じ。 『東京いい店やれる店』(小学館)などもホイチョイプロダクション(ズ)の本だったか?
この『ぼうず丸もうけのカラクリ』 もタイトルはこれでいいとしても、内容的にもう少し、真面目に(?)ストレートに税制面で、「坊主丸儲け」「宗教界」の税務状況がどうなっているか、知りたかったが……。

それにしても、農協といい、宗教といい、葬儀ビジネスといい、カモにならないように?
葬儀は、坊主も一切ナシの完全直葬(焼き場直送・お経完全排除)が一番?

引き続き、末廣圭氏の『彩りの未亡人』 (双葉文庫)を読んだ。

題名からすると、未亡人が‥というお話だが、このお相手をするのが坊さんときた。

内容(「BOOK」データベースより)
実家のお寺を継ぐまでの間、ゴルフのレッスンプロをしながら気楽な毎日を送る永井宗介は、近所のゴルフ練習場で未亡人の杉田仁美と再会した。仁美の夫の葬儀で読経をあげて以来、二年ぶりに見る仁美は、豊満な躯にそこはかとない若後家の色香を漂わせていた。ゴルフの個人レッスンと称し、仁美を高層ホテルの一室に連れ込んだ宗介だったが…。書き下ろし長編柔肌エロス。


要は、夫を亡くしてさまざまな悩みをもつ、独身の坊さんから見ておおむね年上になる未亡人相手に、いろいろと生きる上での相談を受け、さらには「性の相談」も受けて、あとはなるようになっていくというお話である。単なる坊主ではなく、「エロ」のつく「エロ坊主丸儲け」のエロシーン満載の一冊であった? 
ある未亡人の裸体を見て、今東光和尚の『こつまなんきん』という面白い小説があるとの指摘が、この小説内であった。ううむ。『こつまなんきん』とは‥‥。

ネットでみると、この言葉にはこんな由来があるそうな。

室町時代の1541年に、豊後に漂着したポルトガル人に、時の藩主大友宗麟が貿易を許可し、その後の交流でかぼちゃの種が献上され、江戸時代に全国で栽培が始まりました。このカンボジアから来たかぼちゃが、現在の日本かぼちゃと言われているもののルーツとされています。江戸時代末期の万延元年(1860年)に、勝間村の農家が天満の青物市場問屋年行司あてに「野菜7品目に限り同村内での立ち売り許可願」を申し出て、その中に「南京瓜」と記載があることから、このかぼちゃを勝間南瓜と呼んだものと思われます。太陽暦で12月22日から小寒までの帰還を「冬至」といい、北半球で冬至の日は1年中で昼がもっとも短く、夜が最も長い日です。また、この日は「冬至冬中冬初め」と言われ、本格的な冬への準備が始まる日でもあります。この日に小豆粥やかぼちゃを食べ、柚子湯に入って体を温め、無病息災を祈る風習があります。食べ物が少なかった時代に、かぼちゃは夏に収穫し、冬至の季節まで保存ができ、野菜が不足する冬の貴重な栄養源でした。玉出の生根神社では毎年冬至の日に無病息災を祈願する「こつま南瓜祭り」が行われ、従姉妹(いとこ)煮(南瓜と小豆の煮物)が振る舞われています。大阪では「勝間南瓜みたいな」と言われたら、小柄でありながら色気と愛嬌がある女性をさしたようです。作家の今東光(こんとうこう)氏にはそんなヒロインが登場する『こつまなんきん』(1960年)という作品があります



ううむ‥‥。角川文庫から『こつまなんきん』なる本が出ているそうな? あとは、全集などに入ってもいるような? 急に読みたくなった? 「日本の古本屋」でみると、そんなには高くもないような? 源氏鶏太氏の『青空娘』を復刊した、ちくま文庫で復刊しては? もちろん角川文庫でも、角川ソフィア文庫でもいいが?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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2016'01.23 (Sat)

農協と寺院と古本屋と旧社会党が「消滅」する日?








農協と寺院と古本屋と旧社会党が「消滅」する日?
(2016・1・23・土曜日)



最近、アマゾンの「お坊さん便」がいろいろと話題になっているようだ。NHKも2016・1・22の夜の特報首都圏で取り上げていた。この案件を初めて知ったのは、下記の朝日の記事だったように記憶している。そのあと、いろんな新聞の社会面の記事にも取り上げられていたとか。

生産者擁護の「組織」に安住する農協があって、それに抵抗して消費者のためのことを考える農協改革派の農家などはいじめられたりするものだ。このあたりの農協悪者論に関しては、中川八洋氏の『TPP反対が国を滅ぼす 農水省・JA農協を解体せよ!』 (PHP研究所)や岡本重明氏の『農協との「30年戦争」』 (文春新書)が参考になる。
宗教の世界も「組織」に安住するのがあって、改革に乗り出す勢力はいろいろと嫌がらせを受けるのだろう。昔からそう(といっても、改革派が「善」とはまた限らない?)。旧社会党とて、主流派がソ連や北朝鮮べったりで、論理的思考力を失って徐々に衰退してきている。ある意味で、因果応報であり、悲しむことではないのかもしれない。

僕などはコメ農家をある意味で甘やかす(いや収奪する?)農協が嫌いだから、米の消費量をことさら増やさないために近年「日本酒」をほぼ飲まないようにしている(米のご飯は普通に食べる。ただし、5キロで1500円以下のコメを買うのを原則にしているが。早くカリフォルニア米が食べたい?)。

NHKテレビでは、首都圏とはいえ、東京から「注文」を受けて、自家用車で片道何時間かかけて日帰りで出張するお坊さんが出ていた。宿泊したりしたら赤字になるとのこと。バス会社や運転手を笑えないハードワーク?

まだ、アマゾン経由で格安の「葬儀」を手配するだけでも、信心深いといえようか。僕などは、少なくとも自分や配偶者の葬儀に関しては「直葬(火葬場直送?)」がベターとおもっている。戒名不要、遺骨は田舎の墓に入れるか、とりあえず自宅? 散骨もいいかも?

先入観かもしれないけど、意味不明の念仏を聞いてもあまりありがたみは感じないし(でも、その時に「無念無想」になりつつ、故人を思うのは貴重なことかもしれないが)、御布施など、宗教だからということで「申告」していないから(してるのかな?)、坊主丸儲けなんて言葉も出てくるのではないかとも?
 競争原理の働きにくい業界に、競争原理を導入する視点からも、アマゾンなどの取り組みは一定の評価もできよう。それにアマゾンに登録している会社とて、一応ちゃんとしたお坊さんを派遣しているのだから(これがそれなりの「資格」がないアルバイトの派遣だと信用問題にもなろう)。バスの大型免許をもっていない人を運転手として派遣したら問題だろうが‥‥。

その意味で、鵜飼秀徳氏の『寺院消滅 失われる「地方」と「宗教」』 (日経BP社)は大変タイムリーな一冊(刊行は昨年5月)。著者はお寺の子として生まれ、僧侶の資格ももっているという。「寺院消滅」とならぬために、いろいろと多角化経営というのか、なんでもやる寺院も出てきているという。例えば、テレビでもやっていたが、本書にも、遺骨を「荷物」として送ってもらい、供養し合同納骨するお寺もあるという。あぁ、これはいいかもね。「直葬」やって、「直送」して‥‥?

しかし、直葬というのも、普通は「病院や施設で遺体を引き取ると、すぐに葬儀屋に引き渡し、納棺だけを済ませるとダイレクトに火葬場に送る。通夜や葬儀は実施しない。僧侶とは火葬場で待ち合わせる。霊柩車が火葬場に到着するや僧侶は炉の前で、一〇分ほどの短い経を読んで、『お別れ』が完了する。僧侶は、火葬自体には立ち会わない。読経が終われば『それでは失礼します』と言って足早に消えていく。これを俗に、『釜前読経』と呼ぶ」とのこと。

ううむ、なんだ、直葬といっても、「僧侶」が関与するのか? それも無くしたいものだが? ダメ? 無理? いやいや、本人の意思が‥。いや、本人は死んでいるので、せいぜい、「完全直葬(坊主一切不要。全面禁煙ならぬ全面禁坊主)」を望むとの「遺言」をしておかないと‥‥。直葬するなら、坊さん不要はそこまで徹底すべきだろう。

ともあれ、さまざまな「改革」の動きも本書では紹介されている。演出的であろうとも、説明責任を果たす様な形での葬儀などをやろうとするお坊さんもいるようだ。まぁ、‥‥。

古本屋も、消費税の二重取り疑惑を続けているようではダメ? 神保町にもブックオフがやってきて、ちゃんと午前10時に開店し、午後10時に閉店するような商売をやってくれれば、神保町界隈の夕方以降の(とりわけ夏場の)早々「青空シャッター通り」も改善されるのでは? 
以前、北沢書店のビルに入るという噂もあったが‥‥。秋葉原と飯田橋まで進出しているブックオフ、あと一歩(一駅)前進されたし? 古色蒼然たる「業界の壁」を破るには、新進気鋭の力が必要? ブックオフがくれば、逆に古本屋店主&店員が一丸となって、「せどり」に励めばいいのだし?

それにしても、この前の軽井沢のバス事故のような形で子供が死ぬとなると「直葬」というのもいかがなものかと思わないでもない。あくまでも、そこそこ長生きしたら、あとは野となれ山となれ‥でいいのだから、年寄りの葬儀は質素に簡便に済ませるほうがいいのではないかとの人生観に基づくもの。
それにしても、その人生観というのか人間観というのか、子供の葬儀に関して、親のコメントを見るにつけ、社会の歪みにまで目を向けてのリベラル的な視点を展開する親もいたし、さまざま。

まぁ、道を歩いていて酔っぱらい運転の車にはねられて死んだ例に比べると、運転者と乗客のそれぞれの「責任」の比重が若干複雑なものがなきにしもあらずではあるが‥‥。シートベルトをつけていれば‥とか、運転手のみならず会社の責任とか‥‥。安かろう悪かろうを選んだ責任とか? いやぁ、それはないよなぁ。
飲酒運転をした男が、仮に失業者だったりしてやけ酒を飲んで暴走したからといって、社会の歪みとはいえまい。秋葉原でトラックか何かで突っこんだような手合いも、社会のひずみのせいにするのはおかしい。加害者本人の「自己(事故)責任」だろう。軽井沢のバス事故にしても、まずは責任があるのは運転者であり、会社であろう。政治とはいえまい。

僕は子供であれ妻であれ、ああいう形で死んでも、社会がどうのこうのとは言わないだろう。主たる責任の持主を免責するわけにはいくまい。もっとも、自宅に自衛隊機か米軍機やセスナ機が落ちてきて家人や(自分が)死亡したりしたら、日頃の信念は信念としても、責任追及はおろそかにはしまい。悪いのはパイロットであり、運航を司る会社(軍)であるから。被害者には何の落ち度もない。

それにしても、アマゾンのサービス。空き家ならぬ空き寺の促進を促すことになるかもしれない。すでに町の本屋消滅に一定の役割を果たしているのは間違いない事実だろう。こことの付き合いも慎重にすべきではあろう。反アマゾンも出てきて当然だろう。でも、アマゾンでカリフォルニア米(5キロ)が、配達料込み、税込で1500円以下で買えるなら国産米をスーパーで重い思いをして買うこともしなくなるけど?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!


(朝日新聞デジタル)お坊さんネット手配「中止を」 アマゾンに仏教会要請へ
佐藤秀男
2015年12月26日03時02分

 ネット通販大手のアマゾンジャパンで申し込むことができる僧侶の手配サービスが始まった。このサービスが「宗教行為を商品化している」として、全国の主要宗派などでつくる全日本仏教会(全仏)が年明け、米アマゾン本社に対して文書でサイト掲載の中止を申し入れることが分かった。

 アマゾンは今月上旬、葬儀社紹介サイト運営の「みんれび」(東京)が提供する僧侶の手配サービス「お坊さん便」をサイトに掲載しはじめた。サービス自体はみんれびが2年前に始めたもので、定額・追加料金なしで僧侶を法事や法要に仲介する。登録する僧侶は約400人で、主な宗派をそろえているという。仲介の実数は公表していないが、2014年は前年の3倍の受注があったとしている。

 みんれびはサービスを広げようとアマゾンに「出品」した。売買されるのは僧侶の手配を約束するチケット(手配書)で、基本価格は税込み3万5千円。クレジットカード決済もできる。アマゾンやみんれびの手数料を除いた分が僧侶に「お布施」として入る。アマゾン経由でみんれびに10件以上の申し込みがあった。

 これに対し全仏は24日、斎藤明聖(あきさと)理事長名で「宗教行為をサービスとして商品にし、宗教に対する姿勢に疑問と失望を禁じ得ない」との談話を発表。斎藤理事長は25日、朝日新聞の取材に「イスラム教圏であれキリスト教圏であれ、宗教行為を商品化している例はない。申し入れをアマゾンとの対話のきっかけにしたい」と話した。

 アマゾンジャパン広報は「現時点でお答えできることはなく、コメントは控える」としている。(佐藤秀男)

     ◇

 仏教界が神経をとがらせるのは、宗教行為の「商品化」や「ビジネス化」が広がると、宗教法人へのさまざまな税制優遇の根拠が揺らぎかねないと懸念しているからだ。

 現状では、宗教法人が得るお布施は喜捨(きしゃ、寄付)とみなされ、法人は消費税を払わなくていい。僧侶個人が得たお布施は所得税の課税対象になるが、法人に入った場合は法人税が非課税だ。「お坊さん便」では、手配サービスを手がける「みんれび」側の所得は課税対象だが、僧侶側が取り分を納税するかは、僧侶側に委ねているという。

 最近でも、都心のビル型納骨堂に東京都が固定資産税をかけたのに対し、宗教法人が「墓地と同様に非課税」と主張して都を提訴するなど、宗教とビジネスの課税上の「線引き」をめぐって税務当局と宗教法人は緊張関係にある。

 全仏は、2009年に葬儀業に参入した大手スーパーのイオンが10年に寺院を紹介するサービスを始めた際も、「お布施が『ギャラ』のように表示され、寺が戒名を売買している印象も与える」などとして、料金表示の中止を申し入れた。現在イオンでは、対象は菩提(ぼだい)寺のない人に限ったもので、お布施は「目安」とホームページ上で明記。口頭でも説明している。

 一方、「お坊さん便」への好意的な見方もある。川崎市の自営業の男性(67)は今年11月、92歳で亡くなった父親の葬儀で「お坊さん便」を利用した。普段、寺と付き合いがなく、葬儀社には「僧侶を呼ぶと20万円以上かかる」と言われたが、半額以下で済んだ。「お経は聞いても意味が分からないし、しっかり供養してくれたら誰に頼んでも大差ない。友達にもすすめたい」と話す。

 サービスに前向きな僧侶もいる。中国地方の寺で住職をしている40代男性は、数年前から首都圏に部屋を借り、「出稼ぎ」に来ている。「お坊さん便」だけでなく、知り合いの僧侶や葬儀社から声がかかれば、葬儀や法事に出かける。過疎が進む地元では経済的にやっていけないからだ。檀家(だんか)は数十軒しかなく、葬儀は年に1度あるかないか。地元にいるのは1年のうち3分の1ほど。「田舎で家族と暮らせればいいが、それではとてもやっていけない」と嘆く。

 みんれびに登録する曹洞宗見性院(埼玉県熊谷市)の橋本英樹住職(50)は「異論は承知の上。批判にさらされることで、仏教界に必要なことが見えてくる」と前向きだ。みんれびの秋田将志副社長兼COO(30)は「経済的に苦しい僧侶が多いと肌で感じており、利用者のニーズも高い。仏教界とは共存共栄していきたい」と話す。



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2015'01.21 (Wed)

『ポルポトや金正日レベルより狂信的なイスラム国が核兵器を持つ時』なる本も上梓されるべき時ではないか





『ポルポトや金正日レベルより狂信的なイスラム国が核兵器を持つ時』なる本も上梓されるべき時ではないか
(2015・1・21・水曜日)






スンニ派とシーア派の違いも分からないけど、さすがに同胞が意味もなく殺害されそうになると、黙ってはいられない?

朝日新聞(2015・1・20朝刊)に、ベルナールアンリ・レビ(「宗教への批判は絶対の権利」)と内藤正典氏(「西欧の原理を押しつけるな」)の二人が登場し、今回のフランスでのテロに関して、いささか対照的なコメントを披露していた。

僕にとっては、両者はあまりよくは知らない識者。何冊か本を読んだことがある程度。

ただ、ベルナールアンリ・レビ(レヴィと表記する例などもあり)の本は、『人間の顔をした野蛮』 (早川書房)を学生時代だったか読んで感銘を受けた(と思うが‥‥)。新哲学派‥。まぁ、70年代のフランスの「新保守」派? ちょっと違うか?

それ以降も『フランス・イデオロギー』 (国文社)、『危険な純粋さ』 (紀ノ國屋書店) 『サルトルの世紀』 (藤原書店)、 『だれがダニエル・パールを殺したか?』 (NHK出版)、『アメリカの眩暈』 (早川書房)など、パラパラ読みしたり、積んどくしたりだった。

産経の山口昌子元パリ特派員が、時々、彼にインタビューをしたりして、そのコメント記事を読んで、ふむふむなるほど、そうそうと感じたりしたこともあったかと。イラク戦争も支持していたのではないか。
今回のテロに関しても全面的にフランス的価値観、言論の自由を擁護している。「私もシャルリー」であると結語している。

一方、内藤氏は、以前は一橋大学教授(現在は同志社大学教授)。 『ヨーロッパとイスラーム 共生は可能か』(岩波新書)を読んだぐらい。イラク戦争には批判的であったかと。

ううむ。アラブ問題でシャープな発言している池内紀氏の『イスラーム国の衝撃』 (文春新書)や、この前少し触れたロレッタ・ナポリオーニの『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』 (文藝春秋)など、関連書は書店に沢山並んでいるが、なかなか中東というのは難しすぎるテーマで読書欲が高まっていかない‥‥。

そもそもスンニ派とシーア派の違いはむろんのこと、カトリックとプロテスタントの違いも分からないから(キエリクロボタンインコとルリコシボタンインコの違いや、大橋未久と大橋未歩や、朝日と産経の違いなら分かるが、東京と朝日の違いは分からない?)。

こういう時、レヴィより好きだった、ジャン・フランソワ・ルヴェルが生きていればなぁ。『民主主義国の終焉  宿命の東西対立』 (芸艸堂)、『グローバル・デモクラシー』 (青土社)や『全体主義の誘惑』 (新潮社)などの名著を書いている彼なら、今回のイスラム問題をどう論じたか。レヴィより好きだったから、彼のいうことなら、より耳を傾けていたことだろう。

それにしても、『イスラム国が核兵器を持つ時』なる本も上梓されるべき時ではないか。自国民を何百万単位で「殺害」したポルポトや金日成・金正日レベルより狂信的な人物・国家・集団が核兵器を持ったら、それは人類にとって最大の脅威になるだろう。その時は究極の選択を余儀なくされる? ハルマゲドン? ヒトラーはむろんのこと、麻原・オウムにしても、巨悪は、小さな「実」の段階で除去するようにしなければ‥‥。

ところで、以前、堀井憲一郎氏が、愛読書ベスト10の紹介のなかで、『ジャパッシュ』というマンガを挙げているのに共感した旨を綴ったことがあるが、さらにもう一冊おすすめのマンガとして紹介していたのが、大島弓子氏の『雨の音がきこえる』 (小学館)。昨夜は帰宅してから、それを読んだ。

『大島弓子短編集1 雨の音がきこえる』 (小学館)に収録されている一編。単行本サイズ。「雨の音がきこえる」ほか何編かのマンガが収録されている。「雨の音がきこえる」は巻頭の作品。

一読‥‥。ううむ‥‥。親子物語。芥川賞(?)らしき文学賞を目指している売れない作家の父親。勉強しろと煩い母親。出来のいい(?)姉。そして自分は進学校に行けそうにない中学生の女生徒。
 その背景には‥‥。
コミカルではあるがシリアスなテーマを下敷きにしたマジメなマンガであった。しかし、この歳になると‥‥。この後の短編マンガは読まずじまい。
小学生のころは、「年上の女性」が読んでいた「少女フレンド」などを「少年ジャンプ」などと同様に愛読していたのだが‥‥。
『ジャパッシュ』(望月三起也氏・ぶんか社ほか)は最近再読しても、中学1年のころに読んだのと同様の「感銘」を受けた。

イスラム過激派の「自爆テロ」やら「オウム」やらの精神的病理を考える上でも参考になる本だ。「一人のカリスマをもった独善者・独裁者」とそれを崇める支持者、シンパたちが謀略と暴力によって、一国を支配する構図‥‥。
それはともかく、こちらの作品(「雨の音がきこえる」)は、50過ぎた中年男が初めて読んだわけで、さほどの感銘は受けなかった。まぁ、人それぞれの読後感があるだろうが‥‥。

ともあれ、ネバーセイネバー。







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