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2018'06.07 (Thu)

「定年」後は、午前中は神保町界隈のビルで掃除をして、午後は蔵書の少ない、ゆったり図書館で活字三昧、夕方早めの晩飯食べて帰宅が一番?






「定年」後は、午前中は神保町界隈のビルで掃除をして、午後は蔵書の少ない、ゆったり図書館で活字三昧、夕方早めの晩飯食べて帰宅が一番?(2018・6・7)



岸本裕紀子氏の『定年女子 これからの仕事、生活、やりたいこと』 (集英社文庫)を妻が読んでいたので手にした。

女性に限定した定年者のライフスタイルを論じたもの。いろんな人が登場している。人それぞれ。それにしても、ボランティアとか…そんなものをよくやる? 東京五輪にもボランティアが…と。ただ働きしてもねぇ? 本書でも紹介されているけど、再雇用にせよ、パートにせよ、月10万でも20万でも稼ぐほうが大事。

生活に不安がなければ、週末ギャンブルに明け暮れていたのが、毎日ギャンブルに明け暮れるのもいいだろうし、積んどくしている本を、一冊一冊拾い読みしつつ、ブログで処理していくというのもいいもの。そういう、個人の趣味優先の定年後の生活は本書には出てこないようだが。活字好きなら、本書でも推奨されているが(?)図書館行脚もいいかも? 国会図書館に終日滞在? フランス書院文庫が全冊揃っている図書館はここだけだし?

まぁ、一番いいのは、神保町界隈のビルの清掃バイト。午前7時~11時まで働き4000円ちょっともらう。そのあと、蔵書の少ないけど、少しゆったり空間のある区立図書館に寄って、活字三昧。そのあと、「いもや」はなくなったが、「やよい軒」や「もり一」などで食事をして帰宅。電車賃はビル清掃会社が出してくれる? 月~金で週二万円。月8万円。それもまたよし?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

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2018'05.31 (Thu)

「財務省と朝日新聞」を解体せよ?






「財務省と朝日新聞」を解体せよ?
(2018・5・31)






髙橋洋一氏の『財務省を解体せよ!』 (宝島社新書)を読んだ。この前に出た髙橋氏の『「文系バカ」が日本をダメにする なれど”数学バカ”が国難を救うか』 (ワックブンコ)を読んだばかりだったが、こちらも購読しすぐに一読。


(こんな内容)→学校法人「森友学園」の国有地売却をめぐる決裁文書(「森友文書」)の改ざんに続いて、 学園側に対する財務官僚による嘘の口裏合わせ依頼が明らかになった。
これを受け、高橋氏は「ここまで財務省が腐敗しているのなら、組織解体も国民の信頼回復のためには必要。
さらに行政組織が信頼されるまで、消費増税も凍結すべきだ」と述べている。
事務次官のセクハラ騒動もあり、メディアで注目が集まっている財務省。 今後もサンドバック状態の批判が予想され、世間一般的にも注目・批判の的になるのではないか。 「最強官庁」の実態と解体すべき理由を元財務官僚である高橋氏が開陳する。


おやっと思ったのだが、髙橋さんは、官僚時代、記者と話す時は、常にICレコーダーを回していたという。

「万が一、マスコミが発言の一部を切り取って不当に報じても、こちらから『全文』を公表することができるからです。ICレコーダーを回していれば、自分の発言にも責任を持たなければいけないという緊張感が出てきます。セクハラ発言などすることはまずないでしょう」

確かにその通り。今はポケットにペンのように入るICレコーダーがあるのだから、それはいい考えかも。スマホも録音できるんだっけ? ならばスマホをオンにするだけでいいのかもしれない。

消費増税に慎重で、しばしば延期した安倍政権に対して、財務省側は嫌悪感を抱いているようだ。財務官僚が時には、親しい仲の論説委員などと結託し、財務省と同じ考えを社説に書かせる競争レースをやったりすることもあるそうな。それほど癒着というか、言いなりというか、ヤバい関係が財務省と新聞テレビ(記者)との間に定着しているようだ。

だから、財務次官のセクハラ発言に対しても、当初、女性記者を抱えるテレビ会社も表に出てこなかった? それ故に、財務省も当初は居丈高? しかし、世論の雰囲気を見て、テレビ会社も、これなら勝てるということで表に出てきたといえそう。

いろいろと面白い指摘もあり。東京財団も、財務省のデータを使って、消費税をあげても景気に悪影響なし…なんて言い出したとか? 東京財団というか日本財団というか、日下公人さんがいたところで、そんな「迷論」が出てくるようでは…。

そういえば、この本を読む前に、たまたま手にした朝日新聞(2018・5・15)にこんなコラムが出ていた。原真人編集委員執筆。



過日、本紙1面連載「平成とは」で平成の財政悪化について書いたところ(4月25日付)、たくさんの反響をいただいた。なかでも戦前、政府が「絶対安全」と宣伝しつつ国民に国債を買わせていた事実への関心が高かった。
 1941年10月、大政翼賛会は戦費調達のため隣組読本「戦費と国債」(42ページ)を出版。1ログイン前の続き50万部刷って、全国の隣組や学校に配った。
 現存する冊子を読んでみた。当時としてはきわめてやさしい文章だ。とりわけQ&A方式で国債の安全性を強調するくだりは、根拠は薄くても安心感を誘う巧妙な説明になっていた。こんな具合に。

 (問)国債がこんなに激増して財政が破綻(はたん)する心配はないか。
 (答)国債は国家の借金、つまり国民全体の借金ですが同時に国民がその貸し手で……。「国債が激増すると国が潰れる」という風に言われたこともありましたが……経済の基礎がゆらぐような心配は全然無いのであります――。

 いまも膨れあがる国債は大問題だ。だが「国債は国民資産でもあり、問題ない」という論者も少なからずいて、国民全体の危機意識は高まっていない。いつの時代も甘言がふりまかれ、危機感が薄れていくものなのかもしれない。
 戦時国債の結末は歴史が示す通り。敗戦直後に重い財産税が課されたり超インフレが起きたりして、国債は紙くず同然になった。
 では敗戦でなければ、紙くずにならなかったのか。

 「いや、どちらにしてもそれは避けられませんでした」

 財政史に詳しい財務省主計官の中山光輝氏はそう言う。氏によると、日本の歴史のなかで政府が財政破綻し、借金を踏み倒したことが敗戦時のほかに、もう1回あった。明治維新の廃藩置県である。

 明治4(1871)年、それまで各藩が発行していた藩札や藩債をすべて明治政府が引き継いだ。政府はその多くを整理し、切り捨てた。
 江戸時代も、戦前も、政府の借金が著しく膨らんだだけで財政破綻に至ったわけではなかった。実際はひどい状態のまま何年も持ちこたえた。そこに明治維新、敗戦という外的ショックが起きて、いよいよ財政破綻に至ったのだ。
 「債務が増えると国家のリスク対応力はどんどん落ちていく。そこに大きなショックが加わったとき、初めてリスクが顕在化し財政破綻に至るのです」と中山氏は言う。
 いまはどうか。
 政府の借金は国内総生産(GDP)の230%という史上空前、先進国で最悪の水準にある。それでも国債は暴落していないし、日本経済はなんとか平和に回っている。
 とはいえ、財政の耐久力がとてつもなく弱っている可能性はある。今後何らかのショックが加わったらどうなるのか。中国など新興国バブルの崩壊、首都直下地震……。いま望まざるショックが起きないとは誰にも言えないのだ。 (はらまこと 編集委員)


 この論法、財政上のバランスシートを考えない財務省主流派の言い分をそのまま踏襲した「迷論」といえそうだ。実際、コラムの中に権威付けとして出てくるのが、財務省主計官の中山光輝氏なのだから…。原さんのことは、よく知らないけど、たしか、宮崎哲弥さんによく批判されている人だっけ。週刊文春のコラムなどで。

まぁ、ネバーセイネバーだから、「国債が紙くずになる日」がないとはいえまい。とはいえ、そうならないためにも、消費税増税しなくては…というホンネを隠したコラムを読むにつけ、まぁ、眉唾コラムだなと。

それにしても、もう少しまともな(?)権威を利用して書いたほうが説得力が増すのでは? 現役の財務官僚(財務省主計官・中山光輝氏)のコメントを二箇所で使うようでは、あまりにも底意がミエミエではないか…。せめて財務省OBで、肩書が「大学教授」にロンダリング(?)されている人を使えば、まだ良かったのに…。

そして、結語として、 「いま望まざるショックが起きないとは誰にも言えないのだ」ということで、 「中国など新興国バブルの崩壊」「首都直下地震」とか出している。せめてここに「北朝鮮の核攻撃暴発」も入れておくとまだよかったのに? ネバーセイネバー。とはいえ、「首都直下地震」「中国バブル崩壊」は十分ありうるには違いないが…。

ともあれ、こういった財務省主導の「世論工作」に対して、理論武装するためにも、髙橋洋一さんの本は役立つだろう。国税庁と日本年金機構の徴収部分を統合した歳入庁を新設し、財務省から切り離すべきとのこと。なるほど。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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2018'05.23 (Wed)

格差社会万歳? 素晴らしき完全無職零円生活!? 映画『万引き家族』は嘘? 『万引き家族』にならなくても優雅に過ごせる「素晴らしき豊かな資本主義」はホームレスの自由を保障してくれる?



格差社会万歳? 素晴らしき完全無職零円生活!? 映画『万引き家族』は嘘? 『万引き家族』にならなくても優雅に過ごせる「素晴らしき豊かな資本主義」はホームレスの自由を保障してくれる?
(2018・5・23)




第71回カンヌ国際映画祭で、是枝裕和監督の『万引き家族』が最高賞であるパルム・ドールを受賞したとのこと。

ネット情報(リテラ)によると、是枝監督は、カンヌ公式上映後に韓国紙・中央日報のインタビューに応じて、『万引き家族』を制作したきっかけについてこう明かしていたとのこと。

 2010年、足立区で111歳とされていた男性が白骨化して発見され、実は30年以上前に死亡していたことが発覚。死亡届を出さずに年金をもらい続けていたとして、家族は後に詐欺で逮捕される。この足立区の事件を皮切りに全国で相次いで類似の事件が発覚し、“消えた高齢者”として社会問題化。年金詐欺として大きなバッシングを浴びた。
 このバッシングは、数年後に盛り上がった生活保護バッシングにも通じるものだが、是枝監督はこの事件をきっかけに、“社会から排斥される存在”として年金と万引きで生計をたてている一家の物語を着想したようだ。前掲インタビューで、是枝監督は、『万引き家族』の主人公一家が現在の日本で決して特殊な存在でないと強調している。
「日本は経済不況で階層間の両極化が進んだ。政府は貧困層を助ける代わりに失敗者として烙印を押し、貧困を個人の責任として処理している。映画の中の家族がその代表的な例だ」 (以下略)


なるほど。そういう認識の下に作られた映画なのか…。まぁ、そういう現実もあるのだろうが、違う現実もあるようだ。映画はあくまでもフィクションだろうが…。

例えば、こんなノンフィクションを読むのも乙なもの?

坂口恭平氏の『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』 (角川文庫)を読んだ。この本は単行本(太田出版)でも一読していたかと。

(こんな内容)→何も持たない人間でも生きていく方法がある。ぼくらの周りには“都市の幸”が溢れているからだ。衣服にも食べ物にも困ることはない、もうどこかに勤めるのはよそう、家だって自分の手で作れる―。数々の先人の姿と、新たな思考法がここにある。「人間、どんな状態になっても、ぜったい生きていけるよ」。家・仕事・生活についての先入観を覆す、現代人必読の一冊。3.11、そして熊本地震で被災しての文庫書き下ろし原稿も収録。

著者は、3・11のあと、東京から熊本に避難したものの、その熊本でこの前の大地震を体験し、奥さんの実家のある横浜に再び転居したりもしたそうな。

ともあれ、ホームレスのようになっても、公園での無料焚き出しやら、空き缶拾いやら、いろいろと「都市型狩猟採集生活」によって生きて行く人々を取材。そのノウハウを紹介している。コンビニは厳しくなってきたけど、個人店などではまだまだ賞味期限の切れた廃棄弁当を拾えるとか…。

中には、優雅というのか悟っているというのか、代々木公園周辺に「定住」している猛者(?)もいる。

定期的におにぎりやパンや丼飯がいただけるそうな。あまったのは小鳥にあげる余裕。石鹸やシャンプーも焚き出しの時に配布されるという。服ももらえるとのこと。

その人から著者はこう言われる。

「必需品はすべて焚き出しのときに手に入る。肉も食べず、酒も飲まず、タバコも吸わず、性欲もないらしい。そういう欲はあんまり持たないほうが健康的になれるよ」と諭される。

病気になったら「区役所の福祉課に行きます。そうすると、症状に合わせて病院を紹介してくれるから。もちろんタダ。ときどき焚き出しの現場に医者が来ているときもあるしね。とにかく、病気になっても何も心配がないんですよ。お金という概念は必要ない」と。

「本当に幸せだよ。ここには、鳥たち生物もたくさんいるし、植物もたくさん育っているからね。それを眺めているだけで、心が落ち着いて気持ちよくなる。公園の周りでは、若者がよく音楽を演奏しているしね。そういうのも自分の娯楽として楽しんでいます。ホームレスっぽい恰好をしていれば、こうやって、〇円で幸せな生活が送れるんだよ。あんまり人には教えたくないけどね」

「こんなこと、社会主義の国ではぜったいできないよね。みんな等しく働かなくてはいけないんだから。これは資本主義だからこそできるんだよ。自由経済の社会だからこそ、お金を一番重要なものだと信じ込み、お金持ちと貧乏人というヒエラルキーができあがる。すると、貧乏人はかわいそうだってことで、助けてくれる人が出てくる。自分がヒエラルキーの中に入ったままでと、貧乏がコンプレックスになって、絶望してしまうかもしれない。でも、そのヒエラルキーから自由になった人にとっては、すごく楽なの」「この完全無職〇円生活には束縛がない。代わりに完全な自由があるの。この生活を送ることは、自分の使命だと思ってやっています」

「万引」しなくてもやっていける? 独りなら?

共産社会の「働かざる者食うべからず」の論理(?)を否定し、格差社会に於ける富裕階級の善意に信頼し、豊かな社会の恩恵をいただく福祉国家路線を支持するリバタリアン、ここにあり? というわけではあるまいが、「個性あふれる生き方」として尊重にあたいするといえようか。中共だと、ホームレス的な空間は、「目障り」と国家が判断すれば、強制的に「撤去」されるからなぁ…。

そんな中国からは「海を渡って日本に治療を受けに来る 「タダ乗り患者」が増殖中--この国の医療費が食い物にされている? --といった事実もあるそうな。「週刊現代」(2018・5・20号)の記事によると…。「留学ビザ」などを悪用しての詐欺行為のようだ。

こういうテーマで映画を作るのもいいのかも? これも一種の「万引行為」では? 『万引国家・国民』なんて? 是枝裕和監督の次回作として期待したいもの? 「外国人」にもそんな保険が適用可能だなんて、なんて日本は優しい福祉国家? まさか?

この著者の本は、ほかにも『TOKYO 0円ハウス0円生活』 (河出文庫)を読んでいた。ホームレスといいつつも、拾った品々でゼロ円ハウスを造り「自給自足」を営むホームレスの生活を建築家の著者が垣間見た本。

アルミ缶収集や古本拾い・売りで月数万円の収入を確保し。12ボルトのバッテリーを持って、時々近くの自動車整備屋でタダで充電してもらっていたり。テレビも見られる。ソーラーパネルを設置するゼロ円ハウスもある。カセットコンロで料理を作る。隅田川界隈では一カ月に一回役所の点検があり、その時にはゼロ円ハウスは綺麗に「撤去」しなくてはならない。その撤去・復旧作業の様子もルポされている。多少手間暇がかかるものの「合理的」に対応可能のようだ。

毎朝、ぱっと見た目には普通のサラリーマンの恰好をしているものの、リュック、大きな手提げカバンを持って、せっせと網棚の新聞雑誌を拾っていく中年男をよく見かける。彼もまたホームレスの一人なのだろうか?
 
僕の風体恰好も本やらいろいろと持ち歩いているので、似ているのに気づくことがあるのだが……。まぁ、一部マスコミが「貧困」「貧困」「格差社会」とわめくほど、実情は酷くないのかも? 少なくとも「万引」は犯罪。蒐集はまだ合法?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!


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2018'05.18 (Fri)

「アベノミクス」が日本経済も日本外交も変える? 「ハンドウ歴史観」が文藝春秋を変える?




「アベノミクス」が日本経済も日本外交も変える? 「ハンドウ歴史観」が文藝春秋を変える?
(2018・5・18)



野口旭氏の『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)を読了。

(こんな内容)→「経済最優先」そして「デフレ脱却」をスローガンに掲げた第二次安倍晋三政権発足から約五年。「三本の矢」からなるアベノミクスは、一九九〇年代以来の長期デフレによって縮小均衡に陥っていた日本経済を、本来あるべき成長軌道に引き戻すことに成功しつつある。世論調査等ではいまだ評価の低いアベノミクスだが、経済学的に検証を行えば、十分「日本経済を変えた」と言って差し支えない。本書は、その真実を論理とデータによって示しつつ、さらに、デフレ脱却が完遂されたあかつきには必要となるアベノミクスからの「出口戦略」をどう考えるべきかを提示する。


「まえがき」によると、今話題の(?)「科学研究費助成」による研究成果の一部を利用した著作とのこと。「反体制派」から、アベノミクス擁護の政治的利用だと批判されかねない?


冗談はともかく、基本的に「アベノミクス」が日本経済に有用な政策であったと評価している。


「完全失業率や有効求人倍率の数値を見る限りは、日本経済の雇用状況がアベノミクスの発動を契機として顕著に改善したことは明らかである」「アベノミクスが開始された2013年以降は、単に失業率が低下を続けたのみではなく、就業者数と労働力人口がともに、明確に増加し始めるようになった。つまり、アベノミクス以降は、それ以前とはまったく異なり、『労働力人口が拡大に転じたにもかかわらず、就業者数がそれ以上に拡大し、結果として失業率が低下した』のである。要するに、民主党政権期の失業率低下は『労働供給が労働需要以上に縮小した』ことによっていたのに対して、アベノミクス期のそれは『労働需要が労働供給以上に拡大した』ことによるものであった。したがって、『失業率の低下は労働人口の減少によるものであって、需要の回復によるものではない』といった仮説は、民主党政権期の状況に対しては当てはまる可能性があったとしても、少なくともアベノミクス期に対してはまったく当てはまらないのである」

「また、『雇用増加といってもその多くは非正規にすぎない』という根強い批判とは裏腹に、2016年初頭には、正社員の増加率が非正規社員のそれを21年ぶりに上回るようになった」「これらのデータは明らかに、日本の雇用状況が確実に改善されてきたことを示している」


おおむね、その通りかなと…。

「アベノミクス」否定派の明石順平氏の『アベノミクスによろしく』 (集英社インターナショナル新書)は積んどく中だが…。「文藝春秋」(2018・3)に掲載されていた明石さんの『数字が証明した「アベノミクス失敗」』は読んだ記憶があるが…。文春は朝日同様にアベノミクスはお嫌い?

経済本は、いろいろと視点、視座があって、なるほど…と思いつつ一読していくばかり。

『安倍首相が変えた日本外交』なんて本も可能だろう。そういう視点からの一冊としては、 『渡部昇一の世界史最終講義』 (飛鳥新社)がある。高山正之さんと渡部さんとの対談本。

歴史歪曲を続ける中国やアメリカの論者などに対して、的確な反論を展開。安倍首相自身が、いろいろと奮迅している点を評価もしている。

渡部さんは2017年4月に亡くなっているから、北朝鮮を追い詰めての「米朝会談」までの経緯を見てはいないが、その過程での安倍首相とトランプ大統領との緊密なネットワークを見れば、「安倍首相が変えた日本外交」と指摘したことだろう。さて、それが「日本外交の勝利」となるかはまだまだ…。これからの一踏ん張りにかかっているが、その足をひっぱり、日本の外交力を低下させようとしているのが、朝日新聞や一部野党。その勢力に迎合しているのが、一部雑誌ジャーナリズム。

いみじくも、渡部さんはこんな発言をしている。


かつて朝日新聞に週刊文春のコラムを歪曲して紹介し叩かれた時、「文藝春秋」に反論を書かせてもらったことが渡部さんにはあった。
この時の安藤満編集長は、

「古いタイプで、『文藝春秋は、朝日新聞とNHKとは別のことを言う』という伝統を知る人だったから、私に反論を書かせてくれた」

と指摘。

「残念なのは、文藝春秋は近年『朝日新聞とNHKとは別のことを言う』という、かつてのジャーナリスティックな伝統をなくしてしまったことです。日本は悪いことをしたという意識を植え付けられた人たちが中心になり、リベラルになってしまいました。元文春の花田紀凱『月刊ハナダ』編集長によると、社長がある会合で『極右の塊である現政権をこれ以上、暴走させてはならない』とあいさつしたといいますから、朝日と見紛うような状態です。東京裁判史観に取り込まれ、マッカーサーを賛美する半藤一利(元専務)や保阪正康といった人たちが歴史観の基調を握っているのは危ない」

とも指摘している。

ともあれ、経済分析も歴史観もいろいろとある。幅広く読みあさり、どれが自分の考えに近いのか、というか、真実に近いのか、考えることが肝要。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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2018'04.15 (Sun)

『くたばれGNP』と単眼的に主張した朝日みたいなことは言いたくないから、『くたばれNTT』とか「つぶれろNTT」などとは決して言わないが、「さらばNTT」とは言わせていただこう!





『くたばれGNP』と単眼的に主張した朝日みたいなことは言いたくないから、『くたばれNTT』とか「つぶれろNTT」などとは決して言わないが、「さらばNTT」とは言わせていただこう!
(2018・4・15)




以前、こんなことを書いた。

昔昔、朝日新聞社経済部著の『くたばれGNP―高度経済成長の内幕』 (朝日新聞社・1971年) という本を読んだことがある。リアルタイムではなく、この本が出たあと、経済不況になって、GNPがくたばり、新聞業界も四苦八苦したことがあり、天に唾する愚かな朝日新聞という指摘を誰かがしていたので、どんな本だろうかと思って、一九八〇年前後に読んだかのような?

一定の経済成長があるほうが、望ましいという当たり前の経済観を嘲笑し、豊さをバカにする手合いの書く内容だったと記憶している。今日でも、経済成長など気にする必要がないといった見解が「リベラル」だとおもったりする人もいるようだが。まぁ、ノーテンキな人は…。そういえば、大澤正道氏の著作に『くたばれ朝日新聞 国民を欺く卑怯なメディア』 (日新報道)という本があった。 2009年に出て、その時すぐ読んだので記憶は薄れているが名著。


それはともかくとして、朝日新聞以上に(?)傲慢なのがNTTだった。
なにせ、電話を付けるにあたって、「債権」みたいな感じの「電話加入権(施設設置負担金)」とか称して70000円ちょっとの大金を我々からを分捕っていたことをお忘れではないかしら?

だから自宅でファックス回線を新設する時、切り替え式でやる家庭が多かった。
さすがに頻繁にファックスをやりとりする業者だとファックス専用回線を新設するため、さらに70000円以上ふんだくられていた。

以前、家を新築した時などは、工事で電話回線も家の中ではやっていたので、あとは電話機のモジュラーを入れ込むだけという時期があった。

我が家もそうだった。その「入れ込み」を電電公社だったかNTTがやることになっていて、その関係者(背広ネクタイ着用の人)が自宅までやってきて、こちらが用意していた電話機のモジュラーをプチっと差し込んでくれた。それだけで3000円だか5000円とったのだから唖然としたものだ。

思わず、その人に、 「これするだけで、あんたたちの会社は5000円も取るの?」と問いただしたものだった(金額はあやふやだが、その程度だったかと)。アナログの僕でさえ、それぐらいできる。向こうも「規則なもんですから…」と少し恥ずかしそうにしていたが。可愛い「詐欺師」?

その後、さすがにそんな「詐欺」「搾取」はしなくなった? 70000円の金額も半額ぐらいになった。いまは?

携帯が普及し、固定電話の電話回線を不要だとして休止する時は、昔はタダだったように記憶しているが、最近は何千円かとるようになっている(ようだ)。悪徳ブラック会社は、常になにかと屁理屈をつけて我々から「搾取」することしか考えていないようだ?

だから、以前、自宅の固定電話もソフトバンクに変えたことがあった。
家人が新たに住居を構えた時も、固定電話はソフトバンクにしようとしたら、なんだかんだとNTTの嫌がらせらしきものがあって、ソフトバンクにするには時間がかかりそうなので、やむをえずNTTにしたことがあった。十数年前のことだ。

最近、ソフトバンクがそんな固定電話の一カ月の使用料が500円(税は別かな?)で可能という広告を流しているので、早速家人が…。

(こんな内容)→ソフトバンク株式会社(以下「ソフトバンク」)は、新しい一般家庭向け固定電話サービス「おうちのでんわ」を提供開始します。「おうちのでんわ」は、LTEネットワークを利用し、専用の宅内機器「でんわユニット」と自宅の電話機を接続して利用する固定電話サービスです。回線工事が不要で電源があれば家中どこでも設置可能で、ご利用中の固定電話番号※1がそのままお使いいただけます。また、ソフトバンクのインターネットサービス「SoftBank Air」か、“ソフトバンク”または“ワイモバイル”の携帯電話とセットでご契約※2いただくと、通常980円の月額基本料金が500円になるセット割引「でんわまとめて割」も提供します。通話料金は固定電話宛なら全国一律3分7.99円、“ソフトバンク”の携帯電話宛なら24時間無料※3と大変お得です。

まぁ、電話機のそばに小さな「機械」を設置したり、その使用料が…といろいろとあるのだが、間違いなく安くなるのは事実。機械の設置代金などの負担が最初の二カ月ほどあるにせよ、そのあとからは…。なにせ、NTTだと毎月どこにかけなくてもいま1838円ぐらい払わされている。「回線使用料(基本料)」が1700円。それに消費税やらユニバーサルサービス料などが加算される。アホらし!
それが500円(ちょっと)で済むのだ(僕は携帯もソフトバンクなので。そうでないと、この金額は上記のように少し高くなるようだが。どう考えてもソフトバンクのほうがいい)。

いや、たとえ同じ料金でも、そういった殿様商法を長年展開してきたNTTよりはソフトバンクに払うほうがマシ。ソフトバンクホークスの柳田の給料になるならまだガマンもする?

ということで、無事手続きも終了。家人宅はまだファックスをつかう時があるようで、固定電話もあるにしくはないとのことで…。

ネットで調べると、かつて72,000円だった電話加入権(施設設置負担金)は、2005年に半額の36,000円に引き下げられたとのこと。

この施設設置負担金というの、電話というインフラを整備するための「資金負担」とのこと。つまり、電話加入権というのは、施設設置負担金を支払ったユーザーが得られる、自宅に電話を引くことのできる「権利」でしかないということになる。

(ネット情報)→戦後の復興時にNTT(当時は日本電信電話公社)だけではメタル線や電信柱などインフラを敷設する資金を賄えなかったという側面があります。これを補うために電話加入権の制度を導入し、インフラ整備の資金として使ってきました。戦後から昭和53年あたりまで、電話新設を要望するユーザーに工事が追い付かずに順番待ちが普通でした。
しかし、平成の世の中になり、すでにメタル線を使った電話のインフラはほぼ全国的に行き渡っています。そして、新たな光ファイバーという通信手段のインフラも登場し、こういった制度は不要なのではという声が大きくなってきました。実際、施設設置負担金を支払わずに使える「加入電話ライトプラン」や、ひかり電話などのIP電話を固定電話として使用する人が増えているので、これから廃止される可能性はないとは言い切れません……。


これはちょっと怪しい「情報」。要は殿様商法で、もうかなり前から72000円も取る必要がなくなったものの、長年の慣習で払うのが当たり前のような感じだったので、安易にとり続けただけでは? そして「債権」のようなフリをしていた(?)ので、72000円もいつか戻るかと思いきやと誤解もさせていた。まさか「固定」電話が要らなくなる世になるとは思っていなかったから…。ところが携帯が普及し、固定電話が不要になっても、休止手続きで金をさらに負担するは、72000円は戻ってこないということで、おかしいという人も少なからずいたものの、ほとんどは「泣き寝入り」?

そのあたり、NTTのブラックな企業体質を追及していたのは、のちにソフトバンクの社長室長にもなる、民主党の国会議員だった島聡さん。

彼の論文「NTT よ、松下幸之助の「水道哲学」を学びなさい」(諸君!2006年9月号)で、そういった加入権のお金は本来利用者に戻すべきなのに、そうしなかったことを追及していたかと。記憶は薄れているが…。

ともあれ、NTTサンよ。あなたがたに向かって、「クタバレ」とか「潰れろ」とか言うつもりはまったくない。僕は朝日の記者とは違う?

合法的に商売するのはいいだろう。競争原理を無視することのできた公社時代ではないことは十分認識していることだろう。でも、心から、森田健作さんの♪「さらば涙と言おう」ではないが、 「さらばNTTと言おう」である。

我が家、我が一族の貴重なハードカレンシーは、お宅にはピタ一文払いたくないのだ。いままで、毎月1800円ぐらい払っていたのをまもなく払わずに済むということで、本当に清々とした次第。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ!

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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