古本虫がさまよう 経済
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かつて『「中流」の幻想』を唱えた人々が、かつては「中流社会」だったのに、それが崩壊していまは「格差社会」だというとすれば、いまはまだまだ「平等中流社会」といえるのかもしれない?
(2017・6・14・水曜日)




水野和夫氏の『国貧論』 (太田出版)を読んだ。アベノミクス批判派からの一冊。

内容紹介→アベノミクスもマイナス金利も8割の国民を貧しくする資本主義である
水野和夫が解き明かす21世紀の経済論!
――2016年1月に導入された「マイナス金利」政策は、実質的に国民の富(預貯金)を目減りさせる実質的な課税であり、しかも本来国会での承認が必要であるのに対して、日銀によって決められてしまった「反民主主義」的税金ですらある。


アベノミクスは破綻しているとの立場。ピケティの『21世紀の資本』 (みすず書房)肯定派。かつての「一億総中流」は崩壊の危機に瀕しているとの指摘もあり

ふむふむ、なるほどそうかも(しれない?)なと読了。
経済本に関しては、さまざまな立場の人の本を読んでは、「ふむふなるほど、そうかも」という思いを持ちつつ、「ほんまかいな?」とも。本書の指摘は「そうかも」という読後感がわりと残った次第。
デフレ不況ということであっても、石油ショックのあとの「狂乱インフレ」も体験しているだけに、どっちがいいかとなると…。物価があまりあがらず、銀行金利もほとんどなく…。所詮は「可処分所得」の実感がどれだけあるか。親方日の丸的な水道料金は高い…。電気料金、ガス料金はまだしも…。
相続税を「ゼロ」にするかのような祖父母-孫――父母・子間の贈与を著者は批判しているが、これは老人世代の「死蔵」されがちな「預金」を、現実経済に反映させる点で、そんなに悪くはないとも思えるのだが…。

ともあれ、以下は水野氏の所論と無関係な一般論になるが…。

日本の総中流社会が近年、格差社会になり、崩壊しているとの批判が左派からよくある。しかし、左派系の人々はかつて1980年前後、国民の中流意識が濃厚だった時代に、それは錯覚幻想だと批判していたものだ。それを今頃になって、あの頃はまだよかった、中流だったのに…と言われても困るよなと。

教科書記述に関しても、極端な主張を展開して、家永三郎さんのように「修正」を「強要」されてブツクサ言っていた岸本重陳さんという経済学者がいた。その知的不誠実について書いたコラムを以下再録する。ただ、こういう「オオカミ少年」「マル系経済学者」であっても、稀に本当のことをいうこともありうる。「オオカミ少年」も最後には「本当」のことを言った(のに、日頃の嘘八百が災いして誰も信じなかった?)。ネバーセイネバーの原則で、世の中を見ることが肝要。「盗人にも三分の理」「マル系学者にも三分の理」というではないか。複眼的視点を忘れないように。そのためにも、いろんな筆者のいろんな立場のいろんな本などを読むことは大事。

人為的理由による地球温暖化危険論などは、アベノミクス全面礼賛論(全面否定論?)よりも、注意が必要だろう。北朝鮮地獄論も眉唾?  ううむ、それは「人は必ず死ぬ」に次ぐぐらいの絶対的正論では? 「地上の天国」なんて言っていた寺尾五郎サンなんかはどうしようもない輩だというしかないと思うけど…。

それにしても「節約社会」なのに、スーパーより割高のコンビニ、そのコンビニよりさらに割高なニューデイズなんかで買い物をする人が多々いるのは解せない。僕などは、「社用」でなければ、コンビニにはほぼ行かない(あとは二日酔いの時の朝、グリーンガムを買うためにコンビニに行くことはまれにある)。スーパーだって、5パーセント引きディに買い物したり、ポイント倍増ディーに出かけたりすることが多い(ポイントカードはあまり持たない主義だが、Tポイントカードやヨドバシなどは持っている。ナンセンスなメトロカードはこの前廃止処分にした。

このメトロポイント付きのクレジットカードは、いままで「紙」で月間単位の明細を送ってきたのを、郵送の場合80円ぐらいとることにしたから。パソコン経由なら「無料」のママとのことだったが、いちいち操作して登録するのも面倒。毎月80円の負担だと、年間1000円ぐらい会費を払っているのと同じではないか。「無料」といっておきながら、なんだよと。
もっとも、もう一つのカードもそうなりそうとのことで何かしなくちゃいけないのだが、そちらは公共料金の類の引き落としにしているから、無下に廃止にもできない。

もうひとつは、すでにパソコン経由(ここは勝手に登録をひととおりやってくれたから継続しているのでは?)。年会費は年間○万円以上利用すれば無料とのことで、その程度は利用中。携帯電話の料金明細もそういえば100円ぐらい払っている。これはまぁ、ソフトバンクの松中の給料になればいいかと思ってガマンしているが…。松中も引退したから思案しなくてはいけないのだが、ほかの携帯会社は大嫌いだから仕方ない。ガマン。それにしてもソフトバンク、携帯へのショートメールで利用料金支払明細を送ってくるが、せめてパソコンのアドレス宛にしてほしいものだ。暗証番号も忘れているし。ソフトバンクも民間企業としての初心を大分忘れた会社になったみたいだ。大きくなると駄目だね?(いやしているのかな?)。

ともあれ、メトロのポイントというのはよく分からん代物で面倒だった。いちいち、券売機で操作しないとけいないし。やめる時、「お客さま、1000円分ほどポイントがありますが」といわれたが、「いらないよ、くれてやる」と大見得?(ううむ、50円割引券がサイフに何枚も入っている我が身…。だが、大資本悪徳会社の施しは受けねえ?)。 ヨドバシやTポイントみたいに使いやすいならいざ知らず…。

とはいえ、メトロを止めたのでJR東日本のカードでも作ろうかと思った。会費は取るけど、実質無料になるとも。ネットで申し込みしようかと思ったが、年収を書けというので2000万にしたり、あれこれ進めたけど、やはり東日本如きに不必要なお金を落とすのは嫌だな、そもそもキヨスクもニューデイズも絶対(ほぼ)死ぬまで利用しないと心に誓っているしなぁと。通勤などのためにはやむをえず利用するから、定期券購入のとき、その分、普通のカードよりボイントがもらえるなら、東日本を「搾取」することにもなるし…と考えたが、やはり、ヤクザ同様の(?)反社会的企業(3・11の時の完全シャーター閉め)とは不必要に付き合うのは止めようと思い、途中で登録をストップ。ぎりぎり「良心」を守った?

ともあれ、以下再録。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!



「マル経」が日本を悪くした! (2014・1・30・木曜日)

この前、田村秀男氏&渡邉哲也氏の『日本ダメだ論の正体 新聞テレビは日本を9割ダメにする!』 (マガジンランド)を紹介した。
論点は多岐に及んでいたが、渡邉氏が、大学経済学部にはいまなおマルクス経済学者の亡霊が残存していると指摘していた。ううむ。僕が学生時代だったのは、もう30年以上昔。1980年前後。

今日、経済格差が広がった、かつては総中流時代もあったのに、昔はよかったとよくいわれる。しかし、昔、1980年前後は、総中流がいわれ始めたころであったが、当時も、マル経学者は、そんなのは「幻の中流意識だ」と強調し、挙げ句の果てには、北朝鮮は素晴らしい、日本より豊かで平等な社会だと称賛しだす経済学者もいたものだった。

そんなのが、21世紀になってもまだ大学には残存生存しているのだろうか? ノロウィルスのように、時にははびこっているのだろうか?

「選択の自由」もなく、経済原論で「マル経」しかとることのできなかった母校の不自由さをふと思いだした。必修だから…。古臭い教条主義者が失業しないようにするための福祉的救済措置だったというしかない。貴重な時間と金を、それこそマル系学者に「搾取」されたのは間違いない!?

たまたま、 『エコノミストの戦後史 日本経済50年の歩みを振り返る』 (日本経済研究センター50年史編纂委員会編)を拾い読みをしていたら、ちょっと面白いものがあった。

貝塚啓明氏(東京大学名誉教授)の「『マル経』主流に抗して生れた近経の拠点」というもの。

戦後、東大経済学部に進学。木村健康、大石泰彦氏とかまともな経済学者もいたけど、マル経は労農派と講座派が鎮座。学部では「マル経が大半で、必修科目も経済はマル経ばかりで、館先生と誰か2人ぐらいだけが非マル系でした。ただ、労農派系のマル経というのは試験は簡単でね。簡単というのはおかしいけれど、ダーっと答案書いて最後に数行、決まり文句みたいに、『資本主義はだめになる』というふうに書くと必ず良はもらえる(笑)」とのこと。

さもありなん。1980年前後なら「北朝鮮経済は日本より素晴らしい」と書けば「優」をくれるような先生が、立教大学などにもいたのでは? そうそう、 立教大学教授の井上周八先生の 『現代朝鮮と金正日書記』 (雄山閣、1983年)だったかを、当時読んで「感動」(?)したものだったが。80年代でも、もはやシーラカンス的経済論のはずだったが?

ともあれ、 市村真一氏やら、いろいろな経済学者が回顧談を語っている。拾い読みしかしていないが、戦後経済史を知る上で面白そうな本であった。

そういえば、岸本重陳氏の『「中流」の幻想』 (講談社、1978年。のち講談社文庫)を読んで、こんなふうに、資本主義経済のそれなりの発展を評価できない経済学者もいるものだとためいきをついた覚えがある。

今日の日米などが、格差社会であるとして批判的見解を展開する人たちは、80年代の日本は、善き中流社会であったと認めているのだろうか? 昔も今も北朝鮮こそ、恐るべき格差国家という認識を有した上で、そういう酷い国家に日米がならないようにと思って提言しているのだろうか?
思想は発展する…ではなく、あまりにも淫らにアトランダムに修正していなければいいのだが。

そして、この人(岸本氏)の書いた『私の受けた教科書検定 「官許の思想」を強制するもの』 (東研出版)を当時読んで、検定で修正するようにといわれた箇所は、あまりにも当然すぎて、これに文句を言うのは著者のあまりにも独りよがりではないかと感得したことも記憶している。

こういうマル経学者のノストラダムス的&シーラカンス的見解にはついていけず、学生時代から社会人にかけては、飯田経夫氏の『私の経済学批判』 (東洋経済新報社)や『「豊かさ」とは何か 現代社会の視点』 (講談社現代新書)、 『「ゆとり」とは何か 成熟社会の生きる』 (講談社現代新書)、 『「豊かさ」のあとに 幸せとは何か』 (講談社現代新書)などを愛読したものだった。どう考えても、近代経済学系のほうのいっていることは、マル系よりはまともだったからだ。
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日本シリーズとアメリカ大統領選挙は同じ構図? ミッテラレン  「宇宙戦艦ヤマト」と「海賊とよばれた男」は同じ感動!サムライやね 
(2016・10・19・水曜日)





米大統領選挙もまもなく投票。トランプも、いささか奇妙な女性スキャンダルなどでちょっと失速か?  それにしても、今年の日本シリーズ同様、いささか関心が湧かない。優勝チームのファンの方には恐縮ですが、日ハムと広島とでは、北海道&広島だし。人口密集度からしても…。せめて巨人・日ハムなら、巨人を倒すのはホークスだということで、日本シリーズでは逆説的に巨人を応援するのだが?
大統領選挙も、トランプとクリントンとでは……。どちらも応援しがたい。

ここにきて、トランプがらみの本は本屋にたくさん並んでいる。何冊か手にもしているが、ほぼ積んどく状態。トランプが嫌いなワシントン・ポスト取材班、マイケル・クラニッシュ、マーク・フィッシャーの 『トランプ』 (文藝春秋)といった分厚い本格的評伝も出ているが……。とりあえず読んだのは、この前紹介した会田弘継氏の『トランプ現象とアメリカ保守思想 崩れ落ちる理想国家』 (左右社)ぐらいか。ネオコンがトランプを支持しないという点を確認。

クリントンをみていると、ダイエットできない中年子豚(いや「大豚」?)が身近にいるのでなんとなく嫌悪感を覚えるし(この前、我が古女房は、近所のスーパーのおばさんに「ぼちぼち(出産なの?)」と声をかけられて、ショックを受けていた。帰宅したら、ライトもつけない食卓でしょぼんとしていた。そのほかにもしばしば、バスや電車で席を譲られることもある。還暦寸前なのに、そういう対応をとられるということは、「美魔女」ではないにせよ、歳よりはかなり若くみられているという「自慢」「自尊」にもなりかねないのだが……。まぁ、出産年齢の上限としても40代半ば程度にはみられているということになろうか。でないと、単なる腹部膨張デブで、還暦婆さんなら、いくらなんでも「妊娠」が疑われることはあるまい。笑わぬでもなし? いや、笑うしかない?)。

もちろん、ダイエットができるかいなかと政治的見識は異なるし、下半身と政治的見識とは異なるものだとの認識はあるし、トランプの女性蔑視云々も、妻帯者が独身女性相手に職場で堂々とピンク行為をしていたケネディやクリントンに比べて、そんなにひどいものかといえば、五十歩百歩というしかないのでは? いや、口だけならまだ許せる。いや、口で言うだけ、しゃべるだけならまだ許せる(「口」はやはりいけない?)。

この点は、ケネディの「愛人」の手記、ミミ・アルフォードの『私はジョン・Fの愛の奴隷だった』 (ビジネス社)や、クリントンの「愛人」の手記、アンドリュー・モートンの『モニカの真実』 (徳間書店)を参照されたし。

それにしても、クリントン(夫&妻)の「自叙伝」はすでに刊行されているが、こういうのは、とりわけ夫のほうは、オーラル・ヒストリーとは言わずに、フェラ××・ヒストリーとでも言うべきだろうか。積んどくで読んでないから知らないが、その経緯も正直に書いているのだろうか?
 
米大統領の回顧録で読んだのは、読売新聞社から訳出された『わがアメリカンドリーム レーガン回想録』ぐらいかと(すごく分厚い本だった。白水社の某編集者も負けるぐらいに? 一冊で1000頁弱あったのだから。普通は上下二冊にするだろうに。さすが、部数1000万部達成を豪語していた読売だ。その中に「押し紙」がなければ快挙だが? しかし、数百万の読売新聞購読者が、毎月二回掲載される「餃子の王将」の広告の無料餃子券をみんな使って、餃子しか食べなかったりしたら、王将は潰れるのではないか?)。

ともあれ、アメリカの投票システムはちょっと知らないが、日本なら、投票所に行って白紙投票するか自分の名前でも書いて無効票投票をするか、そんな感じになるだろうか?

ともあれ、百田尚樹氏の『海賊とよばれた男』 (講談社文庫)の下巻を読了。いやはや、面白かった。感動的なシーンもあり、通勤電車で読んでいた時には涙が浮かんだ。そうそう、昔見た『宇宙戦艦ヤマト』みたいな感慨も浮かんだ。石油メジャーの圧力や英国の圧迫をはね返し、自社のタンカーでイランに向かう船長たち。待ち構える英国、相手はしょせん、日本海軍にレパルス、プリンスオブウェールズなどを撃沈された弱小海軍国家とはいえ(?)、武装ゼロのタンカー故に「撃沈」される可能性も皆無ではなかった状況。少なくとも拿捕監禁される可能性はあった。実際、その前にイタリアの船がそういう目にあっていたから。

ヤマトがイスカンダルに出かけ、地球滅亡を救う放射能除去装置を持ち帰る…ドラマにも似ているではないか。日本は英国植民地をアジアから「結果としてであれ」とにもかくにも「解放」し、そして中東の植民地イランの、英国に搾取されていた石油資源を直に購入することによって、これまたイランの「独立」に貢献したのだ。偉い!!というしかない。

宇宙戦艦ヤマトには森雪だのなんだのと華麗な女性も登場するが、さすがに昭和前半~半ばの物語には、女性はあまり出てこない。自前のタンカーにも女性乗組員は皆無だったようだ。辛うじて、女性は主人公や船長の奥さんなどが少し出てくる程度で、男の物語になっているが、それは仕方あるまい。戦後、タンクの油さらいなどするシーンもあるが、これは昔もいまも女性にはできない仕事かもしれない。いや、いまや海兵隊にも女性がいるみたいだから…。
精油所建設も2年、3年はかかるといわれていたのを、10カ月で作れという社主の命令。そんなの絶対無理だといわれていたのに、なんと奇跡が起こり、完成する。工事関係者以外にも、若手社員も協力し、正月休みも返上しかけての突貫工事でもあったが、アメリカ側も熱意にほだされて、がむしゃらになったとのこと。ネバーセイネバーの世界が……。

日頃、銀行や生保や損保に対して、この大資本めと罵ることが多い我が身だが、本書を読むと、事業開発をする出光興産こと国岡商店に対して、心意気を見せる銀行マンや損保マンもいることを知った次第。ううむ、例外のない規則はない……というから、銀行や損保にも言い奴もいるのだろう(朝日新聞にもたしかにいる?)。それにしても、官僚にも前向きな人もいるが、一部というか多数派のメジャー系石油会社の言い分を真に受けて「護送船団」方式を護持しようとして、自由な競争をことさら「規制」するのに躍起となる官僚も少なくないようだ。そういう官僚主義とも闘う構図は、昔も今も変わらない? 「合併」に出光創業家側が抵抗するのも無理はない。

こういう石油メジャーとの経済戦争の実態を、僕はあまり知ることはなかった。出光といえば、あぁ、社長がマルクスとの対話みたいな本を出している人が経営していた会社かというイメージぐらいしかなかった。その本はもっているが、もう何十年も積んどくしている(と思う)。

「本屋大賞」も、どちらかというと、書店員には、「(容共)リベラル」っぽいタイプが多くて、小難しい小説や評論をありがたがるタイプが多いのではという先入観もあって、この本が「本屋大賞」をとった時も、食指が動かなかったのだが……。
その後の著者のめざましい活躍には目を見はり、 『カエルの楽園』 (新潮社)なども、オーウェルの『動物農場』に匹敵する作品と思ったものだった。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「右傾エンタメ」の何処が悪いのか?
(2016・10・17・火曜日)





2013年の「本屋大賞」を受賞していた、百田尚樹氏の『海賊とよばれた男(上)』  (講談社文庫)を読んだ(下巻は読み進めているところ)。12月に映画化されるとのこと。どこかの街角で、映画ポスターも見かけた。ということもあって、手にした次第。

ちょうどいま合併するかしないかで、話題になっている出光興産創業者の出光佐三がモデル。小説では、国岡商店の国岡鐡造として描かれている。敗戦によって、海外にあった「支店」が全滅。石油を取り扱うこともできなくなり、四苦八苦の状況にもかかわらず、社員をクビにすることなく、ラジオ修理やらなんでもやって、糊口をしのぐ。そのうちに……といったストーリー。

昨今の東京都庁の都議会界隈に潜む(?)タカリの輩のような、競争が嫌いな官僚やらと同様の無責任な構図が、戦前、戦中、戦後の石油業界にも蠢いていたようだ。そういう対立の中で、時にはGHQ・占領軍が良識を発揮して、国岡を手助けることもある。上巻は主に、彼が志を抱いて「石油」に手を染めていく戦前、戦中の活躍が描かれている。GHQなども内部にいろいろな対立があり、時には日本がストロングであってもいいと考え、時には日本を徹底的に足腰たたないようにしてやろうと考えたりもする。

『永遠の0』 (講談社文庫)は面白く(しかし涙と共に)読める娯楽戦争小説であったが、それと同様、楽しく読める娯楽経済小説だ。「現代史」を知る上でも、手頃な入門書ともなりうるではなか。この作品も「右傾エンタメ」なのか? そういうふうに貶める人たちがいるとしたら、発想が貧困なのだろう。こういう小説に「事実」も書かれていることに腹立たしくなるのかもしれない。
エロエンタメも、右傾エンタメも左傾エンタメもあっていいではないか。

いまは亡き五味川純平氏の小説『人間の條件』『戦争と人間』 (三一新書)なども、いまにして思えば「左傾エンタメ」だったのでは? 大ベストセラーになったのだから、筆力もあったのだろう。
ただ、あの人のエッセイ本『怒り、八つ当たり』 (三一新書)は、かなり昔に一読し、その共産圏に甘い認識には唖然呆然とした記憶だけが残っている。その点、百田氏の『大放言』 (新潮新書)はナイスブックでした。百田氏の次回作は『国士と呼ばれた男』などがいいのではないか? 国士といえば……。内田良平とか、勝野金政とか、岸信介とか……。

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相変わらずアベノミクスに反対し、「隠れ貧困」を拡大するのに躍起となっている悪徳官庁・気象庁の杜撰天気予想?
(2016・9・30・金曜日)





昨日(2016・9・29)の朝刊(朝日)によれば、東京周辺は終日雨との「予想」だった。午前6時~9時までは「曇り」のイラスト。それ以降は午前中は5ミリ以下の雨。正午以降は午後三時までは5ミリ以上の雨。午後三時以降は夕方まで5ミリ以下の雨とのことだった。まぁ、終日「雨」ということだ。ところが?

地域によっては部分的に当たったところもあったかもしれないが、朝から深夜(午後11時頃)終日まで千代田区、港区周辺を歩いたが、傘をさすことはまったくなかった。日中は雨どころか晴れ間が時々のぞきもした。あぁ、また気象庁がやってくれた?
本当に気象庁はGNP/GDP拡大に反対するお役所だ。同日付け朝日には、「隠れた貧困層」というコラムが掲載されている。
その中に、生活保護を受けていない貧困層の一例として、さいたま市の50代男性の例が出てくる。

設備会社の職人だったが仕事が減り、数年前に警備のアルバイトを始めた。日給は7千円。仕事がない日もあるし、工事現場の警備は雨が降れば休みだ。収入は不安定で月10万~15万円。都内の仕事場まで交通費がかかるし、帰宅しても寝るだけ。家賃を払うのが惜しくなった」ということで、自動車(軽ワゴン)の中で寝泊まりするようになってしまった……と。

そうそう、朝の段階で、「本日は雨のようだから中止」との連絡が入れば、日雇い警備人は仕事がなくなる。1日7000円~の稼ぎがなくなる。昨日は気象庁の天気予想(占い?)では、さいたま市も終日雨との予想。さいたまには行かなかったので、当たったかどうは知らないが、東京の外れと「五十歩百歩」では?

とにもかくにも、昨日都心周辺は「工事現場」は雨のため工事中止…にはならない事例だったにもかかわらず、気象庁の「洗脳予想」のため、中止にした会社も多々あっただろう。せいぜい、折り畳み傘でいいのに、大きな傘をもって、行き来し、地下鉄車両に置き忘れてしまった人も多々いたことだろう。かくも気象庁の杜撰予想のため、経済的損害を受けた人々は多数にのぼったことだろう。その責任をどう感じていることだろう?

同じ日付の東京新聞には「低所得生活ノウハウ本に見る年収」「300万円が今や90万円」「暮らし向き悪化を反映」という記事が出ていた。森永卓郎氏の『年収300万円時代を生き抜く経済学』 (光文社)という本が2003年に刊行された時、年収300万円はかなりの低額のイメージだった。しかし、そのあと、「価格破壊」「年収破壊」のトレンドは続き、年収120万だの90万だのの本が出てきていることを記事は報告している。先の警備員の場合、日給7000円では、月20万にもならない。年間200万になるかならないか……。アパート代、光熱費など払えば四苦八苦。

萩原博子氏の『隠れ貧困 中流以上でも破綻する危ない家計』 (朝日新書)は、積んどくしているが、年収がそこそこ多くても、油断大敵といった視点からの本のようだ。もちろん、競輪競馬に狂ったりしての自己責任による家計破綻もありうる。まぁ、無駄遣いせずに、堅実に生きていくことが肝要か?

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天に唾する朝日新聞「ブラック」記事?
(2016・9・19・月曜日・祝日)





出井康博氏の『ルポ ニッポン絶望工場』 (講談社+α新書)を読んでいたら、朝日新聞にこんな記事が出ていた。あぁ、いつもの天に唾する記事だなと思って、こちらも一読(本文末尾に「引用」)。

本書の内容紹介→新聞・テレビが決して報じない外国人留学生、実習生の真実。コンビニ弁当工場、新聞配達、宅配便仕分け、農業……日本人の便利な生活を末端で支える彼らが絶望し、<謀反>を起こす時、この国の生活基盤は崩壊する!
外国人犯罪者の1/4がベトナム人、“奴隷労働”が支える新聞配達、日本語学校によるボッタクリ、犯罪都市「NY化」する日本、日本への出稼ぎをやめた中国人―新聞・TVが報じない「現代の奴隷労働」


かつての「中国人」の「地位」をいま、「ベトナム人」が占めつつあるようだ。
もちろん、昔のような「強制徴用」ではなく、ブローカーの甘言を真に受けて、日本に来れば勉強もできる、お金もバイトで何十万も稼げる、借金してでも日本に行こう…というのには「自己責任」もあるだろう。とはいえ、日本政府の政策(経済連携協定・EPA)として、そうした留学生や実習生や介護士や看護士を目指す外国人を「歓迎」しようという動きもある。にもかかわらず、そういう政策の不備というか、官僚主義的対応のため、せっかく日本にやってきても挫折し、「反日」になっていく外国人があとをたたないという。かつての中国人犯罪者の横行と同じようなベトナム人による犯罪(万引き、窃盗、強盗)などが増加しつつある----そういう実情を大変詳しくルポしたノンフィクション作品。

日本人もあまりやりたがらない仕事として、コンビニに出品する弁当などの深夜労働による製造工場などでベトナム人留学生などが多々働いているとのこと。とりわけ、新聞奨学生に「進出」しているベトナム人も多々いるとのことで、具体的に取材している。
朝日新聞が率先して、日本人学生からの応募も減っている新聞配達人(奨学生)確保のために、ベトナム関係者と交渉し、受け入れ体制を整えていく。その努力もあって、かなりのベトナム人留学生が新聞配達人になっているという。法律的には週28時間まではバイトをしていいことになっている。28時間といえば、一日4時間前後か。朝刊だけの配達なら、実現可能かもしれないが、朝日のように夕刊もあると無理。著者は、そのあたり、関係者への取材も詳細にやっている。朝日新聞にも取材しているが、面談はダメ、書面回答のみの対応。いろんな質問に対して「公表していません」との返答多し。ベトナム人の休暇などが日本人より少ないことなどについては「文化・生活習慣を考慮して」の異なる対応とか?

東京周辺の産経新聞は夕刊がないから、ここの奨学生になれば週28時間のバイトも可能になるかも。朝日を止めて産経に変えたら? これって日本人読者だけでなく、ベトナム留学生にもいえること? サイゴン陥落を「解放」とみなして、ベトナム難民流出にはクールな対応をした朝日新聞の歴史を考えると、それが正しい選択肢? それにしても、下記の朝日記事。すぐ足元にある自社の新聞奨学生の実態を取材したらいかが? 出井さんによると、彼が朝日新聞奨学生の実態を取材したところ、あわてた朝日は、新聞奨学生たちの座談会をやったりして、「朝日新聞の奨学生としてがんばるベトナム人たち」というヨイショ記事を掲載しようとしたが没になった経緯があるとのこと。

相変わらず「新聞だけがなんでも言える自由の国日本」ということだろうか?
下記の朝日記事の実態は、出井さんの本で書きつくされている内容だ。しかし、新聞奨学生の実態は朝日では決して報じられない? ベトナム人留学生がそんなに四苦八苦しているなら、日本人奨学生も大変なのか? でも、この前、格差社会云々で経済的に大学進学が困難なら、新聞奨学生になる手もあるではないかと推奨した手前、このあたり、朝日もほかの新聞も、朝刊のみ配達などの対応で改善していくべきではないか?

常識的に考えても、大学の授業日程からしても、朝刊配達後の大学での授業を受けるのは可能でも、そこに夕刊配達が入ると、ちょっと苦しくなるはず。集金なども近年カード決済が増えている(それなら休日の仕事としてまだ対応可能か?)。チラシの折り込みなどの作業もあるだろうが、立派なことを主張する新聞社なら、まずはベトナム留学生を「搾取」することなく、「仲間」として処遇する配慮を見せるべきではないのか?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!



外国人看護師・介護士、難しい定着「もう疲れ果てた」
松川希実、森本美紀
2016年9月18日04時03分

 経済連携協定(EPA)で外国人の看護師や介護福祉士を受け入れて8年。インドネシア、フィリピン、ベトナムから計4千人近くが来日し、600人余が国家試験に合格した。労働力として期待される一方、合格者の3割以上は帰国などEPAの枠組みから離れた。「定着」はなぜ難しいのか――。
 8月下旬、介護福祉士のインドネシア人女性(31)が6年半暮らした日本を離れ、母国に帰った。大きな段ボール箱一つ分は、介護と日本語の勉強の本で埋まった。「もう疲れ果ててしまった」
 来日前はインドネシアで小児科の看護師として働いていた。EPAの募集を知ると、アニメで憧れた日本に行けると夢が膨らみ、2009年に応募した。
 来日後、4年間は施設で働きながら研修をする。仕事は楽しく、覚えた日本語で利用者と冗談を言い合った。夕方には自習時間があり、月2回は日本語教室に通わせてもらった。日本の制度や専門用語は難しかったが、過去の問題を頭にたたき込み、14年に介護福祉士の試験に合格した。
 ところが、合格後に生活は変わった。国が補助金をつけて施設に研修を義務付けているのは合格するまで。勉強の時間はなくなり、家賃の補助も出なくなった。合格しても給料はほとんど上がらず、長期休暇も取りづらかった。
 昨年末から夜勤リーダーの見習いが始まった。最初ははりきったが、期待はすぐにしぼんだ。日勤への申し送りは、15分間で入所者42人分の夜間の状況を口頭で伝える。「失禁があって全更衣しました」など日常会話では使わない言葉を早口で言う。発音が悪いと、「何を言っているか分からない」とダメ出しされた。
 毎晩残って練習し、3カ月間の見習い期間の最後に臨んだ試験。5人分の状況を伝えるのに10分かかったところで、打ち切られた。
 このころ、日本の受け入れ機関である国際厚生事業団にメールで送ろうと、書き留めた文章がある。
 「ずっと我慢して仕事をしながら、申し送りの勉強をしていましたが、やはり疲れました」
 追い詰められて笑顔をなくし、帰り道に何度も涙を流した。上司に「辞めたい」とこぼすと、「今の状態じゃどこも雇ってくれない」と返された。たまたま母国で結婚話が持ち上がり、帰国を即決した。
 「頑張って頑張って合格したけど、もっと高い壁がある。私は日本人と同じようにはなれない」
 別のインドネシア人女性の看護師(32)も帰国を考えている。08年に来日し、12年に国家試験に合格。一緒に来日したインドネシア人の男性看護師と結婚し、2人の子どもを授かった。
 弟や妹を大学へ行かせるため、故郷へ仕送りを続ける。月6万円の保育料は高かったが、共働きで生活費をやりくり。困るのは、子どもが病気になった時だ。
 せき込む娘を腕に抱き、勤め先の病院に「今日も休ませてください」と連絡するのが心苦しい。合格すれば両親を呼び寄せて子育てを手伝ってもらえると期待していたが、制度上、配偶者と子どもしか呼び寄せられないことを知った。
 仕事は忙しく、このまま夫婦2人だけで子育てをすることに限界を感じる。
 「日本の子育てや保険の制度は外国人には難しい。日本は私たちの将来まで考えてくれているのか」
■悩み共有、支え合うコミュニティー
 国際厚生事業団は受け入れた外国人が働く施設を巡回し、週に2回の電話相談を行っている。ただ、合格者の悩みは子育てや転職など複雑になっている。こうした悩みを共有して情報を交換しようと、インドネシアから来日した合格者は昨年12月に「インドネシア人看護師・介護福祉士協会」を立ち上げた。
 断食月中の6月、横浜市内の団地の一室で開いた集会に約40人が集まった。「入浴介助では暑いからベールを外すようにと上司に言われた」と女性介護福祉士が訴えると、「気持ちを伝えた方がいい。1人で難しいなら説明を手伝う」と他の女性が応じた。
 まとめ役の男性看護師モハマド・ユスプさん(35)は「これまでは合格するのに一生懸命だったが、生活するには、みんなで支え合って問題を解決でき、孤独にさせないコミュニティーが必要」と言う。関西や四国には支部ができた。
 ユスプさんは第一陣で来日して8年。12年に合格してインドネシアから妻を呼び寄せ、小学5年と3歳の息子2人を育てている。
 東京都杉並区の河北総合病院の整形外科病棟。ユスプさんが骨折して入院中の高齢女性の足先に触れ、「指は動かせますか」と尋ねると、「動かすと前より痛い」。「少し腫れてますね。冷やしましょう」と笑顔で応じ、病室を出た。電子カルテには「体動時疼痛(とうつう)増強」と素早く打ち込んだ。
 「ここまでできるのに合格して3年かかった。同僚が理解し、助けてくれたからここまで来られた」
 7月中旬には都内で研修中の介護福祉士候補者を訪ね、「日本には『出る杭は打たれる』という習慣がある」などと助言。「いつでも相談して。支え合える仲間がいる」と声をかけた。
 EPAが始まった当初から日本語教育などを支援してきた名古屋市の平井辰也さん(52)は昨年7月、相談窓口として「EPA看護師介護福祉士ネットワーク」を発足させた。労使トラブルから税金や年金の手続き、家族の呼び寄せといった相談が寄せられる。
 フィリピン人の女性看護師(30)は頼りにしていた上司が退職し、働き続けることが不安になった。「帰国したい」と相談すると、平井さんは転職の道もあることを教え、外国人看護師などの専門転職サイトを教えた。「相談できて助かった。合格した後の日本政府のサポートは十分ではない」と女性看護師。平井さんは「EPAは国と国の協定だからこそ、国が関与して法的な権限でトラブルの解決や未然防止、監視ができる第三者機関が必要ではないか」と主張する。
 長崎大大学院の平野裕子教授(保健医療社会学)は昨年12月、インドネシアの日本大使館がEPAを離れた帰国者を集めた就職説明会で調査をした。回答した帰国者29人のうち、13人が「日本で仕事をする生活に疲れた」と答えた。そのうち8人は合格者だった。
 平野教授は「看護や介護は日本人にとっても楽な仕事ではない。言葉の問題をクリアした先には、多忙や子育ての難しさといった日本人にも共通する悩みを抱える人がいる。根本の問題が解消されない限り、日本人と同じように外国人も疲弊する。日本の働き方自体を見直す時だ」と訴える。(松川希実、森本美紀)


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