古本虫がさまよう グルメ
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上前淳一郎氏の『読むクスリ』ならぬ『呑む(飲む)クスリ』を彷彿させる川畑弘氏の『BAR物語
止まり木で訊いたもてなしの心得』 
(2017・5・3・水曜日・祝日)




川畑弘氏の『BAR物語 止まり木で訊いたもてなしの心得』 (集英社)を読んだ。自宅で。ジェイムソンのオンザロックを片手に…。

内容紹介→バーで飲む酒はなぜ旨いのか――。
サントリーウイスキーのPR誌『ウイスキーヴォイス』の編集長として著者が出会った心に残るバーの思い出を綴ったエッセイ。名店はどのようにお客様をむかえるのか? 名バーテンダーが一杯のグラスにかける驚くような情熱とこだわりとは……。ふだんは明かされることのないバーの裏舞台を知れば、いつもの一杯がより美味しく味わえる。
サントリーが発行する『ウイスキーヴォイス』は、全国1万2千店のバーに届けられるPR誌。編集部には毎号、読者のバーテンダーからハガキが寄せられ、記者はそれを頼りに全国のバーを巡り、バーテンダーたちの「生きた声」を集めて記事をつくる。
著者は、1999年の創刊以来、同誌の編集長をつとめ、北海道から沖縄まで200名を超えるバーテンダーを取材。
本書には、その著者が17年に及ぶ取材で得たエピソードが綴られる。札幌の老舗バーでは、95歳のバーテンダーから接客の心構えを訊き、震災後の福島、南相馬、仙台では、若いバーテンダーが語るひたむきな思いを聞き書き。沖縄ではバーテンダーと共にウイスキーのつまみを求めて、月夜の晩に海に入り……。
巻末には本書に登場する全国のバー40店の地図を掲載。特異なバーガイドとしても楽しめる。


上前淳一郎氏の『読むクスリ』 (文藝春秋)を想起させる人生エッセイ集だった。『読むクスリ』は、30巻を越えるロングセラー。会社勤めの社員たちが遭遇したちょっとした「いい話」をまとめたもの。この本って、新入社員なんかが読めば参考になること大だと思う。僕は、そのときには読まなかったので、人生街道に躓いた(のかもしれない?)。

同様に、川畑氏のこの本は、 『飲むクスリ』『呑むクスリ』とでも評すべき人と酒の出会いを綴ったエッセイ本といえようか。楽しく読める一冊。

冒頭、仙台にある全面禁煙のバーが紹介されている…。いいね。安心して飲める禁煙バーのなんと少ないことか。以前、新宿御苑近くを歩いていたら、「禁煙バー」の表示をしてあるバーが地下一階にあったので入ったことがある。気に入って、時々立ち寄っていた。その近くに、本来行きつけのバーがあった。あいにく、そこは禁煙ではないので、開店と同時に入り、運がよければ(店にとっては不運なことに?)、(喫煙)客が来なければ一時間~二時間ほど滞在可能だった。しかし、喫煙者がすぐにやってくることもあった。そうなるとさっさと退散しても、その禁煙バーに逃げ込み、「まったく、あの店、何度言っても禁煙にしないから、困るよね」との愚痴をマスターに言えたのだが、残念なことに、禁煙バーは閉店。行きつけの喫煙可能バーはまだ経営中。マスター自身は吸わないのだが……。ちょっと足が遠のくこのごろであるが……。

ともあれ、バーのトイレ掃除がいかに大切かと力説する人も登場(していたかと?半分酔いながら読んで再読していないので記憶が曖昧?)。『読むクスリ』同様の人間模様を垣間見ることができる本だった。

神保町界隈に、禁煙バーがあれば行くのだが。山の上ホテルのカウンターのバーが一部禁煙になったかと聞いたが…。もう少し安いほうがいい? 学士会館のセブンズハウスもいいが、あそこはバーというよりは料理を食べる店。
この前、神保町の中華料理屋で知人と会食して、二軒目で寄った店は一階が禁煙で二階が喫煙だったが、バーではなかった…。「神保町・禁煙 バー」でいろいろと店は出てくるが……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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唐揚げソバは我孫子に限る? 「公共の狭い場所」で大型リュック担いだままでスマホしながらソバを食うバカ…
(2017・4・30・日曜日)




昨日の「やよい軒」の唐揚げのスモールサイズに愕然とした(?)こともあって、我孫子の「弥生軒」の唐揚げソバ(400円)を食べに出かけた。一個でこの大きさ。「やよい軒」の唐揚げ二個の「二倍」はあるのでは? 一個入り(400円・税込み)で十分。二個入り唐揚げソバを食べる人の気が知れない?
それにしても、今年で何度目かになるのだが、弥生軒の「そば」って美味しいのか? そのあたりが何度食べてもよく分からない。なにせ、唐揚げを食べるのがメインだから……。あと,冷水器の水、まずまず冷えていました。改善されたとしたら結構なこと。

とはいえ、 「公共の(狭い)場所」でのマナーを守れないバカ(若者に多し?)がいるのには唖然とする。この日も、いつものように狭い店内は混んでいる。カウンターの脇の4人ぐらいのスペースしか「テーブル台」がない。そこに入れないと、外に丼を持っていくしかない。二十歳前後の大きな(戦後の買い出し時のように膨れた)リュックを担いだ男が僕の前に一人いた。唐揚げ二個入りそばを頼むのは個人の自由だが、リュックを背中に担いだまま、カウンターのすぐ脇の水飲み場の隣の「台」に向かう。足元に置くとかそういう配慮をしない。その上、スマホを使ってかがみながら電話しながら食べだした。
案の定、あとから来た人がカウンターに向かう時、そのリュックに当たったりする。「すみません…」というが、そんな狭い場所でリュック担いだままスマホを使いながら食べるほうが「すみません」というべきだろう。

僕は食べるのが早いということもあるし、唐揚げ一個入りということもあるにせよ、そのリュックバカ男より早く食事をすませた。が、そのスマホリュック男はまだ電話しながら食べている。蹴飛ばしたくなるね。さっさと食べるのが最低限度の礼儀というもの。実際、僕が食べ終えて外に出たら2~3人が自動券売機の前に並んでいた。

僕のあとからやってきた男もなんと、そばを出したり受け取ったりするところで、受け取るとそこで食べだした。気持ち、少し左に寄っているが…。こういう時は、手にもってホームのベンチにでも行くのが常識なのだが……。自分の前後の人がどういうふうに狭い場所を行き来するかということを想像する力が欠如しているバカが近年増えてきている。こういうのは、子供時代から「道徳教育」をやって、「公共の場所」は自分の家ではないのだから、いろいろと他人に配慮しなくてはいけない、電車の中ではむやみに大声で話さない…とか、躾ければ少しは改善できるのでは? 親が躾ければ済む話とはいえ……。公共のマナーに違反するバカが増えてきて、住みにくい世の中になってきた。

3・11以降、リュック担いで通勤通学するのがはやっているが、これはもともとは登山向け。広々としたところで両手をほかの作業に使うためのバック。都会の人口密集地で使うべき代物では本来ない。せめて街中で使うなら、満員電車や公共の狭い場所に入ったら、持ち替えたりいろいろと工夫すべきだろう。そのまま、エレベーターに乗り込んできて,クルリと向きを変えるバカも絶えない。人に当たる可能性が高まることになんの配慮もない。避けるのが当たり前と思っている? スマホの「スマ歩」も困るが突然、公道、歩道の真ん中で立ち停まる「スマ停」も困る。道ふさぎでしかない。そんなのが地雷みたいに、公道のあちこちにいるので、こちらはその都度避けていくしかない。「スマ歩」しなければいいだろうと立ち停まるのは、歩き喫煙しなければいいだろうと立ち停まってタバコを吸う輩同様、社会的迷惑でしかない。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「選択の自由」を侵すどら焼のつぶあん優先は許せない?
(2017・2・22・水曜日)





「饅頭好き?」ときけば、「怖い」という人もまれにいるかもしれない? まぁ、普通は「好き」「美味いよね」という回答があるだろう。
僕もこしあんの饅頭は好き。ということで、弟子吉次郎氏の『日本まんじゅう紀行』 (青弓社)を読んだ。

内容紹介→福島の薄皮まんじゅう、長野の酒まんじゅう、四日市のなが餅、草津の温泉まんじゅう、奈良のよもぎ餅に京都のあぶり餅、東京の黄金芋、北海道の羊羹……。まんじゅう屋に生まれた著者が、湯気が出そうなまんじゅうの写真と店舗の情報も紹介しながら食べ歩く。 おいしいお茶をいれて、パクッとほおばると口のなかに広がる甘いあんこ。まんじゅうは、お茶請けに旅のおみやげに、みんなの顔がほころぶお菓子だ。まんじゅう屋に生まれ、あんこを炊き、餅を蒸す作業を子どもの頃から手伝ってきた著者が、全国各地のまんじゅうをカラー写真を添えて紹介する。

全国津々浦々の名物饅頭の紹介がされている。あいにくと食べたことのある饅頭というのは……ひとつもない? 多少土地勘のあるところで、機会あれば寄ってみたくなったのは、横浜野毛のもみぢ菓子司舗の「もみぢの大銅鑼焼」。白あんもあるようだから、今度出かけたら買ってみようかと。

温泉饅頭もいろいろと紹介されている。土地勘があって時々買っているのは、本書では出てこないが、黒磯駅前の温泉饅頭。あと、野根饅頭なんかも好きだ(野根饅頭はいろいろなメーカーがあるが、後発企業のものはイマイチ。高知の名物饅頭だが、有楽町のまるごと高知館で売っているのは後発組だから、僕は買わない。老舗のモノを置くべしと助言しているが無視されている)。

どら焼は、こしあんではなくつぶあんが多いが、それが僕は不満。たしか、以前、横浜の高島屋で、こしあんのどら焼が売っていたと記憶しているが、この前、寄った時は見当たらず。「選択の自由」がないのはおかしい? こしあんのどら焼はなぜ少数派なのか? 本書ではその疑問は解明されていなかった(かと?)。

とはいえ、さきほどネットで「こしあんのどら焼き」と入れてみたら、おおっ、神保町のいつも通る周辺のところに、「こしあんのどら焼」を売っているという店があるではないか。今度寄ってみようかと…。だんだん、神保町に行くのも、古本屋散策ではなくて、グルメのため?ということになるかも? それにしても、どら焼はケシカラン? あんパンなら、つぶあんもこしあんもあって、「選択の自由」がほぼ保障されているのに……。どら焼きを売っているメーカーは「親方日の丸企業」が多いのか?

本書では、酒飲み亭主は、家族へのみやげにケーキの類ではなく饅頭を買って帰るべしと説いている。同感。経済的にも、ケーキより饅頭が安いし、形も崩れないからと。ショートケーキも好きだが、まぁ、コスト的には…。我が家も家人が、最近は毎日のように三本入りダンゴ(こしあん)が100円(税込み)もしないからと買ってくる。もみじ饅頭も…。太り気味で困る?

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天丼かカツ丼か、それともスペイン丼か……
(2017・2・9・木曜日)






この前、むしょうに天丼が食べたくなって、某駅そばの「てんや」へ。最近、神保町の天丼「いもや」が閉店・撤去されたようで、そのあと、「てんや」に二、三回立ち寄ったがいまひとつの感なきにしもあらず……。だが、今回は、新聞チラシにあった「50円割引券」があったので立ち寄った次第?

カウンターで食事をするのは、「いもや」も同じだが、こういうチェーン店は、椅子を固定している(「いもや」の席は固定型ではなく、単なる椅子。多少の移動が可能)。その幅、もう少し、人間工学的に考えて「余裕」を持たせればいいのに、ニワトリ小屋並の基準でやっているようだ。

JR東日本などの電車の座席同様だ。二人、三人、二人ずつ、「棒」を設置して「区分け」しているが、人間の体格の違いを無視し、赤ん坊までいれた日本人の「平均体格」で査定して作ったとしか思えない。通勤電車を利用する「大人の平均体格」を考慮して座席スペースを作ったら、あんな「狭さ」になるのは奇怪しいだろう。スリムな体重50キロ以下の女性が座れば(我が古女房でも、前方膨張型腹回りはともかく、横幅に関してはまだ…)、普通に七人掛けも可能だが、そんな体格の人ばかりが七人も揃って座る確率は低い(もっとも、この前、地下鉄でふと向かいの座席を見たら、まぁ、そこそこ若い女性たちばかりが七人座っていた。みんなスマホをじっと見つめていじっていて、なんともいえない不気味な光景だった)。

こんな「棒」がなければ、まぁ、太った人もいればやせた人もいて、なんとかキツキツにならずに七人が平均的に掛けられるということにもなろうが…。
とはいえ、股広げのバカ中年男や、手荷物を脇に平然と置く輩もいるから、「棒」を設置したくもなるのだろうが…、お役所的組織は。もう少し頭を使うべきだ。ロンドンの地下鉄なんか、一人一人の区分けをして、肘掛けを設置している車両もあった。しかし、そういう座席だと相撲取りのような太った人は座れなくなりそう? なかなか難しい。都会密集地では難しいだろうが、車両の中で、端っこの3人がけのところ。最近は一つをとって、その空間を車椅子むけにしているが、もう思い切って、両方とって、椅子のない空間にするといいのかも。いや、それぞれ端っこの3人がけのスペース、4つ取って空白にして車椅子やベビーカーも入りやすいようにしたらいいのかも。するとシルバー席がなくなる?  横須賀線などは、7人がけのうち、二人分ぐらいをシルバーにしている車両も見かけるが…。
稀に東海道線などで四人掛けボックス席もあるが、あれも戦前と同じ規格ではないのか。日本人の体格の向上を無視していないか。あんな狭苦しい座席で毎日通勤する人がかわいそう。僕のように足の長い人間は(?)、背筋伸ばしても大変だ。関西の電車の四人掛け座席はまだ足元に余裕があるように思える。このあたり、新聞記者は「追及」する記事を書くべきだ。

ともあれ、「てんや」の椅子もキチキチ。一人置きに座ればともかく、この時は、隣に人がいる。なんとなく食べにくい狭さ。吉野家にしてもたまに行くが、空いている時にしか立ち寄らない。飛行機のエコノミー席じゃあるまいに? 天丼500円は、いもやの値段よりは安い。いもやの天丼は550円だったか? 50円引き券を使えば450円になる。漬け物はどちらも「食べ放題」。どちらもエビやイカはある。店内はどちらも全面禁煙。さて……。しかし、何か違うのだ…。

「てんや」の割引券使っての450円天丼と、いもやの550円天丼。どっちを選ぶかとなれば、100円高くても「いもや」を選ぶね。
それにしても、これからは「てんや」の天丼しか食べられないのか? 錦糸町の某天ぷら屋でかつて3000円の天丼を食べたことがある。美味かった。しかし、禁煙店でないので、それ以降、立ち寄ったことはない。いまもあるだろうか? そういう店は潰れようが何の感慨も抱かないが…。「いもや」の天ぷら定食屋はあるのだから、そこが「天丼」もついでにやればいいのに(やっている?)。「やよい軒」も天丼をやればいい? 今度ハガキにそう書いて投函してみよう。

それはさておき、浅田峰子氏の『どんぶり百珍 天丼からスペイン丼まで105種の楽しみ!』 (グラフ社)を拝見。スペイン丼なるものがあるとは知らなかった。帆立貝などをのせるようだ。ともあれ、天丼。

学生時代は、玉丼が中心。昭和52年ごろ、近くの食堂では、玉丼が300円。餃子が150円だった。カツ丼は450円。カツ丼に餃子は贅沢すぎ。ランチに500円以上は出せないから。玉丼だけ食べるか、それに餃子をいれて450円というのが贅沢な食事だった。当時、学食はカツ丼は180円だった。二年目になって、学食が綺麗になると300円に値上げになったが…。そのころ、天丼は食べた記憶があまりない。天ぷら定食はあったが。神保町のいもやはもっぱら豚カツ定食ばかりで、天丼に目移りするようになったのは後年だったか? 記憶は定かではない。神保町の古本屋街を歩く時、いもやが満員だと、近くの大衆食堂屋が、ごはん、味噌汁お代わり自由だったので、そこに寄っていたかと。その大衆食堂はもうない。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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ウィークエンドに、めん類を食べるなら、いなば、桃園・桂花・極や・つじ田?
(2017・1・16・月曜日)




昨日(日曜日)も日中は仕事…。とはいえ、所用もあり午前中は新宿御苑周辺に。四谷の図書館についでに寄ったら、「廃棄本」コーナーに、平凡社の東洋文庫がズラリと十冊程度並んでいた。函はなしだが。勿体ないとおもって、一冊ゲット。

北村敬直氏編の『夢の七十余年 西原亀三自伝』。初版は1965年だが、この本は1990年9月の七刷り。この本の中に、貸出したレシートが入っていた。感熱紙で消えかかっているが、2009年10月6日火曜日の午後5時38分に貸し出されたようだ。おそらく、この紙が入っていたところを見ると、この後、7年以上誰も借りなかったのではないか? 1990年の七刷りとはいえ、購入したのがいつかは不明だが、昔の図書の本にあった貸出カードを出し入れするためのモノ入れはない本。複数あって、一冊以外処分したというのならいいのだが? 念の為、新宿区立図書館でこの本を検索すると、まだ3冊も所蔵しているようだ。3冊もあるから(従来は4冊所蔵?)、一冊は廃棄していいやということなのだろうか。まぁ、ならばいいか?
こういう廃棄本が古本屋にまわって、500円ぐらいで売られたりもするのだろうが……。図書館の本故に当然ながら(?)書き込みもなく、紙質も変色してなくて白くて綺麗。ただ、新書サイズなのに、46字×18行。いまどきの単行本より活字ぎっしり。活字ぎっしりはいいのだが…。まだ眼鏡不要で裸眼で本を読んでいるとはいえ…。ちょっと文字が小さくて読むのは辛そう。四谷図書館の近くに「いなば」があるが立ち寄らず。

ともあれ、「本の雑誌」(2017・2月号)をぱらぱらと読んだ。匿名批評家などの特集。それはさておき、おやっと思ったのが、巻頭グラビア。ある翻訳家の自宅書棚が撮影されているが、そこに講談社からシリーズ(ウィークエンド・ブックス)で出ていた翻訳小説がズラリと27冊並んでいるのが目にとまった。僕もこれを全部(?)集めていると思うのだが、『ダイヤモンドの河』『失われた虹とバラと』『愚かなる裏切り』は持っていたか?  ううむ…。それに、そもそもほとんど積んどく。このシリーズで出た後、文庫に入った作品『肉体の映像』(→『イマージュ』)や『ニューヨーク侵略さる』→創元推理文庫収録版—などは、そちらの後の版で一読しているのだが……。 『あやまちの夏』なんて『おもいでの夏』みたいで、ふふふだが?

あと、坪内祐三さんの巻末の近況報告みたいな欄を一瞥したら、有楽町交通会館地下の、長崎ちゃんぽん屋(桃園)が閉店したとのこと。去年の11月のことだそうな。中学2年の時から通っていたとのこと。
僕も、以前、長崎(ハウステンボス)に一緒に出張した知人と向こうで美味いちゃんぽんをたべたあと、「東京で、ちゃんぽんといえばここですよ」と勧められて、通いだしたのが30歳ぐらいのころか。ちゃんぽんといっても、うどんというか、ちょっと変わった「太麺」だったかと。リンガーハットの「ちゃんぽん」しか知らなかったから、二つ並べたら、「桃園」のそれは「ちゃんぽん」にはとても見えない。でも、麺は太め、太麺がいいね。高円寺の立ち食い蕎麦屋(実質座ってたべる店だけど)も太麺だし(でも、女性は太めよりスリムで巨乳がいい?)。

入口でお金を出して、昔ながらの(?)学生食堂みたいに、プラスティックの「食券」をもらって待つこと…。でも、なんか、お局さんではないが、ちょっと口うるさそうな、声がしゃがれたおばさん店員がいて、時々、新人をいびっていたかのような記憶が残っている。狭い店だから、無理もないが、一人客に対して座席に関して、ちょっと高圧的な指図をして、そこに座れといわんばかりに応対していたような記憶もある。もちろん「禁煙」だったかと。そういう小言婆さんはともかくとして、厨房では黙々と大人しそうな純朴なおじさんがちゃんぽんやらいろいろと作っていたなぁ。

以前、交通会館の地下で、ミニ古本市が恒常的にやっていて、よく用事があって銀座に出かけついでにその古本市に寄って、結構掘り出し物を見つけたものだ。夜は食事付きの会合があって、立ち寄るのでちゃんぽんを食べる暇はなかったが、定期券の通路だった時もあり、時々、日中、ちゃんぽんを食べていた。皿うどんもあったか?
ともあれ、あの懐かしい、なんともいえないちゃんぽんとも、おさらばか…。ちょっと残念。「いもや」ほどではないけど…。「とんかつ」はともかく、いもやの「天丼」とはもう大分味わえないまま、月日が流れているが…。

昨夕は、古女房がいつもの「週末ギャンブル」なので、晩飯は麹町のラーメン屋へ。 「俺の創作らぁめん 極や 麹町店」。神保町にもあったかと。日曜ということもあって空いていた。720円(税込み)。ここは立ち食い蕎麦屋並に早く出てくる。が、味はまずまず。すぐ近くにある行列のできるラーメン屋「つじ田」より、「極や」のほうが好き。もっとも「つじ田」は日曜はお休みのようだったが。近くに1080円散髪屋があった。空いていたので三カ月ぶりに散髪。古女房はこの前、パーマかけて7000円だったが、こちらは1080円散髪、年四回4320円が上限。次は4月。入った時は空いていたが、あっという間に3人が待ち人に。まだまだデフレ不況時代かな?

最近は気が付けば、めん類を食べることが多い。でも、桂花の太肉(ターロー)麺は一年近く食べてない(ような気がする)。この前、池袋某急ハンズまで行っていたが、あの近くに桂花があったはずだが……。まだ1000円以下で食べられるだろうか?
桂花も、早稲田や柏に出店していた時もあったが、もう撤退しているのだろう。残念。

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