古本虫がさまよう グルメ
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『いっとかなあかん神戸』には「言っとかなアカン」ことがありまっせ?(2018・2・9)




江弘毅(こう・ひろき)氏の『いっとかなあかん神戸』 (140B)を読んだ。この本の前に『いっとかなあかん店大阪』 (140B)という本もあるそうな(それは未見)。

江弘毅氏の本は、以前『飲み食い世界一の大阪 そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの』 (ミシマ社)を紹介したことがある。
著者は、大阪生まれで『ミーツ・リージョナル』という関西方面の情報雑誌の編集長などを長年やっていた人だ。サブタイトルが、前川清やチェリッシュの曲名に似ている?
その編集者としての自叙伝風の本(だったと記憶しているが) 『ミーツへの道』 (本の雑誌社。2010年6月刊行)も読んだ記憶がある(本ブログは2010年12月からスタートしているので、それ以前に一読し、本ブログでは検索不可能か)。

ともあれ、神戸の飲食店の数々を、カラー写真と文章で紹介した本。残念ながら、店の紹介欄に「禁煙」情報はなし。写真からして、タバコを手にしている人がいるのもあるから、そういう店は×になるけど? このあたりの禁煙情報はちゃんと明記しておいてほしいもの。

本書で出てくる店で行ったことのあるのは餃子の「赤萬」。本書によると、元町駅東口南と三宮サンセット通沿いの二軒あるとのこと。僕が何度か寄ったことのあるのは元町駅近くのほうか。たしか禁煙だったね(でないと入るわけがないから)。この隣(ぐらい)のビルの二階に古本屋「ちんき堂」があったかと。その「ちんき堂」の主人が、戸川昌士氏。
『猟盤日記』『進め!猟盤日記』 (ジャングルブック)、 『古本パンチ』『やられた!!猟盤日記』 (東京キララ社)、 『おまた!!猟盤日記』『助盤日記』 (太田出版)の著者でもある。ここ10年近く、本を出していない?  この古本屋にも何度か立ち寄ったことがあった。近くにあったブックオフは閉店したっけ?

ともあれ、大阪関西古本屋ツアーももう数年やっていない。三宮~神戸間の電車高架下のなんともいえない場末感漂う商店街(古本屋も何軒かあり)や神戸駅地下の古本コーナーを回って、「禁煙」の「赤萬」に入って、「餃子二人前と大ビール」を注文するのがベター。

江氏は現地在住だから、いろいろと飲み歩きは可能だろうが、たまの旅行者は、「赤萬」一軒で十分。とはいえ、食事のあと、本書に出てくるバーなどに立ち寄りたくもなるが……。禁煙バーはあまりないだろうなぁ…。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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一日三食(二食)、何処で何を食べようが個々人の自由! 元旦は台湾ビール(かハートランド)で朝から乾杯!?--岩村さんの新著のタイトルが、『残念和食にもホドがある 写真で見るニッポンの食卓の破滅例』とならなかった理由とは?(2018[平成30年]・1・1・月曜日・祝日・元旦)





大晦日、NHKの朝のテレビを見ていたら、日本各地の朝食の光景を放映していた。
シリアから逃れた難民一家の朝食や、NHKの朝のニュースを担当している人たちの放送後の社員食堂での「朝食」の風景やら…。
飯なんか一人で食べてもいいと思うが、近所の子供数人と一緒に食べたりすると楽しいとか。きんさんぎんさんの娘さん(90代)の朝食とか。娘さんは、味噌汁に生卵を入れて食べるといいとか……。

我が家も子供のころは、「納豆」に「タマゴの黄身」だけ加えて、グニグニして食べていた(ネギも入れたか)。あの納豆は美味かったが、茨城生まれの我が古女房は、生卵の黄身だけ使って、白身は使わないのは贅沢だといって作ってくれない。あんな「納豆豆」だけの納豆なんか美味くもなんともないが……。こんなもの食えるか、と言っていたが、今は、そんなものでもたまには食べるが。それほど、子供時代の食事には「思い出」もあり、子供の時に何を食べるかというのは食文化の上でも大事だとは思う。だけど、まぁ、何でも食べられればそれはそれでいいのであって、現代社会、インスタント食事になるのも、外食が増えるのも、ある程度は仕方あるまい。「お袋の味」にこだわるのもホドホドにすべきだとは思う。

ともあれ、そんな番組を見たあと、岩村暢子氏の『残念和食にもワケがある 写真で見るニッポンの食卓の今』 (中央公論新社)を読んだ。


(こんな内容)→2013年12月にユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」。日本が世界に誇るべきものと言われるが、では現実の家庭ではどのような和食が作られているか。20年にわたって食卓を調査してきた著者によると、和風の煮物、和え物、煮魚はほぼ“絶滅危惧種"であり、白いご飯やみそ汁までも消えつつある。盛りつけがラクで洗い物が減るからと「お子様ランチ」さながらワンプレートで食事をする大人たち、果物やトーストした食パンを「硬い」から食べない子どもたち……。そこには、バラバラの好みや都合、気分を尊重する、“新しい家族"の姿が見えてくる。


この人の前著『普通の家族がいちばん怖い 徹底調査!破滅する日本の食卓』 (新潮社)も以前読んだことがある。この時は、その内容というか「著者」に対してちょっと唖然としたことがある。

(この本はこんな内容)→正月とクリスマス―家庭で最大の二つのイベントから、家族の実像を探る。調査のプロによる二百二十三世帯へのリサーチが、歪んだ幻想を解体していく。何気ない発言に社会を蝕む病理がにじむ。「個性」重視、「私中心」の行き着く先は?「モンスターペアレンツ」はあなたのすぐそばにいるかもしれない。76枚の「食卓」写真と720の主婦の「証言」で解く家族像。

この前著は十年ぐらい前に読んだ本なので、記憶が薄れているが、要は正月元旦に菓子パンだかなんかを食べる家庭があって、ケシカラン…といったような内容だったかと。タイトルからして「破滅する日本の食卓」だからね。
だが、クリスマスなんか、非キリスト教徒が圧倒的多数の日本人家庭なら、そもそも祝う必要はないだろうし、その日にニワトリの足やケーキを食べなくとも罰は当たるまいに。

ちょうど10月ぐらいに出た本で、すぐに正月がきたので、わざと(?)元旦にその年はカップラーメンなどを食べたっけ? この何処が悪いといわんばかりに……。大晦日に年越しソバ食べずに、元旦にラーメン食べて何が悪い?

一年365日、365回の朝食や夕食に何を食べようが、個々人の自由。その食事行為に尊大な物言いで、伝統がどうのこうのと言う資格がそもそも他人にあるのか?

元旦に菓子パンを食べたからといって、何が「破滅」だ? 著者は、ちょっと単細胞じゃないかとさえ思ったものだった(もちろん、まぁ、事例に出てくる食卓にはあまり感心はしないけど……)。
でも、ヤマザキのコッペパンは普通に食べても十分美味しい。北朝鮮をはじめ「飢えている人々」に、電子レンジでチンするか、出来立てのヤマザキのコッペパンを元旦に提供したら、喜ばれるのでは?

そんな読後感が残っていたので、今回の新著も同様に…かなと思ったが、この10年間、著者も「成長」したようで、独断的な口調はかなり減り、多少なりとも客観的な筆致になっていたのはよかったと思う。

書名からしても、「残念和食にもワケがある」だし。旧来の姿勢なら、この本も、 『残念和食にもホドがある 写真で見るニッポンの食卓の破滅例』となるところだろうが、そうはなっていないから。

味噌汁が軽視されているとか、魚料理は週一回とか、和食の心は何処へ、酒の肴にカレーライス…等々、ご不満は多々あるようだが、まぁ、それにも、かくかくしかじかの「ワケがある」との例示もあり、十年前の前著と違って、普通に読むことは可能ではある。

ワンプレートの食事はいけないといった趣旨の指摘もあるが、食べ過ぎないようにワンプレートで食べるのもいいかなと思わないでもない。高校の時の学食はワンプレートの食器だった。お茶碗と違って、ご飯の「量」も分かりやすいし…。ダイエットする上でも食事量を計算しやすそうだし。
元旦起きて体重を計ると去年の元旦に比べて、1・3キロも増加していたし……。ううむ。

ともあれ、元旦は朝からビールを飲んでも許される日というのが、近年の我が家の常識。ということで、今年は台湾ビールにてこれから乾杯!(青島ビールは中共崩壊まで飲まないことに?)。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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自衛隊もやっている? 『野食のススメ 東京自給自足生活』 の朝鮮語版の緊急出版が必要か?
(2017・12・20・水曜日)







茸本朗氏の『野食のススメ 東京自給自足生活』 (星海社新書)を読んだ。

(こんな内容)→フィールドに出て、野生食材をとろう!
「野食」(やしょく)とは「野生食材をとって食べる」ことを意味する。この耳慣れない言葉に接したとき、都市圏で暮らす人であれば「身近にそんな自然はない」と返すかもしれない。また、「初心者には無理なんじゃないの?」と疑問を持つ人もいるだろう。だが、いずれも答えは「ノー」だ。世界有数の大都市である東京を例にとっても、都市河川はもちろん、街路の植え込みでさえ独自の生態系が形成され、簡単に利用できる美味しい野生食材が多数隠れている。そして、あなたがその気になれば、いつでもこの“都市の食物連鎖”の頂点に立つことができるのだ。「野食」に必要なのは、少しの知識と、一歩踏み出す勇気だけ。さあ、本書を片手にフィールドに出よう!


自生している草花や川釣りでフナを仕留めたり、カニやカメを捕まえて「野生のモノを野食しよう」という本。コオロギやバッタをを油で揚げて食べようとか…。まぁ、それぐらいなら文明社会に生きる文明人でも食すことは可能かな?

一読して、北朝鮮で住む人々やホームレスには参考になる、いや、サバイバル読本として大変参考になる本かもしれないとも思った。
 春夏秋冬…といった季節ごとに編集している。この季節なら、お節料理も野食的なものなら作れるぞと…。

まぁ、フナなら、子供の時、叔父さんに連れられて川釣りに行ったことはあるし、いまでもなんとか釣って食べられると思うが……。


だが、以前読んだ、ニール・セッチフィールドの『世界で一番恐ろしい食べ物』 (エクスナレッジ)よりはナチュラルでまだいいかも。こちらは、解説文は長めの写真集であったが、セミやハチの蛹やカミキリムシの串さしなどの写真が出ていたかと。ううむ。これを食べろと言われても……。

共産政権下の強制収容所に入れられて、ろくな食事を与えられない状況下なら食べるかも……。シベリア抑留体験のある人からすれば、「ご馳走」に見えるかもしれないが。いやいや、ニューギニアなどの戦線で、見捨てられた日本軍敗残兵にとっては、「ごちそう」だったかもしれないが……。

今日のような、一部の都市部を除いて、北朝鮮型貧困生活を余儀なくされたら……。飢えが現在進行形で続いている国。とりわけ囚人などが酷い環境下で置かれている北朝鮮。その人権問題に関しては、急に沈黙する自称「人権弁護士」が日本には沢山いて見苦しい限りだが、先日テレビでもこんなニュースが流れていたではないか?


(読売新聞)再教育施設で「生のイナゴを…」脱北女性が証言
2017年12月12日 11時05分
 【ニューヨーク=橋本潤也】2007年に北朝鮮から中国経由で韓国に亡命した女性が11日、国連の会合で、脱北に失敗後、北朝鮮の収容施設で味わった自らの壮絶な体験を語り、北朝鮮の人権侵害の実態を証言した。

 証言したのはジ・ヒョンアさん(38)。1998年から4回脱北を試み、3回は中国から北朝鮮に強制送還された。送還後「再教育センター」と呼ばれる施設で重労働を強いられた。施設では食料が不足し、生のイナゴや、廃棄されたキャベツ、カエル、ネズミなどを食べ、「多くの人が体調を崩し亡くなっていった」と振り返った。木の棒でたたかれたり、蹴られたりした上、過酷な生活によるとみられる病気にも苦しんだという。

 ジさんは3回目の送還後には、妊娠3か月で中絶を強いられたといい、「最初の子どもは、この世を見ることなく亡くなった」と声を震わせながら語った……(以下略)。


「施設では食料が不足し、生のイナゴや、廃棄されたキャベツ、カエル、ネズミなどを食べ、『多くの人が体調を崩し亡くなっていった』」とのこと。
日本のアダルト女優や、大地震で被害を受けて一時的に体育館に避難している人の「人権」に関心を示すのもいいが、もっと根源的な人権弾圧をしている相手に「国境を越えて」怒りの声を出すべきではないのか?(参考文献→ 伊藤和子氏『人権は国境を越えて』岩波ジュニア新書)。


『野食のススメ』では、バッタやコオロギは「生」ではなく、から揚げにして食べるものとしている。当然だろう。にもかかわらず北朝鮮では……。
北朝鮮の漁船に乗って、排他的経済水域で違法操業を行ない、日本の領海を侵犯し、日本漁民の施設を荒らして「犯罪者」として取調べを受けている彼らからすれば、日本の留置所などやそこで提供される食事などは「天国」にいるようなものだろう(それにしても、「逮捕」されて連行される北朝鮮漁民の姿を見て、おや、まともな厚手のオーバーを着ているではないかと思ったら、なんと島の施設にあった日本人漁民のものを盗んで着ていたものとのこと。貧すれば…の典型だ。こういう輩でも、「緊急避難」とかで弁護する人権弁護士が日本ではさぞかし登場するのだろう。盗人にも三分の理?)。

次に、小学館出版局編の『海自レシピ お艦の味 元気が出る! 安くて美味しい力めし』 (小学館)を読んだ。自衛艦の食堂で食べられるモノを紹介した本。レシピ付きというのがミソか。カレーが多いが……。

さらにもう一冊、自衛隊関連グルメ本(?)といえば、菊池雅之氏監修の『隊メシ 海自を中心に美味しい「国防レシピ」が満載!』 (講談社)だ。「日本の自衛隊メシは世界最強だ!」ともうたっているが…。

ともあれ、自衛艦内の食事を紹介。そのなかで、陸自のサバイバルの「レンジャーめし」というのが「野食」的だった。山中訓練で「生存自活」と称して、蛇を捕まえての食事、雨水の濾過やら…。野草も野花も煮込んでスープにする。ううむ…。北朝鮮の一般民衆はみな「生存自活」をやっているから侮れない?

さらには五輪に出場するレベルの自衛隊員用の「特体食堂」なるものもあるとのこと。普通の自衛隊食に数品のおかずが追加されとのこと。 「缶メシ」も出てくる。 「缶メシ」「缶飯」といえば、こんなこともあった。以下再録。

東日本大震災、「赤飯追放」の陸上・航空自衛隊に官僚主義・親方日の丸意識の弊害を見た! 08/14/2011

  先日、新聞各紙(毎日新聞8・11夕刊など)で報道されたが、陸上自衛隊が災害派遣時に野外で食べる「戦闘糧食」(レーション)である缶飯の一つ・赤飯の調達を止めることにしたという。赤飯といえば「おめでたい」もの。それを東日本大震災の時のような所で食べるのはいかがなものかと隊員からの声を受けてのことという。陸自担当者は「被災者に誤解を与える可能性があり、支援で提供もできない」「被災地で活動する隊員が被災者らに気を使うことなく食事ができるように、赤飯はやめたほうがいいと判断した」とのこと。

 僕が防衛大臣なら、そんなバカなことをするなと一喝する。
アホというしかないからだ。

 テレビでもやっていたが、被災者のために自衛隊の「野外キッチン部隊」・炊事班がせっせと温かい食事を作り被災者たちがそれらを食べるかたわら、作った自衛隊員や日中任務について腹ぺこの隊員たちが、すみっこで缶飯を食べていたものだ。そんな光景を見たら、いくら自衛隊嫌いの左翼が被災者であっても「この非常時に赤飯を食べるとはケシカラン」と言わないだろう。右翼だって「アカ飯とはなんだ。赤くないんだから赤紫飯だ。名称を変えろ」と言うわけもない?

 赤飯は食べた人ならわかるだろうが、もち米だからおかずが乏しくても腹持ちがいい。単なる白米の缶詰とは違うのだ。非常時の食糧として、被災者に対して「赤飯」を支給しても、それに文句を言う人などほとんどいないだろう。嫌なら別の缶飯かコッペパンを食べればすむ話だ。

 なんでこんなつまらないこともいちいち検討し、調達廃止なんてバカな決定をするのだろう。内部からだけではなく外部からも赤飯批判論は阪神大震災の時からあったというが、そんな雑音は無視するに限る。
にもかかわらず、今回の決定。自衛隊組織も官僚組織、親方日の丸だからか。

『今すぐ食べたい! 自衛隊ごはん』 (イカロス出版)という本(ムック)がある。冒頭に缶飯が登場する。戦闘糧食だから、缶詰の外回りだって横に「赤飯」という文字がちょこっとついているだけ。スーパーで買うような派手派手しい「赤飯」の缶詰容器などと比べても「おめでたい」感はない。

 葬式に「白いネクタイ」をしたり、結婚式に「黒いネクタイ」をしていくのはふさわしくない行為かもしれないが、非常時、やっとのことで食糧を確保しての選択肢から赤飯を除外するなんて愚かにもほどがある。(以上再録)。



そういえば、この前、陸上自衛隊の某駐屯地を訪問し、昼飯をご馳走になった。ご馳走といっても、その駐屯地のその日のランチ。ご飯、味噌汁、コロッケみたいな揚げ物、サラダ、野菜ジュースといったもの。学食を思い出す? 出入り口に「おいしかった」「ふつう」「うまくなかった」(この「言葉」は不正確かもしれないが)の三段階のアンケート用の「人数調べボタン」がおいてあった。感じたところを、押したら、それが「人数」としてカウントされるという仕組みだったようだ。

特にそのアンケートに答えることはなかったが、「無料」でご馳走になったから、味もあれこれ口を出す資格はあるまいが…。十分、美味しいものだった…。あらかじめ用意されていた分、ちょっと冷めてはいたけど。まぁ、北朝鮮の囚人たちの食事を思えば、天国の料理であった。贅沢は敵なり!?

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『世界のスチュワーデス 上空1万メートルで堪能する美女たち』なんて本はないのか?
(2017・10・29・日曜日)





『世界の機内食 上空1万メートルで堪能するグルメ』 (イカロス出版)を読んだ。

(こんな内容)→さまざまな飛行機会社の「ファーストクラスの機内食」「ビジネスクラスの機内食」「エコノミークラスの機内食」などをカラー写真とともに紹介した一冊。

ここ数年、海外旅行をしたこともないが、機内食というのは、長距離便以外はなくてもいい代物なのかも。
以前、成田からパリ経由でバルセロナまで飛んだことがあった(そういえば、バルセロナといえば、カタロニア。独立運動、反独立運動のデモは現地で見たかった…)。まぁ成田からパリまでの間は、十時間ほどは乗るのだから機内食は必要だろう。しかし、パリで乗り換えて、バルセロナまで行く間にも、ちゃっちい機内食が出たものだった。パリの空港で乗換便を待っている間に食事もできるし、パリからバルセロナまでの2時間前後(だったか?)の飛行機で機内食なんかなくたっていい。それこそ、LCCのように「有料」にでもして、その分、飛行機代を安くしてくれたほうがベターだろうにと思う(そういえば、パリとロンドン間も飛行機に乗ったことがあるが、あのときも機内食があっただろうか?)。異国間の飛行機では食事を提供する義務があるとの国際規約でもあるのだろうか?( ロンドンからグラスゴーまで乗った時もあっただろうか?  もう忘れた)。

ともあれ、本書を見る限り、ファーストクラスやビジネスクラスの食事はそこそこ豪華ではあるが、その作る過程(国内での準備、移送…)も記されているが、手間隙かけすぎで、ちょっとムダな感じがしないでもない。こんなの、「駅弁」(空弁)一個、ポンと置けばいいのにと思う。

この本でも、全日空が国内線のプレミアムクラスで提供している「機内食」が出ているが、これが二段重ねの「お重」スタイル。国際線のビジネスクラスでもこれで十分じゃないの? いちいち、トレイやお皿などを用意する必要は全くなし。少なくともエコノミークラスなら、駅弁(空弁)でいいよね。ビジネスクラスは、今半クラスの豪華弁当で十分では?  エコノミーは、崎陽軒のシウマイ弁当レベルでいい。
本書によると、日本と韓国のような短距離区間の機内食には、そんな「空弁」レベルのもの(ほかにモスバーガーなど)があるそうな。長距離便もそれで十分では。贅沢は敵なり!?

新幹線から食堂レストランがいつのまにか消えたように、豪華な機内食もなくなるのがベター。飛行機時間も短縮されてきているのだし、一昔前のように機内で、朝・昼・間食と何食も食べるというのもなしにしていいのでは(その分、運賃を安くするという前提があったのことだが)。
日本航空には「間食」としてカップラーメンもあるそうな。「そばですかい」「うどんですかい」「ちゃんぽんですかい」とか…。「ソバ・デ・スカイ」…の洒落も兼ねている。日本航空は大嫌いなので、国内便含めてなるべく乗らないようにしているが、この間食のネーミングのセンスはいいね…。間食ではなくて、「一食分」として、エコノミーなんかその程度で十分では。

国内便なんか、以前、おしぼりをだしたり、アメをだしたりしていた。あんなの要らないから運賃をもっと安くしてくれと要望したことがあったが、ケシカランことに、そういうサービスをなくしたくせに、運賃は値上げの値上げで、高値安定のまま。さすがに機内で飲み物一杯は無料提供しているが、あれも有料にでもして運賃を下げてほしいものだ。僕は、大概、不要と断っているのだが…。
でも、あれを全廃したらスチュワーデスのやる仕事がなくなる? もっと人員も減らせばいいのに? 機内サービス全廃(有料は別。たんなる「水」の無料サービス程度で十分)、落語音声番組などのサービスも全廃。文庫本一冊持てば、国内便なんか、時間なんか幾らでもつぶせるのだから。

ファーストクラスであれ、なんであれ、地上の店でくつろいでゆっくり食事をするのに比べたら、飛行機内での食事なんて、豪華デラックスにしても、さほどの意義はあるまい。国際線などの長丁場の時には、「映画」「音楽」の若干の提供サービスは少しは役立つが、それより、エコノミーでも、新幹線の自由席ぐらいの足下の空間をつくるほうが先決だろう。サービスはそういう次元でやるべきで、食事が豪華だのなんだのなんてナンセンスと言いたい。

と思いつつも、この本で紹介されている機内食の数々は美味しそうだなと見入ってしまったが…。イカロスも、『世界のスチュワーデス 上空1万メートルで堪能する美女たち』なんて本を出してくれればいいのに…?

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加工食品に頼る女性は「ダメ女」で、いけないものか? 
(2017・8・22・火曜日)





キャスリーン・フリンの『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』 (きこ書房)を読んだ。


フランスの名門料理学校を卒業したアメリカ人の著者は、ある日、スーパーで加工食品ばかり買い込む女性に出会いショックを受ける。彼女にいろいろと助言。それをきっかけに、料理ができない(と思い込んでいる)人のための料理教室を始める。そこに集まった10人の女性たちとの料理談義をまとめたといった感じの本。

日本のカレールーっていうのは、世界に輸出されているのか? 本書にも出てくる。「悪玉」としてだが? 電子レンジや、お湯で数分間あっためて食べるインスタントカレーよりは「善玉」かと思いきや? あれも加工食品の一種でいけないものなのか?

おにぎりなんかもコンビニで買うのは割高だろう。家で作れば、より大きなおにぎりが安く作れるはず。具もあんなちゃっちい量ではなくて…。
味噌汁もインスタントモノがあれだけスーパーにあるということは? ご飯もパックで、レンジであたためてすぐに食べられるものがよく売っている。我が家も5キロ1500円(税込)以下のものしか買わないといいつつも、妻が週末ギャンブルでいない時には、パック米にボンカレーの類をぶっかけて食べることも。それだけなら、妻の作るカレールーを使った「本格的カレー」よりもカロリーは少なめで痩せることもあるが?

ともあれ、包丁もあまり使わず、何年も前の冷凍七面鳥が冷蔵庫に残っているようなレベルの「女性」たちを相手に、スローフードというか、手作り料理の良さを教えていく…。その教育効果もあって、ファーストフードのディナーが週に何回もあったのが、数週間に一回ぐらいに減っていく…。パスタもパンも自分で作るようになる。スープも…。外食産業、加工食品の「敵」のような本?
冷凍食品よりは、普通に作るほうが美味しいということはあると思う。チャーハンにしても、冷凍モノを炒めて作るよりは、残りご飯であれ、それといろんな具をまぜて作るほうがマシには思える。コロッケにしてもハンバーグにしても……。冷凍食品はやはり貧弱?

我が家では朝は、僕はいつも食パン(家人は菓子パンの類)。最近、夏はカビが生えやすいからということで、シリアルにすることが増えた。この本によると、シリアルは子供向けということで、スーパーなどでは、子供の目線のところに「高価」なキャラクター(シンデレラ)のイラスト入れのものが陳列されているそうな。子供に買わせるために…。

ふうむ、なるほど。僕は原則として安ければいいということで選んでいるが、味がイマイチのことも(それも砂糖などの量の違いでしかないのかもしれないが…)。学生時代は、玉子焼きもスクランブルばっかり作って、ソースをかけて食べていた。米は炊いていたが…(あのころは電子レンジでチンして食べるインスタント米はなかった? そもそもアパートには風呂も電子レンジもなかった。壁掛けエアコンはあったが)。おかずはコロッケなんか買ってきて食べたり。学食ではカレー中心? まぁ、なんとか生きてきた。

ただ、近年、仕事場のランチとしてコンビニ弁当を食べている人も少なくないが、それがさて、一概に悪いことなのか? 禁煙レストランの1000円弱のランチよりも愛妻弁当なり自炊弁当がいいものなのか? コスパもいろいろと考慮する必要もあるだろう。いなり寿司ぐらいなら自宅で作ってもいいだろうが、江戸前寿司を作るのは手間隙かかりすぎて無理?

長年、禁煙に理解を示さなかった(示した時は遅すぎた?)マクドナルドでは朝飯も昼飯も晩飯も食べたいとはまったく思わないが、終日全店全面禁煙の「やよい軒」なら朝飯も昼飯も晩飯も食べてもいいような気がする。牛丼屋もそんなに悪いファーストフード店とは思わない。餃子の王将とか、いろいろとチェーン店もあるが…。

成毛真氏の『コスパ飯』 (新潮新書)やら、村瀬秀信さんの『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』 (講談社文庫) や、 『それでも気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』 (交通新聞社)などを読むにつけ、食事の形は人それぞれ。臨機応変でいいような気がする。

この本の中でも、景気悪化で収入が減り、外食をやめたりスードスタンプに頼ったりする過程で、料理に否応なく関心を深めていく女性もいた。家計の自衛のためにも、外食より内食…。

少なくとも、日本では割高なコンビニより、スーパーを利用するほうがいいだろうし、焼きそばやおにぎりの類をコンビニやスーパーで買うよりは「作る」ほうが安上がりでは。でも、餃子やコロッケなんかは買ったほうが便利?

時間やお金や栄養価やいろいろとあるだろうが…。そんなさまざまな雑念と共に一読。要は飢え死にならない範囲で食べられれば十分幸せと思うように育ってきたので、スローフードやらを理想視することもなく、インスタントや冷凍食品も悪玉視する気にもなれない。野菜サラダがそんなに体にいいものとも思わないし…。ほうれん草やトマトは嫌いだ(トマトケチャップは大好き)。

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