古本虫がさまよう 人生
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夜明け前から始まるノスタルジック・ジャニィー?
『やせたいなら肛筋を鍛えなさい』という本を勧めたら、 『年収10倍アップの時間術』を読めと言い返した古女房に返す言葉はない?

(2017・10・19・木曜日)






毎朝目が覚めると、枕元にあるラジオをオンにする。まずは時刻が暗闇で表示される。大体午前3時過ぎ。それからラジオのスイッチをオンにするとNHKラジオの深夜便。演歌が流れている時もあるが、今朝(2017・10・19)は幸いに歌謡曲。昭和55年のヒット曲として、竹内まりやさんのヒット曲「不思議なピーチパイ」が流れていた。あぁポスト南沙織の候補として(?)、このころ、竹内まりやさんのLPレコードも買ったりしたなぁと。それから起きて一仕事?

 ともあれ、書庫に入ると、いろんな「思い出」と遭遇というか再会できる。ルート アンドレーアス=フリードリヒの『舞台・ベルリン―あるドイツ日記1945~48』 (朝日イブニングニュース社)を見つけて、パラパラとめくると、先日触れたように、ちょっとした「書き込み」があって、懐かしくもなる。

そんな本の脇にあったのが『angle別冊27・最新街と地図の大特集』という雑誌だ。主婦と生活社の発行で、定価540円。昭和61年12月第一刷、昭和63年5月第二刷発行とある。だとすると、昭和63年に買ったのか。ざっと30年前の1988年。まだ20代ではないか。社会人にはなっていたが。

東京都の主要駅や横浜鎌倉などの主要駅の駅周辺の地図を掲載し、飲食店などを紹介しているカタログ雑誌だ。飲食店以外にもいろんなショップが出てくる。古本屋も。
八王子駅のところには「古本/まつおか書房」「古本/小林書店」のところに赤印を入れている。「古本/佐藤書房」のところにはノーチェックだが? 「まつおか」「佐藤」はまだあるが、「小林書店」はあるのだろうか? 「国立駅」では「古本/道化書房」「古本/谷川書店」などに赤丸がしてある。「吉祥寺駅」では「古本センター」「さかえ書房」「藤井書店」などに赤丸。 「外国書房」とあるのは、 「外口書店」のミスプリか?

なにせ30年前の情報雑誌。飲食店だけでなく、こういった古本屋も消えて行ったものも少なくないようだ。逆に、ここには出てこない古本屋がいま開店していることもあるだろう。こういった『最新・古本屋街と地図の大特集』なんてのがあればいいのだが。全国とまでいかなくとも、首都圏だけでも。古本屋ツアーインジャパンさんの一連の著作などは、それに近いものがあるが。


ともあれ、先日帰宅すると、古女房が、 「稼ぎの悪いあんたは、これでも読みなさい」ということで、こんな本を食卓の上にドデンと置いてきた。
永田美保子氏の『年収10倍アップの時間術』 (クロスメディア・パブリッシング)という本。新刊棚にあったからと図書館で借りてきたらしい。近年、自分の体重増加と反比例する形で(?)年収(月収)が減った亭主に対する面当てのようだ。僕がたまに図書館でダイエット・便秘解消本を借りてきて、「これでも読んで少しは健康に留意しな!」と渡すのに対抗しての措置。この前、図書館から借りてきた、久嬢由紀子氏の『やせたいなら肛筋を鍛えなさい』 (角川書店)などを勧めたが…。

そういえば、この前、テレビで党内選挙もないまま長年選出されている日本共産党の某委員長が、この一年で、所得がこれだけ減っているとか、あれこれ喋っていて、その原因は「アベノミクスです」と吠えるのを聞いていた古女房が、 「共産党のアホ、何言っているの、アベノミクスのせいじゃなくて、バカな亭主のせいよ」と。

(ともあれ、本はこんな内容)→多国籍企業のエグゼクティブと言えば、超多忙な毎日。分刻みのスケジュールで会議や出張を次々こなし、飛行機で世界中を飛び回っています。そのようなギリギリのスケジュールの中でも、日本と比較して家族との休暇や自分の健康管理・フィットネスなどに使うために使う時間も確保し、同時に仕事でも成果を上げている彼らは、いったいどのような工夫をしながら働いているのでしょうか。その秘密は、「人生全般における優先順位のつけ方」にあります。そしてさらにそれは、彼らの「時間の使い方」にすべて凝縮されて表れているのです。逆に言えば、できる人の時間の使い方を見れば、仕事での成果を上げて(=年収を上げ)、充実した人生を送ることができる、ということが言えるでしょう。本書の著者は、20年以上にわたって、英国、米国、ベルギー、台湾など、7か国以上の外国人トップエグゼクティブの担当秘書として活躍してきました。役員たちの時間の使い方を誰よりも間近で見てきた著者が、生産性が上がる行動パターンを「時間の使い方」という視点から分析。本書ではその要素を、大きく5つの要素に分け、事例を挙げながらわかりやすく解説しています。

著者は、外資系一流会社の高級(高給?)社員の「秘書」を経験。その体験から、一流幹部社員(エグゼクティブ)はどんなライフスタイルで仕事に臨んでいるかを書いている。ううむ…。

まぁ、早起きして自宅で仕事を片づけ、退社は定時、残業はしない…なんてあたりはかろうじて僕も実践している? 午前5時起床? こっちは午前3時すぎ起床! 2時間勝っている?

エグゼクティブは本を読むのも早いとのことで、月十冊は読んでいる…とか? 
こっちだって、もっと読んでいるぞ(分厚い本は敬遠気味だけど。積んどくなら負けない! 例えば、夏休みも結局なかったので(?)夏休み読む予定だった「重厚長大」本は、ほとんど積んどくしたままだが…)。

ランチタイムだって、軽食をデスクで食べているとか? こっちは経済的理由じゃなくて、ダイエットを兼ねてここ十年以上、ほとんど昼飯抜きにしているから、そもそもランチタイムに要する時間は「零分」。その分、仕事に集中している。

ただ、オーダーメイドの服はまとめて三着作るなんてなると?
イトーヨーカ堂で気に入ったエドウィンやラングラーのジーパンは色違いを三着購入するなんてことはやっているのだが……。しかも、2割り引きなどのときに。この前の日曜日、ブックオフと老舗古本屋の間に、イトーヨーカ堂にも寄って、エドウィンなどの冬物ジーンズを確認。去年はなかった柄があるなと思ったが、定価販売だったので、割引セールになるまではお預け状態だが…。
ということで…「ふん、こんなの20代の時から僕はやっていたよ」と、女房に本を返した次第。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「Jアラート」より、「B(文春)アラート」「S(新潮)アラート」があったほうがいい?
(2017・9・26・火曜日)





北朝鮮の相次ぐミサイル発射。迎撃ができても、落下物がこの前のオランダの飛行機の破片みたいに落ちてくると、ミサイルで直撃されるよりはマシとしても、そこそこ危険だ。しかし、あの程度の破片・落下物なら、歩道や車道にいるより、ビルの中に入るほうが、より安全ではあろう。その意味で「Jアラート」はないより、あったほうがいいだろう。一円を笑う者は一円に泣く…。「Jアラート」を笑う者は「Jアラート」に泣くことに!

ところで、著名人、国会議員にとっては、北朝鮮のミサイル以上に怖いのが、週刊誌の餌食になることだろう。山尾サンや豊田サンみたいに自らのスキャンダルがあってのことなら、恨むわけにもいかない。自業自得、因果応報。とりわけ偉そうなことを言っていた山尾サンはブーメランの如く己にふりかかってくる。

でも、そういうロケットマンならぬ、スキャンダルパーソンにとって、せめて、「文春砲が午後〇時〇分、紀尾井町から発射されました、まもなく週刊文春記者があなたのところにやってきます。至急、病院か安全なホテルに入り、絶対に部屋を出ないようにしてください」…と政治家やタレントの携帯に緊急メールが届けば、少なくとも直撃取材を免れることができるのではないか。

最近は新聞や週刊誌など「紙媒体」も、「映像機器」を持ち歩き、直撃取材の映像を撮り、それをネットで拡散するようになっている。聴くところによると、週刊新潮のスクープ記事の「このハゲー!」という音声は、テレビ局がワイドショーなどで披露すると、一回について幾ばくかの使用料を新潮社に払っているとか? そんな副収入もバカにならない?

----と思っていた矢先、こんな「文春砲」が公明党本部&議員に直撃したようだ…。

長沢広明復興副大臣が女性問題で議員辞職の意向9/26(火) 11:49配信 産経新聞。 公明党の山口那津男代表は26日午前の記者会見で、同党の長沢広明復興副大臣(59)が議員宿舎に知人女性を宿泊させていたとして、離党すると述べた。問題は25日に週刊文春から党本部に取材があったため発覚し、長沢氏は参院議員を辞職する意向も示しているという。

いやはや、発売日前でどんな「女性問題」なのか詳細は分からないが、文春砲が発射されたときいて、活字になる前に早々と辞職表明ということは、見事に文春砲が急所に「命中」「炎上」「破裂」したようだ。でも、こういうことをやっていると、そのうち、社長以下の文春役員や週刊文集編集部関係者の社内不倫だの不当人事だのとのスキャンダルが(あればの話だが)暴かれてしまうことだってあるのかもしれない。新潮社も同様? パワハラする上司がいたりして、「このデブ!」とか部下をいじめている人がいたりして?

そういう不倫云々ばかりが政界や芸能界で喧伝される時に、霧原一輝氏の『鎌倉みだれ慕情』 (双葉文庫)を読んだ。

こんなお話。→妻を亡くし、鎌倉にひとり移住した53歳の石川靖男は、家の近所で若い美女が営む小さな骨董屋を見つける。さっそく店に入った靖男は、女店主から「あなたにいい人を紹介したい」と言われ、戸惑う。翌日、店を訪れると、女店主と瓜二つの美女が靖男を待っていた。店主の妹だという彼女に誘われるまま、激しく求め合った二人だが、達男の心の奥底には姉への恋慕の情が募っていくのだった。書き下ろし伝奇ロマン

ううむ…。主人公の年齢は僕より若干年下。でも、同じ50代。夢が広がる?  まぁ、イロイロとあって、古本屋ではないが骨董屋の主人におさまるまでのストーリー。

ふと一案? 行きつけの古本屋の店主がなくなり、残された美貌の未亡人。悲しむ彼女を…。気がつけば古本ハンターが、なぜか古本屋の店主に…。といったラブストーリーもありうるかも?

ともあれ、正式に離婚したり、死別したりしてからの「自由恋愛」ならば、後ろ指を刺されることもない。くれぐれも「不倫」「浮気」ではない、ピュアな恋愛を夢見たいもの? ならば、配偶者が死ねばいいのか、じゃぁ、殺してしまえ…となると…。それはアウチ!?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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AIとシンギュラリティにご用心?(2017・9・21・木曜日)



長い間、積んどくというか、読みかけだった、ルトガー・ブレグマンの『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働』 (文藝春秋)を読了。ニクソンが意外と社会保障に理解を示したことなどの指摘あり。岸信介などもそのあたり、そういう面もあったかと。

この本を読了したあと、鈴木貴博氏の『仕事消滅 AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』 (講談社+α新書)、小林雅一氏の『AIが人間を殺す日 車、医療、兵器に組み込まれる人工知能』(集英社新書)、齋藤和紀氏の『シンギュラリティ・ビジネス AI時代に勝ち残る企業と人の条件』 (幻冬舎新書)等々を読破。
「シンギュラリティ」という言葉の生みの親である、レイ・カーツワイルの『シンギュラリティは近い[エッセンス版] 人類が生命を超越するとき』 (NHK出版)を拾い読みした。

シンギュラリティとは「テクノロジーの進化のスピードが無限大になる特異点」との意味。近年、それが加速化されており、2020年~2030年、そして2045年ごろには、「完成の域」に達するとのこと。要は、コンピュータが人間の脳を越えるようになってくるということだ。

週刊現代(2017・9・30号)は、 「激変! 2028年のニッポン」「第1回 AIスマホが上司になる日」との特集記事を掲載している。これもシンギュラリティの近未来の世界を描いたもの。

物理は赤点だったし、生物も赤点寸前の成績だった我が身には、こういうテーマの本はいささか荷が重い。それでも、まぁ、いろいろと知的刺激を受けた。受けたけど、もう還暦直前の我が身、2045年には生きていないだろうし、2028年…となると?

ただ、人工知能というのか、機械化は単純作業の分野ではかなり進んでいる。機械オンチの僕でさえ、新幹線の切符や青春18切符などは、自動販売機で購入している(時々、駅員に青春18切符は、昔みたいに5枚分割で売ってくれ。サービス悪いぞ」と文句を言いたい時には窓口に並ぶことがあるけど)。たまに家人などが出かける時のホテルの手配などは、楽天トラベルなど、パソコンを通じて。以前だと、駅チカの旅行会社に行っていたものだが…。
本の購入も、アマゾンや「日本の古本屋」などネットを利用することも多い。もちろん、リアル書店の古本屋や新刊書店にも足を運んでいるが…。

この前も黴の生えた敷布団を買い換えるにあたって、スーパーなどに買いに行くより、通販のほうが便利ということでそちらで購入した。持ち運びの手間がないし、「名目上」だろうが、「送料無料」ということだったから。

スーパーの自動レジはまだ利用したことはないがあちこちで見かける。少なくともレジ店員がいても、精算はレジから離れたところで、札をいれておつりをもらうスーパーにも遭遇。テレビでも、コンビニの出張販売店が、すべて「自動販売機」になっているのを紹介していた。駅だって、「改札」に人が立つことはなくなった。パスモや自動改札の普及で車内の検札や乗り越しのお客様は…と車掌が車内を回ることもなくなった。
「翻訳」「通訳」などが「自動化」される可能性はかなり高いようにも思える。文法が比較的同じ、韓国語と日本語となら、完成度はすでにして高いとも聞く。

太陽光などのエネルギー開発も進めば、無限のエネルギーを得られて、石油石炭、シェール革命も不要になるとか(ううむ、太陽光を吸収することによって、太陽の寿命が短くなるということはないのか?)。機械、ロボットに単純作業をやらせて、人間は労働時間の短縮になる?
でも世の中、得るものがあれば失うものがあり、失うものがあれば得るものがあるのが世の常。いいことばかりのはずはなかろう。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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『人生は五十歳から』始まり『90歳まで働く!』 その間、悠々自適の老後も後妻降臨もないのか?
(2017・9・13・水曜日)





(承前)
昨日、古稀になった小野民樹氏の『旅に出たロバは』 (幻戯書房)を紹介した。
岩波書店を60歳で「円満退職」し、大学教授になり、「古稀」で定年になったライフストーリーの中での人生体験の数々が走馬灯のごとく描かれていた。

一方、ソニー役員などを経て、古稀を前にして「再就職」したり、「起業」したりした体験を綴っているのが郡山史郎氏の『90歳まで働く!』 (ワック)。
この本の内容に基づいて特集を組んだのが週刊ポスト(2017・9・15号)。 「定年後にやってはいけない10箇条」なる4頁の記事が出ていた。コンビニで立ち読みしていたのだが、 「ビチョビチョの橋本マナミ」が袋綴じ企画だったので、ついつい450円も出して購入してしまった? 写真集を持っているというのに…。

ともあれ、週刊文春(9・14号)や文藝春秋(10月号)も定年(後)特集をやっている。こちらは、僕も読んだ楠木新氏の『定年後』 (中公新書)に基づいての特集。
郡山氏も楠木氏も、要は「定年」(還暦+)で「終った人」にはなるな、そのあとも「現役」で頑張れるぞ、そのためにはこうしなさい、私はこうしている--といったところだろうか。

野球選手などはおおむ「40歳(前後)」が定年(引退)の歳。そのあと有名選手ならば、解説者・評論家として(中には監督や政治家になる?)70歳(+α)ごろまではやるものだ。サラリーマンも、同様に「60歳」で定年しても「悠々自適の引退生活」「終った人」ではなく、「現役」として古稀までは働くということになるのだろうか。ちなみに内館牧子氏の『終わった人』 (講談社)という定年前後の哀感を綴った小説も紹介ずみ。

安易に外国人労働者に頼ることなく、そういう世代のパワーで「人出不足」を当面補う? 人口知能、ロボットなども活用しつつ…。

記事や本を読んだ雑感として、そんなものが浮かんできた。ともあれ、上記二冊以外にも、最近こんな本を手にして一読した。

先日亡くなった三浦朱門氏の『人生は五十歳から』 (学研M文庫・2012年刊行)や、杉山由美子氏の『定年後 年金プラスひとの役に立つ働き方』 (朝日新書)など。杉山さんの本は、急逝した加藤仁さんが定年後の世代の生活体験をルポしていた本をよく出していたが、そんな感じの本。加藤さんの本も何冊か読んだもの。 『定年後』 (岩波新書)、 『定年後をパソコンと暮らす』『定年後の80万時間に挑む』 (文春新書)、 『定年百景』『待ってました定年』 (文春文庫)、 『人生を愉しむ50歳からがゴールを決める』 (講談社文庫)……。

三浦氏は、奥さん(曽野綾子)さんも「出汁」にしながらの老人論? 自分自身の体験から、50歳になると白髪も増え(髪の毛のある人限定?)、歯も歯周病になり、入れ歯になる人も…。元本(単行本)は2008年に出ているから、1926年生まれの三浦氏が傘寿(80歳)を越えた時に出た本。

82歳になった時の感慨も綴られているが、父親は92歳まで生きていたものの晩年はいささかトンチンカンなことをやりだして「オヤジもダメになったな」と思ったそうな。その三浦さんも数年後には、似たような状況になった?

こういう本って、なんというのか、小学の5~6年生だったころに、「中1コース」や「中1時代」を買って読んで、ひとつ、ふたつ上の「学年」のことを先走って知ろうという知的刺激(?)を求めて購読したことがあったが(高校生の時に、『大人のチャンネル』などのエロ雑誌を読むのも似たようなもの?)、それと同じようなものにも思えてくる(とはいえ、還暦直前世代の僕にとっては、三浦氏の本はもう読むには遅い? いやまだまだ?)。

自分の実年齢より、一回り上の世代論の本なんか時々手にしてきたものだ。特に読んで賢くなったとも思えないが、若干の心構えを持つには参考になったものだったかと。

ところで、この前、自宅で終日「書類整理」をすることがあった。
パートに出ている妻が午後三時頃帰ってきて、何をするかと思いきや、ソファに寝そべって、テレビを点ける。こちらは居間というか食卓で仕事をしているから、ヘッドホンを使用。しかし、まぁBSの昔の時代劇やドラマ(必殺仕事人だの、はぐれ刑事純情ナントカなど)を夜の七時ごろまでずっと見ているのには呆れた。亭主が働いている時、ハーフ主婦は、こんなノーテンキな暮らしをしないるのかと? 
 その合間に流れるコマーシャルは、腹にくっつけていたら、ピクピクと動いて、なんとあっという間に腹囲が10センチ、18センチも減ったというような怪しげなダイエット器具。「あれ、買いたいな」と。

以前も、それを見て、一日十分使うだけで、ダイエットがすぐできるといわんばかりの腰フリダンスみたいなのを買ったが「三日坊主」ならぬ「三日婆」でお蔵入り。買った後に、より最新の、より回転数の多いのが出たそうで、あれじゃなけりゃ効果がないみたいだから…との言いぐさ。なんたる無駄遣いよと。仕方がないので、最近、僕がそれを使っている。ううむ…。腰振りダンスをしながら本を読むのはちょっと無理のようだ。本が読めるなら…。他愛もない番組かニュースを見ながらなら、十分間やれるが…。

古本市で、持っている古本をたまにまた買ったりする無駄にくらべて…。一万円はする代物なのだから…(とはいえ、チリも積もれば山となるで、古本市に行くたびに数百円の無駄をすれば、年間では…?)。

60歳で定年になったら、積んどくした本を日々、愛妻とともに晴耕雨読的に読破していく…というような生活になるかなと結婚したころは思っていたが…。

稼ぎの減ったあんたは、すくなくとも90歳は無理としても、75歳まで働きなさいとの厳命を受けてはいる!
そんな妻を見るたびに、もし、妻が飛行機事故でなくなり、若干の補償金をもらい、それで都心にマンションを買って、若い後妻をもらい(なるべくワーキングウーマンで年収が一千万円はある人。30代後半希望で還暦までまだ20年はある人がいい。顔は、朝のニュース番組にでてくるお天気姉さんレベルでいい…。いや、太っていなければ顔はどうでもいい?)悠々自適の定年後生活をまだ夢想はしているのだが……。無理かな? いや、ネバーセイネバー。

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『カタロニア讃歌』はいいけど、『カタロニア惨禍』は許せない!
(2017・8・19・土曜日)




ジョージ・オーウェルの『カタロニア讃歌』 (ハヤカワ文庫ほか)の舞台でもあるスペイン・バルセロナで8月17日午後4時50分(日本時間同11時50分)ごろ、繁華街のランブラス通りでワゴン車が歩行者を次々とはね、百人以上の死傷者が出たとのこと。 「カタロニア惨禍」というべきか。

日頃あまり見ないNHKの衛星放送の海外ニュースを朝から見る羽目になった。なにしろ、スペインは我が第二の祖国だから…というのは冗談としても(いまでも地震の恐れの多い、しかも猛暑の可能性の高い2020年の東京五輪は返上し、マドリッドに譲るべきだとは思っている程度のスペイン贔屓だが)、ランブラス通りといえば、数年前、同じ8月に歩いたことがあるだけに、映像を見ていろいろと…。あれはマドリッド駅でのテロがあってからは数年後だったか(バルセロナのあと、ウェスカ、サラゴサに行き、そこから新幹線でマドリッド駅に行ったが、駅はもちろん復旧していて爆破事故の痕は感じなかった)。

バルセロナでは二泊した。ホテルはランブラス通りからは離れたところだったが、ガウディの「遺蹟」(?)に昇ったり、ランブラス通りから少し入ったところの「オーウェル広場」を覗いたり、ブラブラと歩いたものだ。オーウェルが立てこもった「劇場」を眺めたり、宿泊していたホテルのロビーに立ち寄ったり…。我が家にいるキエリクロボタンインコなどを沢山売っている鳥屋もあった。全部欲しかった? 海水浴場もあった。ロープウェーには強風で乗れなかったが…。セルベッセだったか、カーニャーだったか、昼間から一杯やったりもした。とてもいいところ。そこでのテロだけに…。日本人観光客も多かったのではないか。

それはさておき、荻原魚雷氏の『日常学事始』 (本の雑誌社)を読んだ。てっきり、以前の本―――『本と怠け者』 (ちくま文庫)、『古本暮らし』(晶文社)、『活字と自活』 (本の雑誌社)――のような古本屋行脚、古本読破・読後感想エッセイ&批評・評論集のような古本にまつわるエッセイ本かと思ったら、そうではなく、日常生活そのものを淡々と論じた本だった。


ここちよい日常って何だろう?東京・高円寺暮らしのライターが自らの経験をもとに綴る、衣食住のちょっとしたコツとたのしみ。怠け者のための快適生活コラム集。豆腐を使う「かさ増しレシピ」、賞味期限と食品の保存法あれこれ、洗濯ネットの効用、換気と健康の深い関係、日当たり優先の部屋選び…ひとり暮らしの若者たちに伝えたい衣食住のABC。お金はないけど、無理せずのんびり生きていく。

かつて僕も愛読したことのあるアンディ・ルーニーの『日常学のすすめ』 (晶文社)を著者も一読していて、そのタイトルから拝借したとのこと。

古本の話題は少ないが、古本屋の均一台の本を買うときに、一万円札を出すと烈火の如く怒鳴り散らす店主がいたとのこと。著者はそれを目撃しただけで被害者ではなさそうだが、 「古本好きなら、『ああ、あの店だな』と想像つくかも」と書いている。 「(ヒント= 神保町)」とある。

ううむ…。それらしき古本屋の店主の息子さんから、無愛想に、一万円札では売れないと言われたような記憶がある。まぁ、いまにして思えば、軒先の50円か百円の文庫本を買うのに一万円札を出されたら無理もない…とは思うが、その拒絶の言い方がちょっと尊大だったかと。商売人なら、「ちょっと、細かいのがないので…」とか言いながら、やんわりと断る態度を取るべきだろうに…と。
その古本屋は、神保町といっても、JR東日本の御茶の水駅により近い古本屋だったけど。店主は、よく浪花節かなにかを唸っていたかのような? 違っていたらゴメン遊ばせ。

そのほか、「生活」に関する本が何冊か紹介されている。半分ぐらいは読んでいたが、知らない本もあり、読んでみようかなと。

こういうエッセイ本は、読んでいる時に、いろいろと、あぁ,そうか、そうだな…なるほど…といった感想が頭に浮かんでは、消えていくといった感じで、いい意味で、読んでいる最中に楽しく読める本。自分自身、風呂なしアパートの学生時代を思い出しつつ。読了すると、内容をすぐに忘却? そういう読書もまた楽しいもの!

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