古本虫がさまよう 人生
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「鎌倉霊園」には「建屋のない原発」が何カ所もあって閉口。こんなところにお墓のある人はかわいそう? 「靖国神社」なら大丈夫かな?
(2017・6・18・日曜日)



昨日(土曜日)は、東京周辺は快晴。一カ月遅れで「恩師」の命日に、鎌倉霊園へ墓参りに。車中、荒木和博氏の『靖国の宴 戦って散った男たちのおとぎ話』 (高木書房)を読んだ。

著者は特定失踪者問題調査会代表をしている。北朝鮮との戦闘で亡くなった韓国人兵士がなぜか靖国神社に…。そこには、「元日本人」で朝鮮籍で、太平洋戦争で戦死した「先輩」がいた。さらには、韓国との戦闘で亡くなった北朝鮮兵士も…。そのほか…。さまざまな「兵士」が靖国の場でさまざまな過去を回想していくという「おとぎ話」だ。リアルタイムの北朝鮮の社会も描かれる。餓死寸前の少女……。


内容紹介
靖国で英霊同士が語る不思議な物語。 平成17年、靖国の英霊のところに韓国からお客さんがやってきた。彼もまたお国のために戦って散華した英霊である。戦った時代も場所も違うが、最後はアメリカ兵の英霊も加わり、靖国を舞台に語り合う。現実にはあり得ない設定ではあるが、戦って散華した英霊同士の会話は、むしろ真実ではないかと感じてしまう不思議な物語である。
出版社からのコメント
著者は言う。……韓国の平和ボケは日本以上とも言えますが、そんな中でも戦って死んでいく若者が今もいる。一方私たちは戦っていない。偉そうなことを言って靖国にファッションで参拝する私たちよりも、例え彼らの中に日本が嫌いな人間がいたとしても、靖国の英霊は彼らの方に親近感を感じるのではないか、と勝手に思って色々考えているうちにこの作品ができた次第です。


大変意義深い「小説」だった。口先だけの人権弁護士や反戦平和運動屋に読ませたい本だ。

読み終えたころ、大船からものすごい人が乗り込んできた。都会の朝のラュッシュ時なみ。北鎌倉で少し下りたが、メインは鎌倉。鎌倉駅は、毎度のことながら、臨時出口もつくろうとしない。親方日の丸鎌倉駅のホームからおりていく二つの階段は都会のラッシュ並み。やれやれである。トイレ、とりわけ女子トイレは長蛇の列。江ノ電も都会のラッシュタイム並に乗車制限をしているような。鎌倉まで何をしに?  

鎌倉霊園行きのバスも満車状態。出発するまでエンジン停止が原則? でも昨日は暑い。停車中も冷房を点けるのがサービスというものでは?  後ろのほうの座席に座れたので運転手に文句もいえず。隣の女性は、暑くてたまらないのだろう、上の窓を開けようとするものの開けられずに切歯扼腕。運転席は簡単にマドが開けられるだろうが…。車内は蒸し風呂みたいになっているというのに…。思いやりというか鈍感というか、官僚主義というか。5~6分はそのまま。出発前一分になってやっとエンジンが点火しエアコンも…。これが鎌倉のバス会社の「おもてなし」か?(2年前にも同じ体験をしていたようで、本欄で同趣旨のことを書いていた。「地球温暖化阻止」のために、我慢しましょうということ? アホらし屋の鐘がなるなるキンコンカアン?)。

途中のバス停からは乗れない人も。途中のナントカ寺でかなりの人が下りたが。パスモ(スイカ)でピッとやって乗って、下りるときピッとやるようになっているが、先頭の行き先表示盤、なぜか「バス停名」がしばし出てこない時がある。次のバス亭の停車名をずっと表示すればいいのに、「ご乗車ありがとうございます」なんて表示がずっと点いたまま。混んでいて、「次は〇〇に停まります」というのがよく聞き取れず、次はどのバス停だろうと思って、先頭の表示盤を見るのに、そこには延々とバス停名が出てこないのだ?  欠陥では? 普通にちゃんと出てくる時もあるのだが…。バス会社は一体何を考えているのやら? 利用者の利便性を第一に考えないのだろうか?

ともあれ、鎌倉霊園…。待合所のところの車の出入りする真ん前に、「青空喫煙スペース」が堂々と取られている。そこでプカプカする輩が何人もいて閉口。
トイレに行こうとしたら、そこには座って吸える青空喫煙所も…。トイレに入ったら、開いているマドから悪臭が漂ってくる。なんで?  と用をすませて外をみて見たら、トイレの外側でタバコを吸っている従業員たち? ここは灰皿もないのでは? さすがに待合所の中は「禁煙」になっているのだろう。それで、じゃ、外に出て吸いましょうという安易な発想(これって、昭和60年前後の発想?)で、トイレ脇の空間を「青空喫煙可能」地域にしているようだ。

なんで、こんなに喫煙者をイノシシみたいに野放しにするのか?  お金持ちの鎌倉霊園なら、二重ドアの喫煙ルームぐらい設置できるだろうに。鎌倉霊園周辺は「田舎」だから青空喫煙ならいくらでも拡散するからいいと思ったら大間違い。完全な田舎なら人口密度も低くて、被害もなく青空喫煙も可能だろうが、霊園待合所周辺は「人口密度」が高いのだから。そして、タバコの悪臭は空高く一直線に舞い上がっていくだけではなく横にも伝播していくのだから。
いままで何度かここにはきているが、最低の霊園というしかない? 「建屋のない原発」を設置しているようなものだから。 

線香は持参していたので、こんな所では買わないが、仏花はここで買うしかない。こんなタバコ臭いところ、「しきみ」(1050円)だけにしようかと思ったが…。やはりお花をと1550円のものを購入。タバコの悪臭がなければもうワンランクアップしたのに…。お花を買うところで、 「青空喫煙所が多すぎるよ、不愉快だよ」と注意を促す。急にそんなことを言われて、窓口の女性は面食らっていたようだが…。そのうち暇があったら電話しようかな(携帯はかけ放題なので、電話代を気にせずに抗議電話をかけることは可能だが…)。

ともあれ、テクテクと。少し上り坂だが、十分程度で到着。墓前になぜか、缶入りのナタデココとミルクコーヒーが置いてあった。花を替えて線香を点けてお参りする。一年前に訪れた時も空は快晴だった。小鳥のさえずりだけ。近くに墓参りにきた人が散見する程度。さすがにここには悪臭は漂ってはこない。青空。スカイブルー。気持ちいい。近況を報告…。

駅に戻り、鳩サブレーをお土産に買って、公文堂書店へ。エロス本は隅っこに未成年は買えないとの表示盤とともに。いろいろと拝見するものの買いたい本はなし。そのほかの鎌倉駅周辺の古本屋には寄らず(暑いし…)。湘南ラインに乗って一気に新宿へ。そこからお茶の水駅まで行き、神田の東京古書会館へ。ここにも公文堂書店の展示あり。おやおやと。

臼田潔氏の『欧米ひとめぐり四十日紀行 付訪ソ記』 (信毎書籍印刷株式会社)、ポリス・エーデルの『猛獣使いの回想』 (理論社)を購入。300円二冊で600円。

そのあとブラブラしながら久しぶりに「いもやの天丼」を食べようと思ったら、夕方4時半なのに満席。並んでいる人はいないが…。仕方なく「いもやの豚カツ定食」のほうへ。こちらは空いていた。カウンターに4人いた程度。もっとも僕が入ったあと、矢継ぎ早に客が入り、あっというまに満席状態になったが。この前も天丼屋が混んでいて、仕方なく(?)豚カツ定食(800円)にしたが。本当にここ数年、いもやの豚カツ定食以外で、豚カツを食べた記憶がほぼない。

そのあと、鳩サブレーを「知人宅」におすそ分けして帰宅。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「巡査部長」や「編集次長」といえば、「事務次官」「長官」や「編集局長」「編集長」の次の次ぐらいのポストかな? だって、文科省では「事務次官」は自腹で風俗調査をするのだから?
(2017・6・2・金曜日)




藤澤志恵子さんの『出世と肩書』 (新潮新書)を読んだ。


課長→部長→取締役→常務→専務→社長→会長という出世コースは今は昔。CEO、COO、チェアマン等、横文字の肩書が氾濫し、この人偉いの?偉くないの?と混乱は増すばかり。「次官」が一番偉い役所の不思議なシステム、政治家にとっての花道的役職、人生最後のランク付け「勲章」、外資系のややこしい「肩書」のカラクリetc.…序列社会の構造がみえてくる、社会人必読の現代ニッポン肩書入門。

知人に外資系企業の日本支社に勤務している人がいるが、肩書が「副社長」。おお、すごいなと思っていたが、本書を読むと、広報部長といったところ?

最近話題の「事務次官」は、もちろん官僚機構の「トップ」。「社長」みたいなもの。「事務次官」が官僚の世界で一番偉いということは、中学生のころから知っていたが、著者によると、必ずしもそうではないという。「次」という漢字があるため。「財務官」などのほうが「財務次官」より偉いと思う向きもあるようだ。たしかに、昨今、「事務次官」は話題だが、風俗調査に自ら出向くとなると、下っぱ官僚かと思う向きもある?

まぁ、嵐のメンバーのお父さんは総務次官だったが、あの人が、前文部次官サンのような風俗調査をしていたら、大変な話題になったことだろう。

この本はそういった官僚や外資企業やらさまざまな職場の「肩書」について触れている。ご自身のマスコミの世界も。著者も秋田支局長とのことだが、一人支局長で部下もたいしていないとのこと。「支局長」も大きな県だと、部下もいるようだが。

「特別記者」「編集委員」「論説委員」などあるし、大学も昔なら「教授」「助教授」「専任講師」「助手」だったが、最近は「助教授」といわず「准教授」。「名誉教授」以外にも年輩者だと「特別教授」や「特任教授」なども出てくる。誰が一番偉いのか、年収が多いのか「肩書」だけではよくわからなくなってきたようだ。

本書では触れていないが、警察の世界も、僕などは「巡査部長」というのは偉いのかなと思っていた。「部長」だから。しかし、よく30歳前後の「巡査部長」が悪さをして逮捕されたりする事例もある。

ウィキペディアによると、「巡査部長(じゅんさぶちょう、英称:Sergeant)は警部補の下で巡査の上に位置する日本 の警察官の階級。全警察官の約30% 90000人が巡査部長」とのこと。警官なら誰でもなれる「部長」のようだ?

以前、ある雑誌社(講談社だったか?)の「幹部」がどうのこうのという記事があった。40歳ちょっとで「編集次長」という肩書だったかと。新聞記者からみて、「編集次長」という肩書が「大物」に見えたようだが、実態は、入社して15年目ぐらいなら誰でもなれる「肩書」を、「重役クラス」と誤解しての「幹部」扱いだったようだ。

子供のころ、家のポストによく「○○銀行支店長代理」という肩書の名刺が入っていた。預金キャンペーンだったか?

「鶏口牛後」という言葉もあるし、世の中、いろいろ。ふと、我が名刺を眺めて…。
「長」がついている? 良かった? ほかにも……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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小野寺五典さん、佐藤優さんも「微罪」で逮捕されたり有罪になったりしても、大臣、ベストセラー作家になったのだから、田母神俊雄さんもカムバック可能だろう。人生七転び八起きなり
(2017・5・23・火曜日)




昨日(2017・5・22)の読売夕刊に「田母神被告に有罪判決」「14年都知事選運動員買収」「陣営元幹部との共謀認定」「東京地裁」の見出しの記事が出ていた。
時同じくして、書店に田母神俊雄氏の『不徳を恥じるも私心なし 冤罪獄中記』 (ワック)が並んでいた。
帯に「強制捜査すれども横領容疑は不起訴!」「なんと、公職選挙法違反のみで169日に及ぶ不当な拘置生活!」「これは東京地検特捜部のまったくの勇み足!」とある。

もう一度、読売の見出しを眺めた。「運動員買収」で「有罪判決」なんだ。「横領容疑」で「有罪判決」ではないのだ。あれ、強制捜査みたいなことをやっていたけど、じゃ、あれは不起訴というか「無罪」というか、そもそも起訴されていなかったというわけだ。

公選法違反というと、以前、防衛大臣をやった自民党の小野寺五典さんも、かつてそれに違反してつかまったりしたことがあったっけ。

ウィイペディアによるとこんな経過だった。

選挙区内の有権者への線香セットの配布が、公職選挙法で禁止されている「寄付行為」に該当し、仙台地方検察庁に書類送検されたため2000年に衆議院議員を辞職。略式命令による罰金40万円の有罪判決を受け、公民権が3年間停止された

まぁ、線香セットの配布なんて、ちょっとしたご挨拶程度のものだろうが、公職選挙法違反になるといえば違反になるのだろう。瑣細な「罪」というのか、さっさと認めれば、この程度の「処分」で済むということか?
田母神さんの場合も選挙運動員に、ちょっと多めの謝礼を選挙が終ったあとから配布することを、法律違反と思わず、スタッフが配布していいでしょうと言われ、う~む、ちょっと待ってくれよと一応制止したのに、勝手に配布…。その責任を問われる形での公選法違反云々であったようだ。

公選法違反程度で「強制捜査」というのはふつうありえず、横領容疑が成立すると見込んでの大捜査だったようだが、それはちょっと空振り。やむをえずの公選法違反での逮捕起訴のようにも思える。

本書によれば、検事から「自白」を半ば強要されつつも、見に覚えがないということで一貫して否認。それもあってか、小菅に拘留されたようだ。170日近くも…。

東京都知事に出馬することになった経過や、60万票を獲得し、政治資金も4000万円ぐらい余り、次の参議院選挙に出馬しようと思ったものの、それを参謀格のスタッフが韓国バーなどで使い込み…。そしていろいろとスッタモンダがあったようだ。

ことの経緯は、詳述されているし、「小菅ヒルズ」でのいささか窮屈な生活にあって、体力維持、教養維持のために、自己研鑽している様子も描かれている。本も沢山読めたようだ(容疑者としての拘留のため、労役もない)。
ご自身も、脇が甘かった云々と自省もしておられるが、普通に本を読めば「無罪」かなとも思う人も少なくないのではないか。
田母神獄中ジョークなるものも披露されている。エロスネタもあるが、これが秀逸。笑える。

獄中記といえば、佐藤優氏の『獄中記』 (岩波現代文庫)を以前読んだことがある。こちらは田母神さんより長い512日間、拘留されていた。彼もある意味で、読書三昧だったかと? お二人の獄中記を読むと、「読書強制収容所」などがあれば、入ってみたくもなる? ちょっと硬い床やらいろいろと難点もあるが…。検察の取調べもあるみたいだが…。夜の消灯も早い(僕は早寝早起きだから、早起きできるなら夜9時消灯でもいいが…)。

何はともあれ、得るものがあれば失うものがあり、失うものがあれば得るものがあるのが人生。小野寺さんも「公選法違反」で「有罪」になったが、防衛大臣になった。人生、七転び八起き…。佐藤さんもいまはすっかり売れっ子の物書き。人生、負けてたまるか!といったところか。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「痴漢の楽園」「痴女の楽園」「痴辱(恥辱)の楽園」はいかんが、「書痴の楽園」はいいではないか? ともあれ、エフトゥシェンコさんも渡部昇一氏さんも4月に亡くなっていたのか…。(2017・5・22・月曜日)




昨日(日曜日)は、自宅で仕事(書類整理)。面白い「書類」相手なので苦ではないのだが、その間にもいろいろと仕事がらみの電話がかかってきたりして中断。
高知に旅行に出かけていた家人も夕方に帰宅。 おみやげは「野根まんじゅう」。これを買うなら「浜口福月堂」の「野根まんじゅう」に限る。類似品にはご注意を!?

ふと、目を休めさせよう、ネットでふふふのモノでも見ようかと思って「恥辱の楽園」とか「痴女の楽園」とか打ってみた。ふうむ…いろんなものが出てくるなと思いつつ、 「痴漢の楽園」と打とうと思ったら、打ちミスで「書痴の楽園」となってしまった。すると、 渡部昇一『書痴の楽園』 DHCテレビなるものがトップに出てきた。そういう番組があると聞いたことはあるが、見た記憶がなかった。

そもそもパソコンでテレビ的なる番組が見られるということもよくは知らない。それをクリックしてみると、面白い。タレントの宮崎美子さんは、別の衛星放送番組でも「本」がらみの番組のキャスターみたいな仕事をしているのを拝見したことはあるが、こちらは「書痴」の渡部昇一さんをメインに、宮崎さんが聞き手の形で、渡部さんの自宅の書庫などを探索するシーンも出ていた。古本屋のご主人なども登場。何十回も放送されているようだ。

ざっと14~15万冊の本が蔵書として書庫におさめられているとのこと。ううむ、我が家も1・5万冊はあるか? 上京して40年。一年1000冊ぐらい購入していたら、4万冊? 一日一冊は読んでいたから、1・5万冊+αはあるか? いやいや、処分した冊数もそこそこあるし、図書館で借りたりすれば、蔵書にならないから…。 それに「文庫」なども入れての冊数。渡部さんの書庫にも、いしいひさいち氏の漫画やゴルゴ13などもあるようだが……。フランス書院文庫はないだろうなぁ。我が家も大分棄てたが、それでも百冊以上はある?

ともあれ、 『カンタベリー物語』か何かの初版本がほしくて、買いたいと思ったけど、なんと3800万円もする。まもなく上智大学を退職する予定だったので、退職金がいくら貰えるか聞いたところ、それでなんとか買えるようだと判断して購入することにしたとか……。
ううむ。私立大学の当時の定年は古希ぐらいだっただろうか? 今から十数年前で、少なくとも3800万円以上の退職金があったというのは、恵まれているほうだと思うが、それを一冊の本に注ぎ込むとは…。奥様は本を買っても怒らない奥さんだったとのこと。ううむ……。我が家とは、退職金の金額も、蔵書数も、妻の度量もすべて大きく異なるようだ。そんな画像をついつい見とれてしまった……。
我が家もスライド式(手動)の本棚はあるが、渡部家は機械式。とにもかくにも、立派な書庫・書斎だった。立花隆氏や猪瀬直樹氏の「書斎」「書庫」も敵わないだろう。圧巻!
  
それはさておき、2017年5月17日付け産経新聞の安井侑子氏のエッセイ(見出し「時代を疾駆したロシアの詩人」「追悼」「エウゲニー・エフトゥシェンコ氏」)で知ったのだが、エフトシェンコが2017年4月1日に84歳で死んでいたとのこと。渡部さんより2歳ほど若く、二週間ちょっと早く亡くなっていたようだが、ほぼ同世代。

エフトシェンコといえば…。まぁ、反体制派詩人のような、そうでないような微妙な立ち位置だったか…。

産経の安井氏のエッセイでも、エフトシェンコの立ち位置に関しての評判が書かれていた。当局の犬とか?  いやいや、自由を愛する詩人だとか。     
彼の『早すぎる自叙伝』 (新潮社)を読んだのもかなり昔のこと。

エフトシェンコさんはたしか若い奥さんを連れて1992年に来日していた。イイノホールだったかどこかでスピーチを聞いた記憶がある(が、なにせ25年前)。当時存命だった、ロシア文学者の木村浩さんは、エフトシェンコに対して、中立というか、 『収容所群島』 (新潮社)の著者ソルジェニーツィンの訳者らしく、冷やかな眼で彼を見ていた。

1992年1月号の「諸君!」に、両者の対談、 「大論争ソ連知識人74年の選択”反体制詩人”はなぜ生き延びたか」が掲載されている。

タイトル脇の冒頭のリードが、 「あなたは、反体制の看板をクレムリンに利用されたのではないですか」(木村)、「木村さんは、亡命者や殺された作家しか愛せないのですか!」(エフトシェンコ)となっていることからも自明。

エフトシェンコさんも、木村浩さんやソルジェニーツィンや渡部昇一さんと天国で仲良く語り合っていることだろうか?

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ジョナサン・フランクリンの『イートン校の2羽のフクロウ』 を手に、 神田古書会館近くでスズメの死体を見て、クレア・キップスの『ある小さなスズメの記録--人を慰め、愛し、叱った、誇り髙きクラレンスの生涯』を思い出しつつ、故人を偲び、小鳥グッズでソックスを物色し、刀根里衣氏の『なんにもできなかったとり』にためいき(2017・5・21・日曜日)





昨日(土曜日)東京周辺はかなり暑い日。ジャケットはいらなかったが、知人のお別れ会(昼食)があったので、礼服ではなくノーネクタイなれども、夏ジャケットを羽織って出かけた。

その前に最終日の新橋駅前の古本市へ。

相変わらず「建屋のない原発」同様の遮蔽壁がほとんどない「青空喫煙所」があって、そこからは放射能、いやオナラの悪臭に匹敵する(?)悪臭が、その近くにある古本市のブースにまで漂ってきている。本当に港区のお役所というのはバカ揃いなのだろう。こんな中途半端な青空喫煙所を設置して「分煙」していると思っているのだから。もう少し「壁」を作るなり、考えろといいたくなる。

さらには、その青空喫煙所の周辺にある「ビッグブラザー」ならぬ大型画面から、ひっきりなしにコマーシャルの音声がビッグボイスで流れてくる。うるさいってもんじゃない。ブックオフの店内より酷い

なにしろ、第一興商なる「ブランド」の画面からは演歌などが流れてきて最悪。高円寺の某商店街より酷い(ここはまだ歌詞がないメロディだけだから…)。
こんな騒音を野放しにしている点でも、港区区役所は環境美化政策において、徹底的に遅れており、愚鈍というしかない。呆れてしまう。
ということもあり、買いたいものはなし。こんな騒音の中で、古本市を開催している古本屋関係者に同情するしかないが、関係者も、商売の敵でしかない、騒音、悪臭の「規制」をするように当局に働きかけるべきだろう。

新橋駅から地下鉄で会場に移動。昼食会に出席し、故人を偲ぶ。

そのあと、神保町へ。新御茶の水駅から、テクテクと歩いて古書会館に向かう途中、足元にスズメの雛の無残な「死体」が…。巣から落ちたのかと空を見上げたが、電柱がある程度。人の足にでも踏まれたかペシャンコになっていた。かわいそうに…。と思ったのも、ちょうど車中で、鳥関係の本を読んでいたから。ジョナサン・フランクリンの『イートン校の2羽のフクロウ』 (エクスナレッジ)。英国イートン校の生徒が、フクロウの雛を偶然保護し、学校の寮にまで持ち運んだハプニングなどを綴った本。面白い。イートン校も覗いたことがあった。もう10年以上昔か。近くに古本屋があったなと?

スズメといえば、クレア・キップスの 『ある小さなスズメの記録--人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯』 (文藝春秋)という本を紹介ずみ。こちらのスズメは死ぬ寸前だったところを人間に拾われたのだが…。その本のことを思い出しつつ、哀れにも死んでいるスズメをしばし見つめてしまった。

ともあれ、古書会館へ。

富重義人氏の『世間さま御注目! ある男の銀座PR戦戦記』 (中経出版)、ザカリアスの『密使 米國の対日諜報活動』 (改造社)、川崎景章氏の『折戸日記  高等商船学校生徒の記録』 (非売品)、黒田三郎氏の『赤裸々にかたる  詩人の半生』 (新日本出版社)を購入。しかし、あとで不安に思って本欄を検索すると、ほとんどの本を持っていたようだ……。ううむ…。晩飯数回分に無駄金を出費したようだ。バカというしかない。

そのあと、仕事場に移動し仕事。

夕方、知人と総武線某駅で待ち合わせ。駅構内に出来た小鳥などのグッズを扱う店を少し拝見。インコ系小鳥のイラスト入りのソックスなどいろいろとある。女性向けの店なのか、ソックスは25センチ止まり。これでは履けない。27センチは欲しいもの。買えず。そのあと、食事(全席禁煙店)して帰宅。

夜、刀根里衣氏の『なんにもできなかったとり』 (NHK出版)を読んだ。絵本。

内容紹介→「なんにもできないことの豊かさがキラキラあふれてくるようです」――吉本ばなな(帯より)
絵本作家・刀根里衣の原点であるイタリアデビュー作。なにをやってもうまくできない不器用な一羽のとり。そのとりは、当時、無力感を抱いていた作家自身であった。生きるとはなにか、幸せとはなにかを考えさせられる結末に、心が震える――。作品を手にしたイタリア人編集者が、ページを閉じた瞬間に出版を決めたという感動作。

まぁ鳥もいろいろ。とはいえ、生きてこそ人生(鳥生?)。生まれてすぐに死んでは…。それでは本当に「なんにもできなかったとり」になってしまう。

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