古本虫がさまよう 人生
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小野寺五典さん、佐藤優さんも「微罪」で逮捕されたり有罪になったりしても、大臣、ベストセラー作家になったのだから、田母神俊雄さんもカムバック可能だろう。人生七転び八起きなり
(2017・5・23・火曜日)




昨日(2017・5・22)の読売夕刊に「田母神被告に有罪判決」「14年都知事選運動員買収」「陣営元幹部との共謀認定」「東京地裁」の見出しの記事が出ていた。
時同じくして、書店に田母神俊雄氏の『不徳を恥じるも私心なし 冤罪獄中記』 (ワック)が並んでいた。
帯に「強制捜査すれども横領容疑は不起訴!」「なんと、公職選挙法違反のみで169日に及ぶ不当な拘置生活!」「これは東京地検特捜部のまったくの勇み足!」とある。

もう一度、読売の見出しを眺めた。「運動員買収」で「有罪判決」なんだ。「横領容疑」で「有罪判決」ではないのだ。あれ、強制捜査みたいなことをやっていたけど、じゃ、あれは不起訴というか「無罪」というか、そもそも起訴されていなかったというわけだ。

公選法違反というと、以前、防衛大臣をやった自民党の小野寺五典さんも、かつてそれに違反してつかまったりしたことがあったっけ。

ウィイペディアによるとこんな経過だった。

選挙区内の有権者への線香セットの配布が、公職選挙法で禁止されている「寄付行為」に該当し、仙台地方検察庁に書類送検されたため2000年に衆議院議員を辞職。略式命令による罰金40万円の有罪判決を受け、公民権が3年間停止された

まぁ、線香セットの配布なんて、ちょっとしたご挨拶程度のものだろうが、公職選挙法違反になるといえば違反になるのだろう。瑣細な「罪」というのか、さっさと認めれば、この程度の「処分」で済むということか?
田母神さんの場合も選挙運動員に、ちょっと多めの謝礼を選挙が終ったあとから配布することを、法律違反と思わず、スタッフが配布していいでしょうと言われ、う~む、ちょっと待ってくれよと一応制止したのに、勝手に配布…。その責任を問われる形での公選法違反云々であったようだ。

公選法違反程度で「強制捜査」というのはふつうありえず、横領容疑が成立すると見込んでの大捜査だったようだが、それはちょっと空振り。やむをえずの公選法違反での逮捕起訴のようにも思える。

本書によれば、検事から「自白」を半ば強要されつつも、見に覚えがないということで一貫して否認。それもあってか、小菅に拘留されたようだ。170日近くも…。

東京都知事に出馬することになった経過や、60万票を獲得し、政治資金も4000万円ぐらい余り、次の参議院選挙に出馬しようと思ったものの、それを参謀格のスタッフが韓国バーなどで使い込み…。そしていろいろとスッタモンダがあったようだ。

ことの経緯は、詳述されているし、「小菅ヒルズ」でのいささか窮屈な生活にあって、体力維持、教養維持のために、自己研鑽している様子も描かれている。本も沢山読めたようだ(容疑者としての拘留のため、労役もない)。
ご自身も、脇が甘かった云々と自省もしておられるが、普通に本を読めば「無罪」かなとも思う人も少なくないのではないか。
田母神獄中ジョークなるものも披露されている。エロスネタもあるが、これが秀逸。笑える。

獄中記といえば、佐藤優氏の『獄中記』 (岩波現代文庫)を以前読んだことがある。こちらは田母神さんより長い512日間、拘留されていた。彼もある意味で、読書三昧だったかと? お二人の獄中記を読むと、「読書強制収容所」などがあれば、入ってみたくもなる? ちょっと硬い床やらいろいろと難点もあるが…。検察の取調べもあるみたいだが…。夜の消灯も早い(僕は早寝早起きだから、早起きできるなら夜9時消灯でもいいが…)。

何はともあれ、得るものがあれば失うものがあり、失うものがあれば得るものがあるのが人生。小野寺さんも「公選法違反」で「有罪」になったが、防衛大臣になった。人生、七転び八起き…。佐藤さんもいまはすっかり売れっ子の物書き。人生、負けてたまるか!といったところか。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「痴漢の楽園」「痴女の楽園」「痴辱(恥辱)の楽園」はいかんが、「書痴の楽園」はいいではないか? ともあれ、エフトゥシェンコさんも渡部昇一氏さんも4月に亡くなっていたのか…。(2017・5・22・月曜日)




昨日(日曜日)は、自宅で仕事(書類整理)。面白い「書類」相手なので苦ではないのだが、その間にもいろいろと仕事がらみの電話がかかってきたりして中断。
高知に旅行に出かけていた家人も夕方に帰宅。 おみやげは「野根まんじゅう」。これを買うなら「浜口福月堂」の「野根まんじゅう」に限る。類似品にはご注意を!?

ふと、目を休めさせよう、ネットでふふふのモノでも見ようかと思って「恥辱の楽園」とか「痴女の楽園」とか打ってみた。ふうむ…いろんなものが出てくるなと思いつつ、 「痴漢の楽園」と打とうと思ったら、打ちミスで「書痴の楽園」となってしまった。すると、 渡部昇一『書痴の楽園』 DHCテレビなるものがトップに出てきた。そういう番組があると聞いたことはあるが、見た記憶がなかった。

そもそもパソコンでテレビ的なる番組が見られるということもよくは知らない。それをクリックしてみると、面白い。タレントの宮崎美子さんは、別の衛星放送番組でも「本」がらみの番組のキャスターみたいな仕事をしているのを拝見したことはあるが、こちらは「書痴」の渡部昇一さんをメインに、宮崎さんが聞き手の形で、渡部さんの自宅の書庫などを探索するシーンも出ていた。古本屋のご主人なども登場。何十回も放送されているようだ。

ざっと14~15万冊の本が蔵書として書庫におさめられているとのこと。ううむ、我が家も1・5万冊はあるか? 上京して40年。一年1000冊ぐらい購入していたら、4万冊? 一日一冊は読んでいたから、1・5万冊+αはあるか? いやいや、処分した冊数もそこそこあるし、図書館で借りたりすれば、蔵書にならないから…。 それに「文庫」なども入れての冊数。渡部さんの書庫にも、いしいひさいち氏の漫画やゴルゴ13などもあるようだが……。フランス書院文庫はないだろうなぁ。我が家も大分棄てたが、それでも百冊以上はある?

ともあれ、 『カンタベリー物語』か何かの初版本がほしくて、買いたいと思ったけど、なんと3800万円もする。まもなく上智大学を退職する予定だったので、退職金がいくら貰えるか聞いたところ、それでなんとか買えるようだと判断して購入することにしたとか……。
ううむ。私立大学の当時の定年は古希ぐらいだっただろうか? 今から十数年前で、少なくとも3800万円以上の退職金があったというのは、恵まれているほうだと思うが、それを一冊の本に注ぎ込むとは…。奥様は本を買っても怒らない奥さんだったとのこと。ううむ……。我が家とは、退職金の金額も、蔵書数も、妻の度量もすべて大きく異なるようだ。そんな画像をついつい見とれてしまった……。
我が家もスライド式(手動)の本棚はあるが、渡部家は機械式。とにもかくにも、立派な書庫・書斎だった。立花隆氏や猪瀬直樹氏の「書斎」「書庫」も敵わないだろう。圧巻!
  
それはさておき、2017年5月17日付け産経新聞の安井侑子氏のエッセイ(見出し「時代を疾駆したロシアの詩人」「追悼」「エウゲニー・エフトゥシェンコ氏」)で知ったのだが、エフトシェンコが2017年4月1日に84歳で死んでいたとのこと。渡部さんより2歳ほど若く、二週間ちょっと早く亡くなっていたようだが、ほぼ同世代。

エフトシェンコといえば…。まぁ、反体制派詩人のような、そうでないような微妙な立ち位置だったか…。

産経の安井氏のエッセイでも、エフトシェンコの立ち位置に関しての評判が書かれていた。当局の犬とか?  いやいや、自由を愛する詩人だとか。     
彼の『早すぎる自叙伝』 (新潮社)を読んだのもかなり昔のこと。

エフトシェンコさんはたしか若い奥さんを連れて1992年に来日していた。イイノホールだったかどこかでスピーチを聞いた記憶がある(が、なにせ25年前)。当時存命だった、ロシア文学者の木村浩さんは、エフトシェンコに対して、中立というか、 『収容所群島』 (新潮社)の著者ソルジェニーツィンの訳者らしく、冷やかな眼で彼を見ていた。

1992年1月号の「諸君!」に、両者の対談、 「大論争ソ連知識人74年の選択”反体制詩人”はなぜ生き延びたか」が掲載されている。

タイトル脇の冒頭のリードが、 「あなたは、反体制の看板をクレムリンに利用されたのではないですか」(木村)、「木村さんは、亡命者や殺された作家しか愛せないのですか!」(エフトシェンコ)となっていることからも自明。

エフトシェンコさんも、木村浩さんやソルジェニーツィンや渡部昇一さんと天国で仲良く語り合っていることだろうか?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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ジョナサン・フランクリンの『イートン校の2羽のフクロウ』 を手に、 神田古書会館近くでスズメの死体を見て、クレア・キップスの『ある小さなスズメの記録--人を慰め、愛し、叱った、誇り髙きクラレンスの生涯』を思い出しつつ、故人を偲び、小鳥グッズでソックスを物色し、刀根里衣氏の『なんにもできなかったとり』にためいき(2017・5・21・日曜日)





昨日(土曜日)東京周辺はかなり暑い日。ジャケットはいらなかったが、知人のお別れ会(昼食)があったので、礼服ではなくノーネクタイなれども、夏ジャケットを羽織って出かけた。

その前に最終日の新橋駅前の古本市へ。

相変わらず「建屋のない原発」同様の遮蔽壁がほとんどない「青空喫煙所」があって、そこからは放射能、いやオナラの悪臭に匹敵する(?)悪臭が、その近くにある古本市のブースにまで漂ってきている。本当に港区のお役所というのはバカ揃いなのだろう。こんな中途半端な青空喫煙所を設置して「分煙」していると思っているのだから。もう少し「壁」を作るなり、考えろといいたくなる。

さらには、その青空喫煙所の周辺にある「ビッグブラザー」ならぬ大型画面から、ひっきりなしにコマーシャルの音声がビッグボイスで流れてくる。うるさいってもんじゃない。ブックオフの店内より酷い

なにしろ、第一興商なる「ブランド」の画面からは演歌などが流れてきて最悪。高円寺の某商店街より酷い(ここはまだ歌詞がないメロディだけだから…)。
こんな騒音を野放しにしている点でも、港区区役所は環境美化政策において、徹底的に遅れており、愚鈍というしかない。呆れてしまう。
ということもあり、買いたいものはなし。こんな騒音の中で、古本市を開催している古本屋関係者に同情するしかないが、関係者も、商売の敵でしかない、騒音、悪臭の「規制」をするように当局に働きかけるべきだろう。

新橋駅から地下鉄で会場に移動。昼食会に出席し、故人を偲ぶ。

そのあと、神保町へ。新御茶の水駅から、テクテクと歩いて古書会館に向かう途中、足元にスズメの雛の無残な「死体」が…。巣から落ちたのかと空を見上げたが、電柱がある程度。人の足にでも踏まれたかペシャンコになっていた。かわいそうに…。と思ったのも、ちょうど車中で、鳥関係の本を読んでいたから。ジョナサン・フランクリンの『イートン校の2羽のフクロウ』 (エクスナレッジ)。英国イートン校の生徒が、フクロウの雛を偶然保護し、学校の寮にまで持ち運んだハプニングなどを綴った本。面白い。イートン校も覗いたことがあった。もう10年以上昔か。近くに古本屋があったなと?

スズメといえば、クレア・キップスの 『ある小さなスズメの記録--人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯』 (文藝春秋)という本を紹介ずみ。こちらのスズメは死ぬ寸前だったところを人間に拾われたのだが…。その本のことを思い出しつつ、哀れにも死んでいるスズメをしばし見つめてしまった。

ともあれ、古書会館へ。

富重義人氏の『世間さま御注目! ある男の銀座PR戦戦記』 (中経出版)、ザカリアスの『密使 米國の対日諜報活動』 (改造社)、川崎景章氏の『折戸日記  高等商船学校生徒の記録』 (非売品)、黒田三郎氏の『赤裸々にかたる  詩人の半生』 (新日本出版社)を購入。しかし、あとで不安に思って本欄を検索すると、ほとんどの本を持っていたようだ……。ううむ…。晩飯数回分に無駄金を出費したようだ。バカというしかない。

そのあと、仕事場に移動し仕事。

夕方、知人と総武線某駅で待ち合わせ。駅構内に出来た小鳥などのグッズを扱う店を少し拝見。インコ系小鳥のイラスト入りのソックスなどいろいろとある。女性向けの店なのか、ソックスは25センチ止まり。これでは履けない。27センチは欲しいもの。買えず。そのあと、食事(全席禁煙店)して帰宅。

夜、刀根里衣氏の『なんにもできなかったとり』 (NHK出版)を読んだ。絵本。

内容紹介→「なんにもできないことの豊かさがキラキラあふれてくるようです」――吉本ばなな(帯より)
絵本作家・刀根里衣の原点であるイタリアデビュー作。なにをやってもうまくできない不器用な一羽のとり。そのとりは、当時、無力感を抱いていた作家自身であった。生きるとはなにか、幸せとはなにかを考えさせられる結末に、心が震える――。作品を手にしたイタリア人編集者が、ページを閉じた瞬間に出版を決めたという感動作。

まぁ鳥もいろいろ。とはいえ、生きてこそ人生(鳥生?)。生まれてすぐに死んでは…。それでは本当に「なんにもできなかったとり」になってしまう。

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ジキルとハイドの定年生活、松木たかし、川北義則、楠木新、野末陳平、弘兼憲史、佐藤愛子 各氏の持論を読むにつけ、楽しい時間は、家族や人に直接迷惑をかけない限り、自分流に限るというのは正論
(2017・5・17・水曜日)






松木たかし氏の『風俗の虫 捜査官が覗いた日本の風俗70年』 (幻冬舎ルネッサンス)、川北義則氏の『60歳からの欲情 定年後、男はどう遊べばいいか』 (角川書店)に続いて手にしたのが、楠木新氏の『定年後 50歳からの生き方、終り方』 (中公新書)。こちらはまじめな「ジキル」的定年論。

余裕のある(?)大企業につとめた著者が、自分自身の定年前後を論じつつ、同世代たちの「定年後」を描いたエッセイ本といったところ。

年金もそこそこもらえるものの、再就職することなく、「毎日が日曜日」を過ごす定年後サラリーマンの悲劇などが綴られている箇所もある。クレームをつけたがる「暴走老人」の話も出てくる。ふと他山の石?と思いつつも、僕のように適切にメトロなど、親方日の丸企業の行き過ぎた「節電」をたしなめるのは暴走でもなんでもあるまいが(ホームの待ち席の真上の蛍光灯削除や車内蛍光灯削除を、読書の妨げになるから止めろ--という程度)。

やることがないといっても、近所の図書館に出かけて時間を潰すのも、立派な「活動」といえそうだが……。
まぁ、我が家だと、「古女房」は「ギャンブル」だし、僕は「古本屋」行脚で、定年後は平日はそれで過ごせる? とはいえ、それらには一定の「お金」も必要。ロハに徹するなら、図書館行脚がベストかも?  晴耕雨読、自宅で読書三昧ということも可能だろうが……。なるようになる…。

とはいえ、今や65歳~70歳ぐらいまでは働くというのが半ば「常態」となりつつある? 還暦はすぐやってくるが「定年後」の悠々自適はまだまだ?

マネー評論家として、また参議院議員として一世を風靡した野末陳平さんは、エロじじいを自称するお一人。 『老後ぐらい好きにさせてよ 楽しい時間は「自分流」に限る!』 (青春出版社)という本を出した。


下流老人、老後破産…不安ばかりが取り上げられる、これからの老後ですが、本当にそうでしょうか?
人は生きている間だけが花。どうせ生きているのなら、不安を抱えながらではなくて、健康で人生を面白がらなきゃソンってものです。
・老後の居場所は退職前から探しておく
・めし友を持たない老後はさびしい
・年賀状はやめるが礼状は書く
・若い人たちとうまくつきあう方法
・老後の家賃と住宅ローンはつらい
・親の老後とどう向き合うか
・自分自身が介護の身になったら
・老後はお金の欲を封印せよ
などなど、ちょっとした心がまえから、知っておきたい実用的な老後のコツまで、80代の視点から老体にムチを打って書き下ろした チンペイ流:老後を愉快に笑って生きる知恵。 生きるほどに楽しくなるヒントが満載です


まぁ、きわめて、いい意味で、ありふれた内容といえば内容。3人の愛人を囲っていて楽しんでいた人も、70代以降は重荷になってしまっている例なども出てくる。愛人も50代…。捨てるわけにもいかず…。
「相席居酒屋」なんてところもあるそうな。女性は飲み代タダ(男性側が負担?)。飲食代を出してくれる男性と懇談する義務はあるそうだが……。著者も参加。楽しく飲み食いしただけで終ったようだが…。需要と供給の論理が社会を動かす典型?
著者ご本人は、すでに老人ホームみたいなところにも入っているそうな。昭和7年生まれでもう80代半ば過ぎ。この前、あるパーティでお見かけしたが、声量も豊かでまだお元気なご様子であったが……。
明日は我が身…。人生どうなることやら…。

一方、まだ「前期高齢者」の弘兼憲史氏の『弘兼流60歳からの手ぶら人生』 (海竜社)なる本も出ている。こちらはまだ還暦ちょいすぎの人。身辺整理というか、人生後半になっての生き方を論じた本のようだ(未読)。佐藤愛子さんの『九十歳。何がめでたい』 (小学館)なんて本もある(未読)。

楽しい時間は、家族や人に直接迷惑をかけない限り、自分流に限るというのは正論。

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定年後は「風俗虫がさまよう」とばかりに癒しと女性を求めて「欲情生活」に向かう高齢者男性が増加? 「古本」を求めて「古本虫がさまよう」というのは少数派の趣味でしかないのか? どちらも足腰が丈夫でないと楽しめないが
(2017・5・16・火曜日)



松木たかし氏の『風俗の虫 捜査官が覗いた日本の風俗70年』 (幻冬舎ルネッサンス)を昨日紹介したが、それと似た感じの本が、川北義則氏の『60歳からの欲情 定年後、男はどう遊べばいいか』 (角川書店)だ。


松木氏は大正15年・1926年生まれだったが(ご存命だとすると91歳?)、川北氏は1935年生まれ。東スポ出身。本書では、自分自身の内外でのさまざまな浮気体験を含めて、高齢男性たちの「定年後の欲情生活」がルポされている。「定年後」のジキルとハイドの生活の中で、「ハイド」系を描いたものといえそう。

若い時分海外でいろいろと遊んだものの、帰国してから病院に通うことはなかったそうな。ううむ…。
そういえば、以前、あるところで寮生活をしていたが、同僚や先輩たちが、よせばいいのに、「国際ボランティアをしてくる」といって、タイに一週間ぐらい出かけたことがあった。35年ぐらい前のことだ。どんなボランティアをしていたかは忘れたが、帰国するやいなや、「痒い」とかいって、徳州会の病院にあわてて通っていたことがあったものだった? ジキルとハイドのボランティアをやっていたのだろう?

ともあれ、定年後の「遊び友達」を見つけるにあたって、中学校の同窓会などで知り合うこともあるそうな。ううむ…。有料の風俗通いも定年後の老人男性にとっては貴重とのこと。ううむ…。
ただ、同窓会だと「同い年」。同窓会も「合同同窓会」なんてある。田舎の高校出身者たちの中で、東京周辺に住んでいる人たちが集うことがあると、同級生のみならず、「下級生」も出席することがあるから、そうなると、ロマンスも生まれるかも? 中学高校一貫教育の私立なら、「顔なじみ」で最大六歳ぐらいの「歳の差」がありうる? 伝統ある「倶楽部」だと、面識がなくとも…。
「先輩、文芸部だったんですよね」「お名前、バックナンバーで拝見してます」…といったロマンスが生まれる余地はある? あいにく、僕は東京で開催されているという同窓会には一度も出席したことはない。出無精なので…。

まぁ、フランス書院文庫の世界? こちらの世界だと、いくら登場する女性陣が高齢化しているとはいえ(昔、未亡人兄嫁なら28歳ぐらいだったのが、いまは38歳まで可? 最大42歳ぐらいまで?)、「同窓会人妻」は、まぁ38歳~40歳ぐらい。還暦すぎの「同窓会人妻」はちょっとありえないから? 美魔女も50歳ぐらいが限度だろう。マカロン夫人も…ちょっと今となっては?

ともあれ、「古本の虫」より「風俗の虫」となる還暦(以降)男性が主流派であろうか。

自ら顧みてなおくんば千万人といえども吾行かん…という言葉があるが。あれは、顧みて自らが間違っていると気づけば、行く道を見直すという言葉もあったか? だったら? 「古本虫がさまよう」を改めて「風俗虫がさまよう」なんて連載ブログをやることも可能だろうか?やっている人もいることだろうか?(このテーマ、続く)

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