古本虫がさまよう 新聞論調
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「北朝鮮化する日本?」とは? 「北朝鮮化する韓国!」「北朝鮮化する朝日」の間違い? いやいや、 『日本が「人民共和国」になる日」のこと?
(2017・8・14・月曜日)




朝日新聞(2017・8・11朝刊)に、国際社説担当の論説委員である箱田哲也氏の「北朝鮮化する日本?」と題したコラムが掲載されていた。こんな一文。掲載当日、職場で一読して「?」を感じてコピーをすぐ取っていた。


国際社説担当・箱田哲也
 軍事独裁政権の重い縛りを解き、韓国の民衆が自由を勝ち取って今年で30年になる。
 そんな節目の年に、「絶対権力」と言われる現職大統領を革命的に、しかも非暴力で引きずり下ろしたわけだから、韓国の帯びた熱は簡単には下がらない。
 ソウルであった30周年記念の国際会議をのぞくと、人々の陶酔感を肌で感じた。その際、何人かの韓国側出席者から同じような質問を受けた。
 権力者の公私混同にまつわる疑惑が浮上したという点では日韓とも似ているが、日本社会はどうしてかくも平穏なのか、という問いだ。
 状況が違うしなあ、と答えを考えていると、日本留学の経験がある学者が割り込み、「国民性の違い。日本は選挙で意思を示す」と解説した。
 韓国には市民が立ち上がって圧政を覆した成功体験がある。今回の大統領弾劾(だんがい)もそうだが、独裁復活のにおいが漂う不当な権力行使には極めて敏感なだけに「日本は自由社会なのになぜ」と考えるのも無理からぬことか。
 また、日本の一連の騒動は妙に韓国側を納得させていることも知った。「日本は法治や行政が成熟した先進国という印象だったが、実はそうでもないのね」「韓国特有かと思っていた忖度(そんたく)という概念は、日本にも根付いてたんだ」など、どこか安心したように感想を語るのだった。
 確かに日本の民主主義のイメージは傷ついたかもしれないが、日本留学経験者の指摘通り、東京都議選は安倍政権に大打撃を与えた。
 それに今は勢いづく韓国だって、いずれ民意と現実のはざまで苦悩の時を迎えよう。最高権力者の首はすげ替えたが、感情に流されず法理に基づき前大統領を裁けるのか、民主主義の真価が問われる。
 そういえば、関係者の間では数年前から「日本が韓国化した」とささやかれてきた。
 かつての韓国に、何もかも「日本が悪い」と批判する風潮があったように、最近の日本でも単純な韓国観が広がり、それが嫌韓につながっているとの指摘だ。
 ソウル滞在中、日本通の韓国の重鎮とそんな話をしていると、こう切り返された。
 「ある日本のトップクラス官僚など、口を開けば安倍首相はすばらしいと絶賛する。何かに似ていると思ったら、『偉大な指導者、金正日(キムジョンイル)同志は』というあれだ。もう韓国を通り過ぎたんじゃないか」
 ……。


ネットでは「炎上」しているとか? 箱田さんは立命館出身で、徐勝氏の教え子だとか? 略歴が本当かどうかは知らないが…。

この人、朝日新聞というマスコミの一員として、政治システムなどの基本的知識が欠けているので、こんなタイトルのコラムを書くのだろうか? 中学生ならまだしも。

もちろん、そういう荒唐無稽な主張をしているのは、自分ではなく、会った韓国人であり、自分はそういう人の主張をただ紹介しているだけで同意しているわけではないと言い逃れは可能な筆致とはいえ、そういう「引用」に対して、何らかのコメントをしておく必要があろう。

この文ならば、せめて最後に「とはいえ、北朝鮮に朝日新聞や文科省の元事務次官だった前川喜平氏がいるわけもない。この韓国の重鎮は、どっか頭の線が一本抜けている」とでも書いておけばよかったのに。それがないから、この論説委員さんは、自分が言いたいホンネを「匿名韓国人」を使って言っているだけじゃないかと疑われてしまうのだ。

このコラムの真上にも「陸自日報問題」「引き継がれた隠蔽体質」という社説が掲載されており、「安倍政権の隠蔽体質は引き継がれた」と批判している。「金正恩の隠蔽体質」はもっと凄まじいものがあり、それを批判する報道機関や官僚は北朝鮮には皆無だ。そういう簡単な事実を一言明記しておけばよかったのに。

「北朝鮮化する日本」が、どういうものかということは、井沢元彦さんの『日本が「人民共和国」になる日』 (ワック)を読むと、よく分かる。井沢氏はこの本の「あとがき」で、痛烈な朝日批判を書いている。

「卑怯と言えば最近極めて腹が立つのは、北朝鮮の脅威を当然のように語っている一部のマスコミの論説委員や記者、あるいはその出身の評論家です」「真実をそのまま見る能力のある人たちは、二十年どころかもっとずっと前からあの国は危険だと言っていました。ところがそうした正しい予測をしていた人たちに、罵声や嘲笑を浴びせた人々がいます」として、朝日「素粒子」(1998・9・5夕刊)を挙げている。

また、 「真実を報道し民主国家の主権者である国民が物事を的確に判断できるようにするのがマスコミ本来の使命です。しかし『彼ら』は真実ではなく虚偽を流すことによって、日本人を洗脳しようとしていました。だが、日本人は賢明でしたから『彼ら』に洗脳されなかった。本当によかったと思います。ちなみに、お隣の韓国ではそれがかなりの部分で成功しています」と指摘している。その通りで、「北朝鮮化する日本?」というより「北朝鮮化する韓国!」というべきであろう。

詳細はあとがきを読んでもらえばいいが、結論として「本当にバカなのはどちらだったか、読者のみなさんに判断していただければ」と。箱田氏も、この本を読まれるといい。あなたのような人が、本書のどこかに出ているかも?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「フェイクニュース」を発信する「ペテン師」は、共産主義者か、平和運動屋か、朝日新聞・素粒子か、東京新聞か、それとも金曜日か、産経新聞か?
(2017・7・4・火曜日)



ケント・ギルバート&長谷川幸洋氏の『ケント&幸洋の大放言! 中・韓・沖縄にはびこるペテン師たちの正体』 (ビジネス社)を読んだ。

内容紹介→日本、そして中韓の真相に鋭く切り込む著書でベストセラー連発のケント・ギルバートと、沖縄問題の裏側に迫り話題となった「ニュース女子」の司会を務めるジャーナリストの長谷川幸洋が初対談! この国の政治、経済、メディアに巣食う悪の本性を徹底的に暴き出す!
「長谷川さんが、あの東京新聞で出世できた秘密、もちろん、いわゆる『ニュース女子問題』の経緯も、つつみ隠さず語られています。今回の対談を通じて、長谷川さんこそ本物のジャーナリストだと私は確信しました」――ケント・ギルバート
「ケントさんは単に、日本の事情に詳しい米国人というのではない。根底には、日本に対する深い愛情がある。ときに日本を厳しく批判するが、これは日本をこよなく愛しているからなのだ、と実感した。私はこういう外国人をほかに知らない」――長谷川幸洋


長谷川氏の東京新聞「論説副主幹」という「肩書」は、山本七平賞を受賞したためのものだったようで、近年は、社説を書かせても貰えない状況下であったという。要は飼い殺し? そして、この前の「ニュース女子」問題で、レッテル貼りともいうべき「リベラルな東京新聞ともあろうところが、こんな人を論説副主幹にして、あんな平和運動批判番組を作るとはケシカラン」といった視点から、ヒステリックな批判活動を左翼側が展開。それに「同調」して、東京新聞は「論説委員」に格下げ人事をしたりしたようだ。その顛末が詳しく語られている。
いやはや、東京新聞というところも、こういった長谷川さんのような記者がポツポツといて、時々、紙面にもいい記事も出ているのだが…。これではお先真っ暗?

またギルバートさんの指摘で気づいたが、北朝鮮の相次ぐミサイル発射に関して、安倍首相がこのミサイルにサリンを載せられると指摘したところ、朝日新聞は4月14日の「素粒子」欄で、こう書いたという。

 《シリアと同じだと言いたいか。北朝鮮がミサイルにサリンを載せられると首相。だから何が欲しい、何がしたい》
素粒子って短文だから意を尽くせないのかもしれないが、この居丈高の姿勢って、ちょっとヘン?

素粒子は以前(筆者は異なるだろうが)1998年9月5日付けで、北朝鮮の当時のミサイル発射が、実は人工衛星だと北が言って、それを容認する軍事専門家が一部いたことを奇貨としてこんな風にも書いていた。

「打ち上げたのは、兵器ではなく、人工衛星だったという。まことに結構だ(だったら早く言え!)」
そのあとに「本当だったらいい教訓だ。精密を誇る米国の偵察システムは一度の恥、日本の防衛庁などは、二重三重に恥をかく。それもまた結構」と。

人工衛星どころか、要は軍事ミサイルでしかなかったことは判明。恥を書いたのは素粒子だろうが、その素粒子がいまだにそんなことを書いているとは。「伝統」とは恐ろしいものだ?

ともあれ、一方では、『週刊金曜日』編の『検証 産経新聞報道』 (金曜日)なる本も出ている。手元にある。あの植村隆記者と産経阿比留記者との対決等々。積んどく中だが。

朝日にせよ、読売にせよ、東京にせよ、産経にせよ、相互の批判を言論で行なえる社会は健全。デモの自由はあるにせよ、各新聞の本社前でのデモによる批判も、ほどほどの、暴力的なもののない言論によるものなら無難。

この前読んだばかりの烏賀陽弘道氏の『フェイクニュースの見分け方』 (新潮新書)を参考にしつつ、こういう本をひもときたいもの?

とはいえ、福井義高氏の『日本人が知らない最先端の世界史2』 (祥伝社)は、前著『日本人が知らない最先端の世界史』 (祥伝社)同様、大変面白い一冊。半分ほど読み終えたところ。スペイン内戦の「歴史解釈」も大変参考になる。共産主義者やそのシンパたちがいかに歴史を歪めているかがよくわかる。
読後感はいずれ読了してから…。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「スクープ オバマもびっくり? 蓮舫代表の「戸籍」入手。『二重国籍』どころか『三重国籍』だった。国会議員の資格剥奪は必至。党内からも保守系議員の松原仁氏、渡辺周氏などから辞任辞職を求める声」…といったサプライズ・ニュースが流れたら、苦境の自民党も脱出可能? ともあれ、「伊藤律架空会見記」報道などで知られる「元祖フェイク」が、「新興フェイク」をもっともらしく批判するのはなんとなくヘンでは?
(2017・6・30・金曜日)





「フェイク」という言葉か流行っているようだ。トランプ大統領や彼を支持するツイートなどが、その最たるものだとか?
 いやいや、なにをおっしゃる、既存マスコミの発する自称「ニュース」こそ「フェイク」ではないかという視点から、NHKや朝日新聞を手厳しく批判したのが、渡邉哲也氏の『メディアの敗北  アメリカも日本も”フェイクニュース”だらけ』 (WAC BUNKO・ワック)。

朝日の押し紙問題など、下請け(販売店)いじめにも似た構図。公正取引委員会も黙ってはいない。この前も、高知県安芸市のナス農家に対する農協の締めつけに断を下したりもした→ナスの共同販売に関して独占禁止法に違反(第20条第2項)しているとして排除措置命令を受けた。

農協といい、朝日といい、ご立派なこと(食料自給率の向上や言論の自由)を言いつつも所詮は組織防衛が大事?…。この前、行なわれた朝日の株主総会でも、そういう恥部問題(押し紙などの不正)を追及する声はなかったのか?  「内部告発」が必要なのは、そこらの大企業だけではなく、汝自身、朝日本体ではないのか?

ともあれ、朝日新聞の「強制連行された従軍慰安婦」云々の一連の報道こそ、「フェイク」であったことは、朝日自身が認めた(認めるまでに十年、二十年もかかったのは朝日のフェイク体質の根深さが原因だろう)。
そのほかにも、教科書誤報事件や珊瑚礁改竄事件等々、朝日新聞やそのほかの新聞なども含めた「フェイクニュース」はいくらでもある。その「報道(報導)責任」をきちんと自覚しているのだろうか?

かつての百人斬り競争を報じた「毎日新聞」にしても、戦意高揚のために、「やらせ報道」をした疑惑は根強いものがある。いまなにかと話題の防衛大臣こと、稲田朋美さんが書いた『百人斬り裁判から南京へ』 (文春新書)を読むと、このあたりの経緯がよくわかる。当時、その写真を撮影した毎日カメラマン自身が、百人斬り競争はなかったと認識しているのだから。

 本多勝一さんの一連の中国の用意した戦争被害者の言い分をそのまま垂れ流しただけとも言われている一連の作品『南京への旅』『中国の旅』 (朝日文庫)の検証もすべきではないのか?  そのあたりは、元朝日記者の長谷川煕氏の『崩壊 朝日新聞』(ワック)や、彼と、元朝日記者の永栄潔氏との対談本『こんな朝日新聞に誰がした?』 (WAC BUNKO・ワック)でも指摘されていたかと。

それはさておき、朝日新聞の現役記者でもある平和博氏の『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』 (朝日新書)は、本文末尾にて、吉田清治の「吉田証言」や原発の「吉田調書」のことに触れてはいるが、あまりにも「客観的な筆致」で他人事のようにしか読めない。

本書はもっぱら、アメリカのトランプ支援の面々の「フェイクニュース」かどのように拡散していったのかを追っている。それはそれで興味深いのだが…。

ある辞典が、「フェイクニュース」とは「政治目的や、ウェブサイトへのアクセスを増やすために、サイトから配信される偽情報やデマ。ソーシャルメディアによって拡散される間違った情報」と定義しているそうな。これはちょっと「狭すぎる」定義だろう。

「ある特定の政治目的や、部数や視聴率を増やしたり、ウェブサイトへのアクセスを増やすために、テレビ、新聞、週刊誌、月刊誌などの紙媒体や、サイトから配信される偽情報やデマ。口コミや報道合戦やソーシャルメディアによって拡散される間違った情報」―――それを「フェイクニュース」と見るべきだ。

そもそも「誤報」「虚報」「捏造」に関しては、紙媒体のものが「元祖」ではないか。
たとえば、朝日の伊藤律架空会見記など、平氏の本でいろいろとあげつらわれている「フェイクニュース」の原型ともいうべきものではないか。僕がこのテーマで本を書くなら、 「伊藤律架空会見記」をまずは冒頭で指摘し、「フェイクニュース」は、これが元祖だと見るべきだと説明するだろう。

ウイキペディアによると「伊藤律架空会見記」はこんな経緯。

「伊藤律との会見」を報じた朝日新聞(1950年9月27日付)
伊藤律会見捏造事件(いとうりつかいけんねつぞうじけん)とは、朝日新聞による虚偽報道である。実際に有りもし無い架空の捏造した会見を報道した。

1950年(昭和25年)9月27日朝日新聞朝刊は、朝日新聞社神戸支局の記者が、当時レッドパージによって、団体等規正令違反で逮捕状が出ていて地下に潜伏中だった日本共産党幹部の伊藤律と、宝塚市の山林で数分間の会見に成功したと掲載した。
会見模様として伊藤の表情が書かれ、記者との一問一答まで紹介されていた。また会見の状況として、記者は目隠しされた上で潜伏先のアジトまで案内されたと説明された。
この会見記事には、伊藤の行方を追っていた警察も重大な関心を寄せることとなった。しかし法務府特別審査局の聴取に対し、取材記者が伊藤律と会見していたとする時刻に旅館にいたことが発覚するなど供述に矛盾が出て、ついに会見記事が完全な虚偽であったことが記者の自白により判明。朝日新聞は3日後の9月30日に社告で謝罪した。
事件の結果、担当記者は退社、神戸支局長は依願退社、大阪本社編集局長は解任となった。担当記者はその後に占領目的阻害行為処罰令違反で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。担当記者は捏造の動機について特ダネを書こうという功名心からと述べた。
出稿前に、朝日新聞大阪本社通信部のデスクから、信憑性を疑う声が出たが、編集局長は現場の声に押されて掲載を決めた。朝日新聞東京本社では、さらに共産党担当記者から「伊藤がインタビューに応じる必然性がない」などの声が出たが、「大阪がそこまでがんばるなら」という声に押されて報道に踏み切った。
朝日新聞縮刷版では、この記事は非掲載となっており、該当箇所は白紙で、虚偽報道であったと「お断り」告知になっている[1]。
また、昭和(戦後)の三大誤報のひとつとして挙げられる。

伊藤律本人の反応[編集]

当時潜伏中だった伊藤本人は晩年の書簡で、記事の掲載当時は東京におり「なかなか迫真的なこの大記事を夕刊で見て思わず吹き出した」と記している[2]。また別の書簡では、記事掲載直後の共産党政治局会議の前に、何らかの情報漏洩を心配した志田重男が「君、これについて何か気づくことがあるかい?あれがにおったのかな?」と聞いてきたのに対し「さあ、全くの作文じゃないかね」と返答したと回想している[3]。伊藤によるとこの記事を書いた人物(伊藤は「記者ではなく通信員」と記している)は、伊藤の第一高等学校における同級生の中学での後輩に当たり、伊藤が1948年にこの同級生の追悼会(共産党主催)で地元に行って講演した際にそれを見て、伊藤の人相や仕草などを知っていたという[2][3]。

脚注[編集]

1.^ 通常、新聞の縮刷版では誤植・誤報の箇所についても、訂正記事を含め原版をそのまま収録しているため、当該項の記述抹消は特例であった。当時の朝日新聞を収蔵している国立国会図書館では、新聞のマイクロフィルムや原本を所有しており、請求すれば閲覧や複写が可能である。
2.^ a b 伊藤律書簡集刊行委員会編『生還者の証言 伊藤律書簡集』五月書房、1999年、p366
3.^ a b 『生還者の証言』p228 - 229


こういう虚報、フェイクニュースは、あくまでも「氷山の一角」かな? 「捏造」ではないにしても、核軍縮問題で、まったくの「事実誤認」を社説で書いたところ、佐瀬昌盛氏に雑誌(諸君!)で指摘され、あら恥ずかし?ということで、こっそりと縮刷版で直したりしたのも朝日新聞だった(この顛末は、佐瀬氏の『朝日新聞は真実を伝えているのか? ねじ曲げられた報道はもういらない』 (海竜社)、 『虚報はこうしてつくられた』『「朝日」の報道はここがおかしい 軍事情報をめぐる虚と実』 (力富書房)に詳しい)。
こういった、さまざまな誤報虚報、針小棒大的な報道の実態は、永栄潔氏の『ブンヤ暮らし三十六年 回想の朝日新聞』 (草思社)にも詳しい。

人間だから、多少の間違いや勘違いはある。我がブログも打ちミス(誤植)から始まって、いろいろとそういうのはあるだろうが、伊藤律架空会見記のような「フェイクニュース」を発信する可能性はほぼゼロだろう(ネバーセイネバーとはいえ。そこまで反知性主義には陥っていないので!そんなことをしだしたら、ボケ老人、認知症だろう。ボケブロガーにはなりたくない?)。

万が一にも、そんなレベルの「誤報」「虚報」をしたら、そしてその事実に気付いたら、すみやかに修正訂正するのが「知性主義」的な人間や組織に求められるのではないか。朝日は、これが毒ガス写真だ!と一面で報じたら、産経に間違いだと書かれ、ふざけるなと産経に乗り込んだものの、高山正之デスク(当時)にいなされたそうな?  あの毒ガス写真ニュースも「フェイク」だった。
勿論、逆に産経が誤報虚報をした例もあろう。大事なのは、間違いと気付いたら訂正すること。慰安婦報道のように、「誤報」だと指摘されてから20年以上も無視黙殺するのは、「反知性主義」的というしかあるまい。

ともあれ、北朝鮮や中共などでは、政府発表の少なからぬ部分が「フェイク」であり、それを国民が原則、鵜呑みにさせられているのはよくないことだと思うが、自由世界では、そういう「フェイク」もそれなりに是正はされるシステムがあり、ことさら、フェイクの影響で、正しい判断が歪められて…と心配するのも考えすぎのところもあるだろう。右からも左からも「フェイク」は発信されているのだから……。

だが、勿論、教科書誤報事件や慰安婦強制連行虚報にしても、「誤報」(フェイク)は、修正はされても、それでも、「世論調査」をすれば、「侵略が進出にあのとき教科書は変えさせられた」と信じている人や「強制連行はあった」と信じる人なども、何%か存在していることだろう。このあたりはもう処置なし?

その点、元朝日記者で、 『「朝日」ともあろうものが。』 (徳間書店・河出文庫)の著者である烏賀陽弘道氏の『フェイクニュースの見分け方』 (新潮新書)はなかなか読みごたえがあり、こちらのほうが「信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体」を見分ける上で、役立つ面白い本だと思う。

冒頭、安倍首相と日本会議の関係を追及する本が多いが、両者はそんなに密接した関係を持っているのかと問いただしている。首相の動向欄でチェックすると、安倍さんと日本会議とがヒットするのは「過去10年間で、2回しか出てこなかった」とのこと。この程度の関係で、「日本会議は安倍政権の政策決定に重大な影響力を持つ」といえるのかどうかと。

斎藤美奈子氏の反原発コラムに関して、いささか勇み足的な先入観がある事実を指摘したりもしている。日本地震学会の会長の「警告」が、「証拠となるファクトを欠いた」ものであったとの指摘も鋭いものがある。彼自身は、安倍政治には懐疑的で、斎藤さんの文芸評論のファンではあるが、事実は事実として、そういう異論を提示している。なるほどと。

特に右でも左でもなく、あるひとつの論説記事やコラムなどを「事実」かどうかを検証するにあたって、何処に注意をしたらいいのかも、自らの取材体験や執筆体験などをもとに論じているのも具体的で分かりやすい。ふむふむ、なるほどと読んだ次第。

原発事故の時、専門家がテレビで、情報不足もあったにせよ、いかにトンチンカンなことを語っていたかの指摘も納得。へぇ?そうだったのかと。そんな「妄言」があったとは気付かなかった。

人権弁護士(弘中惇一郎氏)の「過去」にも、いささかブラックなところもあったりとか…。まぁ、人間はジキルとハイド…。新聞にせよ、ネット記事にせよ、眉に唾して読む習慣を持っていればいい。対立する見方がありうる問題では、複眼的な視野をなるべく持って、違う内容の本も読みこなすようにするほうがいいに決まっている。たくさん本を読み、自分の感性にある程度合う筆者などを持てば、一定の信頼感を抱くこともできよう。そういう筆者でも、時には異なる観点を持つこともあるだろう。ネバーセイネバー。
ともあれ、人間はジキルとハイド。

それにしても、都議選投票日(7・2)を前にして、女代議士の部下虐待(パワハラ)は、所詮は個々の議員の資質の問題でしかないが、稲田防衛大臣の「勇み足」発言の数々などは、抗弁のしようもない失態。この自民党の危機を救うには、蓮舫さんの「出自スキャンダル」に火を点けるしかない? ということで、トランプ大統領か何か、アメリカ発ニュースで、こんなニュースを流すという手を考えているかも?

「スクープ オバマもびっくり? 蓮舫代表の「戸籍」入手。『二重国籍』どころか『三重国籍』だった。国会議員の資格剥奪は必至。党内からも保守系議員の松原仁氏、渡辺周氏などが即刻辞任辞職を求める声」…といったフェイクニュースが流れたら、苦境の自民党も脱出可能?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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大新聞社さま、♪「四つのお願い」聞いて、♫ 聞いてくれたら あなたに私は夢中になるわ、新聞を購読しちゃうわ? 例えば、ジョセフ・ペレスの『ハプスブルク・スペイン 黒い伝説 帝国はなぜ憎まれるか』 (筑摩書房)なんかを真っ先に書評していたら…?
(2017・6・20・火曜日)




ちあきなおみさんのヒット曲に、 『四つのお願い』という歌があった。

♫たとえば私が 恋を 恋をするなら 四つの お願い 聞いて 聞いてほしいの
一つ やさしく 愛して
二つ わがまま 言わせて
三つ さみしく させないで
四つ 誰にも 秘密にしてネ
四つのお願い 聞いて 聞いてくれたら あなたに私は夢中 恋をしちゃうわ


それをもじれば、以下の「四つの(わがままな)お願い」を、どこかの新聞社が聞いてくれたら、その新聞を購読するのだが…。無理かな?

というのも、ふと、理想の新聞とは…と考えたからだ。

いま、自宅では産経新聞だけ購読している。仕事場で全国紙は全部読むことが可能だが、大学1年の時から、普通、自宅では二紙を取るようにしてきた。おおむね、産経と朝日新聞だったが、近年、若宮啓文時代の朝日のなんともいえないゴーマン、かつ「反知性主義」的筆致が嫌いで、しばし朝日を自宅で購読するのは中断していた。その間、日経などを取ることが多かった。最近、日経を止めて朝日を復活したのだが、社説やら記事はともかく、投書欄のあまりの「左翼偏向」ぶりに唖然として、購読をまたもや中断。また日経にしようかと思ったが、土曜日に書評頁を移したのはいいとしても、日曜日の真ん中に、「広告」めいたカラー記事が何面も入り込んでいるのには閉口…。これって手抜き記事? ちょっと購読復活にはためらいが…。
朝日、日経がダメなら読売?  ううむ…。巨人は天敵だからなぁ…。毎日新聞…? 月曜日の二面に、いいコラムが掲載されてはいるが、それだけでは…。東京新聞…? ううむ、これは朝日より酷い…? たまに北朝鮮関連でまともな記事が出ることがあるが…。長谷川幸洋さんが論説主幹になったら考えてもいいが…?


ともあれ、もし、以下のような「4つのお願い」を満たす新聞が「創刊」されたら、少々お値段が高くても購読するのだが…。そんな理想な新聞はできないものか?


① 株式欄のない新聞。古女房名義の株が「ひとつ」だけあるが、まぁ、近年、やっと配当が少し出始めた。一時、配当ゼロで、そのくせ、株主総会では、辞める役員に退職慰労金を払います、その金額はおまかせくださいなんて横着な「議案」を株主さまに対して提示するから、「×」にしろと言い聞かせていたものだが…。参考までに、前年の配当金ゼロを決断した役員にいくら慰労金を払ったから教えろと議決権のハガキの隅に書いたが返事はなかった。ケシカラン会社だ。
まぁ、それ以外、株券は持っていないので、毎日のように出る株式欄はほとんど見ない。「社説」はまだブログのネタになりうるが、株式欄の数字は何の役にも立たない。これが紙面から消えればほかの記事を増やす余地が生まれるではないか。


② スポーツ欄も不要。これから甲子園の高校野球大会が始まる。地方大会やら全国各地の大会の記事など見たくもない。とりわけ夏の大会のディゲームは、未成年(少年)を虐待するようなもの。しかも、甲子園大会では、球児たちに国旗掲揚、国歌斉唱を強制している…。朝日重役は「矛盾」という言葉を知らないのか?

ただし、プロ野球のみ、ホークスが勝った試合だけは、一面全部を使ってのスポーツ記事があってもいい(従って、プロ野球が開催されていない時、かつホークスが負けた時は不要。いまでもホークスが負けた時はスポーツ欄は原則読まないことにしているから)。そのほかサッカーや五輪なども含めてさほどの関心がない。スポーツ欄がなくなれば、その分、ほかの記事が増やせるではないか。

③ 読書・書評頁は、毎日二頁は確保してほしい。以前、産経だったか、夕刊に毎日、書評が掲載されていた時があったかと。あれはよかった。

これだけ本が出ているのに、書評が朝刊や夕刊などに週一~二回だけで、せいぜい、2~4頁というのは少なすぎる。つい最近も、ジョセフ・ペレスの『ハプスブルク・スペイン 黒い伝説 帝国はなぜ憎まれるか』 (筑摩書房)という本が出ているのを遅ればせに知った。書評も出ていたのかもしれないがまったく気付かなかった。これはスペインの植民地統治を悪しざまに書かれた反スペイン国家の「歴史家」「歴史書」の嘘を暴いている本ではないか? そしてそれは今日の日本と対比して考察できるのではないか?

内容(「BOOK」データベースより)
1492年、スペイン王国はイスラム勢力からイベリア半島を奪還。同年発見された新大陸からの銀資産を背景に、16世紀スペインは一大世界帝国へのし上がった。カルロス1世とその息子フェリーペ2世によるハプスブルク家の支配で、スペインは黄金時代を迎える。だがその繁栄の裏で、大国の残虐非道ぶりを糾弾する怪文書がヨーロッパ各地を駆け巡る。新大陸での先住民虐殺、異端審問の過酷な拷問、王室内部のスキャンダル…「噂」が次第に「事実」として語られ、「黒い伝説」はスペイン帝国凋落の一因となった―。21世紀の今日にいたるまで、スペインに対する根深い偏見のもととなったプロパガンダは、一体誰が、どんな目的で流布させたのか。そこにはいかなる事実が含まれるのか。ヨーロッパ史の泰斗が緻密な検証から、歴史の「真実」が形作られる過程をあぶり出す。


反スペイン派だった、ラス・カサスの『インディアスの破壊についての簡潔な報告』 (岩波文庫)への反論の書となっているのかもしれない(未確認だが)。

こういう本を素早くきちんと書評する新聞があったら有り難い(刊行されてから半年弱になるというのに、未だにアマゾンレビューで触れられてもいないというのは…)。産経の書評欄といえば、記憶が曖昧だが、毎日のように書評頁があったころ、 「斜断機」というコラムがあったかと。東京新聞夕刊の「大波小波」みたいな。その「斜断機」のコラムをまとめた『闘うコラム 斜断機352』 (JICC出版局・産経新聞文化部)という本があった。分厚い本。玉石混淆だったかもしれないが、「闘うコラム」集だったと記憶している。

ともあれ「一個人」の僕でさえ、原則、一日一冊本の紹介書評を掲載しているのだ。新聞なら、毎日十冊ぐらい掲載してしかるべきだろう。外部の人に依頼すると原稿料がかかるなら、記者が仕事としてやればいい。そしたら原稿料はゼロ。経費削減にもなる。かといって、いわゆる「書評新聞」みたいな、ちょっと偏った(?)、硬派の本ばかりの書評はよしてほしい。毎週金曜日はエロス小説特集とか、月曜日はノンフィクション特集とか、曜日によって多少の変化をつけるぐらいのことはしてほしいものだ。

④ テレビ欄ラジオ欄は「1面(最終面)」だけで処理してほしい。産経は地上波とBSの番組表が最終面に出ている。あれがいい。ラジオはもう不要。FMラジオの番組表も要らない。FM専用の雑誌を買って、あの歌はいつ流れるか、ラジカセを前にして録音していた時代はとうに終わっている。民放ラジオの中には、アメリカのラッシュ・リンボウみたいな保守派ジャッキーの番組もあるのかもしれないが…。彼の『俺が正しい!―アメリカのたけし、えせヒューマニズムを撃つ!』 (徳間書店)は懐かしい一冊だが…。中絶はいかんが、オナニーは許される…。なぜなら卵子と精子とが結合しないと「生命」にならないのだから…という論理を展開していたのには納得した記憶がある(あやふやだが?)。

ともあれ、活字好きな、勤労人間は、新聞のラジオ欄などまで「目」を通すことは時間的に無理。だからラジオ欄は不要。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

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2017・5・3に朝日が長尾龍一さんの見解を大きく紹介したのは「一歩前進」か?
(2017・5・4・木曜日)





昨日(5・3)は「古希憲法」記念日とのこと? 新聞は護憲、改憲等々の立場からの論陣を張っていた。

護憲的改憲論というか、自衛隊を違憲だと思う憲法学者が多数のようだから、自衛隊違憲説が成り立たない程度の条文に改める必要はあるだろう。その点は安倍首相の言う通りだろう。

各社の世論調査にしても、9条を普通に読めば自衛隊違憲説になると思いませんか、日米安保も違憲になりませんかと問いただし、それでいいですか、自衛隊も解散し、日米安保も解消するほうがいいですか、いわゆる「護憲」派のホンネはそこにあるんですよ、それとも、自衛隊も日米安保も合憲となる、こんな改正案に賛成ですか…とひとつひとつ丁寧に論理的にたずねていけば9条改正が圧倒的多数派になるだろうが……。9条1・2項をそのままにして3項を新設するというのは、かなり「妥協」する改正案だが…。「改憲」はいやだけど、「加憲」ならいいわよという公明党さんへの遠慮か…。

ともあれ、5・3の朝日新聞、単純明快(&単細胞)的な「護憲」論を主張するのは、毎度おなじみだが、オピニオン欄に東大名誉教授の長尾龍一氏を登場させていたのは、まだマシだったといえる。長尾さんには、PHP研究所から刊行された『“アメリカの世紀”の落日―「極東文明化」の夢と挫折』という本がある。こんな内容だ(以下一部再録的に)。


東大教授の長尾龍一氏の本も専門書の類はとっつきにくい。一般書として以前、 『“アメリカの世紀”の落日 「極東文明化」の夢と挫折』 (PHP研究所)はまるごと一冊読了したが、あとがきで「私は戦後一貫して、共産圏の拡大を阻止するというアメリカの政策を支持し続けてきた。『六〇年安保』は私の大学時代の出来事であったが、当時親友であった畠山氏(現防衛庁防衛局長)などがデモに行ったりしている時も、私は反安保闘争の動機に疑念を提出し続けていた。それから三十年経った現在でも、当時反安保のキャンペインを張った月刊誌など、汚らわしくて手も触れないくらいのものである」と。同じ東大教授でも「世界」でせっせと容共リベラル的論文を発表していた坂本義和氏とは大違いと感心したものだった(長尾氏は1938年生まれ。この本は1992年の刊行)。 
その長尾氏は、東大を辞めた後、日本大学法学部教授となる。その過程を2006年刊行の『新版 文学の中の法』 (慈学社出版)の「新版あとがき」で綴っている。これがまた結構面白い。定年還暦を前に、東大教授としてあさましく求職活動をする気にはなれない、「良くない大学」から先に「来ないか」という声がかかるもの。もっといい大学から来ると信じて断ると結局その後がなくて失職する教授もいるとか。またイエスと早々と答えた後にもっといい大学からの口がきて、仮病を使って誤魔化す人もいるとか。要は「お見合い」と同じ。
長尾氏の場合は、先輩から日大に誘われ、かつての学友先輩もそこにお世話になっているので入ることにしたという。定年より一年早く東大を辞めて日大に。早期退職で退職金割り増しになるかと思ったら逆に減額されたとか。奥さんも研究家のようで埼玉の山奥の家からあざみ野に引っ越しして両方の勤務先に便利なようにしたものの、奥さんは逝去(ちなみに奥さんは北大の革マル派だったとか?)。そんな内幕が面白いが、最後には奥さんの追悼集私家版を無料送付する旨が記されている。愛妻家だったのだろう。もっとも世の中には愛妻家どして、亡き妻を偲ぶ本を出しながら、その直後にちゃっかり教え子と再婚する大学の先生もいるから油断大敵?
この「追悼集私家版」がこの本のようである。いいだもも氏なども追悼している。奥さんはマルクス主義も専攻していたようだ。30代前半で知り合い結婚。長尾氏は反マルクスで、そんな長尾氏が「マルクス学者と『論文結婚』をする」ことになったようである。
ちなみに、長尾氏がこの本の中で、「日本共産党ご自慢の『自主独立路線』は、フルシチョフのスターリン批判に対して、スターリン盲従主義から抵抗したところに発端がある」と指摘しているが、その通りですな。ホンマに。そのくせ、ハンガリー反革命に関しては、ソ連に盲従したくせに。嘘によらずに生きていけないのが日本のコミュニストたちであろう。

そんな長尾氏が朝日に登場。

「軍国主義から解放」「国民は制定に感激」「保守本流も『追認』」「身近でテロなら転換ありうる」「落ち着き失うな」との見出しで「日本国憲法の運命」との題。

「現在の自民一党支配の状況を見ると、二大政党制も育てておくべきだったとも思います。ケーディスなどもそのうち社会党が伸びて二大政党制になると思っていた。そうならなかったのは、非合理な主張を重ねて中間派の国民を遠ざけた旧社会党左派に大きな責任があるというのが、学生時代以来の僕の見方です」

ここが肝要なのだが、朝日記事の見出しには使われていない。

社会党右派(江田派)、民社党的路線が日本社会党の主流にならず、ソ連を愛しすぎた向坂一派(協会派)や、反協会派といっても北朝鮮や中共などにはかなり盲目的だった中間左派などが「主流」だったために、結局、日本社会党は、戦後の一時期を除いて相対的多数政党になれなかった。片山内閣と村山内閣で政権を担ったものの、西独社民党のゴーデスベルク綱領のような転回を取ることもなく、党名だけ「社民党」としたものの、その「非合理な主張」は旧来のままだった。その背景には、国労日教組などの社会党支持の総評の左傾化も原因だった。

9条改正に関して、「非合理な主張」を述べる狂信的護憲論者を排して、現実的な護憲的(平和外交の推進、侵略戦争はしない。自衛戦争は別…)改憲案を明示して、理性的な改憲論議をしていくべきだろうに。
黒船待ちではなく、理性的に対応してしかるべきなのに……。「平和憲法」「平和憲法」ともてはやす世論操作にはうんざり。本当の意味での「平和憲法」ならいざしらず、左右の全体主義国家の脅威を無視した「平和運動憲法」「平和主義憲法」では困るのだから。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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