古本虫がさまよう 新聞論調
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朝日新聞「声」欄と「社説」(社論)には、いささか辟易? 「朝日」は「アサヒ」か「チョウニチ」か?
(2017・4・13・木曜日)




佐藤優氏&石川知裕氏の『政治って何だ!? いまこそ、マックス・ウェーバー『職業としての政治』に学ぶ』 (ワニブックスplus新書)を読んだ。

ウェーバーの『職業としての政治』の「一節」を順次紹介しつつ、二人がそれをめぐって政治等々について対話をするという構成。ウェーバーの本は、学生時代、角川文庫版で一読した覚えがある。最後の一節は有名。政治家を志す人は、よく引用するところだ。

「現実のうちで貢献しようとしているものと比較して、世界がどれほど愚かで卑俗にみえたとしてもくじけることのない人、どんな事態に陥っても、「それでも私はやる」と断言できる人、そのような人だけが政治への「召命(ベルーフ)」〔天職〕をそなえているのです」(これはネットからのコピペ)


ともあれ、ウェーバーが「署名主義」について論じている箇所について、石川氏が「社説とどこを読めば新聞の論調がわかりますか」と問うのに対して、佐藤氏が「それは投書欄を見ればわかります。じつは投書欄というのが、新聞記事のなかで最もその新聞の論調をわかりやすく示しています。投書はフラットではありません。新聞社側が投書を選択して掲載することによって、社論を示しています。さりげなく示されるわけです」と指摘している。なるほど。

たしかに朝日新聞の投書欄を見ていると、論説委員たちも、さすがにここまで露骨に書けないであろう「左翼丸出しの見解」を述べてくれるので、嬉しくして採用しているとしか思えない投書が多々ある(そのあまりにノーテンキな酷さに閉口して、まもなく朝日の半年の購読契約期間が終わるので、もう止めて日経に変えようかなとも? 職場で読むことも可能だし……。産経は昔から購読している)。

以下、日付、名前は省略。つい最近の朝日声欄投書より引用。

 アルバイト (47歳)

 北朝鮮のミサイル落下を想定した避難訓練が(3月)17日、秋田県男鹿市であった。政府は北朝鮮による相次ぐミサイル発射を、日本の安全に対する重大な脅威と国民に知らせたいのだろう。
 しかし、北朝鮮が6日に発射したミサイルは、日本からかなり離れた地点に落下した。避難訓練が必要なほどの切迫した危険性はない。政府は、国民の不安をいたずらにあおっているようにしかみえない。
 そもそも、北朝鮮によるミサイルの発射は、米国との交渉を有利に進めるための一種のパフォーマンスと考えるべきだろう。ミサイルを使って日本を脅そうとか、やっつけてやろうという考えは、あまりないのではないか。北朝鮮が日本領土あるいは領海にミサイルを落とすというのは、現実的ではないと思う。
 避難訓練をするのは過剰反応だ。ただでさえ難しい北朝鮮との関係に悪影響を与えかねないだろう。
 政府が外国の軍事的脅威を過度に強調することには、強い違和感を覚える。子供の貧困や震災復興など国内の様々な問題から、国民の目を離そうとしているとしか思えない。



こういうあまりにもナイーブというか「単細胞的平和ボケ」を装った左翼(?)的見解には返す言葉もない?  この人には百田尚樹さんの『カエルの楽園』 (新潮社)の一読を是非おすすめしたい。あなたのようなお仲間が出ていますよと?

この理屈、少なくとも原発事故も起こる心配はなし-というのと同じ。津波はこない? 原発へのミサイル攻撃はありえない? いやいや、ネバーセイネバーの原則を忘れてはいけない。避難訓練の類は、まぁ、万が一に備えてやっておくにしくはない。

朝日新聞も、当時、この避難訓練の模様を報道していたが、さすがに客観的に報じていた。うさん臭い「記者解説」は皆無だったと記憶している。いや、もしかしたら、この投書子さんと同じような趣旨のことを記事中に書いていたものの、さすがにデスクが「まぁ、気持ちはわかるが、今回は客観的に書いておこうぜ。ホンネは投書欄で誰か書いてくれるからさ」となだめたのかも? ともあれ、上記のような視点からの避難訓練不要論を展開するのは明らかに「底意」があるというしかない。

あとこんなのも。


会社顧問 (愛知県 68歳)

 民進党の政策決定に影響力を持つ連合だが、民進党はその評価を正しく行い、今後の関係を決めるべきではないか。早い話が、集票力がさほどあるわけでもない組織の言うことを聞くべきではないということだ。
 連合はいまや単なる圧力団体であり、民進党にとってお荷物ではないか…(以下略)。


連合の主流派は民間労組。大企業労組と批判する向きもあるが、そんなことをいえば、日教組や自治労などこそ「親方日の丸大労組」?  日教組の委員長は女遊びが過ぎて解任された? 民間企業は、どんなに大企業であれ、潰れる可能性はある。東芝なんかその典型?
その意味で大企業といえども、「親方日の丸」ではありえない。競争原理の中で生きている。

彼らの先輩は、戦後間もないころの共産主義者の労働組合と闘ってきた歴史がある。親方日の丸分野でも、たとえば、国鉄などでは国労動労に対して「鉄労」があった。全逓に対して「全郵政」があった。「連合」発足と共に、そのあたりの対立は微妙に残しつつ、一緒になったりもした(が、旧国鉄組合は、「JR連合」と「JR総連」にまた分裂。どちらも「連合」に入っているようだが)。このあたりの国鉄労組の離合集散は、JR東海名誉会長の葛西敬之氏の『飛躍への挑戦』 (ワック)でも触れられている。

だからというわけではないが、共産主義者の「サラミ戦術」や「人民戦線」のうさん臭さを知っている労組リーダーはまだいる。彼らからすれば、日本共産党との選挙協力など、「野蛮との談合」でしかあるまい。

だからこそ、選挙協力に反対するのだ。第二次大戦後、東ドイツで、社民党がいかにして共産党に食いつぶされていったか……。そういう歴史を知っている者からすれば、昨今の日本共産党の「柔軟」路線など、あぁ、またいつもの手かと容易に看破できよう。そういう助言を無視して、「共闘」を進めようとする民進党執行部は、共産主義者たちの謀略的手法を知らないのだろう。無知は幸い? 日本の社民党は、世界基準からすれば「社民党」ではなく「第二共産党」でしかないから、衰弱し消滅寸前になっているのは、単なる自業自得でしかないが……。国会議員なら、国会図書館を自由自在に使えるはず。

ゲアハート・ニーマイヤーの『共産連立政権戦術 』 (時事新書)を読めば、自分たちが、ネギをもって捕食されるカモになりつつある事実に気づくだろうに……。東独の「社民党」消滅の歴史をよくよく注視すべきだろう。この前、紹介したように「シュタージ」を作ったのは東独共産党なのだ。その流れをくむ左翼政党と、社民党はいまだに国政レベルでは連立を組んでいない。歴史の教訓をまだ知っている世代がいるのだろう(そのうち、ドイツ社民党も、旧東独共産党の流れをくむ政党と国政レベルでも連立を組むかも? ネバーセイネバーだから?)。

逆に、こういう投書をする人は、少なくとも典型的な「容共リベラル」派であろう。

まぁ、原発問題に関しては、微妙な問題もあるが……。ともあれ、こういう投書ばかりというわけではないかもしれないが、「声」欄が、こういう「容共リベラル」投書が多数派なのは間違いない。

以前、中庸な知識人、竹山道雄を名指しで批判する投書を掲載したのも「声」欄だった。朝日社説よりも一歩「偏向」(?)している投書欄こそ、佐藤氏の指摘するように「最もその新聞の論調をわかりやすく示しています」「社論を示しています。さりげなく」となるのであろう。

だから、慰安婦虚報報道を一応「謝罪」してみせた時(2014年8月5~6日)、その後の朝日の投書欄には、そうした虚報釈明報道について、しばらくの間、なんの投書も掲載されない時期があった。さすがに、「容共リベラル」読者も、ガンバレ朝日の投書をすぐに書く気力が出てこなかった?  いや、批判する投書は殺到したにもかかわらず、「編集方針」に反するので、掲載不可がしばし続いたのだろう。以下一部再録的になるが……。

「週刊新潮」(2014年8月28日号)の佐瀬昌盛氏の指摘→「こんなに大きな2日連続の記事を載せたのに、読者が反応しないわけがない。投書の多くは、『何やっているんだ』というものでしょう。朝日はそれを載せられない。正面から向き合う勇気がないのです」。
また、サンデー毎日(2014・9・7号)には「朝日新聞慰安婦問題・なぜか『声欄』に「投書ゼロ」の不思議」なる記事が掲載されている。とはいえ、当然の朝日批判を「エキセントリックに朝日叩きをしている一部メディアも奇異に映ります」なんていう一知半解レベルの識者を使っているが、その人でさえ、「朝日は読者の声を紙面にもっと掲載するなど、多様な視点から検証し続ける姿勢を見せるべきだと考えます」とコメントしている。

だとすると、やはり、朝日やテレビ朝日は、 「自尊史観」溢れる新聞テレビであったというしかあるまい(報道ステーションも8・5以降しばらくの間このニュースを無視していたかと)。

朝日投書声欄で思い出すのは、 『ビルマの竪琴』の著者、竹山道雄さんがエンタープライズの寄港に賛成するコメントを朝日(昭和43年1月17日)に寄せたところ、「声」欄に37歳の主婦の「今いずこ『ビルマの竪琴』」なる、竹山氏を一知半解で論難する投書が掲載されたことだ。

それをきっかけに、竪琴論争が「声」欄で二カ月近くも続いたそうな。

そして、最後には竹山さんの投書を「没」にして論争は終わったという。

竹山さんは朝日的価値観の平和主義史観に反する知識人として、声欄でスケープゴートにされたといえる。そうした声欄担当者たちの恣意的な投書採用に関しての過去の歴史を思い出せば、今回の慰安婦虚報問題に於けるしばしの(?)「沈黙」は、同じ知的レベル故の、ある種、これこそが「エキセントリック」な対応といえようか。

この竹山声欄問題に関しては、竹山道雄氏の『主役としての近代』 (講談社学術文庫)や、平川祐弘氏の『竹山道雄と昭和の時代』 (藤原書店)や、徳岡孝夫氏の『「ビルマの竪琴」と朝日新聞の戦争観』 (諸君! 1985年9月号)、平川祐弘氏の『「ビルマの竪琴」論争 竹山家から「声」欄へ』 (諸君! 1985年11月号)参照。

ところで、そんな「声」欄に支えられて、2017・4・12の朝日社説は、「北朝鮮と日本 軍事より対話の道描け」となっている。なんとかに付けるクスリはなし。

話し合いで解決しないヤクザや精神異常な人には、やられる前にガツンとやることも必要になるではないか。人間社会をみていれば、それぐらい、高校生でも分かることだ。イジメを快感に思う奴に屈して自殺するなんて…。座して死を待つわけにはいくまい。北朝鮮とてそうおもっているかもしれないが、向こうは自業自得でしかない。にもかかわらず、相も変わらず「対話」「対話」。いくら話しても分からない相手にはどうすべきか? 国際社会に「警察」がないなら、自衛手段を取るしかないではないか。窮鼠猫を噛むということもあるから十分注意するのは当然だが。朝鮮戦争の時には日本には原発はなかったし、北朝鮮にも弾道ミサイルはなかった。いまは違う。原発の警備に自衛隊を配置しないのも愚かなことだろう。ミサイル対応も必要なのに…。

それにしても昨日のもう一つの社説は、やっと保釈された沖縄の暴力的な反米闘争主義者の「長期拘留」がおかしいものだと批判するもの。この件では、数日前に朝日社会面が報じてもいた。こちらは、かなり反米闘争主義者に同情的な記事。識者のコメントとしては、辛うじて拘留は当然という人も一人いた(検察出身の弁護士の肩書にて)。もう一人の学者は、不当だというものだったが。そんなことをいえば、田母神俊雄さんも、たかだか公職選挙法違反程度の疑いで、半年近く小菅に拘留されている。証拠隠滅の恐れもなし。しかも形式犯に近い。これも不当だと朝日は主張するのだろうか?

やはり朝日新聞の偏向体質は不変? 契約はまもなく満期だから止めることにしよう(かな?)。

あと蛇足だが、4・10~12の夜七時のNHKニュースはなんと、連日トップが女子スケート選手の引退。朝のワイドショーならいざしらず、何を考えているのやら。こちらも受信料を払うのを止めたいと言い出す人がどれだけいるかが、日本人の危機意識のバロメーターになるのでは?

それにしても、この前まで夜9時のニュースのお務めしていた女性アナウンサーが、四月から、この夜七時に異動されていたが、北朝鮮の外交委員会かなにかが設置されることになり、ある人がそのトップか何かになることを紹介する中で、彼の肩書として「朝日友好親善協会」云々というのを、「ちょうにち」といわずに「アサヒユウコウシンゼン~」と言ったそうな(妻がそれを聞いていて、「アホ!」と怒鳴ったとのこと)。
その後、しばらくして訂正が入った。字幕で「朝日友好~」という文字を出し、ご丁寧にそのうえに「ちょうにち」とルビをふっていたそうな。特別待遇の訂正報道?
朝日新聞から抗議でもあったのかも? 北朝鮮と友好関係にはあるけど、「朝日(アサヒ)友好親善協会」なんてないぞ、誤解を与える表現を我々は許さない! 撤回せよ! さもなくばNHKなんか潰してやるぞ--とアサヒソウムキョクから抗議があったのかも?

それにしても女房に「アホ」といわれた女性アナウンサー…。昔に比べて化粧が少し「厚く」なってきたような気がするけど、僕は好きなタイプ? 「無知」や「ウッカリミス」ではなく、皮肉をこめて「チョウニチ」ではなく「アサヒ」と言ったのかも? だとしたら立派だが?

あと蛇足だが、朝日の投書欄は「声」のみならず、テレビ番組に関する投書欄「はがき通信」にもあっと驚くモノも少なくない。これもいずれ報告することも。歌壇の類もひどい俳句などがあるのは以前報告ずみ。うーむ。やはり朝日はネタモトとしてしばらく購読すべきか?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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森友学園と朝日新聞、森友学園と朝鮮総連、どこがどう違うのか? そしてサイコパス?
(2017・3・17・金曜日)




森友学園の問題がいろいろと論じられている。国有地の払い下げ価格が安すぎる? 幼児にまで安倍首相や教育勅語を礼賛する教育方針はおかしい…と。それがやかましく論じられていた時、仕事が忙しくてテレビニュースもチラリとしか見ていなかったので、印象が薄いのだが、運動会かなにかの宣誓だろうか、間違った歴史を教えている韓国や中国は心をいれかえてほしいとか、安保法制が通ってよかったとか学園系の施設で子供が述べるのには違和感をおぼえた。
というのも、朝鮮学校などでは似たようなことをやっているから…という共通した認識をおぼえたからだ。「祖国(血筋)」が北朝鮮だからといっても、日本にいて、金王朝に全幅の共鳴を覚えさすような教育をしているのは奇怪しいだろう。安倍礼賛が奇怪しいなら、金王朝礼賛も奇怪しいだろう。

この点は『拉致と真実』(第11号)で、佐藤悟志氏が『朝鮮学校は廃絶すべきだ!』という論文を書いている。
「独裁金王朝への絶対服従を在日の子弟に植え付ける、政治洗脳機関である」からと。その具体例も列挙されているが、あの左派的な辛淑玉さんでさえ、弟が朝鮮中高級学校にてリンチを受けた体験を綴っていて、その真相を隠蔽しようとする学校を手厳しく批判していたという。「朝鮮学校の生徒の人権を訴えていた教師」が、「まぎれもなく、弟を殴り続けた教師その人だった」とのこと。
佐藤氏はこうした朝鮮学校への公金支出に反対している。森友学園は、朝鮮学校ほどひどくはないと思うが、少なくとも、朝鮮学校への公的援助の停止に反対する新聞はちょっとヘンではあろう。民族差別でもなんでもなく、非常識な教育をするところには公金はちょっと与えないのは、区別でしかない。

もちろん、私立学校は一定の「偏った」信念を教えるのは間違ってはいないこともある。キリストなんて「邪教の親玉」と思う人もいるだろうが、クリスチャンの学校が、まぁ、朝会で、キリストさまへの賛美歌を唄うということはあってもいいのかもしれない(ただ、そういう学校には「公的資金」は与えないようにしてもおかしくはないと思う。出すほうも出すほうだが、受け取るほうも受け取るほうだろう? またキリストが邪教の親玉と思っている人は、そういう学校には子供を原則入れないだろう。だが、公立学校が、そういう特定の「宗教教育」を子供に押しつけるようなことがあれば、奇怪しいことになろう。もちろん、宗教学というか、宗教に関する知識教養を高めるための講座の設定や体験学習などはあっても許容範囲かもしれないが)。
公立図書館や市役所などの公的施設で、公金でクリスマスツリーを設置したりすれば、それは信教の自由を犯す恐れもあるかもしれない(門松もその恐れがあるかな?)。

ともあれ、国有地の払い下げに関して、やれ9億が1億云々になったのは奇怪しい、などと騒ぐ朝日をはじめとする大新聞サマたちこそ、本社ビルがそびえ立つ社有地は元国有地で、割安価格でもらっていたではないか。そのあたり、何かの本で読んだりした記憶があった。

マスコミ、朝日新聞批判の本だったよなと。俵孝太郎さんの『我、「朝日新聞」と戦えり』  (カッパブックス)だったか、福田恆存さん編の『新聞のすべて』  (高木書房)だったか、桶谷繁雄さんの『大新聞の虚像・実像』  (日本教文社)だったかと、いろいろと取り出してきてパラパラとめくるものの、該当個所が見当たらない。ふと、ネットで、国有地払下げ、大新聞とかで検索してみたら、こういうものが出てきた。

マスコミ不信日記リンク より

******************************

昭和40年代、大手新聞社は国有地を格安で購入し、そこに本社ビルを建てました。なぜ大手新聞社はそのようなことができたのでしょうか?もう随分昔の話ですがそのいきさつについて書いておきます。

(中略)

それでは、そのいきさつを(古本虫註→以下の文は、片岡正巳氏の下記の本からの引用になっている。154頁から159頁にかけて)。
 国有地を安く払い下げられる怪

 新聞社の体質が記者の体質を生んだか、記者の体質が新聞社の体質を形成させたか。
 
 朝日新聞はいま築地の一等地に新社屋を建設中であるが、読売、毎日のあのすばらしい社屋には目を見はらされる。しかも日経、サンケイを含めて、すべて一等地、国有地の払い下げを受けての新社屋である。
「超高層ビル、新聞の殿堂も結構ですが、公共機関であるということで、国有地を安く払い下げてもらうということで″社会の公器″としての立場を貫けるものか、どうか。破格の国有地と引替えに、新聞の存命にかかわる最も大切なものを失なわなかったかどうか」と評するのは日本国勢調査会の武市照彦会長である。
 同調査会の調べによると、各社の国有地払い下げの実態は次の通りである。
〔朝日新聞社〕
(中略)
 つまり、朝日新聞社は国に借金して都心の一等地を手に入れた。この地価は、昭和五十年当時、三.三平方メートル当たり二百万円はくだらないといわれた。 それが五十六万円という安さなのである。国は、交換した浜田山の土地に官舎を建てるということであった。ところが国と交換した後、浜田山の土地から縄文時代の古跡、通称「塚山遺跡」が発見された。遺跡が発見されると、文化財として保護しなければならない、いってみれば、土地を遊ばすことになる。この遺跡に ついては、相当古くからその道の人たちの間で存在がいわれていたらしく、朝日もそのことは知っていたはずである。とすれば、この土地交換は、いささかウサンくさい。国が″大朝日″″大新聞″を意識して・・・ということであれば、国民としては、新聞とは何であり、誰のためにあるのかと改めて問わねばならなくなる。

〔読売新聞社〕
(中略)
 つまり十年払い、これまた買戻特約、抵当権の設定で、国に金しばりになっているようなものであった。
 この土地は五十年当時、三.三平方メートル当たり六百万円といわれ、四十三年当時でも三百万円と評価されていた。それを読売はなんと八十三万円で手に入れているのである。しかもこの土地の払い下げについては、大蔵省を相手に産経新聞社と十年にわたる抗争を演じた上の獲得であった。この土地の払下げ申請のトップはサンケイであった。同本社の地続きだからである。読売は四十九番目、やがて申請は百件にものぼった。そして三十八年一月、大蔵省の省議で読売に払い下げることになる。そこでサンケイが猛然と横やりを入れる。かくして読売、サンケイのすさまじい争奪戦が展開されたが、両社とも自社の政治記者、大蔵省 詰記者からの情報をもとに、財界人、政府首脳を動かすものであった。

 ことに読売の務台社長は田中角栄(四期)、福田赳夫、水田三喜男(二期)の各大蔵大臣に何度も接触し、池田、佐藤両首相に直談判して、強引とも見える獲得ぶりであった。ついに政府は、両社のいずれにするか決めかね、大蔵省第四号合同庁舎をその土地に建てることにする。これを告げられた務台社長は、それこそ″闘魂の人″となって政府とわたり合う。務台社長は時の福田蔵相に会い、読売に払い下げるのが当然だと主張した。
「サンケイの稲葉社長が業界紙を呼んで、読売が来るのは困る、俺のところは先願だ、もし読売に決まるようなことがあったら行政訴訟を起こす、俺は社長の職を賭してやる、といっている。あんた、ナンセンスだよ。先願が何だ、行政訴訟が何だ。(中略)それから、もし読売へ払い下げたら、自民党への資金網を切ってしまう、とは何ごとだ。水野(当時サンケイ会長)は財界の一部と相当なつながりがあって政商ともいわれている。とにかくそれを利用して政府を動かすとなると、これは金権政治だ。そこで読売新聞社としては、一国有地の問題を離れて、一部財界の野心家のためにそういうことをやるという、政治のあり方に対して、全紙面を動員して闘う。佐藤内閣と闘うということを決めた。読売新聞は政治の実態とその正否を国民に訴え、はっきり勝負をつける」(松本一朗著『闘魂の人-人間務台と読売新聞』大自然出版刊)

 サンケイのやり方にも憤りを覚えるが、務台氏のほうも、これでは脅迫になりかねない。公共性を主張するその紙面と国民をダシにして自社の利益を果たそう としていると、国民の側からいえるのではないか。もし読売が財界と癒着した政治を国民にあばき、その正否を問うなら、なにもこの土地にからんでキャンペーンしなくても、いくらでもできるだろう。紙面と国民を、自社のために利用したとしか言いようがない。

 務台という新聞人は、いったい新聞をなんと考えているのだろうか。そして彼は、この土地問題で、二言目には、新聞の公共性ということをいっているのであ る。そして遂には、読売新聞社の部長会の席上、土地問題について佐藤総理と約束があると前置きして「務台は微禄ものだが、読売新聞社の代表取締役として、 五百万の読者を代表している。相手は総理である。もしこの約束が反古になったら、日本の政治はおしまいだ。信義のない政治とは何だ。そうなったら佐藤内閣と一戦まじえるつもりである」(『闘魂の人』)と豪語する。

 大手町の国有地が読売に払い下げられるかどうか、読売五百万の読者にとって、それほど重大なことであったろうか。こうして結局、この土地は読売に払い下げられ、現在の偉容を誇る新社屋が出現した。

 紙数がないので後は簡単に書くが、神田一ツ橋の毎日新聞社敷地、二千九百三十一平方メートルも大手町一丁目のサンケイ新聞社の四千七百八十六平方メート ルも、そして日本経済新聞社の大手町一丁目の敷地千四百十六平方メートルも、これすべて国有地の払い下げである。いずれもご多分にもれず、当時の地価をはるかに下回る価格であった。こうした考え難いほどの有利な条件で国有地を手にした各社は、そのために、時の総理、大蔵大臣をはじめ自民党有力議員に折衝 し、事を動かして来たのである。新聞のもつ力を、特権として駆使したことはいうまでもない。かくして「新聞社はみなオレが面倒みたようなものだから、一声 かけりゃ、どうにでもなる」と田中角栄(当時首相)をして言わしめるほどの政府と密着した新聞になったのである。

 朝日にせよ読売にせよ、国有地取得の問題は、国会で追及されて然るべきものである。しかし一切問題化しなかったのは、野党もまた新聞をおそれているからだろうか。 

出典:1979(昭和54)年 日新報道刊 片岡正巳著「新聞は死んだ」



引用終わり。以下拙文。

片岡氏のこの本のサブタイトルは『驕り、偽善、エゴを衝く』となっている。
ネットで「中略」となっているところ、
「つまり十年払い、これまた買戻特約、抵当権の設定で、国に金しばりになっているようなものであった」の前にはこう綴られている。



大蔵省から払い下げを受けた国有地は、中央区築地五丁目、海上保安庁水路部跡で、五丁目二番一号の一万三十五平方㍍および五丁目二番二十五号の四千六百四十五平方㍍、計一万四千六百八十平方㍍である。登記簿によると、五丁目二番二十五号地は、昭和四十八年一月二十三日、朝日が所有していた浜田山グラウンドと交換によって朝日の手に渡っているが、この分については、この日から十年の期間で”買戻し特約”が設定されていて、買戻権者は大蔵省。売買代金は十七億二百七十一万八千二十円と記載されている。またこの土地には「国有財産払い代金延納」を理由として抵当権が設定されている。債権者は二十九億五千八百九十万円。抵当権者は大蔵省。

となっている。これに「つまり、朝日新聞社は国に借金~」と続くのである。

ここまで書いた時、「反日勢力無力化ブログ」というところでも、この片岡氏の本が、より詳細に引用されているのを拝見。

さらに維新の丸山穂高議員が、国会で、この片岡氏の本を挙げつつ、新聞の国有地払い下げ問題を追及していることも知った。「丸山穂高 片岡正己」で検索すると、こんな文章が出てきた。以下引用。




■動画
丸山穂高 超神回「朝日新聞や朝鮮学校も怪しいぞ!」蓮舫 民進党はなぜ追及しない マスコミにブーメラン!森友学園問題 維新 足立康史さんもビビる神質疑 爆笑 国会 最新の面白い国会中継
https://www.youtube.com/watch?v=jXV6uFg8Z3s
――――――――――
【文字起こし】
(前略)
6:30~
丸山穂高議員
森友の件、しっかりやっていかなければいけない。

しかし、国有地の売却については、他にも怪しい案件が沢山ある!
例えば、この件を追及しているマスコミ、この『新聞は死んだ』という本なんですけど、これによると朝日新聞は今の築地の一等地に新社屋をつくるに当たって昭和50年当時1坪あたり200万を下らないと言われている土地に対して56万円の安さでその国有地を購入している。

読売新聞も同じです。
昭和50年当時1坪あたり600万円の土地を読売新聞は83万円で国有地の売却を得ている。
それでね、こともあろうに、読売新聞の社長は、田中角栄さん、福田さん、水田大臣、池田、佐藤両首相に直談判して、この交渉を強引に進めたと書かれているんです。
森友学園の件、直談判あるんじゃないかと追及されていますが、マスコミも国有地を政治家に直談判しているんじゃないですか?
マスコミも国有地をこういうふうにやっているんじゃないですか?

理財局長
大変古い話で、既に保存文書の期限が過ぎていますので事実確認出来ない状況です。

丸山穂高議員
森友学園と全く同じ構図ですよね。
しかし、新聞社側には、こういう資料をしっかり残しているので、 朝日新聞の渡辺社長と読売新聞の白石会長と山口社長を、森友学園と同様に同じタイミングで参考人質疑をお願いしたい。
どうですか委員長?

委員長
理事会で検討いたします

丸山穂高
同時にね 公有地ってまだまだ怪しいのがあるんですよ。
それがね、朝鮮学校です!
例えば、大阪市の東成区の土地を大阪朝鮮学園へ、半世紀以上、50年以上、土地を格安貸与して、その後売却している。
公有地ですよ。
公有財産がそうなっている。
兵庫県の尼崎市も兵庫朝鮮学校に、同様に相場が年間2600万円の土地をですね、年間26万円(100分の1)、その後年間260万円という10分の1で貸しているんですよ。
東京都の土地も、東京朝鮮学園に20年間無償貸与して、最終的な譲渡、市価の10分の1の1億7000万円で売却してる。
これ東京の場合も、ゴミの処分地だったということで、おそらく適正な価格で考慮したら市価の1億7000万円(10分の1)だったということで。
同様の案件が国有地、公有地で起こっている。
北朝鮮との関係も聞きたいので、朝鮮学園の校長もしくはTOPの方も同時に参考人質疑に呼びたいのですが、委員長どうですか?

委員長
理事会で検討いたします

丸山穂高
しっかり、このタイミングで、公有地、国有地の国民の財産、野党側は1円でも無駄使いを許さないと言っているわけですから、しっかり全体の問題として確認していかなければならないと思う。

(その後、安倍首相も、朝鮮学校への補助金の問題や公有地の売買や教育内容などの問題について説明を求める必要性を認めた!)
(以上引用)

(以下拙文)
国会でも、ちゃんとまともな議員が、森友学園と大新聞、朝鮮学校の問題とリンクして追及していたのだ。しかし、産経新聞とて、この土地問題はあまり書けない? 大手町の土地などにもゴミでも出てきたのだろうか? こういう己自身の国有地払下げ疑惑に関して、今からでも遅くないからきちんと、森友学園の手法とどこがどう違うのか、新聞やその系列というか資本関係のつながりもあるテレビも検証してしかるべきではないか。片岡さんはすでに故人。講演などをうかがったことがある。高知県出身者であったが、温厚な感じのしゃべり方をする人だったと記憶している。

ところで、中野信子氏の『サイコパス』 (文春新書)が20万部売れているとのこと。

内容紹介→平気でウソをつき、罪悪感ゼロ ……そんな「あの人」の脳には秘密があった!

外見はクールで魅力的。会話やプレゼンテーションも抜群に面白い。しかし、じつはトンでもないウソつきである。不正や捏造が露見しても、まったく恥じることなく平然としている。時にはあたかも自分が被害者であるかのようにふるまう。 残虐な殺人や善良な人を陥れる犯罪を冷静沈着に遂行する。他人を利用することに長け、人の痛みなどこれっぽっちも感じない。
……昨今、こうした人物が世間を騒がせています。しかも、この種の人々を擁護する人も少なくありません。
もともとサイコパスとは、連続殺人鬼などの反社会的な人格を説明するために開発された診断上の概念です。しかし、精神医学ではいまだ明確なカテゴリーに分類されておらず、誤ったイメージやぼんやりとした印象が流布していました。
ところが近年、脳科学の劇的な進歩により、サイコパスの正体が徐々に明らかになっています。脳内の器質のうち、他者に対する共感性や「痛み」を認識する部分の働きが、一般人とサイコパスとされる人々では大きく違うことがわかってきたのです。
しかも、サイコパスとは必ずしも冷酷で残虐な犯罪者ばかりではないことも明らかになってきました。大企業のCEO、政治家、弁護士、外科医など、大胆な決断をしなければならない職業の人にサイコパシー傾向の高い人が多いという研究結果もあります。
また、国や地域で多少の差はあるものの、およそ100人に1人の割合で存在することもわかってきました。そればかりか、人類の進化と繁栄にサイコパスが重要な役割をはたしてきた可能性すら浮上しているのです。
最新脳科学が、私たちの脳に隠されたミステリーを解き明かします。


積んどくしていたが、森友事件の発覚とともに、ううむ…もしかして? と思って読もうと思ったら、妻が、「私の身近な人に、これにピッタリの人がいるのよね」と言って、本を拉致してしまって返してくれず手元にない。まだ読み終わらないようだが……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「左翼検閲」で消されたり浮き彫りにされたりした二人の長谷川記者&一人の法哲学者井上達夫
(2017・2・4・土曜日)





今日(2017・2・4)はヤルタ会談の始まった日(1945・2・4)から72年目のようだか、昨日(2017・2・3)は横田めぐみさんが拉致された日(1997・2・3)から20年が経過した日だった。ということもあって、各紙、めぐみさんのことを取り上げていた。
とりわけ、拉致問題に関しては、この前、本欄で取り上げた「東大不名誉教授」(?)の和田春樹さんと並んで「言論責任」のある朝日新聞は、以下のように報じていた。

拉致問題報道から20年 石高さんが考える「可能性」
編集委員・北野隆一
2017年2月3日05時13分
 20年前の1997年2月3日、横田めぐみさん(拉致当時13)が北朝鮮に拉致されたとの疑いが、報道と国会質問で同時に表面化し、大きな国際問題となった。きっかけとなる情報を引き出したのは朝日放送プロデューサーだった石高健次さん(65)。「政府は拉致問題解決のため、北朝鮮との交渉や情報収集にもっと動くべきだ」と話す。
 77年11月に新潟市で突然失踪しためぐみさん。石高さんは日本人拉致問題を長く取材してきたが、めぐみさん拉致につながる情報を聞いたのは95年6月。韓国の情報機関高官から「北朝鮮から亡命した元工作員が『76~77年ごろにバドミントンをしていた13歳の少女が下校中、日本の海岸から北朝鮮に拉致された』と言っている」と打ち明けられた。
 石高さんはその少女が誰なのか捜し、1年経っても見つからなかったが、情報を専門誌に寄稿したのがきっかけで96年暮れ、新潟県の警察関係者から「それは横田めぐみさんだ」と指摘された。97年1月、めぐみさんの両親と会い、「拉致された少女はめぐみさんだ」と確信した。
 情報は一部で知られるところとなり、他社の記者らも取材に動いた。97年2月3日、「めぐみさんが北朝鮮に拉致されていた可能性が強まった」などと週刊誌「アエラ」(現・朝日新聞出版)と産経新聞が報じ、西村真悟衆院議員(当時)も国会質問で取り上げた。
 石高さんによると、韓国側は95年春、少女拉致の情報を日本の警察に2回伝えたが、日本側は「そういう人はいない」と回答したという。「このため拉致問題を取材していた私に伝えたのだろう」と振り返る。
 そして20年が経つ。拉致問題を巡る交渉は現在滞っているが、石高さんは、めぐみさんの拉致は防げた可能性もあると考えている。
 めぐみさんが拉致される2カ月前の77年9月、久米裕さん(拉致当時52)が石川県の海岸で失踪した。石高さんはこの事件も取材。地元の警察官から「関係者への捜査で北朝鮮による拉致の疑いをつかんだが、捜査情報が公になることへの懸念や、上層部の意向もあって公表しなかった」と聞いたという。「当時、事件の詳細が明らかになっていたら、2カ月後のめぐみさん拉致は防げたかもしれない」と残念がる。
 今年はめぐみさんが拉致されて40年、拉致被害者家族会の結成から20年になる。めぐみさんの母・横田早紀江さん(80)は「めぐみが突然消えて、40年間も向こうの国に置かれたまま。家族も20年間、全国各地で講演をしているのに、なぜ事態が動かないのでしょうか。ぜひ真剣に考えてほしい」と話している。(編集委員・北野隆一)


石高健次さんの『これでもシラを切るのか北朝鮮―日本人拉致 続々届く「生存の証」』 (カッパ・ブックス)は、1997年11月に刊行され、一読した記憶がある。「朝日」という名の会社(テレビだが)にもこんなマトモな人もいるものだと感心したものだ。ちなみに、不名誉教授(?)和田春樹氏が、「世界」で、「『日本人拉致疑惑』を検証する」という論文を書いて、「シラを切る北朝鮮」を事実上擁護したのは、2001年1月号&2月号。 「事実をしっかり押さえて、あやふやなうわさなどを除き」論理的思考力で拉致問題を追及すれば、2001年ではなく、1997年の時点で、これだけのことが書けたはず。あぁ無情ならぬ、あぁ無能!!

拉致報道に関して、岩波「世界」に比べても、朝日は、本体(朝日新聞)では「五十歩百歩」だったものの、傍流(?)のテレビ朝日の石高さんが頑張って取材をした。それは昨日の朝日の記事にある通り。顔写真入りで紹介されている。しかし……? 記事に出てくる、これまた「傍流」(?)の週刊誌「アエラ」が、指摘通り、産経とほぼ並んで、この拉致を「スクープ」した。岩波のような不名誉事態を辛うじて救ったスクープをしたのは、長谷川煕記者だった。なぜ、その名前が紙面にないのだろう? テレ朝の人に頼らなくても、長谷川記者(すでに退社)にインタビューをすればいいのにと、普通の読者は思うだろう。

だが、長谷川氏は『こんな朝日新聞に誰がした?』 (WAC BUNKO・ワック)という古巣朝日の報道姿勢を厳しく論理的に糾す共著(永栄潔氏)を書いている(他にも単著『崩壊 朝日新聞』ワック)。だから、まずいということで、名前すら出さずに済ませたのだろう。朝日新聞の「名誉」を救った「名誉記者」の名前は紙面に出さず、和田春樹さんは、拉致問題含め日韓問題などで夕刊にロングインタビューを掲載する…。この二枚舌的な価値基準には、やはりついていけない?

ところで、井上達夫氏&小林よしのり氏の『ザ・議論 「リベラルvs 保守」究極対決』 (毎日新聞出版)を読んだ。大変面白い。物事を深く問い詰める思考力を持った二人による対談。「天皇制度」をめぐる問題では、井上氏の指摘になるほど、ふむふむと思いつつ一読もした。細かい読後感はあとで述べるとして、おやっと思ったのは、ユニークな9条改憲論を展開する井上氏は、単細胞的な護憲学者や護憲メディアからは少し疎んじられているところがあるそうな。朝日や岩波の「世界」などは、井上氏を「当てこすったり、揶揄してすませようとする論評が恥ずかし気もなく出てくる」とのこと。

それならまだしも、朝日の紙面批評で、西田亮介氏(東工大准教授)が、憲法記念日の特集紙面が、「護憲派一辺倒になり、まるで安倍政権だけが立憲主義を掘り崩しているかのような議論はおかしい、護憲派に対してもそういう観点からの批判があることを読者に提示すべきだ」と指摘していたことを紹介。そして、西田氏がツィッターで暴露したところによると、「原稿で護憲派批判者として私と九州大学の井上武夫さんの名前を出したそうです。しかしそれに対して朝日新聞から削除要請があり、抵抗しきれず応じた、と。『やってみてわかったのは、やっぱり朝日新聞には、今でも『載せられない内容』があるということだ」と。
井上氏は、「こういう言論統制をやってしまう護憲派メディアも、言論機関というより、『運動メディア』ですよ。朝日には、私の憲法九条削除論を初めて世に紹介してくれた編集者もいれば、いまだにこんな検閲をしている編集者もいる。もっと社内で、編集者同士、ジャーナリスト同士が議論すべきでしょう」と。同感。

ところで、東京新聞の長谷川幸洋氏といえば、朝日の長谷川記者同様に「はきだめにツル?」といわれている人。 『日本国の正体―政治家・官僚・メディア 本当の権力者は誰か』 (講談社)で、山本七平賞を受賞もしている新聞記者(現在は、東京新聞論説副主幹)。その長谷川氏をめぐる記事が同じ日付(2016・2・3)の朝日に出ていた。

ぶっちゃけの名の下に… 「ニュース女子」問題の源流は
田玉恵美、伊東和貴
2017年2月3日06時51分
沖縄の米軍基地反対運動を取り上げた東京メトロポリタンテレビジョン(MXテレビ)の番組をめぐり、論説副主幹が司会を務める東京新聞(中日新聞東京本社)が2日付朝刊で「反省」を表明した。番組については、「ぶっちゃけ」を売りにした手法が源流にあるとの指摘も出ている。
■東京新聞「反省」
 問題になっているのは、1月2日放送の「ニュース女子」。東京新聞の長谷川幸洋論説副主幹が司会を務めていた。
 1面に掲載された記事は深田実論説主幹の名前で番組について「本紙のこれまでの報道姿勢および社説の主張と異なる」「事実に基づかない論評が含まれており到底同意できるものでもありません」と説明。「副主幹が出演していたことについては重く受け止め、対処します」とし、読者におわびした。同紙には250件を超える批判や、見解を求める声が寄せられたという。中日新聞の同日付社会面にも同じ内容が掲載された。
 深田氏は取材に「沖縄の人々の心情を深く傷つけるような番組で、論説副主幹の肩書で司会をしていたことに責任と反省を感じている」と語った。「対処」の内容は「答えられない」としている。
 MXテレビは「他メディアでの掲載内容につきましては、コメントを差し控えさせていただきます」としている。
 番組で「反対派の黒幕」などと名指しされた人権団体「のりこえねっと」の共同代表・辛淑玉(シンスゴ)さんは番組放送後、「朝鮮人帰れ」などとネットで中傷され、家族は恐怖で外出できなくなったという。先月31日、中日新聞社の白井文吾会長と長谷川氏に「なぜこのような安易な番組作りに同意したのか、大きな疑問」と文書で抗議した。
 辛さんは「放送されたのは異論でも議論でもなくデマ。それがネットで爆発的に広がった。東京新聞論説副主幹の名前で番組に信用をもたせ、差別をあおった」と憤る。同紙に対しても「対応が遅すぎた。これまで放置した管理監督責任が問われる」と話す。
 辛さんが人権侵害を申し立てた放送倫理・番組向上機構(BPO)放送人権委員会の元委員でジャーナリストの武田徹さんは、今回の番組を「全然褒められたものではない」としつつ、「放送内容を論評することは自由だが、司会者の所属元とはいえ、放送局の自律を尊重し、自己浄化に期待する姿勢も必要では」と話す。放送番組の適否は①放送業界が自ら考える②BPOのような外部組織に委ねる③法的解決――という段階を踏むべきだと指摘。「社員が社外メディアで話す時まで社の論調に縛られるべきかについても議論が必要だ」と話す。
■変容する「反権威」
 ニュース女子は、化粧品大手ディーエイチシーの子会社「DHCシアター」のもとで、大阪の番組制作会社「ボーイズ」が作っていた。同社は読売テレビ(大阪)の「そこまで言って委員会NP」の制作も担当。同社のウェブサイトによると、ニュース女子は「東京での新事業」だった。
 専修大学の山田健太教授(言論法)は、そこまで言って委員会NPとニュース女子とのつながりを指摘する。「長谷川氏を含め、出演者も似通っている。市民活動や、現政権に対する批判の動きを否定的にとらえることがある」
 そこまで言って委員会NPの前身「たかじんのそこまで言って委員会」では2013年、在日韓国人に対する差別を助長する発言があったとしてNPO法人「コリアNGOセンター」から抗議を受け、謝罪したこともある。
 ジャーナリストの安田浩一さんは、関西で制作される一部の情報番組の内容が変容しているのを感じることがあるという。「かつては反東京・反権威で本音をずばずばと言い、一定の役割を果たしていたが、今は『ぶっちゃけ』の名の下に、差別的で排外的な気分をあおることがある」
 ボーイズは朝日新聞の取材に「答えられる者がいない」としている。
 安田さんは、MXテレビの別のニュース番組に不定期でコメンテーターとして出演する予定だったが、MXテレビが納得できる対応を取るまでは出演しないと局側に伝えたという。ジャーナリストの津田大介さんも同じ理由で、不定期で出ていたニュース番組への出演を見合わせている。(田玉恵美、伊東和貴)


こちらはテレビ画面に映っている長谷川さんの顔写真を麗々しく掲載もしている。
当初、東京新聞は、自社の長谷川さんの「名前」「肩書」を報じないで、この問題を取り上げていたが、そうもいかないということで、本人のコメントは掲載しないまま、「釈明」記事を東京新聞に掲載したようだ。テレビ出演などで、自社の肩書を使う場合は、一応許可なども必要なのかもしれないが…。その番組はみていないので、批判する側の内容批判が的確なのかどうか? 同日付け産経新聞には、杉田水脈氏が、日当5万円のデモ動員は事実だと指摘しているが……。

まぁ、放送番組の内容にしても、批判にしても、「左翼検閲」は許されるのが日本なのかも? この問題を考える時、林秀彦氏の『左翼検閲「言論の自由」を如何に守るか 』 (啓正社選書)は必読の一冊。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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朝日と産経を朝読むと違いがよくわかる。例えば1・13、1・16朝刊など……「大学の基礎研究費は削られて着膨れていく防衛予算」「昔乙女今太め 裸でも着膨れする我が古女房」は文学か?
(2017・1・17・火曜日)






ジョージ・オーウェルの『動物農場』の新訳(山形浩生氏)がハヤカワ文庫から出たので購入し、ウクライナ語版への序文などや訳者解説から読んでいたのだが、なるほどという指摘があった。
言うまでもなくオーウェルは民主的社会主義者であり、社会主義の擁護者であった。だが、ソ連型共産主義を全体主義ととらえ、それを民主主義や社会主義とみなす風潮を批判していた。それ故に『動物農場』を書いたともいえる。

ウクライナ語版への序文のなかでも、英国の労働者や知識人たちが、ソ連に幻想をいだき、 「公共生活においてそこそこの自由と穏やかさになれてしまったために、全体主義というものがまったく想像できない」「一般人は強制収容所だの大量追放だの裁判なしの逮捕だの、報道の検閲だのといったものはなかなか理解できない。ソ連のような国について読むことはすべて、イギリス的に翻訳されてしまい、おかげで実に無邪気にも全体主義プロパガンダのウソを信じ込んでしまう。1939年まで、いやその後ですら、イギリス人の大半はドイツのナチス政権の正体を見抜けずにいたし、いまやソ連政権について、かれらはいまだにおおむね同じ幻想の下にある」と指摘している。

あれから70年以上が経過し、ソ連も崩壊し、左翼全体主義への幻想は消滅したと思いたいが、この前、ワイダ監督が死んだ直後の朝日夕刊訃報記事は、彼の晩年の作品、スターリンの暴虐を描いた『カティンの森』に一言も触れなかった。これでは、スターリンへの忠誠を誓ったのではないかとの疑惑を本欄で指摘もした。

2016年1月13日付けの外交文書公開を紹介する記事でも、なんと、公開された外交文書で重要な論点であるシベリア抑留の「赤化工作」についての記事が朝日(1・13付け)には欠落しているのだ。同日産経では「旧ソ連帰国者の抑留者を洗脳」「共産化工作」「相当な効果」との見出しで、抑留されたハルビン総領事館員に対して、ソ連関係者が「殺す」「帰国させない」「家族をシベリアに送る」と脅したり、拳銃も突きつけたりしたという。衰弱して死亡した館員もいたとのこと。

こういう「歴史の真実」には朝日はあまり触れたくないようだ? それにしても、総領事館員に、そんな脅しをしたら、ソ連のスパイになる者も出たことだろう。ラストボロフ事件は、そういう元抑留帰国者の中からスカウトされ外務省などに戻ったスパイなどが暗躍したとされる。瀬島龍三もその一員だったと指摘したのが、佐々淳行氏。その著『私を通りすぎたスパイたち』 (文藝春秋)でも詳述されていた。
そういう悪虐非道なことを平然と行なったのがソ連だった。
ともあれ、このシベリア強制抑留問題は、半世紀以上昔で、いまの記者たちの関心外でしかなかったためなのかもしれない。ほかの新聞も、シベリア問題など、特に触れていなかったところもあるようだ(僕の見たところでは、読売、東京は無視。毎日、日経は軽く紹介)。それにつけても、論調の異なる新聞を読むこは情報入手の上でも大事。

1・16朝刊では、産経が「カストリ書房」を、朝日が「街道文庫」 を紹介している。どちらもユニークな(古)本屋として。古本屋ツアーインジャハンさんは、すでに両方の店を走破。そのコラムを見て、僕も行きたいなと思ってはいるのだが…。それはともかくとして、1・16の朝日の俳壇歌壇をふとみていて「へぇ? これが文学なのか?」と思ったのが、次の一句。

「大学の基礎研究費は削られて着膨れていく防衛予算」

これに対して、選者が「基礎研究費の縮小と軍学共同の為の予算の膨張がリンクし、軍事研究へと向かうのが怖い」と称賛している。ふうん? 同じ着膨れでも、 「ハチ死んでカメムシ死んでハエ死んでわれは死なずに着ぶくれている」というのもあったが、まだ、こちらのほうが少し笑える? しかし、「虫」となると、「むのたけじとふ反戦歌虫の声」なんていうのもある……。むのたけじさんねぇ? 彼の知的限界については本欄でも何度か指摘した。所詮は容共リベラルなところがあったではないかと。
それにしても、伝統というのは恐ろしいもので、昭和55年、1980年10月5日付けの朝日歌壇ではこんなのが選ばれていた。

「軍拡を煽りて利する者は誰冷夏に見切り出稼ぎに発つ」
「統一懇めぐるたたかいよ戦場に子をやらぬたたかいと息のむ幾日」
「金大中死刑の報に涙するされど我が身になにができよう」


当時、金大中を救えといった署名活動などは、日本共産党系の統一懇など、いろいろとやっていたが、彼らが同時期、ソ連に捕らえられていたサハロフ救出のために活発な運動をしていたという記憶はない。

僕も一句。コマーシャルのコピーを参照しつつ……。

昔乙女今太め 裸でも着膨れする我が古女房

ともあれ、こういう単細胞的な反戦歌を書いたり、素晴らしいと褒めたたえる人たちは、オーウェルのいうような「実に無邪気にも全体主義プロパガンダのウソを信じ込んでしまう」タイプの人ではないかと僕は思う。

そういえば、「統一懇めぐるたたかい」というのは、総評のまだマシな部分と、同盟などが全民労協などを通じて連合に脱皮していく過程で教条的左翼と訣別していったことを意味しているのだろう。1・16朝日では、「共産、共闘へソフト路線」「自衛隊独自の立場抑制」「自己改革訴え」との見出しで、共産党党大会に、社民党、自由党のみならず民進党の幹部が列席したことを報じている。党代表を選出する選挙もないような共産党の大会に出席することや、連合が共産党との共闘に反対しているのも「統一懇をめぐるたたかい」を想起すれば当然のこと。

記事では、共産党が、中国共産党に対しても「力による現状変更をめざす動き」と「強い言葉で批判」していると書いているが、基地問題や安保法制など、基地や国会の前で動員して反対デモをするのと同じように、せめて中国大使館前に民青諸君を動員して反対デモをしているならともかく、単なる「声明」程度の伝達など、ナンセンスというしかあるまい。ソ連のアフガン侵攻にも、反対をしたと称しているが、ソ連大使館前で大々的な反ソデモをしたわけでもなかった。
ともあれ、「赤旗」をよまなくても、とりあえずは「朝日」を読めば「アカハタ」的価値観を確認することができて便利ではある?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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こんな「情けない「カエルの楽園」国家日本・冷静さを欠いた朝日新聞」に誰がした?
(2017・1・11・水曜日)






百田尚樹氏&石平氏の『「カエルの楽園」が地獄と化す日』 (飛鳥新社)を読んだ。

内容紹介→ベストセラー寓話小説『カエルの楽園』のストーリーが半分以上、現実化してしまった2016年。
中国は本気だ! 警告の書のつもりが、このままでは予言の書になってしまう。 何としても中国を止めなければいけないと考えた二人が、全身全霊をかけて日本人に訴えます。 中国の軍事的脅威を直視できない日本は、侵略をみずから呼び込む病に陥りました。 他国と同程度の国防意識を国民が持つだけで万事解決するのに、
このままでは【尖閣を奪われ】【沖縄独立を座視する】のは必至です。 米軍基地を追い出し、自衛隊を解消しようとする現実の社会運動とマスコミの共闘から見えてきた、日本滅亡へのカウントダウン。


百田氏の『カエルの楽園』 (新潮社)は紹介ずみだが、この本を読んで感動した石氏が、奇しくも百田さんとともに、我が日本の「仮想敵」ともなった中国の動向について、真摯な議論を展開。大変面白い。とりわけ、『カエルの楽園』に登場する平和ボケした面々と、実際の朝日新聞社説などとの対比も笑えるものがあった。両者は同根だろう。

石氏が、慰安婦問題などで、 「日本側が先に騒ぐことで、韓国に飛び火させてしまった」と指摘もしているが、「飛び火」という文字を読んで、この前の新潟の糸魚川の大火事を想起した。ラーメン屋のオッサンのまったくの不注意というしかない「失火」が、「飛び火」となって、あんな大火災になったのだ。死者が出なかっただけでも幸いだが、深夜だったら何十人もの死傷者をだしたに違いない。未確認だが、失火元のラーメン屋はまだ「全焼」を免れたのではなかったか? にもかかわらず、周辺の家屋の多くは全焼……。

その「失火」「飛び火」と同様に、詐話師の慰安婦を強制連行したという「妄言」による著書も、ありふれた戦記物として埋もれていればどうということはなかったのだろうが、朝日新聞が、ノンフィクションの傑作、ヒューマニズムの最たる作品と激賞し(誤報し)、広めたために日本国内は無論のこと、韓国や中国やアメリカにも「飛び火」し、いまだにくすぶり続けているわけだ。
韓国の釜山の「少女像」など、本来、作る根拠もないわけで、どうせ、作るなら、日本の朝日新聞本社前などに設置するなら「ブラックユーモア」ではあろうが……。しかし、北朝鮮に同情的ともいわれる、そういう韓国の「人権団体」は、「味方」の朝日新聞に対しては、そういう対応はしないのだろう。

その朝日、自らの「罪」を未だに深くは感じていないようだ。釜山の少女像の勝手な設置に対して、「国家権力」としてきちんとした対応をしない韓国政府に対して、日本が取った当然の対抗措置に関して、つまらない社説を書いている。

(社説)韓国との外交 性急な対抗より熟考を 2017年1月7日05時00分
 政府が、駐韓大使と在釜山総領事を一時帰国させると決めた。釜山の総領事館前に慰安婦問題を象徴する少女像が設置されたことへの対抗措置という。
 そのほかにも、緊急時にドルなどを融通しあう日韓通貨スワップの協議の中断や、ハイレベル経済協議の延期、釜山総領事館職員の地元行事への参加見合わせも発表した。
 少女像問題の改善へ向けて、韓国政府は速やかに有効な対応策に着手すべきである。日本政府が善処を求める意思表示をするのも当然だ。
 しかし、ここまで性急で広範な対抗措置に走るのは冷静さを欠いている。過剰な反発はむしろ関係悪化の悪循環を招くだろう。日本政府はもっと適切な外交措置を熟考すべきである。
 日韓政府間ではこれまでも、歴史認識問題のために関係全体が滞る事態に陥った。
 だからこそ、歴史などの政治の問題と、経済や文化など他の分野の協力とは切り離して考えるべきだ――。そう訴えてきたのは、当の日本政府である。
 少女像問題をきっかけに経済協議や人的交流も凍結するというのでは、自らの主張と行動が反対になる。今後の対韓交渉で説得力を失うものだ。
 韓国はいま、朴槿恵(パククネ)大統領の進退で揺れている。日韓の応酬が続けば、次期大統領選にも影を落とす。これまで慰安婦問題に関心を示さなかった候補予定者らも対日強硬姿勢をとることが予想され、少女像問題の解決はさらに遠のく恐れがある。
 日韓関係が再び、暗いトンネルに入りかねない局面である。ここは両政府が大局観に立ち、隣国関係を対立の繰り返しではなく、互恵へと深化させる価値を国内外に説くべき時だ。
 日本政府と同様に、韓国政府側の責任は重い。一昨年の日韓合意では、ソウルの日本大使館前にある少女像の扱いについて、韓国政府が「適切に解決されるよう努力する」ことが盛り込まれた。
 日本政府は、少女像が在外公館の安寧や威厳の維持を定めたウィーン条約に抵触するとして撤去を求めてきた。努力目標とはいえ、韓国側は合意の文言を尊重しなくてはならない。
 日韓合意は、元慰安婦らの心の傷をいかに癒やせるかを双方が考え、知恵を出し合った結果であり、いまの両政府の関係を発展させる出発点でもある。
 この合意を侵食するような行動は双方が慎むべきだ。
 両政府は合意の精神を着実に実践し、両国民の理解を深めるよう心を砕いてもらいたい。


「日本政府が善処を求める意思表示をするのも当然だ」とタテマエ上は「イエス」といいつつも、必ず「バット」と言い返してホンネを述べる。
「ここまで性急で広範な対抗措置に走るのは冷静さを欠いている。過剰な反発はむしろ関係悪化の悪循環を招くだろう。日本政府はもっと適切な外交措置を熟考すべきである」 「日本政府と同様に、韓国政府側の責任は重い」

若宮路線以来というか、いつも、より自制、自省すべきは、事実上日本側と説くのが朝日論説委員たちだ。「どっちもどっち」路線?  それなら常に高みの立場にいられる。

だが、この社説が掲載された1月7日の紙面では、第二面に「少女像にらみ合う日韓」「駐韓大使ら一時帰国へ」との見出しと並んで「日本憤りの裏 にじむ配慮」とある。

おや、「配慮とは?」と見出しだけでなく記事の中身も珍しく読んでみたら……。

「正月休み明けの4日から両国は外交ルートで交渉を本格化。日本側は対抗措置の実施も示唆しながら、像の即時撤去を繰り返し求めた」とある。まずは朝日論説委員のいう「話し合い」をちゃんとしたわけだ。
しかし、「韓国側が応じないまま、決裂した」と。
要は話し合いをしたものの、像の撤去の要求には応じなかったわけだ。大使館前の像の移転の「約束」も守られない上に、新たに領事館前に設置されたものを撤去すべしと要求するのは何の問題もあるまい。それすらも実行しない韓国政府に対して、大使の一時帰国なんて何処の国でもやっている妥当な措置でしかあるまい。

朝日記事でも、自民党内のみならず、民進党の細野豪志代表代行が「毅然とした対応は必要だ」と「理解が広がる」と指摘している。
そして、「毅然とした対応」であっても、韓国側に「配慮ものぞかせた」として、スワップ協定の再締結協議は「中止」ではなく「中断」としているし、駐韓大使も任務を停止する「召還」ではなく「一時帰国」としているとしているからだと。

おやおや、朝日論説委員サマが、居丈高に 「ここまで性急で広範な対抗措置に走るのは冷静さを欠いている。過剰な反発はむしろ関係悪化の悪循環を招くだろう。日本政府はもっと適切な外交措置を熟考すべきである」と批判していることを、同日付けの朝日記事は事実に即して否定しているのだ。日本政府はちゃんと話し合いをやり、そして「配慮」しつつ対抗措置をしたにすぎないと。
それに引き換え、「中断」「一時帰国」といった「冷静」で「適度な反発」を、そういう表現で朝日論説委員が批判するのは、いかがなものか?
共産中国などが「領海侵犯」などをすると、他の新聞などが社説にすぐ取り上げるのに、一日ぐらい置いてからおずおずと社説を書くことがしばしばある朝日新聞だが、今回の問題も、まずは自社の記事を熟読してから、1・7ではなく1・8あたりの社説で取り上げたほうが、より冷静な筆致で書けたのではないかしら?

朝日新聞OBの長谷川煕氏&永栄潔氏の『こんな朝日新聞に誰がした?』 (ワック・WAC BUNKO)ではないが、やはり論説委員など幹部社員の悪しき「平和ボケ」「左翼リベラル」「反知性主義」が、朝日の元凶なのであろうか。2016・1・7付けの朝日新聞を「熟読」し、百田氏&石氏の対談本に於ける朝日批判を一読し、その思いを強くした。朝日新聞も、「身内」の文化人ばかりではなく、たまには冒険心をもって、百田氏などを「客員論説委員」などに起用すればいいのに。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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