古本虫がさまよう 新聞論調
2017 06 / 05 last month≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫07 next month




大新聞社さま、♪「四つのお願い」聞いて、♫ 聞いてくれたら あなたに私は夢中になるわ、新聞を購読しちゃうわ? 例えば、ジョセフ・ペレスの『ハプスブルク・スペイン 黒い伝説 帝国はなぜ憎まれるか』 (筑摩書房)なんかを真っ先に書評していたら…?
(2017・6・20・火曜日)




ちあきなおみさんのヒット曲に、 『四つのお願い』という歌があった。

♫たとえば私が 恋を 恋をするなら 四つの お願い 聞いて 聞いてほしいの
一つ やさしく 愛して
二つ わがまま 言わせて
三つ さみしく させないで
四つ 誰にも 秘密にしてネ
四つのお願い 聞いて 聞いてくれたら あなたに私は夢中 恋をしちゃうわ


それをもじれば、以下の「四つの(わがままな)お願い」を、どこかの新聞社が聞いてくれたら、その新聞を購読するのだが…。無理かな?

というのも、ふと、理想の新聞とは…と考えたからだ。

いま、自宅では産経新聞だけ購読している。仕事場で全国紙は全部読むことが可能だが、大学1年の時から、普通、自宅では二紙を取るようにしてきた。おおむね、産経と朝日新聞だったが、近年、若宮啓文時代の朝日のなんともいえないゴーマン、かつ「反知性主義」的筆致が嫌いで、しばし朝日を自宅で購読するのは中断していた。その間、日経などを取ることが多かった。最近、日経を止めて朝日を復活したのだが、社説やら記事はともかく、投書欄のあまりの「左翼偏向」ぶりに唖然として、購読をまたもや中断。また日経にしようかと思ったが、土曜日に書評頁を移したのはいいとしても、日曜日の真ん中に、「広告」めいたカラー記事が何面も入り込んでいるのには閉口…。これって手抜き記事? ちょっと購読復活にはためらいが…。
朝日、日経がダメなら読売?  ううむ…。巨人は天敵だからなぁ…。毎日新聞…? 月曜日の二面に、いいコラムが掲載されてはいるが、それだけでは…。東京新聞…? ううむ、これは朝日より酷い…? たまに北朝鮮関連でまともな記事が出ることがあるが…。長谷川幸洋さんが論説主幹になったら考えてもいいが…?


ともあれ、もし、以下のような「4つのお願い」を満たす新聞が「創刊」されたら、少々お値段が高くても購読するのだが…。そんな理想な新聞はできないものか?


① 株式欄のない新聞。古女房名義の株が「ひとつ」だけあるが、まぁ、近年、やっと配当が少し出始めた。一時、配当ゼロで、そのくせ、株主総会では、辞める役員に退職慰労金を払います、その金額はおまかせくださいなんて横着な「議案」を株主さまに対して提示するから、「×」にしろと言い聞かせていたものだが…。参考までに、前年の配当金ゼロを決断した役員にいくら慰労金を払ったから教えろと議決権のハガキの隅に書いたが返事はなかった。ケシカラン会社だ。
まぁ、それ以外、株券は持っていないので、毎日のように出る株式欄はほとんど見ない。「社説」はまだブログのネタになりうるが、株式欄の数字は何の役にも立たない。これが紙面から消えればほかの記事を増やす余地が生まれるではないか。


② スポーツ欄も不要。これから甲子園の高校野球大会が始まる。地方大会やら全国各地の大会の記事など見たくもない。とりわけ夏の大会のディゲームは、未成年(少年)を虐待するようなもの。しかも、甲子園大会では、球児たちに国旗掲揚、国歌斉唱を強制している…。朝日重役は「矛盾」という言葉を知らないのか?

ただし、プロ野球のみ、ホークスが勝った試合だけは、一面全部を使ってのスポーツ記事があってもいい(従って、プロ野球が開催されていない時、かつホークスが負けた時は不要。いまでもホークスが負けた時はスポーツ欄は原則読まないことにしているから)。そのほかサッカーや五輪なども含めてさほどの関心がない。スポーツ欄がなくなれば、その分、ほかの記事が増やせるではないか。

③ 読書・書評頁は、毎日二頁は確保してほしい。以前、産経だったか、夕刊に毎日、書評が掲載されていた時があったかと。あれはよかった。

これだけ本が出ているのに、書評が朝刊や夕刊などに週一~二回だけで、せいぜい、2~4頁というのは少なすぎる。つい最近も、ジョセフ・ペレスの『ハプスブルク・スペイン 黒い伝説 帝国はなぜ憎まれるか』 (筑摩書房)という本が出ているのを遅ればせに知った。書評も出ていたのかもしれないがまったく気付かなかった。これはスペインの植民地統治を悪しざまに書かれた反スペイン国家の「歴史家」「歴史書」の嘘を暴いている本ではないか? そしてそれは今日の日本と対比して考察できるのではないか?

内容(「BOOK」データベースより)
1492年、スペイン王国はイスラム勢力からイベリア半島を奪還。同年発見された新大陸からの銀資産を背景に、16世紀スペインは一大世界帝国へのし上がった。カルロス1世とその息子フェリーペ2世によるハプスブルク家の支配で、スペインは黄金時代を迎える。だがその繁栄の裏で、大国の残虐非道ぶりを糾弾する怪文書がヨーロッパ各地を駆け巡る。新大陸での先住民虐殺、異端審問の過酷な拷問、王室内部のスキャンダル…「噂」が次第に「事実」として語られ、「黒い伝説」はスペイン帝国凋落の一因となった―。21世紀の今日にいたるまで、スペインに対する根深い偏見のもととなったプロパガンダは、一体誰が、どんな目的で流布させたのか。そこにはいかなる事実が含まれるのか。ヨーロッパ史の泰斗が緻密な検証から、歴史の「真実」が形作られる過程をあぶり出す。


反スペイン派だった、ラス・カサスの『インディアスの破壊についての簡潔な報告』 (岩波文庫)への反論の書となっているのかもしれない(未確認だが)。

こういう本を素早くきちんと書評する新聞があったら有り難い(刊行されてから半年弱になるというのに、未だにアマゾンレビューで触れられてもいないというのは…)。産経の書評欄といえば、記憶が曖昧だが、毎日のように書評頁があったころ、 「斜断機」というコラムがあったかと。東京新聞夕刊の「大波小波」みたいな。その「斜断機」のコラムをまとめた『闘うコラム 斜断機352』 (JICC出版局・産経新聞文化部)という本があった。分厚い本。玉石混淆だったかもしれないが、「闘うコラム」集だったと記憶している。

ともあれ「一個人」の僕でさえ、原則、一日一冊本の紹介書評を掲載しているのだ。新聞なら、毎日十冊ぐらい掲載してしかるべきだろう。外部の人に依頼すると原稿料がかかるなら、記者が仕事としてやればいい。そしたら原稿料はゼロ。経費削減にもなる。かといって、いわゆる「書評新聞」みたいな、ちょっと偏った(?)、硬派の本ばかりの書評はよしてほしい。毎週金曜日はエロス小説特集とか、月曜日はノンフィクション特集とか、曜日によって多少の変化をつけるぐらいのことはしてほしいものだ。

④ テレビ欄ラジオ欄は「1面(最終面)」だけで処理してほしい。産経は地上波とBSの番組表が最終面に出ている。あれがいい。ラジオはもう不要。FMラジオの番組表も要らない。FM専用の雑誌を買って、あの歌はいつ流れるか、ラジカセを前にして録音していた時代はとうに終わっている。民放ラジオの中には、アメリカのラッシュ・リンボウみたいな保守派ジャッキーの番組もあるのかもしれないが…。彼の『俺が正しい!―アメリカのたけし、えせヒューマニズムを撃つ!』 (徳間書店)は懐かしい一冊だが…。中絶はいかんが、オナニーは許される…。なぜなら卵子と精子とが結合しないと「生命」にならないのだから…という論理を展開していたのには納得した記憶がある(あやふやだが?)。

ともあれ、活字好きな、勤労人間は、新聞のラジオ欄などまで「目」を通すことは時間的に無理。だからラジオ欄は不要。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

スポンサーサイト
 | 新聞論調  | TB(0)  | CM(0) | Page Top↑







2017・5・3に朝日が長尾龍一さんの見解を大きく紹介したのは「一歩前進」か?
(2017・5・4・木曜日)





昨日(5・3)は「古希憲法」記念日とのこと? 新聞は護憲、改憲等々の立場からの論陣を張っていた。

護憲的改憲論というか、自衛隊を違憲だと思う憲法学者が多数のようだから、自衛隊違憲説が成り立たない程度の条文に改める必要はあるだろう。その点は安倍首相の言う通りだろう。

各社の世論調査にしても、9条を普通に読めば自衛隊違憲説になると思いませんか、日米安保も違憲になりませんかと問いただし、それでいいですか、自衛隊も解散し、日米安保も解消するほうがいいですか、いわゆる「護憲」派のホンネはそこにあるんですよ、それとも、自衛隊も日米安保も合憲となる、こんな改正案に賛成ですか…とひとつひとつ丁寧に論理的にたずねていけば9条改正が圧倒的多数派になるだろうが……。9条1・2項をそのままにして3項を新設するというのは、かなり「妥協」する改正案だが…。「改憲」はいやだけど、「加憲」ならいいわよという公明党さんへの遠慮か…。

ともあれ、5・3の朝日新聞、単純明快(&単細胞)的な「護憲」論を主張するのは、毎度おなじみだが、オピニオン欄に東大名誉教授の長尾龍一氏を登場させていたのは、まだマシだったといえる。長尾さんには、PHP研究所から刊行された『“アメリカの世紀”の落日―「極東文明化」の夢と挫折』という本がある。こんな内容だ(以下一部再録的に)。


東大教授の長尾龍一氏の本も専門書の類はとっつきにくい。一般書として以前、 『“アメリカの世紀”の落日 「極東文明化」の夢と挫折』 (PHP研究所)はまるごと一冊読了したが、あとがきで「私は戦後一貫して、共産圏の拡大を阻止するというアメリカの政策を支持し続けてきた。『六〇年安保』は私の大学時代の出来事であったが、当時親友であった畠山氏(現防衛庁防衛局長)などがデモに行ったりしている時も、私は反安保闘争の動機に疑念を提出し続けていた。それから三十年経った現在でも、当時反安保のキャンペインを張った月刊誌など、汚らわしくて手も触れないくらいのものである」と。同じ東大教授でも「世界」でせっせと容共リベラル的論文を発表していた坂本義和氏とは大違いと感心したものだった(長尾氏は1938年生まれ。この本は1992年の刊行)。 
その長尾氏は、東大を辞めた後、日本大学法学部教授となる。その過程を2006年刊行の『新版 文学の中の法』 (慈学社出版)の「新版あとがき」で綴っている。これがまた結構面白い。定年還暦を前に、東大教授としてあさましく求職活動をする気にはなれない、「良くない大学」から先に「来ないか」という声がかかるもの。もっといい大学から来ると信じて断ると結局その後がなくて失職する教授もいるとか。またイエスと早々と答えた後にもっといい大学からの口がきて、仮病を使って誤魔化す人もいるとか。要は「お見合い」と同じ。
長尾氏の場合は、先輩から日大に誘われ、かつての学友先輩もそこにお世話になっているので入ることにしたという。定年より一年早く東大を辞めて日大に。早期退職で退職金割り増しになるかと思ったら逆に減額されたとか。奥さんも研究家のようで埼玉の山奥の家からあざみ野に引っ越しして両方の勤務先に便利なようにしたものの、奥さんは逝去(ちなみに奥さんは北大の革マル派だったとか?)。そんな内幕が面白いが、最後には奥さんの追悼集私家版を無料送付する旨が記されている。愛妻家だったのだろう。もっとも世の中には愛妻家どして、亡き妻を偲ぶ本を出しながら、その直後にちゃっかり教え子と再婚する大学の先生もいるから油断大敵?
この「追悼集私家版」がこの本のようである。いいだもも氏なども追悼している。奥さんはマルクス主義も専攻していたようだ。30代前半で知り合い結婚。長尾氏は反マルクスで、そんな長尾氏が「マルクス学者と『論文結婚』をする」ことになったようである。
ちなみに、長尾氏がこの本の中で、「日本共産党ご自慢の『自主独立路線』は、フルシチョフのスターリン批判に対して、スターリン盲従主義から抵抗したところに発端がある」と指摘しているが、その通りですな。ホンマに。そのくせ、ハンガリー反革命に関しては、ソ連に盲従したくせに。嘘によらずに生きていけないのが日本のコミュニストたちであろう。

そんな長尾氏が朝日に登場。

「軍国主義から解放」「国民は制定に感激」「保守本流も『追認』」「身近でテロなら転換ありうる」「落ち着き失うな」との見出しで「日本国憲法の運命」との題。

「現在の自民一党支配の状況を見ると、二大政党制も育てておくべきだったとも思います。ケーディスなどもそのうち社会党が伸びて二大政党制になると思っていた。そうならなかったのは、非合理な主張を重ねて中間派の国民を遠ざけた旧社会党左派に大きな責任があるというのが、学生時代以来の僕の見方です」

ここが肝要なのだが、朝日記事の見出しには使われていない。

社会党右派(江田派)、民社党的路線が日本社会党の主流にならず、ソ連を愛しすぎた向坂一派(協会派)や、反協会派といっても北朝鮮や中共などにはかなり盲目的だった中間左派などが「主流」だったために、結局、日本社会党は、戦後の一時期を除いて相対的多数政党になれなかった。片山内閣と村山内閣で政権を担ったものの、西独社民党のゴーデスベルク綱領のような転回を取ることもなく、党名だけ「社民党」としたものの、その「非合理な主張」は旧来のままだった。その背景には、国労日教組などの社会党支持の総評の左傾化も原因だった。

9条改正に関して、「非合理な主張」を述べる狂信的護憲論者を排して、現実的な護憲的(平和外交の推進、侵略戦争はしない。自衛戦争は別…)改憲案を明示して、理性的な改憲論議をしていくべきだろうに。
黒船待ちではなく、理性的に対応してしかるべきなのに……。「平和憲法」「平和憲法」ともてはやす世論操作にはうんざり。本当の意味での「平和憲法」ならいざしらず、左右の全体主義国家の脅威を無視した「平和運動憲法」「平和主義憲法」では困るのだから。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
 | 新聞論調  | TB(0)  | CM(0) | Page Top↑





「大本営報道反対」と言いながら「北朝鮮みたいな社会」にならないために共謀罪反対!---となぜリベラル左派は、あまり言わないのか?
(2017・4・27・木曜日)





2017・4・26の産経の記事を見ておやっと思った。4・25に衆議院法務委員会で、各党推薦人による共謀罪について参考人招致があったとのことで、民進党推薦の漫画家の小林よしのり氏が登場。

「言論の自由が狭まるのではないかとの懸念を示し、『北朝鮮みたいな国にしたらダメだ』と主張」したとのこと。そのほか、薬害エイズ被害者の支援運動に参加していた時、厚労省に無害なガスをばらまくパフォーマンスを計画した経験談を披露し「ワシは自分が監視されないかと非常に危惧している」と述べたりもしたという。

そういえば、小林氏は朝日お得意の「文化人」インタビューシリーズ(2017・4・24)でも、厚労省云々のエピソードを紹介しつつ、共謀罪に反対をしていた。見出しは「自由奪われた羊なりたくない」と。

しかし、小林さんは、朝日朝刊のインタビューでも、「北朝鮮みたいな国にしたらダメだ」と語っていたのではないか? しかし、長年、北朝鮮贔屓の伝統のある朝日では、そういう表現での「共謀罪」反対論は、北朝鮮を誹謗中傷するもので、民族差別を助長するということで、割愛されたのでは?

というのも、同じ国会での参考人発言として、2017・4・26朝刊各紙は、小林さんなどの発言を紹介しているが、産経以外、北朝鮮云々のコメントが紹介されていないからだ。

4・24で小林さんのインタビュー記事を掲載している朝日も、参考人の発言要旨を紹介しているが、小林さんのところには、北朝鮮云々の発言は出てこない。割愛されている。

東京新聞では「監視されぬか危惧」と題して、小林さんの発言が紹介されている。薬害エイズの時の体験談が同様に紹介されているが、「北朝鮮みたいな国にしたらダメだ」と語っているはずなのに、一切紹介されていない。おかしなことだ?

もっとも、議員とのやりとりの一節が別途紹介されており、そこで、小林さんが「テロの恐怖や北朝鮮の脅威をあおれば、日本人は権力に従う…」といったところで「北朝鮮」という文字が出てくるが……。こういう「北朝鮮」の使い方なら活字にしてもいいのだろう?

本来、東京新聞の見出しにしても、「監視されぬか危惧」よりも「北朝鮮みたいな社会はダメ」としておけば、ピンとくるのでは。あのお誕生日前後の平壌市民の「異口同音」の権力者讃美のコメントのオンパレードを見て、不気味に思った日本人は多かったはず。「ああいう北朝鮮みたいな社会にしてはダメ」といえば、共謀罪に賛成か反対か悩んでいる人にも、効果的だっただろうに? なぜ、東京新聞はそうしないのだろう?

2017・4・24の東京新聞には「共謀罪反対各地集会」「元刑事『市民の考えを警察が探り、監視社会強まる」との見出し記事が出ている。元刑事も登場して危険だと指摘し、あるジャーナリストもこんなものができたら「メディアからの情報が政府の都合のいいものばかりになり『大本営発表』と変わらなくなる恐れがある」と訴えたとのこと。

この人とて、本当は「北朝鮮みたいな社会はダメ」と言ったのかもしれない? いやいや、言わない?


そういえば東京新聞の4・26付けでは「北京などの駐在員」「北朝鮮が思想点検」「逃亡に危機感締め付け強化」「きょうにも調査団派遣」という見出し記事が出ていた。


 【北京=城内康伸】北朝鮮が二十六日にも、住民の思想学習や金正恩(キムジョンウン)体制の宣伝を担当する朝鮮労働党宣伝扇動部の調査団(検閲団)を中国へ派遣し、北京や上海など数カ所の都市で順次、北朝鮮からの駐在員に対する思想検閲作業を行う、と北朝鮮関係筋が明らかにした。核実験や弾道ミサイル発射で北朝鮮に対する国際社会の批判が高まる中、駐在員らの思想に揺らぎがないかを点検する目的とみられる。
 関係筋によると、調査団が派遣されるのは、北京や上海のほかに、遼寧省瀋陽や大連、北朝鮮と国境を接する丹東、南部の広東省広州など、北朝鮮公館の所在地や多数の北朝鮮国民が活動する地域。
 公館員や貿易業者らを対象に、最高指導者への忠誠を誓う思想を忠実に学習しているかや、韓国ドラマなど外国文化の影響を受けていないかについて調査し、締め付けを強化するようだ。
 今回の調査団派遣について、関係筋は「(北朝鮮に対する)制裁強化で、中国で活動する貿易業者らの間に不安や動揺が広がっていることと関係がある、と思う」と話している。
 中国では昨年四月に浙江省寧波で、北朝鮮レストランの女性従業員ら十三人が逃げ出し、韓国に亡命。八月には、太永浩(テヨンホ)駐英公使が妻子と共に韓国に亡命しており、「出身成分」と呼ばれる身分が比較的高い、国外居住の人物が逃亡することに、北朝鮮当局は危機感を強めているとされる。
 関係筋によると、北朝鮮レストラン従業員の亡命事件発生直後にも、秘密警察の国家安全保衛部(現国家保衛省)が、「保衛部特別行動小組」と呼ぶ特別調査チームを北京や上海などに派遣したことがあった。


いやぁ、たしかに、こんな「北朝鮮みたいな社会」にしてはいけない!!!!
「監視社会」とはこういうレベルのものを言うのだから?

しかし、日本政府がこんなことをする恐れはあるだろうか? いやいやネバーセイネバーだから…。共産党が参加する人民政権が出来たらこうなるかもね? 1945年以降のソ連に徐々に支配されていった「東欧」の世界はそうだったのでは?

ともあれ、そのほか、共謀罪反対の立場を朝日・東京と共に原則とっている毎日新聞は、国会の参考人発言の要旨を紹介しているが、そこでも、小林さんの発言の中に「北朝鮮」という文字は出てこない。左派系の人にとって、北朝鮮を監視社会だと名指しするのはまだタブーなのか? いやいや、そんな比較をすると、「いくらなんでも、北朝鮮みたいな社会になるわけないじゃん」と思う人が増えるのを恐れているのかも?
「大本営発表」とか「戦前への逆コース」とか「治安維持法復活」なんて言ったほうがごまかせると思っているのかも?

ともあれ、国会の参考人発言をそこそこ大きく取り上げていたのは、朝日、毎日、東京。産経は小林さんのをちょこっと紹介。読売は見落としたかもしれないが、報道していなかった? 画一的といわれる新聞だが、こういうふうにちょこっとニュアンスが異なる?


それにしても、防犯カメラ、監視カメラの設置に反対する声はいまはどうなっているのだろうか? こんなものを設置するのはオーウェルの『1984』の世界だとみなして反対する声はそこそこあった。書物も出ていた。しかし、この前の松戸のベトナム少女殺害犯(まだ容疑者とはいえ)を逮捕する決め手となったのは、監視カメラによる映像だったのでは? 飲酒運転ひき逃げなど、さまざまな犯罪者の逮捕に貢献している現実を前にして、そういう声はあまり相手にされなくなってきたような?

農協が反対するならTPPに賛成しようかな、でも大丈夫かなと思っていたのと同様に、左翼リベラルが反対するなら賛成しようかなと思う共謀罪だが、「北朝鮮みたいな国にしたらダメだ」と言われると、そうかも?と思う層だって結構いるのだから、そういう層に訴える努力をすべきでは?
もっとも、単なる機会主義的左翼人は、時々、北朝鮮みたいな……論をしゃあしゃあと展開する時もある。小林さんのように本心からではないこともあるから、言葉づらだけで騙されないようにすることが肝要ではあろう。

原発反対論を主張する人たちが、「原発がテロに襲われたらどうする? 北朝鮮の特殊部隊やミサイル攻撃を受けたらどうする。自衛隊も配備しないような原発の再稼働には反対だ」といえばいいのに、そういう声もあまり出てこない。言っても一部マスコミがそういう反対論を紹介しない? 日本の「言論の自由」が萎縮していないか心配になる人もいるのでは?

そういったレガシーマスコミ(既成メディア)のお寒い状態を鋭く追及し、フェイクニュース云々を批判する汝自身が、フェイクニュースを発信しているのではないかなどと批判しているのが、渡邉哲也氏の『メディアの敗北 アメリカも日本も "フェイクニュース"だらけ』 (ワック文庫)だ。
そもそも、新聞記者として、「北朝鮮みたいな国にしたらダメだ」という論理からの「共謀罪」反対論を紹介しないなんて、記者失格だろう。国会の場における一つの見解表明をきちんと報道しないとは…。そういうタブーを長年作ってきた弊害を未だに感得できないのか?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
 | 新聞論調  | TB(0)  | CM(0) | Page Top↑


朝日新聞「声」欄と「社説」(社論)には、いささか辟易? 「朝日」は「アサヒ」か「チョウニチ」か?
(2017・4・13・木曜日)




佐藤優氏&石川知裕氏の『政治って何だ!? いまこそ、マックス・ウェーバー『職業としての政治』に学ぶ』 (ワニブックスplus新書)を読んだ。

ウェーバーの『職業としての政治』の「一節」を順次紹介しつつ、二人がそれをめぐって政治等々について対話をするという構成。ウェーバーの本は、学生時代、角川文庫版で一読した覚えがある。最後の一節は有名。政治家を志す人は、よく引用するところだ。

「現実のうちで貢献しようとしているものと比較して、世界がどれほど愚かで卑俗にみえたとしてもくじけることのない人、どんな事態に陥っても、「それでも私はやる」と断言できる人、そのような人だけが政治への「召命(ベルーフ)」〔天職〕をそなえているのです」(これはネットからのコピペ)


ともあれ、ウェーバーが「署名主義」について論じている箇所について、石川氏が「社説とどこを読めば新聞の論調がわかりますか」と問うのに対して、佐藤氏が「それは投書欄を見ればわかります。じつは投書欄というのが、新聞記事のなかで最もその新聞の論調をわかりやすく示しています。投書はフラットではありません。新聞社側が投書を選択して掲載することによって、社論を示しています。さりげなく示されるわけです」と指摘している。なるほど。

たしかに朝日新聞の投書欄を見ていると、論説委員たちも、さすがにここまで露骨に書けないであろう「左翼丸出しの見解」を述べてくれるので、嬉しくして採用しているとしか思えない投書が多々ある(そのあまりにノーテンキな酷さに閉口して、まもなく朝日の半年の購読契約期間が終わるので、もう止めて日経に変えようかなとも? 職場で読むことも可能だし……。産経は昔から購読している)。

以下、日付、名前は省略。つい最近の朝日声欄投書より引用。

 アルバイト (47歳)

 北朝鮮のミサイル落下を想定した避難訓練が(3月)17日、秋田県男鹿市であった。政府は北朝鮮による相次ぐミサイル発射を、日本の安全に対する重大な脅威と国民に知らせたいのだろう。
 しかし、北朝鮮が6日に発射したミサイルは、日本からかなり離れた地点に落下した。避難訓練が必要なほどの切迫した危険性はない。政府は、国民の不安をいたずらにあおっているようにしかみえない。
 そもそも、北朝鮮によるミサイルの発射は、米国との交渉を有利に進めるための一種のパフォーマンスと考えるべきだろう。ミサイルを使って日本を脅そうとか、やっつけてやろうという考えは、あまりないのではないか。北朝鮮が日本領土あるいは領海にミサイルを落とすというのは、現実的ではないと思う。
 避難訓練をするのは過剰反応だ。ただでさえ難しい北朝鮮との関係に悪影響を与えかねないだろう。
 政府が外国の軍事的脅威を過度に強調することには、強い違和感を覚える。子供の貧困や震災復興など国内の様々な問題から、国民の目を離そうとしているとしか思えない。



こういうあまりにもナイーブというか「単細胞的平和ボケ」を装った左翼(?)的見解には返す言葉もない?  この人には百田尚樹さんの『カエルの楽園』 (新潮社)の一読を是非おすすめしたい。あなたのようなお仲間が出ていますよと?

この理屈、少なくとも原発事故も起こる心配はなし-というのと同じ。津波はこない? 原発へのミサイル攻撃はありえない? いやいや、ネバーセイネバーの原則を忘れてはいけない。避難訓練の類は、まぁ、万が一に備えてやっておくにしくはない。

朝日新聞も、当時、この避難訓練の模様を報道していたが、さすがに客観的に報じていた。うさん臭い「記者解説」は皆無だったと記憶している。いや、もしかしたら、この投書子さんと同じような趣旨のことを記事中に書いていたものの、さすがにデスクが「まぁ、気持ちはわかるが、今回は客観的に書いておこうぜ。ホンネは投書欄で誰か書いてくれるからさ」となだめたのかも? ともあれ、上記のような視点からの避難訓練不要論を展開するのは明らかに「底意」があるというしかない。

あとこんなのも。


会社顧問 (愛知県 68歳)

 民進党の政策決定に影響力を持つ連合だが、民進党はその評価を正しく行い、今後の関係を決めるべきではないか。早い話が、集票力がさほどあるわけでもない組織の言うことを聞くべきではないということだ。
 連合はいまや単なる圧力団体であり、民進党にとってお荷物ではないか…(以下略)。


連合の主流派は民間労組。大企業労組と批判する向きもあるが、そんなことをいえば、日教組や自治労などこそ「親方日の丸大労組」?  日教組の委員長は女遊びが過ぎて解任された? 民間企業は、どんなに大企業であれ、潰れる可能性はある。東芝なんかその典型?
その意味で大企業といえども、「親方日の丸」ではありえない。競争原理の中で生きている。

彼らの先輩は、戦後間もないころの共産主義者の労働組合と闘ってきた歴史がある。親方日の丸分野でも、たとえば、国鉄などでは国労動労に対して「鉄労」があった。全逓に対して「全郵政」があった。「連合」発足と共に、そのあたりの対立は微妙に残しつつ、一緒になったりもした(が、旧国鉄組合は、「JR連合」と「JR総連」にまた分裂。どちらも「連合」に入っているようだが)。このあたりの国鉄労組の離合集散は、JR東海名誉会長の葛西敬之氏の『飛躍への挑戦』 (ワック)でも触れられている。

だからというわけではないが、共産主義者の「サラミ戦術」や「人民戦線」のうさん臭さを知っている労組リーダーはまだいる。彼らからすれば、日本共産党との選挙協力など、「野蛮との談合」でしかあるまい。

だからこそ、選挙協力に反対するのだ。第二次大戦後、東ドイツで、社民党がいかにして共産党に食いつぶされていったか……。そういう歴史を知っている者からすれば、昨今の日本共産党の「柔軟」路線など、あぁ、またいつもの手かと容易に看破できよう。そういう助言を無視して、「共闘」を進めようとする民進党執行部は、共産主義者たちの謀略的手法を知らないのだろう。無知は幸い? 日本の社民党は、世界基準からすれば「社民党」ではなく「第二共産党」でしかないから、衰弱し消滅寸前になっているのは、単なる自業自得でしかないが……。国会議員なら、国会図書館を自由自在に使えるはず。

ゲアハート・ニーマイヤーの『共産連立政権戦術 』 (時事新書)を読めば、自分たちが、ネギをもって捕食されるカモになりつつある事実に気づくだろうに……。東独の「社民党」消滅の歴史をよくよく注視すべきだろう。この前、紹介したように「シュタージ」を作ったのは東独共産党なのだ。その流れをくむ左翼政党と、社民党はいまだに国政レベルでは連立を組んでいない。歴史の教訓をまだ知っている世代がいるのだろう(そのうち、ドイツ社民党も、旧東独共産党の流れをくむ政党と国政レベルでも連立を組むかも? ネバーセイネバーだから?)。

逆に、こういう投書をする人は、少なくとも典型的な「容共リベラル」派であろう。

まぁ、原発問題に関しては、微妙な問題もあるが……。ともあれ、こういう投書ばかりというわけではないかもしれないが、「声」欄が、こういう「容共リベラル」投書が多数派なのは間違いない。

以前、中庸な知識人、竹山道雄を名指しで批判する投書を掲載したのも「声」欄だった。朝日社説よりも一歩「偏向」(?)している投書欄こそ、佐藤氏の指摘するように「最もその新聞の論調をわかりやすく示しています」「社論を示しています。さりげなく」となるのであろう。

だから、慰安婦虚報報道を一応「謝罪」してみせた時(2014年8月5~6日)、その後の朝日の投書欄には、そうした虚報釈明報道について、しばらくの間、なんの投書も掲載されない時期があった。さすがに、「容共リベラル」読者も、ガンバレ朝日の投書をすぐに書く気力が出てこなかった?  いや、批判する投書は殺到したにもかかわらず、「編集方針」に反するので、掲載不可がしばし続いたのだろう。以下一部再録的になるが……。

「週刊新潮」(2014年8月28日号)の佐瀬昌盛氏の指摘→「こんなに大きな2日連続の記事を載せたのに、読者が反応しないわけがない。投書の多くは、『何やっているんだ』というものでしょう。朝日はそれを載せられない。正面から向き合う勇気がないのです」。
また、サンデー毎日(2014・9・7号)には「朝日新聞慰安婦問題・なぜか『声欄』に「投書ゼロ」の不思議」なる記事が掲載されている。とはいえ、当然の朝日批判を「エキセントリックに朝日叩きをしている一部メディアも奇異に映ります」なんていう一知半解レベルの識者を使っているが、その人でさえ、「朝日は読者の声を紙面にもっと掲載するなど、多様な視点から検証し続ける姿勢を見せるべきだと考えます」とコメントしている。

だとすると、やはり、朝日やテレビ朝日は、 「自尊史観」溢れる新聞テレビであったというしかあるまい(報道ステーションも8・5以降しばらくの間このニュースを無視していたかと)。

朝日投書声欄で思い出すのは、 『ビルマの竪琴』の著者、竹山道雄さんがエンタープライズの寄港に賛成するコメントを朝日(昭和43年1月17日)に寄せたところ、「声」欄に37歳の主婦の「今いずこ『ビルマの竪琴』」なる、竹山氏を一知半解で論難する投書が掲載されたことだ。

それをきっかけに、竪琴論争が「声」欄で二カ月近くも続いたそうな。

そして、最後には竹山さんの投書を「没」にして論争は終わったという。

竹山さんは朝日的価値観の平和主義史観に反する知識人として、声欄でスケープゴートにされたといえる。そうした声欄担当者たちの恣意的な投書採用に関しての過去の歴史を思い出せば、今回の慰安婦虚報問題に於けるしばしの(?)「沈黙」は、同じ知的レベル故の、ある種、これこそが「エキセントリック」な対応といえようか。

この竹山声欄問題に関しては、竹山道雄氏の『主役としての近代』 (講談社学術文庫)や、平川祐弘氏の『竹山道雄と昭和の時代』 (藤原書店)や、徳岡孝夫氏の『「ビルマの竪琴」と朝日新聞の戦争観』 (諸君! 1985年9月号)、平川祐弘氏の『「ビルマの竪琴」論争 竹山家から「声」欄へ』 (諸君! 1985年11月号)参照。

ところで、そんな「声」欄に支えられて、2017・4・12の朝日社説は、「北朝鮮と日本 軍事より対話の道描け」となっている。なんとかに付けるクスリはなし。

話し合いで解決しないヤクザや精神異常な人には、やられる前にガツンとやることも必要になるではないか。人間社会をみていれば、それぐらい、高校生でも分かることだ。イジメを快感に思う奴に屈して自殺するなんて…。座して死を待つわけにはいくまい。北朝鮮とてそうおもっているかもしれないが、向こうは自業自得でしかない。にもかかわらず、相も変わらず「対話」「対話」。いくら話しても分からない相手にはどうすべきか? 国際社会に「警察」がないなら、自衛手段を取るしかないではないか。窮鼠猫を噛むということもあるから十分注意するのは当然だが。朝鮮戦争の時には日本には原発はなかったし、北朝鮮にも弾道ミサイルはなかった。いまは違う。原発の警備に自衛隊を配置しないのも愚かなことだろう。ミサイル対応も必要なのに…。

それにしても昨日のもう一つの社説は、やっと保釈された沖縄の暴力的な反米闘争主義者の「長期拘留」がおかしいものだと批判するもの。この件では、数日前に朝日社会面が報じてもいた。こちらは、かなり反米闘争主義者に同情的な記事。識者のコメントとしては、辛うじて拘留は当然という人も一人いた(検察出身の弁護士の肩書にて)。もう一人の学者は、不当だというものだったが。そんなことをいえば、田母神俊雄さんも、たかだか公職選挙法違反程度の疑いで、半年近く小菅に拘留されている。証拠隠滅の恐れもなし。しかも形式犯に近い。これも不当だと朝日は主張するのだろうか?

やはり朝日新聞の偏向体質は不変? 契約はまもなく満期だから止めることにしよう(かな?)。

あと蛇足だが、4・10~12の夜七時のNHKニュースはなんと、連日トップが女子スケート選手の引退。朝のワイドショーならいざしらず、何を考えているのやら。こちらも受信料を払うのを止めたいと言い出す人がどれだけいるかが、日本人の危機意識のバロメーターになるのでは?

それにしても、この前まで夜9時のニュースのお務めしていた女性アナウンサーが、四月から、この夜七時に異動されていたが、北朝鮮の外交委員会かなにかが設置されることになり、ある人がそのトップか何かになることを紹介する中で、彼の肩書として「朝日友好親善協会」云々というのを、「ちょうにち」といわずに「アサヒユウコウシンゼン~」と言ったそうな(妻がそれを聞いていて、「アホ!」と怒鳴ったとのこと)。
その後、しばらくして訂正が入った。字幕で「朝日友好~」という文字を出し、ご丁寧にそのうえに「ちょうにち」とルビをふっていたそうな。特別待遇の訂正報道?
朝日新聞から抗議でもあったのかも? 北朝鮮と友好関係にはあるけど、「朝日(アサヒ)友好親善協会」なんてないぞ、誤解を与える表現を我々は許さない! 撤回せよ! さもなくばNHKなんか潰してやるぞ--とアサヒソウムキョクから抗議があったのかも?

それにしても女房に「アホ」といわれた女性アナウンサー…。昔に比べて化粧が少し「厚く」なってきたような気がするけど、僕は好きなタイプ? 「無知」や「ウッカリミス」ではなく、皮肉をこめて「チョウニチ」ではなく「アサヒ」と言ったのかも? だとしたら立派だが?

あと蛇足だが、朝日の投書欄は「声」のみならず、テレビ番組に関する投書欄「はがき通信」にもあっと驚くモノも少なくない。これもいずれ報告することも。歌壇の類もひどい俳句などがあるのは以前報告ずみ。うーむ。やはり朝日はネタモトとしてしばらく購読すべきか?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
 | 新聞論調  | TB(0)  | CM(0) | Page Top↑


森友学園と朝日新聞、森友学園と朝鮮総連、どこがどう違うのか? そしてサイコパス?
(2017・3・17・金曜日)




森友学園の問題がいろいろと論じられている。国有地の払い下げ価格が安すぎる? 幼児にまで安倍首相や教育勅語を礼賛する教育方針はおかしい…と。それがやかましく論じられていた時、仕事が忙しくてテレビニュースもチラリとしか見ていなかったので、印象が薄いのだが、運動会かなにかの宣誓だろうか、間違った歴史を教えている韓国や中国は心をいれかえてほしいとか、安保法制が通ってよかったとか学園系の施設で子供が述べるのには違和感をおぼえた。
というのも、朝鮮学校などでは似たようなことをやっているから…という共通した認識をおぼえたからだ。「祖国(血筋)」が北朝鮮だからといっても、日本にいて、金王朝に全幅の共鳴を覚えさすような教育をしているのは奇怪しいだろう。安倍礼賛が奇怪しいなら、金王朝礼賛も奇怪しいだろう。

この点は『拉致と真実』(第11号)で、佐藤悟志氏が『朝鮮学校は廃絶すべきだ!』という論文を書いている。
「独裁金王朝への絶対服従を在日の子弟に植え付ける、政治洗脳機関である」からと。その具体例も列挙されているが、あの左派的な辛淑玉さんでさえ、弟が朝鮮中高級学校にてリンチを受けた体験を綴っていて、その真相を隠蔽しようとする学校を手厳しく批判していたという。「朝鮮学校の生徒の人権を訴えていた教師」が、「まぎれもなく、弟を殴り続けた教師その人だった」とのこと。
佐藤氏はこうした朝鮮学校への公金支出に反対している。森友学園は、朝鮮学校ほどひどくはないと思うが、少なくとも、朝鮮学校への公的援助の停止に反対する新聞はちょっとヘンではあろう。民族差別でもなんでもなく、非常識な教育をするところには公金はちょっと与えないのは、区別でしかない。

もちろん、私立学校は一定の「偏った」信念を教えるのは間違ってはいないこともある。キリストなんて「邪教の親玉」と思う人もいるだろうが、クリスチャンの学校が、まぁ、朝会で、キリストさまへの賛美歌を唄うということはあってもいいのかもしれない(ただ、そういう学校には「公的資金」は与えないようにしてもおかしくはないと思う。出すほうも出すほうだが、受け取るほうも受け取るほうだろう? またキリストが邪教の親玉と思っている人は、そういう学校には子供を原則入れないだろう。だが、公立学校が、そういう特定の「宗教教育」を子供に押しつけるようなことがあれば、奇怪しいことになろう。もちろん、宗教学というか、宗教に関する知識教養を高めるための講座の設定や体験学習などはあっても許容範囲かもしれないが)。
公立図書館や市役所などの公的施設で、公金でクリスマスツリーを設置したりすれば、それは信教の自由を犯す恐れもあるかもしれない(門松もその恐れがあるかな?)。

ともあれ、国有地の払い下げに関して、やれ9億が1億云々になったのは奇怪しい、などと騒ぐ朝日をはじめとする大新聞サマたちこそ、本社ビルがそびえ立つ社有地は元国有地で、割安価格でもらっていたではないか。そのあたり、何かの本で読んだりした記憶があった。

マスコミ、朝日新聞批判の本だったよなと。俵孝太郎さんの『我、「朝日新聞」と戦えり』  (カッパブックス)だったか、福田恆存さん編の『新聞のすべて』  (高木書房)だったか、桶谷繁雄さんの『大新聞の虚像・実像』  (日本教文社)だったかと、いろいろと取り出してきてパラパラとめくるものの、該当個所が見当たらない。ふと、ネットで、国有地払下げ、大新聞とかで検索してみたら、こういうものが出てきた。

マスコミ不信日記リンク より

******************************

昭和40年代、大手新聞社は国有地を格安で購入し、そこに本社ビルを建てました。なぜ大手新聞社はそのようなことができたのでしょうか?もう随分昔の話ですがそのいきさつについて書いておきます。

(中略)

それでは、そのいきさつを(古本虫註→以下の文は、片岡正巳氏の下記の本からの引用になっている。154頁から159頁にかけて)。
 国有地を安く払い下げられる怪

 新聞社の体質が記者の体質を生んだか、記者の体質が新聞社の体質を形成させたか。
 
 朝日新聞はいま築地の一等地に新社屋を建設中であるが、読売、毎日のあのすばらしい社屋には目を見はらされる。しかも日経、サンケイを含めて、すべて一等地、国有地の払い下げを受けての新社屋である。
「超高層ビル、新聞の殿堂も結構ですが、公共機関であるということで、国有地を安く払い下げてもらうということで″社会の公器″としての立場を貫けるものか、どうか。破格の国有地と引替えに、新聞の存命にかかわる最も大切なものを失なわなかったかどうか」と評するのは日本国勢調査会の武市照彦会長である。
 同調査会の調べによると、各社の国有地払い下げの実態は次の通りである。
〔朝日新聞社〕
(中略)
 つまり、朝日新聞社は国に借金して都心の一等地を手に入れた。この地価は、昭和五十年当時、三.三平方メートル当たり二百万円はくだらないといわれた。 それが五十六万円という安さなのである。国は、交換した浜田山の土地に官舎を建てるということであった。ところが国と交換した後、浜田山の土地から縄文時代の古跡、通称「塚山遺跡」が発見された。遺跡が発見されると、文化財として保護しなければならない、いってみれば、土地を遊ばすことになる。この遺跡に ついては、相当古くからその道の人たちの間で存在がいわれていたらしく、朝日もそのことは知っていたはずである。とすれば、この土地交換は、いささかウサンくさい。国が″大朝日″″大新聞″を意識して・・・ということであれば、国民としては、新聞とは何であり、誰のためにあるのかと改めて問わねばならなくなる。

〔読売新聞社〕
(中略)
 つまり十年払い、これまた買戻特約、抵当権の設定で、国に金しばりになっているようなものであった。
 この土地は五十年当時、三.三平方メートル当たり六百万円といわれ、四十三年当時でも三百万円と評価されていた。それを読売はなんと八十三万円で手に入れているのである。しかもこの土地の払い下げについては、大蔵省を相手に産経新聞社と十年にわたる抗争を演じた上の獲得であった。この土地の払下げ申請のトップはサンケイであった。同本社の地続きだからである。読売は四十九番目、やがて申請は百件にものぼった。そして三十八年一月、大蔵省の省議で読売に払い下げることになる。そこでサンケイが猛然と横やりを入れる。かくして読売、サンケイのすさまじい争奪戦が展開されたが、両社とも自社の政治記者、大蔵省 詰記者からの情報をもとに、財界人、政府首脳を動かすものであった。

 ことに読売の務台社長は田中角栄(四期)、福田赳夫、水田三喜男(二期)の各大蔵大臣に何度も接触し、池田、佐藤両首相に直談判して、強引とも見える獲得ぶりであった。ついに政府は、両社のいずれにするか決めかね、大蔵省第四号合同庁舎をその土地に建てることにする。これを告げられた務台社長は、それこそ″闘魂の人″となって政府とわたり合う。務台社長は時の福田蔵相に会い、読売に払い下げるのが当然だと主張した。
「サンケイの稲葉社長が業界紙を呼んで、読売が来るのは困る、俺のところは先願だ、もし読売に決まるようなことがあったら行政訴訟を起こす、俺は社長の職を賭してやる、といっている。あんた、ナンセンスだよ。先願が何だ、行政訴訟が何だ。(中略)それから、もし読売へ払い下げたら、自民党への資金網を切ってしまう、とは何ごとだ。水野(当時サンケイ会長)は財界の一部と相当なつながりがあって政商ともいわれている。とにかくそれを利用して政府を動かすとなると、これは金権政治だ。そこで読売新聞社としては、一国有地の問題を離れて、一部財界の野心家のためにそういうことをやるという、政治のあり方に対して、全紙面を動員して闘う。佐藤内閣と闘うということを決めた。読売新聞は政治の実態とその正否を国民に訴え、はっきり勝負をつける」(松本一朗著『闘魂の人-人間務台と読売新聞』大自然出版刊)

 サンケイのやり方にも憤りを覚えるが、務台氏のほうも、これでは脅迫になりかねない。公共性を主張するその紙面と国民をダシにして自社の利益を果たそう としていると、国民の側からいえるのではないか。もし読売が財界と癒着した政治を国民にあばき、その正否を問うなら、なにもこの土地にからんでキャンペーンしなくても、いくらでもできるだろう。紙面と国民を、自社のために利用したとしか言いようがない。

 務台という新聞人は、いったい新聞をなんと考えているのだろうか。そして彼は、この土地問題で、二言目には、新聞の公共性ということをいっているのであ る。そして遂には、読売新聞社の部長会の席上、土地問題について佐藤総理と約束があると前置きして「務台は微禄ものだが、読売新聞社の代表取締役として、 五百万の読者を代表している。相手は総理である。もしこの約束が反古になったら、日本の政治はおしまいだ。信義のない政治とは何だ。そうなったら佐藤内閣と一戦まじえるつもりである」(『闘魂の人』)と豪語する。

 大手町の国有地が読売に払い下げられるかどうか、読売五百万の読者にとって、それほど重大なことであったろうか。こうして結局、この土地は読売に払い下げられ、現在の偉容を誇る新社屋が出現した。

 紙数がないので後は簡単に書くが、神田一ツ橋の毎日新聞社敷地、二千九百三十一平方メートルも大手町一丁目のサンケイ新聞社の四千七百八十六平方メート ルも、そして日本経済新聞社の大手町一丁目の敷地千四百十六平方メートルも、これすべて国有地の払い下げである。いずれもご多分にもれず、当時の地価をはるかに下回る価格であった。こうした考え難いほどの有利な条件で国有地を手にした各社は、そのために、時の総理、大蔵大臣をはじめ自民党有力議員に折衝 し、事を動かして来たのである。新聞のもつ力を、特権として駆使したことはいうまでもない。かくして「新聞社はみなオレが面倒みたようなものだから、一声 かけりゃ、どうにでもなる」と田中角栄(当時首相)をして言わしめるほどの政府と密着した新聞になったのである。

 朝日にせよ読売にせよ、国有地取得の問題は、国会で追及されて然るべきものである。しかし一切問題化しなかったのは、野党もまた新聞をおそれているからだろうか。 

出典:1979(昭和54)年 日新報道刊 片岡正巳著「新聞は死んだ」



引用終わり。以下拙文。

片岡氏のこの本のサブタイトルは『驕り、偽善、エゴを衝く』となっている。
ネットで「中略」となっているところ、
「つまり十年払い、これまた買戻特約、抵当権の設定で、国に金しばりになっているようなものであった」の前にはこう綴られている。



大蔵省から払い下げを受けた国有地は、中央区築地五丁目、海上保安庁水路部跡で、五丁目二番一号の一万三十五平方㍍および五丁目二番二十五号の四千六百四十五平方㍍、計一万四千六百八十平方㍍である。登記簿によると、五丁目二番二十五号地は、昭和四十八年一月二十三日、朝日が所有していた浜田山グラウンドと交換によって朝日の手に渡っているが、この分については、この日から十年の期間で”買戻し特約”が設定されていて、買戻権者は大蔵省。売買代金は十七億二百七十一万八千二十円と記載されている。またこの土地には「国有財産払い代金延納」を理由として抵当権が設定されている。債権者は二十九億五千八百九十万円。抵当権者は大蔵省。

となっている。これに「つまり、朝日新聞社は国に借金~」と続くのである。

ここまで書いた時、「反日勢力無力化ブログ」というところでも、この片岡氏の本が、より詳細に引用されているのを拝見。

さらに維新の丸山穂高議員が、国会で、この片岡氏の本を挙げつつ、新聞の国有地払い下げ問題を追及していることも知った。「丸山穂高 片岡正己」で検索すると、こんな文章が出てきた。以下引用。




■動画
丸山穂高 超神回「朝日新聞や朝鮮学校も怪しいぞ!」蓮舫 民進党はなぜ追及しない マスコミにブーメラン!森友学園問題 維新 足立康史さんもビビる神質疑 爆笑 国会 最新の面白い国会中継
https://www.youtube.com/watch?v=jXV6uFg8Z3s
――――――――――
【文字起こし】
(前略)
6:30~
丸山穂高議員
森友の件、しっかりやっていかなければいけない。

しかし、国有地の売却については、他にも怪しい案件が沢山ある!
例えば、この件を追及しているマスコミ、この『新聞は死んだ』という本なんですけど、これによると朝日新聞は今の築地の一等地に新社屋をつくるに当たって昭和50年当時1坪あたり200万を下らないと言われている土地に対して56万円の安さでその国有地を購入している。

読売新聞も同じです。
昭和50年当時1坪あたり600万円の土地を読売新聞は83万円で国有地の売却を得ている。
それでね、こともあろうに、読売新聞の社長は、田中角栄さん、福田さん、水田大臣、池田、佐藤両首相に直談判して、この交渉を強引に進めたと書かれているんです。
森友学園の件、直談判あるんじゃないかと追及されていますが、マスコミも国有地を政治家に直談判しているんじゃないですか?
マスコミも国有地をこういうふうにやっているんじゃないですか?

理財局長
大変古い話で、既に保存文書の期限が過ぎていますので事実確認出来ない状況です。

丸山穂高議員
森友学園と全く同じ構図ですよね。
しかし、新聞社側には、こういう資料をしっかり残しているので、 朝日新聞の渡辺社長と読売新聞の白石会長と山口社長を、森友学園と同様に同じタイミングで参考人質疑をお願いしたい。
どうですか委員長?

委員長
理事会で検討いたします

丸山穂高
同時にね 公有地ってまだまだ怪しいのがあるんですよ。
それがね、朝鮮学校です!
例えば、大阪市の東成区の土地を大阪朝鮮学園へ、半世紀以上、50年以上、土地を格安貸与して、その後売却している。
公有地ですよ。
公有財産がそうなっている。
兵庫県の尼崎市も兵庫朝鮮学校に、同様に相場が年間2600万円の土地をですね、年間26万円(100分の1)、その後年間260万円という10分の1で貸しているんですよ。
東京都の土地も、東京朝鮮学園に20年間無償貸与して、最終的な譲渡、市価の10分の1の1億7000万円で売却してる。
これ東京の場合も、ゴミの処分地だったということで、おそらく適正な価格で考慮したら市価の1億7000万円(10分の1)だったということで。
同様の案件が国有地、公有地で起こっている。
北朝鮮との関係も聞きたいので、朝鮮学園の校長もしくはTOPの方も同時に参考人質疑に呼びたいのですが、委員長どうですか?

委員長
理事会で検討いたします

丸山穂高
しっかり、このタイミングで、公有地、国有地の国民の財産、野党側は1円でも無駄使いを許さないと言っているわけですから、しっかり全体の問題として確認していかなければならないと思う。

(その後、安倍首相も、朝鮮学校への補助金の問題や公有地の売買や教育内容などの問題について説明を求める必要性を認めた!)
(以上引用)

(以下拙文)
国会でも、ちゃんとまともな議員が、森友学園と大新聞、朝鮮学校の問題とリンクして追及していたのだ。しかし、産経新聞とて、この土地問題はあまり書けない? 大手町の土地などにもゴミでも出てきたのだろうか? こういう己自身の国有地払下げ疑惑に関して、今からでも遅くないからきちんと、森友学園の手法とどこがどう違うのか、新聞やその系列というか資本関係のつながりもあるテレビも検証してしかるべきではないか。片岡さんはすでに故人。講演などをうかがったことがある。高知県出身者であったが、温厚な感じのしゃべり方をする人だったと記憶している。

ところで、中野信子氏の『サイコパス』 (文春新書)が20万部売れているとのこと。

内容紹介→平気でウソをつき、罪悪感ゼロ ……そんな「あの人」の脳には秘密があった!

外見はクールで魅力的。会話やプレゼンテーションも抜群に面白い。しかし、じつはトンでもないウソつきである。不正や捏造が露見しても、まったく恥じることなく平然としている。時にはあたかも自分が被害者であるかのようにふるまう。 残虐な殺人や善良な人を陥れる犯罪を冷静沈着に遂行する。他人を利用することに長け、人の痛みなどこれっぽっちも感じない。
……昨今、こうした人物が世間を騒がせています。しかも、この種の人々を擁護する人も少なくありません。
もともとサイコパスとは、連続殺人鬼などの反社会的な人格を説明するために開発された診断上の概念です。しかし、精神医学ではいまだ明確なカテゴリーに分類されておらず、誤ったイメージやぼんやりとした印象が流布していました。
ところが近年、脳科学の劇的な進歩により、サイコパスの正体が徐々に明らかになっています。脳内の器質のうち、他者に対する共感性や「痛み」を認識する部分の働きが、一般人とサイコパスとされる人々では大きく違うことがわかってきたのです。
しかも、サイコパスとは必ずしも冷酷で残虐な犯罪者ばかりではないことも明らかになってきました。大企業のCEO、政治家、弁護士、外科医など、大胆な決断をしなければならない職業の人にサイコパシー傾向の高い人が多いという研究結果もあります。
また、国や地域で多少の差はあるものの、およそ100人に1人の割合で存在することもわかってきました。そればかりか、人類の進化と繁栄にサイコパスが重要な役割をはたしてきた可能性すら浮上しているのです。
最新脳科学が、私たちの脳に隠されたミステリーを解き明かします。


積んどくしていたが、森友事件の発覚とともに、ううむ…もしかして? と思って読もうと思ったら、妻が、「私の身近な人に、これにピッタリの人がいるのよね」と言って、本を拉致してしまって返してくれず手元にない。まだ読み終わらないようだが……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
 | 新聞論調  | TB(0)  | CM(0) | Page Top↑

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

カテゴリ