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2018'07.04 (Wed)

さらば日新報道よ! 数々の面白い本をありがとう!





さらば日新報道よ! 数々の面白い本をありがとう!
(2018・7・4)




小田光雄氏の『出版状況クロニクル 2016・1~2017・12』 (論創社)を読んだ。

このシリーズ、もう何冊続いていることか? 出版状況をウォッチし続けているコラムをまとめた一冊。永江朗氏の出版不況否定論への反論などもなるほどと……。ちょっとした面白い本などの紹介もあり、参考になる一冊。

本書でも詳述されている、創文社が「解散」するとのことは何かで読んで知っていたが、日新報道が倒産したことを本書で初めて知った次第。日新報道といえば、藤原弘達氏の『創価学会を斬る』を思い出す。

それ以外にも、結構面白い本を出していた出版社だ。残念…。


大澤正道氏の『くたばれ!朝日新聞 国民を欺く卑怯なメディア』、片岡正巳氏の『新聞は死んだ 驕り、偽善、エゴを衝く』『朝日の「論調」ここが納得できない―読者を惑わす“言論の手品師”の解剖』  『朝日新聞はこの日本をどうする気か―日米離反を画策するソ連に媚びる「朝日の読み方」』、中村建治氏の『マルクス主義を斬る』『社会主義協会を斬る』、塩田陽平氏の『朝日新聞への遺書 初めて明かす密室の紛争秘史』、渡辺龍太氏の『ニュース制作現場だから分かった 「朝日新聞」もう一つの読み方 「噓か真実か」「善か悪か」「ニュースかドラマか」「損か得か」朝日的な伝え方』、中川八洋氏ほか『猪木正道の大敗北 ソ連を愛し続けた前防大校長の“言論抑圧裁判”の真相』、三好修&衛藤瀋吉両氏の名著『中国報道の偏向を衝く 調査報告 自由な新聞の危機』、赤塚行雄氏の『青春のポップ哲学 男の原理を追求する』、鈴木邦男氏の『これが新しい日本の右翼だ』、T・D・ラッキーの『放射能を怖がるな ラッキー博士の日本への贈り物』、福田博幸氏の『過激派に蹂躙されるJR』等々。

その他にも、あの慰安婦捏造「証言」をした吉田清治のお子さんたちの本も出ている。吉田英治氏&吉田健二氏の『恋はルーブルでは買えない モスクワの青春』 …。この本、積んどくしているはずだが、見当たらず…。 書名からも自明のように、モスクワ留学を綴った日々。ううむ、不可思議な共産党コネクションがあってのことか?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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2018'05.04 (Fri)

「世界の宝・憲法9条」をなぜ、中国や北朝鮮に輸出しないのだろうか? 朝日新聞に「護憲を語る資格あるのか」? 「自民改憲案」反対派に9条2項削除派を入れていいのか?






「世界の宝・憲法9条」をなぜ、中国や北朝鮮に輸出しないのだろうか? 朝日新聞に「護憲を語る資格あるのか」? 「自民改憲案」反対派に9条2項削除派を入れていいのか?
(2018・5・4)







朝日新聞(2018・5・2/3)や東京新聞(同日)や毎日新聞(同日)の反改憲記事を、ほほぉ?という感じで眺めた。

「9条世界の宝」(東京5・3一面トップ)とのこと。だったら、近隣諸国(中国・北朝鮮など)に是非輸出していただきたいものだが、そういう「努力」は特にしてないようで? 自分たちだけで「大事」に私蔵すればそれでいいのかしら? もったいない? 宝の持ち腐りとはこのことかいな?

毎日(5・3)は、自民党の改憲案に賛成は27%で、反対は31%と一面で報道している(自社世論調査の結果)。

ただ、これは自民改憲案(1~2項そのままの3項加憲案)への賛否。

「反対」(31%)の中には、「戦力を持たないことをさだめた9条の2項を削除すべきだ」という立場からの反対派が13%もいるのだ。そのほか、「自衛隊の明記だけにとどめるべきだ」という「反対派」も12%。
こういう「反対派」は、「9条は改正すべきではない」という原理主義的絶対反対派(71%)とは一味違うだろう。

少なくとも、「9条2項削除派」の13%の人たちは、実際、自民党が改憲案を出して国民投票となれば「賛成派」になる人がほとんどではないか。その意味で「改憲賛成派」の人たちだ。

ならば、自民党案の改憲案賛成派は、反対派を上回るのでは?

少なくとも知人の中には、一項も変えるべしという9条全面改正論者がいて、自民改憲案は物足りない、そもそも「国際紛争を解決するための手段」として、拉致なんかやる北朝鮮相手には、「軍事手段」もあるぞと脅さないでどうする…というご意見の持主がいる。しかし、それでも、自民改憲案には賛成投票をするそうな? それはそうだろう。

要は自衛隊違憲論を主張する学者---ここもよくよく分類する必要がある。違憲だから、ちゃんとした条文に直すべしという学者もいる。逆に自衛隊合憲論を展開しつつも、原理主義的に、専守防衛の最少・自衛隊ならば合憲であり、集団的自衛権を行使するのは違憲と考える人もいるだろうから---を無くすことが肝要なのだから。

それにしても、各種世論調査を見るにつけ、9条をなんらかの形でも一歩前進する形での改正はすべしという意見は、相対的多数派を獲得しつつあるのだが、朝日の世論調査はよほどトリックがあるようで「安倍政権で改憲反対58%」「9条首相案反対53%」(5・2一面トップ)、「9条首相案支持広がらず」「自民支持層『反対』が32%」「改憲賛成派でも『賛成』は62%」(同日)となっている。

でも、こちらも、よくよく見ると、9条首相改正案反対の53%の中で、 「戦力の不保持をうたった2項を削除するべきだから」反対という人が7%もいる。また、いささか反対派を増やすための項目だろうが(?)、 「政府はこれまでも自衛隊は合憲としており、変える必要がないから」という反対派が30パーセントもいる。

この項目がクセモノですな?

「首相改憲案」への反対派を増やしてみせるための「引っかけ項目」だろう。
この層だって、聞き方次第では改憲賛成になる可能性は高い。

「政府はこれまでも自衛隊は合憲としていましたが、学者や政党やマスコミの中で自衛隊違憲論を主張する向きがあります。将来、自衛隊が違憲で解散する可能性も絶無ではありません。そうならないために、自衛隊の存在を明記する加憲案に賛成ですか、反対ですか」と聞けば…。

だから、朝日社説(5・4)が居丈高にこう述べているのは失笑?

 安倍首相は9条に自衛隊を明記する改憲の旗を降ろしていない。1項、2項は維持し、自衛隊の存在を書き込むだけと説明するが、政権の歩みを振り返れば、9条の空洞化を進める試みと断じざるをえない。賛成39%。反対53%。 本紙が憲法記念日を前に実施した世論調査では、首相案への支持は広がらなかった。

そんなことはあるまい。着実に広がりつつあるのでは? だから、発議させたら国民投票で過半数以上が賛成する可能性がある。そうはさせじと必死になっているのが、朝日以下の「単純護憲派」では? 万が一発議されたら、電通と一体化した宣伝広告量で国民が洗脳されて危険な改憲案が成立する…ファシズムだ!!!といい始めているようで? 国民の一人一人の判断にゆだねる直接投票を日頃は要求しがちなのに、こういう時は突然、国民をバカ扱いするのが進歩的メディアのようだ。

それにしても、5・3の朝日社説「安倍政権と憲法」「改憲を語る資格あるのか」には笑った。とりわけ、この箇所。


普遍的価値も軽視
 この1年、社会の多様性や個人の尊厳を軽んじる政権幹部の言動も多く目にした。
 象徴的だったのが、昨年7月の都議選の応援演説で、首相が自らを批判する聴衆に向けた「こんな人たちに負けるわけにはいかない」という言葉だ。
 都議選の惨敗後、いったんは「批判にも耳を傾けながら、建設的な議論を行いたい」と釈明したのに、今年4月に再び、国会でこう語った。
 「あの時の映像がいまYouTubeで見られる。明らかに選挙活動の妨害行為だ」(以下略)


この社説を書いたのは、もしかしたら、坪井ゆづる氏かもしれない。元朝日記者の長谷川煕氏の『偽りの報道 冤罪「モリ・カケ」事件と朝日新聞』 (ワック)に、この人のコラム(2017・10・20・社説余滴)が出てくる。このコラムで坪井氏は、いろいろと安倍批判を展開しているのだが、その中で、JR秋葉原駅前で安倍首相が野次を飛ばした人々に「こんな人たち」と呼んだことを軽蔑すると書いていたそうな(上記社説とほぼ同じ理屈)。それに対しては、長谷川氏はこう指摘している。

「あの時のその場の情景を坪井氏は現場にいたか、テレビの画面で承知の上で書いているのでしょうか。私はテレビでしか見ていませんが、それでも、十分に事前準備をしてきたと思われる、プラカードを多数掲げる特定のある集団が野次というより一斉に怒号を挙げ、首相の演説を妨害していました。それでも安倍氏はその集団を無視して演説を続けるべきではなかったのかと私は思っていますが、坪井氏のコラムでは、だれか一人か二人がそれこそ何か野次の類を飛ばしたくらいにしか受け取れません。なんとも不思議なコラムです。このコラムで坪井氏は何を目論んだのでしょうか。このような、事実とは異なる状況を読者に吹き込むようなコラムがよく掲載を許されたものだ、と私は思わざるをえません」

護憲を主張し、安倍首相を批判するにしても、社説の上記引用の「屁理屈」まで駆使するのはいささか「教養(知性)」が疑われるのではないか?

適度な野次や抗議のレベルを超えた「ヘイトスピーチ」にも似たものを、ああいう組織的妨害に感じるのが、より普通の人間としての感覚では?

少なくとも、僕も画面(映像)でしか見ていないが…。安倍首相のいう通り、「選挙活動の妨害」でしかないのでは? その意味で「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と咄嗟に口にだしたのも同情の余地がある。

その気持ちは、大久保などで騒音的な嫌がらせ言辞で特定の人々を一方的に批判すおとしめる集団に対しても、同じ思いを持つ人がいるように…。沖縄の米軍基地周辺で、スクールバスなどに「ダイ、ダイ、ダイ!」と「ヘイトスピーチ」を叫ぶ手合いと…どこがどう違うだろうか?

そもそも「朝日新聞に護憲を語る資格あるのか」と問いただしたくもなろう。

文革時代、言論の自由を中共に売り渡したのはどこの新聞だったのか?
北朝鮮をことさら擁護したのはどこの新聞だったのか?
ソ連の脅威をことさら軽視したのはどこの新聞だったのか?
慰安婦虚報の訂正を何十年も無視したのはどこの新聞だったのか?

「天に唾する」ことのないように、朝日論説委員室には、元朝日記者の稲垣武さんの『朝日新聞血風録』 (文春文庫)などを常に手元に置き、辞書のようにひもとき、熟読することをお薦めしたい?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
08:58  |  新聞論調  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2018'03.18 (Sun)

朝日の福島申二さんの「日曜に想う--思い起こした『「一九八四年』」を読んで、すぐに想い思い起こした「一九八四年」の縮刷版改竄事件(笑)----朝日論説委員と財務省幹部の、己の不始末を「改竄」する手法と言い訳は同じ穴のムジナ「同志」では? オーウェルに依拠する前に、佐瀬昌盛論文『ひそかに変造された朝日新聞縮刷版--「伊藤律架空会見記」以来の大珍事』(諸君!1984年12月号)をお忘れですか?






朝日の福島申二さんの「日曜に想う--思い起こした『「一九八四年』」を読んで、すぐに想い思い起こした「一九八四年」の縮刷版改竄事件(笑)----朝日論説委員と財務省幹部の、己の不始末を「改竄」する手法と言い訳は同じ穴のムジナ「同志」では?
オーウェルに依拠する前に、佐瀬昌盛論文『ひそかに変造された朝日新聞縮刷版--「伊藤律架空会見記」以来の大珍事』(諸君!1984年12月号)をお忘れですか?

(2018・3・18)




本日(日曜日)は、東京周辺はなんともいえない「陽気」。ちょっと寒いような暖かいような…。

所要があり、午前中、横浜の知人宅へ。大岡川周辺の桜は、目黒川の昨日の桜同様、まだまだ…。

近くのサイデリアで食事。一応分煙。奥に喫煙ルームがあるが、ガラスで仕切ってはいるが、入り口はオープンスタイル。その近くの禁煙席だと悪臭が漂ってきそう。離れた禁煙席に坐る。ここなら悪臭に悩むことなく食事はできそう。
知人によるとサイデリアはカードは使えないとのこと。税込標示で399円とかなっているのは消費者の立場に与している感じで好感が持てる。ポイントなどなんだのより、安いのが一番。そこそこ美味で低価格なら、それ以上は求めるものはなし? まもなく全席禁煙になるようだから、マクドナルドと違って、たまには利用することもあろうか?

ついでに、周辺の古本屋を数軒覗く。最近オープンして、一度訪ね、二度目は休日だった「ナインブリックス」へ。まずまずの広さ。店頭の均一コーナーもスペースがあっていい。

亀川正東氏の『真赤な国の真赤な嘘』 (閣文社)、鈴川正久氏の『私の中のソビエト』 (丸善出版サービスセンター)、紀田順一郎氏編の『古書店地図帖 東京・関東・甲信越』 (図書新聞社)の三冊を500円(税込)で購入。『古書店地図帖』の類はいろいろなものを持っているが、これは1967年の刊行だから、一番古いかな。半世紀以上昔の版だ。

渋谷区を見ると、なんと地図に「トロリーバス」や「都電」がある。「都電」はともかく「トロリーバス」の路線が渋谷-原宿間を走っていたのか? ソ連に1980年代に出かけた時、トロリーバスを初めて見て、ソ連は遅れている?と思ったものだが、日本も東京都心を60年代半ばすぎに走っていたのか? 知らなかった。

タツミ堂書店」「中村書店」「正進堂書店」のほかに青山学院大学寄りのところに「玄誠堂書店」がある。僕が大学生になって上京したのは昭和52年春。そのころから都内古本屋行脚が始まったが、表参道界隈、この玄誠堂書店に足を運んだ記憶はかすかにある。タツミ堂書店はこの前閉店。正進堂書店もよく通ったが、十数年ぐらい前に消えたか?

地主恵亮氏の『昔のグルメガイドでおのぼり東京観光』 (アスペクト)をこの前紹介した。

(こんな内容)→50年前のガイドブックに載っているお店はいま、どうなっているのだ
うか? 著者が古書店で見つけた「昔のガイドブック」を片手に、いまの東京の街を歩いてみる。 銀座、浅草、東京タワー、スカイツリーetc.を眺めながらめぐる、タイム・トラベル・レストラン。
第一章 ● 昔のガイドブックで銀座ブラブラ
第二章 ● 昔のガイドブックでごはん屋めぐり
第三章 ● 昔のガイドブックでおやつのじかん

キントト文庫などで、「昔の(グルメ)ガイドブック」を購入されたようだ(少し高め? 350円のものが1400円だったりしたそうな)。 『味のしにせ』 (北辰堂)や『東京うまい店二〇〇店』 (柴田書店)や『東京の味』 (保育社)など。半世紀近く前のこうした本に「うまい店」として紹介されている銀座などの料理店などは、今も同じ住所に健在だったり…。ということで、そこに出かけ食事をしたり、店主に伝統の味づくりを尋ねたり…といった本。

この『古書店地図帖』もちょうど半世紀前のガイドブック。この本を片手に、地主さんが『昔の古本屋地図帖で古本屋ツアーイン東京・関東・甲信越』 なんて書かないものかしら?

さておき、「ナインブリックス」は、まずまずの古本屋だが、値札のないものが多い。これでは…。鉛筆書きでいいから、本の末尾に書き込むように店主はしたほうがいいのでは。
「お値段は?」と聞いて「3000円」とか言われて買うのを断念するのは寂しい(煩わしい)し? 売り主は客の「心理」をちゃんと理解すべきだろう。

 値段のあるものは丁寧に白紙を差し込んで明記したりしているが、そんな手間隙かけずに鉛筆書きでいいではないか?  「お値段は?」と聞いたら、パソコン内に価格一覧があり、すぐに答えられるようだが。そんな入力する暇があれば、手書きで本の本体に書き込んで、客に明示するほうがサービスだと思うけどな。客に対して、「定価」を明示しない商売なんて、そもそもありうるのかしら? 殿様商法と誤解されるのでは?

有隣堂近くの古本屋の前には、「灰皿」があって、そこで喫煙者が何人も。やれやれ。せめて、ビルの壁に向かって隠れるように吸えばまだしも? タバコの悪臭を通り抜けないと古本屋にも行けない。路上喫煙助長のこんな灰皿、誰が設置しているのやら?

そのあと、仕事場に戻りゴソゴソと。そこにあった日曜朝刊(2018・3・18)の朝日新聞を見て少し疑問を感じた。


(日曜に想う)思い起こした「一九八四年」 編集委員・福島申二
2018年3月18日05時00分

 大航海時代に名を残すコロンブスは巧みなうそつきでもあった。歴史的な大西洋横断航海に出たとき、陸影が見えなくなると悲嘆する乗組員が続出した。海の果ては断崖だと怖がる者もいた。
 そこで一計を案じ、航海日誌を二つ作ったという。片方は正確に書き、もう一つは陸から離れた距離を短く記した。乗組員にはニセモノ の方を見せ、恐怖心を鎮めて海を渡ったと伝えられる。
 そんな話を、森友文書の改ざん問題に思い出した。サンタマリア号ならぬ平成の日本丸に乗る国民。その代表である国会議員は、偽りの日誌ならぬ文書を、それとは知らずに示されていた。
 軽く見られたものである。しかし手を汚した官僚よりむしろ、官僚を責めることで保身を図るかのような政権側への憤りが、乗組員の一人として今は強い。
 振り返れば、国会は、改ざんされた文書をもとに質疑応答に長時間を費やしてきた。いわばニセモノが盾となって権力者を守るという流れの中で、昨年秋に解散総選挙があった。「国難突破」とは言ったものの「森友・加計疑惑逃れ」が裏の本音とみられた選挙である。
 自民党は大勝した。しかし民主主義の土台を腐らせる不正が明るみに出たいまとなっては、あの選挙の結果にも釈然としない思いがわいてくる。
     *
 あまりに露骨な書き換えに、全体主義国家の恐怖を描いたジョージ・オーウェルの傑作「一九八四年」を思い起こした人もいたようだ。小説の主人公は「真理省記録局」という部署に勤めている。政府の都合と主張に合わせて過去の新聞記事を改変するのが仕事である。
 たとえば独裁者が世界情勢の見通しを語る。それが現実にならなかった場合には、現実に起こった通りに語ったことにして書き換える。つまり、すべての過去を現在の状況に合致するように変えていく。刊行物、映像、統計などあらゆるものを改ざんして「真実を管理」し、独裁者を絶対化するのである。
 財務省が書き換えを認めた翌日、さっそく本紙川柳欄に〈現実にあったオーウェル「真理省」〉の一句が載った。揶揄(やゆ)ではあるまい。おぞましい小説を地で行くような財務省への、むしろ悲痛な思いを込めた投句であろうと想像する。
 そして、すぐれた時事川柳は予言的に先を見通すものだ。〈適材も廃材となる定め持つ〉は国税庁長官だった佐川宣寿氏が辞任する2週間前に載った。
 あれほど「適材適所」と繰り返していた麻生太郎財務相は、一転して佐川氏を呼び捨てで指弾してやまない。一部職員がやったもので「最終責任者は佐川」という早々の幕引きめいた発言に、この人のもとでの真相究明は不可能と見切りをつけた人は多かったに違いない。
     *
 「パッとしない人間には2種類ある」と言ったのは米国出版界の大物だったサイラス・カーティスである。そのあとは「言われたことができない者と、言われたことしかできない者だ」と続く。
 たしかに「言われる前にやる」「言われなくてもする」のは、使えるやつだと目をかけられる要件かもしれない。そこに忖度(そんたく)という魔物が息づき、先回りした算段や気働きに人を駆り立てる。切れ者がひしめく組織ではなおさらだ。
 忖度の親戚筋の言葉には「おもねり」や「へつらい」のほか「太鼓持ち」「茶坊主」などとあって多彩だ。「事なかれ」や「物言えば唇寒し」も遠縁にあたる。古今東西、権力の周辺ではこうした空気が高じて王様を裸にしてきた。この手の追従(ついしょう)が昨今あまりに臭うのは、長期の「一強政権」の弊害に思われる。
 改ざんのそもそもの発端は「国民に説明のつかない国有財産の土地取引」だった。それは復古的なイデオロギーを仲立ちにして、権力側とその威を借る者が連(つる)み合った結果であろう。横車を押されたのが財務省、という構図は動くまい。
 一つの嘘(うそ)をつき通すには別の嘘を二十発明しなくてはならない、と西洋の古言にいう。官吏の道を外れてまで上塗りで守ろうとしたものは何だったか。ぬるい究明では怒りの火薬はおさまらない。


「あまりに露骨な書き換えに、全体主義国家の恐怖を描いたジョージ・オーウェルの傑作「一九八四年」を思い起こした人もいたようだ。小説の主人公は「真理省記録局」という部署に勤めている。政府の都合と主張に合わせて過去の新聞記事を改変するのが仕事である。たとえば独裁者が世界情勢の見通しを語る。それが現実にならなかった場合には、現実に起こった通りに語ったことにして書き換える。つまり、すべての過去を現在の状況に合致するように変えていく。刊行物、映像、統計などあらゆるものを改ざんして「真実を管理」し、独裁者を絶対化するのである」とのお言葉。

まぁ、朝日の方って、天に唾するのがお好きな方々というしかない。オーウェルの「1984」を引用しなくても、その年、1984年にこんなこと(下記のような改竄)が、朝日にあったのをお忘れなのかしら?

福島さんは、「天声人語」を執筆もしていた(今も?)記者(のようだ)。お歳も還暦前後のようだから、佐瀬昌盛氏の『ひそかに変造された朝日新聞縮刷版--「伊藤律架空会見記」以来の大珍事』(諸君!1984年12月号)をリアルタイムでお読みではなかったのだろうか? タイトルは「変造」となっているが、これとて「改竄」の最たるもの。

この朝日論説委員執筆の「社説」(1984年4月8日)の大嘘というか、大誤報を佐瀬さんに指摘されて、大慌てで「縮刷版」の「社説」のその「誤報」部分を、こっそりと修正、改竄、変造して、知らぬ顔をしたのは、ほかならぬ、福島さんの先輩諸氏たちだった。それを、佐瀬さんに発見され、上記のようなタイトルの論文を書かれたから大変。

ことの経緯は、その「諸君!」ないしは、佐瀬さんの『「朝日」の報道はここがおかしい』『虚報はこうしてつくられた』 (力富書房)に詳しいから、福島さんも読者も、お読みでなければ読まれるといい。

この時の朝日関係者の釈明の数々は、財務省関係者のそれと、瓜二つだ。

松山幸雄論説主幹の「社説の縮刷版直し、事実の誤りは訂正が筋」との見出しで「読者と朝日新聞」欄(1984年11月13日朝刊)に掲載された釈明など、財務省の今回の屁理屈と同工異曲、五十歩百歩であろう。

朝日社説(1984・4・8)は、「西欧をゆるがした中距離核ミサイルの配備は、昨年の末でケリがついたと多くのひとが思っている。じっさい、西欧、英国、イタリアという三大国に計四百七十六基が導入された。怒ったソ連は、ジュネーブでの米ソ交渉までを打ち切ってしまい、…」と書いたのであるが、それを佐瀬さんは「こういうことを書く社説筆者は厚顔無恥のウソつきであるか、驚くほど新聞を読むことに怠慢な新聞人であるか、あるいはその両方であるかである。おそらくこの社説子は驚くほどの怠慢新聞人なのであろう」と指摘している(『虚報はこうしてつくられた』)。

実際は西欧に導入されたのは西独にパーシングⅡが18基、英国イタリアに巡航ミサイルがそれぞれ16基だけ。

「これは機密情報でもなんでもなく、一般紙を読めば得られる簡単な知識である。その簡単な知識が『朝日』社説子には欠けている。主観的にはどうあろうと、客観的には右の社説子は驚くべきウソを開陳している。ウソを書き出しにつかって、だからソ連は怒った、と繋いでいる。そしてオランダの反核に肩入れする論陣を張っている。こうなると社説冒頭の無知にもとづく誤記は、『済みません。無知でした』では済まなくなる。それは無知というウソ、怠慢からでたウソを使って読者をある傾向へと誘導するものだからである」(同)。

福島さんの結語--「一つの嘘(うそ)をつき通すには別の嘘を二十発明しなくてはならない、と西洋の古言にいう。官吏の道を外れてまで上塗りで守ろうとしたものは何だったか。ぬるい究明では怒りの火薬はおさまらない」--。これほど天に唾するものもあるまい? この文章のどこかに、己の過去の「書き換え」「改竄」について一言あればまだしも……。

縮刷版直しと同様の「嘘隠し」は、教科書誤報事件や慰安婦虚報などでもあった。そのたびに、辻褄あわせをやってきたのが朝日新聞だった。財務省の「書き換え」も同じ動機から?

「一つの嘘(うそ)をつき通すには別の嘘を二十発明しなくてはならない、と西洋の古言にいう。記者の道を外れてまで上塗りで守ろうとしたものは何だったか。ぬるい究明では怒りの火薬はおさまらない」--。尊大な態度を見せがちな財務省の態度と朝日幹部社員たちの誤報隠しの体質…。似た者同志のようでは?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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2018'03.07 (Wed)

朝日の財務省文書改竄云々の「スクープ」は、大山鳴動してネズミ一匹の世界なのか? それとも大スクープ?






朝日の財務省文書改竄云々の「スクープ」は、大山鳴動してネズミ一匹の世界なのか? それとも大スクープ?(2018・3・7)




財務省の「モリ」(森友学園)関連文書問題で、文書に「改竄(かいざん)」がある云々の報道(2018・3・2朝日朝刊)が提起されて、国会が空転している。


(こんな記事)→森友文書、財務省が書き換えか 「特例」など文言消える
2018年3月2日05時20分(電子版)
 学校法人・森友学園(大阪市)との国有地取引の際に財務省が作成した決裁文書について、契約当時の文書の内容と、昨年2月の問題発覚後に国会議員らに開示した文書の内容に違いがあることがわかった。学園側との交渉についての記載や、「特例」などの文言が複数箇所でなくなったり、変わったりしている。複数の関係者によると、問題発覚後に書き換えられた疑いがあるという。
 内容が変わっているのは、2015~16年に学園と土地取引した際、同省近畿財務局の管財部門が局内の決裁を受けるために作った文書。1枚目に決裁の完了日や局幹部の決裁印が押され、2枚目以降に交渉経緯や取引の内容などが記されている。
 朝日新聞は文書を確認。契約当時の文書と、国会議員らに開示した文書は起案日、決裁完了日、番号が同じで、ともに決裁印が押されている。契約当時の文書には学園とどのようなやり取りをしてきたのかを時系列で書いた部分や、学園の要請にどう対応したかを記述した部分があるが、開示文書ではそれらが項目ごとなくなったり、一部消えたりしている。
 また、契約当時の文書では、学園との取引について「特例的な内容となる」本件の特殊性」と表現。~~開示された文書では、これらの文言もなくなっている」…
とか。

この報道を見る限り、「特例的な内容となる」「本件の特殊性」などが消えたとか? それって、想像でしかないが、もしかしたら「忖度」的な「特例」「特殊」ではない別次元の問題に関連する記述を「是正」しただけのものではないのかしら? 

ともあれ、別次元のニュアンスが発覚しないように、自己規制的に、「事実」をぼかしての修正だとしたら、朝日の早とちり?

もしそうだとしたら、朝日の記事も、もしかしたら、大山鳴動してネズミ一匹の世界か? 
でも、「文書」のコピーがあったというから、それを見れば、朝日が、福島第一原発の時の「吉田文書」の読み違いしたのと同じようなことがあったのか、なかったのかが判明するかも? いや、そのコピーもホンモノかどうか? 考え出すとキリがない?

ともあれ、元朝日記者・長谷川煕さんの『偽りの報道 冤罪「モリ・カケ」事件と朝日新聞』 (ワック)を読んだが、彼によると、モリカケ報道で、一面的な報道をし、ニュースの軽重を判断できなくなった朝日は、情報企業としては堕落しており、もはやただの紙切れで、もう新聞ではないとのこと。そうなのかもしれない。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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2018'02.24 (Sat)

『新聞社崩壊』はタイトルほどの迫力はなかったが、「新聞だけがなんでもいえる自由な国・日本」は終わったという意味で、新聞社の「権威」が相対化され崩壊したのは喜ばしい








『新聞社崩壊』はタイトルほどの迫力はなかったが、「新聞だけがなんでもいえる自由な国・日本」は終わったという意味で、新聞社の「権威」が相対化され崩壊したのは喜ばしい
(2018・2・24)



元朝日の販売局出身の畑尾一知氏の 『新聞社崩壊』 (新潮新書)を読了。
タイトルからして、また帯に「もはや限界。」「元朝日新聞販売局の部長が、全国43紙の経営を徹底分析」とあるので期待して読んだが…。

「残紙」「押し紙」問題等、販売店とのトラブルに関しては、第五章(新聞業界最大のタブーに迫る)で取り上げている。元販売店店主から提起された裁判に関与したこともあるそうな。立場上、そういうトラブルに関して生々しい実態を知っているだろうに、己の裁判沙汰になった事例は直接には触れず、他者の裁判事例を延々(?)紹介しながらの筆致。これでは…。

未読だが、幸田泉氏の『小説 新聞社販売局』 (講談社)のほうが面白い? この前、日経本社で販売店店主が自殺した事例も指摘されていなかった(と思う。見落としがなければ?)。

その点は、こんな記事があるそうな。
日経、読売、朝日、毎日……。新聞販売店主が次々と自殺していた!
2018年2月10日 16時0分 文春オンライン

 昨年末、東京中心部のオフィス街・大手町のビルで火事が発生した。火元は日経新聞社東京本社ビルのトイレ。この火事で男性が1人亡くなった。1週間後、警視庁は男性の身元を発表。亡くなる1カ月ほど前まで東京都練馬区で日経新聞の販売所長をしていた水野辰亮さん(56)だった。水野さんは、焼身自殺をした可能性が高いという。新聞販売店関係者はこう推し測る。

「今、新聞販売店は本当に苦しい状況に追い込まれている。水野さんは本社に対して『抗議の自殺』を遂げたのだ」
 新聞の読者離れが言われ始めてもう20年近く経つが、特に直近10年は業界全体の凋落が激しく、販売店への重圧は増すばかり。実は近年、表面化はしていないものの、新聞販売店主の自殺は多発している。前出の水野さんだけに限った話ではないのだ。『小説 新聞社販売局』で、新聞業界の闇を描いた元全国紙社会部記者の作家・幸田泉氏が、多発する自殺の実態に迫った-----とのこと。


あれ、「文藝春秋」(2018年3月号)、どこかにあったはずだが…。読まなくちゃ?

ともあれ、話を本に戻すと、朝日はじめ新聞社ではコネ入社が多いとか、ちょっと具体的なエピソードも出てくるが…。朝日時代、ある幹部社員がやってきて息子が入社することになったが「頭が悪いから販売くらいしか務まらないと思うんだ。よろしく頼む」と言われたりしたそうな。そんなことを販売局の人が言われたら絶句するしかない? 著者も「耳を疑った」そうな。おれたちは最下層の職務なのかと…。

新聞社崩壊の具体例としては「北海タイムス」の話が出てくるが、これもちょっと古くてローカルすぎてピンとこない。毎日の大幅減紙の事例研究は多少は参考にはなった。

産経が給与が少ないので、採用する時は、「長男」はあまり取らないようにしているとか。ううむ。あと、親が金持ちの師弟を採用するとの噂も聞いたことがあったが…。小学校から慶應出身のような人などは優先?

新聞代は高いとの指摘ももっとも。日経新聞なんか「デフレ時代」だというのに最近値上げしたっけ? あげくの果てには「日曜日」の紙面が酷すぎる。真ん中の16頁ぐらい「広告」紙面。普通、日曜日は新聞を読む時間に余裕がある日。以前、新聞社は自分たちの「作り置き」のために、書評頁を月曜日朝刊に掲載していたものだ(日曜は相対的にニュースが少ないので)。しかし、書評を読んで月曜日書店で本を手にするのが、普通(当時)の行動様式ということで、書評欄は日曜日朝刊に掲載されるようになった。

ところが、日経は書評欄を土曜日朝刊に移して、日曜朝刊にどうでもいい広告を麗々しく掲載するようになった。
この前、日経の販売店に聞いたら、日曜朝刊は不要という購読者が少なくないようで、日曜が月4回ある時、5回ある時、それぞれ割引料金を公式にも設定しているそうな。

仮に月額5000円としたら、日曜不要の購読者には4300円でいいとか、割引価格を設定しているそうな……。まぁ、会社で読むから、逆に土曜、日曜のみ配達してほしいという人もいるかも? しかし、外で買う時は、以前は駅売店まで行くしかなかったが、今は、コンビニにも新聞が置いてある(売れているのか?)。よほど割引価格にしないとわざわざ、自宅で週末購読する人なんていないだろう。

著者は新聞がなくなるのは民主主義の危機といった定説的な考えを提示している。投票率が下がるとか。フェイクニュースが蔓延るとか。

まぁ、そうは言えるだろうが、 「新聞やテレビなど従来のメディアは、裏づけがとれた事実だけを報道することを厳守しており、それがフェイスブックなどと根本的に違う」と指摘(これはちょっと尊大?)。

そして、朝日の慰安婦についての誤報に触れて「世間から厳しい批判があったが、これは裏を返せば新聞記事への信頼度が高いから起こった反響でもある。もちろん新聞にも一定の確率で誤報は載る。しかし、その誤報率は、現在でもその他のネット・メディアより低いと感じる」と抗弁している。

だが、慰安婦虚報に関しての「厳しい批判」は、「朝日への信頼度が高いから起こった反響」では決してない。20年近く、虚報誤報と指摘されながら、「我、訂正せず」の態度でやってきて、やっと「訂正」したと思ったら「謝罪はせず」の傲慢姿勢。だからこそ叩かれたのだ。

その認識が、元OB故にか薄いのが気になる。しかも、その誤報虚報の悪影響たるや、未だに韓国政府側が「性奴隷」云々と指摘し、国際的なイメージもそういう風になっている。フェイスブックなどでの一時的な誤報のレベルではない。単なる個々人が発信するニュースと違って、組織的な伝統あるメディアがそんな「嘘」を発信するはずがないとの「誤解」を持つ人がまだ少なからずいるわけだから…。

「本来、多様な意見を戦わせてじっくり議論することが、強靱な社会を作るために必要だ。メディアの重要な役割は、多様な情報や意見を社会に流通させ、人々が様々な考え方に触れ、異論と格闘する媒体となることだ。それができるのはネットではなく、新聞である」というのは、新聞出身者のゴーマンでしかない。

旧来は「新聞だけがなんでもいえる自由な国・日本」だった。その日本にあって、いわゆる大新聞が同じ論調を展開していた時期があった。

一昔前は、朝日・毎日・読売がほぼ一線に並ぶ形で「容共リベラル」的で、そこを鋭く追及した、猪俣敬太郎氏の名著『三大新聞は自由社会のユダか』 (輿論社)なんて本もあった。朝日・読売・毎日の大部数に対して、産経、および日経の部数はあまりにも少数派であったからだ。

 だが、80年代に、渡邉恒雄氏が読売の「論説」「社説」改革をやって路線を転換して「多様」化した。その読売・ナベツネ路線にしても、靖国神社問題では朝日と共闘もした。だが、昔に比べて、社論、各論などで、各紙、各誌によって、そういう「多様性」があるのは、基本的にはいいことであろう。もっとも「タブー」を恐れての「多様」では困るが、信念、ポリシーに基づく「多様」は結構なことである。

 朝日にしても読売にしても、社内の主流的な主張の路線に対して、「反体制派」なものもあった。そういうのが、新聞に対して週刊誌などで出てくることもある。昔の週刊朝日など、最後の頁のコラムに、百目鬼恭三郎氏やタカ派(?)文化人が登場し、朝日新聞の主張を揶揄したりすることもあった。読売も、渡邉氏台頭後も、大阪では黒田清氏などが踏ん張りもした。
 中国や北朝鮮みたいな国にならないように、国民は注意する必要があろう。

ともあれ、「異論と格闘する媒体」としては、新聞のみならず、週刊誌や月刊誌やネット言論も十分な役割を果たしていることを認識することが肝要だ。

ネット言論とて、右寄りも左寄りも、中庸もいろいろとあるではないか。「新聞だけがなんでも言える」時代をリードしていた朝日新聞などにとっては、ネット言論などは「ネトウヨ」とかレッテルを貼って、貶めたいのかもしれないが、それはおかしいだろう。
朝日記者とてフェイスブックやツイッターでいろいろと発信している。多様な言論空間の中で、新聞やテレビなどがそれなりの重要な役割を果たしているのは事実だとしても、自分たちは「特別」、「上層」にありと思うのは、誤解もはなはだしく、時代錯誤というしかあるまい。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ! http://kesutora.blog103.fc2.com/
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