古本虫がさまよう 新聞論調
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新聞休刊日(朝刊なし)の2・5の朝、名護市長選挙で基地反対派現職候補落選のネットニュースに接しつつ、「地方紙」の「眼力」にもいろいろとあるようでと感得する次第……(2018・2・5)




農文協編の『地方紙の眼力 改憲・安全保障・震災復興・原発・TPP・地方創生』 (農文協ブックレット 17)を読んだ。

内容紹介→世界的な新自由主義=グローバリズムの進展のなかで、日本社会では、改憲・安全保障・震災復興・原発・TPP・地方創生が、一体のものとして進められようとしている。にもかかわらず、中央紙は以上の6つの政策をバラバラのものとして捉え、それらの内容を問う姿勢も急速に弱まりつつある。それに対して、地方紙は、上記の6つの政策において政府を批判的に見る姿勢を貫いている。本書は、上記の6政策への地方紙の論点を、各紙の現場記者に書いてもらい、併せて、このような地方紙の眼力が生まれる理由を識者に分析してもらった。

内田樹さんや永田浩三さんなどかなり左派系の人々が「一家言」をまず展開。そして地方紙の論説委員などが、「念仏護憲教」(?)的な主張やらいろいろと論じたエッセイを数編収録したパンフレット型冊子といえようか。

農協や農水省と農文協との関係がどうなのかは知らない。共産党と新日本出版社のような関係があるのかどうかも?

ともあれ、TPPには大反対のようで、本書にもそういう立場の論考が一番多く3つ掲載されている。北海道新聞、高知新聞、熊本日日新聞から。いずれもローカル中のローカル? ただ、報じ方について、多少の差があるのは結構なことで、熊本の新聞社の人が一番冷静な筆致で好感が持てた?
地方紙取るなら熊本日日新聞か?

まぁ、こういう本と共に、日下公人氏責任編集の『誰も書かなかった「反日」地方紙の正体』 (産経新聞出版)を読むとバランスが取れていいだろう。
地方紙の紙面を飾る記事の多くが、共同通信社(や時事通信社)の配信によるもので、社説さえも実は共同配信の「虎の巻」があり、それが「朝日」的というのか「左翼」的というのか、ある種のワンパターン思考に毒されているために、各地方紙の社説自体が、ほぼ同じ筆致同じ論調になってしまっている「実態」を詳しく解明している。

また、『地方紙の眼力』には、沖縄タイムスの人が米軍基地等々について書いているが、そういう視点もありかもしれないが、仲新城誠(なかしんじょう・まこと)氏の『偏向の沖縄で「第三の新聞」を発行する』『国境の島の「反日」教科書キャンペーン 沖縄と八重山の無法イデオロギー』 (産経新聞出版)も併読しておきたいものだ。どちらが、より真実に近いのか、読み比べればおのずから答えは出てくるのでは?

それはさておき、沖縄タイムスや琉球新報といった反米的な主張を展開する新聞による「言論体制」が沖縄では確立しているかのように論じられることが多いが、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設が争点となった名護市長選で、移設推進の安倍晋三政権が全面支援した無所属新人の渡具知武豊氏=自民、公明、維新推薦=が初当選した。そこそこの大差? 沖縄「地方紙」関係者も一喜一憂ではあろうが、極端な主張を展開していては「民意」が離れることもあろう。右であれ、左であれ、真ん中であれ……。

沖縄問題も、恵隆之介氏の『尖閣だけではない 沖縄が危ない!』 (ワック)を読み、また、沖縄タイムス記者の阿部岳氏の『ルポ 沖縄 国家の暴力 現場記者が見た「高江165日」の真実』 (朝日新聞出版)とを読み比べるのもいいだろう。多様な見解を精査精読した上で、判断を下す…。これが民主主義の醍醐味であろうか。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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2018・1・9の「リベラル」系新聞(朝日・毎日・東京)の「北朝鮮関連報道」で注目し知的にプラスをもたらした記事とは
(2018・1・10・水曜日)






毎日新聞(2018・1・9朝刊)に、ソウル発のちょっと気になる記事が出ていた。


「北朝鮮 核実験場近くで染色体異常」「住民被ばくか」「 広島爆心地1・6キロ相当」

 北朝鮮の地下核実験場=咸鏡北道(ハムギョンプクド)吉州(キルジュ)郡豊渓里(プンゲリ)=付近に住み、2度の核実験後に脱北した元住民2人に、原爆被爆者にみられるような染色体異常が生じている。韓国の研究者が収集したデータを広島の専門家が確認し判明した。推定される被ばく線量は高い人で累積394ミリシーベルトに達し、核実験による放射線の影響が疑われる。この数値は、広島に投下された原子爆弾の爆心地から約1.6キロの初期放射線量に相当する。豊渓里周辺では近年、核実験の影響が疑われる体調不良を訴える住民が増えており、被害の実態把握を求める声が上がっている。

 脱北者の現状調査などを手がける民間研究機関「SAND研究所」=ソウル、代表・崔慶嬉(チェ・ギョンヒ)・漢陽(ハニャン)大教授=が2016年7月、8月、昨年9月の3期に分けて、吉州郡出身者21人を対象に健康状態の聞き取り調査を実施。その結果、頭痛や吐き気などの共通の体調不良があることが判明した。

 数人について、同研究所が16年に韓国原子力医学院(ソウル)に依頼し、放射線被ばく検査を実施。このうち、核実験場から約27キロ離れた場所に居住し、06年と09年の核実験を経験した後、11年に脱北した40代女性について、血液のリンパ球内の染色体に、放射線を浴びた時に生じるような染色体異常が確認され、推定された被ばく線量は累積320ミリシーベルトだった。

 韓国統一省も原子力医学院の協力を得て昨年11月、吉州郡出身の別の30人を検査した。その結果、核実験場から約20キロ離れた場所で生まれ育ち、同じく06年と09年の核実験を経て12年に脱北した40代男性からも染色体異常が見つかり、推定被ばく線量は累積394ミリシーベルトだった。ただ、韓国側は「北朝鮮の居住環境がもたらす影響を評価する情報がないため、核実験の影響とは断定できない」と結論を避けている。

 韓国側のデータを評価した星正治・広島大名誉教授(放射線生物・物理学)は「放射性物質を含んだガスや粉じんを浴びた可能性がある。セシウムの数値など体内汚染に関するデータも確認する必要がある」と指摘した。星氏は、旧ソ連が1949~89年に地上・地下などの核実験を計450回以上実施したセミパラチンスク核実験場(現カザフスタン)周辺の調査にも携わっており、「セミパラチンスクの状況とも似ており、北朝鮮の核実験が要因として考えられる初めての結果ではないか」と分析している。

 セミパラチンスク核実験場では、約110キロ離れたドロン村のレンガから累積400ミリシーベルトが検出されている。地下核実験は地上に比べ放射性物質が飛散する可能性は低いため、星氏は「北朝鮮では実験場から放射性物質が漏れている可能性がある」と指摘する。

 核実験による住民の被ばくについて崔教授は「核開発は問題視されているのに、被ばくの可能性には関心が払われてこなかった。現在も核実験場周辺では被ばくした人がいて苦しんでいるかもしれない」と述べ、被害の把握を進める必要性を強調した。【竹内麻子】


核実験場近く 謎の「病」数年前から 住民、事情知らされず


毎日新聞2018年1月9日 東京朝刊

 頭痛や吐き気が続く。「もしかしたら」と受けた検査で「染色体異常がある」と診断された。北朝鮮の核実験場(咸鏡北道(ハムギョンプクド)吉州(キルジュ)郡豊渓里(プンゲリ))から約20キロの集落から来た40代男性は、「核実験による放射線被ばくの疑い」という言葉に強い衝撃を受けた。地元では数年前から原因不明の体調不良が続出し、放射線の知識が乏しい住民らは「鬼神(クィシン)病(おばけ病)」と呼んだ。今も住民の多くが事情を知らされないまま、核実験場近くで生活を送る。「吉州郡の人たちが心配だ」。男性は故郷の今後を案じている。【ソウルで竹内麻子】


 男性は地元では農業に従事していた。2度目の核実験後の2012年、北朝鮮を離れ、韓国に亡命した。その後も体調不良が続き、民間研究機関「SAND研究所」(ソウル、崔慶嬉(チェギョンヒ)代表)による聞き取り調査に参加したことをきっかけに韓国原子力医学院(ソウル)で検査を受けたところ、放射線を浴びた時に生じるような染色体異常が確認された。症状は今も改善されず、男性は「治療を受けたい」と訴えている。

 この男性に限らず、吉州郡からの離脱住民(脱北者)が亡命先の韓国で体調不良を訴える例が相次いでいる。

 SAND研究所の調査を受けた一人の50代女性は13年の核実験後に脱北した。数年前から頭痛に悩まされ、今も睡眠薬を飲まなければ夜も眠れない。「北朝鮮にいた時には、放射線に関する知識がなく、判断がつかなかった」。女性は韓国に亡命して初めて放射線の危険性を知った。「付近住民に何も知らせずに核実験を強行している」と北朝鮮当局に対する怒りをあらわにした。

 同じく調査を受けた吉州郡出身の40代女性によると、核実験場周辺は数十年前から立ち入り厳禁となり、住民の間では「スパイ養成所ではないか」とささやかれた。近年になって口コミで「核実験場」と知られるようになったという。

 一方、核実験場内での健康被害を語る脱北者も出てきた。豊渓里で約20年暮らし、10年ごろに脱北した金平岡(キムピョンガン)さん(50代)は、夫が核実験場の技官だった。20年近く働いた夫は皮膚がただれ、歯が全て抜けた。その後、起き上がれなくなり、00年代後半、50代で亡くなったという。

 夫は家庭では核開発についてほとんど語らなかった。ただ、00年代初めに北朝鮮の核開発疑惑が浮上したころ、朝鮮中央テレビが疑惑を否定する見解を報道した際、夫は「俺が今(核兵器を)作っているのに。共和国(北朝鮮)はうそをついている」とつぶやいたという。「放射線を恐れながら働いていた」。そんな夫の姿が金さんの脳裏に焼き付いている。

 核実験場の周辺住民の安全は確保されているのだろうか……。50代女性は13年の核実験で「波のような揺れ」を感じた。40代女性は昨年9月の6回目の核実験後、故郷の親族から「大きな揺れのため、豊渓里の南にある新洞里(シンドンリ)では、造りがもろい家屋はすべて倒壊し、住民は周辺にテントを張って暮らしている」と聞かされた。情報管理が厳しい北朝鮮からもたらされる情報は多くない。核実験に伴う被害の把握が遅々として進まない現状に、脱北者らはいら立ちを感じている。


まぁ、福島第一原発の事故でも、それなりの悪影響を周辺に及ぼしており、防護服やら防護措置をしていないと、かなり被爆したことだろう。

同じことは中共がウイグルなどで大気圏核実験をしていた時にも、同様の被害が周辺住民に起こっていたと思われるが、当時も今も、そうした被爆状況は「竹のカーテン」に遮られて自由世界にはあまり漏れていない。

そのあたりは、高田純氏が『核の砂漠とシルクロード観光のリスク─NHKが放送しなかった楼蘭遺跡周辺の不都合な真実』『中国の核実験 シルクロードで発生した地表核爆発災害』 (医療科学社)などで指摘しているぐらいか……。


そのほか、これまたソ連の隠蔽によって、長年漏れ伝わってこなかった(近年やっと解明されてきている)ウラルの核事故に関しては、ウチル、ジョレス・メドヴェージェフ、ロイ・メドヴェージェフによる『ウラルの核惨事』という本があった。以前「技術と人間」から出ていた。古本屋で探すのに苦労したが、今は現代思潮新社からも新しい版が出ている。

内容紹介→旧ソ連体制下で隠蔽された核事故 1957年、旧ソ連南ウラル地方で放射性廃棄物貯蔵所が爆発した。 『ルイセンコの興亡』を米国で出版したことにより精神病院に収容され、その後ソ連国籍を剝奪された著者は、英国滞在中に検閲済みのソ連当局の資料を解読し、この事故を 1976年に「ウラルの核惨事」として公表した。ソ連をはじめ、米・英も事故を否定。ようやく、チェルノブイリ事故後の1989年になって事故を認めた――。 福島第一原発事故に関する論文のほか、新論稿を増補収録した決定版。

ソ連が何十年にもわたってウラルで発生した核事故を隠蔽していたが、同じようなことが、「事故」として、北朝鮮のミサイル基地周辺で起きたら……。 少なくとも「事故」以前に、周辺住民への被害状況が明るみになりつつある(これらの報道が事実だとしたらの限定はまだ付けるが…)。

毎日記事も、かつての事例として、ウイグルやウラルのあたりまで踏み込んでいるとなおよかった。さらに福島原発事故周辺でいろいろと取り沙汰されている影響と比較してどうなのかといった分析も。


引き続き、ハキダメにツル(?)ではないが、 『北朝鮮秘録 軍・経済・世襲権力の内幕』 (文春新書)などの著作もある、朝日の牧野愛博特派員によるソウル発記事(2018・1・9朝日朝刊)。


(世界発2018)北朝鮮、徹底した忠誠教育 教科書収録、タブレットPC入手2018年1月9日05時00分

写真・図版
小学3年の算数の教科書。5番の問題は「日帝野郎たちに反対するビラを初日に28束、2日目に31束まきました。一束は25枚です。全部で何枚まいたでしょう?」=李聖鎮撮影


 北朝鮮の教育用タブレットPCを朝日新聞が入手した。義務教育の現場で実際に使われているものだ。収録されている教科書からは、歴代の最高指導者への忠誠心と、米国に対する敵対心を子どもたちが持つように仕向ける教育政策が浮かび上がる。かつて北朝鮮で教師をしていた脱北者の金承順(キムスンスン)さん(45)=仮ログイン前の続き名=と共に読み解いた。(ソウル=牧野愛博)

 ■金父子、自動で太字に/「米帝の山犬」

 タブレットPCには、北朝鮮が「白頭山3大将軍」と呼ぶ故・金日成(キムイルソン)国家主席、その妻の故・金正淑(キムジョンスク)氏、夫妻の息子の故・金正日(キムジョンイル)総書記の生涯を記録した3冊の「革命歴史」が教科書として収録されている。

 金日成、金正日父子の業績を教え、称賛するのが目的で、「偉大な首領金日成大元帥様の賢明な領導」「敬愛する金正日同志」といった言葉が躍る。

 PCに文字を入力する場合、金父子の名前は無条件で太字で変換されるようにプログラムされている。

 北朝鮮北部・両江道恵山(リャンガンドヘサン)市の高等中学校で2005~10年に教えた後、13年11月に脱北した金承順さんは「忠誠心は最も基本的な条件。素行不良の子どもはいるが、最高指導者を批判する子はいない」と断言する。

 金承順さんが勤務した高等中学校では毎日1時限、紙の教科書で「革命歴史」の授業があった。授業は午前8時20分から始まるが、掃除当番は午前7時半までに登校し、教室に掲げられた金父子の肖像画をきれいに磨く。授業開始前の20分間は金日成回顧録などの読書時間に充てられた。

 PCに収められた他の教科書には、北朝鮮が「宿敵」とする米国への敵対心をあおる表現が目立つ。小学2年の算数の教科書にはこんな問題があった。

 「祖国解放戦争(朝鮮戦争)で人民軍のおじさんたちが最初の戦闘で米帝の山犬野郎どもを265匹殺し、2度目の戦闘で最初より70匹多く殺しました。2番目の戦闘では何匹殺し、全体で何匹殺しましたか」

 また、初級中学1年の技術の教科書は木製の模造拳銃の作り方を22ページにわたって紹介。高級中学2年の物理の教科書は発射した砲弾の軌道を説明している。

 情報化の進展をうかがわせる記述もあった。高級中学2年の情報技術の教科書では「今日、米帝国主義者はサイバー戦争に大きな意味を見いだし、自らの卑劣な目的を達成するため、広範囲に利用している」として、情報保全の重要性を教えている。

 ■「教育無償はウソ」貧富の差あらわ

 北朝鮮関係筋によれば、タブレットPCを活用した教育は14年に始まった。製品名は「板型コンピューター アッチム(朝)」。朝鮮語だが、中国製だ。インターネットは利用できない仕組みになっている。

 1台あたり480ドル(約5万4千円)で、平壌の牡丹峰地区の専門商店で購入できるという。ただ、北朝鮮では公務員の平均月給は4千~5千ウォン(実勢レートで60~70円前後)で、多くの国民は手が出ない。購入できない家庭の子どもは紙の教科書で授業を受ける。
 北朝鮮は「義務教育は無償」としているが、実態は大きく異なる。
 金承順さんの教師時代の月給は5千ウォン。コメ1キロしか買えず、担当した生徒30人の父母が毎月コメ30キロ分を支援してくれた。金承順さんは「コメは実質的な授業料だった。教育は無償というのはウソだ」と語る。

 施設や備品は父母が修繕しなければならない。金承順さんが勤務した高等中学校は1960年代に建てられ、父母が何度も校舎を改修した。机や黒板も同様で、教科書は古本を使い回しているという。

 元教師の別の脱北者によると、子どもの手のひらに学校で必要な備品を書いて帰宅させることもあったという。「貧しい家の子は学校に来なくなった」

 赤いネッカチーフが目印の制服は、高等中学の6年間で2着だけ国定価格で支給された。質が悪くすぐ破れるため、金持ちの子は同じデザインで上質の服を手に入れて使っていた。だが、貧しい家庭の子はそのまま着るしかない。金承順さんは「貧富の差は外見でわかる」と話す。

 大学に進学するのは1割。「出身成分」という北朝鮮独自の階級制度の上位か、家庭に財力が無ければ進学できない。他の9割のうち、男性の9割と女性の3割が軍隊に入隊する。その他は国が振り分けた職場に就職する。

 また、北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐる米朝の緊張の高まりも、教育現場を振り回している。金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長は昨年9月の声明で、トランプ米大統領を「火遊びが好きなチンピラ」とこき下ろした。朝鮮中央通信は声明発表後の6日間で、約470万人の学生と勤労者が軍への入隊と復隊を嘆願したと報じた。

 だが、金承順さんは「情勢が緊張するたびに高等中学で軍入隊を嘆願するセレモニーが開かれてきた。でも、本当に入隊するわけではない」と明かした。


北朝鮮の教科書に関しては、朝鮮学校への税金投入に反対する専門家の会(代表・萩原遼氏氏)編の『朝鮮歴史 朝鮮中級学校2・3』 (星への歩み出版・大阪府八尾市)や、萩原氏と井沢元彦氏との共著・対談集である『朝鮮学校「歴史教科書」を読む』 (祥伝社)などがある。それらを一読しているので、牧野氏の指摘は改めて北朝鮮の「軍国主義教育」の酷さを再認識させられる。

日本の戦前戦時中の「皇国教育」を批判する人は、現在進行形のこういう北朝鮮の「徹底した忠誠教育」にも批判の目を向けるべきだろう。それにしても、共産圏というのは、独裁者への忠誠教育のみならず、数学や理科の授業でも資本主義国家を敵対する問題を作成するから徹底している(日本の軍国主義教育はせいぜい、カタカナ追放程度? 数学や理科の問題で、そんなものがあっただろうか?)。

こういう問題を教科書に掲載するということは、北朝鮮という国家が、国家の施策として、「ヘイトスピーチ」を国民に広めている証左ではないか。日本では、北朝鮮の人権問題にあまり批判の声を挙げない人々が、よく「ヘイトスピーチ」を許すなとやっているが… 一部民間人がやっている「ヘイトスピーチ」とは「次元」が違うだろー!? ミサイル発射にいたっては「ヘイトアクション」だ。日本はそんなことしていない。

小学3年の算数の教科書→「5番の問題は「日帝野郎たちに反対するビラを初日に28束、2日目に31束まきました。一束は25枚です。全部で何枚まいたでしょう?」
 
「祖国解放戦争(朝鮮戦争)で人民軍のおじさんたちが最初の戦闘で米帝の山犬野郎どもを265匹殺し、2度目の戦闘で最初より70匹多く殺しました。2番目の戦闘では何匹殺し、全体で何匹殺しましたか」


これまた「朝日ジャーナル」に連載され、それをまとめた、仲井斌氏の『もうひとつの ドイツ ある社会主義体制の分析』 (朝日新聞社)でも、東独の理数科系教科書の偏向問題が紹介されていた。なにしろ、西側諸国相手にミサイルや大砲を撃ったりしたり、被害をどれだけ与えたかなんて趣旨の計算問題などが収録されていたかと(記憶が少し薄れているが)。

今後改訂されて、 「我が国が、時速ウン千キロのウンメガトンの核ミサイルをウンキロ離れた日本東京に発射。着弾までの時間を計算せよ。また、築地朝日本社に命中させたとしたら、推定何百万人の日本人野郎を殺せるか、推算せよ」なんて問題も収録されるかも?

ともあれ、こういう国家体制こそが、オーウェルが危惧した『1984』なのだ。

朝日社説(2018・1・7)は、そのオーウェルの『1984』に触れつつ「監視社会と民主主義」「人権を見つめ権力抑止を」と題していろいろと述べている。牧野氏ほどのシャープな分析はないが、かろうじて一言、日本や自由世界の「監視」のみならず、中国でも「ネット監視は徹底している。政権批判をソーシャルメディアに書き込めば、すぐ削除され、身柄拘束される」と指摘はしている。だが、問題は、自由世界の監視・弾圧体制が、そうした中共のレベルになるかどうかがまずは肝要だろう。

そういう恐れはあまりない?
もちろん、マイナンバーやらいろいろと消費活動、移動活動のデータか「監視」されるということはあろう。元旦のテレ朝ドラマ『相棒』なんかは、朝日論説委員がちょっとマジには書けない「妄想」(?)を娯楽作品として「巧く」描いていたが、この社説でも、「監視カメラ」を「テレスクリーン」と同一視するようなことまでは述べていないようだ。「テレスクリーン」は「住居の中にあって人の動きや声を把握する」「不気味な画面だった」と正確に記している。だから、自宅の中でも日記も自由に書けない状況だった。

今の日本では、日記にいろいろと書くのはまったくの自由。我が家の「ビッグブラザー」ならぬ「ファットマザー」こと古女房の悪口を書くのはかなり危険だが…、ブログにしても、人殺しを教唆するような極端なことを書く自由はないだろう。それって、公然と人前でマスターベーションをする自由や、ヌード写真集を電車の中で広げて読む自由と同様。

マスカキもヌード写真を見るのも、カーテンを閉めた自室ではまったくの自由。だが、公共の場所で、そういうふるまいをするのは、時には法律違反だと問われるだろうし、マナーにも触れるだろう。にもかかわらず、そういう違いを認識しないで、自由が制限されていると騒ぐ人もいるようだが…。どこで何をしようが自由…とまではいかないもの。

ともあれ、「監視社会と民主主義」「人権を見つめ権力抑止を」ということは大事だが、北朝鮮のような社会(中共も)は、それ以前の状況だという現状認識はちゃんと持っていたい。中共では、衛星放送などで中共の都合の悪い画面になると、プッツンと遮断したりする。そんな監視行為をやっている自由世界の国があるだろうか?

次に、朝日よりアサヒと言われている(?)東京新聞。「こちら特報部」で、この前、本欄で紹介したばかりの『韓国民主化から北朝鮮民主化へ』 (新幹社)の著者・金永煥氏へのインタビュー記事が掲載されていた。韓国内で金日成礼賛の北朝鮮万歳派であった著者の「転向」の軌跡を綴った自叙伝でもある。最近、来日もしていたようだ。こんなコメントが紹介されている。

「人権状況は悪化するばかりだが、住民は生きるために金もうけに必死で、商売にしか関心がない。国外に出れば、体制批判しても、国内では処罰が厳しくて何もできず、民主化運動の支援は非常に難しい」

「(北朝鮮では)極度に人権が弾圧されている。核兵器や弾道弾の開発はもちろん問題だが、人権状況の改善は『地球村』全体の義務。とりわけ近隣の東アジアの責任は重い。忍耐強く、続けなければならない」


できうるならば、こういう「正論」をどう思うか、同じ人権問題に取り組んでいる(という)NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長で弁護士の伊藤和子氏(『人権は国境を越えて』岩波ジュニア新書の著者)や、松本昌次氏(未來社元編集者・『わたしの戦後出版史』 トランスビューの著者)や、徐京植氏(『日本リベラル派の頽落』高文研の著者)などに追加取材をされると尚よかった? 金さんに連帯のメッセージを送るか、それとも……?

金さんは、 「北朝鮮では主体思想を批判的に思考することさえ許されず、研究ができない。研究所ではなく、普及所だった」とも語っている。

おや、「主体思想」と「憲法9条」って、それを礼賛する人々の思考行動様式に何か似たものがないか?
「憲法9条」の制定過程や制定意図などをふくめて、さまざまな角度から「批判的に思考すること」が「許されていない」状況が、学界やマスコミの一部にありはしないか? かつての「統帥権」みたいに、その運用や解釈はオレさまだけが正しい、それに疑問を表明するのはケシカランと。そして、天皇機関説やらなんやら批判した「権力機関」というか、「軍部」や「民間人研究者」がいなかったか? 「人権をみつめ権力抑止を」というのは、こういう時にも使える言葉?

さておき、リベラル系新聞と言われる朝日・毎日・東京にも熟読すれば、いろいろとプラス的に参考になる記事もあることに気付かされる(とはいえ、マイナス思考的に「参考」になる記事が多々あるのも事実だが)。でも読みもしないで、毛嫌いせずに、可能な限り「原文」を読んで、その上で褒めたり批判したりするのは、民主主義社会のイロハ。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「新聞の嘘」を見抜くためには、渡部昇一さんの業績を無視することなく、まずは「教科書誤報事件」の解明あたりから始めるべしでは?
(2017・12・26・火曜日)






徳山喜雄氏の『新聞の嘘を見抜く 「ポスト真実」時代のメディア・リテラシー』 (平凡社新書)を読んだ。
著者は元朝日の人。冒頭から、朝日新聞の伊藤律架空会見記や珊瑚礁損傷事などは「きわめつけの嘘」と断じてはいる。

「しかし、これは粗暴かつ単純なもので、本書ではこのようなものではなく、この150年間につちかわれた宿痾ともいえる新聞報道の構造上の問題に着目したい。1人のあるいは少人数の記者が悪事を働くといったものではなく、理性よりも感情に訴える大衆迎合主義的な報道によって世論をミスリードしていくという問題、政権と一体化することで、ときの政権に有利な報道をする問題、忖度や萎縮、同調圧力のなかでミスリードする問題、誤報事件を書いたにもかかわらず、訂正あるとは修正せずに誤報が歴史資料になったケース」などを取り上げていくとのこと。

だが、「少人数の記者」が、己の「左翼(右翼?)イデオロギー」や「単細胞的思い込み」に固執するあまり、事実を歪曲して報道し、「反政権と一体化することで、ときの政権に不利な報道をする」ことに固執した事例を無視するのはおかしいだろう。そういう誤報虚報に関して、自社社員だからということで、社全体が間違いを認めず擁護していく悪質な例もある。そういう大誤報(虚報)が国際情勢を歪めたり、嘘にもかかわらず教科書にまで入り込んだこともある。そういうのを線引きする必要があるのか?

典型的な「きわめつきの嘘」報道だった教科書誤報事件などは本書では取り上げられていない。そういう不満というか欠陥のある本。

「新聞の嘘」を見抜くためには、渡部昇一さんの業績を無視することなく、まずは「教科書誤報事件」の解明あたりから始めるべしでは? 彼の『萬犬虚に吠える 角栄裁判と教科書問題の誤謬を糺す』 (PHP文庫・文藝春秋)を無視して「新聞の嘘を見抜く 『ポスト真実』時代のメディア・リテラシー」を綴るのは本来無理ではないのかな?

ただ、具体的な報道事例として、EU離脱報道などの各紙の報道ぶりの検証などは参考になった。
著者は「極論しかない二元論的な報道」を懸念しているようだが、それはあまり意味のないことではないのか。

「護憲か改憲か、原発推進か原発ゼロか、愛国か反省か、といった二者択一の極論しかない二元論的な報道が随所にみられる。これを改めていくのが、メディアとりわけ新聞の喫緊の過大と思われるが、その気配はいっこうにない」と。

しかし、著者も取り上げている福島原発の吉田所長の証言の歪曲報道にしても、朝日の虚報スクープを是正したのは、産経、読売だった。さらには「リベラル」(?)系の共同通信や毎日新聞も続いた。シロをクロと言う報道に「味方」がなかったのは日本のジャーナリズムがまだ健全だという証拠になるだろう。

著者が批判している、文科省元次官の「下半身」報道とて、官邸のリークがあろうとなかろうと、ゆゆしき問題であり、報道する価値はあろう。

あれが逆に、民主党政権下の問題で、保守系の次官の「下半身問題」ならば、朝日などが嬉々として報じることはありうるだろう。人が犬にかみつけば「えぇ?」と思うわけで、報じる価値はある。聖人君子のような女学校の校長が、売春婦を囲っていたら、昼間は純潔を大切にと言っていたのに、夜は妻子がいても…となると、報じるだろう。そういう「報道の自由」をケシカランという人がいて、それがダブルスタンダードだったら見苦しいだけだ(著者がそうだというわけではないが…)。

安倍首相の歴史認識を「歴史修正主義」的な動きがあると指摘しているのは「勇み足」?

「 『数の力』によって法案を強行採決していく、安倍政権の異論に耳を貸さない分断・対決型の統治の渦中で、保守系とリベラル系に分断する(される)報道を見ていると、安倍政権が存続するかぎり、この状況に歯止めが掛からないのではないかとさえ思える」というのは、いささか独断的だろう。

民主主義政治は「数の力」によるものである。戦前の暗殺やら軍部が内政外交に口出しをするような体制はいけないが、議会の勢力による議論した上での多数決の決定のどこがいけないのか。政治家とて、さまざまな手法で、マスコミに接し、自分たちに都合のいい世論を形成しようと心がけるものだ。それ自体を「悪」とはいえない。与党系、野党系、さまざまな政治家がいるのだし。立候補の自由がある以上、当落は結果として世論の幅を表明するものだ。立候補の自由もない近隣諸国とは日本は根本的に違うのだから。
民主主義的価値観に疑問を呈するのが、教養ある姿勢だとは誤解しないだけの知性は持ち合わせたいものだ。

著者が取り上げている「安倍談話」に関しても、さまざまな評価の違いが新聞の間でも見られた。著者は朝日社説のみが「問答無用といわんばかりの単色の批判記事となっていた」ことはちょっと批判的にとりあげていて「よくいってくれたと溜飲を下げた読者もいたかもしれないが、こうした書きぶりに違和感をもった読者も少なくないのではないか」とも指摘している。その指摘は正しいとは思う。

「新聞を1紙だけ読み、その内容を鵜呑みにして信じることは、その新聞の価値観や世界観、歴史認識などと歩調を合わすことになる。それがたまたま自身の考えや思想と合っていれば問題がないかもしれないが、別の新聞の見方の方が自身の考えとしっくりいくのなら、それは不幸である」
というのはまぁ、その通りだし、著者は朝日と読売、毎日と産経などを読み比べ、さらに3つめの新聞として日経や東京や地元紙を加えてもいいというのは、正論だろう。

だが、そういうことを述べるなら、ついでに、沖縄県民の情報遮断状況を取り上げたらなおよかっただろう。沖縄の地元新聞は、著者の論法を援用すれば、明らかにかなり偏った紙面を構成している。譬えると、沖縄には「朝日」「東京」しかないようなレベルといえよう。それへの懸念を表明すると尚よかった。

そういう情報閉鎖的空間を打破しようとしている、仲新城誠(なかしんじょう・まこと)氏の『偏向の沖縄で「第三の新聞」を発行する』 (産経新聞出版)、 『国境の島の「反日」教科書キャンペーン 沖縄と八重山の無法イデオロギー』 (産経新聞出版)は貴重な本。平凡社新書の刊行時期とのかねあいもあるが、こういう動きも評価して論評してしかるべきだろう。

そもそも、一昔前は、朝日・毎日・読売がほぼ一線に並ぶ形で「容共リベラル」的報道によって「新聞世論」を形成していた。そこを鋭く追及した、猪俣敬太郎氏の名著『三大新聞は自由社会のユダか』 (輿論社)なんて本もあった。朝日・読売・毎日の大部数に対して、産経、および日経の部数はあまりにも少数派であったからだ。
 だが、80年代に、渡邉恒雄氏が読売の「論説」「社説」改革をやって路線を転換して「多様」化した。その読売・ナベツネ路線にしても、靖国神社問題では朝日と共闘もしたことがあった。一枚岩ではない。社論、各論などで、各紙、各誌によって、そういう「多様性」があるのは、基本的にはいいことではないか。もっとも「タブー」を恐れての「多様」では困るが、信念、ポリシーに基づく「多様」は結構なことである。

 朝日にしても読売にしても、社内の主流的な主張の路線に対して、「反体制派」なものもあった。そういうのが、新聞に対して週刊誌などで出てくることもある。昔の週刊朝日など、最後の頁のコラムに、百目鬼恭三郎氏やタカ派(?)文化人が登場し、朝日新聞の主張を揶揄したりすることもあった。読売も、渡邉氏台頭後も、大阪では黒田清氏などが踏ん張りもした。

 中国や北朝鮮みたいな国にならないように、国民は注意する必要があろうが、左から見て、自分たちの意見が少数派に転落したのは読売が右傾化したからだ…といったような単細胞的不満を表明する程度の文句をあまり高く評価する必要はあるまい。

ともあれ、安倍談話の社説に関する指摘にもあるように、読者は小学生じゃないんだから…。朝日の社説を読んで「違和感をもった読者」はもう朝日をやめようと思う人もいるだろうし(実際僕も大学一年からずっと読み続けていた朝日を、若宮時代のダブルスタンダード社説を読んで、購読をしばし止めた。仕事場で読めるからということもあるから)。読者をあまりバカにしないほうがいいと思う。

未成年者レベルは、単細胞的に親の言うことや、教師の言うことや、自宅で取っている新聞社説を鵜呑みにするかもしれないが、知的発展により、いろいろと修正もくわえられることだろう。多様な情報が行き交う環境が日本のような自由世界にはあるのだから…。中共みたいに、国際テレビを見ていたら、天安門事件などに触れたりすると、急に画面がシャットダウンされて見えなくなるとかそういう国じゃないんだから。

とはいえ、2016年7月の参議院選挙の結果を報じる新聞の中で、朝日が不正確な報道をしていたとは気付かなかったが、そういうちゃんとした指摘もあった。

要は「改憲勢力」が三分の二の議席を得たという客観的事実を、朝日のみが「改憲4党 3分の2に迫る」という形で「否定」したというのだ。
ほかの新聞は「改憲勢力3分の2超す」(毎日)、「改憲勢力3分の2」(日経、東京)、「改憲3分の2、発議可能に」(産経)、「改憲派 2/3超す」(読売)と報じていたとのこと。

改憲4党というのは、自民、公明、おおさか維新、日本のこころのこと。そのほかに改憲に前向きな無所属議員が数人いるということは、朝日も一応書いてはいる。そうした当選した無所属議員も入れて、「改憲勢力3分の2を超す」という明々白々な事実があったにもかかわらず、朝日は「改憲4党」だと、あと一歩、その議席数(162)には足りないので、そういう姑息な見出しを掲げて、残念でした、4党だと三分の二まで行かなかったよ~んと、やりたかったのではないか?

著者は「認めたくない事実を見たくないという心理が働いたのかもしれない」「『3分の2に迫る』という大見出しをみた朝日の読者は誤解したに違いない。欠陥商品ともいえる記事だが、よほど注意して見出しを読み、本文に目を通さなければ、自分だけが置いてきぼりになるという事例だ」との指摘はズバリ正論だ。

ただ、このあとに、似た事例として、中国の艦船などが尖閣領海に入ったりした時、朝日が、独特な見出し操作をしていたのも挙げるとなおよかったと思う。

なにしろ「領海」を「12カイリ内」と表現したり、軍艦を艦船としたり、中国の軍事的脅威感を高めないように、まるで、「日本の人民日報」みたいな情報操作を必死になってやっていたのが朝日だから。参議院選挙のそうした見出し操作、印象操作も、十八番だろう? 北朝鮮の「武力工作船」も、別の表現にしていたっけ?

そのくせ、ちょっとした株価の下落に関しては、朝日は「待ってましたとばかりに、もっとも強く反応」するとのこと。

2013年5月24日朝刊は「東証暴落、1143円安」。「黒地に白抜きの横カット。しかも紙面のほぼ左右いっぱいの大きさだ。これは超特大のニュースを報じるときの扱いだ。朝日の読者は『暴落』という大見出しに目が釘づけになったのではないか」と著者は指摘している。

二面でも「暗雲がたちこめている」などという言葉を使い「アベノミクスがあたかも破綻したかのようにセンセーショナルに報じた。これはやりすぎじゃないかと、頭をかしげてしまう」と指摘している。同感。

アベノミクス反対派の朝日としては嬉しいニュースだから、ついつい破目を外したのか?

ほかの新聞の報道例を著者は挙げているが、「急落」など。一面トップでも「四段見出し」程度とか…(読売)。
とにかく朝日は変わった新聞だ? そのユニークさは、ある意味で反面教師になるので、それはそれで貴重だが。

テレビ報道に関しては、単純な視点から権力の圧力が日本でもあるかのように断じているのは疑問。
自民党が「過去にはあるテレビ局が政権交代実現を画策して偏向報道を行い、大きな社会問題になった事例も現実にあった」と指摘する要望書をだしたことを批判しているが、この「椿問題」は驚天動地だったはず。

著者はそれについて、特に深くは触れていないが…。ああいう報道姿勢を取れば、放送法違反として処分するというのは、ある意味で当然のことではないか。それは「言論の自由」とは無関係なレベル。放送電波の自由化ともどもかんがえていくべきテーマだろう。新聞や雑誌、出版と違って「公共の電波」を割り当てられているテレビ局の報道姿勢は慎重なものかあって当然だろうし。

朝日の慰安婦報道をめぐるドタバタには詳しく触れている。池上彰氏の朝日連載コラムを一時は掲載中止にした対応などは、僕からすれば「朝日は日本のプラウダか」と言われるゆえんでもあろう。強制連行云々の「広義」「狭義」に関しての朝日の二枚舌的な変節も、著者がそれなりに触れているのは結構なことだ。その視点は大事。

だが、それは教科書誤報事件の時も見られた論法だったのだ。
渡部氏と共に朝日の教科書誤報と闘った板倉由明氏によると、朝日の栗田という記者は「今回の検定においては、”侵略”を”進出”に変えた例は見当たらないが、過去においてはそういう書き換えの例がいくつもあった。問題にすべきは字句ではなくて、これまで引き続き行われてきた文部省の右傾化政策である……」 (「諸君!」1982年11月号)と言い逃れていたのだから。

これって、慰安婦の吉田偽証が明らかになった後の「強制連行」云々の弁論とも同様の屁理屈ゴマカシだということに「知性ある人」なら気づくであろう(この板倉氏は、慰安婦問題でも、秦郁彦氏と並んでいち早く、朝日の欺瞞を追及した人であった。 『検証「慰安婦狩り」懺悔者の真贋--朝日新聞に公開質問!阿鼻叫喚の強制連行は本当にあったのか?』 諸君!・1992年7月号・参照)。慰安婦に関して、こういう業績にちゃんと触れないのは片手落ちというしかない。

とはいえ、「提示された『事実』の裏付けをとり、裏付けがとれたなら、公益性かあるか判断するためその事実に社会的な文脈を与え、そして取材対象者に反論の機会を与える』ということ」をちゃんとやってこなかったとの著者の指摘も正論。

慰安婦の報道検証にも、秦郁彦氏や西岡力氏などを起用するだけの器量もなく、せいぜいで「安保右派」ではあるけど「歴史左派」の人や、「身内」の進歩的文化人などを起用し、報道の影響を低く評価させてピリオドにしようともした。見苦しい限りだろう。

ともあれ、限界があるにせよ、個別的事例に関しては、参考になるものも少なくない本。この人の本は、以前も論評していた。以下再録。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

(以下再録)
朝日の「あまりにも情熱的な独りよがりの誤報」の歴史を学ぶための本
(2015・6・10・水曜日)


徳山喜雄氏の『「朝日新聞」問題』 (集英社新書)を読んだ。
著者は現役の朝日新聞記者。1958年生まれとあるから、慰安婦「虚報」報道で知られることになった植村隆元記者と同世代であろう。
この本は、慰安婦報道や吉田調書問題などについての「解説書」といった感じだ。事の経緯を振り返りつつ、もっともというか、常識的なラインで、見解を述べている。「虚報」の当事者というわけでもないから、「客観的」というか、「解説的」な記述が連なる。それはそれで頭の整理にはなるのだが……。
すでに、紹介ずみだが、同じ朝日の記者が書いたとされる朝日新聞記者有志による『朝日新聞 日本型組織の崩壊』  (文春新書)のほうが、より突っ込んでいた(数歩程度?)感じがある(もっとも、この有志の中には、慰安婦関連記事を書いていた人もいたようだから、否応なくそうなるのだろうが)。(以下略)。

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元朝日記者の「ブンヤ暮らし」「ブンヤ崩れ」から見たメディア論に注目してみれば……
(2017・12・22・金曜日)


三山喬(みやま・たかし)氏の『一寸のペンの虫: “ブンヤ崩れ”のみたメディア危機』 (東海大学出版部)を読んだ。

(こんな内容)→2014年夏の慰安婦問題記事をきっかけに始まった「朝日バッシング」、「反日」「売国」などの言葉の横行、メディアの分断、権力の介入と萎縮、そして忖度……。怪しげなネット情報隆盛のなか、ジャーナリズムの使命感も誇りも捨てて無力化したかに見える新聞・テレビの現状は、なぜもたらされたのか。はるか以前に新聞社に愛想を尽かし、フリーとして生きてきた著者の目に、その「落日」はどう映るのか。

著者は、元朝日記者。1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒。朝日新聞学芸部・社会部記者を経てフリーに。2000年から07年にかけ、ペルーを拠点として南米諸国のルポルタージュ記事を各誌に発表。帰国後もルポや人物ドキュメントの取材・執筆活動を続けている。著書『ホームレス歌人のいた冬』 (東海大学出版会。のち文春文庫)は、面白く読んだ記憶がある。

本書は、朝日入社前後からの「ブンヤ暮らし」を論じた本。右派系雑誌を若い時から読んだりし、朝日の文革報道などにも問題点ありとの指摘もある。週刊文春の特派記者をしたこともあり、「諸君!」に執筆したこともある。

だが、昨今の歴史問題など、右派系ジャーナリズムにも問題ありとの指摘もある。そんな雑誌を「カルト雑誌」とレッテル貼りもしている。

ただ、そのあたり、あまり具体的ではなく、雑感というのか印象で語っている。もう少し、具体的にこの論文のこの箇所という指摘がないと、説得力に欠けるというしかない。「ネトウヨ」と「保守系」の議論を同一視するのはおかしいだろう。かつてソ連は素晴らしい、文革は素晴らしい、金日成北朝鮮は地上の楽園と称賛していた「極左」「左翼」と、民主的社会主義(社会民主主義)擁護の「社会主義者」とを同一視して、「社会主義はケシカラン」という手合いがいたら、ちょっとおかしい?と思うように!

もっとも自分自身の思想的位置を「中道左派」と規定しているが、それはまぁそうだろうなと…。

以前、朝日新聞記者有志の『朝日新聞 日本型組織の崩壊』 (文春新書)という本を読んだことがある。匿名の朝日記者による朝日論だった。おおむね、「良心的」ではあるが、あと一歩物足りないものを感じないでもなかった。そんなもどかしさを、三山さんの本にも感じないでもないが……。

「ブンヤ」といえば、元朝日の永栄潔さんの『ブンヤ暮らし三十六年 回想の朝日新聞』 (草思社)という本がある。

三山さんが「中道左派」なら、こちらは「中道右派」かな。僕は永栄さんの本のほうを「なるほど」と面白く読んだが、読後感は読者次第。
どちらも一読するといいだろう。

途中退職の三山さんと、定年退職の永栄さんとでは「朝日体験」の量も質も異なる。ただ、どちらも支局時代の思い出、先輩記者の武勇伝やらサツ回りの苦労話など共通するものも多い。
とはいえ、少なくとも、稲垣武さんの『朝日新聞血風録』 (文春文庫)を読む限り、朝日(主流派?)の異様な歴史観、報道姿勢は、「ネトウヨ」同様(?)の極端思考に毒された「ネトサヨ」的体質の人々(?)が第四権力の一画を握ったも同然だったというしかあるまい。それは改善されてきてもいるのだろうが…。

教科書誤報事件や慰安婦虚報事件にしても、そうした報道が「フェイク」であったという認識が欠けていては、メディア危機を正確に論じることはできない。中国や韓国のやっている慰安婦、南京問題などの攻勢も、針小棒大にもホドがある論法であり、それへの適度な反論そのものは「ネトウヨ」以前の問題である。街頭などで居丈高に声高に語るのではなく、「活字」にて言論を展開することを「ネトウヨ」だと危険視するのは、言論の自由の恣意的な運用を支持するものというしかない。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!


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「週刊文春」&「週刊新潮」が、朝日等々の新聞タテマエ報道の尻馬に乗ったら日本のジャーナリズムは死滅するかどうかについて、OBが語り合った本は面白い!
(2017・12・21・木曜日)





花田紀凱氏&門田隆将氏の『「週刊文春」と「週刊新潮」 闘うメディアの全内幕』 (PHP新書)を読んだ。
新書としては少し厚めで320頁ぐらいある。花田氏は元「週刊文春」編集長、門田氏は元「週刊新潮」編集部デスク。


(こんな内容)→競い合うように数々のスクープを連発し、権力に挑み、大物のクビを飛ばし、事件の真相を追い、人間の真実を描いてきた両誌。週刊誌メディアは、なぜこれほどの力があるのか?そもそも、いかに週刊誌というメディアがつくられたのか?スクープをものにすべく記者たちはどう動くのか?権力やタブーといかに闘うか?新聞メディアの驚愕の劣化とは?週刊誌が描いた事件の裏側の人間模様とは?そして、これからメディアはどうなるのか?両誌の歴史と内幕を知り尽くした巨頭OBの二人(元『週刊文春』編集長と元『週刊新潮』副部長)が、すべてを語り尽くす!

どちらも「書き手」をしていた時期もあり、週刊誌記者(編集部員)のベテランともいえよう。
そんな二人が、自分たちの部員時代の失敗(&スクープの数々)も含めて、赤裸々に週刊誌ジャーナリズムとは何かを語り合っている。リアルタイムで、双方の「読者」でもあった我が身からすれば、いろいろと面白い話が多く、ふむふむと読破。
お互い、古巣が、芸能界タレントなどのスキャンダル報道が多いのにはちょっと苦言も呈している。モリカケ報道なども、新聞ジャーナリズムと同じ論調、尻馬に乗っているとして批判されている。あれはフェイクニュースではなかったかと。

逆に創価学会批判など、とりわけ門田新潮時代には手厳しく学会批判を報じていたと記憶しているが、その回想なども面白い(名指しで学会関係雑誌から批判され、盗撮され、自宅のゴミ袋まで「何者」かによって詮索されていたそうな?)。

現在、元朝日の徳山喜雄氏の『新聞の嘘を見抜く 「ポスト真実」時代のメディア・リテラシー』 (平凡社新書)も読んでいるところで、この本とからめて、またもう少し詳しく、新聞・週刊誌ジャーナリズムについて考えて、あらためて書評を書いてみたいと思う(この本、元朝日の人にしては、古巣への批判もそこそこあっていいのだが、ちょっと支離滅裂というのか、花田氏&門田氏の本に比べるとシャープさがないように思える)。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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