古本虫がさまよう 原発
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「原発再稼働」より、危険な「(うさんくさい)リベラル再起動」?
(2016・10・1・土曜日)




橘玲氏の『「リベラル」がうさんくさいのには理由がある』 (幻冬舎)を読んだ。
以前、紹介した井上達夫氏の『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』 『憲法の涙 リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください 2』 (毎日新聞出版)にも似た内容で、大変面白い本だった。井上氏の本に対するエールも綴られてもいる。

冒頭、「リベラル」が嫌いなリベラリストへ—とある。
そこでは先ず森嶋通夫氏の「平和論」が批判的に取り上げられている。
ソ連が攻めてきたら「自衛隊は毅然として、秩序整然と降伏するより他ない」「秩序ある威厳に満ちた降伏をして、その代り政治的自決権を獲得する方がずっと賢明だ」という立場から、関嘉彦氏の現実的平和論を彼は批判したのだが、橘氏は、こうした森嶋氏の平和論を批判している。
こういった、日本でリベラルを名乗る人たちこそが、「リベラリズムを歪曲し、リベラル(自由主義者)を僣称している」としている。同感だ。
僕は、関嘉彦氏のような人こそ、欧米社会に於ける価値観を共有する「リベラル」な知識人だと思う。だが、日本では、こういう人を「反共主義者」だとして貶めることが多い。関氏は、学者として民主社会主義に関する本を多々出しており、また民社党の国会議員にもなった人だ。本当の意味で「リベラル」「社民」系の知識人だろう。

そのあたりは、彼の『私と民主社会主義 天命のままに八十年余年』 (日本図書刊行会)や、林健太郎氏と共著の『戦後日本の思想と政治』 (自由社)をひもとけば明白だろう。岩波「世界」の「三たび平和について」(声明)の偽善などを俎上にのせていたが、あの声明こそ、反知性主義、反リベラルな空想的平和運動屋の「教典」というしかあるまい。その偽善性は、関氏のみならず、稲垣武氏の『「悪魔祓い」の戦後史 進歩的文化人の言論と責任』 (文藝春秋・PHP研究所)でも詳述されている。左右の全体主義を批判する視点を欠いていては「リベラル」を名乗る資格はそもそもあるまい。

その森嶋氏だが、彼の「平和論」、実は、共産圏を祖国とみなす軽蔑すべき意味での「ナショナリズム」でしかなかったようだ。というのも、「文藝春秋スペシャル2016秋号」にて、元朝日記者の永栄潔氏がこんなことを書いていた。
1990年前後に、森嶋氏が一時帰国したころ、朝日新聞社にて社員向けの講演をしたことがあるという。こんな内容だったとのこと。

森嶋氏はアメリカの好戦性を力説した。必ず中国を侵略するという。「その時は、われわれも、銃を執り、中国人民とともに、闘うのです!」。それは絶叫とも言える咆哮だった。
二百人を超す社員が聴いていたが、私だけでなく、誰からも質問は出なかった。関・森嶋論争に固唾を飲んだ読書人のためにも、森嶋氏に「週刊朝日」や「月刊Asahi」への寄稿を願い出るべきだったと今も悔やんでいる。


いやはや、こういう偏った人を自由世界で「リベラル」と呼んではいけない! ソ連相手にはさっさと降伏しろ、米中戦争では、日米安保も無視して、銃をもってアメリカと戦えというのだから。1985年に死去していた向坂逸郎センセイもびっくりだろう。「朋あり遠方より来たる」と感激? いや、当時は中ソ対立時代だから、「天国」でちょっと複雑な心境だったかも? 敵の敵は味方?

ともあれ、橘氏は、井上氏の本同様、極端な右寄りの人々の見解も俎上にのせつつも、おおむね、リベラルを偽証する日本独特のリベラルの知的限界を小気味よく解剖解析している。そのケーススタディとして「沖縄集団自決裁判」をめぐる大江健三郎氏などと元軍人の争いなどを取り上げている。曽野綾子さんなども登場。「慰安婦」問題同様の言葉の定義などの不確定などもあって、事実がいろいろと切り取られている状況を詳しく説明もしている。

曽野さんと違って、関係者に取材をしなかったリベラルの思想的貧困さが浮き彫りにもされている。「取材すれば不都合な事実が出てくることをうすうす知っていたから」しなかったのではないかとの指摘も正しいだろう。

「リベラルこそが保守派・右翼に先立って、憲法に自衛隊の存在を明記し、国家の暴力装置を法の支配の下に置いて民主的に統制するよう主張しなければなりません」と指摘。ただ、関さんなどは、本当のリベラルであり、実際、そういう改憲を主張もしていたかと。ただ、左翼全体主義(共産主義)を、「民主主義」の一派と見なしがちな、日本型特殊リベラルが、日本では多数派だったために、関嘉彦さんのような人々(そのほか、猪木正道氏、武藤光朗氏など)は「反共リベラル」という風に軽視されてしまった感がある。

そのほか、労働条件などに関する「リベラル」な見解とは…といった指摘などもなるほどと一読。
この本は「週刊プレイボーイ」に連載されていたものをまとめたとのこと。ううむ、それは知らなかった。集英社というと……。まぁ、集英社新書などは岩波新書のイトコかな?と思わないでもない筆者やテーマが目立つ。それは個性であって、別にいいのだが、こういう内容のものが「週刊プレイボーイ」に連載されていたとすると、それはそれで言論の多様性確保のためにも結構なことではなかろうか。50歳後半、還暦間近の僕のようなオジサンは、「週刊プレイボーイ」などを、再読・定期購読したいものだ?

それにつけても、井上氏の本や、橘氏の本を読んだあとに、北田暁大氏&白井聡氏&五野井郁夫氏の『リベラル再起動のために』 (毎日新聞出版)を読み出すと、あぁ…とため息がでてくる。この本こそ、井上氏や橘氏が批判的に取り上げている、典型的な日本型リベラルの悪しき見本でしかないからだ。

冒頭、白井氏が、 「この国が国民主権の国家であるかぎり、国民が認知症患者の暴走に付き合い続けなければならぬ義理など断じてないのです」と指摘。この「認知症患者」とは、安倍首相のことのようだ。
この文の前に、 「安倍晋三氏は、立憲主義も三権分立も理解しておらず、ポツダム宣言も読んでいないというエピソードに見られるように、知的には極度に怠惰です」と指摘し、彼の意向が濃厚に反映された憲法草案が「まともなものになるわけがないと、本当は身内でも分かっている」のに「それを止めようとしないのは、安倍氏が、彼にとってお祖父さん(岸信介)の遺志の実現である改憲に異常なまでの執念を燃やしてきたことを、みんな知っているからでしょう。ボケた人の半ばは個人事情に基づく執念に付き合ってあげているわけです」と記しているから。

まぁ、僕も向坂逸郎さんの発言を読んで、この人、その時、もしかして認知症かボケ老人だったかもと指摘したことはあったかと。ただ、この人、ソ連のほうが日本より自由がある、社会党が政権を取れば、日本はワルシャワ条約機構に入るなんて放言(「諸君!」1977年7月号『マルクスよりもマルクス』。インタビュアーは田原総一朗氏)していたのだから、当時としても、やはりかなり「異常発言」。それ故に、そういう形容も許される? 1897年生まれだから、当時80歳近くだったし。
でも、自分のイデオロギーとあわないからといっても、1954年生まれの人相手に、そういう風に決めつけるのはいかがなものかと思う。

五野井郁夫さんにしても、図書館の『アンネの日記』破損事件の時は、いち早くホームズもびっくりするような予断で、2014年2月28日付朝日新聞で、次のようなコメントを出していた。

「日本社会が右傾化」と題して…。
首相の靖国参拝が一定の支持を集めるような社会の右傾化が背景にあるのではないか。歴史や領土の問題で中国や韓国に日本がおとしめられたと感じ、戦後の歴史観を否定しようとする人もいる。ネット上ではそうした意見が広がっており、戦勝国側の価値観を全て否定しようという意見さえ出始めている。
その延長線上で、敗戦国が反省すべき象徴とも言えるホロコーストに関する本が狙われたのではないか。
「ユダヤ人虐殺がうそならば、南京事件や慰安婦問題だって全否定でき、日本は悪くないと主張できる」というゆがんだ発想かもしれない。様々な意見はあるだろうが、史実に基づいて議論していくのが開かれた社会だ。


まぁ、そのあと、犯人は逮捕されたが、気象庁の「天気予想」ではないが、ちょっと的外れだったようで。
というのも、ウイキペディアに寄れば、逮捕された「男は精神科への通院歴があり、逮捕時から意味不明な供述を繰り返している[30]。刑事責任能力に問題があったため、本件の器物損壊罪での逮捕以降も男に対する匿名報道が続いた。3月19日の衆議院内閣委員会において、古屋圭司国家公安委員長は「(逮捕された男は)日本国籍である」と答弁している[31]。4月16日から6月16日まで専門家による精神鑑定が実施されていた[32]。6月20日、東京地方検察庁は被疑者が犯行当時心神喪失の状態にあったとして不起訴とした[33]。東京地検は「人種差別的な思想に基づくとは認められなかった」としているからだ。
「日本社会の右傾化」とは何の関係もなかったようで?

北田さんというと、仲正昌樹氏が「諸君!」に登場して、リベラル派知識人の悪口を言ったということで、トーク対談を止めたと報じられたこともあった人かと。

そのあたりの詳しい本当の事情はわからないが、でも、この三人の中では、一番マトモで、時々、ふむふむそうだよなと感じるところもあった。僕って、こんなに幅広い知性人だったかと感心した次第?

ただ、北田さんが、 「私などは『信用ならない民社党右派』『自民党左派かも』ぐらいの位置づけで十分で、白井さんが私の話にやすやすの乗っかってしまうようでは困る。逆に言うと私が『左派』『リベラル』『左翼』として一括されるような状況が、現在の日本政治の歪みを表しているのではないか」とまで指摘しているのには若干疑問符が。関嘉彦さんと北田さんが同じ「民社系」ということはありえないから?

それにしても、山谷えり子氏や稲田朋美氏のような「ああいうオッサン以上にオッサンかした女性は取り立てられるけれども」との指摘(白井氏)などは、ちょっとイデオロギー露出過剰なレッテル貼りでしかない。

朝鮮学校の補助金提供を止めることに関しては、 「教育を受ける権利を侵害してはならないし、例外も許されない。なにせ東京の地方公共団体はエルドアン政権の独裁的な統治手法が国際的に問題視されているトルコの学校にだって、優遇しているのですから」と五野井氏は指摘している。だが、2016・9・29産経が報じていたように、朝鮮大学校は、朝鮮総連の指示を受けて在校生に、日米壊滅推進の手紙を書く運動などを展開しているとのこと。同じ「リベラル」でも(?)、元日共党員、平壌特派員の萩原遼さんなどは、朝鮮学校への公金支出には猛反対をしている。トルコがいくら国内的に独裁国家(?)といえども、日本向けてミサイルをぶっ放ししているわけでもなく、また、露骨な反日教育をしているわけでもなかろう。比較できないものを比較して、あたかも「五十歩百歩」だとみなすのは「悪しきリベラル」がよくやるトリック「五十歩一万歩」ほど違う現象を「五十歩百歩」にみなすのは反知性主義の最たる愚考だろう。

ともあれ、こんな方々が、いろいろとご発言をされていますが、「原発再稼働」より「(あしき)リベラル再起動」のほうがもっと危険では?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「原子力ムラ」と「ポチョムキン村」、「原発」と「北朝鮮」へのタブーは消えたか?
(2016・3・4・金曜日)




あれから、5回目の3・11がまもなくやってくるということもあり、最近、原発関連の本を最近何冊か読んだ。

まずは、高嶋哲夫氏の『世界に嗤われる日本の原発戦略』 (PHP新書)。著者は理系の人で、日本原子力研究所に勤務した体験もある。作家として、原発事故やエネルギー問題をテーマにした小説をよく書いている。 『風をつかまえて』 (文春文庫)、 『原発クライシス』 (集英社文庫)や『M8』 (集英社文庫)などのシリアスな作品は紹介ずみ。

この本の内容紹介→福島第一原発の事故を受け、日本の電力政策は転換点を迎えたが、エネルギー問題はもはや一国の利害だけでは判断できない時代となった。全世界70億人には等しく豊かな生活を送る権利があり、今後も増え続ける膨大なエネルギー需要を、再生可能エネルギーだけで賄うのは難しいのが現実。今後も海外では原発建設が計画されており、日本のエネルギー政策は世界から取り残されている。そこで本書は、原発の安全対策を冷静に分析し、増え続ける核廃棄物に関しても具体的提言を行い、原発の必要性を考える。まさに、全人類が文明生活を享受し、世界が繁栄し続けるための原発論。
2015年4月中旬、高浜原発3・4号機(福井県)の再稼働を差し止めた福井地裁の仮処分決定(関西電力は決定取り消しを求める保全異議を申し立て)は、司法が初めて原発の再稼動を止めることを意味し、原子力規制委員会の判断はいったい何だったのか、政府・電力会社に衝撃を走らせた。このように、国内原発の再稼働への道はいまだ遠いが、安全対策から技術開発まで、日本には人類の未来に対する責任と義務がある!



原発対策技術などの進化によって、多くの難問も解決していくだろうという視点から、原発即ゼロ的な考えに異論を表明している。なるほどなぁ…と思いつつも、当面の「危機」を考えると、やはり「ゼロ」のほうがいいような……。

引き続き、読売新聞記者の笹子美奈子氏の『リンゴが腐るまで 原発30㎞圏からの報告 記者ノートから』 (角川新書)を読んだ。原発隣接地に住んでいた人々が避難を余儀なくされ…。「補償金」などをめぐるさまざまな人間模様なども追求している。最近の新聞などでも、思わぬ「大金(補償金)」が入り、別居生活から浮気やら離婚が発生したりといった人間模様が報じられたりもしていた。人生、得るものがあれば失うものがあり、失うものがあれば得るものがある…とはいえ、自発的なものではない要素が大きい力によって、勝手に左右されるのはあまりありがたくないものであろうか。

ある人の回顧として、放射性物質検査を受けており安全との福島県知事のメッセージ付きの福島在住の義父からのリンゴを食べることもせず、捨てることもできず、段ボールに入れたまま腐り始めてから処分した……という。
まぁ、その心境は分かる。僕だって……。料理屋が「当店の米は国産です」としか書かないのはおかしいと思っているから。3・11以降は「県名」を書くべきなのに、書いている料理屋を見たことがない?
僕が万が一、原発隣接地に住んでいて、避難を余儀なくされ、毎月何がしかの補償金をもらえるようになった50代後半の男だったら、再就職もままならず、ブラブラするのを余儀なくされたとしたら、少なくともパチンコ屋には行かずに、古本屋行脚か図書館行脚をして晴耕雨読の生活をするだろうが……。

それはさておき、猪瀬浩平氏の『むらと原発 窪川原発計画をもみ消した四万十の人びと』 (農山漁村文化協会)を読んだ。


3・11以降、「原発計画を止めた町」として全国から再注目を集めた高知県窪川町。第一次産業を中心とした地域づくりに取り組んできた町に、国策共同体が突如建設計画を持ち込むが、町長解職、住民投票条例可決といった8年間の「もみあい」の末、町議会は「原発問題論議の終結宣言」を可決するが、住民投票はあえて実施されなかった。本書は原発騒動の渦中のみでなく、騒動のはるか以前から、さまざまな問題に直面し、格闘し続け、騒動終焉後も格闘してきた農林漁家の人びとの歴史と「多数決を最善としない」むらの民主主義を語る。




高知県の窪川原発は知恵で止めた 明治学院大・猪瀬准教授が著書
2015年11月29日08時06分 (高知新聞)
 旧高知県高岡郡窪川町(現高知県高岡郡四万十町窪川地域)の窪川原発計画をめぐる住民の動きを研究していた、明治学院大学・猪瀬浩平准教授(36)=文化人類学=の著書が出版された。タイトルは「むらと原発 窪川原発計画をもみ消した四万十の人びと」。東京電力福島第1原発事故を機に窪川原発を研究し、四万十町を度々訪れた猪瀬さんは「30年前の窪川のものの見方で今を見ると、民主主義のありようなど、われわれに批判的な問題提起をしてくれる」と語る。
 2011年3月11日、東日本大震災が起きた日に、猪瀬さんはタイ・バンコクで、窪川原発反対運動をリードした四万十町本堂の農業、島岡幹夫さん(77)と出会った。共に、日本の市民団体が援助するタイの農業塾に参加していた。
 猪瀬さんは「津波や原発が爆発した映像をタイで見ながら、かつて窪川で原発を止めた話を、島岡さんから聞いた。震災後の世界をどう生きていくか、具体的な知恵や希望が、この話の中にあると感じた」。これがきっかけで約3年間、四万十町に通い、窪川原発の取材を重ねた。
 窪川原発は1980年、当時の窪川町長が誘致を表明し、1988年まで、賛成・反対をめぐって窪川町を揺り動かした。
 猪瀬さんは当時の窪川について、こう指摘する。「都市の人間が見る『町が二分された』というイメージで語ってはいけない。窪川の住民には、もともと(農作業などの場面で)折り合いを付け、関係性を決裂させない知恵があった」
 また、原発に反対した「郷土(ふるさと)をよくする会」(野坂静雄会長=故人)もさまざまな立場を超えた多様性を持った組織として描き、「一枚岩じゃない強さと包括性があった」と語る。
 一般的に、窪川原発の反対運動は、日本初の原発建設の賛否を問う住民投票条例を作ったことが評価される。
 しかし、猪瀬さんはこの定説を「住民投票条例はあくまで最後の切り札。拙速に決めると、最悪のシステムになりかねない。窪川の住民は、地域の集会所などで原発について丁寧に学習会を重ねた。条例を使うところまでいかなかったプロセスこそ重要だった」と見る。
 反対運動は1986年のチェルノブイリ原発事故でさらに勢いを増し、1988年、窪川町議会に「窪川原発問題論議の終結宣言」を全会一致で可決させるに至った。遺恨が残る議決ではなかった。
 猪瀬さんはこの結果を、文中で〈もみ消した〉と表現する。
 「『もみ消す』って否定的なニュアンスだけど、私はポジティブに捉える。住民同士で丁寧に意見をもみ合って、みんなの合意を得ながら原発を追い出した。これってすごい知恵ですよ」
 そんな知恵は、現代の私たちが生きる社会にも、民主主義の在り方や決断の手法を問い掛ける。猪瀬さんは取材に対して、大阪都構想の住民投票や安保関連法案の決議などを挙げ、「学習や議論もなく、数で決め、徹底的に一方の側をつぶす。拙速だった」と語る。
 自分たちの暮らしは自分たちで守る―。猪瀬さんは、そんな旧窪川町民の思いをくみ取り、著書をこう結ぶ。
 〈多様性をもち、それゆえに葛藤をはらみながら、決定的に決裂させなかったことこそが、窪川原発反対運動の要点であり、またそれを生み出した窪川という地域の凄(すご)みである。背景には、原発騒動のはるか前から、窪川の農村に生きる人びとが、農業生産だけでなく、暮らし全体のあり方を議論する場が存在していた〉

 

高知の窪川という地に原発を作ろうとした政府や電力会社。その誘惑?をいかにして撃退していったか。賛成、反対の当事者に取材しながらの「原発内戦」ともいうべき窪川村住民の原発に対する対応の変遷を詳細にルポしている。読みごたえのあるノンフィクションだ。 「原子力ムラ」という流行の言葉にも疑義を表明している。なるほどと感じた。

「内戦」といえば、すぐに浮かぶのは、スペイン内戦だが(?)、銃の撃ち合いはなくとも、「票」の奪い合い(町長解職リコール投票など)などの争いといえども、いろんな遺恨を残す「内戦」でもあったようだ。スペイン内戦では、家族間でも、フランコ派、共和派との対立があったというが、同じような「内戦」が窪川でもあった。
試行錯誤を経て、柔軟思考(?)で、一件落着(原発計画「もみ消し」)したわけだが、とはいえ、すぐ近くの愛媛に伊方原発がある以上、安閑とはしていられないだろうが……。

僕はこういう原発問題に関する「反対派」の動きがよくわかる本を読むと、昭和34年ごろの北朝鮮への帰国運動に抵抗した人や、まさか「地上の楽園」国家北朝鮮が拉致をするわけがないという「新聞世論」などが圧倒的に強かった時に地道に拉致問題を追及していった「市民運動家」へも思いを寄せる。どちらも、間違った結論を押しつけようとする「体制」と闘ったといえるからだ。電力会社の伊方などへの見学ツアーなどは、北朝鮮など「ポチョムキン村」見学ツアーにも匹敵する「虚構」だろう。ポチョムキン村については、鈴木俊子氏の『ポチョムキン村 ソ連社会と「自由」』 (民社研叢書)を参照されたし。

原発礼賛同様に、「地上の地獄」北朝鮮を楽園と報じた寺尾五郎氏(『三十八度線の北』新日本出版社)や小田実氏(『私と朝鮮』筑摩書房『北朝鮮のひとびと』潮出版社 )に対して、鋭く北朝鮮を告発した関貴星氏( 『楽園の夢破れて』全貌社)などもいた事実を忘れてはいけない。

3・11と9・17によって、「原発」&「北朝鮮」への「幻想」が剥がれたことは不幸中の幸いではあったが…。その犠牲を克服するのはどちらも困難だ。少なくとも同じ過ちをしないためにも、やはり「原発」「北朝鮮」には警戒の眼を向け続けることが肝要だと思う。油断大敵!放っておくと「復活」するよ(原発は復活しつつある。再稼働して、トラブルが発生しては急停止もしているようだが、これを「天譴」と感じて、やっぱり再稼働はやめよう…となぜならないのか。北朝鮮をいまだに庇う人がいるのと同様に、解せない)。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

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『原発護衛論』なき今、『海上護衛論』を読み、歴史は繰り返す?
(2016・1・2・土曜日)




出版(単行本や雑誌など)の売り上げが低下する一方だとの新聞記事を見たが、刊行点数は増える一方? 
我が家では日経と産経を購読しているが、両紙とも出版の広告は少なめ。そもそも週刊誌の広告は、週刊現代、ポスト、プレイボーイや写真週刊誌などは両紙には出ないのでは? ニューズウィークは小さめの広告が、日経には出ていただろうか(だが、目立たないから気づかない?)。週刊文春や週刊新潮の広告は日経や産経にも載るようだが。単行本などの広告は少ない。昔なら週刊誌の広告は、全国紙全部に載ったものだが。売り上げが低下するから、広告代も減っているのだろう。だから、広告の出稿も減る。書籍広告も、昔に比べて半分の大きさになったりもしているようだ。

ということもあって、おや、こんな本が文庫に入っていたのかということに、刊行されて大分たってから気づくことがある。

例えば、最近、おやっと思ったのが、大井篤氏の『海上護衛論』 (角川文庫)。平成26年5月の刊行。僕が読んだのは、同年11月刊行の再版。
単行本(日本出版協同)から出たのが1953年。そのあと、朝日ソノラマ文庫や学研M文庫などにも入ったのに、さらに角川文庫だ。角川文庫も学術文庫みたいなソフィア文庫ではなく一般文庫としての刊行。この本、たしか単行本版を持っていたかと思うが、長年積んどくしていた(当然行方不明?)。今回角川文庫版で一読したが大変面白い。マハンの艦隊決戦思想にとらわれすぎて、地味な海上護衛思想をおろそかにした明治の海軍軍人(秋山真之)のことなどが先ず指摘されている。このあたり、マハンが日米海軍軍人に影響を与えたことから論じている、イアン・トールの『太平洋の試練 真珠湾からミッドウエイまで』上下(文藝春秋)をこの前読んだが、それと関連して読むとなお面白かった。どちらも海軍中心の話だから。

石油などの運搬に欠かせなかった商船などのインドネシアから内地へのシーレーン、「海上護衛」を軽視し、対潜水艦対策を怠った日本海軍の欠陥を鋭く追求している。

1939年のアメリカの潜水艦戦術書では、「商船を目標にしてはいけない」という趣旨の記述があったそうな。しかし、真珠湾奇襲を受けて、その日、即日、「日本に対して無制限の潜水艦戦および航空戦を実施すべし」とアメリカは宣告する。要は、商船を手当たり次第攻撃撃沈せよということになった。大西洋にはドイツやイタリアの商船はなく、太平洋では、真珠湾で戦艦をやられ、潜水艦の補助的役割を発揮する余地がなくなり、だったら、商船破壊を最優先せよとなったわけだ。必要に迫られての転換だが、合理的である。

とはいえ、当時、アメリカの魚雷は命中しても爆発しない代物も多く、日本の駆逐艦の酸素魚雷に比べて貧弱だったという。そして開戦初期は、日本軍は連戦連勝で、商船などの破壊もあまりなかったという。だが、やがてアメリカの魚雷も改良され、商船どころか、潜水艦の敵である駆逐艦をも正面攻撃で撃破する潜水艦も出てくる。空母すらやっつける(完成したばかりの空母信濃が実戦に参加するまもなく曳航中に米潜水艦に撃沈されるという悲劇)。

戦局が不利になり、やっと商船保護のための海防艦の建造などに取りかかったりもするのだが‥‥。時遅し?

海上護衛司令部をつくって、護衛の全般指揮を取るようにしなくては‥となる。軍部より政府のほうがそうすべきだと促しもする。


「海上輸送に陸上輸送を少しでも多く協力させるようにする見地から、海上輸送を受け持つ逓信省と、陸上輸送を受け持つ鉄道省を合併し、運輸通信省をつくるという大改革を、十一月一日、早くも断行した。航空機増産のための軍需省もこのとき同時につくった。それなのに肝心の海上護衛については海軍当局がグズグズやっていて、まだその新司令部につける名称さえどうしよう、こうしようと迷っていた」
おお、どっかで聞いた話ではないか?

佐々淳行氏の『わが上司 後藤田正晴』 (文春文庫)にこんな官僚の世界が描かれている。

1983年の三宅島大噴火の時の住民避難の「危機管理」についての話。国土庁が担当だが、19関係省庁の担当課長を防災局に集めて延々と会議。内閣官房副長官が問い合わせをしても「会議中です」の一点張り。後藤田官房長官が何をしているかと問い合わせると、その対策会議の名称をどうするかで各省庁で議論しているとのこと‥‥。今も昔も官僚というのは、政治家が適切なリードをしないと、バカなことをやっているという証明であろうか。

原発の危険性が実証され、その対策(津波のみならずテロ攻撃など)を考えれば、原発護衛戦を真剣に準備しなくてはならなくなった。にもかかわらず‥‥。原発再稼働? じゃ、自衛隊などを常駐させなくていいのか? 原発廃止のほうが、合理的な対策ではないのか? 津波の対策などは多少は意識されても、根本的な被害対策を考えれば、津波対策以外にテロ対策などをもっとやらなくてはならないはずなのに、太平洋戦争(大東亜戦争)中の対潜水艦対策、海上護衛戦同様、あいまいな中途半端な対応しかしていないのではないか。リベラル左派(&左翼)も、原発のテロ対策云々というと、大好きな「あの国」のことが浮かんで、そんなことを言うのは「祖国」に対して拙いと内心思う人が少なくないのだろう?

『海上護衛論』を読み、「原発護衛論」なき現状を考え、寒々とした思いにとらわれた次第。日本、大丈夫なのか? 

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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原発はテロと隕石と宇宙人には勝てない?
(2015・11・7・土曜日)




片山杜秀氏の『大東亜共栄圏とTPP 片山杜秀の本-7』 (アルテスパブリッシング)を読んだ。

衛星デジタル放送「ミュージックバード」で放送中の「片山杜秀のパンドラの箱」から十一回分を活字化したもの。2011年9月から2013年4月まで。

音楽番組なので、いろいろと話したあとに、その内容に関する音楽を流しているそうな。さすがにCD付き本ではないので、音楽は曲名だけの紹介に終わっているが‥‥。

そのなかで、ロシアに隕石が落ちたときの話をしているのが目に止まった。2013年2月のことだから、2年以上昔のことだが、ウラルのチェリャビンスク州に落ちたのだが、へぇ、これってジョレス ・.メドベージェフの『ウラルの核惨事』 (技術と人間)で有名なソ連の核関連施設集中地帯だったんだということを知った次第。たしかあのときは、タクシーみたいに自家用車の前に備えつけているビデオカメラが、隕石が落ちてくる一部始終を撮影しているロシア人が多くて、映像的には迫力あるものが見られたかと……。

しかし、一歩間違えれば、再び『ウラルの核惨事』となっていたことやら?

チェルノブイリ、フクシマ以前には、世界最大の核惨事の事故があったと言われているのが、このウラル地域。ソ連時代の、地の果て(?)のような奥地での事故ゆえにあまり知られていない。

(ウィキペディア)→ウラル核惨事(ウラルかくさんじ)は、1957年9月29日、ソ連ウラル地方チェリャビンスク州マヤーク核技術施設で発生した原子力事故(爆発事故)。また、後年にかけて放射性廃棄物に起因して発生する事故等も包括することも多い。

ウラル核惨事における核施設
キシュテム事故により汚染された地域‭(‬東ウラル‭)‬‬
ウラル核惨事(ウラルかくさんじ)は、1957年9月29日、ソ連ウラル地方チェリャビンスク州マヤーク核技術施設で発生した原子力事故(爆発事故)。また、後年にかけて放射性廃棄物に起因して発生する事故等も包括することも多い。

1950年代当初のソ連では、一般には放射能の危険性が認知されていない、もしくは影響を低く考えられていたため、放射性廃棄物の扱いはぞんざいであり、液体の廃棄物(廃液)は付近のテチャ川(オビ川の支流)や湖(後にイレンコの熱い湖、カラチャイ湖と呼ばれる)に放流されていた。やがて付近の住民に健康被害が生じるようになると、液体の高レベルの放射性廃棄物に関しては濃縮してタンクに貯蔵する方法に改められた。

放射性廃棄物のタンクは、絶えず生じる崩壊熱により高温となるため、冷却装置を稼働させ安全性を保つ必要があるが、1957年9月29日、肝心の冷却装置が故障。タンク内の温度は急上昇し、内部の調整器具の火花が、かさが300立方メートルのタンクにあった結晶化した硝酸塩と再利用の際出て来た残留物も一緒に爆発を起こし、大量の放射性物質が大気中に放出される事態となった(East Urals Radioactive Trace)。その中には半減期が長い同位元素例えば‭、‬90Sr (‬29年‭)‬,‭ ‬137Cs‭ (‬30年‭), ‬239Pu‭ (‬24,110年‭)‬ があった。核爆発ではない、この化学的爆発の規模はTNT火薬70t相当で、約1,000m上空まで舞い上がった放射性廃棄物は南西の風に乗り、北東方向に幅約9km、長さ105kmの帯状の地域を汚染、約1万人が避難した。避難した人々は1週間に0.025-0.5シーベルト、合計で平均0.52シーベルト、最高0.72シーベルトを被曝した。特に事故現場に近かった1,054人は骨髄に0.57シーベルトを被曝した。‬‬‬‬‬‬‬

マヤーク会社と官庁によれば、事故後、全体として400‭ ‬PBq‭ (‬4×1017 B‭)‬の放射能が2万平方キロメートルの範囲にわたって撒き散らされたという。‬27万人が高い放射能にさらされた。官庁が公表した放射能汚染をもとにして比較計算すると、事故により新たに100人がガンになると予想される‭。[2]‬‬‬‬

国際原子力事象評価尺度ではレベル6(大事故)に分類されている。これは‬1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故と2011年の福島第一原子力発電所事故のレベル7(深刻な事故)に次いで歴史上3番目に重大な原子力事故にあたる。ミュンヘンのヘルムホルツ・センターによればキシュテム事故はこれまで過小評価されていたという。

事故は旧ソ連で起こったために極秘とされたが、1958年には「何かがあったらしい」程度の情報がアメリカ国内にも伝わることとなった。概要が明らかになったのは、1976年11月にソ連から亡命した科学者ジョレス・A・メドベージェフが英科学誌「ニュー・サイエンティスト」に掲載した論文による(彼はその後『ウラルの核事故』(日本語訳有り)を出版する)。この告発をソ連は真っ向から否定した。原子力を推進する立場の人々からは、このような事故はあり得ず、これは単なる作り話であるとされていた。これは、当初流布された噂では、核爆発に達する臨界事故が起きたとされていたためである。

このため、1989年9月20日、グラスノスチ(情報公開)の一環として、外国人(日本人5人)記者団に資料が公開されるまで真相は明らかにされてこなかった。また地域住民に、放射能汚染が正式に知らされたのはロシア政府発足後の1992年前後であり、対策は後手に回り被害を拡大させる一因となった。



中共のウィグル、シルクロード周辺地域での大気核実験跡より酷い? 五十歩百歩? 中共がソ連のように崩壊したら、この核惨事の事実はより解明されることになるだろうが……。
こいつら、学校のプールに入って水泳していて、小便をそのまま中でしてしまっても平然としているガキより始末が悪い?

ともあれ、そうそう、原発はテロの脅威のみならず、隕石の衝突なども考慮すべきであり(宇宙人の襲来攻撃も?)、その観点からもやはり廃絶が好ましい? アリナミンのようなものを一錠飲めば、数時間は放射能汚染から肉体を守られるなんて薬ができたとしても、隕石を防ぐミサイルを開発するのは大変だろうし‥‥。

とにもかくにも‥‥。ネバーセイネバーの精神を持つことが大事。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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「原発安全説」や「北朝鮮性善説」や「ツバメはタカより強い説」は、いわゆる「天動説」なのか?
(2015・10・28・水曜日)



 
ヤクルトの2連敗で迎えた昨日の日本シリーズ第三戦の夜……。この試合、ホークス(鷹)がスワローズ(ツバメ)に勝てば、いよいよ王手。早く帰宅し、ゆっくりと食事を楽しみながらのテレビ観戦…。ところが、……。

用意されたのは、賞味期限が切れた(といっても、2015年10月18日)スーパー特製(プライベートブランド)の1袋50円ぐらいのラーメンが、メインディッシュ。しかも、それが二つ。特製丼に入れられ、さすがに「具」はいろいろと。しかし、カロリーはかなりありそうだ。
ともあれ、結果は‥‥。球場には「鷹狩り」といったスローガンがあったそうな。反安倍勢力が神宮に集合していたようだ?

ともあれ、この前紹介した、北野慶氏の『亡国記』 (現代書館)は「小説」であるが、小倉志郎氏の『元原発技術者が伝えたいほんとうの怖さ』 (彩流社)は、ノンフィクション。

内容紹介→「原発は、ほんとうにとんでもない怪物だ。あの複雑怪奇な原発の構造を理解しているエンジニアは世界に一人もいない……」。
35 年間、現場で原発開発に携わり続けた小倉さんは福島第一原発の四号機を除くすべての号機の安全系ポンプの技術とりまとめ役をし、原発を肌身で知っている。この本は「遺言」のつもりで書いた。「原子力ムラ」の利権にたかる輩や、原発を推進する権力側にとっては、都合の悪いことも書き連ねた。読者のみなさんのなかには、「原発をつくった人間が何を今さら善人ぶりやがって!」と思われる方もいるだろう。原発をエネルギー資源の少ない日本にとってまるで「救世主」であるかのような夢を見て疑わなかった私自身、痛切に責任を感じている。いや、感じるだけでなく、責任の一端を担っていることは確かである。しかし、長年、原発の建設や保守・点検に携わった人間だからこそわかることを書き留めることで、「贖罪」の思いもこめた。(「はじめに」より)



原発推進の技術者として仕事をしてきた人ならではの見識が発揮された本であった。とりわけ3・11前の2007年に書かれたという「原発を並べて自衛戦争はできない」という論文ももっともな内容。

その論文の中で、北朝鮮性善説(?)取って、万が一の時でも原発は攻撃されないという仮定を取るのはおかしいとも指摘している。

改憲派が、「原発に対する武力攻撃があることを覚悟」しているのなら、「真剣にその場合の原発防護策を検討すべきだし、その場合、原発に対する『自爆』的『ゲリラ』攻撃に対しては、正規自衛軍があろうと無力であることを認めた上で検討し、具体的にどんな防護策があるか提示すべきである」と著者が指摘しているのはもっともなこと。正論といえる。
原発再稼働を行なうなら、少なくとも、原発周辺には自衛隊を配置する必要があろう。パトリオットも配備する必要もあるかも。

屋外にあるさまざまな機器が「武力攻撃を受けたら、ほぼ確実に原発の原子炉の冷却ができなくなると考えるべき」「すなわち、原子炉の安全が保てないということである」「原子炉が安全に保てない事態が発生するなどということは、もともと設計上考えていないのだから、それから先、どういう事態に発展するかは未知の世界である」とも。

彼が、執筆した2007年の時点では、それは「未知の世界」であったが、もはや3・11以降は「未知の世界」ではない。想像を絶する世界でもない。想像力で十分予測できる世界だ。

だとしたら、どうすべきかは自明であろう。原発反対派も、その点をもっと追及すべきだ。なのに、原発は嫌いでも北朝鮮は好きな人も反対派の中に一定勢力いるせいなのか(?)、そういう反対論を構築することが少ないように見えるのは問題だ。

「原発安全説」や「北朝鮮性善説」はいわゆる「天動説」でしかあるまい。そうした「神話」「天動説」は、2002年(平成14年)9月17日の小泉首相訪朝、及び2011年・3・11の東日本大震災の衝撃が発生して以降、完全に崩壊したといえる。

9・11以降は「北朝鮮危険説」、3・11以降は「原発危険説」が、「地動説」として確認された時ともいえよう。

にもかかわらず、昔、日本は朝鮮人を強制連行したではないかなどと北朝鮮を庇ったり(「戦時中の徴用」と「平和時の拉致」とは全く異なる概念だが、それを無視して同一のものにみなすのはおかしい。かなりの「左巻き」でないと浮かばない考えだ)、原発を擁護したりする言論はいまだに展開されている。
もちろん「言論の自由」がある日本では、そうした主張を展開するのは「自由」であろうが、論理矛盾の理屈を信奉することはなかろう。

原発危険説を唱える人の中には、いまだに「北朝性善説」に類似した思考様式を取る人もいるようだ。原発の危険性を指摘する理屈の中に、名指しをしなくても、「敵国」「テロ国家」が攻撃したらどうなるかをもっと声高に主張してもいいはずなのに、その点にはあまり触れたがらない向きも一部にはあるようだ。それって、津波の危機を軽視していたのと同様のいびつな思考原理に基づくものではないのか。

だが、論理的に、北朝鮮&原発の危険性を冷静に認識し、それへの対策を行なうことが必要であろう。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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